2024年11月7日 第48層 リンダース リズベット武具店 
 
 
 
「お仕事、終了……」 
 
 最後のお客さんを店の外まで送り、あたしはすこしばかり行儀の悪いノビをした。まあ、よしとしよう。店頭にはいまNPCの相棒しかいないし……。 
 階層の攻略が進むにつれて、あたしのお店は以前とは比較にならないほど繁盛しはじめた。あたしのつくる武具を、攻略組の何名かが、好んでつかってくれているせいか、最近は高レベルプレイヤーからの発注が次から次へと舞い込んでくる。 
 もちろん、武具店の店主名利につきる出来事なので、素直にうれしい。でも――納期までに間に合いそうにない場合は、丁重におことわりをしていた。キャパシティは、あたし自身が一番よくわかっているし、人の命へ直接影響するものを半端な気持ちで作りたくない。 
 自宅へ戻るNPC――ハンナを店から送りだし、明かりをけした。 
 二階へとあがる。疲れた頭と身体が重苦しい。仮想世界にいわゆる肉体疲労はないので、あくまで精神的なもの……のはずなのに、足の先や手の先に鉛の枷をはめられているかのような疲労感がある。昨晩は一睡もできなかったので当たり前といえば、当たり前なのかもしれないが。 
 
「……あれ?」 
 
 リビングにわずか数メートルという距離まで近づいて、部屋から明かりが漏れているのにきがついた。 
 ひとりでくらしていた頃には一度だって、明るい部屋に迎えられたことはない。ということは……。 
 
 ああ……帰って、たんだ。 
  
 胸の奥にたまっていた、重石のような疲労がどこかへ行ってしまった。同時に深い安堵が胸を満たす。我ながら単純だ……とあきれつつ、扉をあけ放つ。 
 明かりの点いたリビングキッチンのテーブルに、予想通り、黒いロングコートの男性が一人、木製のいすに腰掛けたまま、テーブルに突っ伏していた。見れば、男性の両肩から、剣の柄が延びている。片方は黒、もう片方は白――。 
 いまはあどけない寝息をたてる彼の名前は、<<黒の剣士>>キリト。 
 攻略組のトッププレイヤーであり、あたしの最愛の人で……システム上、「旦那さま」だ。 
 帰ってきたならコートぐらい脱げばいいのに、などと思いつつ台所に向かう。最近暇を見ては上げ続けている料理スキルを実践すべく、食材アイテムをいくつかオブジェクト化。お肉があったのでメニューはシチューにしよう……とこそこそと準備をはじめる。 
 でもなんというか――。 
 振り返って、無防備な寝顔をさらすキリトを複雑な心境で眺める。 
 
 
 あたしとキリトはいま、アインクラッドではじめて行われる……夫婦喧嘩の真っ最中なのだ。 
 
「まったくもう……かわいい寝顔しちゃって……こっちの気もしらないでさ……」 
 
 はあ、とため息をついて背中から突き出るエリュシデータとダークリパルサーを見る。あの二本の剣があたしとキリトを悩ませる議題で、夫婦喧嘩の発端でもあった。 
 
 
 
 
 
「いや、まだいいよ……。プロパティからすれば、もう一、二層はいけるはずだし、そんなに焦って決めなくてもさ」 
「……じゃあ素材だけでも決め手おいてよ。えぇ……これどう? グラファイト鉱石組……」 
「……なんか名前がダサくなりそうだな……その剣。頑丈っぽいけど肝心の攻撃力がなあ……」 
「じゃあどうすんのよ! もう……その子たち、限界なのよ! 一層前の時だって、おんなじこと言ってたじゃない!」 
 
 思わずテーブルを叩いてしまった。 
 あっ、と自分のしでかしたことに気が付いたときには、キリトの眉はぐっと厳しくなっていた。 
 そんな顔をしてほしくないし、させるつもりもなかった。視界の端が涙で歪む。唇を噛んで涙をこらえたあたしには、キリトと目を合わせる勇気がなかった。 
 
「どうしたんだよ……リズ……確かに装備更新は必要だけどさ……」 
「……」 
 
 心配げなキリトの声音が、心の奥に染み込んでくる。 
 でも口からは――あたしの本音が含まれた……言葉が――。 
 
「キリトには……わかんないわよ。絶対に……」 
「なんだよ、それ……」 
 
 さすがに憮然とした表情になるキリト。 
 出かける理由が素材入手とか、中層プレイヤーのパワーレベリングならすこしは安心できる。 
 でも理由が攻略や迷宮区探索となったときは、こっちも気楽じゃいられない。その日の仕事は文字通り手につかない。指先が震えて、ハンマーを上手くもてなくなってしまう。 
 そのときの……胸に氷の槍がつきささっているかのような不安は、待っている人間にしかわからない。 
 もしもウィンドウをあけたときに、フレンドリストにのるキリトの時がグレーアウトしていたら? もしも接客中にアイテムストレージから所持品があふれ出たら? 不安で不安でたまらない。キリトが目の前にいない間、あたしがどんな気持ちでいるのか……。 
 
「わかんない……でしょ……キリトには……」 
 
 愛する人を間接的にしか支えることしかできない悔しさと、気持ちが伝わらないもどかしさがないまぜになって、頬に冷たい水滴が伝っていく。泣くつもりなんてないし、できればキリトの前で泣きたくない。 
 キリトと結婚してから涙もろくなってるのは自覚していたけど、いまは――最悪だ。 
 そして……あたしは、自己嫌悪と混乱のあまり最悪な行動を取ってしまった。 
 仕入れがあるから、と言い残し別階層へと逃げ込んだのが昨日の朝。 
 おそらくは夜通し、不眠不休でモンスターと戦い、さらに一日、仮眠をしながら迷宮区をうろついて――とうとうここで――力つきてしまったのだと思う。 
 
 
 
 ――五十層ボスドロップ品の<<エリュシデータ>>。あのドラゴンの巣穴で手に入る、鉱物を元としてつくった<<ダークリパルサー>>。そもそもこの二本の剣が、攻略階層が七十六層へといたっているにもかかわらず、一戦級の活躍をしていること自体が奇跡だ。 
 もう、休ませてあげるべき……なのだ。 
 あたしは、キリトの専属鍛冶師として、それを伝える義務がある。 
 それが昨晩の喧嘩の原因だ。でもあたしが提案した素材は、キリトの欲するものじゃなかった。 喧嘩の原因はそれで、あとは泣き出して、逃げたしてしまったあたしが全部悪い。でも、最後に飛び出した言葉はあたしの本音だった。 
 だから――どんな風に謝ったらいいか、わからなくなっていた。 
  
 あらかた料理を完成させ、迷いながらもキリトの肩を揺さぶった。 
 そういえばあたしとキリトが初めてあった時、この黒の剣士さんは、優しく声をかけて起こしてくれた。 
 
「ね……キリト……キリト……起きて……」 
 
 見方によっては女の子にも見えてしまうキリト。その長いまつげがふるっ、と揺れて開かれた。 
 けだるげに身を起こすキリトは、大きなあくびをしながら言った。 
 
「ああ……おはよ……リズ」 
「今まだ九時よ……ごはんにしよ」 
「ああ……」 
 
 思ったよりすんなりと会話が続いた――ように見えた。結局会話が続いたのは――そこまでだった。それからさき、料理をたべおわるまであたしとキリトは一言もしゃべらなかった。 
 フォークとナイフが、お皿をたたいてかちゃかちゃと音を立てる――その音だけがキッチンに響いていた。 
 キリトが食べ終わったのを確認し、あたしはそっとお茶をだした。 
 キリトは無言でソーサーをうけとり、テーブルに置いた。 
 
 あたしから、謝らなきゃいけない。でも、喉はきつく締まってしまって声にならない。口がぱくぱくと動くだけだった。 
 もしも――キリトが「文句の多い鍛冶師なんていらない」なんて言葉を口にしたら――あたしはきっと生きていけない。あたしの魂の一部は、キリトと交ざり合ってしまっている。引き離されたら、あたしはきっと耐えられない。だから――。 
 スカートの裾をにぎりしめて、顔をあげる。やっと言葉に出す勇気がもてたあたしの目の前に、一枚のウィンドウがポップした。 
 
「……?」 
 
 ウィンドウはプレイヤー同士のトレードに行われるものだった。相手の提示するコルやアイテムの一覧が表示され、取引を承認すれば交換が行われる。 
 なぜ? という疑問が最初にあった。 
 あたしとキリトは「結婚」しているので、アイテムストレージと所持コルが共通化されている。トレードしても左手から右手にアイテムを持ち替えるような、あまり意味のない交換だ。 
 ――キリトももちろんそれは知っているはずだ。 
 
 謝るタイミングをのがしたあたしは、うつむいたままウィンドウを隅から隅まで見つめた。 
 
「あ……ちょ、ちょっと! これって!」 
 
 トレードという行為自体に気を取られて、実際にトレードするアイテムへの注意を怠っていた。 
 キリトが提示したトレードアイテムは<<ダークリパルサー>>と<<エリュシデータ>>。今はテーブルに立てかけられている、二つの片手剣だ。 
 いったいなぜ……? 
 見つめる先でキリトが頬をかきながら言った。 
 
「とりあえず承認……してくれないか? 話は、それからするよ」 
「う、うん……」 
 
 どうせ意味のない交換だ。あたしは特になにも考えず、OKボタンを押しこんだ。 
 瞬間、視界の端で二本の剣がかき消えた。アイテムストレージに自動格納されたのだ。 
 
「それで……エリュシデータも、ダークリパルサーも、リズのものだ」 
「で、でも……結局共通化したストレージに入ってるんだから、意味ないでしょ……?」 
「意味は……あるよ。リズから返してもらわない限り、俺はその二本を装備しないからさ」 
「……!」 
 
 ここでやっとあたしはキリトのしようとしていることを理解した。視界の端が涙で歪む。 
 あたしはアイテムウィンドウを表示して、じっと二本の剣の表示に見入った。 
 システム的にはなんの意味もない行為だけど、キリトがこの一日、考えに考えてくれた信頼の表し方。 
 なんて……不器用なんだろう。 
 あたしはやっと、キリトを真正面から見つめることができた。 
 黒い前髪の奥の、黒々とした瞳。いつか、ドラゴンの巣穴で見たときと同じくその瞳はどこか寂しげに見える。 
 口元に苦笑をたたえながら、キリトが言った。 
 
「その二本さ……俺、最後まで引っ張るつもりだったんだ。どう考えても使えるのは、いまの層か、一つあと位までだって……もう限界が来るってわかってたけどさ」 
「……うん」 
「だからリズから新しい剣の話を聞いた時さ、なんていうかこう……混乱したんだ。そいつら以外、俺の剣じゃない……って気がしてさ。正直乗り気じゃなかった」 
「……うん」 
 
 あたしはうなずくことしかできない。 
 見る人がみれば、SAOのサーバーに数行の数列として刻まれているだけのオブジェクト……だけど長く持っていれば体の一部も同じになる。そのうえキリトは二本の剣の強化回数を使い切っている。剣への愛着がなければ、とてもじゃないけど強化を続けることなどできはしない。 
 
「でも……でも、一緒に戦ってくれてるリズが、剣を預かってくれてるなら……そいつらも一緒に戦ってくれるんじゃないかって、昨日の夜に思ってさ。おかしい……だろ?」 
「そんなこと!」 
 
 思わず立ち上がって、テーブルに身を乗り出していた。 
 
「そんなこと……ないよ。キリトの気持ち……十分伝わってきたよ……いっしょに戦ってるって言ってくれたのも嬉しいよ……」 
 
 あたしはずっとずっと、キリトの隣に立てないことがコンプレックスだったし、戦場で背中を守れないもどかしさに焦りさえあった。 
 キリトがテーブルの向かいから手を伸ばしてきた。あたしの手をとると、両手で包み込む。 
 
「だから……さ。リズを信用するよ。俺、リズが選んだ素材で、リズが鍛えた剣で、改めてクリアを目指したい。だめ……かな?」 
 
 真剣な瞳であたしを見つめるキリト。あたしは包まれた手のひらを抜けだし、キリトの華奢な指を包んだ。この細い指にSAO六千人の命が乗っている。その指に見合うような剣を作る……。それだって立派な攻略の形なのだと、キリトはさっきのやりとりで教えてくれた。 
 
「だめ……なわけないじゃない。素材集めから……全部、面倒見てあげる……あたりまえでしょ……夫婦だもん」 
「……」 
 
 その瞬間、キリトがずるずると椅子に座り込んだ。唖然としていると、キリトが力なく笑って言った。 
 
「よかった。もし「文句の多い剣士なんていらない」とか言われたらどうしようかと想っててさ。気が気じゃなかったぜ……」 
「あたしもおんなじこと思ってた。キリトに捨てられたらどうしよう……って」 
「……前から思ってたけど、もしかして俺達さ……似たもの同士なんじゃないのか?」 
「いじっぱりで不器用なとことか、特にね……」 
 
 結局のところ、キリトの言うとおり似たもの同士なのかもしれない。 
 緊張から解放されたあたしは、キリトをならって椅子にしなだれかかった。今日は本当に長かった。 
 
「そうだ……俺、しばらくオフなんだ」 
「え、あ……そう……?」 
「ああ。まあ、俺やアスナがレベリングをがんばっても、仕方ない状況にまで来ちゃってるしな。七十五層のクォーターポイントで……死んだ奴もいるし、ここで一旦、攻略組全体の強化をしようって話になったんだ。だから、ほかの連中のレベルが追いつくまではゆっくりできる……その間に、作ってくれよ俺の剣。素材が足りないならいくらでも取りに行くからさ」 
「……うん……うん!」 
 
 せっかくのんびりできるというのだから、もう少しじっとしていればいいのに。しかしそれはそれで……キリトの装備更新が遅れてしまう。すくなくとも今の階層中には、新しい剣を持っていてもらいたい。強化を考えたら、素材は早急に手配する必要すらある。 
 でも、すこし焦ってたのかもしれない。 
 あたしの不安を、キリトへ押しつけてしまうところだったのかも……。 
 使い手たるキリトをもう少し信じてみよう、と考え直す。 
 
「ああ……それから」 
 
 キリトはコーヒーカップおいて、すっと息を吐いた。 
 
「昨日は……ごめんな」 
「……うん。こっちこそ、ごめん。いろいろ焦って……泣いちゃって……」 
 
 キリトに押されるように、自然とあやまることができた。視線が絡み合って、それから同時にほほえむ。あまやかなものが胸に広がっていった。 
 
「さてと……じゃあ……」 
「……?」 
 
 キリトはたちあがると、あたしの座る椅子のうしろへ回った。 
 
「な、なによ……」 
 
 じーっと、あたしを見つめるキリトの視線がくすぐったい。その瞳がさっとどこかにいった。 
 いきなり消えた瞳に、驚いている間に、体がふわっと浮かびあがった。ちょうどキリトの胸のあたりまで。 
 
「うわ――っ、な、ちょ……わっ、わわっ!」 
 
 強力な筋力補正でまるで猫のように抱えあがられ、隣の寝室へ運ばれる。そしてドスン。 
 キリトがそのままベッドに座ったので、あたしはキリトの膝の上に腰掛けている形だ。 
 
「わ、わわっ!」 
 
 さっきまで喧嘩していたのが嘘みたいな展開だ。 
 
「……リズ」 
 
 背中からじわ……。キリトの体温が伝わってくる。お腹のあたりに回されたキリトの両腕が、ぽかぽか暖かい。 
 ここまで状況が進めば、あたしでもキリトの考えてることが……わかる。 
 
「も、もうするの?」 
「するよ。仲直りだし……リズの身体、気持ちいいからさ」 
 
 あんまりに直球な言い方にしばらく絶句する。 
 
「ほ、ほめ言葉に聞こえないわよ、それ……もうちょっと、ロマンってものを大事に……ほら、汗くらい流したいし……」 
「汗エフェクトなんてすぐに乾く。においもない」 
「そ、そ、そういう問題じゃ……!」 
 
 あたしの腕の上から、キリトの腕が回っているのでもう身動きとれない。いちおう暴れてはみたものの、攻略組トッププレイヤーであるキリトに腕力でかなうわけがない。 
 
「……しようぜ」 
 
 耳元に吹き込まれる甘いささやきに混じって、家の外で水車がまわる音がした。 
 これはこれでロマンが、あるかもしれない。 
 大きく深呼吸して覚悟を決める。 
 
「し、しかた……ない……わね……。仲直り……しよっか」 
「ああ……」 
 
 キリトの細い指が、襟元をとめるリボンをゆっくりなでていく。指はそこから、さらに下へ、下へ……。 
 
「ンンっ……」 
 
 普段から弱点だと自覚している胸を、キリトの指がイヤラシクなで回した。下着のカップと、それから衣服に守られているはずなのに、キリトの指の感触は、はっきりと感じ取れてしまう。熱い指先に胸の先端をなぶられると、背筋がふるえてしまう。もう何度も経験しているのに、いっこうに慣れない刺激だった。 
 
「はあ……んっ……んっ……ふぁっ……ぁぁんっ……」 
「やっぱりのおっぱい、さわり心地いいな……おっきくて、ふわふわで……」 
「ばか……なに言ってんのよ……」 
 
 キリトの手が、さらに下へと伸びていった。長い時間をかけフレアスカートをたくしあげられる。 
 ……正直なところ、もう少し細めに再現してほしかった太股の上を、キリトの手がすべる。 
 びくびくふるえるあたしを面白がっているのか、指先がふにふにと肌にうずまる。キリトの指が発する熱さが、肌の内側に浸透してきた。 
 仮想の熱が、ナーヴギアによって脳へと送られている……。理屈はわかっていても、手のひらの暖かさは本物だ。 
 そのうちキリトの指が脚の付け根のほうへと移動をはじめて、まるで高級マッサージを受けているかのような――受けたことなどないけれど――心地でいたあたしの意識を揺り戻す。 
 最後の抵抗とばかりに脚を閉じる。でもキリトは、指をうごかして下着の縁にふれてくた。 
 
「う……」 
 
 一応はお気に入りの……。キリトがよろこぶようにと、用意している下着の上を細い指先がゆっくりと滑っていく。 
 
「あう……んっ、く、くすぐったい……!」 
 
 くすぐられるような感覚に、脚に力がはいらなくなっていった。閉じていた脚の間を、繊細名指がつつ――とさすった。 
 
「はあっ……あんっ……んっ、ふっ……そこ……さわっちゃやだ……」 
 
 自分の口からでているとは思えない声が部屋に響く。 
 
「あぅ……んっ、くっ、んっ――!」 
 
 きゅっ、と先をはじかれる。びりびりとしびれるような快感が、そこから伝わってきた。下着の一部分が湿っていく。 
 
「だ、だめっ!」 
 
 あわててキリトの腕を押さえる。 
 このままはじまると、最後の最後までキリトにさせてしまう気がした。 
 振り向くとキリトが切なげに眉をひそめていた。どこか寂しげな表情に胸がきゅうっと切なくなる。 
 
「あ、あんただって疲れてるんでしょ……。’いいよ、先にしてあげる」 
「リズだって、疲れた顔してけどな」 
 
 どの口で言うのよ……。呆れつつ、キリトの膝からぬけだして、向かい合う。そのままシャツに包まれたキリトの鎖骨へ額を当てた。 
 
「あ……」 
 
 自然と、ズボンの中で苦しげに身悶えするキリトのそこが目に入った。ちょうどファスナーがあるあたりが、あれの形に膨らんでいる。 
 心臓がとくん、とくんと脈打っている。 
 あたしは胸の鼓動をなだめながら、そっとそこに指をはわせた。 
 
「――っ」 
 
 わずかにキリトが震える。ふれた箇所はより顕著に、衣服のなかで身じろぎした。 
 
「ふふ……あんただって……感じてるじゃない……」 
「……そりゃ、さ」 
 
 キリトがゆっくりとあたしの頭をなで回した。照れくさいけど、あったかい。 
 
「じゃ……、いっしょに……しようよ……キリト」 
 
 
 
 
「……いつも……思うけど……」 
 
 目の前で屹立するそれを見て、あたしはおもわずつぶやいていた。 
 SAOの衣服はすべて装備品扱いされてしまうので、脱いだりするには装備を解除するしかない。お互い裸になって、とけるようなキスをかわしたあと、あたしとキリトは――脚と頭を逆さまにしてくっついている。 
 となれば……、目の前には、さっきすこしだけイジらせてもらったそれがあるわけで……。 
 
「どうしてこんなになるの……? いつもはこんなに大きくないでしょ……?」 
「まあ……男の本能で……かな」 
 
 最初に見たときには、なんてグロテスクなオブジェクトなのだろう、なんて思っていたキリトの性器だったけれど、いまはかわいい、とさえ思えてしまう。なにせ、これは間違いなくキリトの一部なのだ。 
 
「じゃ……い、いただきます……」 
 
 内ハネにしている髪を片手でおさえてから、そーっと、下から上へ舐めあげる。 
 血が集まって大きくなる……らしい、性器は舌先を燃やすように熱かった。先端の平らになった部分をちろちろ舐めていると、押し殺した悲鳴が部屋へ響いた。 
 
「くはっ……あ、……リズ……」 
 
 位置関係上、顔が見えないのが少し残念だ。キリトの声はものすごく色っぽかった。 
 
「くっ……そ……じゃあ、これなら……!」 
「――!」 
 
 じゅっ――。 
 キリトがあたしの下を……さっきふれていた場所を、舌先ですくいとった。びりっ。舌が揺らしたあそこから、気持ちいい刺激がおなかの中へ伝わってくる。 
 
「あふっ……んっ……そんなとこ……汚いでしょ……」 
「リズだってしてくれてるじゃないか。じゃあ……」 
「あんっ――んっ、くっ――!」 
 
 否応なく意識がそこへ集中してしまう。 
 でももっと警戒するべきは……指だった。キリトの指がもっと後ろの部分にさしかかっていた。 
 
「んっ――! ちょ、ちょっと……さわるところ、間違ってる……! んっ……くっ……!」 
「そうか?」 
 
 笑いまじりに言われ、頬が熱くなるのをかんじた。SAOの仕様上、必要ないのではないかとおもうそこの穴を、キリトがちょんちょんつっついてくる。 
 
「ひゃ、んっ………んっ、ふっ……ぁぁっ!」 
 
 おもわず声を漏らしてしまいつつ、指先がうむ熱さに耐える。なんだか妙な感じだった。 
 
「んっ…、うぅ……んっ……」 
「こっちも良さそうなんだけどな……」 
「な――! ぜ、ぜったいしてあげないからね!」 
「へえ……なにをするんだ?」 
「……! い、いわせてどーすんのよ!」 
 
 とんとん叩かれるたび、お腹の奥にまで電撃がはしる。どこか懐かしい――カンジがする。たぶんまるまる二年間、感じたことのない……。 
 キリトの舌が普段閉じている場所をそっと、左右へ押し広げる。今度は入り口のそばを、舌先が通り過ぎた。 
 
「んっ……くっ……んむっ――! だ、だめっ――!」 
 
 キリトの愛撫にまけないように、あたしは再びそこを口に含んだ。少し平らになった部分を舌先でくすぐりつつ、頬をすぼめてカサになっている部分を刺激してやる。 
 
「くっ…………リズ……それ、気持ちよすぎだ……」 
 
 キリトが口の中で大きくはねて、唇から出て行ってしまった。あたしの唾液と――キリトの液体で濡れた性器は、ぴと……とほっぺたに当たってくる。感じてくれているのはわかったので、今度は片手を根本にあてがっておさえ、再び口に含む。茎に舌先をくっつけたまま頭を持ち上げたり、下げたりする。 
 
「くっ……ぐ……」 
 
 と……今度はキリトがあたしのお尻をつかんで、より強く舌を押しつけてくる。 
 
「んむ――! んっ、勝負っ、んんっ、ぁんっ、してるわけじゃないわよ……!」 
「ぐ、偶然だよ。リズのここが洪水みたいになってるからさ……でも勝負もいいかな」 
「あう――!」 
 
 入り口のあたりを舌で刺激された。わずかな刺激なのに、入り口からつながる奥まで、快感が響いた。 
 
「また流れてきた……」 
「い、いちいち言わないで……んくっ……ちゅ……じゅる……」 
 
 舌が動くたびにもたらされる快感で、すこしずつ脚から力が抜けていった。生まれたての草食動物の気分になりながら、キリトを口で慰め続ける。 
 
「じゅるっ……んっ、ちゅっ……じゅっ……あ……んっ――!」 
 
 口をすぼめてじゅるじゅる吸ってあげると、キリトが素直に反応した。あたしも、キリトに大事なところをくすぐられるたびに、悲鳴をあげてしまう。なんとか歯を当てないように気をつけつつ、舌をひっつけて頭を上下させた。 
 
「じゅぷっ……んっじゅる、じゅる……! 
「く……あっ……リズ……!」 
 
 口の中でキリトが暴れ出す。気がつくと、あたしは夢中で、熱い鉄串のように灼熱する性器の頭を舌先でつついていた。唾液をまぶして、頬で包んであげると、口の中で性器が暴れ回る。素直な反応にちょっと嬉しくなった。 
 じゅぷちゅぷ……ちゃぷちゃぷ……という、卑猥な音が気になったのは最初だけ。あとは互いに夢中で刺激し合っていた。 
 ピクン、ピクン反応するキリトの性器が愛おしくて仕方がなかった。 
 
「ふふ……キリト……かわいいっ……んぅ――!?」 
 
 恥ずかしいところを容赦なく吸い上げた。エッチな滴をキリトが吸い取ったのだ。その刺激で入り口から続く子宮まで震えあがってしまう。 
 
「ふあっ……あうっ……んっ……奥まで――!」 
「……じゅる……っ、お返しだ。それにここも……弱いだろ……」 
「あうぅぅぅ――!」 
 
 さらに神経のほとんどが集まっているんじゃないか……そんな風に思わせるほど敏感なところを、キリトの舌先がもてあそびはじめた。体の芯に走り抜けて行く快感が、あたしをとりこにし続ける。 
 
「んっ――ふっ、ぁぁ――! ああっ……んっ、ふあっ――ああんっ、んっ、ちゅっ、ぢゅる……んっ、ちゅっ……!」 
 
 快感から逃げるように、あたしはキリトにしゃぶりついた。その間にも腰の内側に気持いい塊が満ち続ける。 
 息もできないくらいの快楽にとうとう限界が来てしまった。 
 
「あ――だめっ……だめっ……いっ、ちゃう……! いっちゃう――!」 
「俺も……リズ……離れてくれ……」 
 
 キリトの警告は一歩おそかった。あたしはキリトにそこをおしつけたまま、一気に達してしまった。 
 
「ふあっ、ああああぁぁぁ――! むふっ、んっ、ぢゅる――!」 
 
 はしたない叫び声をもらしてしまいながら、キリトの性器を思い切り吸ってしまった。 
 
「あ――リ、リズ……ごめん!」 
「むふっ、んっ――ん――!」 
 
 その拍子に口の中で性器が大きくバウンドし、先端から何かが噴き出した。 
 舌の上や頬の内側へ粘液を塗りたくっていく。 
 
「ん――ふっ……んっ――! あっ――!」 
 
 腰から力がぬけ、体ががくんと落ちた。その表紙に性器が口から出て行ってしまい、熱いしぶきをあたしの顔の前で吹きあげた。 
 
「あっ……ああっ……んっ……ふ……」 
 
 無遠慮に飛沫の熱さに呆然としていると、うしろから小さく「ごめん」と聴こえた。 
 
 
 
 
 やがて大人しくなったキリトの分身にキスしてから体を起こした。 
 
「リズ……こっちむいて」 
「んっ――」 
 
 まだ腰のあたりに快感の残滓がのこっていた。自由にならない脚腰をひきずるようにして、キリトの上からどいたあたしは、ぼんやりとした頭のままベッドにすわりこんだ。 
 
「ごめん……」 
「べ……べつに……いいよ……気持ちよかった?」 
「それはもう……な……」 
 
 キリトは白いハンカチであたしの頬や髪から、粘液をふき取ってくれた。 
 でも口に残る苦みすら、どこかいとおしい。 
 ハンカチで優しく顔を拭かれるているうちに意識がはっきりしてきた。もうしわけなさそうな顔をしたキリトが目に入る。 
 ハンカチをストレージに納めたキリトは、一つ咳払いをして言った。 
 
「しょ、勝負は……」 
「おあいこね……ほとんど一緒だったし……」 
 
 ちらりと見たキリトの性器は、もう一度大きくなりはじめていた。 
 あたしのほうも同じだ。脚の付け根のあたりが何かを期待して、きゅっと切なくなる。 
 
「じゃあ…………もう一度……勝負、しよ……」 
「……ああ。決着つけようぜ……」 
` 
 
 
 
「な、なんでこんな格好……」 
「……べ、べつに……。なんだかリズには、そんな格好が似合う気がして……」 
「ど、ど、どういう意味よそれぇ!」 
 
 寝室の壁に両手をつきながら、キリトを振り向く。キリトはいつものようにシニカルに笑って、あたしのお尻をつかんできた。 
 
「ひ、んっ――!?」 
「さっきは夢中でよくわからなかったけど……おしりも柔らかいな……おっぱいとは別の感じが、また……」 
 
 キリトは、お尻をむにむにともてあそんで言った。 
 おしりの下の神経がしびれる。同時に、直接触れられているわけでもないのに、あそこからつつ――っと何かが流れ出していく。 
 
「んっ……はぁ……んっ、ながれちゃう……」 
 
 キリトの指にお尻を刺激されると、お尻とお尻の間にある大切な部分からしずくがこぼれて、太腿をつたって流れて行ってしまう。 
 恥ずかしい。なのにキリトはにんまりと笑った後、ぴちん、とお尻をたたいてきた。 
 
「はうっ! な、ちょ、なにす……」 
「いや、リズの普段の声もいいけど……そういう声も……いいなとか」 
「……へ、ヘンタイ……!」 
 
 しみじみ言われるともっと恥ずかしい。ぷいっと、キリトから顔をそらして、壁の木目をみつめる。真っ赤になってしまった顔は……ごまかせたはず。 
 が、キリトの暴挙はおわらなかった。お尻の、二つのお肉をすりあわせるようにしたり、またむにむにと指を埋めてきたり……。 
 
「ひゃっ……はふっ……んっ――」 
「じゃあ……こっちも……」 
 
 最後にわきばらをなで回しあと、キリトは胸に手を伸ばしてきた。 
 服ごしに与えられた刺激とはあきらかに違う、なまめかしさすらある指の刺激に背筋が震えた。 
 
「ふっ……んっ……あんっ……んっ……手つき……イヤらしすぎ……」 
 
 下からささえるように乳房をもみほぐすキリト。手のひらから伝わる体温が、どこか優しかった。 
 
「はあっ……ねえ……やっぱり柔らかい……のかな、あたしの胸……」 
「自分でさわってみたらどうだ?」 
「……遠慮しとく……んっ……先……だめ……やめてよ……」 
 
 はなしている間に、キリトの指が先っぽに指を当ててきた。そのままくにっ……恥ずかしいくらいに勃起した先を摘まんだり、ひねったりしてくる。 
 
「ああああっ……くっ、ぅぅ……あん……んっ、んっ……」 
 
 このままじゃ勝負にならない。あたしはオシリに押しつけられていた性器を手でにぎってやった。 
 
「っ――」 
「はあ……あぁ……胸ばっかり……あたしだけじゃ……不公平でしょ……」 
 
 体勢が体勢なのでさわりにくいし、指は動かしにくい。けど効果はてきめんだった。親指でぼっこりしたところや、カサの間をさわってあげたり、残りの四本指で、茎を擦ってあげる。 
 
「――っ、はっ……指……いいな……」 
「あんたのもね……んっ、ふっ……胸、感じてるよ……なんか……キリトの手が、暖かくて……安心する……」 
 
 しばらく性感帯を刺激し合う。口で受け止めていた時と同じく、キリトのそこは快楽を得るとぴくぴくするようだった。 
 同じようなペースで攻め合っているのに、昂りはあたしの方が早かった。 
 乳首を引っ張られるたび、体中に電撃が走る。背骨を伝わって腰や脳幹に気持ちいい信号が伝わってきた。 
 
「ふあっ、んっ、んっ、んっ……だめっ、指だけで……いっちゃう……」 
 
 キリトが胸から手を離した。同時にあたしも――性器から指をはなしてあげる。 
 いままでキリトにふれていた手のひらをみると、透明な液体で濡れていた。キリトの興奮の印だった。 
 心臓がどくどくと激しく打ちなった。アバターが生理機能を再現しなくてよかった。こんな心臓のばくばくを聞かれたら、恥ずかしくて生きていけない。 
 
「じゃあ……いれるよ……」 
 
 性器をあたしの大事なところへ押し当ててきた。ぬる、とした感触があった。それがあたしからこぼれているものなのか、キリトのものなのかわからなかった。 
 ただ分かるのは口で触れても指で触れても熱かったそれが、あたしの中まで焼きつくそうとしていることだけで……。 
 入り口にあてがわれただけなのに、敏感な身体はキリトを求めてしまっていた。お腹の奥がきゅんっ、と切なくなる。 
 先端を十分にぬらした性器が、入り口をこじ開け始めた。 
 
「んっ――っ、入ってる……! はあ、んっ、くぅ……んっ――!」 
 
 熱い――! 
 お腹のなかを激しくで入りするキリトのそれは、まるで炉にくべたばかりに鉱石のように熱かった。もちろん、本当にそんな温度だったらあたしはもうとっくに燃え尽きてる……。でもそれくらい熱い。 
 奥の方をこつん、と叩いたあとキリトは一旦動きを止めた。 
 
「ふあっ……あっ、あっ……」 
 
 性器が内側でぶるぶる震えている。振動はあたしの筒をゆらしつづけて、気持ちよくしてくる。 
 大きく息を吐いたキリトが、耳元でつぶやいた。 
 
「これで……全部だ……すごいな。いつもよりぬるぬるしてるし……締めてくる……」 
「あんたこそ……なんか、いつもよりおっきいような……」 
「そりゃ、リズにあんなことされたらな……動くけど……いい?」 
「うん……。んっ――! ふっ、あんっ……んっ、ぅぅ――!」 
 
 思いのほか力強くキリトが腰を動かしはじめる。一度入り口近くまで引き抜かれた性器が、今度は一気にあたしを満たしてくる。その動きが時を追うごとに速く、力強くなっていく。 
 
「熱いっ……はぁっ、熱い――やけど……しちゃう――んっ! ふぁぅっ、あっ、あうぅ!」 
 
 おなかに満ちていたエッチな滴が、キリトの動きに併せてこぼれていくのがわかった。かきだされた滴が太股にあたる。ふと地面をみると、水たまりができていた。 
 
「やっ、だっ、恥ずかしいっ……ぐりぐりしちゃ、だめぇ……こ、こぼれちゃう――!」 
 
 キリトに押される形で、あたしはいつの間にか体を壁へ押しつけていた。あまりにも激しい快感に、体が無意識に逃げてしまう。 
 でも、もう逃げられない。 
 
「はあんっ、ふっ、んっ、んっ――ぁうっ……んっ、ふぅ、ん――!」 
 
 そう思い当たってとたんに心細くなる。これ以上責められたら、どうにかなってしまいそうだった。胸がキリトにあわせて踊ってしまうけど、抑える気力はわかなかった……というより思いつかなかった。あたしはただただ……キリトに揺さぶられていた。 
 
「あっ――んっ、あうっ――、はああっ、もう……負けでいい……! あたしの、負けで、いいよ……!」 
 
 キリトを受け入れつつ、無意識のうちにつぶやいていた。 
 
「し、死んじゃう……はんっ、んっ、んっ……! 熱くて、死んじゃう……! 死んじゃうよぉ……!」 
 
 心のそこからそう思っていた。もうなにも考えられない。白く染まる視界のせいで、目の前にある壁の木の目さえ見えなくなっている。意識を失う……寸前まで、あたしは追いつめられていった。甘くて激しい快感に背筋が震えてしまう。たくましい性器にこじあけられるたび、行為のことしか考えられなくなっていく。 
 
「はあっ、くっ、んっ、んんっ、くっ……やめて……! もう、もうしないでぇっ! お、落ちちゃう……落ちちゃうぅ!」 
「だめだ」 
 
 耳もとでささやかれる。そしてそのまま――耳のうちがわに湿った感触。キリトの舌が耳の穴をくちゅくちゅと、くすぐってくる。 
 
「あああっ――!」 
「リズ……負けを認めるなら……約束も守ってもらわないと」 
「いやっ……だ、だめっ、もう……もう限界なっ、の……! い、一回……止め――」 
「それは……ずるいよ」 
 
 かぷっ。キリトが耳たぶに甘くかみついた。同時に身体が密着して深く深く、つながる。キリトを受け止めている部分が、かき乱され、もえあがった。 
 
「ひあっ――あんっ、んっ――んんっ――! や、やめっ、おっ、落ちちゃう……!」 
「くっ、うっ……俺も、もう――!」 
「あ、あああっ、あああ――! いやっ、いやぁぁぁ――!」 
 
 腰骨を包んだ手が、あたしとキリトの距離が遠ざかった瞬間に力強く動いて、体を引き寄せる。 
 ぱしん――! 
 手のひらをたたき合ったような音とともに、熱い性器がお腹を満たした。 
 
「っ――ぁぁぁっ!」 
 
 激しい快感に、呼吸をするのを忘れてしまう。頭の中を真っ白ななにかが塗りつぶしていった。 
 深く差し込まれたままの性器の先から、固まりのような粘液が吹き上がった。 
 
「はあっ――っ! あああっ、ああっ!!」 
「くっ……かっ、ああ……」 
 
 吹き上がった粘液は、さらに大きくあたしの中を押し上げた。こつこつ叩かれているだけでも、背筋の凍るような快感があるのに、さらに遠く、強く――奥を押されてしまう。 
 
「ふあっ……ああっ……あああっ……あっ……ぅ……」 
 
 あまりにもお腹が熱くて、その熱ささえ心地いい。与えられる快感の量が多すぎて、ついに脚から力がなくなってしまった。 
 
「ふ……あっ……ぁぁ……ぁ……」 
 
 壁にすがりながらずるずるしゃがみ込む。 
 
「おおっと……」 
 
 うしろからのびてきた手があたしの二の腕あたりをつかんだ。キリトの手だ。 
 キリトはあたしを支えながら……ゆっくりと床へおろしてくれる。 
 
「はあ……はあ……あ、ありがと……」 
「っ……ああ……どういたしまして……」 
 
 アヒルずわりの格好で力を抜いたあたしに、キリトが腕をまわしてきた。汗ばんだ肌と肌が密着する。一定温度をたもっているはずの体温が、心地いい。 
 お互いに荒い息をしながら、あたしたちはしばらくその場でお互いの体温を享受しつづけた。 
 
 
 
 
 またしてもキリトに運ばれ、ベッドに仰向けになった。 
 力が入らない脚をキリトが左右に開いた。そこが丸見えに……なっているのは十分わかっているけれど、さきほどの行為の余韻のせいで、脚をとじる気力がわかなかった。頭には白い霞がかかったままだった。 
 SAOにとらわれる前に得た拙い知識によれば、男の人とは一度射精するとしばらく出ない……はずなのだけれど、どう見てもキリトのそれはもとの硬さを持ち直していた。 
 あたしの微妙な視線を感じとったのか、キリトが言った。 
 
「その若いから……な」 
「一つしか違わないじゃない」 
 
 むっ、と口をつぐむキリトの仕草がおもしろくて、思わず微笑んでしまう。あたしは、結婚する前にどうしてもとせがんで彼の年齢を聞いていた。ついでに本名も。 
 キリガヤカズト……。あたしはシノザキリカ……。ということは、向こうで結婚したらキリガヤリ――。 
 
「ね、ねえ……あっちに戻ったら、最初になにしよっか!?」 
 
 あんまりにも恥ずかしい想像をごまかすために、無理矢理疑問を言葉にする。 
 このあたりキリトはごまかしやすい。女心となると、いつもはキレ味鋭い思考がなまくらになってしまうようで、特に疑いもせずに、うーんと首を傾げる。 
 
「あー、……そうだなぁ……デート……するか?」 
「なんで疑問調? ちゃんと考えておいてよ。最初のデート場所はまかせるから」 
「な――、それ俺の担当なのか? それじゃ全部俺の――」 
「いーじゃない。そのときはエスコートしてよね……」 
 
 そろそろとキリトの首筋に腕をまわし、唇を近づける。キリトの顔がゆっくりと近づいてきて、唇が唇に当たる。 
 
「んっ――んちゅっ……」 
「リズ……」 
 
 舌を絡ませあいつつ、そろそろともう一度始める。 
 キリトは器用に腰を移動させて、性器の先端をあそこへ押し当ててきた。ずる……。ゆっくりと割り込まれる。 
 一度うけとめたばかりだからか、性器がなめらかに動いていく。かき混ぜられる心地よさに夢中になりながら、思ったよりも小さなキリトの背中をなでまわす。 
 
「くっ……ぅ……ふっ、ふっ……! もっと……キス……」 
「……うん」 
 
 キスをせがみつつ、上と下で深くつながり続ける。さっきとは違う高ぶり方だった。ゆっくりと、お互いの快感を育てていくような……そんな交わり方だった。 
 しあわせだった。体温があたしに染み込んでくる。仮想のもの、なんてとても信じられないなまめかしさだ。 
 とろけるような、やさしい交わり。ずっとつながって、重なっていたい。 
 それでも――終わりはきてしまう。 
 
「ふああっ、ああっ……キリト……!」 
 
 すっかり揺さぶられるままだった脚を動かしてキリトの胴回りへ――。 
 
「んっ、くっ……リズ!?」 
「ああっ、んっ、んっ……ふっ、は、恥ずかしい……けど……」 
 
 顔をあげるキリトに微笑む。恥ずかしがっても、目の前にはキリトしかいない。それよりも、もっともっと、深くつながっていたい気持ちが大きい。 
 
「ふあああっ、あんっ、あぁぁっ、んっ、ふっ、んぁっ――!」 
「くっ……ふっ……ふっ……リズ――!」 
 
 涙でかすんだ視線を向け続けると、キリトは再びあたしの唇を奪ってきた。胸と胸が密着し、揺さぶられ、求められるまま身体を重ねていく。汗みずくになった体をすりあわせる心地よさに、あたしはもちろん、恐らくキリトも酔っていた。 
 いつの間にかキリトの手があたしの手をとらえていた。頭の上で拘束されているので、どこか――支配されている気分になる。 
 
「ふああっ、ああっ、んっ、ふっ、ううぅ……キリト、大好き……大好き――!」 
「ああ……くっ、俺も、リズ……愛してる……!」 
 
 最後にどんっ、と奥底を小突かれた。 
 
「あああああっ、ああっ、あああ――!」 
 
 一番大事なところを押し上げられたあたしは、泣き叫びながら達して――キリトをだきしめた。頭が真っ白だった。その瞬間、キリトが小さくうなり声をあげつつ、射精をはじめる。 
 
「くっ――うっ、んっ――! もっと……いいよ……受け止めてあげる……」 
 
 どくん、どくん……どくん。独特のリズムでそそぎ込まれていく。内側を灼かれる衝撃に唇を噛んで耐える。キリトを包んでいる部分が意志とは無関係に性器を求める。 
 
「ふあっ……ああっ……出てる……入って……来てる……」 
「リズ……リズ……」 
 
 最後の最後まで吐き出して、やがて果てたキリトが脱力した。頬と頬がひっつく。 
 
「はあ……はあ……おつかれさま……一杯出したね……気持ち……よかった」 
「俺も……ごめん。止まれなかった」 
 
 コシのある髪をなでまわし、頭を抱く。汗濡れの肌をすりあわせて、熱い呼吸をお互いの耳に吹き込んで――あたしとキリトは、いつしか心地よい眠りにおちていた。 
 
 
 
 目をさましたとき、キリトはあたしのほうを向きながら眠っていた。その無邪気すぎる寝顔とさっき行われた行為のギャップがなんだかくすぐったい。どちらのキリトも、キリトだけど――きっとこんな顔をみれるのは、世界であたしだけだ。それが嬉しい。 
 寝返りをうったのか、肩からずり落ちた上掛けを引き上げて、その上をぽんぽんたたく。キリトは起きなかった。 
 
「そうだ……」 
 
 パジャマを身につけつつ、共通化したストレージから、二本の剣を布団の上にオブジェクト化した。 
 
「あんたたちも……おつかれさま」 
 
 長らくキリトを、黒の剣士の命を守り、あまたの怪物を切り倒した二振りはいまようやくその役目を終える。 
 
 あたしはしばらく、月の光をうけて誇らしげに輝く二つの剣を見つめ続けていた。 
 
 
 
――次の日。 
 
 
「だから! あたしは丈夫な剣をもってほしいの! だからこれ! グラファイトインゴット!」 
「でもそれだと攻撃力足りないだろ! もうちょっとこう、すぱーん!ってなる剣をさ……あと名前がなぁ……剣の名前までダサくなりそうでさぁ……」 
「ほんっと! わがままね! それこそ強化でなんとかしてあげるし、ランダム要素考えたら何本も打つ必要があるんだし……。ほら、いつまでも悩んでないで! 決めちゃいましょ! 一本目開始――!」 
「むっ、むむむ――いや、リズやっぱり――」 
「もう! あたしに任せるって昨日言ったじゃない! いい加減にしないと、お昼ご飯ヌキにするわよ!」 
「ひ、昼ごはんは関係ないだろ――!」 
「じゃあどうすんのよ――!」 
 
 なんて言い合いを、あたしとキリトは起き抜けにやっていた。装備一つでこれなら、現実世界で一緒に住む家をさがすだけでも苦労しそうな気がする。 
 うーんと頭を抱えるキリトに、ふんぞりかえってあげながら、それまで……お願いね、旦那さま……。クリアしないと、承知しないんだから……。 
 胸の中でそっとつぶやく。昨日のように繋がったままならすんなり言えたかもしれないけど、一度起き上がって服を着たら口にするのが気恥ずかしい。 
 
 
 
 ふと、視界に優しい光が飛び込んできた。陽の角度が変わったのか、すこし強い反射のエフェクトだった。 
 
 光の先には二本の剣。 
 リズベット武具店の工房の一番高いラックの上で、あたしたちを見守る黒と白の剣は、その柄を「やれやれ」といった感じで優しく輝かせていた。 
 
 

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