「はぁ……疲れた」  
 
 ゆっくりと背中の木に体重をあずける。  
 クリスマスイヴに解放された21層を疾風のようにかけぬけ、22層のホームを購入する…  
…という一大イベントは一時間ほどまえに達成された。  
 打ち上げもそこそこに解散し、キリトとアスナ、そしてユイちゃんが家に戻ったのを確  
認しやっと張りつめていた心がゆるんだ。  
 
 ――まったく、もう……世話がやけるんだから……二人とも。  
 
 吐きつけた息が白いのに、今更ながら気がついた。  
 
 キリトはキリトでぼけーっとしてるし、アスナはアスナで途中からわんわん泣いてしま  
うし、フォローするこっちの身にもなってほしい。まったく手のかかる二人組だ。  
 
 まあクリスマスイヴの夜を他人の、しかも愛しい異性と、愛しい?同性のためにつかえ  
たのであれば、これはこれで有意義な過ごし方だったのかもしれない……なんて無理矢理  
自分を納得させようとしたが、無理な話だった。  
 
 ログハウスの窓からは明るいオレンジの光が漏れる。  
 
 気温は間違いなく氷点下を回っているのに、ログキャビンの窓から漏れる照明に照らさ  
れた部分だけは、なんだか暖かそうだった。  
 きっと――きっと今頃、クラインが置いていったワインでも乾杯しながら、幸せそうに  
笑っているのだ。三人で。  
 
「……」  
「……はあ」  
 
 すぐとなりで木々に体重を預けているリーファにしろ、シリカにしろ、その光に思うと  
ころはあるようだ。二人とも膝まであるコートに身を包み、どこか複雑そうな表情でログ  
キャビンを眺めている。  
 それを見て、あたしの心にもひとかけらの氷が落ちているのに気がついた。  
 昔はもう少しさばさばした、合理的な性格だと思っていたのに。  
 でも、あたしを変えた二人は無責任にもあの家で仲良く過ごしていて……  
 
「らしくないかな……」  
 
 もう、どう「あたしらしく」ないのか、よくわからなくなっているあたしがいる。  
 けれど、大事な妹分の二人が切なげな表情をしているから、いつまでもくよくよしてい  
るわけにもいかない。  
 胸にささった氷のトゲを意識しないようにしながらあたしは、複雑な表情をしている年  
下の友達に言った。口元をゆるめて悪戯っぽい笑みを「浮かべながら」二人に近づく。  
 
「さ、じゃあ行きましょうか! あたしたちはあたしたちで!」  
 
 そしてシリカの背中をぱんぱん叩き、リーファのお腹をつっついてみた。  
 
「はうっ!?」  
「ひゃんっ!?」  
 
 二人はよっぽど、もの想いにふけっていたようだ。  
 あたしの接近にまったく気がつかなかった。シリカなんて尻尾が逆立っている。  
 
「はいはい。二人ともここまで。あたしたちはあたしたちで、クリスマスを楽しもー  
か!」  
 
 まるで自分に言い聞かせるように、二人に言う。  
 そのまま二人の腕に腕を絡めて主街区へと引きずっていく。  
 
「あ、ちょ、リズさん!」  
「もう! い、いつも強引なんですよー! リズさんは!」  
 
 困惑気味のリーファと文句を言うシリカ。二人にあたしは胸を張って答える。  
 
「いいのいいの! どうせあたしたちこのあと予定なんてないんだから! 寒いところで  
じっとしてるよりよっぽど建設的でしょ! さー! 気合い入れて限定ボスを討伐するわ  
よ!」  
 
 リーファとシリカを引きずりつつ目指すのは、各領地首都とアインクラッド主街区に特  
設されたポータルだ。  
 そこからクリスマス限定ボスのいるインスタンスマップへ飛べる。  
 
 しばらく引きずっていると、心の整理がついたのか――もしくはヤケクソになったのか  
――リーファとシリカが自分の足を使いはじめた。  
 
 そう。きっといつまでもくよくよしているのはあたしたちらしくない。  
 わたしはあいつのように頬をつり上げてやりながら、ボスの待つポータルへ足をすすめ  
た。  
 
 じつは、背教者ニコラスさんは今回のクリスマスにも参加していたのです。  
 新生したせかいのなかで、ニコラスさんは大斧とズダ袋をてに、インスタンスマップ  
「ツリーの森」で、侵入者をほうむっていました。  
 神たるカーディナル・システムの教典はただ一つ――プレイヤーの命を奪うこと。  
 でも、ニコラスさんは<<黒の剣士>>にまけてしまいました。  
 ニコラスさんはただしく、背教者、なのです。  
 背負うべき十字架も、彼をしばらう教義も、なにもありません。  
 ニコラスさんは、みにくい姿のイベントでした。  
 かれはくるのかな、こないのかな? ニコラスさんはじゃあくにゆがんだ頬をさらにし  
ゅうあくに歪めて、まっていました。  
 でも、彼ほどつよいプレイヤーはまだあらわれませんでした。  
 はいじんと呼ばれる高スキルプレイヤーは、アインクラッドにいってしまったし、冷や  
かしにくるのはツガイのプレイヤーばかり。  
 これじゃあ、ニコラスさんも負けるわけにはいきません。大斧で彼らの魂をかりつづけ、  
ニコラスさんはまっていました。  
 そしてそのときはきました。三人のプレイヤーが現れたのです。  
 ケットシー、シルフ、レプラカーン。  
 戦槌、太刀、ダガーをそれぞれ構えた三人は、いつぞやの黒の剣士にひってきするほど、  
「いきて」いました。  
 ニコラスさんは、刹那――誇張ではなく、ワンセコンドの間――にりかいしました。  
 彼女たちこそ、まちにまったものたちであると。  
 彼女たちにほふられるために、いまここにいるのだと。  
 
 レプラカーンの少女が、ニコラスさんを強気ににらみつけます。  
 ぞくりとくるような、目線でした。  
 でもそれでいいのです。  
 醜悪にカチュアライズされたニコラスさんの姿は、「なにアレ、マジキメェ」といわれ  
るためにあるのですから。  
 だから、ニコラスさんは、彼女たちの憎悪値をあげるために。  
 カーディナル・システムの言語モジュールからどくぜつ言語ふぉるをせんたく、擬似音  
声をごうせいします。  
 そしてニコラスさんはこう、いいはなちました。  
 
 
 
 
 
 
 
 
『ほら、こいよ――負け犬ども――』  
 
 
 ブッツ――――――ン  
 
 
 
 
 
「――リズさん。あいつ、なますにしましょう」  
 
 ――あたしの左前方にいたリーファが言った。  
 十代の女子にしてはあまりにも物騒かつ、乱暴な言葉だけど、あたしは全力で同意した。  
 リーファは腰に帯びていた長剣を音高く抜き放つ。  
 アインクラッドの天井が照り返す月光が、長剣の側面で反射し凛々しい横顔を映し出す。  
 きっとあの光が、ヤツのみる最後の光になるはずだ。  
 
「――いえ、リズさん。あいつは、あたしが切り刻みます」  
 
 ――あたしの右前方にいたシリカが言った。  
 十代の女子が決して抱いてはいけない殺意をはらむ言葉だけど、あたしは全力で賛同す  
る。  
 こちらも腰からダガーを抜き放ちニコラスへ向けていた。  
 普段、コロコロいろんな変化をする愛らしい顔には、彼女のファンが見たら失神間違い  
なしの氷のような無表情が浮かぶ。  
 そんな彼女が抜き見の刃を構える姿は、鬼気迫るものがあった。  
 
 
 そして、あたしは。  
 自分のヘイトが上昇するのを感じていた。  
 ヘイトの管理? そんなのできるわけない。  
 胸のなかにあった氷のとげが、ヤツへの怒りで蒸発した。  
 たまにはこうやって、感情を爆発させないとやってられない。  
 八つ当たりの対象として、あの気味の悪いサンタクロースはちょうどいい――。  
 
「――絶対にぶっ○す……」  
 
 普段絶対に口に出せない言葉が口をついた。  
 
「ぴ、ぴぃ?」  
 
 あたしたち三人の気迫に押されたピナがびっくりしていなないた――が、  
その主人たるシリカはピナの様子に気がついていないようだ。  
 燃え上がるような瞳でヤツをにらみつけている。  
 
「……ふがふが」  
 
 ヤツが枯れた声で、なにごとか言っている……。  
 言葉を吐くたびに揺れるヒゲがものすごく腹が立つ。  
 
「プレゼントはぁ……おまえたちのぉ……いの「「「だまれよ」」」」  
 
 ああ――キリトには絶対に聞かせられない。  
 そんなことを心の片隅で思いながらも、あたしは乙女の敵を葬るべく、戦闘を開始  
した。  
 
 
 リーファがあたしのとなりで弱々しく人指し指と中指でピースをつくり、シリカは耳をぺた  
んと倒しながら困ったような笑みを浮かべた。  
 
 ……あたしはなんとか視線を前にした。すると、NPCが記憶結晶であたしたちの姿を  
スクショした。ここまでが討伐クエストのイベントだ。  
 
 背教者ニコラス討伐の最中はすっかり忘れていたけれど、このクリスマス限定ボス  
モンスター「背教者ニコラス討伐クエスト」はタイムアタックだ。  
 ようするに、何秒でボスモンスターを討伐できるかを競うクエストなのだ。  
 イベントの本質から考えれば、これはきっとカップルでパーティを組み、きゃっきゃっ  
うふふしながら自分たちの出したタイムに一喜一憂し、思い出を刻むクエスト……のはず。  
普通なら。  
 
 そう――普通のカップルならまったく問題ないけれど、あたしたちは三人の女子パーテ  
ィだ。恥ずかしいったらない。  
 
 あたしは大きくため息をつきながら、あたしとリーファ、シリカが叩き出してしまった  
タイムを見やった。  
 あたしたちのパーティが出した記録は現在一位。  
 さらに言うと二位以下をぶっちりぎりで突き放すベストタイム……だった。  
 いま取られたスクリーンショットは、ALO公式ホームページにタイム付きで掲載され  
る。  
 シリカが外部ブラウザを立ち上げ調べたところによると、上位十名までは顔写真が掲載  
「されてしまう」というとのことだ。  
 このことはクエスト受注画面に書いてあったらしいのだが、ある種のヤケクソに陥って  
いたあたしたちは、その記述にまったく気がつかなかった。  
 この場合、クエスト承諾=写真掲載承諾……となってしまうのでいまさら取り消せない。  
 
 SAOに捕らわれていたときには、決してサンタにお願いなどしなかった。  
 
 でも、今日は違う。いまだけは違う。  
 
 指を組み、アインクラッドの天井を仰いで祈る。  
 
 お願い、サンタさん。  
 お願いだから、あたしたちより早いタイムの組をあと十人、お願いします――!  
 
 
 そうすれば、ランキングから足切りされて顔写真は載りませんから――!  
 
 
「い、いらっしゃいませ……」  
 
 あたしが工房から顔をだすと、店内にいた何人かのM型妖精剣士が「リズちゃんキタ―  
―!」だの、「リーファたんと、シリカたんも来るかな――!」だの、「ドジっ子、萌え  
――!」  
だのといった歓声をあげた。  
 あたしは顔がひきつらないように注意しながら、ミーハーチックなお客さんたちの相手  
に笑顔を向ける。  
 
 
 サンタへの願いむなしくあたしとリーファ、シリカのトリオは、ALO公式ホームペー  
ジで大々的に紹介された。  
 よくよく考えれば、あたしたちはサンタさんの元ネタである宣教師ニコラスを、最速で  
ボッコボコにしていたのだ。あのときのサンタへの願い事がかなわなくても、無理がない  
……ような気がした。  
 ただし、宣伝効果としては抜群でイグシティにあるあたしのお店は大繁盛している。  
リーファとシリカが手伝いに来てくれた時など、店の外まで行列ができるほどだった。  
 
 やや、特殊なお客さんが増えてしまったのが悩みのタネだけれども。  
 
 でも不思議なことに当初は恥ずかしくて仕方なかった出来事も、一月もたてば心の整理  
がついて思い出に変わっていた。  
 あのときの写真はお気に入りの額に入れて、工房の端にかざってある。  
 カップルのために用意されたイベントを、女子だけでクリアしてしまった写真のあたし  
たちは、みんな一様に苦い笑みを浮かべている。それでもいまとなっては大事な友達と同  
じ時間をすごしたという、大事な証明だ。あのとき参加してよかったと、心から思う。  
 
 ――よ……っし。来年こそは……。  
 
 密やかなリベンジを胸に秘めつつ、あたしは接客を開始した。  
 あたしは心中で気合いを入れた。いまから列をつくってならんでいる、ひやかしのお客  
さんをばったばったと捌かなければならない。  
 
「いらっしゃいませ! 今日はどんなご用件ですか!」  
 
 まずは先頭の、昨日も来ていた太り気味のお客さんから――。  
 
 

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