ソードワールドRPG  

一人の男が、周囲には人はなく、滅多なことがない限りは誰も邪魔をしてこない、という場所で、妙齢の女と差し向かいで酒も交えながらの晩餐を過ごす、という状況は一度ぐらいは経験してみたいものではある。  
 しかしあいにくと現在、その幸運を勝ち取っている男は、少しでも早く彼がいる場を去れないものかと思っていた。  
 それは別に、晩餐の相手が性格のよろしくない存在ということでも、並べられた料理がまずいということでも、ましてや何か早急に済ませたい用事が控えているということでもない。  
「どうかされました、お口に合わない料理でもありましたか」  
 男が意識を食事の外へ向けたのを、女は敏感に悟ったのかそう投げかけてくる。悟らないで欲しいときに限って、女の感覚は鋭敏になっているらしい。  
(他のことでより鋭かったら良かったろうに)  
「いや、どれも良い素材ばかり使われている。調理法も味付けも、私の好みに合っている」  
 気付かれないように息を吐きながら、男・・・スイフリーは答えた。  
 本当は長年、エルフの自然のままの味で育った彼にはもっと簡素の方が好みなのだが、人間の料理に慣れてきた昨今では、今、口にしている料理も悪くはないと思うまでになった。  
 ただ、共に食事をしているのがこの女でなければ、心から楽しめるのだが。  

「良かった、もっと召し上がって下さい。どれもこの辺りの村のものが献上したものばかりですから」  
 収穫物の出来映えを見るためにも、しっかりと味わって欲しい、と女・・・クレアは自ら給仕を務めながら、どの材料がどの村から来たものか、一つ一つ説明を始める。  
 少しでも聞き逃したら、またそれを鋭敏に感じ取って、「どうかされましたか」と声をかけてくるのだ。  
 それは、裏を返せば「話を聞け」ということでもあり、彼女の真面目さ故に不真面目さを、いや一切の悪を斬り捨てようとする、正義を重んじる精神が全く損なわれていないことを示す。例え表面上は彼の薫陶によって多少柔らかくなったとしても、だ。  
 スイフリーはそれでも、この場合は彼が領主(六分の一)であるところからして彼女の奮闘ぶりの方が正しいので、大人しくそのエルフ特有の尖った耳を向けつつ、彼女の姿を目に留めた。  
 短い金色の髪が染めて出来たものであることは、その走っているとでも形容したくなる黒い眉で分かるが、体は女性らしさこそ留めているものの、彼などあっさりねじ伏せられる力を有していることを彼は知っている。  
 今は穏やかな黒い瞳も、何もしなくとも紅を引いているような唇も、いざとなれば敵と定めたものを鋭く見据え、至高神ファリスの名の下に激しく言葉を発することさえも、またその記憶に新しい。  
 そういう女でなければ彼女は今、このストローウィック城と周辺領地の城代としてここにいなかったろうし、スイフリーも彼女がいなかったら、領主(六分の一)としてここにいなかったどころか、ひょっとしたらこの世界から旅立っていたかもしれない。  
 そもそも彼女の持つ、周りが気圧されそうな外見からしてスイフリーは苦手とする方なのに、出逢った頃の経緯もあって、ますますクレアを苦手とするスイフリーである。  
 その一方で、何となく二人の間に流れる、ある種の空気を感じていない訳でもない。苦手なら苦手のままであってくれればよいものを、どうして自身にも抱いている感情が勝手に幾重にも折り重なってくれるのか、こればかりは智を誇る彼にも分からない。  
 おまけに、いつもならスイフリーをはとこと呼び親しんでいて、かつクレアに一目惚れしているグラスランナーのパラサが、今日に限って野暮用で城を留守にしている。どんなにパラサの足が速くとも、帰りは明日以降だろう。  
 別行動を取っている他の仲間がアノス国内にいて城に向かっていたら、自然と彼かクレアのところへ情報が来ているだろうから、それもない。  
 二人は、心ゆくまで晩餐の語らいを楽しめるということになる。  
 とはいえ並べられた馳走を腹に詰め込み、決死の覚悟で一つ一つの感想を申し立てることが出来ると、クレアは満足したのか、領主の言を献上した者に申し伝えておく旨を述べた為、後は酒を傾けて開きにすることとなった。  
「そういえば、お見せして、意見を伺いたい物があるのです」  
 自分もスイフリーの返杯を受けたクレアは、頬が少し赤い。目も少し潤んできていたが、スイフリーの表情の変化をとらえたのか、すぐに真摯な光を見せた。  
「いえ、不審な物ではありません。ある領主の方から私個人にいただいた物なのですが、どう使えばいいのか分からず、その方にも聞かずじまいになってしまったので悩んでいたところへ今、酒を口にした拍子にか思い出したので、あなたになら見当がつくか伺おうと思ったのです」  
 そういって見せたのは、なるほど貴族や裕福な商人しか手に入れられそうにない、繊細な飾りが施された小物入れだった。懐から鍵を取りだしたクレアが、箱を開けて中身を並べて見せる。  
 スイフリーの動きが止まった。珍しく。  
 彼の目の前にあるのは、間違いなく、紐と小瓶と張り型、だった。  

「・・・その領主は、これらの物を何と言って渡したのだ」  
「名代の任は何かと大変だろうから、これが少しでも慰みになれば、とか」  
 ファリス信者の多いアノスで、それもファリス神官でもあるクレアにそんなことをするとは、命知らずもいたものである。しかも品性が最低だ。  
 スイフリーはクレアの表情を見た。酒気こそ抜け切れてないようだが、わざとこんな質問をしているようには見えない。  
 彼もまた酔っていた、ということもあるのだろう。スイフリーは滅多なことがない限り切れそうにないぐらいに丈夫そうな紐を手にすると、手の中でもてあそんだ。  
「本当に聞きたいのか、わたしから」  
「はい、何か差し障りでも」  
「いや。これらの物には使い道がいくつかあり、人によって異なると言っても良いぐらいだ。このわたしでさえ、その全てを把握しているとは言えない」  
 スイフリーの言を、クレアは神妙に聞いている。舌がもつれて「良いぐらいだ」が「良いぎゅらいら」になっていたが笑いもしない。  
 もし今が昼だったら、二人とも素面だとしたら、せめて他に誰かいるのならば次の一歩を踏み出さなかっただろう、と、金色のクレアの短い髪や、薄い服では隠しきれない体の曲線を見ながら思った。きっと踏み出さなかった。  
「一人でも使えるだろうが、二人いるなら互いの情と信頼とを確かめるために使用した方が無理がない。実際に使ってみた方が分かりやすいだろう、腕を椅子の背に回してくれないか」  
「・・・こうですか?」  
 指示通りに腕を回したクレアの背後へ、スイフリーは回り込んだ。側にしゃがむと、洗ったばかりの肌の匂いがした。何故かパラサが「姉ちゃんはいつもいい匂いがするにゅ」と言っていたのを思いだしてしまう。  
 首を振ると、スイフリーは卓の横を通るときに取った、瓶の口を開けた。中身は想像通り、透明でとろみのある、油か何かの食物を加工したらしい液体だった。触れると少し冷たさを感じるそれを指ですくい、クレアのむき出しになっている手首に塗る。  
「あっ」  
 微かに震えたクレアが、背後を見ていないのは彼にとって幸いだった。もしも見ていたのならば、今、耳にした声に、スイフリーが彼女以上に大きく反応したのを見られてしまっただろう。  
 内心の動揺を隠すためにも、さも慎重そうに尋ねる。  
「説明がまだだったか、瓶をどう使うかだが」  
「・・・はい・・・」  
 声がかすれている。液体を突然塗られて、自分が声をあげて驚きを示したことを恥じているのだろう。それでも手は、組んだまま動かそうとしない。  
「紐で縛られたときに皮膚がすり切れてしまうのを防ぐために塗っておくものだ。塗ったことで皮膚に異常を感じたのなら言って欲しい、すぐに拭き取らなければならない」  
「大丈夫です、少し驚いただけですから、でも」  
「でも?」  
「手首を縛るのですか」  
 彼の方をやっと向いたクレアの顔は、本当に不思議そうな表情になっているスイフリーは静かにその目を見つめ返した。丸め込みやすくなったとはいえ、彼女の相手をするのはやはり難題である。  
「縛られる側はそれによって自由を相手に譲渡する。縛った側は互いの納得している行為でそれに答える。特異には違いないが、昔からある表現らしい」  
「情や信頼を示す表現、ですか。知りませんでした」  
「わたしも最近になるまでは知らなかったことだ、知らなかったことを気にする必要はない。では試しに縛ってみようか」  
「はい」  
 早く自分を見る目から逃れたくてそう告げると、クレアが頷いたのを確かめてから、手首をよく見るためにしゃがみ込む。お互いの手を掴むようにして組んでいる手首に、紐を通すのは容易い。まずは一回り通し、両端を引いてみる。  
「ん、んんっ」  
(まただ)  
 スイフリーは手を紐から離しかけたが、すんでの所で止めた。  
「痛くしたか」  
「大丈夫です。続けて下さい」  
 後ろ手で組んでいる為自然と腰から上を反らした格好でクレアは言う。  
 だが、縛ってみてからでないと本当にきつくないのかは分からないので、必要ならすぐに縛り直せるよう、ほどきやすい結び方で縛ってみる。その間も耳を、彼女のくぐもった声が通りすぎた。余った紐は邪魔にならないように手に巻いておく。  
「・・・どうだ?」  
「痛くはないです。けれど、それ自体が目的で縛られてみるというのも面白いですね、子供の頃のごっこ遊びのようで」  
 そう言っているクレアの顔は、本当に興味深そうにしている。スイフリーは、いっそのことここで部屋からも城からも抜け出し、二度と帰ってこなかったら楽だろうと思った。そんなことをしたら、クレアが混沌の地の果てまでも追ってきて、自分を誅することは確実ではある。  
 やっと彼の頭が元通りに回ってきたのか、背景が掴めた気がした。  
 クレアはさすがに性交の何たるかは知っているだろうし、神官として性的暴行の事件を処理したこともあるかもしれない。  
 しかし盗賊ギルドでさえ地の底深く潜伏しているアノスで、どのように性の知識が与えられるかを考えると、彼女の知識では縛られることと性交とが結びつかないだけなのだろう。  
 とはいえスイフリー自身も、そうでない知識も万全とは言い難いが、大して縛る方の知識はない。  
 仲間六人で旅をしていた頃、男達だけで夜、こっそりと宿を抜け出していかがわしい店に入った時に、舞台の上で全裸になった人間の女を縛って吊す、という出し物を見るまで、そういう世界があるのだということすら知らなかったぐらいだ。  
 複雑に縄で縛られながら吊され、煩悶の表情を浮かべていた女の姿に特に感銘を受けなかったので、耳にした話も右から左へ流してそれっきり忘れていた。  
 だが今、大きく胸を反らしているクレアの姿を見ていると、もっとよく縛り方を見ておくべきだったろうか、と思う。  
 ちなみに、その脅威的な勘で使い魔の猫、デイルにこっそり男達の部屋を見張らせていた為、しっかりと脱走と行き先とを知ったフィリスが、  
「こんな物騒な街で、黙ってか弱い乙女二人を置いてどこに行っていたのう?」  
 と、レジィナを含む二人分の飯代を、個別に奢らせていたのが発覚したのはずっと後の話である。発覚しても誰も文句は言えなかったが。  
「けれど、ここからどうやって、互いの納得している行為というものをあなたが行うのですか」  
 彼の思念など知らずに告げるクレアの言ももっともである。手をほとんど動かさず、椅子に座ったままの姿を見ていて、自分がまだ酔っているのかそうでないのか、スイフリーには分からなくなってしまった。  
「今から示す。痛くしたら言ってくれた方が好ましい」  
 正面に回って、服の合わせ目に手をかけた。ゆっくりと剥がそうとした時、目の前のクレアの唇が、声を出さずに、  
「まさか・・・」  
 という形に動き、その顔に朱が上る。  

 首まで赤く染まった頃、クレアは立ち上がろうとして、スイフリーが手にしていた紐に引っ張られて重心を崩し、倒れかかったところを彼の腕に支えられた。  
 そのまま、器用にも自分で椅子の背に腕を通して元通りに座り直したとき、クレアは目を大きく見開いていて、息をしているのかも怪しいほど表情が固まっている。  
「つまり、ああ・・・!」  
 やっと動いた目が、卓の上の張り型をとらえて、大きくそれた。スイフリーが軽く腕で肩を押さえていなかったら、また立ち上がろうとしたかもしれない。  
「私ときたら、何ということをあなたに尋ねてしまったのか、恥ずかしい」  
 三度立ち上がろうという動作は見せなかったが、羞恥で身を震わせている。  
「落ち着くんだクレア、わたしには“静心”の呪文は使えないのだから」  
 言ってみるが全く効果はないようだ。肩を叩いて注意を促そうとするも、それも効果がない。諦めて、かがみ込んだ。  
「大まかなことが分かったようなら、もう止めようか」  
「いいえ!」  
 大きくこそなかったが、はっきりとした声で言ったのに、スイフリーはまじまじと目の前にいる女を見た。クレアは目を見開いたままで彼を見つめ返していたが、やがて数度瞬きすると、伏せた。  
「・・・まだ、教わりきっていないではないですか」  
 熱くなったのは、クレアの体だろう。肩に無造作に置いたままだった彼の手の平が熱い。スイフリーはそれを無視した。  
「いいかクレア、これらを君に与えた領主は、卑しい根性からこれを渡したのだろう。使い道に悩んで、いずれ今のように困る事態に陥るからだ」  
 肩を掴む手に力が入る。  
「そんなことを考えるような奴の思い通りになってやる必要はない。そいつにはわたしがよく言っておくから、今はその興奮した状態のまま、取り返しのつかないことになるのを避けるべきだ」  
「いえ、これを下さった方は、私のことを思って贈っていただいたのですから、何か忠告のようなことを仰るつもりならやめて下さい」  
 すぐに返ってきた答えは、既に冷静さを取り戻しつつあった。  

「いいだろう、その領主のことはもう言わない。だが、今の私達の状況は、・・・」  
 足を引かれた気がしたので下方を見ると、クレアの足が絡まっていた。その顔が、少し寂しそうになった。  
「もう、これ以上、縛っては下さらないのですか」  
 いっそのこと、この場で斬り捨てられたくなった。  
「そうだな、複雑な形式もあることにはあるが、そういったものは椅子の上では怪我を招きやすい。その上、失敗しやすく、慣れていないと身体に過度の負担をかけてしまうから、今は止めておこう。足の動きを制限するだけにする。だが先に服だ」  
 クレアの服に手をかけると、瞼を閉じて横を向き、耐えるような表情を見せている。その耳の後ろから首の辺りまでを見ていると、指を伸ばして、撫でてみようかと思った。それに従った。身を強張らせたが、逃げはしない。  
「傷つけないように最善を尽くす、としか言えない」  
「はい」  
 彼の尖ったそれとは違う、丸い形の耳を撫でる。それだけでは足りない気がしたので、頬を撫でてから離した。想像していた通り、滑らかだった。  
 無造作に手をかけると、衣服はあっさりとめくれていった。まるで、それが当然であるかのように。  
 日にさらされたことのない箇所が、灯りの色に染まって浮かんでいる。無駄な肉はないというのに、女性らしい曲線はとどめている。よく観察して、やっとそれと分かるぐらいの遅さで少しずつその体が呼吸で上下している。  
 その肌を見てどうすればと思考していると、一つ、考えが閃いた。また瓶を手にして、液を少しすくう。  
「服を汚すかもしれないが」  
 ほぼ即答でクレアが頷いたのを確かめてから、指を、良く膨らんでいる胸の間に手を載せた。固く、クレアが椅子の背にしがみつく。  
 少し指で塗り広げると、椅子が揺れた。再び立ち上がりかけたのだ。もう一方の手で軽く肩に触れると、足を踏みしめているだけでもうそれ以上は立ち上がろうとしなかった。それを見てから胸の上の辺りに塗りつけていく。  
「はあ・・・あっ・・・」  

 彼の頭のすぐ上にクレアの唇がある配置になっているので、その吐息の微かな乱れも耳にしてしまう。端正な顔が歪み、息が乱ればかりを漏らす。彼が考えていたとおり、液は広がりやすく、照らされた光はすぐには失われにくいようにできている。  
 その光を、胸の方へ広げる。  
「ひっ」  
 身体の内部が跳ねたのかもしれないが、手の平の下にある体はすぐに静まった。塗りながら触れたそこは、温かかった。大ぶりだが、手の平におさまりきれないほどではない。周囲から順に塗り、最後にもう一度液をすくい取ってから、指で先を擦った。  
「ああっ!」  
 指に触れている体がせり出してきて、それで余計に擦れた。最初からすぐにもう一方の胸へ移る気でなかったら、その反応が続くまでいつまでも擦っていたかもしれない。  
 もう一方の胸も、腹にも派手ではないが、確実に声をあげる。照らされた光は彼の見える限りの彼女の体を覆うばかりとなっている。  
 目を、その下へと向けていった。  
「足も・・・縛っておいた方がいいか」  
「立ちます、その方がいいでしょう」  
 縛られてなお、自分で足を覆っている衣服を片付けようとしながらクレアが言う。今度はとっさに紐の端を手から離したので倒れずには済んだが、彼の目の前に立つ結果となった。  
 見れば見るほど、その顔に乱れはない。その容貌を避けるようにして、スイフリーは黙って屈み込む。  
 クレアにも手伝ってもらって、足にまとわりつく衣服を取り払う。それでも靴を履き直すのがいかにも彼女だ。腰の辺りを覆っている下着が簡素で実用的なものであることも、彼女らしい。  
 下着を見るよりも、しなければならないことがある。スイフリーは瓶を傾けると、跪いて手の平で足に液を塗りつける。意識して、腿のかなり上方まで塗る。  
 腰より上を見ないように顔を上げないようにすることは苦労したが、遙か頭上で、クレアの顔が、朱を塗りつけたような色になっているのがはっきりと分かった。  
 終わると手で、彼女に座るように示した。クレアは黙って従った。  
 しかし次に、その足を大きく曲げさせて、脱がせた靴を落とした時、それまでのゆったりとした動きが嘘のように足を下ろしたので、もう一度椅子に膝を立たせる形で曲げると、静かになった。  

 大きな規律を破ろうとしているのに、細かな規律に触れるとまごつく。  
(おかしなものだ、人間は)  
 足を動かした際に腕がそちらへ引っ張られないよう、余裕を持たせながら紐を椅子の脚にくくりつけ、そこから余裕を持たせて、クレアの片足を、膝を折らせた形で軽く縛った。また、椅子の脚を通して、もう一方の足も縛る。  
 それも終わると、紐の残りはクレアの足におさめさせて、彼の元いた席に戻った。酒の残りを注いで、口に運ぶ。  
 飲みながら、思い出したかのようにクレアに目を向けた。  
 クレアが自身の呼吸を整えさせようとしていることは明らかだった。足で体を、特に下着の部分を隠そうとして、紐で縛られているために阻まれている。  
 更に彼の視線を受けて、恥じらいに顔を背けていたが、ある一点から、そこに恍惚も加わった。足を閉じようとすることは止めないが、決してそれだけではない。  
 長い間、お互いにとってそれが馬鹿らしくなるまで、その姿を見ていた。  
「もう少し酒を飲むか、クレア」  
 そう言って、ほんの少し残った酒をあおると、液の残りを手にかけ、スイフリーはクレアに近付いた。突然された質問に戸惑いの表情を見せる彼女の髪を、液をつけなかった方の手で撫で、上を向かせると、その微かに開いた唇を塞いで、流し込んだ。  
「んっ・・・」  
 少量だったが、口を離すと、驚いたらしいクレアの口の端から、一筋、こぼれ落ちていた。流れのままに、頬から顎、喉へと吸っていく。  
「飲みこぼしは良くない」  
 もう一度口を塞ぐと、少しずつ返ってくる。時折漏れる声がやがて、間断ないものになったのは、彼が下着に手をかけたからだ。  
 足を閉じて防ごうとするが、もはや入り込んだ手を挟んで固定する形になってしまっている。瓶の液で濡らした手で膨らみに触れ、ゆっくりと表面を撫でた。二度、三度往復すると、液が馴染んできて滑りやすくなる。そのまま指で擦り続ける。  
「ん、ん、・・・は、ああっ!あ・・・あ・・・!」  

 口を解放すると、予想以上の声が放たれた。椅子がきしむ。クレアは顔を仰け反らせ、彼の指を受けとめている。  
「ああ・・・!」  
 やがて、黙ったと思っていたら体が細かく震え、その力が抜けた。紐のために椅子から転げ落ちることはふさがれていたが、椅子ごと転倒する恐れを避けるためにスイフリーが椅子を押さえたぐらい、その変化は激しかった。  
 手を引き抜くと、瞼を閉じて力を消耗しきっている顔に声をかけた。  
「クレア?」  
 薄く瞼を開いたクレアは、その目をさまよわせ、ぼやけたまま彼に向けると、  
「スイフリー?もう、離れてしまってもいいのですか」  
「ちゃんとここにいる」  
 肩を掴むと、嬉しそうに微笑んで、また瞼を閉じた。そこから、日頃の険しさは一切消えていた。その口が開き、言葉が紡がれる。  
「私が今、何を教わっているのかを気付いたときに離れていたら、私達はきっと何事もなかったかのように後の日を過ごすでしょうね」  
 彼は頷いた。実際、そうしただろう。  
「そしてあなたは城を出ていき、長い時間をかけてここに戻ってきても、もうその時には全てを忘れたように接するでしょう。そしてまた、私達はきっかけを再び得るまで触れ合わずにいる。あまりにも愚かです」  
 どうして愚かなのか、彼女は口にしなかった。彼がそう問い尋ねたら、紐を解いてくれるよう態度を一変させて言ってくるだろう。  
 それに、口にされなくとも、分かっていた。  
 クレアの微笑みはまだ消えていない。  
「それに、こういう状態の方があなたにはいいでしょう?私が手を伸ばそうとしたら、あなたはいつも身を引いてしまいますから」  
「・・・よくわたしを見ているものだ」  

「それが私の誓いですから」  
「そうだった」  
 彼がそう言うと、クレアは頷き、  
「そろそろ・・・」  
 スイフリーは口の中で、分かった、と言って、自分の服に手をかけた。クレアの体を、双方にとって楽になるような位置に動かす。あてがうと、クレアの体が固くなっているのが、見ているだけで分かった。  
「いいか」  
「・・・はい」  
 返事を受け取ってもすぐには始めなかったが、しばらくしてゆっくりと、スイフリーは身を沈めた。締めつけられる感覚が彼を迎えてくる。  
 クレアが歯を噛みしめるのが、はっきりと聞こえた。表情もその辛さを隠しきることができないでいる。  
 彼は、クレアが後頭部を椅子の背に叩きつけないよう、手を回した。もう一方は足を押さえる。紐に動きを阻まれても、腰が逃れようとしていた。それ程の苦痛の中、一切声を漏らさない。  
 頭が彼の腕に押しつけられる。椅子の背に、壊れるのではと思わせるほどの力が加えられていた。  
 入りきると、彼はクレアの体の上に自分の体を合わせた。お互い、無理な姿勢でいる為か、非常に苦しい。  
 体をゆっくりと引くと、クレアの苦しそうな表情が深まるのが分かる。しばらくの間、ゆっくりとした動きをとっていたが、痛みに慣れてきたのだろう、少し表情が和らいだところで速めていく。  
「はっ・・・は、は、・・・あ、はっ」  
 その口がやっと開き、荒くなった呼吸が聞こえてくる。  
 彼女の頭と椅子とに挟まれて、手が痛む。しかしそれでも音を立たせるのを止めようとはしなかった。今や椅子がひっくり返さないように掴んでいるのが、彼女を抱きしめているかのようだ。  
 痛いだろうに、クレアの体が、彼の体と重なりやすいように自ら動いているのも気付いていた。  
 動きを強めた。クレアはもう、じっと堪えていることしかできないでいる。  

「あ、あ、あ、ああ」  
 動けない腕の代わりであるかのように、体だけが彼をきつく締めつけていた。身を離して、終わらせようとした時、それを阻まれた。クレアが足で、彼の体を押さえたのだ。  
 その瞼が開き、うるんだ瞳を彼に向けてくる。  
「離れないで」  
 それを聞いて、スイフリーはクレアの体を支えた。ただ、揺り動かす。  
「は・・・」  
 クレアが声を漏らす。一度放たれたものは、とめどなくあふれ出た。クレアはそれをじっと受けとめていたが、やっと彼が離れると、安堵した表情を見せて、彼の腕に体を預けた。  

 身を整えると、スイフリーがまず行ったことは、まだ放心した表情のクレアから足の紐をほどくことだった。縛られていた反動でだらりと垂れ下げられた足を、よく揉み、さすっておく。  
 続いて手の戒めをほどき、肩から手首の辺りを揉みほぐしていると、クレアの目が瞬いて、彼に顔を向けた。  
「気付いたか」  
「はい」  
「しばらくは手足が痺れるかもしれないからそのまま座っていた方がいい。後で液を洗い流すこともしなければならないか」  
 後の言葉は、首を絞められたことで途切れた。正確には、彼の言葉を無視して椅子から立ち上がったクレアに、腕を固く回されたのだ。状況はどうあれ、全力で首が絞められていることには違いない。命が失われそうになるまではそのままにしておくことにした。  
「あ」  
 彼の目の前に闇の精霊が覆い被さってきた頃、クレアは何かに気付いたのかやっと腕を離した。けれど名残惜しそうに彼の側に立ったまま、卓の上の張り型を手に取る。  
「これは、まだ教わっていませんね」  
「教えなくとも、大方、気付いているのだろう」  
「はい」  

 彼女には珍しく、目をそらしたまま言った。  
「でも、私ではまだこれは使えそうにないので、・・・使えるように協力してくれませんか」  
 彼に向けられた顔は、拒絶など有り得ないと語っていた。なら、彼にどのようにして拒めというのか。  
「分かった、約束する」  
「紐も、もっと様々な使い方を教えて下さい」  
「そうだな」  
「瓶の液も、他のところにも塗って下さい」  
「どこかで調達できたら、そうする」  
 受け入れる度に、自分の身を恐ろしい場所に繋がる道へ向けさせているような気分になったが、悪い気分ではなかった。  
「まずは休むか」  
「それはいけません」  
 はっきりと女は返した。その穏やかさは消し飛んだ。  
「この部屋を片付けたいですし、あなたも私も、あなたが今言った通り、体を清めなければなりません。どちらを先にするにせよ、今すぐ始めないと」  
 そうして、手際よく片付けを始めた姿は、少し手足の動きがぎこちないところを除けば以前のままで、  
(これはこれでいいか)  
 そう思った彼の方が、あるいは穏やかだったのかもしれない。  
「手伝おう、ここはわたしの家でもあるのだから」  
 そうスイフリーが声をかけると、クレアは素早く振り返って、「助かります」と真っ直ぐに彼を見て笑うのだった。  

 終わり  

 

 ふたたびの蛇足  

 冒険者仲間の六人が再会したので、まずは宿を取って食事でも、ということになった。街一番の宿の一番高い部屋を取り、そういう部屋なら自然と一番高い料理が勝手に運ばれてくるのだが、好みもあるので追加でめいめいに注文する。  
「取り敢えず表の一番上から順に酒、持ってきて」  
 と頼む者もいれば、  
「春物野菜の酢漬け下さい」  
 とよりにもよって一番安い品を頼む者もいるが、この面々ではいつものことだ。  
 そして六人、運ばれてきたものを勢い込んで食い散らかし、飲み漁っていると、スイフリーの横で肉にかじりついていたパラサが、酒をあおっているフィリスに声をかけた。  
「姉ちゃん、例のあれ、うまくいったにゅ」  
「そう、よかった」  
 魚にありついているデイルの頭を撫でながら、フィリスはそう言って、何故かスイフリーに向かって笑ってみせる。彼女の向こうではアーチーが、フォークとナイフを操っている。  
「余計なことをするものだ」  
「でも、ああでもしないと二人はいつまで待っても先に進みませんからね。いつかは進むのを待っていたら、片方が疲労と歳月とで老け込んでしまいますよ」  
 グイズノーの合いの手にレジィナが、  
「もう既になっていないといいけれど。元気かな」  
 と口にする。  
「・・・何の話をしているんだ?」  

 スイフリーがそう呼びかけると、この面々にしては息の合ったことに全員が全員、あさっての方向を向けた。  
「さあ、何のことかしら」  
「待て。・・・待て、やっと飲み込めた」  
 なおもとぼけるフィリスを、手で制した。  
「思えばおかしい話だった。神官にあんな不躾なものを贈ったなんてことがアノス国中に広まったりしたら、恥さらしと呼ばれて終いだったらいい方だろう。なのに彼女はそんな物を贈られたと気付いていた上で、贈り主の領主とやらをかばっていた。  
 大体、いつ帰るか分からないわたし達を待つより、城にいる人間や、何より贈り主本人に尋ねるのが普通で早い。もっとも、領主本人がわざと教えなかった場合もあるし、あんな物の使い道を周囲がなかなか言えなかった可能性もあるかもしれないが、しかし」  
 一旦言葉を切ると、スイフリーは部屋を見回した。どの仲間も、まだ顔を背けている。  
「第一、そんな危険を冒してまで彼女に渡す目的というものが分からなかった。そんな物で立場を左右されるには彼女もわたし達もアノスでは特異な位置にいる。益は彼女の反応を見ての下らない自己満足しかない筈だ。  
 確かに、地位も財もある程度得られたものならば、それと引き換えに高い危険を冒すかもしれない。つまり、その領主は高い危険など厭わぬ者で、かばうぐらい彼女が信頼している者であることになる。そして、彼女はわたしのよく知る者なら、余計にかばうだろう。  
 その条件に合う、もっとも可能性の高い者はというと」  
 そして彼は、場の一人を睨み付けた。  
「それではとこの子の孫よ、クレアには何と言ってあれらを渡したんだ」  
 スイフリーが共に行動していて、あの晩、城にいなかった男は、にっこり笑って答えた。  
「これの使い道をはとこに聞けば、姉ちゃんの悩みもばっちり解消だにゅ、と言ったにゅ」  
「悩み?」  
「ずっと前、いい晩に姉ちゃんを口説こうとしたら、はとこといつまでもくっつけないと相談されたら、オレも一肌脱がないといけないにゅう」  
 遠くを見るように語るパラサの表情は、珍しくいっぱしの男のものだった。普段が本来の年を隠しすぎているともいうが。  
「それで、他の皆と相談したにゅう」  

「一応の計画を立てたのがあたし。あんたぐらいの鈍感なら一つ、きついのを見舞っておいた方が効くと思ったからね」  
 手を上げてフィリスがいうと、グイズノーの含み笑いが部屋に響く。  
「そしてわたくしが、知り合いのつてを頼って、しかるべき店でよい品を入手してきたのですよ」  
 偉そうにふんぞり返っているが、知識の神の神官がそんな店に入っていいのだろうか。  
 同じことを思ってグイズノーを見ているのだろうレジィナは、目線を外して、  
「わたしは皆のようには動けないから、せめて城の皆に手紙を書いて、パラサ君に渡してもらった。できる限り二人の邪魔をしないようにお願いしますって」  
 彼女の手紙にそんな頼みが書いてあれば、城の人間は張り切ってそれに答えるだろう。よそから邪魔が入らないようにさえしていたかもしれない。  
 スイフリーの目は、まだ介入について発言していない最後の一人に向けられた。その人物は体ごと向こうを向いている。  
「まさか、アーチーもか」  
「私は特に・・・」  
「あら、あたしが計画を考えていたら、クレアにある領主が渡してきた、と言わせる方が、パラサに渡してきたと言わせるよりはスイフリーに警戒されない、と言ってくれたのは誰だったかな?」  
「私だった気がする・・・」  
 アーチーの小さな声は、スイフリーが立ち上がった音でかき消された。  
「そうか。皆、そこまでしてクレアとわたしについて色々と尽力してくれたのか。何か礼をするのが筋というものだろうな」  
「はとこの目が笑ってないにゅ」  

「もっと笑っていいのよう」  
 フィリスはそう言って、自身もにっこりと笑った。  
「あたしたちが考えたことについてどう思ったか、クレアにはじっくり伝えておくから」  
 スイフリーはそこで座り込んだ。頭の中で幾通りもの考えがせめぎ合い、激しくぶつかり合う。数秒後、その場に突っ伏した。  
「・・・今日はわたしに奢らせてくれ」  
 するとそれを待っていたように、たちどころに給仕が呼ばれ、全員、口々に注文した。  
「肉の皿がもうないにゅう」  
「この料理、もう一皿貰えないかね」  
「猫の分の魚、もっとくれない?それからお酒追加して」  
「芋の塩煮、お願いします」  
「これを、ソースごとに一皿ずつ持ってきてくれませんか」  
 まだ卓に突っ伏していたスイフリーは、拳を震わせながら、小声で言った。  
「いいだろう、注文に応えてようではないか・・・」  

 一行の、一人を除く全員がその後、街を出た直後にとあるエルフから“戦乙女の槍”を頂戴したかどうかは定かではない。  
 けれど頂戴しても、誰も文句は言わなかっただろう。  

 今度こそ終わり  

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