「エキュー!しっかりして!エキュー!」
マウナが必死の形相で叫んでいる。
ハーフエルフらしいほっそりした可愛らしい顔は涙に濡れているが
その涙も零れ落ちた瞬間、青いビーズのような冷たい氷に変わる。
マウナの腕には、蒼褪め冷たくなったエキューが抱かれていた。吐く息は白く
二人の体力は少しずつ奪われていく。
「あああ、あたしのせいだ。どうしよう…」
ラムリアースでのやっかいな仕事を終え、この街での滞在も一月になろうかと
言うある日、マウナたちが連泊を続ける《緑の三日月》亭に、魔法ギルドから
一人の男が訪れた。
魔法ギルドからやってきたと言うその男は開口一番、
「皆さんが一流の冒険者と伺いました。どうかお願いします私を助けて下さい」
と言い放った。
旅の冒険者から買い取った魔法の壷に、弟子が吸い込まれてしまったという。
「あれほど触れてはならぬと言ったのですが…」
男は涙ながらに言い募る。
「弟子を助けていただければいくらでもお金はお支払いします。どうか!」
宿に残っていたのはマウナとエキューだけだった。
ヒースは飽きもせずルーシィの家に入り浸り、イリーナはファリス神殿へいつもの
如く日参し、バスは街を見物して歩いているようだ。
皆が戻ってくるまで依頼を受けるのは避けるべき。
それはマウナにも充分わかる。 しかし、魔法の壷に囚われた弟子を助ければ
「礼金は思うが侭」と言う、男の言葉がマウナの脳裏でキラ星の如く輝いている。
「早く助けなきゃその弟子の命も危ないかもしれない、よね!」
マウナは自分を納得させるように言った。
「でもマウナさん、イリーナさんたちが戻ってくるまで待ってた方が」
慎重なエキューは当然の如く反対する。
「じゃあ、あんたは待ってなさい。あたし、行って来るから」
マウナが突き放すと、エキューは泣きそうな顔で喚いた。
「一人じゃ危険ですよ!僕も行きます!」
男の言葉通り魔法の壷に触れたマウナとエキューは、激しい眩暈と頭痛
異様な感覚を覚え思わず目を閉じた。
「マウナさん!マウナさん!大丈夫ですか?」
エキューの言葉に恐る恐る目を開くと、そこは一面の青い世界だった。すべてが
凍り付いている冬の国。強く肩を抱くマウナ。
「寒い…ここは一体?」
「多分壷の中の世界です。でも、変だ」
「変?」
「精霊力のバランスが狂っているんです。炎の精霊の力が全く感じられない」
確かにそうだった。温もりというものが一切感じられない世界。
自分の体温さえも冷たい風に奪われていく。
『ようこそ』
マウナとエキューは突然の声に驚き振り返った。
『あなたが生贄なのね?』
優雅な仕草でゾッとするような言葉を吐いたのは、白い衣をまとった
氷の彫像の様な美女だった。その目はエキューを見つめている。
「お前は誰だ?!」
槍を構えるエキュー。マウナも咄嗟に背に負うた弓に手をやる。
『精霊を感じる少年よ。あなたの激しい怒り…。熱い命。素晴しいわ。
契約通りあの男には富を授ける事にしましょう』
「どういう事だ?」
「まさか…、あの魔法ギルドから来た男に、騙された…?」
マウナは呆然と呟く。氷の美女はうっそりと微笑んだ。
『あなたは私の契約者から捧げられたのよ。命を』
氷の美女は大きく両腕を広げエキューを招いた。豊かな乳房とたおやかな
腰付き、冷たくも美しい女神の如き氷の美女は、眼差しをエキューに向けた。
「くっ!」
魅了の術だ。エキューの体がぐらつく。
「エキュー!!しっかりしてっ」
「くぅっ、く…そ…」
槍を握るエキューの手から力が抜けてゆくのがマウナにも判った。
「やめてお願い!」
マウナは弓を引き絞り氷の美女に狙いを定めた。
「エキューを開放して!撃つわよ!」
氷の美女はマウナに目もくれない。マウナは怒りの形相で矢を放った。
「このォ!」
ひゅんっっ!
風を切り矢が氷の美女を貫こうと疾る。だが、矢は美女に当る前に凍りつき
ぽとりと雪の上に落ちた。
「マウナさん…。すいま…せん…僕…」
―からん…
乾いた音とともにエキューの手から槍が離れて落ちた。
「いやぁ!エキューッ!」
氷の美女は倒れたエキューを抱き上げるとふわりと舞い上がる。
『娘よ、この世界で凍りつき、美しいまま朽ち果てるが良い』
「エキューーーー!!!」
冷たい吹雪と氷の世界に悲痛なマウナの叫びがこだました。