「それじゃあ、行ってくるからねー。マウナちゃん、クラウス、あたしらがいない間のことはよろしくね」  
うきうきとした様子でシャナは手を振る。隣にはまんざらでもない顔をしたガーディ。  
2人とも、いつもの見慣れたエプロン姿ではない。  
動きやすそうな服装に、大き目の荷物。すこし離れた辺りには、乗合馬車が止まっている。  
「いってらっしゃい、養父さん、養母さん」  
2人に向かって、マウナは笑顔で手を振り返した。  
 
 
きっかけは、イリーナがふともらした言葉だった。  
「もうすぐあれから1年になるんですね。ほら、デュラハンと戦ったとき」  
結婚30周年ということで、初めて夫婦二人で旅行したシャナとガーディ。  
楽しい思い出になるはずの旅先で、彼らはデュラハンと遭遇し、死の宣告を受けてしまった。  
デュラハンはイリーナ達の手によって打ち倒されたが、忙しい仕事の合間をぬっての  
たった一度だけの旅行の思い出がそれでは悲しすぎる。  
結婚記念日の良い思い出になるような何かをと相談の末、皆でお金を出し合って、  
1週間ばかりの旅行をプレゼントすることにしたのだ。  
「楽しんできてくれると良いんですけど」  
イリーナはカウンター席に腰掛け、旅行に行った本人たちよりも嬉しそうな顔を見せた。  
「まあ、またデュラハンが出たところで、今度は楽勝なんだろうけどね」  
エキューの言葉に、ほっほっとバスが笑う。  
彼ら2人は実際にはデュラハンと対面してはいないが、  
バスの歌の題材として、当時の話は詳しく聞いている。  
自分たちがパーティに加わった――デュラハンと戦ってから間もない頃――頃に比べると  
段違いに強くなっているのだ。  
「でもマウナ、2人だけで本当に大丈夫なの?」  
イリーナは、店内を見回して心配そうにたずねてくる。  
イリーナたちの定宿として知られている青い小鳩亭は、パーティの活躍と比例して  
宿の名も売れていき、訪れる人間は日に日に増えてきている。  
まだ開店時間から間もない店内には、店主夫婦の出発を見送りに来たイリーナとエキュー、  
バス以外に客はいないが、もうしばらくすると目が回るほどの忙しさになるだろう。  
「養父さん養母さんがいないとなるとちょっと大変だけど……  
まあ、エキューナやノリーナに手伝ってもらいましょうか」  
ふっふっふとマウナは怪しく笑う。臨時ウェイトレス達の愛らしい姿は、  
その中身を知っている人間にも知らない人間にも、なかなか評判が良い。  
彼らが居ると、店の客も1,2割増し位にはなる。――今客が増えても手が足りなくて困ってしまうが。  
「マウナさんと一緒に働くことには文句なんかないんですけど……女装じゃなくちゃだめなんですか」  
エキューは嬉しそうな、それでいて困ったような表情を見せる。  
マウナと一緒に働けるのは嬉しいが、女装姿では男として接してもらえないのが悲しい、と  
いったところだろう。  
さらに言えば、ウェイトレス姿の時は、愛らしい姿に寄ってくる酔っ払い客の相手を  
せねばならない手間も増えるため、ますますマウナに近づく機会は減ってしまう。  
同じ場所で働く旨みなどほとんどない。  
「まあ、がんばってもらいましょうか。エ・キュー・ナ」  
輝くような笑顔のマウナに、エキューはがっくりと肩を落とす。  
広い店内に、弾けるような笑い声があがった。  
 
カランカランと、入り口のベルが音を立てる。  
「いらっしゃいませ〜…って、あら。ヒースじゃない」  
「いよう者ども。元気か」  
見慣れた顔が尊大な挨拶をしながら入ってきた。  
反射的に声を上げたマウナが、お客様かと思ったのに、と口を尖らせる。  
「あ、ヒース。なんか随分見なかったような気がするけど」  
「おう、提出せにゃならん課題とか論文とかいささか溜まっててナー。まあ楽勝だったが」  
ふっと格好つけるヒースを尻目に、毎晩ずいぶん遅くまでがんばってましたよ、とイリーナが笑う。  
魔術師の学院内でも、実力が上がるにつれてヒースの立場はあがっていっている。  
試験で良い成績を残せばそれでよかった奨学生時代に比べ、やらねばならないことも随分増えたようだ。  
「なんか作ろうか?」  
「おう。水とレアなやきと……いや、本日のランチでオネガイシマス」  
いつものようにマウナをからかうメニューを頼もうとして、  
にっこりと笑いながら掲げられたフライパンに引き下がる。  
しぶしぶグラスを傾けながら、  
「それでお前ら。トートツで悪いが、依頼だ。学院から」  
そう言うと、ヒースは羊皮紙を差し出した。  
 
マウナの前のカウンター席に4人が並ぶ。エールを片手に、エキューが依頼書を広げた。  
「魔術師の研究室の調査、ねえ……」  
「隠れ家を見つけた冒険者から通報があってな。ご禁制の品色々置いてたらしくて、  
目立ったモンは即回収されたんだが、詳しく調べようとしてたらゴーレムやらボーンサーバントやらが  
うろうろしだしたそうだ。  
 まーコトがコトだけに、一般の冒険者には依頼できないからな。俺らにお鉢が回ってきたと。  
 で、早めに解決しろと言われてるから、予定がなければ今日中にでも出発したいんだが」  
ヒースはぐるりと仲間を見渡す。  
「あー、僕自身は用事はないんだけど……」  
口ごもりながら、エキューはちらりとマウナに視線を走らせた。イリーナとバスも同様に、彼女へ顔を向ける。  
一人事情を知らないヒースは、不思議そうに首をかしげた。  
「ん? なんだ?」  
「えっと……あのね、ヒースにはまだ教えてなかったと思うんだけど、今日から養父さんと養母さん留守なのよ。  
 留守中あたしがお店預かってるから、お店離れるのはちょっと……」  
「なに?」  
ぽかんとしたヒースに、手早くイリーナが説明をする。渋面でヒースは唸った。  
「なるほど、まだ半人前のはずのマウナがどうしてカウンターにいるのかと思ったら……」  
「半人前とは失礼ね。依頼の斡旋とかはまだ無理だけど、調理ならほとんどまかせてもらえるんだから」  
「ゴメンナサイマウナサン謝るからその調理が終わったばっかりのフライパンで  
突っ込むのだけは勘弁してくれなさい」  
じゅうじゅうと煙の上がっているフライパンを手に、マウナはふんと鼻を鳴らす。  
養女になりたての頃は、サラダの味付け程度しかまかせてもらえなかったが、  
この1年で、冒険者としてのみならず、料理人としても腕はそこそこになっているのだ。  
「大体ヒース、あんただって旅行のお金出してくれたんじゃないの」  
「あー、イリーナから、なんかそんな感じのことは聞いて金払った覚えはあるが……」  
あんまよく覚えてねえ、とヒースは頭をひねる。課題で頭がいっぱいだったらしい。  
 
「依頼を待ってもらうことは出来ないんですか?」  
「1日2日ならまだしも、1週間だとさすがになあ。ギルドの方からは可能な限り早く解決しろと言われとる。  
 ……仕方ないな。今回はマウナ抜きか」  
「……ごめんね」  
初めての冒険からずっと一緒に行動してきた彼らが危険な場所へと赴く間、  
その帰りをただ待つだけというのが申し訳なく、はがゆい。ぎゅっと唇をかみ締めた。  
「ま、いないもんはしゃーない。行けるのは俺様、イリーナ、エキュー、バス。  
それからノリスとガルガドはどうだろな」  
「私マイリー神殿いってきます。バスさん、盗賊ギルドにノリス来てないか訊いてきてくれますか?」  
「わかりましたぞ。ついでに何か必要なものあったら仕入れてきましょう」  
マウナの目の前で手早く役割が分担され、冒険への準備が整っていく。  
普段ならその席に参加できるのに、と思うと、一抹の寂しさが胸を突いた。  
「ヒース兄さん、日数的にはどのくらいかかりそうなんでしょうか」  
イリーナの問いに、ヒースは虚空を見上げ、指折り日数を計算している。  
「移動は片道半日弱、それから辺りの様子を調べて、探索して……。  
 見取り図によればそう深い階層にもなってないし……そうだな、早くて3日ってとこか」  
「ふむ……………ということは、青い小鳩亭では3日ばかりマウナとクラウスの二人きりですか」  
ぽろろん、とリュートをかき鳴らしながら、ぼそりとバスがつぶやいた。  
その途端、その場の空気ががらりと変わる。  
「えっ………」  
「………ほう」  
ぽっと顔を高潮させるイリーナに、にやりと笑うヒース。  
「そっ、そっ、そんなことは駄目ですマウナさあああああん!!!」  
半狂乱になって飛びついてくるエキューをトレイで押しやりながら、マウナも動揺していた。  
「べっ、別に! 二人っきりだからって、別に、なにも、ありゃしないわよ……」  
はっきりと否定しようとしたはずなのに語尾が怪しくなる。そんな彼女を見て、ますますエキューは錯乱した。  
びしりと片手を上げて宣言する。  
「僕残る! 皿洗いでもウェイトレスでもなんでもしますから残らせてくださいマウナさん!!」  
「馬鹿言え、何があるかもわからんのに、貴重な戦力減らせるか」  
ぴしゃりとエキューの言葉を切り捨てるヒース。だが、その言葉の強さとは裏腹に、口元はにやにやと歪んだままだ。  
「だったら僕が店に残りますから! しっかりお店を守りますのでどうぞマウナさんは」  
「馬鹿言わないでちょうだい。第一エキューは料理できないでしょ」  
「マウナさあああん」  
本人からのすげない言葉に、エキューは滂沱と涙を流す。  
なにがなんでもクラウスとマウナの2人きりは阻止したいらしい。  
「別に、なにもありゃしないんだから」  
そう言いながらも、マウナの頬は、ほんのりと紅く色づいていた。  
なにもない、いつもどおり、と自分にも言い聞かせるも、3日もクラウスと2人きりということを考えると、  
自然に鼓動は早くなる。  
(そうよ、べつに、皆がいなくたっていつもどおり……)  
青い小鳩亭で仕事をせねばならないのは、いつもとかわらない。  
養父母がいないから、客の注文を伝えにくるのは間違いなくクラウスで、  
料理が出来上がったときにそれを渡さねばならないのもクラウスで、  
休憩時間にクラウスと話していても、それを邪魔しにくるような人間がいないだけだ。  
何をしようと、邪魔は、入らない。  
(………………)  
マウナは耳の先まで真っ赤になった。  
 
一人でわたわたしている彼女を尻目に、エキューは、  
「いっそあいつをいまのうちに……」  
槍の穂先を見つめ、暗い目をしてぶつぶつとつぶやいている。  
いまならセンス・イービルにも反応してしまいそうだ。  
幼馴染の兄妹は、あきれたような目で――どこか憐憫も入り混じった目で――それを見つめる。  
「イリーナ、とりあえずあいつは簀巻きにでもしといてくれ。依頼引き受けるのは問題ないみたいだし」  
「……了解です。このままだと邪悪認定しちゃいそうそうですし」  
 
 
 
幸いなことに、ノリスとガルガドは呼びに行く前に青い小鳩亭へ姿を見せた。  
彼らも予定は入っておらず、問題なく依頼を引き受ける。マウナ以外は全員参加できるということだ。  
簀巻き状態から解放された後も、泣き落とし、恫喝、説得、力ずく、失踪などなど  
あらゆる手段をつくしてオーファンに残ろうとしたエキューだったが、  
ヒースとイリーナの説得、そして、  
「ボク最近はギルドのお仕事ばっかだったから、久々に皆でどっかいけるのはうれしーなー。  
 楽しみだねー。ね、エキュー?」  
「くっ………! あれは偽物だというのに……!」  
付け耳装備の“ノリーナ”の誘惑によって、とうとう陥落した。  
冒険にいくとは思えないようなひらひらとした服をまとい、化粧もばっちりほどこされた姿は、  
どこからどう見ても可憐な少女だ。  
ハーフエルフであるマウナの耳よりも若干細長い、エルフ仕様の付け耳であるということが、  
エキュー陥落のポイントだったのだろうか。  
青い小鳩亭についた途端ノリーナに出迎えられたガルガドは、ひどく遠い目をしてため息をついた。  
「あ、イリーナ。せっかくだからこれ持ってって。もうすぐお昼近いし」  
「わ、ありがとうマウナ!」  
イリーナは手渡されたお弁当に歓声をあげる。  
「こんなことしかできなくてごめんね」  
「とんでもないです! 美味しい食事あってこそ、全力を発揮できるというものです!」  
がんばってきます!と胸をたたくイリーナの姿が、ちりちりと胸を焼く。  
支度を終え、出て行こうとする仲間たちに何か言おうと口を開く。  
ちょっとは気の利いたことを言ってやろうと悩んだが、  
結局口をついて出たのは、ありふれた見送りの言葉だけだった。  
「……気をつけて」  
「はいっ、いってきます!」  
「あああああやっぱ残りたいマウナさああああん」  
泣き声をあげるエキューの首根っこをつかんでずるずると引きずりながら、イリーナは元気よく手を振る。  
仲間たちが、次々と青い小鳩亭を出て行く。  
最後に残ったヒースも、荷物の確認を終えて椅子から立ち上がった。  
「それじゃ行ってくるが………マウナ」  
「なによ?」  
ヒースはぽん、とマウナの両肩に手をおくと、他の客を相手にしていたクラウスのほうへ視線を走らせる。  
そして、これ以上ないほどのイイ笑顔で、  
「……がんばれよ!」  
きらり、と歯をきらめかせた。  
マウナも笑顔を浮かべると、力いっぱい彼の顔にトレイを叩きつけた。  
 
夜が更けてゆくと賑わっていた店内も一人減り二人減り、周りの店々が看板をしまい終える頃、  
ようやく青い小鳩亭も終業時間を迎えた。  
「つっかれたー……」  
大きく息を吐き出しながら、マウナはカウンターにぐったりと身体をあずける。  
特に客数が多いわけでもなく、問題を起こす客がきたわけでもなく。  
むしろいつもより早めに店を閉めたくらいだ。  
だが、たった4人しか居なかった働き手が半分になってしまった以上、労働量は倍になる。  
「お疲れ様でした」  
マウナと同じように働いていたはずのクラウスがいくらか余裕を残しているのは、やはり体力の差なのだろうか。  
ことりと音を立てて、マウナの前に湯気の立つカップが置かれる。  
カップを両手で包むと、その温かさに疲れきった身体がほぐされていった。  
クラウスはカップを傾けながら、窓辺に近づく。真っ暗な窓の外に視線を向け、  
「……今頃、あちらも休んでる頃でしょうか」  
そう、ぽつりと呟いた。  
その言葉に、マウナも窓の外――今頃、仲間たちがいるだろう方向へと想いを向ける。  
イリーナが獲物を探してきて、意外と器用なヒースが手際よく料理をして。  
鍋のそばで楽しそうな声を上げるノリスに、ちょっとは手伝えとガルガドが食器を投げつけて。  
最後まで見回りをしていたエキューが皆の輪に加わると、バスがリュートを爪弾き出す。  
いつもどおりの皆の姿。そこに、自分だけがいない。  
そのことがちくりと胸を刺した。  
「今度はちゃんと楽しい思いしてると良いんですけどね」  
「え? あ、ああ……そ、そうですね」  
クラウスが口にしていたのが、この街にいないもう一組――養父母のことだったと、一瞬遅れて気づく。  
思考がかみ合っていなかったことにわずかに戸惑い、慌てて取り繕った。  
「旅行先にいる知り合いにも、何かあったときはよろしくってお願いしておきましたし。  
 きっと、いい思い出いっぱい作ってきてくれますよ」  
そうですね、とクラウスも微笑む。  
そして、そこで会話は途切れ、しん、と沈黙がおりた。  
(なにか話すこと……なにか………)  
普段なら、シャナやガーディが会話をつないでくれる。  
よく喋ってくれる2人がいないと、何を話題に出せば良いかもわからない。  
クラウスと出会ってから随分たつが、いまだに話すときはひどく緊張してしまう。  
名前を呼ぶのも“さん”付けだし、崩した口調もあまり使えない。  
なかなか親しくなれないのをさびしく思いつつも、『あとどのくらいたったら、  
もう一歩を踏み込めるんだろう』と、どきどきしている気持ちもあった。  
 
(……あ、そうだ)  
会話の糸口になりそうなことを、ふっと思い出して顔を上げる。  
「昼間……どなたかと話されてましたよね。お知り合いだったんですか?」  
接客の合間に、珍しくクラウスが客と会話を交わしていた。  
厨房と酒場を行き来しながらだったため、じっくり見ている暇などなく、どんな人なのかまでは覚えていない。  
ちらりと見た感じでは、冒険者風だった気がする。  
マウナの言葉に、ああ、とクラウスは頷いた。  
「以前、パーティを組んだことがあった奴です。ここが親戚のやってる店だって教えたことがあったんで、  
わざわざ顔出してくれたみたいで」  
「へえ……その方とは、どんなお仕事とかなさってたんですか?」  
そういえば、昔のクラウスについてはあまり聞いたことがなかったような気がする。  
嫌がられるかしら、とも思ったがその様子はない。  
遺跡めぐりや商人の護衛など、饒舌に語るクラウスにほっとしながら相槌をうつ。  
だが、楽しげな声の途中、不意に紡がれた言葉にマウナの表情が固まった。  
「それであいつ、今日来たときも、久々に一緒に組んでどっかいかないか、なんて」  
「え………」  
(出て、いっちゃう?)  
どくん、と心臓が音を立てた。震える舌が、勝手に言葉を紡ぐ。  
「そ、それで……そのお話、受けられたん、ですか?」  
「ええ、まあ。今すぐじゃないですが、叔父さんたちが帰ってきたら  
休ませてもらえるよう話してみようかと」  
最近外に行ってませんし、あまり休んでると身体がなまってしまいそうですから、などと言いながら笑っている。  
マウナの視界がぐにゃりと歪んだ。  
 
クラウスは、元々固定のパーティを持たない冒険者だ。  
最近は青い小鳩亭に滞在していることもあって、まれにイリーナたちが受けた依頼を  
手伝うことはあっても、それ以外では特に依頼をうけたりすることもなかった。  
だが、まだまだ冒険者を引退する気はないようであるし、そのうちまた誰かとパーティを組んで、  
冒険に出ていったっておかしくはないのだ。  
 
なんの理由もなく、いつまでも――それこそ、自分が冒険に出ている間も――  
青い小鳩亭にいるものだと、信じて疑っていなかった。  
 
 
ぐらぐらと揺れる視界が気持ち悪い。ぎゅっと唇を噛みしめ、目を閉じた。  
クラウスはまだ思い出話を続けている。けれど、相槌も打てない。何を言えば良いのかわからない。  
(馬鹿ね、何をそんなに動揺してるのよ。早く、何か言わなくちゃ)  
こんなに長く黙ってたら、変に思われてしまう。  
けれど、頭の中がぐちゃぐちゃで、考えがまとまらない。  
早くなにか言わなくちゃ。何でも良いから、なにか、なにか――。  
そして、ふっとひらめいた言葉に面を上げる。  
 
――ああ、そうだ。これなら、引き止められるかもしれない。  
――こうすれば、青い小鳩亭を、あたしの傍を、離れたくなくなっちゃうかもしれない。  
 
それは、自分を救ってくれる、一筋の光明のようにすら思えた。  
だがかすかに残った理性は、その手段を否定している。  
それは取り返しのつかない愚策だと、必死に自分を止めようとしている。  
けれど、突き動かされる衝動のまま、口を開いた。  
「………クラウスさん」  
ぎゅっと拳を握り締める。心の中でやめてと叫んでいる自分がいる。けれど、もう止められない。  
数呼吸の沈黙の後、意を決して唇から言葉を送り出した。  
「今夜、私の部屋に来ませんか……?」  
 
 
 
自分の部屋への一歩一歩を進むたび、濁っていた頭がはっきりとしてきた。  
どこか自分のことではないような、夢見心地のようなぼんやりした気分がどんどん冷めていき、  
なんてことを言ってしまっのか、と、後悔と自己嫌悪が襲ってくる。  
羞恥のあまり、歩調は徐々に早くなり、自室にたどり着いたときは  
もう全速力で走ってしまっていた。  
(ああもう馬鹿じゃないの! いきなり部屋に誘うだなんて!)  
扉を力まかせに閉め、そのままの勢いでベッドに飛び乗る。  
頬が熱くて、鏡を見なくても真っ赤に染まっているであろうとわかった。  
自分への怒りに叫び出したい気分だった。  
だが実際に叫ぶと宿泊客や近所への迷惑になる。唇を噛みしめ、ばふばふとクッションにこぶしを叩き付けた。  
(告白もまだだってのに! あああもおおおおおー!!)  
恋人同士になる前のあれやこれやを楽しんでいたのが、段階いくつもすっ飛ばして  
いきなり夜のお誘いだ。己の正気を疑う。  
本当に、レプラコーンに惑わされでもしていたんじゃないか。  
正直今からクラウスの元へ戻り、土下座してでもなかったことにしてもらいたい。  
ベッドの上を転げまわり、じたばたと足を振り回す。  
クッションをこれでもかと叩きのめし、ひとしきり暴れ終えると、ぐったりとベッドに横たわった。  
天井を見上げ、大きく息をつく。  
(…………来て……くれるのかしら)  
冷静にそれを考えると、全身にじわりと汗が浮かぶ。  
誘いの言葉を口にしたあと、クラウスの反応も確かめずに部屋に逃げ帰ってきてしまった。  
(来てくれなかったらどうしよう)  
 
このまま1人で朝を迎えたとして、明日からどうやって顔を合わせたら良いのか。  
いや、それはまだましだ。クラウスが部屋に来た挙句に、  
「すいません、今日は用事があるのでちょっと……」なんて言われたら泣ける。  
というか、書置き残して軽く1年くらいは失踪したい。  
来てくれたとしても――  
(ほんとうに、いいの?)  
抱きしめて、キスされて、それ以上も。  
心の準備など出来ていない。心臓がばくばくと音を立てていた。  
本当に、なんであんなことを言ってしまったんだろう。  
なんとか、色っぽい意味での誘いじゃなかったのよ、と伝えることはできないだろうか。  
貯蔵庫からワインでも持ってきて、「飲み明かしませんか?」なんて、無邪気なふりをして。  
いやだがしかし、もしもクラウスがその気になってくれていたなら、わざわざ呼びつけておいて  
肩透かしを食わせるのも申し訳ないし。でもやっぱり恥ずかしいし。  
うーうーと唸りながら、クッションに爪を食い込ませた。  
大人しく待とうか、部屋から逃げ出そうか、無邪気に誤魔化してしまおうか――  
ぐるぐると思考が渦をまく。  
そのまましばらく百面相を続けていたが、  
(………ええいっ)  
意を決して、立ち上がった。  
 
 
ノックの音は軽く、3度叩かれた。  
「マウナさん…俺です。入ってもいいですか?」  
扉越しにかけられた声に、マウナはベッドから立ち上がった。  
「――どうぞ」  
自分の声は震えてはいなかっただろうか。大きく深呼吸をして、高鳴る心臓を落ち着かせようとする。  
「失礼します……マウナさん?」  
戸惑った声は、部屋の中が真っ暗だったからだろうか。  
窓から差しこむ月明かりだけでは、部屋の全てを見渡すことは出来ない。  
闇の中でマウナは口を開く。  
「ここです」  
クラウスが手にしていたランプが、部屋の中に差し入れられる。  
ぼんやりとした明かりにマウナの姿が浮かび上がった途端、クラウスは息を飲んだ。  
視線を受け、マウナの頬が紅潮する。握りこんだこぶしの中に、じわりと汗がにじんだ。  
「ま、マウナ、さん……」  
死にたいくらいに恥ずかしい。  
けれど、目論見どおりにクラウスが驚いている、ということがなんだかおかしくて、口元が緩んだ。  
当然だ。クラウスにこんな姿を見せたことなんてない――クラウス以外にも見せたことはないけれど。  
胸と腰……身体のほんの一部だけを隠した、下着姿。  
こんな格好ではもう魂胆を誤魔化しようもない。  
扉の前で動きをとめたクラウスに近寄る。胸元にそっと寄り添うと、彼の身体はびくりと強張った。  
「抱いて、ください」  
視線を合わせぬまま、甘く囁く。あまりに直接的な言葉に、頬が熱くなった。  
部屋が暗くて良かったと思った。誘っておきながら緊張しきってるだなんて知られずにすむ。  
だが、クラウスの様子も伺えない。動きを止めた彼が、嫌がっているのかいないのか――。  
(………引かれてたらどうしよう)  
たらりと額に汗が伝った。  
 
彼女の言葉の後、沈黙が場を支配していたのはどれほどの時間だったのだろうか。  
おそらくほんの数呼吸程度だっただろう。だが、マウナには1、2時間にも感じられていた。  
拒否されてしまうのだろうか、と不安が身体を支配する。  
彼女の頭の上で、大きく息を吐く音がした。ランプが傍にあった文机の上に置かれる。  
「本当に……いいんですか?」  
マウナの肩に、そっと指先が乗せられた。ひやりとした感触に背筋が粟立つ。  
ああ――よかった。  
とりあえずは、受け入れてもらえそうだ。――この後どうなるかわはわからないけれど。  
頬に手が添えられ、上向かされた。軽く眉間にしわが寄っている。  
唇を引き結び、どこか怒ったような表情。  
「嫌だと言っても、もう止めませんからね」  
顔が近づく。目を閉じると、唇が重ねられた。  
ただ触れあうだけ。それだけで身体は熱くなった。  
裸の背にクラウスの手が添えられる。抱き寄せられるまま、マウナは身体を預けていった。  
素肌に彼の手が触れている。ごつごつした指に、筋肉質な腕に、強く抱きしめられている。  
クラウスを待っている間に冷え切っていた身体が、芯から熱を帯びていった。  
恥ずかしい。怖い。でも、うれしい。  
彼の身体に全身を包まれながら、マウナは口付けに酔いしれた。  
 
 
 
ランプの灯りが消える。うす暗さに慣れてきた目は、闇の中でもお互いの姿を捉えることができた。  
首を反らし、真っ黒な瞳をじっと見上げる。  
そして再び唇を奪われた。  
「んっ……ん、う………」  
先ほどのような唇をただ合わせるだけのものではない。何度も離れては角度を変えてまた吸い付く。  
そのうち唇を割って、強引に舌が滑り込んできた。舌と舌とが触れ合った瞬間、マウナの全身に痺れが走る。  
そのまま彼女の舌を絡めとり、クラウスはマウナの口腔を蹂躙していった。  
「ん、はっ……あ」  
息継ぎのタイミングもわからず、マウナは息苦しさに喘いだ。だが、空気を求めて唇を離しても  
またすぐに頭を引き寄せられ、唇を重ねられる。  
舌が擦り付けられ、唇に甘く歯を立て、唾液が混ざり合う。  
唇を離し、クラウスの胸にくたりともたれかかったときには、マウナの息はすっかり上がりきってしまっていた。  
彼女の身体を支えながら、肩口にクラウスは軽く歯を立てる。  
「あっ…ぅん……」  
鼻にかかった甘い吐息がクラウスの耳朶をくすぐる。  
唾液にまみれた舌がぬるりと首筋を這うと、わずかにマウナの身体が震えた。  
首から喉元へ、喉元から鎖骨へと、徐々にその位置を下げてゆく。  
露になった胸元で、時折止まっては赤い痕を残していった。  
 
「ふぁ、あんっ……」  
胸元に強く吸い付かれた瞬間、マウナの唇から自分でも驚くほどに甘い声が漏れた。  
それに反応したかのように、クラウスの動きは大胆になってゆく。  
マウナの身体に舌を這わせ、甘く噛み、彼女が反応する部分を探す。  
「あ、は、んっ……んんっ……」  
いやいやと首を振りながらも、マウナに拒否の意思は見られない。  
彼の服の胸元に爪を立て、がくがくと震える両脚を必死に支えている。  
クラウスの大きな手が、マウナの乳房を包み込んだ。そのまま優しく揉みしだく。  
「やあっ……」  
ひくん、と彼女の身体が震える。  
柔らかな肌に指を突き立てると、確かな弾力を持ってその指を跳ね返そうとする。  
背筋が弓なりに反り、うっすらと汗の浮いた白い喉が月光にさらされた。  
「んぁ、あ…や、あぁ……」  
やわやわと揉みしだかれ、クラウスの手の中で乳房が形を変えるたび、徐々にマウナの呼吸が速くなっていく。  
マッサージのような気持ちよさだと感じていた感覚が、徐々に別のものへと変わっていった。  
わずかな不安と、それ以上の期待。もっと違う場所にも触れて欲しい。  
クラウスの手が、口が、指が、舌が。自分に触れるたびに、身体は歓喜にうち震えている。  
「ふぁ、あ…んっ……んあぁ……」  
服を乱し、目元を赤く染め、甘い喘ぎをもらす。  
(いやだ……あたし、はしたない……)  
自分がまだ男を知らないということを、クラウスは気づいているのだろうか。  
初めてなのに、ちょっと触られただけで、悦楽に溺れて喘いでいる。  
はしたない女だと、クラウスに軽蔑されるのが怖い。けれど、嬌声は唇から絶え間なく漏れてしまう。  
クラウスに触られることが、気持ちよくて、うれしくて、泣きたいくらい切ない。  
堪えようと思っても堪えられない。堪えようと唇を噛んでも、別の場所を触られた瞬間、反射的に声が上がる。  
くすぐったいような、気持ちいいような、心地よくももどかしい未知の感覚。  
触れ合った肌はひどく熱くて、更なる熱を求めて疼いている。  
(あ、や、やだっ……!)  
まだ触られてもいないのに、下腹の辺りが熱くなっていた。  
“なにか”が身体の中から沸き出してくるような感触。  
知覚した瞬間、それはとろりと流れ落ちる。  
(う、うああああああ………)  
恥ずかしい。恥ずかしい。頭を抱えてのた打ち回りたい。  
快楽を羞恥が上回る。愛撫を受けながら、マウナの顔は真っ赤に染まった。  
 
ベッドに身体を横たわらせられ、クラウスが上に覆いかぶさってくる。  
「ぁ、ん……」  
見上げると熱に浮かされたような表情のクラウスと視線がぶつかった。  
息を荒げ、苦しげにゆがんだ表情。欲情に染まった瞳に、マウナの姿が映りこんでいる。  
普段の穏やかな様子とかけ離れた姿に、求められているのだという満足感が身体に満ちていく。  
けれど、どれほど昂ぶっていようと、性急に彼女の身体を求めようとはしなかった。  
触れてくる指は泣きたいほどに優しく、時折強引になりながらも、本気で彼女を怯えさせることはない。  
素足にクラウスの手のひらが触れた。  
「あっ……!」  
すねから膝、腿へと撫でさすりながら、彼の手は両足の付け根を目指して進む。  
(どうしよう、どうしよう……)  
心臓が激しく高鳴っている。  
触って欲しい。触られたくない。相反する気持ちがぶつかりあって、身体がすくみあがる。  
だが、逡巡している間もクラウスの手は止まらない。下着の上から、クラウスの指が秘所に触れた。  
「ぅあっ!!」  
びくん、と身体が跳ねる。身を襲ったのは、紛れもない快楽。  
「あ、や、あぁ! だ、だめぇっ!!」  
下着の上からくにくにと指先が柔肉をえぐる。  
秘裂をなぞり、陰核を探られるたび、マウナはあられもない声をあげた。  
全身が突っ張り、足先がぴんと跳ね上がる。  
知らず知らずのうちに両足が開き、秘所をクラウスの眼前にさらしてしまう。  
「んひ、あ、やあぁっ……」  
淫液が下着に染み出し、クラウスの指を汚す。  
もう、羞恥を感じている余裕などなかった。  
指がうごめくたびに喉から艶めいた声をしぼりだし、腰をくねらせ、愛しい男の愛撫に身をゆだねた。  
 
 
 
不意にクラウスの指が離れる。  
激しすぎる愛撫に息も絶え絶えだったマウナは、ようやく訪れた休息に安堵の息をつく。だが、  
「直に、触りますよ」  
耳元でささやかれた予告に、表情がこわばった。  
「や、ちょ、ちょっと、ま……」  
淫液に濡れて肌にぴったりと張り付いていた下着を引き剥がし、クラウスの手が柔らかな恥丘を這い回る。  
柔らかな内腿に彼の指が食い込み、ゆっくりと両脚を開かせてゆく。  
二本の指が秘裂を押し開くと、彼の指がマウナの中へと滑り込んだ。  
「ひっ…………!」  
痛みはなかったが、異物感に思わず息を飲む。強張った身体が、侵入を拒むように指をきつく締め付けた。  
ぬるついた粘液を絡めながら、クラウスは更にマウナの奥へともぐりこもうとする。  
「あ、や、ああ、あ」  
彼の指が柔肉をえぐるたび、マウナはか細い嬌声を上げた。  
気持ちいい。もどかしい。切ない。泣きたい。――もっと欲しい。  
クラウスの身体にすがり、背中に爪を立てる。  
熱すぎる体温に幻暈がした。  
 
「んは……っ! あっ、ふあ、あ、あぁ……っ」  
淫液に塗れた指と粘膜が擦れあい、くちゅくちゅと淫靡な音を立てている。  
全身にぽつぽつと汗の玉が噴出した。うまく息を吸えず、酸素を求めて何度も喘ぐ。苦しさに涙がにじんだ。  
「ひぁ――あ、はっ……やぁ、あ、あ……」  
全身を貫くあまりにも激しい感覚に、マウナは泣き声交じりの声をあげる。  
クラウスの指から、絶え間なく電流が流されてくるようだ。  
敏感な粘膜が擦られる痛みすら、快楽へと変換される。  
抑えきれない悦楽に、マウナの腰が何度も跳ねた。  
クラウスの指が、自分の中で動き回り、肉壁を押し広げ、何度も突き立てられている。  
溢れ出した愛液はクラウスの指を伝い落ち、シーツに大きな染みを作った。  
「や…ぁ、あああ……ん、くぅ……」  
指が動くたびに、粘ついた音がマウナの聴覚を犯す。  
彼の指に反応して、自分の身体はこんなにも喜んでしまっている。  
自分が知らなかった感覚を引き出され、刻み込まれ、何もかもを露にされる。  
愛しい男にすべてを支配されていく。  
ひときわ奥深くまでえぐられた瞬間、マウナの全身が硬直し、  
「――ひ、あ、あ、あ、あああああっ!!」  
悲鳴の終わりと共に、ぐったりとベッドに沈み込んだ。  
 
 
 
「はぁっ、はぁっ、はぁっ………」  
マウナは荒い息をつきながら、とろんとした表情で天井を見上げる。  
全身にじんじんとした痺れが残っており、指先にすら力が入らない。  
これが達したということなのだろうか。  
呼吸を重ねるにつれて、ゆっくりと身体の熱が引いていく。  
クラウスの痕跡が消えていくようで切なかった。  
抱きしめられて、キスされて、身体を見せて、一番奥まで触られて――  
けれどまだ満たされない。  
もっと、もっと激しく。  
快楽を刻み込まれるたびに、更なる快楽が欲しくなる。  
この人の何もかもが、欲しい。  
 
視界の端で、クラウスが服を脱ぎ捨てるのが見えた。  
――まだ、終わりじゃないのだ。  
仰向けのままマウナはゆっくりと上体を起こす。  
汗に塗れて湿った下着はすっかりずらされ、もはや肌を隠す役目を果たせていない。  
下着を身体から剥ぎ取ると、ひざを立てて両脚を開いた。  
息はもう整っていた。だが、自分がしようとしていることを思うと、心臓は激しく高鳴り、呼吸も自然と速くなる。  
「クラウス、さん………」  
上半身を起こして名前を呼ぶ。その声音はひどく艶めいて、目が合ったクラウスが一瞬息を呑むのがわかった。  
裸身に視線が突き立てられる。背筋がぞくりと粟立った。  
ああ、自分は今どんな表情をしているのだろう。  
両腕を差し出し、秘所を見せ付けるにして、まるで娼婦のように男を誘惑している。  
口の中がからからに乾いていた。何度も唾液を飲み込みながら、誘いの言葉を唇に載せる。  
どうか声が震えていませんように、と祈りながら。  
 
 
 
両脚の間にクラウスの身体が割って入ってきた。  
反射的に逃げそうになったマウナの腰を、クラウスはぐいと強く引き寄せる。  
しっとりと汗ばんだ両腿をが抱えられ、秘裂に何かが押し当てられる感触にマウナは息を飲んだ。  
 
――これ以上すすんだら、後戻りはできない。  
 
そう自覚した途端、全身が怖気に凍りつく。  
あんなにも熱かった身体の芯が、急激に冷えていった。  
覆いかぶさっている男を、全力で跳ね除けたい思いにかられる。自分から誘っておきながら、と唇を噛んだ。  
(怖い、こわい、コワイ)  
クラウスのことが、怖いんじゃない。  
ここから先の――子が、できてしまうかもしれない行為が、怖いのだ。  
 
 
 
『仲良くしていられるのは今のうちよ。  
 そのうち、寿命のせいで疎ましがられる。子供や、孫にね』  
かつて出会ったハーフエルフの少女の台詞。  
寿命の違う異種族でも、家族のようにすごしていけると思っていた自分を嘲り笑うその言葉。  
言われたそのときは、気にしてないわ、なんて仲間たちにも平気な顔を見せることができた。  
けれど、本当はずっとその言葉は自分を支配していた。  
どれほど仲間と仲良くしていようと、どれほどクラウスを愛していようと  
人間である彼らはマウナの寿命についてくることはできない。  
 
だれかを愛して、子供ができてしまったら。  
彼女の台詞どおりの未来が来てしまったら。  
 
その思いが、マウナをひどく臆病にさせていた。  
 
不意に、クラウスが身体を離した。  
「――やめますか?」  
「え?」  
「身体、震えてます」  
「あ………」  
気づかぬうちに、全身ががたがたと震えていた。シーツに食い込ませた指は白く強張り、  
己の意思で引き剥がすことすらできない。  
途方にくれて視線を上げると、真摯な瞳に捕らえられる。  
「怖いですか」  
その表情からは、彼の感情は窺い知れない。  
わかるのは、マウナが破瓜の痛みに怯えているんじゃないかと、気遣ってくれているということだけだ。  
だが、マウナの秘裂にあてがわれた彼のものは熱く昂ぶり、早く彼女の中に入りたいと言う様に  
ひくひくと脈打っている。  
マウナの両足に添えられた手には汗が滲み、呼吸も荒い。  
隠し切れない欲望を押さえつけながら、クラウスは彼女が意思を決めるのを待っている。  
いっそ、強引に奪ってくれれば良いのに――そんな思いがちらりと頭をよぎった。  
(やっぱり、怖い)  
泣きたい思いを隠すように目を閉じる。まぶたの裏が熱くなった。  
(でも)  
跳ね回る心臓を押さえつけた。深呼吸を繰り返し、怯える心を落ち着かせようとする。  
(このひとが、ほしい)  
目の端から、一筋の涙がこぼれる。恐怖と愛しさ、相反する思いで胸がいっぱいになった。  
身体の震えは収まらない。でも、こちらの意思さえ確認できれば、  
多分クラウスはそれに気づかない振りをしてくれるだろう。  
唾液を何度も飲み下し、乾ききった口の中を湿らせながら、そっと唇を開いた。  
「――来て」  
 
マウナの言葉に応えるように、クラウスは腰を進めてきた。  
「ひあっ……あ、ああ……っ」  
指よりもずっと太く、火傷しそうなほどに熱いものが、柔肉を押し広げながら進入してくる。  
耐えられない痛みではない。だが、それよりも異物を体内に埋め込まれる恐怖感に、マウナは悲鳴を上げた。  
「あっ……あ、や、あぁ……っ」  
唇がわななき、胎内のものをきつく締め付ける。クラウスは痛みにか顔をしかめるが、腰を引こうとはしない。  
マウナの抵抗を感じながらも、ゆっくりと己のものを埋没させてゆく。  
「あ、あ、あ……っ!!」  
「マウナさん、力を抜いて……」  
ひくひくと震えるマウナに顔を寄せると、両腕が首に絡みつく。  
引き締まった身体に押しつぶされて、乳房が柔らかく形を変えた。  
痛みを堪える泣き顔はクラウスの嗜虐心を刺激する。  
すがり付いてくる身体を、思うがままに蹂躙したい気持ちを理性でねじ伏せ、クラウスは彼女の唇を啄ばんだ。  
「んぅ……ふ、んん……」  
深く唇を合わせ、舌を滑り込ませる。マウナはそれにぎこちなく応えた。  
甘い口付けに、固く強張っていた彼女の身体がほぐれてゆく。  
彼女の様子を慎重に伺いながら深く腰を押し入れると、びくんとマウナの腰が跳ねた。  
「ぅ、く……うぅ………」  
合わせた唇の間から、くぐもった声。肉を裂かれる痛みに、真っ白な頬を一筋の涙が伝った。  
両足の付け根から、脈打つような痛みが全身に広がってゆく。  
マウナの体内を、隙間なくクラウスのものが満たしていた。  
彼女をきつく抱きしめ、クラウスは彼女の首筋に顔を埋める。荒い息が肌に触れた。  
 
マウナは彼の背に手をまわしたまま、必死に痛みを堪えていた。  
痛い、苦しい、気持ち悪い。ほんとうにこんなことが気持ちよくなるのか。  
冒険の中で、怪我をして痛い思いをすることなんていつものことだ。  
時には死ぬ一歩手前というくらいまでいったこともある。  
その時の痛みに比べれば、こんなのたいしたことない――はず。  
そう思いながら、何度も呼吸を繰り返す。  
呼吸のたびに、ずくんと身体に響いてくるようで、痛みの強さに泣きたくなる。  
それが、純粋な痛みだけなら、堪えようとは思わなかっただろう。  
激痛の中、ほんのわずかな幸福感が混じっている。  
――己の身体が、クラウスのものになったんだと。  
 
破瓜の痛みを乗り越えたあとは、純粋な快楽のみが襲い掛かってくる。  
月明かりの射す部屋の中、快楽に悶える真っ白な裸身が浮かび上がった。  
「んは……ぁん、んふ……」  
鼻にかかった甘い吐息は男をますますいきり立たせ、それがさらに彼女の身体を苛む結果となった。  
ゆっくりと腰を引き、倍の速さでまた埋め込む。じゅぷ、と濡れた音をたてて秘裂がかき回される。  
突き上げられるたびに、マウナは髪を振り乱して身をよじる。白い乳房が揺れ、ひどく扇情的だった。  
紅く色づいた乳首を指先ではじくと、官能に彩られた声音が空気を振るわせる。  
絶えず沸き出す愛液は、腰が打ち付けられるたびに溢れ、シーツを濡らしていった。  
幾度か往復を繰り返すと、その動きは徐々に滑らかになっていく。  
ぬめる粘液に包まれながらそっと抽迭を開始させると、彼女の喉は甘い音色を奏ではじめた。  
「痛みますか?」  
「へ、いき…ですっ……ん、ああ……」  
言葉どおり、彼女の言葉に悲痛な色はない。  
マウナの言葉を受け、クラウスはだんだんと腰の動きを激しくしていった。  
奥深く突き入れられるたび、結合部から粘ついた音が上がる。  
「ふ……ぁ、んん……う、ん……」  
じんじんとした痛みが、徐々に切ない疼きに変わってゆく。  
酩酊感に近いような、意識をにごらせていく感覚。  
ぬめぬめとした肉襞を擦り上げられるたびに、思考はどんどん鈍り、その反対に感覚は鋭敏になっていった。  
突きこまれる楔の形すら感じ取れる。意識して締め付けると、幻暈がするほどの快楽が襲ってきた。  
「っ……!」  
ぞわりと肌が粟立った。背筋を駆け上っていく感覚は、ほんのちょっと前に体験した覚えがある。  
びくん、びくん、と手足が痙攣しだした。  
「あ、や、まっ……待って…ちょっとまって」  
慌ててクラウスの身体に添えていた手を振りほどき、密着しきっていた身体を引き離す。  
奥深くまで押し込まれたまま腰の動きが止まると、急激に高められていた快楽が、  
すうっと身体から引いていった。  
マウナは目をぎゅっと瞑って、何度も荒い息をつく。全身に汗の玉が浮いていた。  
心配そうな表情で、クラウスが顔を覗き込んでくる。  
「痛かったですか?」  
「ご…ごめん、なさい……」  
息を整えながら、痛かったわけじゃあないんですけど、とマウナは頬を紅潮させる。  
クラウスは不思議そうに首を傾げた。  
「いや、その……………ちょ、ちょっと…おかしく、なっちゃいそうだったんで………」  
言うべきか言わざるべきか悩んだ挙句、随分と婉曲な表現を口にした。  
一瞬悩んでから、ああ、と得心がいったような表情に、かあっと顔が熱くなる。  
達したときの、気を失ってしまいそうなほどの強い衝撃。  
危険などないとはわかってはいたけれど、意識を手放してしまうのは怖かった。  
 
身体を小さくして恥らう彼女を眺めていたクラウスは、ふと悪戯めいた表情を浮かべた。  
「おかしくって……どんな風にですか?」  
「どん、な…って……」  
思いもよらぬ質問に言葉を詰まらせた。  
どこが、どう、おかしくなっていっているのか。自分の口から言えというのか。  
とまどって顔を上げると、どこか楽しげな瞳とぶつかる。  
――からかわれている。  
「……………っ!」  
マウナの顔が、火がついたように真っ赤になった。口元が歪み、泣き出しそうな表情に変わる。  
「しっ……しりません!」  
身体をねじり、彼に背を向けようとじたばたと暴れた。  
だが、身体をつなげたままでは離れようにも限度がある。  
身体を横にし、顔だけは辛うじて枕に押し付けられる。それが限界だった。  
背後で笑う気配がする。  
「自分の身体のことなのに?」  
「んひっ!……ん、ぅう……」  
うなじに強く吸い付かれ、びくりと背筋が震える。  
マウナの背中で指先が踊る。不自然な体勢をあえて直そうとはせず、クラウスは背後から彼女の身体を愛撫した。  
「ひぅ、あ……あ、ぁ……」  
クラウスの動きが見えない、という不安が、彼女の身体を敏感にする。  
後ろから伸びてきた手が、マウナの乳房に指を食い込ませた。  
固くなった乳首を指先で挟むと、真っ白な背中が何度も跳ねた。  
「別に、おかしなことなどないでしょう?」  
耳元に顔を寄せ、優しく囁く。自分でも意地が悪いとはわかっていたが、  
優しくしてやりたいと思えば思うほどに、彼女の泣き顔も見てみたくなる。  
己のものを埋め込んだままの下腹部に手を這わせた。ただ撫でただけで、  
彼女の秘裂は脈打つように収縮し、クラウスのものをきつく締め付ける。  
「こんなに、感じているんだから。何度でもおかしくなってくれてもかまいませんよ」  
「やっ……ぁあ、や……いじ、わる……」  
眉を下げ、泣きそうな顔でマウナは震える声を上げた。ぞろり、と尖った耳を舐め上げられ、  
その卑猥な音にますます彼女は表情を歪めた。  
耳たぶを甘く噛み、乳房をやわやわと揉みしだく。  
羞恥と困惑に苛まれながらも、マウナの身体は刻み込まれた快楽に甘くとろけていく。  
身体をひくつかせながら、唇を噛みしめ、いやいやと首を振った。  
「く…ぅん……ぅ………」  
去ったはずの波が、再びじわじわと押し寄せる。  
快楽が身体を侵食し、マウナの理性を飲み込もうとする。  
きつく乳房をつかまれても、その痛みすら快楽に変わった。  
 
愛撫に翻弄される頭の中を、徐々に侵食していく思いがある。  
――もっとほしい。これじゃ足りない。  
心の奥深くに押し込めていた、浅ましい欲望。  
理性もなにもかも吹き飛ばして、愛欲に浸りたいと訴えている。  
――もっと突いて。犯して。貪って。  
けれど、そんなこと、口になど出せない。  
目を閉じて快楽に耐えようとするが、五感の一部を遮った途端、ほかの感覚が鋭くなる。  
ぴちゃ、と舌先が触れる音。  
混ざり合った体液の匂い。  
優しく愛撫してくる指先の感触。  
なにもかもがマウナの全身を刺激する。  
身体中の神経がむき出しになっているようだった。  
 
 
執拗に繰り返される愛撫。教え込まれた快楽は、マウナの意思とは関係なしに、男の手に甘く酔いしれる。  
その激しさに、唇がわななき、身体が波打った。  
「や、あ、ああ…だ、め…だめぇ……!」  
四肢が弛緩と硬直を繰り返す。視界が白く点滅し、汗がどっと噴き出してきた。  
すがる場所を探して伸ばされた腕がわななき、そして、くたりとシーツに崩れ落ちる。  
全身が脱力し、ただ喉だけが激しい呼吸を繰り返していた。  
「はっ……はぁっ……はぁっ………」  
気を抜いたら、あっさりと意識を失ってしまうんじゃないかという疲労感。  
涙の滲んだ瞳で、クラウスへと抗議の視線を向けた。  
やりすぎた、というような、ばつの悪そうな表情を浮かべている。  
「すいません……ちょっと調子に乗りました」  
謝罪の言葉を口にしながらも、さほど申し訳なく思っているようにも見えなかったが。  
への字に口を歪めるマウナの額に、クラウスは唇を押し当てる。  
「あなたを愛せることが嬉しいから」  
「やっ……んぅ………」  
たかだかその一言で、苛立ちはすとんと身体から落ちる。クラウスの唇が目元に降りて涙を拭う。  
唇を重ねるとわずかに塩辛い味がした。  
 
きつく抱き合って、抽迭が再開される。  
はじめはゆっくりと、そして徐々に深く、激しく。  
「く…ふ、んっ……は、あぁん……」  
一突きされるたびに、一本一本神経が焼き切れていくように思えた。  
あんなに恥ずかしい、はしたない、と思っていたのに、気がつくと声を止めることができなくなっている。  
目の端から涙が零れ落ち、汗が飛沫となって飛び散った。  
クラウスの舌が、指が、触れるたびにその部分から溶け出していきそうだった。  
愛した男に抱かれるのが、あまりにも気持ちよくて、嬉しくて、幸せで、怖い。  
終わりなどきてほしくない。  
「ぁ、あ…んっ……クラウスさん……クラウスさぁんっ………」  
うわごとのように何度も名を呼んだ。応えるように抱きしめてくれる腕が愛しい。  
仰け反った喉元に、クラウスが唇を押し当てる。  
打ち付けられる腰の動きを合わせると、更なる高みへと追い立てられていく。  
熱を帯びた喘ぎに終わりが近いことを察し、クラウスが動きを早めていった。  
クラウスになにもかもが奪われる。支配される。染まってゆく。  
深く突き上げられた瞬間、マウナの唇からか細い吐息が漏れ、全身がびくびくと痙攣する。  
自分のなかで、どくり、と脈打つ感覚を最後に、マウナの意識は白く塗りつぶされていった。  
 
 
 
 
 
「………どうしよう」  
寝台の上、途方にくれた表情でマウナはぽつりとつぶやいた。  
窓の外にはすでに朝日がかがやき、もうすぐ起き出さねばならない時間だと知らせている。  
だが、開店準備よりも先に、目の前の問題を解決せねばならない。  
マウナの隣では、クラウスが静かな寝息を立てていた。  
2人とも何も身に着けておらず、身体中に残った痕が、昨夜のことが夢ではないと教えてくれる。  
さわやかな朝の景色の中、マウナの気分はどん底だった。  
 
一度でも良い。身体の関係を持てば、青い小鳩亭から……  
自分の元から、離れがたくなるんじゃないかと。  
責任感の強い彼は、自分を置いて出て行けなくなるんじゃないかと。  
そんな目論見から、彼を誘った。だが、  
(うううう………失敗した)  
相手から離れがたくなったのは、きっとクラウスよりも自分のほうだ。  
クラウスが青い小鳩亭を出て行くことを考えると、それだけで胸が痛くなる。  
彼に抱きしめられるのが、触れられるのが、嬉しくて仕方なく、  
快楽に溺れて本来の目的を思い出すのすら忘れてしまった。  
 
一晩を共にして得たものは、幸福感と、それ以上の後悔と自己嫌悪。  
彼と一生を共にする覚悟はまだできていない。そんな半端な気持ちで、抱かれたりするんじゃなかった。  
 
(あーもーこんなことするくらいなら、泣き叫んででも「行かないで」って  
すがったほうがまだマシだったのに……)  
頭を抱え、ぼさぼさになっていた髪をかき乱す。  
本当に、昨夜の自分は何を考えていたのか。  
別にクラウスが今すぐいなくなるわけでも、今生の別れというわけでもない。  
それなのに、勝手に狼狽して身体使って繋ぎ止めようなどと、正気の沙汰とは思えない。  
昨夜の自分をぶん殴ってでも止めてやりたい気分だった。  
 
 
「寝てるうちに傷とかシーツとか全部始末して、なにもなかった振りが出来れば、夢だってことに……」  
やっぱどう考えても無理よね、とマウナは頭を抱える。  
体液に塗れたしわくちゃのシーツ、身体中に付けられたキスマーク、  
全身に残る疲労感に、クラウスの背中の深い爪痕。  
クラウスが起き出してくる前に、気づかれないようにすべてを消し去ることなど不可能だろう。  
血のにじんだ背中を指でそっとなぞる。  
「ヒーリングで、傷跡も消せるかな……」  
だが、そんなことを口にしながらも、生命の精霊に呼びかける言葉が出てこない。  
傷つけてしまったことを申し訳なく思いながらも、昨夜の痕跡をなくしてしまうのが惜しかった。  
「……………どうしよう、かなあ」  
やりきれない思いに、はあ、と大きく息を吐き出す。  
これからどうすれば良いのか、どうするべきなのか、まったく考えがまとまらない。  
手持ち無沙汰に、ぼさぼさになってしまった髪を手櫛ですく。  
その拍子に、  
「…………?」  
視界の端で何かがきらめいた。部屋の中にある光りそうなもの……鏡の反射などでもない、もっと、小さな光。  
怪訝に思って光源を探す。  
そして、それを思いもよらぬ場所で見つけてしまった。  
「え……? え………これ、って………」  
左手の指に、見慣れぬ指輪がはまっていた。  
以前クラウスから渡され、はめたことのある朱金の指輪に、どことなく似た装飾。  
ひどい呪いがかけられていて大変な目にあったのをよく覚えている。  
ぽかんと目も口も丸くして指輪を見つめる。意識を手放す前は、こんなものは間違いなくつけていなかった。  
(あれって確か……解呪で、真っ二つになっちゃったんじゃなかったっけ……)  
まとまらない思考で、そんなことを思う。  
だが、実際のところは、指輪の装飾よりも、はめられている場所が重要なんだろう。多分。  
呆然と指輪とクラウスを交互に見つめる。  
ただ渡されただけなら、マウナだってさほど深い意味はない、ただのプレゼントとして受け取っただろう。  
けれど、眠っていた間にはめられていたのは、左手の薬指。――永遠の愛を誓うための、場所。  
 
じわりじわりと、その意味が胸に浸透していく。  
(――いいの? そういう意味に取っちゃって、いいの?)  
溢れ出してきた感情に、視界がぼやけていった。  
胸に押し寄せる熱い衝動。笑い出したいような気分だった。  
(なんて単純なの、あたし)  
苦笑しようとした口元が、甘く綻んだ。  
あんなにも未来への不安に怯えて、臆病になっていた心が、彼の行動一つで霧散する。  
どん底まで落ち込んでいた気分が、光さす場所へと上っていった。  
歓喜がマウナの全身を駆け巡り、全身に活力をみなぎらせる。  
まったく明るいものとは思えなかった、クラウスとの――寿命の違う、人間との未来が、  
とてもすばらしいものだとも思えてきた。  
人間と比べれば、倍以上も長い寿命。  
養父母を、仲間たちを、クラウスを、見送らねばならない日はいつかくるだろう。  
でもその時は、笑顔で見送れるような人生を送ってやる。  
出逢えてよかった、一緒にいれてよかったと、別れに泣くよりもそう笑いたい。  
己の子供に疎まれるような生き方などしてみせるものか。  
(100年後だって、笑ってみせるわ)  
唇が笑みの形を作るのと共に、涙が零れ落ちる。  
昨夜も何度も泣いたけれども、これは昨日とはまったくちがう涙だ。  
不安も恐怖もひとかけらだってない。嬉しくて、楽しくて、幸せな涙だ。  
 
「ねえ、クラウスさん」  
眠り続ける彼に寄り添う。穏やかで、無防備な寝顔。  
そんな安心しきった姿で自分の隣にいてくれたことに、笑顔がこぼれる。  
今言ったところで聞こえないのはわかってる。  
けれど、言いたいという衝動をもう抑えきれない。  
今まで言いたくても言えなかった言葉が、唇からこぼれ出す。  
幸せに顔を緩ませて、小さな声で、耳元へそっと囁いた。  
 
 
「だいすき、よ」  
 
 
 
end  
 
 
 
後日談。  
 
「ボクもう付け耳ヤダ………」  
「どうしたノリス何があった!」  
「……………………」  
「エキュー、お前も見張りの組がノリスと一緒になったときから  
なんかおかしいぞ……っておい! 逃げんなー!」  
 
何があったかは神のみぞ知る。  
 

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