「…わたし、イリーナ・フォウリーは、これから夫に従い、…彼の花嫁となることを…我が神ファラリスの御前にて…誓います」  
イリーナは暗黒神ファラリスの聖印の前で跪き、頭を垂れた。  
『夫』は微笑み、彼女の身体を抱え上げると、初夜の寝台へと運び組み敷いた。  
そうしてイリーナは…純潔を失った。  
 
それは、イリーナが『忘れた』出来事だった。  
もう、誰も触れる事ない、誰も思い出すことのない、記憶のはずだった。  
ただ一人を除いては…。  
 
続「ブルー・ポイズン」 【 聖 女 喰 い 】  
 
「おやおや。お忘れですか? 薄情な妻ですねえ…。私はファラリスの前で婚姻を誓った、貴方の夫。貴方の『初めての男』ですよ?」  
イリーナは街を巡回中、すれ違った男に、そう声を掛けられた。  
その言葉の大半は、イリーナには戯言に聞こえた。  
ただその言葉の中にあった『ファラリス』の名前にのみ反応して振り向いた。  
視線の先には、微笑みを浮かべた、長い黒髪の優男。年齢は30代位だろうか。  
とっさにイリーナは視線を周囲に向けた。闇司祭なら、どんな卑劣な手段でもとるだろう。  
邪悪であること卑劣であることは、彼ら暗黒神ファラリスを信仰するもの達にとって、忌むべきものではない。  
ここは街中。街の人を人質にされる危険も多ければ、時間を稼げば応援だって、駆けつける。  
「…残念です」  
悔しげに、口の中で呟いた。拳が固く、握られる。  
イリーナの背後に、仮面を被ってローブをつけた男がフラリと立っていた。  
その腕には武器と、年端もいかない幼い少女。  
イリーナは既に闇司祭の術中に嵌っていた。  
 
その男は再び、現れた。  
親ファンドリアの工作員。闇司祭にして魔術師・リスリー。オーフォン国内に潜む闇司祭たちの頭目のひとりだった男。  
そして、かつてイリーナを拘束し、毒薬で操り、そして陵辱した…男。  
使い魔のインプに幻影の魔法をかけ、幼い人質の少女にしたて、逆らえば少女を殺すと脅せば、イリーナはいとも簡単にリスリーの虜囚となった。  
 
 
「…?!」  
眠らされ、意識を失っていたイリーナが目を覚ます。  
気づけば『貴族』が生活するような豪華で、しかし小さく殺風景な部屋。  
部屋の隅には拘束具や拷問器具が用意されていた。どこか貴族の屋敷のようで、そうではありえない。  
「…!」  
身体に力が入らない。…この感覚は覚えがあった。  
以前うっかり食べてしまった筋力を奪う毒キノコ。『オニマダラカサタケ』のような力の抜ける頼りない感覚。  
以前のそれよりずっと、強いものだった。  
濃縮され、持続時間と奪う筋力値数が高いものだ。  
その毒を抜こうとして、神聖魔法を唱えようとした途端、身体に耐えがたい激痛が走った。  
「…あぐぅっ!!? ふあ…っ?! い…たいたい…っ!!」  
イリーナは床に蹲り身体を抱き締め、その激痛が過ぎ去るのを耐える。  
まるで、心臓が悲鳴をあげて止まりそうな程の、強烈な痛み…。  
(コレは…?! まさか?!)  
「ムダですよ?」  
ふらりと視界に現れたリスリーは、自らの喉に何かがあるような仕草をして見せた。  
(!?)  
手の触れた、イリーナの喉元に、繊細な細工の首輪(チョーカー)が巻かれていた。  
魔晶石とはまた違う、虹色に淡く光る石がついている。  
「『マインド・ジャマー』。古代王国時代に作られた、貴族…『魔法使い専用の拘束具』ですよ。『如何なる魔法も使うべからず』。そんなギアス(強制)の呪文が付与されています。勿論、力では取れません。生半可な魔法でも、ね」  
外すには、装着者以外の『アン・ロック』の呪文が必要になる。しかも、装着者自身が反射的に、その呪文に抵抗するように作られていた。  
強い魔力の持ち主、高い地位の魔法使い程、犯罪者として危険な為だ。  
リスリーは部屋の隅に転がる、重い鉄球の付いた拘束具をみやる。  
「ゆっくり逢瀬を楽しむには、あんな無粋な手枷や足枷は必要ないですし、ね」  
「…私を捕らえて、貴方の目的は、なんなんですかっ!?」  
「ですから、久しぶりの逢瀬を楽しむんですよ、私達が。貴方のお友達が迎えにくるまで、たっぷりと、ね」  
宗教画の天使を思わせる柔和な、しかし偽りの悪魔の微笑みで、リスリーは言葉を紡ぐ。  
その男の腕が伸び、掴まえられる。…振り払う事ができない。圧倒的に、力が足りない。  
ひ弱な的なグラスランナー程の力しか、今のイリーナには残されていなかった。  
あのイリーナが、やすやすと男に、リスリーに寝台に組み伏せられる。  
「抵抗すると…あの子供を殺しますよ? よろしいですね?」  
よろしくなんか、なかった。灼熱の怒りを込めた瞳で、イリーナは男を睨みつける。  
顔を真っ赤にして怒るイリーナの上で、リスリーは楽しそうにクスリと笑った。  
男の顔が近づいてきて、ヌルリと舌が顔を這った。生暖かい舌と唇が頬から、首筋へと這う。  
「あの時に私たちは誓いあいましたね? 我らはファラリスの名のもと、既に夫婦なのですよ? イリーナ」  
耳元で、男が囁く。煽情的な気分にさせる香水の匂いが、男の黒髪から漂う。  
「違いますっ!!」  
イリーナはもう男を知らない訳ではない。  
ただその相手、ヒースとはあきらかに違う、卑劣な手管の嫌悪感に顔を背けた。  
「違いません。真実ですよ。貴方と私は暗黒神の御前に夫婦になったのです。ただ、貴方が、忘れているだけ…」  
先程とは違う仮面にローブの人物が近づいてくる。その人物に両手を拘束されて、気づいた。その両腕は、骨。  
スケルトンなのか、骨従者(ボーンサーバント)なのか、竜骨兵(スケルトン・ウォーリアー)なのか。その間にリスリーはナイフを手にした。  
「…ッ?!」  
このまま喉元を掻き切られたら、それで終わり…そう思うと、反射的に身を竦めてしまう。  
しかし、ナイフの刃は肌に当てられることはなかった。替わりに。  
ビリ…ビリ…ビ…ッ…。  
イリーナは身に付けていた神官服を、切り裂かれはじめた。  
赤いリボンが切り裂かれ、マントが落ちる。紺色のスカートが、ザクザクに切り裂かれる。そして下着も…。  
淡い頂きを持つ乳房が、栗色の茂みをもつ下腹部が、リスリーの眼に晒される。  
床に、ボロボロになったファリスの神官服。そして下着が散乱する…。  
「…っ!!」  
羞恥と怒りに真っ赤になり、目の端に浮かびそうになる涙を堪えて、ただ、睨む。  
そんな視線を、漆黒の男は柔かく微笑み、受け止める。  
「さあ、楽しみましょう? 私の妻。私の可愛い牝奴隷。イリーナ・フォウリー」  
 
     ◇      ◇      ◇       
 
のどかな青い空。その色を映して光る噴水。  
それを眺める、目立たない場所にある公園のベンチのひとつ。  
「遅ぇ」  
ヒースは一人愚痴った。久しぶりのデート。勿論示し合わせ、二人きりでこっそり。  
イリーナにせがまれて、ようやく作った余暇だというのに、肝心のイリーナが現れない。  
イリーナが時間に遅れることは珍しい。…日時を間違えたかと、不安にもなる。  
そんなはずはない。今日の予定は軽いものではない。  
確りと、夜のお泊りの予約すら入れてある、フルコースだ。そうそう、間違えてたまるか。  
「どうしたってんだ?」  
遅れたんだからな。イリーナ。お仕置きしなきゃ、な。くくく…と邪悪に口の端を上げる。そんな妄想で時間を潰し、自分を慰める。  
昼前に待ち合わせの予定が、日が西に傾き始めた頃、ようやく人影が現れた。  
ただし、イリーナではない。その代わりに現れたのは、最近マトモな仕事にありついてなさそうな冒険者風体。しかも4人。  
「…あん?」  
フレンドリーさを装いつつ、剣呑な雰囲気で近づいてくる。  
ヒースのレンジャーとしての勘が、ピリピリと危険を告げていた…。  
 
彼らが貰った仕事は、『成功した冒険者の一人の魔術師を袋叩きにすること』だった。  
成功し有名になった男が、調子にのって甘い汁を吸いまくっている。そんな男に灸を据える。彼らは自分達が得た仕事を、そう解釈していた。  
多少の実力差も、『魔術師』ゆえ、不意を討てば確実だと思った。  
実際、ヒースがレンジャーでなければ、危険感知に成功してなければ、最初の一撃を喰らっていたかもしれない。  
多勢に無勢。街中で派手な攻撃魔法を使うこともできず、かといって無難なスリープクラウド(別名・遺失呪文)には、命を預ける自信がなかった。  
そうそうにフライト(飛行)の呪文で空に逃げ、近くで演奏をしていたバスを、近くでのほほんと遊んでいたノリスを、見つけて応援を頼んだ。  
さらに近くで槍の素振りをしていたエキューが加わった頃には、簡単に決着はついていた。  
仲間達に助けられ、何か事件かと問われながらも、軽々しく事情を説明出来ないでいた。  
彼ら自称冒険者が、ヒースを襲う時に口にした言葉。  
―「『妻は返して貰う』。依頼者がそう伝えろと、言っていた」  
恐れていた悪夢が再び魔手を伸ばしてきた事を、ヒースだけが、痛感していた。  
 
     ◇      ◇      ◇       
 
リスリーは『聖女喰い』の異名を持った闇司祭だ。  
特に好んだのは、『光に属する聖女』達。マーファ、マイリー、ラーダ、チャ・ザ、ヴェーナー。そして、ファリス。  
彼女らを堕落させ、調教し、闇の聖女へと変えること。それがリスリーのやり方。  
いや、趣味と言っていい。特に若く『潔癖』なファリスの女神官が『大好物』だ。  
お堅く潔癖な彼女らを犯し、薬漬けにし、快楽で篭絡する。  
そうして闇色に染め、光の神々への信仰を捨てさせる。それは闇司祭にとって、栄誉だ。  
様様な方法で、抵抗力を奪い徹底的に精神をいたぶり嬲る。ただひたすら性の快楽を求める、性の囚人へと調教する。  
神に愛され選ばれた女神官を、ただの女へ。そして牝へ。時には性奴隷へと、堕落させる。  
目障りなファリスの神官を、二度と「聖女ヅラ」の出来なくなるまでに、堕とす。  
元々が神に愛される素質を持った女達だ。堕ちて後、ファラリスや名も無き狂気の神、快楽の邪神の教えに目覚め、リスリーの配下となったものもいる。リスリーは知っている。  
どんな人間の心にも、歪んだ喜びが隠されている。どんな人間も、お綺麗に取り澄ました仮面の下には際限のない欲望が疼いているものだ。  
怪物と戦うものは知らず、己も怪物に近づいているもの。  
奇麗に生きようとすればする程、自らも抱える闇と汚れを、嫌悪するもの。  
闇を、深淵を覗き込むものは、闇や深淵に凝視しかえされているもの。  
相対する互いは、合わせ鏡のように、際限なく、堕ちて逝くもの。  
それを目覚めさせ、自覚させ、受け入れさせる。  
それがリスリーの信仰であり喜び、そして彼なりの人生の使命であり、復讐だった。  
おままごとの様な結婚式も、初夜も、元が潔癖なファリス神官には耐えられまい。  
今、身体の下にいるイリーナも例外ではない。  
どのようにしてか、イリーナの身近な者が、彼女の記憶を奪ったのだ。  
そうでなければ、闇司祭の私に抱かれ汚され、ファラリスに婚姻の誓いをたてた潔癖なイリーナが、『無邪気な聖女のまま』で居られるはずなどなかった。  
おそらくは、あの『魔術師』の男。  
イリーナが兄と呼びながら、いつの間にか身体を許していた、あの男。  
ユニコーンを捕らえ彼らの仕業に見せかける正規の計画はともかく、私の楽しみを邪魔してくれたそのツケは、あの男に払ってもらおう。  
苦しむがいい。イリーナは再び私の手の内。  
そして今度こそ、闇に生きる聖なる牝奴隷となる。  
ホラ、その証拠にイリーナはもう喘ぎ始めている。…びしょびしょだ。  
感じているのか、ただの防衛本能なのか、そんなことはどうでもいい。  
ただ、堕ちればいい。  
お綺麗に取り澄ました「純白」が、ぐちゃぐちゃに汚れる所がみたい、汚してやりたい。  
出来もしない『光あふれる平和な世界』など、口だけの理想を唱える偽善者どもに、逃れ様のない過酷な現実を突きつけてやりたいだけ。  
そしてイリーナ。お前は思い知る。  
法律も道徳も正義も義理も神も信仰も、これからのお前を守ることなど決してない、と。  
守る必要もない。むしろ、お前を責め苛むだけのシロモノへと変貌する。  
そう…現実を、つきつける。  
残された道は少ない。私が選ばせ、思い知らせる。  
再び「綺麗」に成る為には、もはや「漆黒」に塗り潰されるしか道がないのだ、と…。  
 
     ◇      ◇      ◇       
 
イリーナの秘所はもう酷く濡れて、蜜が溢れていた。イリーナに聴かせるように、指でわざとビチャ、グチュッと音を響かせて、リスリーが囁く。  
何人もの『聖女喰い』をしてきたリスリーにとって、女を犯す事、責める事は、軽い食事のようなものだ。まして女の性感帯など、そう大差ない。  
「身体は正直だね、イリーナ。こんなにグショグショにして。こんなに男が欲しい? 厭らしい。凄いメスの匂いだ。まるで牝犬のようだね。男の一物ナシでは一晩と居られない男狂いの娼婦のようだ」  
「…ん…っ…く…チガっ…そんな…んじゃ…ひっ…?!」  
嫌悪感に濡れていないまま、無理矢理犯すことなど造作ないが、ただそれでは趣がない。  
最終的には、イリーナからしゃぶらせるように仕込むつもりなのだから。  
リスリーは指を巧みに使い、イリーナの乳首に、クリストスに激しい刺激を与えていた。  
「ひぅっ…んっ…あぅ…っ…っっ!?」  
ヒースとの幾度もの交わりのなか、感じやすい体質へと、育てられていたイリーナの身体は、堪えられずにヒクヒクと、反応を返していた。  
身体には、電流のように激しい快感が次々とうまれ、イリーナは甘く喘ぎそうになる息を、懸命に堪えていた。シーツには愛液の染みが、広がりつつある。  
もう、ふとももの内側まで、べっとりと濡れていた。  
「私は優しい夫だからね。焦らしはしないよ。すぐに挿入してあげよう。それから、たっぷりとイカせて、何度も中で出してあげる。くすくす。子供が出来るといいねぇ。ねえ、イリーナ?」  
リスリーは言葉どおり、待たせはしなかった。  
両手は仮面をつけた骨に拘束され、脚はリスリーのされるまま、左右に大きく割り開かされた。閉じようとしても、力が入らない。すぐに割り開かれてしまう。  
リスリーは己の闇色の神官服(ローブ)の前をはだける。  
赤黒く凶悪にそそりたつそれが、先走りの汁に濡れ、栗色の茂みの中に当てられた。  
イリーナの視界の中、ソレは、自分の体内に埋め込まれていく…。  
グチュ…ヌルリ…と、侵入された感触が…シタ。  
「ひぃ…っっ?!」  
思わず目を背ける。それでも、感じる。容赦なく、ぬるぬる、ずぶずぶと、犯されていく。  
目を瞑っていても、身体の中でモノのカタチを感じるくらいに、わかってしまう。  
邪悪に屈したくはないのに。身体の中に、邪悪な闇司祭のペニスが、侵入する。  
身体も心も許していたヒース以外の、男のモノが挿しいれられてゆく。  
溢れていた愛蜜のせいもあり、身体が抵抗なく…受け入れてしまった。  
その背徳感、罪悪感、嫌悪感。なのに。  
散々に、身体を刺激されて、どこかで、待ち望んでいた。  
熱い。硬い。ビクビクとひくつく、その物体の与えるモノ、その鈍い刺激と痛みと…。  
(…いや…)  
そして心に反して、身体は、子宮は、準備を始めている。  
そこから得られるだろう快楽の刺激と、生殖の…本能に。  
ソレを受け入れ、ひくついて収縮を始める、自分の膣内。その感覚に何より怖気を感じながらイリーナは泣き叫んだ。  
「いやっ!!やだっ!ファリス様っ!!兄さんっ!! いやああああっっ!!!」  
イリーナの女の部分を、リスリーが征服し、満たした。さわさわ、と互いの茂みが触れる。  
象牙色と栗色ではなく、黒と栗色の茂みが、密着する。  
「ほぅら。もう、イリーナの中は、私でいっぱいだ。わかるかい? ふふ。いやらしい。イリーナの中がヒクついてる。イリーナが、私を、きゅうきゅうに咥えこんで、離さない…」  
「いやぁぁ…ファリス様…おとうさんっ…ヒース兄さん…クリス兄さんっ、助けて…っ…やだっ…こんなの…やだぁ…。 は、ああっ!うん!? いやっ!! 動かないでっ!! いやだっ!!」  
 
その悲鳴とも嬌声ともつかぬイリーナの声を、小鳥のさえずりのように聴いて微笑み、繋がった場所をいとおしげに撫で上げながら、リスリーは前後運動を始めた。  
胎内の弱い場所が、擦られる。クリストスが撫で上げられ、刺激され続ける。  
弱い場所が、ヒース以外知らないはずの弱い場所が、いとも簡単に探り出されていく『女喰い』の手業に、イリーナの身体は逃れようもなく、反応してしまう。  
(…いや…っ…ダメ…感じちゃ…ダメなのにっ…っっ!!)  
快感が、瞬く間に、イリーナを追い詰めていた。戦士として致命的な喉元を敵にさらして、仰け反り、喘ぎ声を懸命に耐える。  
「はっ!はぁっ…!…ふぁっ! やだ…兄さんっ…ひーす兄さんっ!!」  
「愛の行為の最中に、他の男の名前を呼ぶとは。まったく貴方は酷い淫売ですねえ?   
イリーナ。 何度この場所に、その男のモノを受け入れたんです? 咥えこんだんです?   
このクチで何度、その男の性器にしゃぶりついたんです? 何度、娼婦のように腰を振ってよがり狂ったんです? ほら、このクチで、言ってごらんなさい」  
イリーナの顔をとり低く囁く。それは甘く卑猥な、淫魔(インキュバス)の囁き。  
イリーナがそんな卑猥な言葉の羅列を耳にした事は、そう多くはない。  
精々スラムでの教育的指導の最中の、反抗期の少年や、盗賊崩れのチンピラの投げかける気のない揶揄や罵声くらいだ。  
それすらも『ファリスの猛女』の異名をとってからは少なくなった。  
イリーナの顎を、リスリーのやけに冷たい手が、挟み取る。  
「ほら、言ってご覧なさい。男の○○○○が好きなんです、と。もっともっと○○○○を、ぐちゃぐちゃに、気持ち良くしてください、と」  
リスリーは微笑んでいる。だが黒い瞳は冷たく、嗜虐心を覗かせ、笑ってなどいなかった。  
「いやっ!やだっ…ぁっ!!いやぁあ…」  
リスリーの手が、胸の頂きを弾き捻り、指が尻の穴に入れられ、くにくにと内側で蠢く。  
弱い部分が次々と探りだされ、容赦のない刺激が送り込まれる。  
リスリーが腰をつかい動かすたびに、イリーナの恥肉が捲り上げられ、にちゃにちゃと音がした。  
「…んっ!んっ…!んくっ!…は…っん!…いや…いやッ…!」  
意思とは関係なく身体が反応する。触られる度ごとに、ビクビクと身を捩り、身体が反る。  
身体は、真っ赤に上気し汗ばんで、敏感に反応を返してしまう。  
けれど心は、心の艫綱だけは、手放したくなかった。  
なのに、突き上げられる度ごとに、鼻にかかった甘ったるい喘ぎ声が、…止められない。  
「フフ、身体は十分に感じてるようですよ? 可愛い尻が震えている。いいんですよ? 腰を振っても。もっと、気持ち良くなりたいんでしょう? もっともっと欲しいんでしょう?  
正直におなりなさい。心に正直であることは、悪いことではありませんよ。決して、ね。  
んんっ…ああ、感じているんですね。ふふ…、ナカが絞り上げていますよ? イリーナ。  
気持ちがいいんでしょう? ほら、口に出しておねだりしてご覧なさい?」  
(いや!…いや、なのに…!)  
翻弄されていた。嵐のような官能に、理性がドコカに引き摺られていく。  
(いやっ…感じてないっ…感じてなんか……気持ち良くなんか……)  
懸命に自分に言い聞かせ、誤魔化そうとする。それでも身体の芯が、熱く蕩けかけていることが…わかる。わかってしまう…。  
「んんっ…!! ああっっ!?」  
(ダメっ………堪えられない…っ)  
激しく、最奥。子宮がズンズンと突き上げられる。その強すぎる刺激に、耐えられない。  
(…ひーす兄さん…兄さん…っ!! 助けて…っ…タスケテ……)  
官能の高い波が、押し寄せる。  
「ひぃっ…いやぁぁっ…っっ!!!」  
絶頂。そのイリーナの悲痛な嘆きを心地良く感じて、リスリーは唇の端を悪魔の仮面ように吊り上げる。  
さらに、堕とすべく、大きく下から突き上げる。円を描くように、蜜壷をかき回す。  
 
「んっ、そろそろ、出してあげましょう。イリーナ。膣内(なか)で、感じなさい…」  
リスリーは、ぼろぼろと泣き叫ぶイリーナの体内で情け容赦なく、射精した。  
身体の最奥で広がる熱さ。胎内の硬く熱い肉棒が、しゃくりをあげて、びゅくびゅくと熱いモノを放出している。…まだ、止まらない。  
(いやぁ…赤ちゃん…できちゃう……っ…)  
子宮と膣内を満たして、ゴプリと逆流する。それでも、抜きはしない。  
「ぃいやややあぁぁ…っっ!! 兄さん…ヒース兄さ…っ!! …ふぁっ!?」  
イったばかりのイリーナのことなど、お構いなしにリスリーは再び腰を使いはじめていた。  
絶頂に達して弛緩し、それでも癇に障る名を口にするイリーナに、リスリーは鼻を鳴らす。  
「まだ、その不快な名前を呼ぶのですか。ファリスの教えでは姦淫(不倫)は罪悪だったでしょうに。…お仕置きしなければ」  
「え…あ、ぁひぃっ…?!」  
今度は獣のように、よつんばいに這いつくばらされ、後ろから挿入された。  
「哀しい? 悔しい? 後ろめたい? そんなもの、この楽しみの前には、些細な感情でしょう?   
心から、気持ち良くなって、何が悪いんです? 誰が責めるんです? さあ、認めなさい? 気持ちがいい、そうでしょう?」  
悲しみと刺激とに、零した涙も涎も、拭う余裕もなかった。  
「貴方はもう、戻れないんですよ? この身体で、白々しくファリスの前に立つつもりですか?   
何もなかったフリをして? それこそ虚飾。偽りでしょう? それとも懺悔でもしますか? 私はファラリスの司祭とセックスをして、気持ち良く感じました、お許し下さい、と? ふふ」  
(ご安心なさい。ファリスの前になど、2度と立てませんから)  
再び、意識が追い詰められ、責められる。  
快楽に屈服するまで、なんどもなんども陵辱され、汚され続ける。  
それでも。口の中、心の奥底で、イリーナはヒースの名前を呼ぶ。  
…呼びつづける。  
 
 
メラリア・ヴァルサス事件後の事だ。  
 
「お前はゾンビメーカーの毒と、サンダーウエポンのショックと、…酒のせいとで、記憶を失ったらしいな」と、ヒースが説明した。  
人間は嫌な記憶を、何かの拍子に、ショックで失ってしまう事があるのだと。  
身体に残る赤い痕は、酔った勢いの…ベッドイン…の、せいではないか…と推察される。  
ヒースの記憶も、お酒のせいで、どうにも曖昧らしい。  
周囲には転がる酒壷。  
ヒースの頬に残る、混乱して放った張り手の跡。秘所に残る、甘い疼痛。  
繰り返し、繰り返しヒースに聞いた事件のあらましを、いつしか自分の記憶として再構築するまでになっていた。  
ヒース兄さんは、一夜の過ちを「前向きに、責任をもつ」と言ってくれた。  
まあ、その後に「念の為」と称して、自然堕胎に効果のあるというエニシダや鬼灯から、ヒース兄さん自身が調合したという、怪しい薬を飲まされはしたけれど。  
(「怪しい?! 何をいう。鬼灯は風邪にも効果のある、おばあちゃんの知恵袋。エニシダはセージ・ヒーラー3レベル以下の素人扱いご禁制だ!」)  
…それから。  
『いつか、大好きな他の誰かが、出来たなら』。  
その夜の出来事は互いに、永久に封印するはずだった。  
けれども、私たちは少しずつ、ただの幼馴染ではなくなっていった。  
互いをそれとなく意識するようになり、『いつか出会う、他の誰か』よりも、今ここに居る幼馴染のお互いが、いちばん大切になっていった。  
尊大で、ホラ吹きで、意地悪で。お金持ちやグラマーな美人に弱い、ヒース兄さん。  
でも頼れて、気がつけば知らない間に、いつも私を支えてくれていた、兄さん。  
いつもいつも、ケンカしてドツいて、ホラを吹かれて騙されて、意地悪されて泣かされて、でも、優しい、にいさん。  
貴方が居なければ、私は…死の淵から、蘇ることも、なかった…。  
 
     ◇      ◇      ◇       
 
「自信はなかったが…かかったな」  
ロケーション(探知)の魔法に反応があった。その現在のイリーナの居場所。  
(なんて、厄介なところに居やがる…!)  
灯台下暗しとは、このことか。  
そんな所に潜伏するということは、余程自信があるのだろうか?  
イリーナの居場所。王宮・シーダー城内。幾つかある塔のうちの『高貴なる咎人の塔』。  
闇司祭も大手を振って歩けた旧ファン王国時代には、頻繁に王族貴族の内部粛清に使用された暗黒の歴史がある。  
建国の混乱の時期から、はや20数年。今はもうめったに使われていないのだろう。  
正面から仲間をつれて、王宮に乗り込むわけにはいかない。かといって正式に王宮に話を通せば、イリーナの今の屈辱的な状況を説明しなければならない。  
イリーナの受けているだろう屈辱的な姿を、不特定多数の騎士達に晒す事なんて、出来るわけがなかった。  
かといって、一人での突入も、無謀だ。しかも闇司祭相手に、騒ぎは否応なくおきる。  
許可なく王宮に乗り込めば、犯罪者も同然…。  
時間をかけたくないという、焦燥。  
イリーナの身を案じる心配と怒りとで、はらわたが煮え繰り返りそうだった。  
…こんな日が来るのではないかと、ずっと恐れていた。  
ヒースだけが知っていた、知らされた、そして覚えていた、イリーナのあの事件。  
イリーナを陵辱した当の闇司祭一人が捕まっていないことは、ずっと心に引っ掛かっていた。  
「くそ…っ!!」  
 
2度目の交わりの時だった。  
一度目は『お互い酒に酔っての記憶の彼方』ということでお茶を濁していたから…、本気でイリーナと向かい合い、心を伝えて、抱いた時のことだ。  
あれは吸血鬼事件の最中。イリーナが死んだ時だった。  
互いを意識し始めていたことを自覚した、そんな矢先、イリーナが死んだ。  
結局、無事に生き返らせる事が出来たが…その間、それこそ生きた心地がしなかった。  
失いたくなかった。絶対に。伝えたい事があるってことに、気づいてしまった。  
まだ、伝えてない。誰もいない牢の中で、泣いた。  
無事に蘇生できた事を、ハーフェンやおやっさんから伝えられて、会いにいった。その枕もとで、伝えずにはいられなかった。  
温もりが感じられるイリーナの髪をなでて、ようやく、人心地がついた気がした。  
「もう、こんな思いは沢山だ。二度と、死んだりするなよ?」  
「…私も、ヒース兄さんと離れたくないです」  
人目を盗んで、初めて、恋人のキスした。  
イリーナが快復した一週間後、皆と合流する前に、初めて恋人同士として身体を重ねた。  
まるで初めてとは思えない神官服やスカートの脱がせ方の熟知っぷりに、イリーナが怪訝な顔をした。  
「…妙に、手慣れていませんか?」  
「そうか?(2度目だからな)」  
「むぅ、ひーす兄さんってば、他にこういう事しちゃう、女の人がいるんですか?」  
「おいおい、嫉妬か?」  
「ん。ちょっとだけ。幸せで、なんだか不安」  
イリーナの顔を、照れ隠しから乱暴に、むにりと両手で挟み取る。  
栗色の髪。真っ直ぐに見つめ返す、明るく大きな茶色の瞳。小さな鼻。コーラルピンクの唇。のぞく小さくて白い八重歯。幼児体型ながらも魅力的な、小さくて白い裸体。  
恥らう姿。そのすべてが、俺のモノ。  
「も、一回言うぞ。俺は、お前を、もう、絶対に、失いたくない、からな?」  
 
 
ああ、そうだ。頭をブンと一振りする。遠く、敵が潜む王城を、睨みつける。  
(…絶対に、取り戻す)  
イリーナ、アイツを泣かしていいのは、俺だけだ!  
 
     ◇      ◇      ◇       
 
イリーナの眼前に、むっとする臭気をともなうグロテスクなモノが突き出された。  
虚ろな眼で、凶悪な怪物を想わせる、ソレを見る。顎が強引につかまれ、今度は口の中にそのリスリーのモノが押し込められた。  
「ぅぐぅ…っ」  
ヒースとの交わりの中でも、こんなに強引にされた事はなかった。  
イリーナが拒めば、命の危険を感じるからか、フェラチオもイリーナに強いた事はない。  
その排泄にも使われる汚い男のモノが、自分の顔前、口の中に侵入して、出入りする。  
命じられて這いつくばり、犬のようにぺろぺろと、それを舐めなければならなかった。  
そうでなければ、人質の命はないと脅されれば、拒むことはできなかった。  
リスリーは暗い哄笑が湧き上がってくるのを感じていた。  
『吸血鬼殺し』と中原のみならず名声を得ている小娘が、自分の男性器をしゃぶっている。  
今度は以前のような、意識のない一方的な状態ではない。イリーナの意思で、だ。  
今度は調教し、本格的に堕落させる。イリーナが、自ら求めるように。その一歩なのだ。  
自分達、闇司祭を邪悪だと罵倒する、その珊瑚色の唇が、己れの黒く光り青い筋を浮かせる剛直に、蹂躙され犯されている。  
その征服感と嗜虐感は、リスリーにとって、非常に気分が良かった。  
ヒースとは違う、体臭。むっとする男の性の臭気。  
先端を舐めると、汁が滲み出てくる。苦い、味がする。  
口の中喉の奥までグッと差し込まれ、息が詰まり、吐き気がする。  
根元まで咥えれば、リスリーの黒い陰毛が、イリーナの珊瑚色の唇に触れた。  
それだけではなく、ほつれたそれが口の中までも入ってくる。その不快さに眉根を寄せた。  
それでも容赦なく、差し込まれたモノがピストンされる。  
息苦しさと惨めさに、涙を浮かべた。  
じゅぶ…ジュボ…じゅるっ……ピチャ…。口を閉じることもできず、涎がしたたる。  
リスリーの腕が、イリーナの栗色の頭髪を掴み、前後に揺らす。  
その度ごとに喉の奥にあたり、吐き気がする。どれくらい、そうしていただろうか?   
ふいに口の中で、リスリーのモノがビクビクと痙攣した。  
「ン。ふふっ…全部、飲みなさい? イリーナ」  
喉の奥にリスリーの熱いスペルマが、ドピュ…ドピュッと溢れ出した。  
飲めるはずもない。息苦しさから口を離すと、放出され続けていた熱く白い分泌液はイリーナの顔を、髪を、喉元を、胸を汚し、ぼたぼたと、滴り落ちた。  
「飲みなさい。イリーナ」  
冷酷に命じられて、リスリーの精液で白く汚れたイリーナは口内のそれを、泣きそうになりながら、飲み下した。  
生臭い、えぐい味がした。まるで身体の内側から、汚されていくような気分だった。  
(………?)  
涙を目の端に浮かべ顔を手で拭いながら、不思議な感覚がイリーナを襲う。既視感。  
(なに…? 以前にも…こんなことが…あった…?)  
「さあ、今度はおねだりなさい。『私の穢れたお尻をイカせて下さい』とね。ああ、その時にはちゃんと、穴を自分で広げて見せて下さいね」  
命じられれば、イリーナは従わねばならかった。…居もしない人質の、命のために。  
「…わたしの…けがれた…お…しりを……いかせて…ください…っ…」  
床に這いつくばり羞恥に震え、顔を真っ赤にして伏せたまま、イリーナはその行為を行った。嫌なのに…どこか、甘い感覚が滲む。イリーナの中に、被虐心が生まれ始めていた。  
「よろしい。ふふ、なかなか良い色をしていますよ? イリーナ、さすがにここまでは、あの男に進呈してはいないようですね?」  
尻を掴まれ、イリーナの尻穴に、異物が触れる。  
「…ひ…ぃ…!?ぅぐぅっ…!!?」  
それは無理矢理、肛門をめりめりと押し開いて、侵入した。  
「痛っ!痛、痛いっ…っ!!はぐぅっ!?…ぐぅっ!? や、痛っ…いやっ動か…ないで…っ!!」  
初めての肛門性交でそうそうイケるものではない。散々、腰を使われ、腸内に射精されても、結局、切れた肛門と直腸を強引に擦られた痛みだけが、イリーナに残された。  
リスリーにとっては、これから時間をかけて慣らしていけばいいだけのこと。イリーナを逃がすつもりなど、毛頭ないのだから。  
有名な『ファリスの猛女』が、自分の陵辱調教によって至高神への信仰を捨て、闇に堕ちる。  
それは間違いなく闇司祭にとって、武勲。誉だ。  
イリーナは床に蹲って、手を当てお尻の痛みを堪えていた。  
裂き切れた肛門から白い太腿を伝い、床には血と白い精液が入り混じったものが、滴っていた。  
「ううぅ…」  
「ふふ。続けますよ、イリーナ」  
「…あぅ…んっ…」  
 
― 終わりのない、責め。  
 
『…兄さん…ひーす、にいさん…』  
幾度も貫かれイかされ、いつしか快楽を求め、自ら尻を振りすりつけ、胸を揉んでいた。  
…胸を揉む。それは某近衛騎士隊長推薦で、初めて二人で入った高級な男女の秘め宿以来、ヒースがイリーナの胸を事あるごとに『丹精こめて育てる』と称して、揉んでくれていた事を思い出す。  
身体を支配して止まない、この強い性の刺激は、ヒースが性の刺激を増幅するために、イタズラ半分でイリーナに飲ませた『薬』を。  
きっと、ヒースに抱かれ過ごした幸せな日々の記憶がなかったら、身体だけでなく、とっくに心まで屈服していた。  
『ヒース兄さん』  
それがイリーナの、最後の心の城壁。いつ終わるとも知れない、暗闇の灯火。  
ファリス様の声を、今は聞く事ができない。でも。  
ヒース兄さんが許してくれるなら、きっとファリス様も許してくれる。  
不思議なことに、そんなことを考えてしまう。  
(ヒース兄さん、の、所へ…帰りたい)  
そしてヒースに拒絶されるなら、その時にこそ、イリーナの心は破れて闇に落ちてしまうだろう。  
イリーナの身体は幾度もの絶頂で、ぼろぼろだった。  
ひぃひぃと舌を突き出し、ひゅうひゅうと喉の奥で息をする。  
自ら足を開き、リスリーの腰に脚を絡ませ、淫らに腰を振り、己の体内に陵辱者のペニスを擦りつけ、悶え喘ぎよがり、咥えしゃぶる。  
それでも。  
心の奥底、暗闇の中で、叫び続ける。  
 
― 混濁した意識の中で、イリーナは…夢をみた。  
 
ベッドに裸でぺたんと座りこみ、幸福そうにお腹に手を触れている。  
(えへへ。赤ちゃん、できちゃう…)  
(…いっぱい出したからナ)  
ベッドの端にイリーナに背を向けて座る、同じく裸のヒース。耳が赤くなっている。  
(…ちょっと、嬉しい。)  
兄さんに、ここまで許されていることが、不思議なくらい、幸せ…  
(俺様に似たら容姿端麗、頭脳明晰な良い子になるな。お前に似たら、おバカなぶきっちょだ)  
(むか。私に似たら、丈夫で元気な子になるもんっ。ヒース兄さんに似たら、ひ弱だけど)  
ヒースの背に身体を預ける。…温かい。  
情事の最中、思わず立ててしまった爪の傷痕に気づいた。滲む血の色に舌を這わせて、癒しを祈る。  
(…だけど、私は、どっちでもいいです。ヒース兄さんに似た子なら、とっても嬉しい…)  
(バーカ。…俺サマは、女の子がいいな。ウチん中が、華やかなのが一番…)  
………。  
 
涙を流して…いつかあったような、幸福な、夢を、みていた。  
 
 
「…ひぃ…にいさ……」  
(まだ、その名前を…!)  
混濁した意識の中で呟く、イリーナの声を聞きつけて、リスリーが苛立つ。  
リスリーの与える快楽や刺激を、恋人に与えられるモノとして意識の中ですり替え、正気を保とうとしているのか?  
リスリーが今まで嬲ってきた女達は、リスリーより信仰などのレベルの低いものたちだった。  
イリーナはそれ以上に心も強いというのだろうか。…いや、所詮それも時間の問題。  
リスリーは口の端をあげる。時間さえあれば、どうとでもなるもの。  
ファンドリアやロマールで、薬漬けの日々を送れば、イリーナとて長くは持たない。  
そしてファンドリアやロマールの隠れ家には、その気になれば『いつでも行ける』のだ。  
そう、急ぐ必要はない。今はイリーナを使い、王宮と奴らパーティを引っかき回す。  
イリーナのこの姿を、あの小賢しい『魔術師』に見せつける。  
苦しみと痛み、嫉妬で狂わせ、そして…絶望、を。  
そう、時間はあるのだ。教え込めばいい。  
イリーナ、お前を抱いているのは、恋人などではないということを。  
壁面に埋め込まれた大鏡を見やる。  
この『高貴なる咎人の塔』には、プライドの高い貴族王族を惨めな気持ちに誘導するため、囚人たる自らを自覚させるために、決して割れないように魔法処理の施された大鏡がある。  
時に拷問を受ける自らの姿を見せつけ、彼らのプライドをズタズタにするためだ。  
それはイリーナも、同じこと。誇り高いファリス神官のプライドを粉々にする。  
背面からイリーナの身体を、貫いたまま持ち上げる。そうして、鏡の前へ。  
鏡にはリスリーに脚を抱えられ、大またを開き、恍惚とし表情で涎を垂らし、リスリーのモノを、自ら腰を振って貪っているイリーナの姿がある。  
…ジュプ…ジュムっ…ヌプッ…  
「…ン…はぁっ…んんっ…ひぃぁっ…」  
十分だ。リスリーはほくそえんだ。偽りの優しい声で、耳元にそっと、囁きかける。  
「目を、開けてごらんなさい? イリーナ」  
開けなければ、良かった。  
イリーナは、ぼんやりと、目の前のものを、理解して、いく。  
そこにはヒースの象牙色ではなく、黒髪の男に抱き上げられ、脚を大きく開かされ栗色の陰毛もヴァギナも露わにした、自分の姿があった。  
その大事な部分には、男の股間から伸びそそり立つ赤黒い肉棒が、ズチュ、ジュボッと卑猥な水音をたてて、出入りしている。  
いや、自分が腰を振って、出入りさせていた。甘えるような、陶酔した顔で。  
堪えられなかった。  
「…ぃ…ぃゃ…ぃいいいいい…っ…やややややぁぁぁあぁぁあ…っっっ!!!」  
イリーナは突然、激しく暴れだした。両手両足をめちゃくちゃに振り回す。  
我を忘れた衝動なのだろう。  
持て余し、閉口してリスリーはイリーナを床に放りだした。  
だが、悪い傾向ではない。イリーナが堕ちるまで、後、もう少し。  
涙と涎と精液とで汚れ、ぐちゃぐちゃのイリーナは鏡の前に取り残された。  
荒い息をつき、涙で霞んだ鏡の中、リスリーは馬用の鞭と荒縄を持って、再びイリーナの視界の中に戻ってきた。  
「ふむ。今度は従順になるように縛り上げてみましょうか。  
ねえ、イリーナ。恋人以外とする、セックスは、特に、気持ち良かったでしょう?  
『真っ白で綺麗』だったイリーナ。潔癖な『ファリスの神官』だったイリーナ。お前はもう私の性の奴隷。認めなさい。妖しく美しい快楽に、漆黒の闇に落ちたのだとね」  
 
再び仮面の骨に腕を拘束され、抵抗する気力もないのか、人形のように、リスリーのなすがまま、剥き身の裸身に縄が掛けられていく。  
両手は後ろに回され動けなくなり、胴体に幾重にもまわった荒縄の間で、両乳房が申し訳程度にとびだし、くにゃりと、歪む。  
脚は生まれてから一度もした事がないような、生殖器まるだしの恥かしい格好で縛り上げられる。  
どこか身動きする度に、荒縄が締まり擦れ、尻や尿道口、クリストスに擦れる。  
すでに散々刺激されて充血しているそれらは、敏感に反応する。  
「…うぅ…」  
荒縄には今までの性行為で、尻や膣内に出されていた精液が伝い、ぽたぽたと、滴り落ちた。  
凄艶な悪魔の笑みで、リスリーはイリーナの前髪を乱暴に掴んだ。  
「…そして、もう二度と、元のイリーナには、戻れないことを、ね」  
リスリーは鞭を振り上げ、イリーナの肌に、叩きつけた。  
ピシリ…ピシリ…ピシャリ…。背に、尻に、股間に…。  
「ひぃ…っ…んぁっ…ふ、ぁあああああっ…」  
鞭が股間にピシリと当たった途端、今まで散々イかされ弛緩していた下半身が、限界に達した。  
放物線を描いて、じょろじょろとイリーナの股間から黄金水が迸る。  
「…あああぁぁ…っ」  
ただでさえ、拉致されてからかなりの時間がたっている。その間ずっと我慢していたのだ。  
止まらない。止められない…。人前で、お漏らしをしてしまった…。  
昔は豪華だったろう絨毯の床に湖をつくり、それは、広がっていく。  
「ふ、ハハハ。実にいい格好ですね、イリーナ。ふふ、縄を解くのは面倒なので、今は許しましょう。ですが今度お漏らしをしたら、這いつくばって、イリーナの口で、飲んでもらいますからね? よろしいですね?」  
イリーナにはその言葉を聞く余裕はなかった。もはや正常な思考が麻痺しはじめていた。  
「さあ…イリーナ…」  
リスリーが『ナニカ』を命じている。  
しかし、もはやイリーナが命じられたことを、正確に理解することはなかった。  
卑猥ナ言葉を投げかけられ、ジュプリ…ジュプリ…と挿されながら。  
(帰リタイ)  
兄さんの腕の中へ。兄さんの腕の中なら、私は壊れてしまってもイイ。  
身体を鞭うたれ、卑猥な言葉を言わされ、ピチャリ…ピチャリ…と舐めさせられながら。  
(帰リタイ)  
―――…カエリ…タイ……ノ…。  
狂うような快楽と、すすり泣く己の甘い泣き声のなか、イリーナは涙を浮かべて、その意識を手放した。  
 
「……イリーナ? ふ、たわいもない。」  
リスリーは意識を失ったイリーナに、鼻を鳴らした。  
まあいい、今度はどんな責め苦をくれてやろう? あの『魔術師』の姿で、助けにきた幻影でも見せてやろうか?  
ふふ、助けにきたと安堵した次の瞬間には、絶望がある。意外と簡単に、闇に落ちてくれるかもしれない。  
『ファリスの猛女』と、ファンドリアにまで知れたイリーナの、最後が近い。  
そう、彼女は『ファリスの犬』だからこんなめに遭うのだ。『ファリスの聖女』はすべて、私や、闇の者達に堕落させられる標的となる。  
ファリス神官の神聖魔法の使い手が少ないのは、神殿信仰の形骸化の影響もある。  
その一方でリスリーのような性癖を持つ者や、主神ファリス、裁判や法を司るファリスに絶望し、闇に堕ちた者たちの恨みの対象となって、人知れず潰されてもいるのだ。  
ファリス神官どもや、その信者の官憲どもが邪悪の芽を摘むように、闇の者は小賢しく目障りなファリスの芽を、人知れず潰している。  
光と闇の神々の大戦から続く、光と闇の相克。それは今までもこれからも、世界が終わるまで、おそらく止む事はない。  
その中でイリーナは目に見えて目障りな、大きな『光』になった。誘蛾灯のように、闇に生きる者達を、引き寄せて止まない。  
このイリーナが闇に堕ちたなら、このオーファンで『ファリス』に傾倒する人間は、更にいなくなるだろう。  
ここでの用事がすんだら、ファンの街頭に、イリーナが嬲られ腰を振る映像を、永遠に繰り返す幻影(イリュージョン)の魔法をかけて、街行く人々に見せつけてやろうか?   
そうすればファリスの権威も誇りも、さらにボロボロに、惨めになるだろう。  
ふと、リスリーの眉間に、皺が寄せられた。  
…ふん、その趣向は次に、お預けのようだ。  
リスリーが顔を上げる。塔周辺で警戒にあたっていた使い魔のインプが、何者かに殺された。自分にきたダメージを、暗黒神聖魔法で癒す。  
声をかけ、仮面の骨を二体。扉と、自分と荒縄で吊り下げたイリーナの間に配置させる。  
さあ、来い。絶望を、味あわせてやろう。  
 
     ◇      ◇      ◇       
 
王城シーダーの奥。『高貴なる咎人の塔』。その螺旋階段をヒースは滑るように昇っていく。  
時折、進路を妨害する鉄の扉は片っ端から、クズ魔晶石を使い魔法で錠を開けて。  
見張りの使い魔のインプを、既に殺している。螺旋階段の途中に居た竜骨兵も、なんとか排除した。突入はもう知られているだろう。それでも。  
『事情は話せない。墓場まで持っていく。それでも、力を、貸してくれ。』  
バスは何も聞かずに、快く精神力を譲ってくれた。…2回の食事代の約束とともに。  
ヒースは装飾の豪華な最奥の扉を…ブチ破るように突入した。  
 
…その部屋には、むっとするような性行為特有の異臭。そしてアンモニアの匂い。  
半端に豪華な赤い絨毯には、ボロボロになったイリーナの服の切れ端。  
ベルベットのカーテン。くちゃくちゃに乱された、天蓋つきの寝台。  
ヒースの前には、遮るように、仮面をつけた竜骨兵と骨従者。  
その奥に、小さな白い裸体。天井から縄で吊り下げられて、あられもない格好に縛り上げられたイリーナの姿。  
後ろ手に縛られ、脚を大きく開き生殖器を露わにした。傷だらけで、無惨で、淫らな情事の痕跡を残す、その肢体。  
思わず生唾を飲み込む一方、灼熱…それより熱くて暗い、地獄の業火の怒りがわき上がる。  
守りたかった。愛してきた。その小さな身体。  
意識がないのか、その茶色の瞳は閉じられている。  
その横に、漆黒の男。長い髪も目も、暗黒神の紋章いりのローブも黒。  
はじめて、ようやく顔を遇わせた、『敵』。  
イリーナの純潔を、薬で意識のないまま奪った男。  
光の至高神ファリスの神官であるイリーナに、よりにもよって暗黒の邪神ファラリスの前で、婚姻の誓いを誓わせた男。  
「ふふ、ようこそ? 妻は返してもらったよ? そして、もう用事もこれで済んだ」  
リスリーは手を伸ばし、これ見よがしにイリーナの秘所に指を差し入れ、クチュクチュと音をさせた。イリーナの身体がヒクリと動き、呻く。  
「…っ!…貴…様ァッ!!」  
脳が、沸騰するかと思った。獰猛に歯を剥き出して睨む。  
『こいつだけは、絶対に…殺す! 楽には、死なせん!!』  
その為には…冷静になる必要がある。  
「…イリーナ、聞こえてるか? アキラメロ! 俺はお前を、見捨てたり、手離す気は、毛頭ナイ!!」  
そして、次の一呼吸で、怒りを冷たい冷酷な怒りへと変じる。  
「ムダだよ」  
リスリーが鼻を不快気に鳴らす。  
イリーナの仲間達が、王宮にのりこんで騒ぎを起こす。  
イリーナが闇司祭に囚われ、陵辱されたことを複数の関係者に広める。  
救助しに現れたメンバーや騎士たちに、『ファリスの猛女』の哀れな末路を思い知らせ、『ファリス』の威信を失墜させる。  
…そして、この魔術師の男に『絶望を』。  
まさか一人で乗り込んで来るほど、愚かとは思いもしなかったが。そのせいで、幾つかの目論見が外れた。  
「一人? 私を甘くみていたという訳かい? 馬鹿にしている。『骨ども殺せ』」  
 
竜骨兵と骨従者がヒースに襲いかかる。ヒース一人では無理なのは明らかだった。  
「誰が、一人で来たと言った?」  
かなり情けないセリフを、ヒースは胸を反らしてニヤリと偉そうに言った。  
竜骨兵と骨従者は、襲いかかろうとした体勢のままバランスを崩して倒れ、床でジタバタともがいている。  
(?! …ルーンロープ(不可視の縄)?! 魔術師ギルドに応援をたのんだか!?)  
いや、ならばむしろ目論見通り。当初の予定通りに…。  
その時、声がした。声の持ち主が、扉の影から姿を現す。  
「くたばりなさいな。…女の、敵!!」  
氷のような美貌の女が、氷の微笑を浮かべ、氷地獄(コキュートス)から吹きつけるような威圧的な昏いオーラを放ち、その澄み切った声に絶対零度の微粒子を含み言い放った。  
剣の国オーファンの宮廷魔術師にして、古代語魔法の天才。  
『魔女』ラヴェルナ・ルーシェン!!  
その場の誰よりはやく、正確な上位古代語が紡がれる。紫水晶の指輪が媒体となり、マナを収束させる。次の瞬間、リスリーに激痛が走った。  
(ライトニング・バインド?!)  
リスリーの顔が蒼白となる。  
陵辱されているだろうイリーナを、出来るだけ心に傷を残さずに救出し、かつ王宮と面倒を起こさない。そして、最低限度の人数の応援で、最大の助っ人…。  
その為の、ヒースの苦肉の策。  
バスからパーティの共有アイテム、『通話の護符(テレコール・アミュレット)』を借り受け、使いまわし内密に連絡を取り、助力を得るのに手間取りはしたが、効果は抜群だった。  
以前にローンダミス・ラヴェルナ夫婦のラブコール用『通話の護符』のキーワードを聞いていなかったら、この手段も使う事はできなかったろう。  
「…ちっ」  
『魔女』が、小さく舌打ちをした。完全には効果が上がらなかったのだ。完全に効果があれば、神聖魔法呪文以外のその動きを封じられる。  
しかし、そうでなければ、なにか隠し玉が闇司祭にあれば…逃げられてしまう!!  
ただでさえ闇司祭。口を塞がなければ、暗黒神聖魔法でダメージは癒せる。攻撃もできる。  
ラヴェルナ自身はルーンシールドで守られても、ヒースはそうはいかない。  
そう、リスリーには隠し玉があった。  
 
呪われた島ロードス渡りの『転移石(テレポートストーン)の腕輪』。  
これがあるから、メラリア・ヴァルサス事件の後も、仲間達の粛清から逃れる事ができた。  
そして、これならライトニング・バインドやルーンロープの拘束からも逃れられる。  
そう、これがあるから、いつでも脱出できた。逃げなかったのは、彼らパーティを貶める目的と手段のため。  
骨を折り、恥を晒し、王宮にのりこみ助けに来た仲間達の目の前で、私と、無惨な姿を散々に晒したイリーナが、転移石の腕輪で移動する。  
行き着く先はファンドリア。  
彼らは騒ぎを大きくしただけの、徒労に終わる。そう、この『魔術師』の男に絶望を思い知らせねばならぬ。  
『ファリスの猛女』が、お前の前から姿を消す。それが最後の姿となる。  
そうしてファンドリアで、ゆっくりとイリーナの調教を続ければいい。  
次に彼らが出会うとしても、それは『ファリスの猛女だった』イリーナでしかない。  
ニヤリと口の端をあげて、転移石の腕輪を発動しようとした。  
その寸前。そのほんのコンマ数秒、前。新たな魔法がリスリーに襲い掛かり、阻止された。  
ヒース渾身のパラライズ(麻痺)。  
その呪文があることは知っていた。だから精神集中を妨害するため、先に骨どもを襲い掛からせていたのだ。  
それなのに!! 援護があったとしても、やつの方がほんの僅かに行動がはやかった、ただ、それだけで…!!  
ヒースは集中を切らさないよう、冷静に睨みつける。  
その瞳には、物騒な光が宿っていた。  
その光を目にして、リスリーは、絶望とはどのようなものかを、思い知った。  
受け続ける電撃の網のダメージを癒す事もできず、もはや逃げることも出来ない…。  
リスリーに残され、出来る事は、叫び声ひとつあげられずに、電撃の網のダメージを受け続け、焼けた肉片になっていくことだけ、だった…。  
暗黒神ファラリスの教義には、死後に安らぎをえる天界は存在しない。死後は一切の虚無だと告げている。すべてが、無に、なる。無駄に、なる。それを承知の上で信仰してきた。  
どうせ虚無ならば、欲望を抑え我慢することなど意味がない、と。  
それでも、死にたくなかった。  
(神よ!! 私は、死にたくない!!)   
激痛にさいなまれながらリスリーは、心の中で絶叫した。  
至高神ファリスの教義の伝承には、ファラリスの者達の行く末が示されている。  
ファリスの神の法に背いた邪悪なる魂は、地獄。冥界に落ちるのだと。  
そしてまたある異説では、ファラリスが司る魔界に転生し、アザービーストや魔神となるのだと。どちらが正しいのかは、彼ら、死せる闇司祭のみが知るだろう。  
 
程無く肉の焦げる異臭とともに、闇司祭だったそれは、ヒクリとも動かなくなっていった。  
幾多の女達を拉致し、監禁調教して堕落させ、闇に落してきた『聖女食い』リスリーの、それが末路だった。  
 
 
「…もう、大丈夫のようよ。はやく助けておあげなさいな」  
その言葉が、睨みつけたまま凍りついたように動かないヒースを、正気返らせた。  
動けない竜骨兵は命令解除(ディスペル・オーダー)され、骨従者は『魔女』のヒールのかかとで砕かれた。  
「…俺が殺す前に、止めなくて、良かったのか?」  
ヒースがブスブスと異臭を放つ、生きた人間だったモノを見下ろして、呟いた。  
リスリーとヒースは、ある意味、合わせ鏡のような存在だった。  
イリーナ・フォウリーという存在を介して、『汚しきる事が出来ず』『守りきる事が出来ず』、互いを憎んでいた。  
ひとつ手段を間違えれば、絶望を得て、ここに転がっていたのはヒースの方だったかも知れない。  
「気にする必要ないわ。売国の罪、王城に侵入した罪には、極刑が妥当よ。他の様々な余罪も含めると、禁教、婦女暴行拉致監禁の現行犯、叩けば埃は、まだまだ出たでしょう。  
それに…手加減をしていたら、貴方、死んでいたかもしれなくてよ? こんな所に潜伏していたのだもの、いつでも逃げる算段をつけていたようだし、ね」  
ほら、と、ラヴェルナは消し炭の中から、魔晶石、転移石の腕輪、それから使われることのなかった炎晶石やブレードネットの魔法の巻物など、幾つかの魔法の品を拾いあげて見せた。  
「…あら。これって王宮の備品じゃない。…まったくネズミみたいに散々、人のウチの台所を荒らしてくれたようね」  
気を使ってくれているのだろうか、『魔女』は軽い口調でぼやいてみせた。  
一度、軽く頭を下げてから、ヒースはイリーナを拘束していた縄を解いた。  
裸で傷だらけのイリーナは、ぐったりとヒースの腕の中に崩れ落ちた。  
瞳に力はなく、表情は虚ろ。渇きかけた涙の跡と、泡にすらなっている涎の跡。  
栗色の髪に、顔に口元に、胸に、脚の間に、汚らわしい男の精液があちこちにこびりつき、かぴかぴになって、凄惨極まりない。  
それらを出来るだけ布で拭い取り、イリーナの身体をマントで包み隠した。  
「これも、王宮のものなの…か?」  
ヒースはイリーナの首に巻かれた、高価そうな首輪に気づいていた。  
「そう、『マインド・ジャマー』。あらゆる魔法使いをただのヒトに変えてしまう、ギアスの効果のある拘束具。近衛騎士隊の、備品…」  
『魔女』の背に、ゆらりと暗い色のオーラが揺らめいた。ヒースは見なかった事にする。  
反射的にしてしまうイリーナの精神抵抗を打ち破り、ラヴェルナの『解錠(アン・ロック)』の呪文でその首輪を外した。  
その反応が気つけになって、イリーナの意識が戻ったのか。  
「…ひ…と…じち……おん…な…のこ…」  
イリーナの口から、うわ言のような小さな声が漏れた。  
ヒースとラヴェルナは、「確認できていない」と視線と首を振るだけで、意思疎通した。  
どちらにせよ、今イリーナの前で、不安を煽るべきではないだろう。  
「大丈夫だ」  
そう言い聞かせ、きゅっと、その身体を抱き締めた。  
ボロボロにされたイリーナの衣服を拾い集め、証拠隠滅に持ち去る。  
「ありがとう…ございます。ラヴェルナ導師」  
本心から、頭を下げていた。  
「こちらもウチの旦那が、牢内とはいえ王宮内に賊を侵入させて、好き勝手していた失態を揉み消せる。…貸し借りはナシでいいわよ」  
『氷の魔女』と呼ばれるこの女性が、意外に『話せる』情けの深い人物であることを、知るものは稀だ。  
あの国家的な大事件がなければ、知り合うことも、助力を求める事も出来なかっただろう。  
優雅な白い指が、拾い上げた魔晶石の粒を、ヒースに渡す。  
何事もなかったように密かに王宮から去るには、これが必要だった。  
「『ブルー・ロータス』の使用許可をギルドに出しておくわ。あれは貴方の作品だったわね。必要なら、使いなさいな」  
『ブルー・ロータス』希少な青い蓮の実から作られる、記憶を消す毒の一種。  
以前ヒースは導師試験の『魔法薬』の課題として、その作成に成功していながら、陵辱を受け、心に傷を負ったイリーナに使用してしまい、失っていた。  
そのことで当時、導師試験に落第をしていたが、後悔はしていない。  
「……」  
魔晶石を握り締めて、ヒースは無言のままラヴェルナにもう一度頭を下げ、事後を託して、その場を辞した。  
 
     ◇      ◇      ◇       
 
イリーナを抱き抱えて、ヒースはファンの夜空を翔ける。  
本当に、あの日から続く悪夢は、これで終わったのだろうか?   
ふと、闇司祭が吸血鬼に変じる可能性を思い出して、背筋が寒くなった。  
そんなことは、滅多にある事ではない…。そう、願いたかった。  
 
以前、『魔女』の夫・ローンダミスに勧められて泊まった、高級な逢引宿に針路をとる。  
バスタブつきで湯が使え、『貴族』たちの秘密の逢瀬にも使われるため、口が堅い。  
なにより皮肉な事に、『予約』を入れてあったため、あまり怪しまれずにすむ。  
宿につくとヒースは適当な言い訳で汚れたからと、チップをはずみ、女の使用人に女物の服を一式買いに行かせた。  
 
 
様々なもので汚されたイリーナの身体を、バスタブの外から手を伸ばし、熱い湯で丹念にすすいでいく。ふわふわと漂う湯気の中、水音と沈黙だけが、流れていた。  
その白い身体についた傷や跡も、今は湯船に散らされた赤い華の花弁で、あまり目立たない。  
芳香のする温かいお湯に、イリーナの強張った心と身体が、次第に解れていった。  
「…身体、大丈夫か?」  
そっと問い掛けるヒースに、こくりとイリーナが頷く。  
身体に刻まれた傷はすべて塞いだ。ヒースが助けに来てくれたと同様、ファリスもまた、見捨ててはいなかった。  
残されたのは、幾つモノ生々しいキスマークの跡。鞭と縄の内出血。  
心が緩み、溶け出すと同時に、イリーナは静かに泣いていた。  
「ヒース…兄さん…」  
イリーナが小さく呟く。  
「ごめん…なさ…い、ごめんなさい…」  
そっと、イリーナは湯に濡れた手で、顔を覆い隠す。  
ヒースの口元に、苦い笑いが浮かぶ。その言葉を、聞くのは2度目だ。  
「なぜ、謝る。必要ないぞ。聞こえてなかったか? 俺はお前を、諦めたり、見捨てたり、手離す気は、毛頭ナイからな? アキラメロ」  
「だって…」  
「お前のせいじゃない。お前が悪いわけじゃない。運悪く…躾の悪い犬に、噛まれただけだ。」  
以前には軽く言えなかった、慰めの言葉。今なら言える。すべてを、共有する覚悟があるから。  
「それともそんな躾の悪い犬のつけた傷が、俺様に対する罪悪感になって、俺様をフる言い訳に、なるのか?」  
軽く、意地悪く、言う。  
「…っ!? …違います!!」  
「…なら、イリーナは、どうしたい? どうしてほしい?」  
沈黙が、降りる。ゆっくりと20も数えたくらいに、ようやくイリーナが声を絞り出した。  
「…来て、ください。兄さん、こっちに…」  
ヒースが顔を上げる。  
「…抱き締めて、ください。『もう、大丈夫だ』って。それで…兄さんの手で、私を、綺麗に、して、ください」  
「……」  
思わず、目が見開かれる。…ああ、そうか。あの時と同じ、だ。  
陵辱された自分を持て余し、『消毒』してほしいと望んだ、イリーナ。  
最初は陵辱されたばかりのイリーナに、自分の、男の裸を晒す事に、引け目を感じていた。  
だから、そうしたくてもしなかった。そう望まれれば、躊躇いなど必要なかった。  
 
立ち上がると、服を脱ぎ始める。上着を脱ぎ。ベルトを外す。  
そして衣服は纏めて、カーテンの向うの脱衣籠に放りやる。振り返ると、大きなバスタブの湯気の中、イリーナは顔を伏せて、ヒースを待っていた。  
ざぶり、と浸かり、その香りの良い湯の中で、イリーナの柔らかい身体を、後ろから強く抱き締める。  
震える小さい肩。その傷ついた心ごと。  
「…もう、大丈夫だ。イリーナ、俺はここにいる。お前は、俺の腕の中にいる。もう、心配ない。そうだろ?」  
「……うん…」  
そのまま暫く、水音だけがその場を支配する。互いの温もりを、確認するように。  
抱き締められたイリーナが、回るヒースの腕に、縋りついていた。  
「……今日のこと、忘れさせてやる事も、できる。」  
ヒースが後ろから抱き締めたまま、イリーナの耳元で囁いた。  
「…以前と同じように、何もなかったように、して、やれる。……もし、イリーナがファラリスに染まってしまったり、お前らしくなく始終陰気な顔をしたりしているようだったら、勝手に、そうさせてもらう」  
イリーナの身体を、所在無く彷徨っていたヒースの指が、イリーナの唇に触れる。  
「苦しむイリーナを、見てられないから、な。…俺は、イリーナには、むやみやたらと元気で、いてほしい…これは、俺の…我儘だろうが」  
「…ひーす兄さん…」  
揺れるその声に、振り向いたイリーナは、ヒースの頬をつたう一筋の雫を見た。  
その雫に手を伸ばし、そっと触れる。  
「…?! 違うっ! これは湯気の水滴だっ!!」  
いつものように弱みを見せたがらず、虚勢を張るヒースに、イリーナは幽かに、微笑んだ。  
頭をヒースの胸に預ける。…幸せな、夢の、続きのように。  
「…いいですよ? ヒース兄さんになら、なにをされてもいいです。私が闇に染まっていたり、笑えてないイリーナだったりしたら、ヒース兄さんの、好きに、してください。  
兄さんに好きになってもらえないイリーナより、好きになってもらえるイリーナでいたい、です」  
「……何をされてもイイだなんて、俺を、そこまで信用するな」  
照れ臭さか、焦りか。ヒースの目が泳ぐ。  
「ごめんなさい。でも…兄さんに、嫌われたく、ない、です」  
心細気に、イリーナが呟く。イリーナを抱き締めていた両腕に、思わず力が入った。  
「阿呆」  
取り戻した。  
奪われてしまったなら、取り返せばいい。いつか、そう思った。  
イリーナの心は、大丈夫。取り戻すまでもなく、俺のもののまま。後は…。  
ぐりぐり、と、やや乱暴に、イリーナの髪を撫でた。撫でるだけでは、なんとなく物足りなくて、髪をぐしゃぐしゃにした。  
情けない顔と頭でヒースを見返す、イリーナが、可愛い。  
 
「だって…だって…」  
イリーナが両手で髪を撫でつけながら、哀しそうにヒースを見上げた。  
「ん?」  
「だって…まだ…兄さんは、キス、してくれないじゃないですか…」  
汚れた身体に、抵抗感があるんでしょう? イリーナの瞳がそういっていた。  
ヒースは心を衝かれた気がした。イリーナはそれこそ何度も口をゆすぎ洗浄したのに、キスを、無意識の内に躊躇っていた。  
「ああ、悪かったよ」  
イリーナの顎をとり、深いキスをした。舌を絡ませ、口内を探り、唾液を交わす。念入りに。口内を…洗浄、するように。  
幾度も唾液を交わして、…その二人分の唾液を、イリーナが嚥下した。  
ヒースの腹の底には、まだ残り火のような嫉妬の感情が猛っていた。  
イリーナがヒースの目の前で、嬲られたあの時。  
ヒースは腹の中で(それは俺のだ!!触るな!!)と駄々ッ子のようにジタバタしていた。  
そんな行動を実際していたなら、命に関わるので出来なかったが。本当は。  
だから、イリーナのこの身体をはやく抱いて、身も心も、取り戻してしまいたかった。  
キスを交わしたまま、ヒースの手がイリーナの身体を、洗うように這う。  
時折イリーナから漏れる、押し殺した甘い吐息に、どうしようもなく、煽られる。興奮してしまう。  
苦しくなる。取り戻したい、奪い返したい。  
その衝動に耐え切れず、唇を離し、イリーナの顔を覗いた。  
「な、今から、ちょっとだけ、抱いていいか?」  
「え?」  
「他のヤローに抱かれたままなんて、むかついてしょうがない。それに…エッチな、いりーなサンの痴態見ちゃって興奮したし。今夜を楽しみにしていて…その、あんまり、な」  
ヒースが目を逸らして、ぽそぽそと呟く。  
「…いいですよ。ヒース兄さんになら、何をされても。…私も、疲れているので、ちょっとだけ、なら」  
パチャリと、水音をならして、イリーナは、ヒースの胸にひっついた。  
「…兄さんの腕の中で、壊れられるなら…本望です…」  
「バカモノ」  
ヒースの濡れた手が、ペチャリとイリーナの額に軽くツッコミをいれる。そのまま、髪をゆっくりと後ろに撫であげた。  
「ちったあ、オレサマを信用しろ」  
撫で濡れた栗色の髪が、うなじに張りつく。その肌に、ヒースは吸いついた。  
湯舟の中で向かい合い、ヒースの上でイリーナの身体が持ち上げられ、重なる。  
繋がって、そして、一度だけ…愛し合った。  
 
身体の奥で広がる熱さを感じながら、イリーナはヒースの首に縋りついて、最後にヒースは、もう一度…思いのたけをこめたキスをした。  
「どうだ? まだ、どこか、その…、気持ち悪い、キレイにしてほしいところがあるか? ん?」  
イリーナはヒースの腕に抱かれ、真っ赤になって、ぶるぶると、首をふる。  
「…あ、でも……その……。…いえ、やっぱり…イイです……」  
「ん? なんだ? いってみろ?」  
顔を覗き込むヒースに、イリーナは情けない顔で、蚊の鳴くような小さな声で、首まで真っ赤になりがら呟いた。  
「……その、ちょっと、だけ、…兄さんの……を、……飲ませて…クダサイ…」  
「…っ?!」  
身体の中、胃の奥底に沈む、不快感。ソレを、拭い去ってしまいたかった。  
滅多にないイリーナからの露骨なおねだりの言葉に、イリーナはヒースが真っ赤に照れて狼狽するという、珍しい光景を見ることができた。  
 
結局、二人、仲良くして。ヒースも、さらにスッキリすることが出来たのだった。  
 
 
いつかしたように、バスローブ姿のイリーナを、お姫様抱っこでベッドに移動させる。  
「…ね、本当に私で、いいんですか? 私…バツイチみたいですよ?」  
ヒースは喉の奥で、くっと、笑った。  
「まかせろ。歓迎だ、若い未亡人。それに、誰かさん達のお陰で、バツイチはお互いサマのようだしナー?」  
意地悪く、半眼で見下ろし、軽口を叩く。  
イリーナは思い出したように、ぷっと膨れた。  
「ほら、ゆっくり休め」  
イリーナの身体をベッドに横たえ、その額に、優しくキスを落す。  
「離さないで」  
イリーナが切なげに、両腕を伸ばす。  
その両手をとり、イリーナの身体を押し倒すように、ベッドに上がった。  
「お願いです。今夜だけは、ずっと抱き締めていて、離さないでください」  
「抱いていてやる。何も心配するな。明日からは、いつもの通りのイリーナだ。」  
広すぎるベッドの上、二人で縋りつくように、支えあうように、体を抱き締めた。  
幼い子供のように、その身体を胸の内に抱き締めながら、イリーナの髪を撫でる。  
ヒースがイリーナの耳元に口を寄せて、小さく呟いた。  
捻くれて照れ屋なヒースが、滅多に口にしないその言葉に、イリーナの目が見開かれ「私も、です」と返し、それから幸せそうに目を閉じた。  
ほどなくして、イリーナが、夢に…落ちる。  
ヒースはその寝顔を、切ない思いで眺めながら、強く願わずにはいられない。  
 
― もう二度と、悪い夢が、訪れないように…、と。  
 
 
 
〜END〜  
 
 

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