その朝、まどろみから醒めた私が最初に目にしたものは、レイハティア・アリアレートのやけに締ま
りのない寝顔だった。
「夫婦は似るものとは言うが」
だらしない寝姿から視線を逸らすように天井を仰いで、私はひとりごちた。
「こういう方向に似るのは嬉しくないな……と、なにを言っているのだ、私は? 夫婦だなんてまだ
早い……あ、いや、まだ、と言うか……」
寝起きで霞がかかった頭で一人問答する私の傍らで、夢の中にいる女が寝返りを打つ。
「う、うぅん……」
その声が妙に艶っぽく聞こえたので、私は頬を熱くする。
「夕べは、激しかったものな」
まじないの刺青――“戦乙女の紋”に覆われた肌には、昨夜の名残がはっきりと見て取れた。一糸ま
とわぬ身体に毛布をかけ直してやりながら、私はそっと息をつく。
「まったくリュクティときたら……そりゃあ、拒みきれない私だっていけないのだろうが……って?
……わたし?」
ようやく異変に気付いた私は、はっと上半身を起こして我が身を確かめる。両脚の付け根部分に、見
慣れない――己を偽ることを潔しとしなければ、最近すっかり見慣れてしまった――物体が、朝の挨
拶のように屹立していた。
「こ、これは……」
その瞬間に私――レイハティア・アリアレートは、自分の魂がリュクティ・アルバスノットの肉体の
中にあることを理解した。
驚愕のあまり言葉を失った私を、ようやく目を覚ました『レイハ』がきょとんと見上げ……
「どぉぉあっ!」
すっとんきょうな絶叫をあげながら後ずさろうとして、ベッドから転げ落ちた。
……間違いない。私の肉体の中にいるのは、リュクティの魂だ。
私たちナイトブレイカーズが古代王国の遺跡に挑むハメになったのは、リュクティが早急に返済を要
する借金を抱え込んだせいだった。
それが遊興のための借金だったなら、遠慮なく見限ることができたろう。けれど難病で苦しむ子供を
救おうときては、手伝わぬ訳にはいかなかった。
遺跡に巣くう怪物どもとの戦闘中、床板のトラップを踏んでしまったリュクティは、背中合わせで戦
っていた私を巻き添えにして、この部屋へと転送された。これは不可抗力だ。やむを得ない。不運な
星回りは彼の責任ではないのだから……
盗賊の技術も持たず、まじないの心得もない二人では、扉に近づくことさえ危険だ。だから我々は、
ベッドが置かれただけの殺風景な部屋で、仲間が救援に来てくれるのを待つしかなかった。
その緊迫した雰囲気が、リュクティを昂奮させた。
いきなり彼に抱きつかれた私は、懸命に抵抗した……つもり、だ。腕力で勝り、戦士としての技量で
勝る私が、組み伏せられたりはしない……はず、なのだ、けれど……
易々と屈服した私の肉体は、リュクティのテクニックに翻弄されて、何度も、何度も……
そうして、疲れきって眠りについた我々が次に目覚めた時、互いの魂が入れ替わっていたのだった。
「こ、こりゃあ、いったいどうなってるんだ?」
普段聞き慣れている“自分の声”と違って聞こえるせいか、やたらと耳障りな声で『レイハ』――リ
ュクティはうろたえる。
「どうやら我々の魂が入れ替わったようだ。おそらく古代王国のまじないだろう」
私が推測を述べると、彼はぽかんと間抜け面をした。それは『私』の顔なのだから、おかしなクセを
つけないで欲しいものだが。
「……こんな状況だってのに、なんでそんなに冷静なんだ、きみは?」
「以前に同じ経験をしたことがあるのでな」
それに、相方にパニックを起こされたら、私まで慌てていられない。私にとってリュクティは、船が
まっすぐ進むためのバラストのような存在だった――恥ずかしくて口にはできないけれど。
「魂を入れ替えるって……これか?」
異様な装飾を施された天蓋付きベッドを、リュクティが指差す。
裸の上に毛布をかぶっただけの二人が(どちらも、異性の服――特に下着――を身に着けることに抵
抗があった)問答をしている滑稽さを意識から追い払いながら、私はうなずいた。
「他に、それらしい品はなさそうだ。どこかの迷宮に、そこで眠った者の性別を入れ替えるベッドが
あるというが、それと似たようなものではないか?」
「それなら俺も聞いたことがある。有名な『石巨人の迷宮』だな。確か、その呪いを打ち消すには、
同じベッドで寝直したんじゃダメだったはずだ」
私の知識から欠落した部分を、リュクティが補足してくれた。曲がりなりにも一人前の吟遊詩人だか
ら、伝承や噂話には詳しい。普段が頼りない分、こんなことでも惚れ直して……あ、いや。
コホンと咳払いして、私は言葉を続ける。
「どうにかして呪いを解かないことには、こんな姿では私は故郷に帰ることもできん」
故郷に帰れないならば、もはや部族の掟に縛られる必要はなく、従ってリュクティが私の夫にならね
ばならない理由も消滅する。そうなっても彼は、私と一緒にいてくれるだろうか?
「そう言われると、ずっとこのままでいたくなっちまうな」
素っ気ない口ぶりでリュクティは呟いた。
「惚れた女に逃げられる心配をしなくて済むんなら、これくらいの不自由は我慢したっていい」
かくして、私が抱いていた不安はいとも簡単に粉砕されたのだった。
当たり前のように“惚れた女”と呼ばれたことで、私の(つまりリュクティの)股間に血がたぎる感
覚が生じていた。
「バ、バカなことを言うな」
浮き足立つ自分を抑えようと、私は努めて淡々とした声を出す。
「それではナイトブレイカーズは……お前の夢はどうなるのだ? 利き腕が逆な私たちでは、楽器を
交換することもできないのだぞ」
夢をあきらめたリュクティなんて、私は見たくなかった。
彼の夢を守るべく、私は知恵を絞る。
「とりあえず、このベッドでもう一度眠ってみるべきだろうが……問題は、まじないが効果を現すた
めに、合言葉なり儀式なりが必要かもしれんということだ」
「儀式って? 俺たち、そんなことをした覚え……なんて……」
問い返す声が徐々に小さくなったのは、彼も私と同じ推論に思い当たったからだろう。
「一緒に寝た二人の魂を入れ替えるベッドならば、私たちの昨晩の行為が“儀式”だった可能性があ
る。だとしたら、なにもせずに眠っていては効率が悪かろう?」
その時、リュクティは身をすくませた。餓えた虎の如き表情をした『リュクティ』が『レイハ』の瞳
の中に映っている。
「あ、あのぉ……レイハ? その目、ちょっと怖いんだけど……」
惚れた男――認めるのは業腹だけれど、私はリュクティにメロメロなのだ――がおぼこ娘のように怯
える様は、妙にそそるものがあった。
初めて経験する男の肉欲を抑制する術を知らず、私は獲物へとにじり寄る。
「ちょっと! 待ってくれ! まだ、心の準備が……!」
「同じことを『私』がお願いした時に『お前』はどうしたのだっけな? え、リュクティ?」
答える暇など与えず、私は身をもってそれを教えてやった。
否も応もなく押し倒し、身体に巻いた毛布を引っぺがす。わななく唇を吸いたてると、喉を火傷する
かと思うほど熱い息吹が流れ込んできた。
「もうこんなに燃えているじゃないか、リュクティ」
長い黒髪を指で梳きながら、うなじをゆっくりと舐め上げてやる。こうされると『私』は、身体じゅ
うの力が抜けてしまうのだ。
「う……ひゃあっ」
乳房を揉み回すと、リュクティは情けない悲鳴をあげた。柔らかい肉の中に指が沈み込むたびに“戦
乙女の紋”の紋様がぐねぐねと形を変え、私の目を楽しませる。
刺青の狭間で色づく乳首を甘噛みしてやると、リュクティはビクっと背中をのけ反らせた。
ひくひくと痙攣する『レイハ』の膣口から、昨夜の“儀式”でそそぎ込まれた精汁があふれだし、内
股を垂れ落ちていく。
「ああ、もったいない……」
舌をのばし、こぼれた白濁液を舐め取る。口の中に直接出されたことならば数え切れないけれど、い
ったん膣を満たしたものを味わうのは、これが初めてだ。
蜜壷で一晩寝かせた精汁は、まるで天上の美酒のようだった。気が付くと私は秘裂に口を当て、奥か
らすすり上げては、ごくごくと飲み下していた。
最後の一滴まで吸い出された女陰は、代わりを寄こせとねだるように肉襞を蠢かす。
求めに応じ、私は荒ぶる剛直をあてがった。一気に奥まで貫き、あとはひたすら腰を打ち付ける!
「や、やめて、くれぇっ! これじゃ……おかしくなっちまう!」
全身を震えさせながら、とうとうリュクティは泣きを入れた。
段階を経て開発され、徐々に慣らされていった私でさえ、どうにかなってしまいそうになる女の悦び
だ。いきなり味わわされたのでは、耐え難かろう。
しかし私は容赦しない。私の身体をそんな風にしてしまったのは、彼なのだから。
「ああっ、レイハ……レイハ! レイハぁぁぁ!!」
「ううっ……リュクティ! リュクティっ!!」
お互いの名を叫び合いながら、私たちは最初の絶頂を迎えた。頭の中が真っ白になるような射精の快
感に酔いしれながら、私は腰の動きを休めるどころか、ますます加速させてゆく。
リュクティを何度となく快楽の極みに叩きつけ、我が子宮めがけて何度となく精を撃ち込む。
それは、私の背中にしがみついたリュクティが気絶するまで繰り返され、私もまた、彼と一緒に意識
を失ったのだった。
次に目覚めた瞬間に私が感じたのは、愛する相手と一つにつながっている幸福な感触だった。ゆっく
りと瞼を開き、彼が私の中にいるのか、私が『私』の中にいるのかを確かめる。
そこには――レイハティア・アリアレートの顔があった。
「失敗……だったみたいだな」
私より先に目を覚ましていたらしいリュクティが、妙に達観した風に呟いた。当初の目的を忘れて肉
欲に溺れてしまった私は、申し訳なくて彼と目を合わせられない。
そんな私をねぎらうように、彼は言った。
「まあ、バンドのことは後でなんとか考えよう。この姿だからって、理想の音楽を追えなくなった訳
じゃあないしな。きみは、ずっと俺のそばにいてくれるんだろう?」
「……もちろんだとも」
きっぱりとうなずいた私は、まるで引き寄せられるように彼と唇を重ねた。
――その瞬間。
「レイハ! リュクティ! いるのかい……ぃっ!?」
いきなり扉を開け放ったシャディが、裸のまま口づけを交わす私たちを目にして硬直した。
「どうしたの? レイハたちになんかあったの!?」
「大丈夫なんですか、リュクティさん?」
「だ、ダメです! あなたたちが見るもんじゃありません!」
後方の警戒を担当していたらしい年少の二人――ボウイとティリーが部屋に駆け込んでこようとする
のを、サティアさんが大慌てで押しとどめる。
「あんたら……あたしたちがどんだけ苦労してここまで辿り着いたか、わかる?」
我々の苦労も知らず、シャディが嫌味たらしく問いかける。……返す言葉もないけれど。
「――とまあ、こういう次第です」
リュクティが事の顛末を説明し終えると、我らがお袋さんは頭痛をこらえるようにこめかみを押さえ
た。あきれて口もきけない彼女の思いを代弁するように、部屋の外にいるボウイが言う。
「レイハってば、ものの考え方が旦那に似てきたんじゃない?」
「まだ旦那ではない!」
私には、そう言い返すのが精一杯だった。
「だけど、このままだと、お二人の赤ちゃんはリュクティさんが産むんですか?」
ボウイの隣から、ティリーが気の早い心配をする。それを聞いて、サティアさんはふぅぅっと長い息
をつくと、無理をして気を取り直したように顔を上げた。
「とにかく、ベルダインの街に戻ったら『リムーブ・カース』を試してみましょう。知り合いのヴェ
ーナー信者に集まってもらえば、なんとかなると思いますから」
「「……りむうぶ……かあす?」」
神聖呪文の名称を異口同音に呟いて、私とリュクティはお互いの間抜け面を見合わせた。
「「ああああああああっ! わ……忘れてた……っ!」」
二人並んで頭を抱える私たちを、シャディが何故だかうらやましそうに評する。
「ホント、似た者夫婦だねぇ」
「リムーブ・カース」の儀式のおかげで元の身体に戻った我々は、それからしばらく、友人知人のほ
ぼ全員から生暖かい視線を向けられることになった。
……そして。
今宵もまた、私は自分の迂闊さのツケを払うことになる。
「あぁ! あ、あ、あっ! あうぅぅぅぅっ!」
自分の弱点を余すところなく教えてしまった私は、巧みな愛撫に身悶えするしかなかった。
「やめろ……そんなことをされたら、私は……私は……」
許しを請う私の耳に、リュクティの唇が容赦なく近づく。ああ……とどめの一撃が、来る……
「愛してるよ、レイハ」
そんな風に真剣にささやかれた私は、もう――
「は……早く! 早く来て! リュクティィィ!!」
END