久方ぶりに御帰還遊ばしたストローウィック城の城主殿が最初にしたことは、放浪中に入手した大量  
の書物を棚に収める作業だった。留守を任せた名代が真面目で有能だったから、城主が片付けるべき  
事案を残していなかったのだ。  
財力にモノを言わせた収集品を並べ、アノスの王立図書館だってこれほど質の高い蔵書をそろえてお  
るまいと自画自賛する(アノスの御国柄を考えれば“質”の基準が違いすぎて、比較なんて成立しな  
い)城主に、脚立の上に腰掛けた女魔術師が語りかけた。  
「ねぇ、アーチー」  
「……なにかね、フィリス?」  
アーチー――アーチボルト・アーウィン・ウィムジーの態度が突っ慳貪なのは、悦にいっているとこ  
ろを邪魔されたから、ではない。フィリスと話す時には、彼はいつだってこんな具合だ。  
それを知っているから、フィリスも普段と変わらぬ調子で言葉を続けた。  
「この本を書いた女が結婚した近衛騎士隊長ってさ、アーチーがよく『自分の腕はこいつと同じくら  
いだ』って言ってる人でしょう?」  
彼女が膝の上に広げているのは、オランで購入した「アレクラストの博物学」の写本だった。ちなみ  
に、原本から直接写し取られた折紙付きの品である。  
「うむ? 確かにその通りだが……」  
困惑気味にうなずくアーチボルトを見下ろして、フィリスはにんまりと笑った。  
「じゃあ、アーチーをモノにすれば、この女と同じランクって訳ね」  
女の価値は、本人が成し遂げた業績よりも、どんな男を手に入れたかによって決められる――フィリ  
スに言わせれば、世間の評価なんてそんなもんだ。  
「……そんな有り得ない可能性について論ずる暇があるなら、手を動かしてくれんかね? 書庫の整  
理を手伝うと申し出たのは、君だぞ」  
「はぁい」  
なんだか白々しい素直さで、フィリスが斜め読みしていた「博物誌」を閉じた時。彼女を乗せた脚立  
が不吉な音を立てるのを、アーチボルトは聞いた。  
 
「危ない!」  
叫びながら、バランスを崩した脚立に駆け寄る。フィリスだったら『落下制御』の呪文を使えるから  
心配は無用だと気付いても、反射的な行動は止まらなかった。  
羽毛のようにふんわりと落ちてきた身体を、大事に受け止める。柔らかい感触とかぐわしい香りが、  
彼の心臓に多大な負担を強いた。  
──バカな! この俺が、フィリスなんぞに……!  
その刹那にアーチボルトが考えたことは、自分自身に対する弁解だった。  
だから彼は、フィリスの手から投げ出されて放物線を描いた「博物誌」に気付けなかった。頭頂部を  
直撃される瞬──  
 
──間まで。はっと目覚めると、彼は床板にキスしていた。  
ズキズキと痛む頭を軽く振りながら、我が身に何が起きたかを思い起こす。そして彼は、個人で所有  
している者など大陸全土を探しても五人といないだろう希少本をののしった。  
「魔女めが!」  
「そんな言い方って、ひどくない?」  
間髪入れず、彼の八つ当たりを非難したその声は、奇妙な方向から聞こえてきた。そちらに視線をや  
ると、すねた顔をしたフィリスと目が合う。  
「いや、違うんだ。魔女ってのは君のことでは……うわっ!」  
自分がフィリスの身体におおいかぶさり、しかも腰に両腕を回してしっかり抱き締めていると気付い  
て、アーチボルトは狼狽する。  
「す、す、す、すまん!!」  
慌てて跳ね起きようとする彼の首に、わずかに先んじてフィリスの両腕が巻き付いた。  
「え? おい?」  
「アーチーが逃げようとしたら、あたし、このカッコで悲鳴あげるからね」  
しがみついた腕に力を込めながら、フィリスはきっぱりと宣言した。  
 
「今のあたしたちを見たら、みんなはどう思うかしら?」  
そう問われて、アーチボルトはぐうっと唸る。  
現在この城にいる者のうちで「アーチーがフィリスを押し倒した」などと誤解するのは、名代を任せ  
ている女神官戦士くらいだろう。  
他の連中は……事情をあらかた察した上で、誤解したフリをするに違いない。  
破滅へと続く一本道を、アーチボルトは幻視した。  
「それがイヤなら、次の質問に答えなさい」  
苦虫を噛むアーチボルトをまっすぐに見据えながら、フィリスの表情は常になく真剣な──と言うよ  
り、せっぱ詰まった──ものに変わった。  
「正直なところ、アーチーは、あたしのことをどう思ってる?」  
「そ、それ、それは、だな……」  
アーチボルトが口ごもったのは、窮地を切り抜ける手段を思いつかなかったから、ではない。不安に  
ゆれるフィリスの瞳が、この時の彼にはやけに魅惑的に感じられたのだ。  
そうとは知らず、フィリスはいっそう不安げな調子で言葉を続けた。  
「どうしたの、アーチー? 早く答えて」  
いつものフィリスなら、上手くいかなかった時の言い訳を準備してからでなければ、勝負を仕掛けた  
りしない。今の彼女にはそれがないと、アーチボルトは思い当たった。  
泣き出す寸前の子供みたいな表情をしたフィリスは、まるで初めて出会った女のようで……  
いつの間にか彼は、湧き上がる衝動に身を任せていた。  
──いったい何をしているんだ、わたしは?  
驚愕に見開かれるフィリスのまなこを間近に眺めながら、アーチボルトは自問自答する。  
──決まってる。大声を出されないよう、口をふさいでいるんだ。  
相手の口をふさぐならば、手を使うべきだろう。けれど左手は乳房の感触を確かめるのに忙しく、右  
手は茂みの奥を探索するのに余念がない。  
したがって彼は、唇を用いるしかなかったのである。  
 
初めのうちはただ驚くだけだったフィリスだけれど、差し込まれた舌を拒もうとはしなかった。お互  
いの唇を、舌を、吐息を、存分に求め合う。  
「アーチー……服、脱がさせて。着たままだと、なんだかレイプされてるみたいで、ヤなの……」  
「とぼけたことを言うな」  
息を荒げて懇願するフィリスに、アーチボルトは底意地の悪い笑みを浴びせた。  
「おまえは、無理矢理押し倒されてるんだぞ。だから悲鳴をあげようとしたんだろうに」  
「ひ……ひどぉい……」  
陵辱者をなじる声は、媚びる響きを含んでいた。  
「処女は最後の切り札に取っておいたのに……だのに、こんなのって……あン!」  
「使うタイミングを間違えた切り札なんぞ、役には立たん。わたしは明日から先のことなど何も約束  
しない……しないんだからな!」  
見苦しく予防線を張りながら、アーチボルトは陵辱を再開した。花弁に沿って指先を這わせ、時間を  
かけてじっくり、丁寧に愛撫する。  
やがて、その場所が蜜をしたたらせると、我慢しきれないくらいにいきり立ったモノをあてがう。  
「や……こわい……」  
背筋を駆使して逃走を試みるフィリスだったけれど、程なくして本棚に行く手をさえぎられた。  
「あ! あ! ああーっ!」  
果たして、痛みか悦びか──判別しがたい衝撃に貫かれた女が、背中をのけぞらせる。  
押し開かれたばかりの秘洞は狭く、ぎこちない。焦る気持ちを抑えつけ、アーチボルトは少しずつ、  
ゆっくりと二人のつながりを深めてゆく。  
「ん……くぅ! アーチーが、あたしの中にいるって、わかる……すごく、熱い……」  
打ち付けられる腰の動きがだんだんと早く、激しくなっても、フィリスはもう痛がらなかった。  
「いくぞ……っ!」  
アーチボルトは渾身の力で腰を突き込む。知り合ってからこの瞬間までに溜め込んできた、様々な想  
い──そのありったけがフィリスの内で弾け、最奥まで満たした。  
 
「ね、アーチー……あなた、あたしのこと、好き?」  
けだるい余韻の中で問われたアーチボルトは、居心地悪そうに頬を引きつらせる。  
再び自分の口をふさごうとする唇をひょいとかわして、フィリスはほんのり苦い微笑を浮かべた。  
「ずるいなぁ。肝心なこと、なんにも言わないんだから……」  
そしてフィリスは、今度は自分からキスを求めた。  
 
「ええい! くっつくな、鬱陶しい!」  
「ああん、アーチーってば、イジワル」  
腕を組んで歩こうとするフィリスを、アーチボルトが邪険に振り払う。無事を確かめた居城を後にし  
て、彼らの放浪生活はそんな具合に再開した。  
「あの二人ときたら、相変わらずですねえ。わたくしどもが気を遣って二人きりにしてあげたという  
のに、なんにも進展がないなんて」  
訳知り顔で論評するラーダ神官に、若い女戦士がツッコミを入れる。  
「あんた、書庫の整理を手伝うのが面倒だからって逃げただけでしょ。仮にも知識の神様ンところで  
神官やってるクセして、それってどうなの?」  
「だいいち、態度が変わったことが『何かあった』証拠だとしても、態度が変わらないから『何もな  
かった』というのは非論理的だ」  
冷静な口調で追い打ちをかけたのは、やけに険のある目をしたエルフだった。  
どんな訳でだか、でっぷり太ったブチ猫を頭に乗せたグラスランナーが、からかうように尋ねる。  
「そんじゃ、はとこは、アーチーと姉ちゃんになんかあったって思うのかにゅう?」  
「違う。わたしは論理の筋道について述べただけだ」  
耳をひくひくとさせながら心外そうに言い返すエルフを眺め、ブチ猫──フィリスの使い魔──が退  
屈そうにアクビした。  
 
     完  
 

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