《衝動》
夜の帳落ちる、賢者の学院の一室。
ランプを灯しただけの暗がりの中、ふいに襲ってきた衝動に、ヒースは抗わなかった。
いつものことだ。
頭の片隅で、部屋の扉に鍵を既に掛け終えていることを確認すると、ヒースは自らのベルトに手を伸ばした。
カチャリと、音を鳴らしてベルトを外し、ズボンのボタンを外していく。その中へと、手を滑り込ませた。
体温の熱で僅かに湿り、まだ幾らかの柔らかさを保ったソレを、ヒースは引き出した。
手の中に握られたそれを、ゆっくりと、さする。自らの手で、さおを扱く。
ひと擦りごとに、息があがる。吐息が熱を、帯ていく。柔らかかったソレは血を巡らせて、次第に固く屹立してゆく。
膨張し血管が浮き、ピクピクと、別の生き物のように、震える。
若い性衝動を吐き出すためだけの、ごく日常的な、儀式。
「…ん…っ…」
欲望を加速させるため脳裏に浮かばせるのは、街で見掛け観察していた、女達の姿態。
欲望を吐き出すためだけに脳内で形作られた、偽りのマボロシ。
特定のステディと呼べる相手を、17歳のヒースクリフはまだ持ってはいなかった。
暗闇に投影され、浮かんでは消える、女達の声、姿、裸体。
金髪、赤髪、亜麻色、蜂蜜色、黒髪……栗色。
ほっそりした身体、豊満な肢体、豊かな胸、形のいい尻……なんの変哲もない裸体。
闇にチラリチラリと、浮かんでは消える、名も知らぬ女達の見たこともない痴態。
その中で、意識をかすめてゆく、明確なビジョン。
それは栗色の髪の、良く見知った『妹』のもの。
イリーナ。
『家族同然』の兄妹分。
馬鹿なことをしていると思う。
『妹』同然の少女の痴態を、自慰のために、思い描いていた。
頭の中で、妹同然の少女を裸にする。
服の上からでも、あまり期待できないだろうとわかる胸や、ヒースの記憶の中ではまだ子供のまま、イリーナの秘裂を目にする事が出来るだろう。
温かいぬくもりを持つだろう、その裸の身体を想像し、触れる。
脳内で形作られた、『イリーナ』。
色気も成熟度も、数割増しの、ありえるはずのない『妹分』。
その濡れた唇が、恥ずかしげに八重歯を覘かせて、言葉をつむぐ。
『ごめんなさい、兄さん。…兄さんが、とても私を大切にしていてくれたコト……ずっと、気づかなくて…すみませんでした…』
『イリーナ』はそっと、身を擦り寄せてくる。両手を俺の頬に添えて、申し訳なさそうに覗き込んでくる。
すっと、ピンク色の唇が頬をかすめ、耳元で囁く。
『ね、イケナイコト…しましょ? ヒース兄さん…』
その声は甘くて、可愛いくて、卑猥で、俺の脳を甘く貫く。
『兄さんになら…イイです。…私のはじめてを、もらって…ください……』
俺の膝の上に、裸のイリーナがおずおずと、座る。
手を『イリーナ』の腰に回し、引き寄せる。
『イリーナ』は俺のモノに、秘裂を擦りつける。
はじめての男のモノに、真っ赤になって睫毛を伏せて、俺の胸に手を触れて…。
俺はあいつの凶悪なまでに健康的で、そのくせ男の視線を惹き付けずにはいられないイリーナのフトモモに、手を這わせて、脚を開かせる。
あいつの…女の部分に指を挿し込んで、悦ばせて…鳴かせてみたいと、思う。
ピンク色の唇を吸いたてて、舌を味わって、…一度も聞いたコトのない、甘い嬌声を、聞きたいと、思う。
それとも、俺が抱いたら…あいつは泣くだろうか?
あの男の…『フェルツ』の名前を、呼ぶだろうか?
俺の、腕の中で。
……胸が、痛んだ。
罪悪感? この胸を痛くする、想い。
その存在に気づきながら、それでも俺は、この浅ましい衝動に…あいつの面影を、付き合わせ続ける。
あいつの乳房を、口に含み、その先端を舌で転がし、吸いたてる。
小さな乳房を、くちゃくちゃに揉みしだく。
指を、濡れた膣の中に挿し入れて、ぐちゃぐちゃに掻き回して、感じさせて…。
『…ン…あ、ダメですっ…激しすぎです…っッ。…やだ…許して…兄さん…っ』
身体を上気させ、桜色に染めたあいつに懇願されても、聞かなかったフリをして…。
(…イリー…ナ…)
無意識に、小さく、名を呼んでいた。
名を、呼ぶ。妹だ。妹分の名前だ。あいつは、俺を『兄』と呼ぶ。
父性愛なのだろうと、思う。本来は、多分。
他の男の下へと駆け寄る……『妹分』の背中を見送った、胸の痛みは。
あの胸を焼く小さな痛みは、俺が『兄』代わりだったから。
俺の…俺様の一番近くにいた、大事な妹が、奪われる、痛み。
そうなんだろう…おそらく。
「…く……ふ…っ」
絶え間無く自らに送り続ける刺激に、口から出そうになる声を、喉の奥で、押し殺した。
自慰の相手に、あいつの面影を、もてあそんではいても。
俺も、あいつに縛られるつもりは、ない。
逆玉の野望を捨てるつもりも、まだ、ない。
何より、あいつは、俺を『兄』としか見ていない。
一生、イリーナの手を引いていくつもりがナイなら、いつか手を離すしかないのだ。
イリーナの幸せを願うなら。
自分の手で、幸せにして、たった一人、イリーナを愛し続ける気が、ないなら。
わかってる。
だから、あの時、手を…離した。挑発しておいて、手を緩めた。
なのに、胸が痛む。
本当は自分の役割を奪われたくナイのだと、ドコかでナニカが叫んでいる。
ソレに、気づかないフリをした。
ただの父性愛なのだと、兄妹愛なのだと、フタをした。
一番身近な身内を、赤の他人に奪われて泣いている子供のようだ、と。
そう、言い聞かせていた。
結局、あいつを他の男に奪われずにすんで、安堵していた自分がいる。
互いの道を違え、泣きじゃくる妹分を慰めながら、その泣き顔を見て間違いなく心を痛めながらも、安心していた卑怯な自分をも、冷静に見つめていた。
俺はまだ、あいつを。イリーナを、手放せずにいる。
親鳥が羽根を広げて、雛を守るように。そっと抱き締めて、守っている。
…気づかないのは、おそらく、あいつが鈍すぎるからだ。
あまりに世間知らずな妹分。一人で放りだす訳には、いかないだろ?
まだ、どこへも行かせない。…行かせる…訳にはいかない。
『イリーナ…まだ、俺の…側に…いろ…っッ!!』
俺は頭の中で、あいつの身体を、激しく突き上げていた。『イリーナ』の身体が、俺の上で、激しく跳ねる。
深く貫き、抜く。
『イリーナ』の中で、はち切れそうな程に大きく、ビクビクと震える欲望を、抽出していた。
深く、えぐって、えぐって。『イリーナ』を泣かせて。喘がせて。その腕を、掴んで。自由を、奪って。
その涙で濡れた栗色の瞳に、俺を映して。唇を、押し当てて。…笑って。
互いの温い体液で、ぬるぬるのぐちょぐちょになった、『イリーナ』のフトモモ。
その内側は、乗馬の不得手な、あいつの急所。優しく撫で上げて、愛撫を繰り返す。
長いつきあいであれば、弱点のひとつやふたつ、知るコトができる。
まして、イリーナは隙だらけだ。兄妹として、じゃれあうウチに触られるコトが苦手な、弱い部分を見つけてしまっていた。
記憶の通り『イリーナ』は、鳴く。与える刺激に悦び、泣き顔で、微笑む。
仰けぞり晒すその喉元に、吸いつき、浮いた汗の玉を舐めとった。
『ヒースにいさん、だいすき』
その台詞は、幼い頃、戯れに交したキスの時と、同じもの。
(クリスにいさんのつぎに、だいすきです)
幼い頃のイリーナは、そう続けて、俺を落胆させた。
『ヒース兄さんが、一番、大好きです』
せめて、こういう時くらいは、そう聞きたかった。
「んっ…!」
唐突な、クライマックス。
手の中で肉棒が震えて…性欲を、吹き出した。
手の中に射精した白濁したぬるい体液を、『イリーナ』の顔に塗りつけて、舐めさせる。
『イリーナ』は幸せそうに、うっとりと微笑んで、白く汚れた俺の手の平を舐める。
……そんな想像は、射精後の軽い憂鬱を、更に深めた。
「ふん。…まったくもって、馬鹿だな……俺様わ」
荒い息を、殺す。滲んだ汗が、不愉快だ。
淫らなピンク色に染められていた思考は、とっくに殺風景な学院寮へと帰ってきていた。
イリーナは、守りたい大事な、妹。それだけだ。
…例え、自慰のネタにしていたとしても。
近すぎて。あまりにも近すぎて。失ないたくなくて。
俺とイリーナの道が、重なるとは……思えなかった。
◇ ◇ ◇
あれから、約一年と半年が過ぎ。
今、イリーナは、俺の腕の中にいる。
すべてを俺にさらけだして、俺の腕の中で、眠る。
マボロシではあり得ない、現実の質量と熱をともなって。
様々な事件や、沢山の出来事があって…乗り越えて…。
そして結局、俺様はイリーナを。繋いだこの手を、離なさないコトに決めた。
いや、一度は離してしまった手を……しっかりと、握り締めなおしたと、言っていい。
手を離したままだったら、きっと、こいつは…とっとと、俺も家族も仲間も残して、死んでしまいそうだったから。
こんな危険人物、鉄巨兵。俺様がきっちりがっちり、操縦しとかないと…ダメだろ?
妹分で、幼馴染みで、そして怪力無双のファリスの猛女。
邪飛竜すらも一刀両断。オーファン一のじゃじゃ馬娘。
その名を聞けば、大概の男は、勝手に怪力巨躯の大女を想像し、尻尾を巻いて逃げ出すだろう。
コイツを乗りこなせるのは、いつの間にか俺様くらいしかいなくなっていたらしい。
巷に流れる噂とは懸け離れた、あどけなさを残すその寝顔に、意地悪く笑ってみせた。
今も時折、完全凍結していない女塾の野望をネタに、殺伐としたスキンシップを楽しんでもいる。
鈍感娘に、嫉妬をさせるというのも良いものだ。…随分と、待たされたからナ。
時を経て、妹分から…背中を預ける相棒へ、そして最愛の者へ。
少しずつ変化していった、関係と心。その最中でも、ずっと。
誰にも渡したくないと、思った。
誰にも奪われたくないと、思った。
例えば、生と死の運命にさえ。
欲望。 たったひとつの邪で汚れた…それでも純粋で明確な、願い。
衝動。 諸共に堕ち、昇天するコトを、俺達は選んだ。
その無邪気な笑顔に、時折落ちる影を、見逃しはしないけれど。
眠るその背中に、イリーナからは見えない場所に、口づけて刻印をつける。
ひとつ…ふたつ…。
「…ん。…ヒース…ヒース兄さん…? …ン、ふぁっ……あ」
眠るイリーナが、目を覚ます。
「…ああ、イリーナさん。そのまま、そのまんま…」
誤魔化して、後ろから抱き締めた。そして、イリーナを、抱く。
兄妹分のじゃれあいより、慰めより、深く。………深く。
《愛しい》
始めから終わりまで、俺を貫いていた、あまりにも明確な───《衝動》。
━━終━━