ドアのノック音に、スイフリーはびくりとした。 
 
「スイフリーさん、入りますよー?」 
 
 その元気の良い声を聞き、胸を撫で下ろし、スイフリーは簡素に「あぁ」と返事をした。 
 「失礼しまーす」と言いながら、黒髪をポニーテールを跳ねらせて入ってきたのはリズだ。 
 
「食器、取りに来ましたー」 
 
 しばらく見ないうちに、スイフリーに対して敬語を使うようになっていたのには、最初は戸惑いを持ったものだ。 
 どうやら、クレアに目上の人には礼儀を尽くしなさいと教えられたらしい。とは言っても、生来の明るさは健在だ。 
 スイフリーは机の上を指した。 
 
「すまない。そこに置いてある」 
 
「あ、うれしい。綺麗に全部食べてくれたんですね」 
 
 リズはプレートを持ち上げ、机を濡れ布巾で拭く。 
 そんなリズを見て、スイフリーは胸中、改めて小さく驚いた。 
 人間の成長とは、こんなにも早いのか。 
 あのサーカスの事件の時と比べ、リズは見違えるように成長していた。背も伸び、体つきは丸みを帯び、胸はまだ小さいものの、小さな膨らみがそこにはあった。……クレアに比べたらまだまだ小さい。 
 ……一体私は、何を思い出しているんだ。 
 無意識に昼間のあの胸脇の感触を思い出していることに、ハッと気付き頭を抱え、自己嫌悪。 
 
「そーいえば。 
 クレア様と何かあったんですか?」 
 
 リズが唐突に出したその名前に、スイフリーは心臓が口から飛び出したのではないかと思うほどドキリとさせられた。 
 スイフリーは悟られぬよう、落ち着きを取り戻すため咳払いをする。 
 
「な……何故、クレアが?」 
 
 多少動揺が言葉に表れたようだが、リズは気付いていないようだ。 
 
「クレア様も、スイフリーさんと同じで今晩は食事は部屋で一人でとられたんですよ。いつもなら、私たちと一緒にとってるんですけど」 
 
 目が泳ぎそうになるのを必死で堪えながら、スイフリーはぬけぬけと答える。 
 
「体調でも崩したんじゃないか?」 
 
「あ。確かに、様子がおかしかったかも。 
 あとで様子を見に行こうかなぁ……」 
 
 いとも簡単に納得するリズに、スイフリーはほっと肩を撫で下ろす。 
 
「スイフリーさんは、明日発つんですか?」 
 
 『スイフリーさん』という響きに感じる違和感にくすぐったさが感じながらも、それを隠すようにスイフリーはぞんざい返答する。 
 
「あぁ、朝にここを出る」 
 
 リズはプレートの上に拭き終わった布巾を載せる。 
 
「そうかぁ。 
 レジィナお姉ちゃんによろしく伝えておいてくださいね。トップのことも。 
 じゃ、スイフリーさん、今日はゆっくり休んでください。ちゃんとお布団も干しておきましたから、ぐっすり寝れると思います。 
 寝巻きはまた後で持ってきますね」 
 
 では、という言葉と共に、リズはスイフリーの部屋を出て行った。 
 はぁ、と大きくため息。 
 今日で何度目のため息だろうか。忌まわしいあの屈辱的なファラリスの呪いをかけられた時よりも、その回数は遥かに超えたに違いない。 
 スイフリーは明日、夜明けと共にここを出るつもりだった。 
 お互いにどういう顔をして会えばいいのか分からないようなのだから、それが一番良い方法なのだ。と、スイフリーは自分に言い聞かせる。 
 昼間のあのことは、きっと忘れた方がいい。 
 一気に、どっと疲れが襲ってきた。 
 スイフリーは、どっとベッドに倒れこんだ。よく干したのか、日の光と風の匂いがした。大きくそれを吸い込み、ゆっくりと吐き出すと、一緒に疲れが抜けていくような気分になった。 
 そうしていると、次第に意識がたゆたい、まどろんでいく。 
 しばらくそうしてうとうとと無為な時間を過ごしていると、それを打ち破るようにコンコンというドアのノック音が響いた。 
 ぼんやりした頭のままスイフリーはむくりと起き上がる。そういえば、リズが着替えを持ってくると言っていたのを思い出す。 
 
「開いている」 
 
 頭をガリガリと掻きながら、返答。 
 だが、扉の向こうの主は入ってこない。 
 不審に思い、すぅっと意識が冴え渡らせる。 
 一番に頭に浮かんだのは、ダークエルフの存在だった。慎重に痕跡を消したつもりだったが、あとをつけられたのだろうか。 
 まさかとは思いつつ、小声で短くスプライトを呼び出し、不可視の存在となる。 
 しばらくしてがちゃりと音を立てて回るドアノブに、スイフリーは警戒を強める。 
 ゆっくりと開かれていく扉板。 
 その隙間から出てきた顔を見て、スイフリーは、スプライトの制御の集中がもろもろと崩れてしまい、姿を現す。 
 
「あの……着替えとお茶を、持ってきたんですが…。何をしてるんですか? スイフリー」 
 
 クレアだった。 
 
「……いや、なんでもない」 
 
 照れを隠すように、スイフリーは苦い顔を作る。 
 クレアはそれを気にした風もなく、部屋に入り、カップ2つとティーポットを載せたトレイを机に置き、夜着をベッドの枕元に置いた。 
 
「ここに置いておきますね」 
 
 クレアは、部屋に入るのを躊躇っていたというのに、昼間のことなど何も無かったかのように、普段通りの様子だった。だからこそ、スイフリーは尚更どのように振舞ったら良いか分からなかった。 
 人間の考えることは……特に女は、よく分からん。 
 スイフリーは、更に渋い顔になる。 
 
「……リズが持ってくるんじゃなかったのか?」 
 
「私では何か不都合があるのでしょうか?」 
 
 ある、とは言えなかった。 
 無闇に、あの話題を自分からつつきたくは無かったし、それに会話の主導権を相手に譲るのは、意図を探るのに有効な手段だからだ。 
 返事の無いスイフリーに、クレアはカップの一つを渡す。 
 
「どうぞ」 
 
 居心地の悪さを感じながら、スイフリーは受け取る。 
 椅子をクレアに譲り、自分はベッドに座り、それをすすった。 
 
「お話がしたかっただけです。 
 夜這いに来たわけでは無いので安心してください」 
 
 スイフリーの口に含んだお茶が派手に、飛沫を立てて吹き飛んだ。 
 
「何も変なものは入っていませんよ」 
 
 憮然とした表情で、自分で持っていたカップをテーブルに置き、クレアは立ち上がり、箪笥からタオルを取り出す。 
 スイフリーは、濡れた口の周りを袖口で拭いながら、動揺の失態を取り繕うようにクレアに言葉を返す。 
 
「……変なモノって何かあるのか」 
 
「惚れ薬や媚薬とか」 
 
 今度は盛大にむせた。 
 
「グイズノーさんから戴いたんですが、用途に困っているんですが……『いつか役立つことがあるかもしれない』とおしゃって……」 
 
 そういえば、とスイフリーは思い出した。グイズノーが「珍しい薬草や薬など」をクレアにあげたとか言っていたことを。 
 あの破戒坊主め、そんなものまで渡していたのか。 
 クレアはスイフリーにタオルを渡す。スイフリーはそれを口元に当て、咳が収まるのを待った。 
 そこに、クレアがとんとんと背中をさすり、宥める。 
 ようやくそれも落ち着いてきて、胸元や袖口をタオルで拭う。 
 
「貸してください。ここも濡れてます」 
 
 タオルをスイフリーから優しく奪うと、クレアは、スイフリーの足の間に膝立ちをし、大腿部にタオルをぽんぽんと軽く叩くように拭く。 
 その体勢は、スイフリーに昼間のあのことを連想させるに十分だった。 
 クレアの手首を掴み、その動きを止める。クレアは、どうしたのか、という視線をスイフリーに向けた。 
 どうやら故意的ではないらしい。だが、無意識の方がタチが悪いのかもしれない。 
 
「あ、あとは自分でやる」 
 
 声が不覚にもうわずっていたのが自分でも分かった。 
 そうですか、とクレアは握っていたタオルをスイフリーに引渡し、引き出しからもう一つタオルを取り出し、家具や床を拭っていた。 
 しばらく、お互い無言で、飛沫の後始末をしていた。その間、スイフリーはくるくると頭の中身をフル回転させていたが、結果から言えば、それは歯車の無い、無意味な空転に終わった。 
 
「そのタオルは、置いておいてください。あとで持っていきますから」 
 
 クレアはスイフリーのカップに、ティーポットの中身を注ぎ淹れ、スイフリーに再び渡す。 
 
「今度はこぼさないでください」 
 
 バツの悪い気分で、それを受け取る。 
 だが、もうそれを飲む気にはならず、暖かいカップを両手で包み、暖をとるにとどまった。 
 
「……話とはなんだ」 
 
 クレアは陶器のティーカップから、ゆっくりと唇を離す。濡れた唇は、ランタンの明かりを受け、わずかななまめかしさが薫った。 
 スイフリーは、思わずそれから目を逸らし、頭の中で『理性』という言葉を何度も繰り返す。 
 
「昼間のことで」 
 
 カチャリ、と静かにソーサーとカップが音を打ち鳴らすその音と共に、スイフリーの鼓動もびくと反応する。 
 クレアは、まっすぐとスイフリーを見つめていた。そこに過剰な熱はなく、ただ真摯な眼差しで。 
 だが、スイフリーは、決して伏せた目を上げなかった。 
 たっぷりの沈黙を持って、クレアは再び言葉を続ける。 
 
「あれから、色々考えたんです。あなたの言ったことを。 
 己の心に問うてみました。ですが、自分の気持ちがあなたの言うようなものであるかどうかという判断は、自身では分かりませんでした。 
 ファリス様にも、この私の思いの正しさをお伺いしてみました。……当然ながら、そんな個人のエゴによる問いの答えは、沈黙でしたが。 
 結局は、何も分からなかったのです」 
 
 静かに、訥々(とつとつ)とクレアは語る。スイフリーは、ティーカップの柄を無意味にいじり、の中身の揺れを見続ける。 
 
「自分が把握していることを、それ以上に理解するのは、無理でした。 
 己を疑うか、疑わないか。それだけで正しさが引っ繰り返るというのならば……私はどうしたら良いのか、分からないのです。 
 ですから、己について考えるのは、やめました。 
 だけど、それでも考え続けました。あなたの言動について。 
 何故、あなたがあんな事を言ったのか。 
 私なりに、及ばずともあなたを見習い、考えました」 
 
 手持ち無沙汰にいじっていたスイフリーの指先が止まる。だが、視線は頑なに動かない。それでも、クレアはスイフリーを見続ける。 
 
「結論としてたどり着いたのは、あなたは愛を信望しているのだおいうことです」 
 
「はぁ!?」 
 
 思いがけぬその単語の登場にに、スイフリーは素っ頓狂な声を上げ、思わずクレアの顔を見た。 
 クレアの目には、独善的な熱っぽさの類は微塵も無かった。だが、静かな落ち着きを持ったしなやかさが在った。 
 スイフリーはその眼差しに静かに気圧される。 
 
「断るのならば、問答無用にノーと一言、それだけを言えば十分だったはずです。 
 なのに、あなたは私の分析を述べました。私の前提を覆そうと検証しました。 
 では、何故、そんなことを言ったのか。 
 裏を返せば、あなたが、それだけ、『愛』というものに対して誠実であろうとしたからではないでしょうか」 
 
 そこで、スイフリーは一笑に付せば、よかった。何を馬鹿なことを、と呆れ顔になれば、よかった。 
 だが、スイフリーは、押し黙ってしまった。 
 『きみたちは”愛”に負けたのだよ』―――あの時も。『世界を救うのは愛だということを』―――あの時も。面白半分で、別に本気で言ってはいなかった。だが、何故だか頭の中にその自分の言葉が思い浮かんだ。 
 
「もしかすると私は、私が思っている以上に、己の真実に対して怠惰であるのかもしれません。 
 それと同様に、あなたは、あなたが思っている以上に……愛というものを大事に思っているのではないでしょうか。 
 ですから、あなたにとっては、私があなたの求める、妥協の無い愛を持っていると確信出来ない限り、それは愛の告白ですらなかったのでしょう。 
 だから、返事をいただけなかったのだと、わかったのです」 
 
 スイフリーは、正直、その言葉に、その評価に、むずがゆさを感じていた。ちょいと……美化しすぎてはないか、と。 
 夜でよかった。顔の赤さは、炎の灯りで誤魔化してくれる。 
 
「……買いかぶりすぎだ」 
 
「いいえ」 
 
 即座の否定。それにスイフリーは、ぴくりと、小さく反抗したくなる。 
 
「お前は、私を知らない」 
 
「いいえ」 
 
 また、即座の否定。今度は、スイフリーは確かな反感を抱いた。 
 だが、次に紡がれるクレアの言葉に、瞬時に毒気を抜かれた。 
 
「あなたが、人間を見てきたのと同様に……私は、あなたを見てきましたから」 
 
 『それよりも、わたしはあなたを見ていたいのです』――今よりも気難しい顔をしたクレアの顔がフラッシュバックする。あぁ、確か最初のころはあんな顔をしていたっけ、と意識の遠いところで思う。 
 クレアは、静かに立ち上がる。そして、何事か決意するかのように一つ深く息を吸い、告げた。 
 
「そして私は……あなたを、一層好きになりました」 
 
 スイフリーは、そこで初めて気づいた。 
 ランプの炎の灯りが誤魔化していたのは、自分の顔色だけではない。クレアの顔の赤さも、紛れさせていたことに。 
 
「返事を、いただけないでしょうか。それとも、これでもまだ駄目でしょうか……」 
 
 スイフリーは、クレアの真摯な眼差しを受け、しばらく、硬直していた。だが、やがて息をつき、立ち上がる。そして一口も口をつけないままのティーカップをテーブルの上に戻した。 
 
「私の、正直な答えは、だ」 
 
 こく、とクレアの喉が嚥下で小さく揺れた。 
 
「まだ、わからない、だ」 
 
 クレアの目が、瞬き無く、見開かれたまま止まる。 
 
「誤魔化しているわけではない。正直な、気持ちなんだ。 
 人間とエルフの婚姻は、ただでさえ、問題が多い。 
 生まれる子供に向けられる、世間の差別の目。 
 そして、特に……年齢の経る速さの差―――概して女性というのは、自分の美に拘る。私がいくら気にしないと言っても、自分が老い、もう一方が若いままでいるという光景に耐えられる者は、そうそういないだろう。 
 それを全て受け入れられるかというと……まだ、わからない」 
 
 クレアの反応は呆然としたままだ。慌てて、スイフリーは、フォローを入れる。 
 
「いや、クレアの気持ちはうれ……」 
 
「なら……」 
 
 クレアの呟きがスイフリーの言葉を止める。 
 クレアの瞳には、不思議と輝きがあった。 
 
「なら……まだチャンスはあるということなのですね?」 
 
 スイフリーは……初めて、クレアの笑顔を見た。 
 それは芯のある優しさのある微笑みだった。 
 瞬時、スイフリーの頭の中が、全て吹っ飛んだ。 
 ちょっと待ってくれ、まさか……頭の中で、彼方に吹き飛ばされた理性が焦った声をあげる。 
 「好意を向けられると人は好意を返しやすいだけだ」「単なる普段の見慣れた仏頂面の反動にすぎない」「こんな一瞬の感情に流されて決断すべきことではない!!」 
 だが、その言葉の奔流などものともせず、その感覚は少しも流れに飲み込まれもせず、ピクリとも動かず存在した。 
 
「ならば、待ちます。 
 私が、おばあさんになっても、あなたにノーと言われない限り、待ち続けますから」 
 
 クレアは静かに微笑んだ。 
 それを見て、みるみるスイフリーの顔が、長い耳の先まで真っ赤に染まっていく。 
 今、この瞬間に、どんな理屈や理由や事情があろうとも、関係なくそれは存在していることを、スイフリーは自覚せざるをえなかった。 
 もはや、何を喋ったらよいのか、分からない。考えれば考えるほど、頭の中が真っ白になっていく。 
 クレアはクレアで、自分の言った言葉でいっぱいいっぱいなのか、そんなスイフリーの挙動に気づかず、立ち上がる。 
 
「お話できて、よかったです。 
 あのまま、またしばらく会えなくなるかと思っていたので」 
 
 ティーカップとソーサーを片付け始めるクレアに、スイフリーは焦りだした。 
 なにか言わなければ。少しでも、時間を引き延ばしたかった。 
 
「昼間は……悪かった。挑発するようなことを言って」 
 
 そうじゃない。伝えたいことは、そんなことではない! 
 だが、スイフリーはその台詞を言うだけでも、精一杯だった。 
 クレアの手が止まる。そして、チラリとスイフリーに、照れくさそうに視線を送る。 
 
「……私も、強引に、その……キスをして、しまったんで。おあいこということで」 
 
 思い出した恥ずかしさに急き立てられるよう、クレアの動作が早くなる。逆効果でしかない。 
 何か、何かをしなければ。 
 気づけばスイフリーは、止まったクレアの腕を掴んでいた。 
 驚いたクレアはスイフリーを見ると、互いの視線が至近距離で重なり合う。 
 スイフリーは、視線をそらすこともできず、そのまま、しばらく彫像のように固まっていた。 
 
「あ、あの……」 
 
 動揺と混乱を隠そうともせず、クレアが何かを問おうとした時。ようやく、スイフリーの口から言葉が出た。 
 
「あんなものはキスの内にも入らん」 
 
 え、とクレアが声を発するかしないかの瞬間に、唇が柔らかな感触で塞がれる。 
 それは、クレアの唇の上を絶えず這い、優しくついばみ、何一つ逃さぬよう吸い付いてきた。 
 驚いて、クレアは慌ててスイフリーの胸を押し出し、逃れる。 
 
「す、スイフリー……!?」 
 
 うわずって、震えているクレアの声。突然のことで理解が追いつかないのだろう。 
 
「……答えが今変わった」 
 
「そ、それは……?」 
 
 クレアは明らかに戸惑っていた。 
 
「……言わせたいのか」 
 
 苦い顔をしながらも、頬は紅潮している。 
 さすがのクレアも察したのか、スイフリー同様、耳まで茹でダコのように赤くなり、唖然とする。 
 あんぐりと開きかけるクレアの口を、さらに覆うように口を開いて塞ぐ。 
 今度は逃れられないよう、スイフリーの手が、クレアの腰とうなじに回された。 
 それと同時に、ぬるりとしたものがクレアの口内に侵入してきた。クレアは硬直し、抵抗することすら忘れていた。 
 スイフリーの舌は、無抵抗な口腔を這わせる。クレアの舌は張り付くようにして強張っているが、スイフリーの舌先が触れるたび、わずかに反応する。それを楽しみ、より一層丁寧に舐め回す。 
 舌を残したまま、クレアの唇からゆっくりと離れると、舌先につぅ、とどちらのモノかも分からなくなった透明な糸が引いた。それにクレアも気づき、唇がかすかに震えるとそれは呆気なく切れる。 
 その余韻に困惑している隙に、うなじに当てられていたスイフリーの手は、肩甲骨をなぞりながら移動し、クレアの胸を下から掬い上げるように触れた。 
 クレアの身体は、驚きでビクリと痙攣する。 
 
「あ、あ、あの……! スイフリー……!」 
 
 クレアの慌てる声に対する返事の代わりに、スイフリーは無言のまま、ゆっくりと乳房を手のひらで、そっと弄ぶ。 
 
「っ……! あ、あの!! 急で……!! こ、心の準備が……ま、まだ、出来てなっ……!」 
 
 最後まで言い終わらないうちに、スイフリーの細く尖らせた長い舌先がクレアの下唇を撫で、言葉を封じる。 
 
「いつならその準備ができる?」 
 
 スイフリーの問いかけ。明確な答え以外許さぬ、濡れた鋭さを持った眼差し。 
 クレアはそれに、声を詰まらせる。 
 そしてやんわりとクレアの唇は再び塞がれ、胸に当てられた手の動きと連動するように蠢いた。 
 激しい動きは一切無いが、ねっとりとした熱さがそこにはあった。 
 クレアは、恥ずかしさと驚き、そして初めての感覚の混合に耐え切れず、次第に何も考えられなくなり、意識が、何か分からないものに奪われていく。 
 ふいに、スイフリーの動きがピクリと止まる。クレアの唇が、応えるように動いた気がしたからだ。 
 それは確かに、弱々しいものの、確かにスイフリーの唇を求めるように、クレアの口がわずかに動いていた。 
 ちり、とスイフリーの中で何かが焦げる音がした。その衝動に呑まれ、スイフリーの動きに激しさが加わった。 
 瞬時、クレアの身がびくりと脅え、逃れようとする力が加わった。 
 その動作に、スイフリーはわずかな冷静さを取り戻し、気づいた。 
 クレアは、未知の体験に喜悦と恐怖を抱いてる。その境目は、羞恥という名の薄い膜で隔たっており、簡単にそれらはシフトする。 
 受け入れたと思い、少しでも本能に身を任せれば、クレアは恐怖を抱き、瞬時に拒絶するだろう。今のように。 
 瞬時、スイフリーに征服欲が湧き上がった。 
 微細な抵抗が、恐怖なのか羞恥なのか、それを常に見極めながら、ゆっくりと身体をほぐし、受け入れさせ、翻弄し、気づかないうちにねっとりと絡みとり、篭絡させる。 
 ――この堅固な女を、陥れたい。 
 本能と理性が、隣接しながら鎌首をもたげた。 
 逸る心をいなし、ゆっくりと、今まで以上に優しく胸を揉みしだき、首筋や鎖骨、耳元にキスを落とす。 
 クレアは声を必死で殺そうとしたが、それは小さく喉の奥から漏れてきた。 
 その音に、情欲が刺激されるが、支配欲と理性でそれを抑え、ほんの少しだけ、以前より少しだけ力をくわえ、控えめに首元を舐める。 
 
「んっ……!」 
 
 胸にあった手が、クレアの身体なぞりながら腹のあたりに移動する。服の裾から侵入しクレアの素肌に触れると、ビクリと小さく震える。だが、今度は逆に引き寄せるように、スイフリーの服をぎゅっと掴む。 
 しっとりとした肌の感触を味わいながら、胸へと伸ばされていく。乳房の下部に指先が触れる。衣服の上からの感触とはまた違い、ふる、という柔らかな弾力があった。 
 今にもそれを鷲掴みにしたい欲望を殺すため、首元に吸い付き、情動を逃す。指が一本一本、胸のたっぷりとしたふくらみにかけていき、丁寧に捏ねるよう動かす。 
 クレアの息が次第に荒くなり、スイフリーはすでに固くなった頂を、人差し指で軽くこするように触れる。 
 
「あッ…やぁっ」 
 
 いつも硬質な声色しか発しないその口から、高く甘い、くすぐるような声が、スイフリーの耳を痺れさせる。 
 幾重にも包まれた心の鎧を一枚、また一枚と丁寧に剥かれゆくその姿は、スイフリーを更に恍惚とさせた。 
 クレアの顔を覗き込もうとするも、クレアはその自分の出した声が信じられないようで、恥ずかしいのか、顔を背ける。 
 目の端にキスをしながら、すでに固くなった先端をくりっと摘む。 
 クレアは、もう二度と声を出すまいと必死に口を引き結び、いやいやをするようにクレアは身をよじる。 
 それを全身で受け止め、ふいに軽くつまんでいた二つの指を離す。 
 
「あン……」 
 
 あんなにも我慢していたというのに、いとも簡単に残念そうな声が漏れる。それは、まるでねだっているようにも聞こえた。 
 クレアは自分でもそれに気づいたのだろう、完全に顔を下に伏せている。 
 スイフリーはその様子に思わず、小さく歪んだ笑みを作る。 
 人差し指と中指の付け根に小さな突起を挟み、手のひら全体でその柔らかさを余すところ無く堪能する。 
 次第にその動きは激しくなっていったが、クレアは時折小さく声を上げながらも、それを受け入れていた。 
 と、スイフリーの腕に、クレアの手がかかった。 
 
「あ、あの……こ、この格好では、その」 
 
「ん? あぁ」 
 
 クレアの格好は、襟ぐりは乱れ、裾が捲りあがっている。 
 
「そ、その、ですから……」 
 
「なんだ? 脱がされたいのか?」 
 
 真顔で尋ねる。 
 クレアは怒ったような、困ったような顔になる。 
 
「ち、違います! 
 いいって言うまで、向こうを向いていて下さい……!」 
 
「別に構わないが……」 
 
 怪訝そうな顔で言葉を続ける。 
 
「……あとでどうせ見るのに?」 
 
 顔を真っ赤にしたクレアは、デリカシーの無いエルフの顎に手のひらで押し、ムリヤリ後ろを向かせる。 
 
「いいですから! 絶対に、見ないで下さい!」 
 
 納得できないまま、渋々と背を向ける。 
 しばらくすると、衣擦れの音が静かにな部屋にひっそりと響き始めた。 
 想像を促進するその音に刺激され、耳の後ろの首筋がチリチリとする。 
 振り向きたい衝動を抑えながら、スイフリーも服を脱ぎ始める。 
 上半身を冷たい空気に晒し、腰紐に手をかけるも、その手を止める。 
 昼間、衣装越しの怒張したモノを見て、クレアは目を逸らしたことを思い出す。 
 ……まだ解くべきではないかもしれない。 
 そこで、背後で、ギシ、とベッドが軋む音がした。 
 
「……いいです」 
 
 それは今にも消え入りそうな声だったが、静か過ぎるこの部屋にはよく徹った。 
 小さく嚥下し、ゆっくりと振り向く。 
 クレアはシンプルな白い下着一枚の姿で、腕で胸を抱きながらベッドの上に背を向け座っていた。その肩越しからは恥ずかしそうな横顔を覗かせていたが、スイフリーが振り返ったのを見ると、その顔も隠れた。 
 いつも迷うことなく真っ直ぐと向けられる視線の気迫が与える印象のせいだろうか。ぼんやりと明かりで照らし出されたその白い背の実際は、意外なほどに小さく、そして細く感じられた。 
 同じくベッドの上に乗ると、クレアの小さく震えている肩に気づいた。 
 その肩にそっと口付けると、ぴくりと反応するも、震えは収まった。 
 そのまま背後から抱きすくめる。肌と肌が直に触れ合う感触と、女特有の甘い香りは、スイフリーに安堵と幸福を与えた。 
 だが、先ほどまでスイフリーに身を委ねていたクレアの身体は、再び緊張し、身を固くして、顔はまったくこちらに向く素振りは無い。ひたすら、必死に我が身を守るように、腕で胸を押しつぶし、身を守るよう自分を抱き、スイフリーの下半身が腰に少しでも触れると、もぞもぞと逃げるように動く。 
 なんとなくそれが面白くなく、スイフリーはクレアの耳元に顔を寄せ、ふっと息を吹きかける。 
 
「ひゃっ……!」 
 
 あんなにも強張っていたクレアの身体が、面白いように脱力し、スイフリーの胸に軽くもたれかかる。 
 思わぬクレアの弱点を見つけ、スイフリーは笑いが込みあがった。 
 胸に張り付いているクレアの手首を軽く掴み、耳に唇が触れるのではないか、というくらいまで近づけ、少し意図的に少し低い声を作って囁く。 
 
「見たい」 
 
 たった一言。それだけで、クレアはその静かな吐息に耳を愛撫され、響きで鼓膜を震わし、囁きの熱で脳を溶かされる。 
 それで先ほどよりは腕にこもる力が抜けたが、羞恥がまだ勝つのか、弱々しく必死に胸を隠している。 
 おそらく、今ならスイフリーの力でも腕を剥ぎ取れるだろう。だが、スイフリーはそうしなかった。牙城を完全に崩してこそ、達成感があるというものだ。 
 クレアの耳たぶを唇で挟み、ちろりと舌で舐める。 
 
「あぁ……ぁ」 
 
 崩れるような声をあげ、クレアは完全に力を失う。もう、ただ単に張り付いただけの形になった腕を、さして力もいれずほどく。 
 押しつぶされていた膨らみが、先を尖らせ、ふるん、と震えながら露になった。 
 先端はかわいらしく桜色に染まり、胸元から乳房にかけての白い肌には、青い血管の筋が透けているのが、艶かしさを増す。 
 
「や……ぁ…」 
 
 恥ずかしさに、弱々しく身をよじると、豊満なその胸も一緒に揺れた。 
 スイフリーは、愛らしいと素直に思った。 
 その言葉を口にする代わりとでもいうように、スイフリーはクレアの髪を撫でながら耳に、ちゅ、と音を立てながらキスをする。 
 
「あっ……」 
 
 シーツがくしゅ、と掴まれ、放射状に皺を作る。 
 それが契機のように、スイフリーは、つぅ、と首筋を指先で撫で、もう片方の手は胸にかける。 
 スイフリーは、自分の手によっていびつに歪む乳房を、クレアの肩越しからしばらく眺め続ける。 
 普段は弁舌逞しいスイフリーが、静かに、ただ見つめているのが耐えられなくなったのか、クレアが声をかすれさせながら声をかける。 
 
「あんまり……その。見ないで、下さい」 
 
「何故だ?」 
 
 首筋から伝わる声に、眉根を寄せ、耐えながら、クレアは漸うとして答える。 
 
「……恥ずかしい、です」 
 
「何故恥かしい? こんなにも、美しいというのに」 
 
 聞いている自分の方が恥ずかしくなり、クレアは黙りこくる。 
 だが、スイフリーは対称的に、臆面も無く続けた。 
 
「引き締まっているのに柔らかい肌は手によく吸い付く。 
 白い肌には、少しの刺激でも浮かび上がる赤さがよく映える。 
 重みを感じさせる形の胸など、ささいな動きでも反応して震える。 
 私の触れる所全て、いちいち反応する様は、可愛らしい。 
 そして」 
 
 顎をつい、と持って、クレアの顔を無理矢理自分に向かせる。 
 
「いつもは毅然とした顔が、恥らい、困ったように歪むのが、何より美しい」 
 
 真顔でそんなことを言うスイフリーに、クレアはしばらく口をぱくぱくさせる。 
 
「……言ってて、恥ずかしく……ないですか?」 
 
「いや、全然」 
 
 スイフリーの顔には微塵の動揺ない。むしろすまし顔とも言える表情で答えている。わざとそうしているのか、それおも本気で言っているのか、クレアには判然としなかった。 
 そんな会話をしている間に、スイフリーの手は、下に降りた。 
 クレアの太股の付け根のあたりを指が這い、次第に股へと移動する。 
 慌ててクレアが足を閉じると、指は太股に挟まれた。指を股に挟みこむような形になったまま、蠢くような動きは止まらなかった。 
 ショーツの上から恥丘を撫で上げる。 
 
「あ、イヤ……んんっ! 
 やァ……! そこぁ……だ、ダメですッ……!」 
 
 俄かに乱れ始める。それは、感じているという以上に、何か焦っているものがあった。 
 その理由は、すぐにわかった。 
 恥丘の谷間の筋に触れると、指先にわずかに湿った布の感触があった。 
 ふともものやわらかさに挟まれたまま、指先は筋に沿って降りていき、窪みをさぐりあてると、ショーツは確かに染みていた。 
 くぅ、と指先に力をいれると、くちゅ、と小さく音が鳴る。 
 
「ぃや……」 
 
 今にも泣きそうな、蚊の鳴くような声がクレアの口から漏れる。 
 
「嫌?」 
 
 少し楽しそうな響きを含ませ復唱し、湿った窪みを指先でつつくように刺激する。言外に「こんなにもなっているのに?」とでも言うかように。 
 
「っ……!」 
 
 その刺激と恥辱に耐え切れず、口を真一文字に引き結び、クレアは首を左右に振る。 
 
「虚言を弄してはいけないのだろう」 
 
 かすかな筋に沿って指を滑らせながら、首筋をいじっていたもう片方の手の指先が、嘘をついたその唇を優しく責める。 
 と、スイフリーの中指が、唇の隙間に指先がかかる。 
 
「んっ……!」 
 
 柔らかさを確かめるよう、唇の入り口を指先で軽く押していると、次第に、クレアの唇もそれに連動して動くようになった。 
 唇の裏で指を包み、時折、ちゅぱ、と音を立てて短く吸いつき、歯の隙間から舌をちろりとのぞかせ、先が触れたと思えば奥に引っ込む。 
 少し開いた歯の隙間に、指先を少し差し入れると、意外なほどすんなりと迎え入れられた。 
 細長くしなやかだが少し骨ばっている指が、クレアの舌の上を滑るように侵入する。 
 その刺激に反応し、舌は蠢き、ざらついた表面で指を包み込み、さする。 
 口を蹂躙されている間も、下着の上からの愛撫は止まなかった。 
 下半身のどうしようにもならない疼きから意識を逸らそうとすればするほど、口に意識が集中し、それが大胆な行動になっていく。 
 吸い付き、舐め上げ、時折不器用そうに、軽く噛み付いてくる。そのわずかな痛みでさえ、スイフリーは快感であった。 
 指はその蠢く舌をただひたすら撫でるだけであったが、その動きは性行為のそれを彷彿とさせた。 
 最後に、ねっとりと這いながら、口内から引き抜くと、名残惜しそうに吸いつき、唇から離れると同時に、ちゅぱ、と音を立てた。 
 しばらくはクレアの目の前にその指を、見せるように立てていたが、ふいっとその指が動く。思わずその動きに視線がつられると、その指の行く先には、スイフリーの舌があった。 
 クレアの唾液が染みこんだ指に、自らの唾液を塗りたくるように、長い舌でぺろりと舐める。 
 その光景があまりにも卑猥に見え、自らの先ほどの行いが、いかに淫猥であったかを今更ながら自覚させられる。クレアは目を固く閉じ、顔を下に背ける。 
 しかし、スイフリーはそれを見て取ると、今度は耳元で、ぺちゃぺちゃと、音を立て、クレアの聴覚を苛む。 
 唐突に、その音が止んだ。 
 どうなったのだろう、と薄目を開け確かめると、たっぷり濡れた指先が、今まさにショーツの中に入るところであった。 
 濡れた指に茂みが絡みつき、くすぐる様な感触がクレアを襲う。 
 
「ふっ…んぁ…」 
 
 そのまま指は真っ直ぐ降りていき、谷間に触れると、反射的に足を閉じる力が入り、その侵入を拒む。 
 だが、スイフリーがクレアの耳を甘噛みすると、へなりとその強張りが解けていく。 
 愛液が溝に満ちたその谷間に、唾液で濡れた指は易々と滑り込んだ。 
 
「やぁ……んぁ……んんっ……」 
 
 その合わせ目を割り、深く掻き分けるよう潜り込むと、包皮の内側から小さな雌芯を探り当てた。それはわずかに触れただけで、ヒクリと反応する。 
 
「んぁン!」 
 
 指の腹で陰核を薄くこすると、クレアは目に涙を浮かべ、声にならない声を上げながら、跳ねるように背を弓なりに反らした。 
 今までに無く、激しく乱れるクレアの姿に、意識を掻き乱され、無意識のうちに指に力が入る。 
 
「痛っ……!」 
 
 慌てて、指を離す。 
 
「す、すまない」 
 
「ん……、だ、大丈夫です」 
 
 陰核は包皮にいつも覆われている。言うなれば、誰にも踏みにじられたことのない隠された場所の蕾だ。 
 泰然と振舞っていたつもりだったスイフリーの中に、知らない内に、急くような焦りが忍び寄っていたことに気づかされる。 
 気づかれないよう浅く、深呼吸をすると。 
 
「あ、の……」 
 
 うつむいたまま、クレアが話しかけた。 
 
「こ……んなこと、初めてで……その」 
 
 そこで、言葉が途切れる。 
 長い沈黙の末、ひっそりと恥ずかしそうに出てきたのは、予想もしていなかった言葉だった。 
 
「……申し訳有りません」 
 
 自分の感覚の幼さの謝罪。意外なその言葉に、留め金が外れるように、スイフリーの思考回路が吹っ飛ぶ。 
 腹の底から息がきゅぅ、と鼻から抜けていき、熱が下腹部へ更に集まっていく。 
 先ほどの深呼吸が無意味になるほど、今にも、無遠慮にその無垢な身体と心を踏みにじり、欲望のままに己を刻みつけ、全てをその内に吐き出してしまいたい。そんな衝動が暴風のごとく駆け巡るが、かろうじてその手綱を取る。 
 どうして、この女は……こうも、嗜虐心を刺激するのか。 
 
「……あんまり、煽らないでくれ」 
 
 今度は、スイフリーが顔を伏せる番だった。クレアの肩に、熱のあがった額をのせ、冷ます。 
 
「え?」 
 
 スイフリーの意を、クレアは理解できなかったようだ。 
 スイフリーは、なんでもない、とでも言うように、肩に軽くキスを落とす。 
 そして、再び奥に進み、たっぷりと潤った蜜壷へとたどり着く。 
 
「アッ……」 
 
 今度は慎重に、ゆっくりと、沈み込ませる。 
 中は、暖かかった。 
 そのぬくもりに脳内まで侵食されるような錯覚に陥る。 
 おずおずと奥に進み入れると、ねっとりとした蜜が指に絡みつく。 
 その指から逃れようとしているのか、クレアの尻が後ろに下がろうとし、スイフリーの股間にある固いモノにすりつけるように動いた。 
 しかしすぐさまそれに気づき、慌てて腰を離そうとすると今度は指を自ら迎え入れるような形になる。 
 自然と迷い戸惑うような腰つきになり、結果、自ら性の快楽を貪る娼婦のように、ひどく淫らな痴態を晒した。 
 
「あっ……やぁ……んッ! 違っ……んぁ!!!」 
 
 スイフリーの指も、くねくねと踊る腰の動きに合わせ、狭い隙間の中で、ゆっくりとなぞったり、逃げようとする腰をじっくりと追い詰めるよう、深く指の付け根までうずめ、その動きを奥で止めてみせたり、そうかと思うと、そのまま掻き混ぜたりする。 
 白いショーツはスイフリーの指の形を浮き上がらせる。その下で、指に塗りたくられた二人の唾液がしとどに溢れる愛液と、ちゅくちゅくと水音を立てながら混ざり合っているのだと思うと、クレアは自分がどうにかなってしまいそうだった。 
 もはや、クレア自身、逃れるために身体を動かしているのか、求めるために腰を振っているのか分からない。 
 ふいに、するりと指が抜かれる。 
 
「やっ……」 
 
 途端、背筋にぞくりと快感が走り、きゅうと締まり、ちゅると音を立て、指を排出する。 
 抜き取られ、ぬめり濡れた指先をクレアの眼前に見せ付けるよう持ってくる。 
 わずかに顔を背けると、顎を掴まれた。 
 唇の先に、何かを待つように差し出される指。つんと、酸っぱい匂いが鼻腔をくすぐる。 
 先ほどまで自分が無我夢中でしゃぶっていた指であり、スイフリーが丹念に舐めていた指でもあり、それらと己の内側を掻き混ぜた指……。 
 求められている行為は何なのか、無言でありながら、その突き立てられた指は雄弁に語っていた。 
 一度、舌をおずおずと差し出したが、それは脅えるようすぐに引っ込む。 
 
「ご……ごめんなさい……無理、です」 
 
 涙声で、小さく洟を啜る音さえたてながら、クレアはそれを弱々しく震える声で拒否する。 
 その、幼い子供のような姿に、スイフリーはぞくと琴線を刺激される。 
 別に拒否されても構わないと思っていた心に、小さく意地悪い思惑が射した。 
 
「自分のものなのにか?」 
 
 きゅっと固く瞑られた目の端に、涙がわずかに滲んだ。 
 同時に無意識に閉じられた足の付け根からの、くちゅりという音がクレアの意識をより一層責め立てた。 
 今にも、泣きそうなクレアを見て、スイフリーは歪んだ満足感を得る。 
 
「しょうがない」 
 
 その言葉に、クレアは薄っすらと目を開ける。 
 しかし、視界に入ってきたのは、唇に近づいてくる濡れた指だった。 
 
「っ……!」 
 
 思わず息を呑み、身を捩り、逃れようとするクレアの耳元に、スイフリーは囁く。 
 
「じっとしているんだ」 
 
 耳にかかる生暖かい息に、その抵抗の力は奪われる。 
 近づいた指先は、固く閉じられたまま震えるクレアの唇の上を、ゆっくりと往復して撫で上げたり、つついてひたひたと音を立てたりして、嬲る。 
 指先が口元から離れると、クレアの唇はランプの光を受け、淫靡にぬめり、てらてらとてかっていた。 
 クレアはされたことのショックに何も出来ず、棒のように固まっていると、スイフリーの長い舌が先を尖らせ、その唇を丁寧に舐めとる。 
 唇にまぶされた愛液が、スイフリーの唾液に少しずつ変わっていく。 
 最後に、唇全体を口に含み、舌全体で舐め上げた。 
 自分が拒否したものを、躊躇い無く、むしろ慈しむように口にするスイフリーに、クレアは衝撃を受けた。 
 そのまま離れようとするスイフリーのうなじに、きゅぅと力をこめる。 
 クレアが、肩口をスイフリーの胸元に入れ、自らキスを求めてきたのだった。 
 今まで全てを任せていたクレアが、自らの意志で求めるその姿に、スイフリーは恍惚とした思いを抱きながらそれを受け止める。 
 豊満な胸をスイフリーに押し付けながら、クレアはスイフリーの唇を貪る。ぎこちない動きで短い舌を伸ばし、ギクシャクとスイフリーの口内で動かす。 
 スイフリーは、差し出された舌を自らのものと器用に絡め、弄び、舌全体を包み込むようすする。 
 
「んんんっ……!」 
 
 激しい口付けがようやく離れ、視線が名残惜しそうに互いに絡む。 
 自分の顔を真正面から見られるのが恥ずかしいのか、それともスイフリーの、見たことも無い、熱っぽい表情と視線に耐えられなかったのか。クレアはスイフリーの鎖骨に顔をうずめる。 
 スイフリーはクレアを優しくベッドの上に押し倒し、下着の端をひっかけ、ずらしていく。 
 
「腰を、少し浮かしてくれ」 
 
 数秒、躊躇するも、クレアは素直にそれに従う。 
 黒い茂みが顔を覗かせながら、白いショーツがゆっくりと下ろされていくと、すっかり潤った秘所から糸が引き、クレアの太ももに張り付いた。 
 すっかり湿り気を帯びた下着を抜き取ると、スイフリーは自分の腰紐を解く。 
 ズボンを下ろすと、窮屈そうに布の下で押し上げていたものが露になった。 
 それをクレアは目にすると、叫び声を上げ、身を起こした。 
 
「な、な、な、な、なんですか!? ソレ!!」 
 
 わなわなと震えるクレアの指先には、スイフリーのそそり立ったモノがある。 
 
「……淫語を言わせる趣味でもあるのか? 
 生憎、私には効果が無いぞ」 
 
 平然と意図をずらした答えを言うスイフリーだが、隠しきれない照れが存在した。だが、クレアはそんなことに気づく余裕すらない。というか、視線の先はまじまじと一点集中している。 
 スイフリーは、そんなクレアをからかう様に、次々と様々な言葉で、男性性器の名称を列挙していく。 
 クレアは、意味の成さない奇声を上げ、遮る。 
 
「わ、分かってます、分かってます! そうじゃなくて……!! 
 だって、そんなの……違って……」 
 
 大方、身近な家族などのものを見たことはあるけども、勃起した状態のものは初めて目にするのだろう。 
 
「……は、入るんですか? こ、こんなのが」 
 
「一応」 
 
「無理です! だ、だって、こんな大きな……!」 
 
「普通だ」 
 
 多分、と小さく付け加える。 
 何て事を言わせるんだ、この女。と、スイフリーはこそばゆいような感覚になる。 
 しかし、クレアにその男の機微など分かるはずも無い。 
 
「これより大きなのとかあるんですかッ!?」 
 
 しばらくの奇妙な沈黙。 
 しかしその間、クレアはスイフリーの股間を、赤面しながらも、凝視していた。 
 もしや……と思い、スイフリーが声をかける。 
 
「触ってみるか?」 
 
 びくと反応し、スイフリーの顔をようやく見る。 
 クレアのその目を見て、やはり、とスイフリーは得心した。 
 未知のものに対し、人間は時として、恐怖を抱きながらも好奇心を強く持つ。クレアの今の状態がまさにそうだったということだ。 
 クレアは小さく頷いた。 
 
「ど、どう触れば」 
 
「好きなようにしていい。……乱暴にしなければな」 
 
 こくりと小さくクレアの喉が鳴った。 
 白い指が、透明な液で濡れた男根の先端を、おずおずとつつく。 
 それが3度ほど触れたかと思うと、今度は、かすかに触れ、つぅ、と指先が下ろされた。 
 屹立したものがビクリと震えると、脅えるようその指はぱっと離れる。 
 
「今の……は」 
 
 スイフリーは赤面を手で覆い、息を少し詰まらせるようにしながらも律儀に答える。 
 
「あんまり、焦らさないでくれ」 
 
 いつも我が意のままに事を動かすこの男の乱れる姿の一端を見、クレアはドキドキした。 
 このような感覚を、男性に抱くのは失礼かもしれないが……かわいい、と思った。 
 今度は、意を決し、両手で包み込むよう、ほっそりとした指をそっと絡ませる。 
 小刻みにゆっくりとひかえめに、撫でるように、上下に動かしてさすると、手の内のものは、ビクビクと脈打ち、熱く、そして更に固くなっていく。 
 スイフリーの顔を見ると、眉間の皺を刻み、何かを耐えるように、息を短く漏らしていた。 
 ――感じてくれているのだ。自分の手で。 
 そう思うと、クレアは何故だか、心がじんわりと湧いた。 
 隆起した先端に口づけた。……昼間はあんなに抵抗感を持っていたというのに、自分で驚くほど簡単に、それは自然と出来た。 
 ついばむように、あちらこちらに、ちゅ、と音を立てながら短く吸っていく。 
 
「クレ……ア!?」 
 
 明らかに動揺したスイフリーの声が自分の名を呼ぶのを聞き、じんと耳朶に響く。 
 口淫は本来の子を成す目的から外れ、単なる背徳による快楽を求める愚かで呪わしい行為だ。だから、正しいことではない。……今まではそう思っていた。 
 少し触れただけで素直に反応を返すそれが、いつもは論理に基づいたことしか言わぬこの男の本心であるかのようで――気づけば唇で触れていた。 
 ――いとおしい。 
 クレアにとって、その気持を表現する手段の最高峰であるものが口付けであった。 
 口をすぼめて短く吸い、薄く開いて唇で食(は)みながらなぞり、ちろりと舌を覗かせて小さく舐める。 
 口淫としては、かわいらしく、しかもぎこちない稚拙さであったが、己の股間に縋り付くクレアの姿は、スイフリーを十分に刺激した。 
 堪らなくなり、思わず、クレアの額に手をかけ、その愛撫をやめさせる。 
 唇を離し、スイフリーを見上げたクレアの瞳が不安に揺れた。 
 
「……厭でしたか?」 
 
 昼間のあの時も、スイフリーは拒否していた。もしかすると、このような行いを自らする恥知らずな女は嫌いなのかもしれない、という不安がクレアの中に生まれた。 
 
「あ……いや、そうではない。 
 むしろ……その……いや、そうでなく」 
 
 スイフリーは慌てて、それを否定する。 
 そんなわけあるはずがないだろうに。 
 なぜ、人間の女は分かりきった事を問い、確認したがるのだろう。 
 ……あのままイッてしまうと、体力の無い自分はそのまま果ててしまいそうだという事なんて、言えるわけが無かった。 
 スイフリーは無言で、クレアを抱きすくめる。 
 
「もう……我慢できそうにない」 
 
 抑えたつもりだったが、その声は疼いていた。 
 その声にどうして抗えるだろうか。クレアは優しく抱き返し、それを受け入れた。 
 スイフリーはゆっくりと押し倒し、クレアの膝に手をかけ、脚の間に身体を割り入れる。 
 先ほど下着を引き下ろした時に太ももに付着した愛液を舐めとり、少しずつその源泉へと進む。 
 クレアはもじもじと足を動かすが、その動きを阻むことはしなかった。 
 全く怖くないと言えばそれは嘘だ。だが、あの自分の手の中で脈動していたモノに触れ、それが自分を求めているのだと思うと、受け止めてやりたいと思ってしまったのだ。 
 クレアの秘所は先ほどよりも更に溢れさせ、丸い尻を伝ってシーツに染みを作る。 
 その泉にスイフリーが自分の隆起したものをあてがうと、ひくっと怯えるように震え、その奥からとろりと溢れ出る。 
 その光景に、一気に押し込みたくなるのを必死で押さえ込みながら、スイフリーは身体をゆっくりと沈める。 
 
「っ…………!!!」 
 
 クレアの押し殺す声が、軋む。 
 ただでさえ狭いものが、破瓜の痛みにより収縮され、更に締め付けてくる。一度止まるなり抜くなりした方がよいのだろうか、と頭によぎる。だが、腰は更に深みを求め、その意志を無視して突き進んでいく。 
 全てを埋め入れ、その動きはようやく止まった。 
 クレアの固くつぶられた目の端には、大粒の涙が浮き上がっていた。 
 
「大丈夫か……?」 
 
 そんなわけが無いと分かっていながら、聞かずにいられなかった。 
 
「……大丈夫っ……です」 
 
 搾り出された声には、全く説得力は無かった。 
 わずかでも痛みが逸れるよう、クレアを抱きしめると、首に腕が回され、髪の毛ごとくしゃりと掴んで引き寄せられた。 
 しばらくすると、その首に回された腕の力が抜けてきた。 
 
「……もう……大丈夫、です。多分」 
 
 気丈に、クレアは微笑みを作ってみせる。 
 ――あぁ、この笑みに惚れたのだ。 
 今更ながらに、素直に認めた。 
 スイフリーは涙がまだ残っている目じりにキスを落とし拭う。 
 
「ゆっくりと、動く……」 
 
 クレアが小さく頷くのを確認し、スイフリーは慎重に腰を動かす。 
 動くたび、ぬとり、ぬとりと互いのものが絡み合っていく。それは緩慢な動作なだけに、淫猥にも映った。 
 最初は痛みを呑むような息遣いのクレアだったが、次第にそれが熱っぽいものに変わっていく。 
 
「んっ……。あ……ぁん。は……ぁ、や……んん!」 
 
 どちらからともなく、声と動きの律動のテンポが早まっていき、結合部分から滴る蜜は処女の血と混ざりあいながらも白濁して、ずちゅ、ぐちゅ、と粘質な音を立てる。 
 クレアは、今まで異物を拒否するように締め付けていたものが、次第に、より動きを感じるよう、そして何より自分を犯すものを離さぬように、懸命に咥えこむのを感じていた。 
 一方、スイフリーは己の高まりが限界に近づくのを察知していた。 
 このまま、全てをこの暖かな場所に吐き出してしまいたい。そういう欲望があることは確かだが、一心に腰を振っている自分と乖離した冷静な自分がそれを阻む。 
 絶頂を目前とし、スイフリーは引き抜こうと大きく腰を引こうとした。が、クレアの膝に力が込められ、その意志を挫く。 
 
「ばっ……」 
 
 馬鹿な事を。 
 そう叫ぼうとしたが、それは喉の奥でつまった。 
 クレアは涙目で、必死にスイフリーを求めるよう、細い両腕を伸ばして首を捕らえる。 
 クレアの声にならぬ叫びが全身から伝わる。 
 ――離れないで。 
 スイフリーの理性は、完全に粉砕された。 
 抜こうと引いたものを、一転して衝撃に任せ奥深く突き入れる。その瞬間、深奥に熱いものが爆ぜた。 
 クレアの叫びと、スイフリーの呻きが重なる。 
 しばらく互いの荒い息遣いだけが部屋に響いた。 
 それが落ち着いて、スイフリーは己をずるりと抜くと、行為の残滓がくぷりと流れ出る。 
 快楽の名残を見せ付けられ、その分罪悪感が呼び起こされる。 
 
「何故……あんな」 
 
 子供が出来たとしても、自分はまだしばらく一緒にいることはできないだろう。名代を勤めながら、差別の目が注がれる子を、一人で養うということは多大な負担となるだろう。それを、一時の快楽のためにクレアに押し付けて良いはずが無い。 
 問うてみたものの、恐らく宗教による理由を答えるだろうとスイフリーには予測がついていた。 
 しかし、スイフリーの予想は裏切られた。 
 クレアはまだ熱の抜けきらぬ状態のまま、弱々しくスイフリーの手に触れる。 
 
「……残して欲しかったんです。あなたとの繋がりを」 
 
 なんと、非論理的な理由だろう。信仰さえも盾にしていない、自分本位的な理由を、臆面も無く語るとは。 
 だが……スイフリーは、それに対して何も言うことができなかった。 
 不本意にも緩みそうになる口元を押さえながらスイフリーは何度か聞いたことのある台詞を言う。 
 
「……言ってて、恥ずかしくないか?」 
 
 クレアは、誰かと違い、微笑みながら答えた。 
 
「いえ、まったく」 
 
 どんなに言葉を尽くそうとも、この女には敵う気がしない。 
 この女とならば、例え白い目で見られようが、子供を成しても悔いはないという気持ちになってくるから、不思議なものだ。 
 そう思っていると、クレアは「それに」と言葉を続けた。 
 
「もし、子供ができたとしても……心配しないでください。謂れ無き偏見や差別になど屈しない、正しさを信じる心を持った子に育てますから、大丈夫です。 
 ファリス様が見守っておられますから」 
 
 ……早速、スイフリーは先ほどの自分の思いを前言撤回をした。 
 
 
 
 
END 
 
 
 

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