そこに映し出されるのは、淡い金色の短髪、意志の強さが表れている黒い眉、そして、真っ直ぐな目。  
 曇り1つも無い、大きな一枚鏡が備え付けられた鏡台。小さな手鏡だけでも決して安いものではないというのに、この大きさとなるとどれほどの値が張るだろうか。  
 この鏡の持ち主であり、現在その鏡とにらめっこをしているクレアはその値段は知らない。というのも、この鏡台をこの部屋に置いたのは、フィリスだからだ。  
 クレアとしては、領民の税をこのようなものに注ぎ込むのには無駄遣いだと抵抗があり、安物の手鏡で十分であると主張したが、フィリスは強引にクレアの部屋に置いた。  
「あなたはこの領地の名代なんだから。身だしなみに気をつけるのも、一つの仕事よ」  
 そう言うフィリスの顔は笑みが浮かべてあり、いかにもな理屈であった。だが、そう言われては引き下がるしかなく、仕方無しに折れて受け取った鏡台。  
 その鏡台を覗き込み、クレアはため息をついた。  
 20代後半に入り、30という数字が見えてきたとき、今まで気にもかけていなかった部分を気にせざるを得なくなってきた。  
 頬を指でつつく。以前のようなみずみずしさが、薄れてきているのがわかる。  
 ため息。  
 別に老いることに極度の抵抗感は無い。むしろ一般女性よりもその意識は低いほどだ。だが、それでも、無駄な比較をしてしまうと、ため息が出てしまう。  
 出会ってから数年と経つのに、スイフリーはまったく変わっていない。いや、むしろ外見だけで言うと、前髪をおろしてからは、以前よりも若く見えるかもしれない。  
 エルフと人間を比較しても意味の無いことは分かっているが、時の流れの早さの差を、感じてしまう。  
 コンコン、とドアのノック音。  
「クレア様、入りますね」  
 元気の良い、女の子の声。  
 扉からひょっこり顔を出したのは、リズだ。背と共に手足もすらりと伸びたものの、元来の幼さがまだ多く残っている。  
「スイフリーさんが戻ってきましたよ」  
 あぁ、この少女もこんなに成長するほど時は経っているのだ。クレアは思わず目を細めた。  
「スイフリーだけですか? 他の方々は」  
「はい、一人で来たようです」  
「わかりました。すぐに向かいます」  
 クレアは鏡台の椅子から立ち上がった。  
 
 
 羊皮紙が積まれたテーブルを挟んで、クレアとスイフリーは向かい合っていた。  
「この費用は?」  
「橋の補修の費用です。夏に氾濫を起こしたので」  
「あぁ、それでこの時の税を下げたのか」  
「ハイ。水害で作物が流れた地域が出たので」  
 スイフリーが近いうちに戻ってくるというのは、先日届いた手紙で分かっていた。  
 時折、フラリとこの城の持ち主達は戻ってくる。それは、1人でだったり、数人でだったりと、いつもバラバラで、全員が一緒に戻ってきたということはあまり無い。  
 今回は、スイフリーは1人で戻ってきた。  
 着いて休息も早々にして、スイフリーは領地の支出などの事務作業に着手していた。いつも、この男はそうだ。  
 羊皮紙から目を離さないまま、スイフリーが質問する。  
「何か困ったことは?」  
「いいえ、特別に困ったことはありません。問題は無いです」  
「……しかし、本当に欲が無いな。城代を務めているんだ、少しは自分の取り分を取ってもいいんだぞ」  
「いいえ、あなた方の財産を自由に使わせていただいていますから」  
「質素な暮らしと橋の費用に、な」  
「それで十分ですから」  
「まぁ、本人がそういうなら別にとやかく言いはしないがな」  
 羊皮紙の束を揃えながら、スイフリーはふと、アーチボルト達と合流したときの会話を思い出した。  
 
 
「え!? スイフリーたら、一度もクレアにお土産あげたことないのぉ!?」  
 ソースを口の周りにつけたまま叫んだのはレジィナだ。  
「はとこは人間として思いやりにかけるにゅぅ」  
 それを言っているのは肉にかじりついているパラサ。  
「グラスランナーがその台詞を言っても説得性がないぞ、はとこの子よ。  
 それに、なにか品物をあげる必要性が何故ある? 我々は彼女に正当な報酬を与えているではないか」  
「スイフリー、甘いですねぇ。あなたという人が未だ人間というものを分かっていないとは。  
 だから常日頃言っているでしょう。私と一緒に社会見学へいいお店へ行こうと」  
 破壊坊主を押しのけてフィリスが喋る。  
「クレアだって、まだ若い女の子なのよ? なのに、あんな片田舎にひっこんでもらっているようなことをしてもらってるんだから。  
 ちょっとは悪いと思わないの? ねぇ、そう思うでしょう? アーチー?」  
 しなだれかかろうとするフィリスの腕をひょいと避けながらアーチボルトが言う。  
「確かに、感謝の気持ちを示すには、一番分かりやすい方法ではあるな」  
 隣でフィリスは、頬を膨らませているが、本心では全然めげていないことだろう。  
「あの女は自分の信仰のためにやっているだけではないか。  
 秩序を守り、正しさを貫くことが、あの女の生きる道なのであろう。ならば、それを実行でき、それを社会に貢献できる立場にいられることこそ、あの女の最大の贈り物ではないか」  
 はぁ〜、とフィリスの大げさな溜め息。  
「わかってないわ、このエルフ」  
「無駄ですよ、お姉さん」  
「……口の周り、いっぱいついているわよ、レジィナ」  
 そう言われて初めて気づいたのか、慌ててレジィナは手の甲でぬぐう。それを見ていられない、とでも言うように、フィリスはナプキンを渡す。  
「だいたいだな。なぜ、私だけ責める。  
 この中で私以外に贈り物をしていない者が1人くらいいるんじゃないのか?」  
「えー。私はしてるわよぅ。彼女、自分に無頓着なんだもの。鏡に、香油に、櫛に。あと色々」  
「私は、各地のおいしい食べ物。あ、トップには上等なお肉を買ってるよ」  
「私もいざというときの珍しい薬草や薬などを」  
「私は、地方の特産物など……あぁ、そうだな。ファリスの聖印をかたどった工芸品のアクセサリーを最近はやったぞ」  
「俺はね、俺はね、毎回行くたび、とにかく一杯お土産をあげてるにゅぅ」  
 それを聞いて、流石のスイフリーも固まる。  
「ほぉーらぁー」  
 ニヤニヤとした顔でフィリスがスイフリーに勝者の目を向ける。  
「だ、大体、相手の欲しいものが分からないのに、あげたって相手は困るだけだろう」  
 かろうじてのスイフリーの反論。  
「そんなこと無いわよ。こういうのは気持ちだもの」  
「確かに、クレアは喜んで受け取ってくれたな」  
 アーチボルトが何気なく言葉にする。  
「俺もねーちゃんの喜ぶ顔を見るのが嬉しいにゅ」  
 ―――あの女の喜んだ顔だと? 想像もつかない。そういえば、あの女の喜んだ顔は一度も見ていない。  
 いつもの真面目腐った顔以外、スイフリーはクレアの顔を知らなかった。  
 
 
「そういえば。なにか、欲しいものはあるか?」  
 唐突過ぎる質問に、クレアは目をぱちくりさせた。  
「……どうしたんですか?」  
「どうもしない。ただ聞いているだけだ」  
 クレアのその反応に、渋面を示すスイフリー。  
 自業自得ではあるのだが、意外に思われたのが少し癪だった。  
「いえ……。そうですね。  
 必要過ぎるほどに、いつも他の方々からいただいてますから」  
 他のヤツらがあげているからこそ、聞いているというのに。  
「無いなら、別にいいんだ」  
 スイフリーは整えた羊皮紙の束を今度は積み重ね、テーブルの上を片付け始める。  
 クレアは、まだ顎に手を当てて考えている。  
 と、ぽそりと言葉がクレアの口からこぼれた。  
「……子供」  
 スイフリーの思考回路が一瞬停止する。  
 クレアもその自分の口から出た言葉に驚いたのか、唇に手をあてていた。  
 妙な空気がしばらく流れた。  
「……リズがいるじゃないか」  
 その空気を振り払おうと、努めて冷静に答えようとしているも、スイフリーの長い耳がわずかにひくひくと動揺を表している。  
 クレアは答えない。というか、動かない。  
 わかっている。そういうことではない。というか、もうリズはこの数年ですっかり大きくなっていたのを先ほどスイフリーは確認している。  
「……あぁ、そうか。結婚をしたいということか? 名代をそのまま続けてもいいし、辞めたいというなら止めはしない。後任者を選んでくれると助かるが」  
 ようやく、徐々に頭の回転を取り戻す。  
「仲間と喋っていて、悪いという話は出ていたんだ。反対する者などおらんだろう。話はしておく」  
 椅子から立ち上がり、逃げるように退室しようとしたとき、クレアも同じく立ちあがる。  
「そうではなくて……」  
 覚悟を決めたように、真っ直ぐとスイフリーの目を見つめて、ハッキリと告げた。  
「スイフリー。あなたの子供が欲しいのです」  
「な……」  
 何を言うんだ、この女は。その言葉は声にならなかった。  
「私は、あなたを愛しています」  
 まるで神に告げるかのようなその言葉が部屋に響く。  
 無言の空間。まるで静寂(サイレンス)がかかったみたいに。  
 
 沈黙を破ったのは、落ち着きを取り戻したスイフリーだった。  
 はぁ、とため息のように吐き、スイフリーは着席する。テーブルに肘を立てらせ、額を手のひらに預ける。  
「勘違いだ」  
 突き放すかのような断定。視線は他所へ。  
「本気です。嘘は不善ですから」  
 確信的な揺るぎの無い声。眼差しは自分に向かぬその目に真っ直ぐと。  
「確かに、勘違いは嘘とは呼ばないな」  
 計算して待ち構えていたかのように、視線がクレアに向けられ、鋭く突き立てられる  
 一瞬、クレアはその言葉に詰まる。が、ひるまない。  
「なぜ、本気では無いとおっしゃるんですか」  
「私は、本気ではないとは言っていない。  
 本気か本気でないかは主観的な問題だ。勘違いかどうかというのは客観的な判断だ」  
 質問の意図は分かっているくせに遠回りをした回答をする。  
 だが、クレアは落ち着いてそれを受ける。  
「ならば、何故、勘違いだとおっしゃるのですか」  
「……椅子に座って落ち着いたらどうだ」  
 クレアはスイフリーに促され、しぶしぶ再び椅子につく。  
「私は、今まで人間を見てきた。  
 人間は短い寿命で、命を継がねばならん。その短い時間で、正しい伴侶を見つけることができるものか? いくら人口が多く、出会いが多かろうと、判断するのに費やす時間は、あまりに短い。  
 いや、むしろ出会いが多いからこそ、それぞれの判断する時間がより短くなるのだろうな。  
 だから、多くの人間は妥協する。抱いた感情を疑いもせず、勘違いを愛と呼ぶ。いや、思い込もうとする、というのが正しいかな」  
 スイフリーの顔は皮肉げに笑いもしていない。淡々と語る。観察者の眼。  
 それに反論しようとした時、スイフリーが先を制した。  
「至高神に愛され、神の声を聞き、神に祈りをささげ、神の意志を汲み邪悪を断じ、正義と秩序のために働き、神殿の中でも高みへと行く階段を一つ一つ踏みしめながら登りゆく。  
 が、ある日、勝手な判断と行動にて神殿の秩序を乱し、閑職へと追いやられる。その後、こののどかな領地にあるストローウィック城の城代となり、現在に至る」  
 あまりにそれは唐突すぎて、クレアは最初、何を言いたいのかわからなかった。  
 スイフリーは一呼吸分、間をおいて続ける。  
「神殿にいた頃は、神の存在に夢中になって、周囲を見る余裕がなかった。そして、出世の道を閉ざされ、周囲を見るようになるも出会いは無し。気づけばこの田舎で数年をすごしている自分に気づいた。  
 そこで、焦りが生じた」  
 違うか? とでも言うように、クレアに一瞥。そこに侮蔑や嘲笑の色は無く、単なる確認――観察者の眼。  
 クレアは、自分に残ったなけなしの意地を振るい絞る。  
「ですが、私はあなたを……」  
「私を選んだのは」  
 残酷にも、それは先回りされ、遮られる。  
 今更ながらにクレアは実感した。スイフリーは、己を守るためならば容赦はしない。  
「転がり落ちたきっかけが、私だったからに過ぎない。  
 それを運命と呼びたいだけだろう」  
 クレアは、喉元に剣の切っ先を突きつけられたかのような錯覚に陥った。  
 
 クレアの中に悔しさが込み上がり、顔に血が上る。  
 何故、スイフリーは否定するのか。何故、スイフリーは受け取ることをしてくれないのか。何故、スイフリーは自分の気持ちを理解してくれないのか。  
 そして何故、自分はスイフリーを好きになったのか。  
 顔を真っ赤にし震えるクレア。涙を堪えているようにも見える。それを見て、スイフリーは、己が出て行くべきなのだろうと判断した。  
 だが、椅子から尻を浮かせかけたその時、クレアが口を開いた。  
「……本気です」  
 その言葉に、スイフリーは呆れ半分に答える。  
「さっきも言ったがそれは主観的な……」  
「私は」  
 今度は、クレアが遮る。意外な反応に、スイフリーも押し黙る。  
「本気です」  
 スイフリーとは違い、打算など無い、無様な体当たりの言葉。  
 瀕死の獣が、本能だけで喰らい付くような、純粋な力任せ。  
 しかし、スイフリーはそれすらも躱す。  
「幻想だ。  
 クレア、お前は恋愛に夢見ているに過ぎん」  
「何故、そう思うのですか」  
「概して、人間は……特に女性はその傾向にある」  
「それは、全ての人間がそうだとは限らないわけでしょう」  
 クレアの反撃。だが、スイフリーは戸惑いはするものの怯まない。  
「確かに、そうだ。だが恋愛経験が乏しい者ほど、その傾向はさらに強くなる」  
「先ほども言いましたが。  
 それは、全ての者がそうであると言い切れはしないものでしょう。初めての恋で、真実の愛を得られる者も、いるはずです。千人に一人か、万人に一人か……。  
 そして、その一人が、私ではないと言い切れることは、無いはずです」  
 詭弁だ。『それが自分である』ということだって、言い切ることはできないし、ましてやその確率の方が高いのだから。  
 だが、スイフリーは指摘しない。まともに相手にすると、力押しで返ってくるだけなのだから。ましてや単純な力比べは、得意ではないし趣味ではない。  
「やはり、幻想を抱いている」  
 スイフリーはわざとらしく、ため息をついてみせる。  
 その挑発に、クレアはいとも簡単にのせられる。  
「夢想ではなく、真実です」  
 己が正しければ恐れることが無いファリス神官は無謀だ。退く事を知っていれば、深く傷つくことも無いだろうに。  
 スイフリーは我ながらひどく卑怯な手だと自覚し、自嘲した。きっと、はたから見るとそれは嘲笑にしか映らないだろう。  
 それは、ひどく悪趣味だ。だが同時に、それだけにこの純粋な女には効果的でもある。  
「ならば、男のモノにその唇を寄せることができるか?」  
 クレアの表情が、唖然となる。何を言われたか理解できないようだ。  
 
 スイフリーは構わず続ける。先ほどまでとは違い、道化じみたように、謡うように。  
「子供が欲しいのだったな。だが、性交渉はただ美しいだけのものではないぞ? クレア。  
 男のモノをその身に受け入れねばならんのだからな。  
 正義と秩序を重んじるがゆえ、潔癖であらせられる至高神の神官クレア・バーンロード嬢には、それができるかな?」  
 その言葉を聞くうち、クレアの顔がみるみると朱に染まっていくのは、信仰の侮辱に対するものだけではないのは明らかだ。  
「な、なにを……! 正しき、せ、性交しょ……では、口に……そんな……!」  
 クレアは必死に何かを主張しようとするが、舌と頭がうまく回らないらしく、まともな言葉にはならない。顔はすでに耳まで真っ赤になっている。  
「正しい性交渉とはなんだ? 生殖活動のことを指すのか。  
 ならば、相手に対する労わりや慈しみを無視し、単に突っ込んでしまえばそれで終わりだな。お前の神は、それを望んでおられるのか?  
 ならば、そこにお前の主張する愛とやらの介入がどこにある?」  
「わ、私は……!」  
 クレアは口走ってみたものの、それは勢いだけで二の句が継げないのは容易に見て取れる。  
 スイフリーは容赦なく続ける。チェックメイトだと言わんかのように。  
「それが、お前の答えだ」  
 その言葉にはっとしたような顔つきになるクレアを見て、スイフリーは心の中で苦い顔をした。  
 卑劣な手であることは分かっている。相手の清廉さを突いた卑怯な手だ。  
 クレアの顔は、再び血色に染まっていく。  
 と、クレアは急激に立ち上がる。  
 無理な力の加え方をしたのだろう、椅子が音を立てて倒れる。だが、クレアは気に求めず、スイフリーにずんずんと近づいて来る。  
 クレアの瞳は燃え上がっている。目を逸らさず、スイフリーはそれを受ける。  
 あぁ、一発殴られるな。  
 スイフリーは覚悟した。当たり前だ。あんな言葉、侮辱以外の何であろうか。  
 クレアが迫り、舌を噛まないよう、歯を軽く食いしばる。  
 しかし、クレアがスイフリーの両肩に手をかけたことに疑問を持った直後、クレアの顔面が迫り、勢いよく唇がぶつかる。お互いに歯を食いしばっていたらしく、唇の柔らかさは微塵も無く、ガツっと音がして痛みが走った。  
 スイフリーはその不測の事態に、慌ててのけぞる。  
 当然のように椅子ごとひっくり返り、大きな音と共に後頭部と背にに鈍痛が走った。  
 何が起こったのか把握できないまま、身を起こそうとしたとき、足元から震える声がした。  
「私は……あなたを愛しています! それは真実であり、虚偽ではなく、ましてや勘違いでも幻想でもありません!」  
 クレアはやはり怒っている。怒ってはいるが……これは、単に意地になっているだけだ。  
 首だけを起こし、クレアの予想外のキレ具合を確認して、スイフリーは慌てた。  
 反射的に身を起こそうとするも、椅子の足が横になっていて重心がうまく下半身にかからない。慌てて横に身をねじろうと思ったが、クレアは椅子の四肢の間――スイフリーの両足を割るように身を置いている。  
 ただ残された方法――肘を使って頭上へと背で這い進む……が、圧倒的に遅かった。  
 クレアの顔は、スイフリーの下腹部へと近づいていた。  
 いや、むしろ先ほどスイフリーが移動した分、座席の遮りからの角度が緩くなり、それは容易なものになっている。  
 
「クレア……!」  
「だ、だ、黙って、いて、ください!」  
「待て! 待つんだ!! 私が悪かった! あれは冗談なんだ!  
 だから……だから止めるんだ!!」  
 先ほどまでの冷静さは吹っ飛び、スイフリーから情けない叫び声が上げられる。  
 だが、クレアはそれを無視する。いや、聞き入れる余裕が彼女にはもう無いようだ。  
「姦通は、不道徳ではないのか!? お前の神はそれを許すのかっ!?」  
 ビクリとクレアが反応する。身に染み付いた信仰心はやはり消せないようだ。その安堵はわずかな時間しか保たれなかった。  
「……姦通ではありません。正しさの証明です」  
 スイフリーは、先ほどの言葉が完全に裏目に出たことを思い知らされた。  
 とりあえず、身の自由が先決だ。  
 足の自由を確保しようとするが、クレアの脇でそれは固められた。  
「っ……!」  
 声にならぬ声が思わず出る。何も足を拘束された焦りからではない。スイフリーのふくらはぎに二の腕と、胸の柔らかさと暖かさを感じてしまったのだ。  
 一瞬、下半身に血流が巡る感覚に陥る。が、まだ理性的判断の舵は取られていない。  
 左肘で上半身を起こし、身を支え、右手でクレアの額を押し返す。するとクレアは右手で手首を掴む。  
 片足が自由になるが、それは左足だ。現在重心は左にある。効果的な抵抗が出来るほどのことはできない。だが、それでも虚しく足をばたつかせる。  
 より、クレアの脇に力が入る。  
 より、クレアの胸の膨らみが足に押し付けられる。  
 体中の血の流れる速さが加速する。スイフリーは必死にそれを押し止める。  
「く、クレア、やめるんだ……!」  
 心なしか先ほどより声が弱々しくなっていることを自覚せずにはいられない。  
「黙って、ください!  
 か、か、噛みますよ!?」  
 その無知ゆえに残酷な脅しに、スイフリーはびくりと反射的に身を竦ませる。  
 なんとかしなければ。残された手段―――周囲を、クレアを観察する。  
 だが、目に入るのは、眉間に皺を寄せ、顔を赤らめつつ、潤んだ瞳で震えながら、己の恥辱の抵抗と戦いながら必死に鼻先をスイフリーの股間に近づけようとしているクレアの姿。  
 実際は布越しなので感じているわけではないというのに、その距離だときっと吐息がかかっているのではないか。そう思うと頭が痺れた。  
 ふくらみをもったものが、固さを持ち、ズボンを押し上げる。  
 羞恥心。だが、クレアの息の呑む音と怯む様子にそれはすぐに薄れた。  
 まだ残っているなけなしの理性ではやめることを望んでいるというのに、スイフリーはその様子に、心の隅で傷ついていた。  
 しばらく、クレアは、スイフリーの盛り上がったモノを見ては目を逸らしの繰り返しをしていた。  
 と、スイフリーの手首とズボンの布地を、小さくぎゅっと握る。スイフリーはその箇所が熱くなるのを感じた。  
 クレアは、再び距離を詰める。  
 動機が激しくなり、クレアの息も絶え絶えになってきている。それが扇情的であることを彼女は知っているだろうか。  
 
「…んっ……」  
 クレアの中に残った躊躇いが、息の乱れを堰き止め、甘い響きを持って絞り出た。思わず、その声にスイフリーは思わず唾を飲む。  
 今やスイフリーは、抵抗をやめていた。意識の遠いところで「ダメだ」という叫び続けているというのに、血液が下半身に流れ込むばかりで、力が入らない。中心部に熱が集中していく。  
 再び、ゆっくりと、クレアの唇が盛り上がりを見せている場所へと近づく。それはもう指先一つ分の距離でしかない。  
 そこで再び止まる。クレアの小さく開いたその唇から、今度は確かに、布越しでその吐息の熱が感じられた。  
 スイフリーは寸止めによる苦痛と興奮を感じていた。。  
 もう、スイフリーは思考を放棄していた。ただ、クレアの一挙手一投足を見つめ、感じることだけに意識が集中している。  
「……ぁ…ん」  
 クレアの意味の成さない吐息の漏れる音が痺れるように耳に聞こえたかと思った時。  
 そっと、柔らかいものが屹立したものに布越しで触れる感触が、確かにあった。唇が薄く布地を挟み、ふつ、とそれを離す。  
「んっ……!」  
 その刺激による実際の快感など、おそらく皆無に等しいだろう。だが、そのわずかな布擦れに、スイフリーは思わず声をあげた。  
 クレアは、息を止めていたようで、大きく吐息を吐き出すと、慌てて身を起こし、後ずさった。  
「あ、あの……私……」  
 先ほどと比べるべくも無く、真っ赤な顔色のクレアは、何か言おうとしては言葉にならぬようで、しばらく金魚のようにパクパクと口を開閉している。  
 ようやく出てきた言葉は。  
「……失礼します」  
 棒読みでそれだけ言うと、足早に、しかしぎこちなく部屋を出て行った。  
 取り残されたのは、倒れた2脚の椅子と、己を怒張させたままのエルフが1匹。  
「……どうしてくれるんだ……これは」  
 スイフリーは額に手を当てて呆れるように嘆いた。  
 その後、ストローウィック城内を隠れるようにコソコソと、前屈みになったまま移動するスイフリーの姿があったとか。  
 
END  
 

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