○『無理強いは、したくない…』
「…イリーナ」
浴びせるようなキスを中断し、ただ、抱き締めた。
「……イヤか…?」
耳もとで呟くように囁くように、ヒースはイリーナに問掛けた。
「兄さん…兄さんっ…わたし…っ…」
ヒースの薄い色の金髪に頬を埋めながら、イリーナの両手は、ヒースにすがりつくような形で添えられた。
「………わたし」
言葉に詰まる。言葉が、見つからない。
ヒース兄さんの事は、当前のように『好き』で。
こうして抱き締められいても、それが当たり前の、親愛の愛情と、感じるくらい。
ただあまりに突然で、心の準備がまるで出来ていなくて。あまりにヒース兄さんが、卑怯で…。
意外で。
「ズルイです。……聞いてナイです」
「……ナニがだ」
低くくぐもった、震える声。男の声、だった。
「だって、わたし…ヒース兄さんの気持ち…聞いてナイです…」
次の瞬間。イリーナの身体に異様な感覚が走った。
ヒースがイリーナの耳朶を、口に含んでいた。
「まだ…わからないのか?」
舌で耳たぶを舐めあげながら、ヒースがイリーナの耳に、言葉と息とを吹きこんだ。
「どこまで鈍感な鋼鉄の女なんだ、お前わ」
ヒースの腕が身体を這う。イリーナの身体をヒースの大きな手が、まさぐり始めた。
「う、ン…っ…!」
硬くシコった胸の頂点を、摘む。
まだ男を知らない固い花の蕾は、触る度にビクビクと反応する。
「……こんなに、身体は敏感なのに…な」
「…うぁ…っ」
身体を覆う未知の感覚に、イリーナの背が反り、腰が跳ねる。
呼吸が獣のように、荒くなっていた。
甘い──疼き。
両足の狭間、身体の奥。イリーナの女性の部分が男性を。『ヒース』を求めていることを、イリーナは自覚した。
「…あ…」
羞恥心から、そして誰かに申し訳なくてイリーナは顔を、両方の手の甲で隠してしまう。
今ヒースは『兄』ではなく、ひとりの『男』としてイリーナの前にいる。
ヒース兄さんに、キスをされた。──もっとほしいと思った。
兄さんの腕に抱きしめられている。
──…ずっと、抱き締めていて欲しいと思った。
ひとりの少女として扱われ、求められているコトが…嬉しかった。
──嬉しい、と思った。
それでも未知の体験に対する恐怖がイリーナを躊躇わせた。
けれど。
イリーナはヒースのこの身体の温もりを信じたいと、思った。
──『大切なこの人』を、失いたくなかった。
今、彼を。『ヒース』を拒絶したなら、2度目がナイ事を、本能的に感じとっていたのかも知れない。
僅かに身じろぎをすると下半身が、ヒースの下半身の硬いモノに触れた。
それが何か察して、イリーナは頬を染め、身をすくませた。
「イリーナ」
「…その…お願いです。兄さん…時間を、ください…」
「……」
ヒースは応えない。
「……いきなりは…いや…です」
ひゅっ、と、ヒースが息を飲んだ音がした。
「…兄さんの気持ちは…わかりましたから…お願いです…。…その…段階を、踏ませてください…」
イリーナはそっと横目で、ヒースの顔を窺う。
イリーナの目には、ヒースが半眼になって何かに耐え苦しんでいるように、見えた。
「兄さん…」
イリーナの茶色の瞳に、ヒースが映る。
ヒースの暗い色の瞳にイリーナの怯えた姿が映る。
揺れる瞳の中に、互いの思いを感じとり…受け入れた。
頬に手を這わせると、イリーナがその手を重ねてくる。
重なる手をそのままに、唇を寄せた。
イリーナがその瞳を閉じれば、その印象は一変する。
きつい印象の強がりで勇猛な猛女から、柔らかな雰囲気を纏う少女へと。
重ねた。ついばみ。より深く求める。イリーナの口内に、ヒースの舌が侵入した。
唇の感触。肌の熱さ。柔かさ。吐息の熱さ。
ヒースの舌の感触が──卑猥。
八重歯を舐められて、背筋がゾクゾクする。
熱くて柔らかな心地良さ。ずっと、ずっとして、いたかった。
口内に溜る唾液を混ぜ合わせ塗りつけて……互いに、飲み下した。
イリーナの口もとの唾液の雫を、ヒースが指先で拭う。
「あ、んっ…兄さん…」
イリーナはそんなヒースの扱いの気恥ずかしさに、顔を真っ赤にして伏せ隠した。
そっと、苦笑する。
本当はもっともっと、行き着くところまで行ってしまいたいけれど。
イリーナは、まだ綻びはじめたばかりの華。
ずっと大事に見守り育てていた、華だ。
華開き、他の誰かの人目を惹く前に、摘みとってしまいたかった。
その華の中に顔を埋めて匂いを確かめ、他人に摘みとられる前に摘みとる事を、いつしかヒースは願っていた。
後悔したくない。
イリーナが大切で…とても大事で…欲望のまま、傷つけたくはなかった。
俺はイリーナに、無理強いは出来ない。
終わりじゃない。始まり。これはまだ、ほんのはじまり。
緩く手を重ね、指を絡める。
イリーナを、この少女の手を、手放す気はもうない。
(コイツめ。やっぱりお前は、俺を振り回す気か)
軽くため息をつく。やはり一筋縄ではいかない。そうだろう。
俺様だけの、特別製の猛女サマだ。
「…これが『冗談だった』なんて、お願いですから、言わないでくださいね。
私、いっぱいいっぱいで、何を言えばいいか、良くわからないんですケド…嬉しいんですから…」
イリーナが切なそうに茶色の瞳を細め、淋しそうな顔をした。
それを心底、嬉しく感じる。
驚いた様に、目を見開いたのは一瞬で。すぐ様、意地悪く顔を作り笑って見せる。
ヒースは言わない。ナニも。
ただ、両手でイリーナの顔をとり、軽く唇を触れ合わせるだけだ。
そのままイリーナの頭を抱き寄せ、柔らかな栗色の髪を、そっと撫でる。
横目でイリーナの横顔を窺う。
目を閉じて、ヒースがそうであるように、腕の中の温もりに身を預けているようだった。
愛しかった。ただ、愛しかった…。
それからふと、イリーナの言葉に思い至り頭を抱えたくなった。
『段階を踏む』
ソレは、ひねくれて見栄っ張り、そして照れ屋なヒースの最も苦手なコトだった。
「…ふぁ」
イリーナがヒースの胸に顔を埋めて隠し、やっと今、解放されたばかりような声を出す。
その声音に甘いモノを感じて驚き、そしてヒースは優しい笑みを浮かべた。
【終】
「ふ…まったく、いつまでたってもオコサマめ」
ヒースがイリーナの耳元で愚痴る。
「…う、うるさいですっ」
「あのな、イリーナ。ここはしおらしく『私を大人にしてクダサイ』とか言って誘うもんだゾ?」
「だから…それは…っ!」
「まったく、この色気ゼロな幼児体型のお前を抱いてやろうなんて気をおこすのは俺様くらいだ。感謝しろ? とっとと俺様の気がかわらんウチに『女』になっておけ?」
「──ッ!?」
(めきょ)
「う、ぅおぉ…!?」
ヒースの顔に、真っ赤になったイリーナのコブシがめり込んだ。
ヒースが顔を押さえて、のたうちまわる。
今までのコトを思えば、遅すぎるくらいだ。
イリーナはこの上なく『大人しく』していたのだった。
(やっぱりヒース兄さんってデリカシー、ナイです。わかってナイです!)
コブシを作ったままイリーナは、この恋人未満の兄貴分に内心、深い深い溜息をついた。