暖炉にくべられた薪が、バチっと音を立てて爆ぜた。
「……あれ?」
その音で目を覚ましたリュクティは、目に映った天井の模様に首を傾げる。それは〈牢獄亭〉に借り
ている自分の部屋とも〈草原の憩い亭〉にあるレイハの部屋とも異なっていた。
「あ、そうか。ここ、サティアさんの家だっけ」
一昨日の晩、彼は、ほんの思いつきでレイハに「君の手料理を食べてみたい」とねだった。横で聞い
ていたサティアが当人たちよりも乗り気になるなんて、思いもせずに。
ヴェーナー神殿に申しつけられた届け物のため、夫と二人で出かけることになっていたサティアは、
自宅の鍵を二人に預けたのだった。
「行き先は片道にたっぷり一日かかる村ですから、帰ってくるまで三日かかります。私たちが留守の
間は、好きに使ってください」
かくして恋人の手料理を堪能する機会を得たリュクティは、湧き上がる衝動に身を任せ、アディ家の
寝室で翌朝を迎えることになった。下着一枚つけない格好で。
「ええと、夕飯をご馳走になった後、その場で服を着たまま三回、風呂場に舞台を変えて二回。それ
からベッドで三回……記録更新はならず、か」
指折り数えて現実逃避するリュクティだけれど、すぐに自分をごまかしきれなくなる。
「いくら『好きに使っていい』ったって、ご夫婦の寝室まで勝手に使うのはヤリすぎだよなぁ……」
――それ以前の問題だ。
と、自らツッコミを入れようとした時、薪が爆ぜる音が再び彼の耳を叩いた。
春真っ盛りなベルダイン。暖炉に火が入れられているのは、洗濯物を乾かすためだった。
男女一組分の服が下着まで一揃いずつ並んでい干されている光景は、冷たい泥の海での出来事――初
めてレイハの肌を目にした瞬間――を思い出させた。
着替えなんて用意してあるはずもないから、タオルを一枚借りて腰に巻き付ける。
「ん? ってことは」
そのことに気付いたリュクティは、レイハの行方を求めて寝室を後にした。
抜き足差し足で――シーフ技能なんてないから、気分だけ――キッチンの扉に忍び寄り、音を立てな
いように押し開ける。隙間から、タン、タン、タン、と包丁の音が聞こえてきた。
中にいる相手に気付かれないよう、こっそりと覗き込む。
――おおっ!
もれ出しかけた感激の声を、リュクティは必死で呑み込んだ。
彼の恋人が身につけているものと言ったら、エプロン一枚だけ。その可愛らしいデザインと、彼女の
全身に彫り込まれた刺青とが、不思議なコントラストを描いている。
くびれた腰に巻かれたフリル付きの帯がリボン結びにされて、引き締まった尻の上に垂れ下がる。
弾力のあるふくらみが胸の前掛けを押し上げ、今にもこぼれ出してしまいそうだ。
それら全部が彼の――世界中で彼だけの――所有物なのだ。
――辛抱できん!
扉を押し開けたリュクティは、恋人の背中に飛びかかり、いきなり抱きしめた。
「……おはよう、レイハ。今朝はえらく挑発的だな」
「うわっ!」
少々色気にかける悲鳴をあげたレイハの顎をつかんで振り向かせ、朝の挨拶にしては濃厚すぎるディ
ープキスを浴びせる。
数分後、ようやく唇を解放されたレイハは、顔じゅうを朱に染めながら言い返す。
「ば、バカ! こんな格好は、私の基本的性格に反する! お前に着ているものを汚されたから、洗
濯物が乾くまでの間、仕方なく……」
「そんなこと言ったって、これは『朝ご飯にミラルゴ料理を召し上がれ』ってカッコだぜ」
にやにやと笑いながら、リュクティは薄い布地の上から乳房をもみしだき、尖りかけた乳首を親指と
人差し指でつまんでこねくり回す。
「こら……危ない、だろう……」
切ない吐息をもらしながら、レイハは手にしていた包丁を横にどけた。
そそり立つ逸物をレイハの尻肉に押し当てながら、リュクティの左手は彼女の腰の曲線をなぞって下
降し、やがて、茂みをかき分けてその奥深くにまで潜り込む。
「あぅ! 夕べ、あれほどしておいて……まだ足りないのか?」
息を乱しながらなじるレイハの耳許に息を吹きかけるようにして、リュクティはささやく。
「そんなのは夕べの分だ。ほら、君のここだって、今朝の分が欲しいって言ってるぞ」
ぐっしょりと濡れた左手をレイハの目の前にかざし、指と指の間に糸を引かせる。それは、窓から差
し込む陽光を受けて、きらめいて見えた。
「違う! 私は、そんな……!」
何がどう違うのか自分でも判らないまま、レイハは快楽に溺れる我が身を懸命に否定する。
「そいつは残念。でも俺は、今朝はレイハをいただくって決めたんだ」
そう言ってリュクティは、洗い場に恋人の両手をつかせて腰を突き出すポーズを取らせる。本当は彼
を受け入れたくて仕方がない部分が、丸見えになった。
「こんな姿勢……なんて!」
食い入るような視線を意識したレイハは、すでにぐっしょりに濡れていたその場所から、新たな淫蜜
をあふれ出させる。
「……もう、我慢ができない。今朝の分を、私にくれ」
とうとう観念したように、彼女はリュクティへと差し出した尻を振り、自分から誘いかける。
「いいとも!」
切実な求めにうなずいたリュクティは、間髪入れずに彼女を貫いた。
「あっ! あぁ……あ……」
“今朝の分”を受け入れることができた充足感が、この家の女主人から勝手に借りたエプロンを身に
付けている自分を、レイハに思い出させる。
「あ……待ってくれ、リュクティ。先に、エプロン、脱がさせて……」
「ダメだよ。もったいないじゃないか」
リュクティは激しく腰を動かし、洗い場についたレイハの手を外せないようにした。
「ああっ! こんなっ! ご、ごめんなさい、サティアさん……っ!」
後ろからガンガンと揺さぶられながら、レイハは口走った。その背徳感が、彼女を貫く男を、そして
彼女自身をいっそう昂ぶらせる。
「あっ! あっ! あっ! あぁっ!! もう……いくっ! いくぅ!!」
びくびくと全身をふるわせて、レイハは早くも絶頂を迎えた。
それでもリュクティは、腰の動きを止めようとしない。昨晩の連戦をくぐり抜けた男性自身は、未だ
に上り詰めることができないでいた。
彼はレイハの背中に覆い被さると、跡が残るほど強く首筋をついばみ、肩紐が外れてこぼれ出した乳
房をもみ回し、逆の手では秘唇を攻め立てる。
「や、やぁ……そんな……」
達したことで敏感になっている肌を乱暴に刺激されて、レイハはのたうった。圧倒的な快感に呑み込
まれて、悲鳴にも似た嬌声をあげる。
「ああっ! あっ! またっ! い、くぅ……っ!」
再びの絶頂で女淫がびくびくと脈打ち、中に包み込んだリュクティにからみつく。
「うっ! 俺も! いく!!」
両手でレイハの胴をつかんで、リュクティは精一杯に腰を突き上げた。
「おおおっ!」
「あ、あ、あぁぁぁぁっ!」
レイハの子宮がリュクティの精液を浴び終えた時、二人は一つにつながったまま、その場にしゃがみ
込んだ。
気絶こそしなかったものの、二人はしばらくそこから動くことができなかった。立ち上がることはお
ろか、交合を解こうという意思すら働かない。
特にレイハは、背中に感じるリュクティの温もりがなかったら、自分が生きているかどうかすら疑い
たくなる気分だった。
「……サティアさんたちは、明日まで帰ってこないのだったな?」
ようやく言葉を発したレイハは、けだるそうな声で確認を取る。リュクティも、疲れ切った声でそれ
に応じる。
「ああ。そのはずだ」
「そうか、それでは……」
肩越しに振り返って、レイハはにんまりと笑った。
「それでは今日は、お前とつながったままで一日を過ごすことにしよう」
同日同刻。
「くしゅん!」
ベルダインから徒歩で一日の場所にある小さな村のヴェーナー神殿――常駐する神官すらない、小さ
な祠――に設けられた仮の寝室で、サティア・アディは可愛いクシャミをした。
それを見て、彼女の夫が心配そうな顔をする。
「風邪でもひいたか? 夕べは裸のまま眠ってしまったから……」
「大丈夫よ。これはきっと、リュクティさんたちが私の噂をしてるんだわ」
そう言ってサティアは、ふっとため息をついた。
――帰ったら、お掃除が大変だろうなぁ。あの二人、あんまり無茶をしてなければいいんだけど……
END