rア 1*『とりあえず解呪するか…』  
 
「とりあえず解呪するか…」  
起こすのは諦めてベッドから降り、本棚に立てかけていた杖を手に、引出しから服を取り出した。  
「おーい、解呪するぞ〜」  
その言葉に、ぴくんとイリーナの耳が反応する。  
コロンと体をひっくり返し、起き上がると、ちまりと座った。  
そして大きなあくびをひとつ。  
「うっぁずうずうし」  
あまりにすばやいその動きに呆れてしまう。  
「にゃっ」  
イリーナは当然とばかりに短く鳴くと、つんと澄まして首を傾ける。  
大きな手で小さな頭を包み込み、くるりと撫で回した。  
目を細め、気持ちよさそうにのどを鳴らす姿は、人間の時と同じくらい可愛らしい。  
指先を首元に下げ、毛とリボンの隙間に入りこんでしまっていた先端を掴んだ。  
軽く引くと、何の抵抗も無く解け、指先には真っ赤なリボンが垂れ下がっている。  
当座の所は不要なそれを、机の上に移動し、イリーナへ視線を戻す。  
大きな瞳はきらきらと期待に輝き、じっとヒースを見つめていた。  
その上に、服をぱさりとかぶせる。  
「うにゃ?」  
ヒースの体格相応の服だから、猫の姿はすっぽり包まれてしまう。  
隙間からイリーナが不思議そうに唸るのが聞こえる。  
「そのまま、そのままな」  
這い出そうとするイリーナを声で押しとどめ、両手を複雑な動作で動かし、呪文を詠唱する。  
それが分かったのかもぞもぞとしたイリーナの動きが、服の下から顔をのぞかせた所で止まった。  
 
ヒースは集中し、集中し、一つ一つの動作に注意しながら、精緻な魔力を織り上げる。  
そして鍵となる、最後の一言。  
「【ディスペル・マジック】」  
織られた魔力が一点にまとまり、帯のようにイリーナの体に巻きついた。  
イリーナの体に働く魔力を次々と解読し、打消し、束縛からほどいていく。  
全ての力が解呪された後に残るのは、見慣れたイリーナの姿。  
かぶせていた服はずり落ち、体の一部分しか覆っていない。  
ベッドの上にぺたんと座り込む彼女は、急激に変化した視界に戸惑っているようだ。  
ゆっくりと両手を持ち上げ、両手十本の指の動きを確認するように織り込みまた開く。  
はたはたとひざを叩き、ふにふにと自分の頬をつまむ。  
イリーナの視線が、にやにやと笑う目の前の兄貴分の顔に移動する。  
床に素足をつけ、立ち上がった。  
ぱさりと服が、床に落ちる。  
ぱっと顔が輝き、ぽんと大きく飛び跳ねた。  
「ありがとう!!」  
イリーナの腕が、ヒースの体に回る。  
ヒースにとっては予想済み。妹分の勢いに負けず、しっかりと飛びついてきた体を受け止める。  
頬を首筋にすりすりとこすりつける様子は子猫のよう。  
まだ猫になっていた余韻があるようだ。  
「いやいや、礼にはおよばん。だがな…」  
布地に遮られていない、滑らかな素肌にそっと指先を這わせ、臀部をなで上げる。  
「ひゃ…ぁ…?」  
そわりとしたその感覚に、イリーナは反射的に嬌声にも似た溜め息をついた。  
「裸で抱きつくその意味を、しっかりと考えたほうがいいかと思うのだが?」  
「え…? あ、ぁあ!」  
不思議そうに視線を落とした妹分の顔が、見る見るうちに真っ赤になる。  
「前々から言ってるが、もう少し恥じらいを持ってくれなさい。いくら俺様相手でもな」  
背に回していた腕を解くと、ヒースはぽふぽふと頭を叩いた。  
 
ヒースを抱きしめていたイリーナの腕からも力が抜ける。  
「うご!」  
次の瞬間、腹部に感じる鈍い振動。続いて痛み。  
イリーナの小さな拳が、みぞおちにめり込んでいた。  
隙間がほとんどない&反射的な手加減のおかげで、いつもに比べたらダメージは遥かに少ないが、  
それでも悶絶確定な衝撃である事は変わりない。  
「…………」  
倒れこんで床に転がるヒースを横目に、イリーナは同じく床へと広がるヒースの服を取り上げた。  
無言のまま、もそもそと着込む。  
立ち上がっているイリーナの脇で横たわるヒース。  
少し視線を上に動かせば眼福な眺めがあるわけだが、今の状況ではその余裕はない。  
心の奥底で悔し涙を滂沱のごとく流しつつ、床に転がり苦しんでいた。  
「だ、だから…ふくを、かぶせた…だろう、が…」  
何とか声を絞り出すと、背中に小さな何かが乗るのを感じた。  
「……『しかたがなかったとはいえ私がぶん殴ってしまったので人のお尻を触っといて結局説教  
優先なへたれでどうしようもない兄さんに一応癒しを与えてやってくださいファリス様。ああ、  
とりあえずほんの少しで良いですから。まったくちょっとだけ期待……じゃなくてっ!もう!』」  
やる気のない神聖語でイリーナが祈りをささげる。  
ヒースには絶対に理解出来ないから、長々と言いたい放題だ。  
……こんなむちゃくちゃな愚痴でも《奇跡》は起こり、ヒースの体から痛みが薄らぐ。  
そして同時に、背中に乗っていたイリーナの足に力が入った。  
ふみっ、ふみっと二度三度続いたあと、イリーナはヒースから離れる。  
背中に圧力がかかるごとに肺から空気を吐き出し引きつっていたヒースが、ぐたりと床に突っ伏した  
 
床に落ちた杖を掴むと、それを支えによろよろと起き上がる。  
机に手をついてごほげほしてる間に、イリーナはベッドに上って毛布の中へと潜り込む。  
へそを曲げたのか、ヒースとは逆側に向いて寝転がった。  
もうこうなっては、何を言っても今は聞くまい。  
長い付き合いのヒースには、そのくらいの予想は付く。  
こんな時は先に出来ることをしておくのが、得策だ。  
痛みの残る腰と背中をゆっくり伸ばし、ごりごりと肩と首を回して異常が無いことを確認する。  
変な震えがくる手を動かし、出かける為に顔や髪、服等々を整えた。  
身支度音の中に混じる、ちいさなちいさな呼吸音。  
それを確認し、すうっと息を吸い込んだ。  
「お前の為にちょいと出てくる。すぐに戻るから、大人しく待ってナサイ」  
呼びかけて1拍あと。  
しなやかな腕がわずかに上がり、やる気がなさそうに、ヒースがいつもしているように、  
手がひらひらと泳いだ。  
『とっとと行ってきやがってください』と言わんばかりのその動きに、  
自分のことは棚の最上段にほうり投げ、ヒースは顔をしかめる。  
(……微妙に、ムカつく…)  
ドアを開けて廊下に出て、鍵を閉めるついでに廊下側の扉の下部を見た。  
そこにはしっかりばっちり爪跡が残されていて、自分の予想通りだった事を物語る。  
(おー、めだつなー)  
心の中でそう呟いて、ヒースは大股で歩き出した。  
 
 
 
 
小鳩亭へ立ち寄って、イリーナの服の状態を確認してみればどうしようもない。  
変身した際に、水やらジュースの入ったコップを盛大にひっくりかえした為、洗濯中との事。  
「鎧を着ていなくて本当によかった!! 不幸中の幸いよ!」  
マウナはそう叫ぶと、十分に絞ったイリーナの神官服でパンっと音を立てる。  
風にそよぐ洗濯物の中にはマントにスカート。ソックスに、ひっそりと干される見慣れた下着。  
隅っこに引っ掛けてあるブーツに帽子。  
庭のさらに奥で、クラウスとエキューが大剣と鞘に残った汚れを拭いている。  
「やはり、予想通りか」  
ヒースはその光景をみて、息をついた。  
「……あ〜ぁ…」  
小鳩亭で持ち帰りセットを頼み、ヒースの足はファリス神殿の方へ。  
「あら、ヒース君。珍しいじゃない」  
「こんにちは、おばさん。あのですね…」  
神殿の入口を掃除していたイリーナ母のエリーゼに、簡単な事情を説明。  
イリーナの部屋にはこっそり時折堂々と入り込んでいるから服下着一式の場所は知っている。  
が、変わってしまった関係を、イリーナや自分の両親達にはまだ伝えていない。  
伝えるべき時が来ているとも思えない。  
「あの娘ったら」  
そう言って苦笑して、エリーゼは奥に入っていく。  
「ヒース君。信者の方からお菓子を頂いたの。用意している間、食べていって頂戴」  
扉をくぐる直前。ひょいと彼女が振り返り、イリーナとよく似た笑顔でおやつに誘う。  
「……では、お言葉に甘えて」  
返事代わりに肩をすくめ、ヒースは早足で小柄な後姿を追った。  
 
 
ファリス神殿から小鳩亭を経由して、自室のある寮への帰り道。  
イリーナの下着に服にサンダルの入った袋を左手に。  
小鳩亭で受け取った持ち帰りセット二人分のカゴを右手に持って、ヒースは時折空を仰いでいた。  
『あの娘は真っ直ぐで暴走気味だから……そっか、ヒース君と足して2で割れば、ちょうどいいか。  
おばさん、楽しみだ♪ これからもよろしくね』  
神殿を出る際に、自分の母親の親友である人から言われた言葉が頭の上でくるくる回る。  
とっさに動揺を押し殺し、別れの挨拶ついでに様子をうかがったのだが、  
その顔にあるのはいつも通りな柔らかい笑顔。  
(――……おばさん、気づいてる、よな。……怖いぞ)  
でも、確実に存在していた威圧感。  
その圧迫感に気おされて、逃げるようにその場を離れた。  
(イリーナな〜)  
記憶に残る小さい頃から今現在の姿まで。  
イリーナに関する自分の記憶は、時折暴力全開のつっこみを入れつつも自分を慕ってくる姿ばかりだ。  
先ほど見たいに機嫌を悪くしても、とりあえずは反応してくれる。  
《一線》を超えてからも、その前も。なにも変わらない。  
それが愛しくて仕方がないし、いまさら誰にも渡す気はない。  
でもイリーナが自分と同じくらい思ってくれているかどうかは、わからない。  
疑っているのとは少し違うが、自分の普段の言動が言動ゆえに、自信がないのだ。  
ならば素直になってしまえばいいのだろうが、自ら意識して身につけてしまったこの性格を、  
今更矯正するのは至難の業だろう。  
そんなこんなで悩んでいても、澄み渡る青い空は相変わらずで、ちょっとだけ恨めしい気分になる。  
両手に持つ荷物の重さ以外の重量を感じながら、帰り道を行く。  
道端の日当たりの良い場所に、数匹の猫が集まって、のんびりふくふくと座っている。  
(一応、覚悟はしてるつもりだが…。あ〜でもな〜)  
そんな光景を横目にし、柔らかな日差しを浴びながら、考え込んだ様子の青年は歩を進めていた。  
 
 
自分の部屋とは言えど、今はイリーナが中で待っている。  
                  シャツ1枚で。  
ごんごんがが、と適当にノックをすると耳を済ませた。  
反応――――予想どうりなし。  
「帰ったぞー」  
一応ノックをし、様子を伺ったわけだから、どばたむ、と遠慮なしに扉を開けた。  
良くなれた、本の埃っぽい匂いの奥で、イリーナが出かけた時とは違った姿勢で眠っている。  
「っておい、寝てるのかよ!!」  
ご近所迷惑を一瞬忘れかけ、慌てて声を抑える。  
イリーナ以外は何も変わらない部屋の中、テーブルに持ってきた荷物を置いた。  
抜き足差し足忍び足。  
所詮は素人、わずかな足音がたってしまうが、それはいたしかたが無いだろう。  
たいして広い部屋でもないから、あっという間にベッドのそばについてしまった。  
ヒースのベッドの上で手足を投げ出している。  
両手足をのびのびと広げ、平和な寝息が聞こえてくる。  
そんな様子は、幼い頃となんら変わらない。  
変わらないのだが、ヒースは妹分から目が離せなかった。  
ヒースのシャツは小柄なイリーナには大きすぎる。  
広く開いた襟ぐりから余りに緩やかなラインを描く肩と胸元が除き、  
何ともいえない健康的な色を醸し出す。  
思わずじっと見つめていると、ん〜〜、と小さく呻いた。  
同時に寝返りを打つと、ヒースの毛布を抱き込み、顔を埋める。  
毛の感触が心地よいのか、口元は緩みきっていた。  
今度は引き締まった足が良く見える。  
筋肉質な両足には、それでもやっぱり女らしい曲線が分かる。  
ふくらはぎからひざ裏までのメリハリと、ひざから太もも、そしてさらに上の危険な領域。  
わずかに両足の付け根が見えているような気がするのは気のせいなのかどうなのか、といった所か。  
 
見るだけに飽き足らず、そっと手を伸ばして、後頭部の髪に触れてゆっくりと梳る。  
その流れで首筋から背中にかけて、指先でふわりと撫でる。  
わずかな刺激に、イリーナの足先がぴくりと動き、髪はわずかに揺れる。  
しかしそれ以外に反応は無い。  
妹分は変わらず健やか?に眠りこけている。  
見事なまでに、警戒心ナッシングのようだ。  
「……」  
目の前のご馳走に、思わずファリスの印を切る。  
割とドライな自分の信仰を思い出し、罰当たり〜のような気がしないでもない。  
(――ま、いいか。感謝感謝)  
心の中で呟くと、イリーナの乗っているベッドに手をつく。  
わずかな軋みと共にそっと上がると、その横顔を覗き込んだ。  
様子が変わらないのを確認し、両腕で自身の体を支え、覆いかぶさった。  
小柄なその体は、ヒースの真下にすっぽりと入ってしまう。  
ゆっくりと、慎重に。  
顔を下ろし、イリーナの横顔に口付ける。  
唇から感じる頬は柔らかい。  
しっとりとした感触のさらに下で、顔の筋肉がわずかにひくつくのがわかった。  
そっと唇を離し、まじまじとその表情を観察する。  
様子が変わらない(ように見える)のだが…どうなのか。  
イリーナのふにうにとした頬や唇、服下へ伸びる首筋にかろうじて隠された小振りな胸。  
危険な領域に無防備に伸ばされた指先足先へと、視線をゆっくり、ゆぅっくりと動かしてゆく。  
……目はきゅっと閉じられ、落ち着いた寝息で肩がゆれる。  
「さて、ここから先は、俺様どうすべき?」  
その問いかけは、誰に向けたものなのか。  
妹分の唇がかすかに動いたのが、視界の片隅に入った。  
「やっぱあれだよな、あれ。うむうむ」  
一度イリーナの真上から退くと、今度はブーツをぽんぽん脱ぎ捨てる。  
再度ベッドに上がりこみ、イリーナの隣に横になった。  
 
腕を背中側から回し、体を自分の方へひきよせる。  
自然に落ちた右手はイリーナの左胸に添え、顎を肩に乗せて耳朶へそっと唇を寄せた。  
その表情は、ヒースからは見ることが出来ない。  
「いりーなー。眠っているんだろ。眠ってるんだよな? なら珍しく言ってやってくれましょう。  
 余りのレアさに、眠ってることを後悔すると良いぞ」  
そう低い小声でぼそぼそとささやきをつなげる。  
「あーあー、――やはり俺様、お前が……」  
言い馴れない言葉だった為か、語尾は空気に溶けて消えてしまう。  
音として乗ったかどうか、ヒース本人ですら良く分からない。  
しかし、ヒースの手の下で、イリーナの鼓動がとくりと跳ねた。  
栗色の髪の毛の間から見える耳や首筋が、ほんのりと赤く染まる。  
良くも悪くも素直で分かりやすい妹分に、苦笑するしかない。  
 
ヒースにとってイリーナとの行為で巻き起こされる感覚は、  
今まで知っていたどんなものよりも常習性の高いものだ。  
いくら行動思考が三十路どころか時折四十路でも、体の方は健全極まりない18才。  
そして目の前には折角の据え膳。  
たとえ後でイリーナに手痛いオシオキを食らうとしても、  
『手を出さない』という選択肢は銀製ハルバード(ルビ:銀のあくせさりぃ)で一刀両断。  
そうなるのは自明の理である。  
決まってしまえば後は行動に移すだけ。  
明確な拒否がないのも幸い、ずうずうしくも血の巡りはじめた体に従うことにした。  
そっとかるく耳に口付け、首筋へとつなぎ、軽く噛んで中断する。  
腕を伸ばし、シャツに覆われていない太ももに手を置いた。  
きゅっと力の入った足を優しくさすると、次第に力は抜けて、ヒースの指先が入る余地が生まれる。  
内股に中指と人差し指を差し込み、つつっとじらしながら上へと上げる。  
すぐに密やかな場所に到達した。  
こしょこしょと敏感な部分を刺激すると、こくりと息を呑む音が聞こえる。  
それを確認し、ヒースはにまりと目元をゆがめた。  
 
空いている右手を操り、服の裾を握る。  
左手は変わらずに、微細な刺激を繊細な箇所に送り続ける。  
すっとイリーナが着ている自分のシャツを捲り上げると、触れた外気に肌がわずかに粟立つのが見えた。  
身を少し離し、布地の目隠しから逃れた背中に、再び口付けを落とした。  
いくつもいくつも口付ける。  
時折舌を使って背中をなでると、そのたびにイリーナの喉から押し殺した声がする。  
下着の中で動く指先には、とろりとした粘度のある液体。  
根をあげないイリーナがかわいくて、楽しくて、口付けのたびに少し強く吸い上げて跡をつけた。  
(――ん〜、このままじゃちとやりにくいな)  
体ごと重心を動かし、イリーナの体をうつぶせにさせる。  
背中へのキスを再開すし、下腹部をいたずら中の左腕に力を入れて、腰だけを持ち上げた。  
今までは撫でるだけだった指先を、そっと中へと差し込むと、ぷちゅりと優しく受け入れられる。  
「!!」  
指をあえて動かさず、たくさんの口付けと、それに伴う跡を付け続ける。  
ヒースの息や舌が背中に落ちる度に、イリーナのなかがヒースの指を締め付けた。  
「……ぁ、ぅ――ぃぅ、さん。ひーす、にぃさ、ん」  
ようやく、細い声がイリーナから上がった。  
「お、ようやくギブアップか?」  
寝返りを打った時点で起きていることに気がついていたヒースがキスをやめ、意地悪く問いかける。  
「…いじわる、兄さんの、意地悪」  
「意地悪で結構。まだまだダゾ〜。今回はお前の背中を調べ尽くすので」  
涙声で非難する妹分へさわやかに答え、反論する間を与えずに調査に入る。  
「ぅぅ〜、ん、―――」  
先ほどまでと違い、イリーナの声は押し殺しているとはいっても、明確に耳へと届く。  
それは口付ける箇所を変えるたびに強弱色々となり、イリーナの中と肌、声全てでヒースに伝えていた。  
 
 
―ふと思いついて、紅い跡を繋げて、一つのシンボルを描く。  
  ちょっとした『シルシ』というヤツだ。  
  俺以外に見るものはいない訳だし、たまにはこんなのもいいだろう。  
  ああそうさ。  
  俺以外には見るものはいない、はずだった。  
  後日マウナにばれて、散々な目にあう訳だが、それは思い出したくも無い別のこと――  
 
 
次第にもどかしいのか、イリーナの腰がわずかに揺れ始める。  
それに気がついたヒースは、背中に落とすキスを中断し、耳元へと顔を移動した。  
「イリーナ」  
そう囁いて耳を甘噛みすると、妹分から小声で悲鳴が上がった。  
「物足りないか?」  
「う……」  
「ほしいのか?」  
「……はぃ」  
小さくとも、明確な回答。  
にやりとヒースは笑うと、左指を抜き取って体を起こした。  
やっと開放されたイリーナは、荒い息を付き、ヒースの方を振り返る。  
ぼんやりとした瞳で見つめてくるイリーナの前で、指先に付いた蜜をなめ取った。  
きゅっと妹分の口が結ばれ、瞳が潤む。  
その姿に、ぞくぞくとしたものが背中を這うのを感じる。  
すたんばいおっけーな下半身を布地の束縛から開放すると、ひたりとイリーナへあてがった。  
「え! あの、その……このままじゃ、えっと」  
この体勢のままとは思ってもいなかったのか、イリーナが驚きの声を上げる。  
同時に体をひねろうとするが、体にくすぶる疼きのせいか、あっけなくヒースの腕に阻まれる。  
「経験経験、何事も何事も」  
そう弾んだ声で答えると指で花を押し広げ、遠慮なくイリーナのナカにもぐりこんだ。  
「ぁう!」  
叫び声を挙げると同時に、きゅっとヒースを包む粘膜がまとわり付いてくる。  
「おおう、いりーなさん相変わらずすごいですな」  
「だか、ら……そんな、ふうにしたのは、兄さんです!」  
「だから良いのではないか。俺様好みで結構結構……ぁ」  
「……もう、いい、で……す……」  
ヒースの返答に顔を真っ赤にしたイリーナはシーツに顔を埋めてしまう。  
それを惜しいと思いつつ、ついつい口に出してしまったヒースの顔も赤くなっている。  
余計な事を言ってしまった口を閉じ(言葉責め中止)、イリーナの快感を引き出す事に専念する。  
次第に荒くなる呼吸に、喉の奥底でうめき声をかみ殺した。  
イリーナも同じで、シーツをきつく掴み、体のリズムを必死に合わせようとする。  
飲まれそうになる意識を必死で押し止め、様々な角度や動きで反応を見る。  
「あ、やだ、やだ、へん、…怖い、いや――、で…も……」  
この関係になって、片手が埋まるか埋まらないか、数え方によっては実に微妙という所。  
やっとこの感覚に慣れ始めたばかりのイリーナにとって、今の刺激は強すぎるらしい。  
うわ言を繰り返しているのが聞こえるが、今日のヒースは止めるつもりは無かった。  
 
むしろ熱に浮かされている声色に、下腹部から熱い塊がこみ上げてくる感覚が強くなる。  
それを静止できるほど、ヒースも感覚を制御することに長けていない。  
反応を見る動きは、しだいに己のほの暗い光りの命ずるままになる。  
次第にイリーナの声が消え。  
「ぁあ―――!」  
それは唐突だった。  
柔らかくヒースを包み込んでいたイリーナの粘膜が硬度を増す。  
そしてきゅりっと絞られる。  
まあ、敵うはずは無い。  
あまりにもあっけなく、ヒースは果てていた。  
「か、――は」  
その衝動に、肺から空気も絞りだされる。  
「ヒース、兄さん…」  
見えないはずのイリーナの表情が変わったのがわかる。  
射精しおわったばかりの倦怠感に、体も心も支配され、呼吸するのですら億劫だ。  
でも、それでも、ヒースは言うことを聞かない体を動かす。  
今だ長く響く快感に酔いしれるイリーナの耳に、そっと口付けを落とした。  
 
 
 
 
 
性行為後の安らぎと疲れに誘われるまま二人でまどろみ続け、起きたのは夕方になってから。  
一応寝ているところを襲われたイリーナは、体のほうはともかく、ちょいとご立腹。  
起きた早々肩や抱きついている腕に噛みつかれ、くっきり残る八重歯の歯型。  
そんな恋人をあの手この手となだめるうちに、無常にも時間は過ぎて行く。  
結局小鳩亭から持ち帰ったご飯を2人で食べたのは、夜もとっぷり暮れてからのことだった。  
 
 
 
END2 【かわいいねこにも牙はある】  
 
 
 

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