ベリナスは背嚢を下ろすと、肩にトンビを留まらせたハーフエルフに投げ渡した。タラントの街に到  
着し、部屋の空いた宿を見つけて間もなくのことだった。  
「そんじゃ、俺は大通りでチョイと演奏してくる」  
「履物も脱がないうちから副業ですか? 今の懐具合なら、あくせく働かなくたって暮らせるのに」  
長い耳を上下させながら、フィリアンが尋ねる。その言葉の通り、彼らの手元にはゲート・デーモン  
事件を解決した報酬として受け取った銀貨がある。  
「そりゃそうだが……。どうやら貧乏性が身体に染みついちまったみたいでね」  
ごつい指で愛用のシュリンクスを玩びながら苦笑するベリナスにつられて、ライも嘆息する。  
「俺たち、報酬に縁がない生活が長かったモンなあ。古代王国人のゴーストに、ドラゴンにデュラハ  
ン。厄介なモンスターに立て続けに遭遇したってのに、見返りは雀の涙だ」  
「……よく言うぜ。自分だけ、特別報酬を手に入れといてさ」  
押しつけられた荷物に渋い顔をしていたベルモットが、聞こえよがしにぼやいた。そんな皮肉にうろ  
たえるリーダー的存在など知らぬ素振りで、マイリーの女神官がベリナスに笑いかける。  
「まあ、観光気分で行ってらっしゃいな」  
「シアも一緒に行く!」と、宣言するが早いか、リザードマンに育てられた少女が、ベリナスの腰に  
飛びついた。「ベリナスの囀りって、大好き!」  
ベリナスが奏でるシュリンクス――“牧神の笛”とも呼ばれる葦笛――の音色は、シアのお気に入り  
だった。幼い頃から人間社会と隔絶した環境で育ち、見る物聞く物すべてを珍しがって大騒ぎする野  
生少女が、ベリナスの『囀り』にだけは大人しく耳を傾ける。  
少女にじゃれつかれながら歩いて行く大きな背中を見送りながら、アラシャは思う。リザードマンと  
人間とで最も似通った感覚は、音楽に感動する気持ちなのかもしれない、と。  
そんな女神官の傍らで、若い戦士がぽつりと呟いた。  
「並んで歩いてる後ろ姿だけだと、父親と娘みたいだなあ」  
その声が、なんだかとても哀しそうに聞こえて、アラシャは、彼の掌に自分の指をからめ、ぎゅっと  
握りしめた。  
 
 
「ふっかふかだ〜。しあわせ〜」  
窓際のベッドに寝ころんで、フィリアンがうっとりとした声をもらす。  
シアから預かった荷物を部屋の隅に置いてやりながら、アラシャは首を傾げた。柔らかい寝床を恋し  
がるエルフというのも、割と珍しい存在ではなかろうか? 文字通りの野生児が仲間にいるせいで忘  
れがちだけれど、フィリアンだって森の妖精族なのだ。  
アラシャの疑問をよそに、森の住人らしからぬエルフ娘は寝台からひょいと飛び降りる。  
「さてと。私、この街の盗賊ギルドに顔を出してきますね。ベルくんと一緒に」  
「え? だけどあなた、ベルダインやザーンでは、そんなコトしてなかったでしょう?」  
確かにフィリアンはシーフ技能を習得している。けれど、冒険者として盗賊ギルドを利用するためな  
らば、パーティーの中で誰か一人が顔をつないでおけば事足りるはずだ。  
「ああ。もしかしたらフィリアンって、この辺りの生まれなの?」  
西部諸国で暮らすエルフの多くは、この国――「空に近い街」タラントの出身である。ここが地元な  
ら、ギルドに顔を出すことは義務に近いだろう。  
「さあ、どうでしょう?」と、澄まし顔で答えをはぐらかしつつ、フィリアンはドアを開く。  
「じゃあ私は、ついでに冒険者の店を回って、適当なお仕事を見つくろってきます。ベルくんは……  
いつもみたいにカジノで一勝負、かな?」  
そう言って彼女は、にたぁっと笑った。エルフには不似合いな下世話な笑顔だった。  
「ですからお姉様は、しばらくライくんと二人っきりです。ごゆっくりどうぞ」  
女神官戦士は、頬をかあっと熱くした。  
 
――落ち着きなさい、アラシャ・クリューワ。あなたは凛とした女なんでしょう?  
アラシャは、備え付けのテーブルに自前の手鏡を置き、緊張の面持ちで髪をとかしていた。そんな彼  
女を我に返らせたのは、どこか躊躇い勝ちなノックの音とドアの向こう側からの声。  
「い、入れてもらえるかな?」  
今や聞き間違えることなどあろうはずのないその声に、アラシャは弾かれたように立ち上がった。  
 
部屋へと通され、アラシャと目を合わせるなり、ライはきょとんとした顔になる。  
「どうしたの? あたしの顔に何かついてる?」  
「あ、いや。髪をほどいたきみって、初めて見…」と答えかけて、彼は、アラシャと知り合った頃の  
一件を思い出す。風呂場でガーゴイルの襲撃を受けた時も、彼女は髪をほどいていたはずだ。印象に  
残っているのは首から下ばかりだけれど。「…初めて見た、ようなモンだから」  
アラシャは慌てて前髪をなでつけ、恥ずかしそうに顔を伏せる。  
「ごめんなさい。今、髪をとかしてたから」  
「その、なんてえか…そういうのも可愛いよ。とっても」  
冴えない褒め言葉だけれど、アラシャは羽毛で頬をくすぐられたみたいな気分になる。“可愛い”と  
いうキーワードを知られてしまったのは迂闊だった、などと埒もない考えが浮かぶ。  
アラシャが自分のベッドに腰掛けると、ライは相手の反応を確かめるようにしながら、横に並んで座  
った。自然に投げ出した(かのように装った)女神官の手の上に、果たして自分の手を重ねてもいい  
のかどうかと逡巡する。  
まるで迷宮の扉に罠が仕掛けられていないかと調べる盗賊のように小心な態度が、アラシャにはもど  
かしい。まあ、一回寝たくらいで我が物顔をされたら、それはそれで鬱陶しいのだろうけれど。  
「あなた、お母様を亡くして、行方知れずのお父様を探しに出たのだったわよね?」  
ふとアラシャの口をついて出た唐突すぎる質問に、ライが戸惑う。  
「なんだい、藪から棒に?」  
「ええと、その……あたしたちって、お互いのことをよく知らなかったなって思って」  
偶然同じ事件現場に居合わせた縁でパーティーを組んだ彼らだったから、それぞれの経歴について積  
極的に紹介しあったことはない。  
「それって、やっぱり変でしょう? あなたとは、あ、あんな関係に…なったのに……」  
気恥ずかしさで口ごもるアラシャに、ライもぽつりぽつりと答える。  
「うーん……昔話をする暇があるんなら、俺は、今のアラシャをもっとよく知りたい、かな。せっか  
く、みんなが気を利かせてくれたんだし……」  
 
「みんなを引き合いに出すなんて、卑怯よ……」  
破裂しそうに鼓動が早まり、心がとろけてゆく感覚を、アラシャは抑えることができなかった。自分  
からオトコに身体をすり寄せ、ゆっくりと唇を重ねてゆく。  
どちらも熱を帯びた舌がお互いの口腔を蹂躙し合い、ようやく離れた二人の唇の間で唾がつうっと糸  
を引いた。  
 
「ねえ……前の時には、あなたのお願いを聞いてあげたんだから、今度は、あたしの好きなようにさ  
せてくれない?」  
身に着けた衣服を脱ぎ捨てると、アラシャはそう言って、ライを仰向けに横たわらせた。  
そして彼女は、男の両脚の間にひざまずくと、自分の純潔を奪った戦槌へと唇を寄せてゆく。聞きか  
じりの知識の他は、衝動だけに身を任せて。  
初めて挑戦する口唇奉仕を受けて、ライは、うっという短い声をもらした。  
自分の分身に一生懸命にしゃぶりつくアラシャの頭越しに、くっと突き上げるようにした尻肉の連山  
が、ゆらり、ゆらり…と揺れている。それは、なんと淫靡な光景か。  
決して巧みとは言えない舌使いは、激しい快楽こそもたらさなかったけれど、それを補って余りある  
独特な感慨を与えてくれた。  
「ねえ、ライ。あなたの…これ…今までに何人の女を泣かせてきたの? あたし…あたしは、その中  
で何番目? 何番目によかった?」  
不安げに、恨めしげに、そして愛おしげに、アラシャは上目遣いにライをなじる。  
暴走気味な恋人をなだめすかすように、ライは彼女の頭をなでてやる。  
「な、なにを言ってるんだよ……きみが一番さ。一番に決まってるじゃないか」  
無防備な急所を握られ、歯を立てられる感触。この瞬間、彼の声が震えてしまったことを臆病とそし  
ることはできまい。  
一方、この道に関しては未だ初心者であるアラシャが、彼が怯えた理由を勘違いしたのも無理からぬ  
ことだったろう。  
 
「今までのオンナたちにも、そう言ったの? あたしの次のオンナにも、そう言うの?」  
口をついて出る言葉が、情念の炎を燃え上がらせるための油として作用する。  
顔さえも知らないオンナたちに、未だ存在すらしないオンナに、アラシャは激しく嫉妬した。こんな  
風に負けず嫌いだから、自分は戦の神を信仰したのかもしれない、とも思う。  
「許さない! そんなこと、二度と他の女には言えないようにしてあげる!」  
マイリー神も照覧あれ! 滑稽なほど真剣な祈りを捧げつつ、彼女は青年戦士の身体にのしかかる。  
「あたしのモノよ…あたしだけのモノ……」  
屹立したライの分身をぐっとつかみ、自分から腰を落とし込む。  
秘裂が『彼』を根本まで飲み込んだ時、敬虔なるマイリー神官は、勝利に歓喜する絶叫を上げた。  
「あん! ああーーっ! あたし、犯してる! あたし、今、ライを犯してるぅぅ!!」  
 
「あ、熱い……アラシャのなか……火傷しそうだ」  
女のなすがままに犯される――その甘美な屈辱に、ライは酔っぱらったような声をもらす。しとどに  
濡れた膣内は、その奥底にまで彼を飲み込んでゆく。  
もっと、もっと大きな快楽を得ようと、ライの腰が激しく浮き上がり、そして一気に沈み込む。  
そんな彼の反応を、必死に腰を上下させていたアラシャが叱りつけた。  
「ダメっ! あたしが、動くんだから……ライは、大人しく、していなさい…」  
下からの反撃を避けようと、彼女は腰の動きをこすりつけるような円運動に切り替える。  
「む、無理だよ…こんな、気持ちよくって……腰が勝手に、動いちまう……!」  
「ああ! ダメ、ダメっ! ダメぇーーっ!」   
左右の尻肉をぎゅっと鷲掴みにしながらの激しい突き上げを受けて、アラシャが悲鳴を上げる。  
「あたし、イク! イっちゃう!」  
「お、俺も…で……出る!」  
ライもまた、絶望するようにうめいた。オトコを知って間もない肉壁がきゅうきゅうと締め付けて、  
彼の全てを搾り取ろうとしている。  
 
「出してっ…出してぇっ! あたしの中にぃっ! あなたで、あたしを…あたしを満たして! あた  
しの膣を、ライでいっぱいにしてぇっ!!」  
その哀切な叫びが、トドメとなった。  
痙攣するようにびくびくと蠢く秘肉の狭間で、ライの精が弾ける。白く濁ったマグマが、アラシャの  
子宮の奥深くにまで注がれる。  
「あ! あ、ああっ! ああぁぁーーー!!」  
灼熱の欲望をたっぷりと流しこまれ、絶頂に背中を大きく仰け反らせたアラシャは、一拍ほどの間を  
置いて、糸が切れたマリオネット人形のように崩れ落ちた。  
 
「……あたし、マイリーに誓うわ」  
ライと一つにつながったまま、とろんとした表情で女神官がささやく。  
「あたしが、あなたを……ライシードル・アレリーを『喜びの野』に導いてあげるって」  
「ええっ?」  
睦み合いの余韻を一瞬で吹き飛ばされて、ライはぎょっとする。そんな彼の声など耳に入らぬかのよ  
うに、アラシャは言葉を続ける。  
「……あなたを送り出してあげるのか、あたしが先に行って待っているのか、それとも、二人並んで  
一緒に赴くのかは、判らないけれど……ね」  
それはつまり、死ぬまで――いや、死んだ後までも添い遂げる、という宣言だった。  
「こりゃあ、覚悟を決めなきゃダメか」  
軽く溜息をついて、ライは、自分の上に覆い被さる柔らかい肉体を、ぎゅっと抱きしめる。  
「あっ!? あたしの中で…ライが…また、熱くなってく……固くなってくぅ!」  
自分が選んだオトコの『覚悟』を感じ取って、アラシャが喜悦する。  
「今度は、俺が攻める番だ」  
そう言ってライは、女芯を貫く肉棒を抜き取ることのないまま体勢を入れ替え、アラシャを四つん這  
いにさせた。  
 
………。  
 
「くっ、くうっ!」  
三度目の放出を終え、ライは力尽きたようにベッドに身を沈めた。  
“抜かずの三発”をことごとく受けきったアラシャも、彼の胸に頬を埋めながら、はぁはぁと荒い息  
をつく。ようやく栓をはずされた裂け目から、白い混合液がどぷりとあふれ出した。  
「ねえ……そろそろ終わりにしないと、みんなが帰って来ちゃうわね」  
気が抜けたような口調で、アラシャが言った。  
「ああ。そうだな」  
さすがに限界を感じていたライは、疲れ切った声で同意した。  
……が。  
「じゃあ、今日は、これで最後にしましょうね。今度は、あたしがまた上になるから」  
そう言ってアラシャは、ライにまたがる。  
有無を唱える暇さえ与えてはもらえず、熱い肉壁の内へと埋没してゆく己が分身を眺めながら、ライ  
は身震いした。  
――本物の『喜びの野』に送られちまうのも、そんなに先のコトじゃないかもしれない。  
 
  完  
 

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