【その後のイリーナ】  
 
イリーナの身体を支える足が、頼りなく震える。身体には、まだ余韻が残っていた。  
温かいお湯に、イリーナは静かに身を沈める。  
今日、はじめてイリーナはヒースと結ばれた。  
お風呂に入り、火照りの残る体を洗いつつも、自然と今日の出来事を思い出してしまう。  
それはイリーナの人生の中でも特別に衝撃的であり恥ずかしく、そして嬉しい出来事だった。  
真っ赤になった顔を、濡れた両手で覚ます。  
(こんなコト…いいのかな? ……いいんだよね? ヒース兄さん)  
ヒース兄さんからはじめて「好きだ」という言葉を聞いた。  
心の底から嬉しくて、胸の奥深いところで、消えない灯火がともとたようだった。  
それ以外にもたくさん想いを、遠回しのコトバと態度で示してくれたとイリーナは思う。  
 
『俺はいつまで、お前の「兄貴」で、いればイイんだ?』  
後から不意に抱きつかれ──抱きしめられたとも云う──て、首筋にキスが落とされた。  
『え、えと。───兄さんは、わたしと、えっちなコトしたいんデスカ…?』  
イリーナの焦った声は、ヒースの手と口で封じられた。  
『──…察しナサイ』  
 
女性関係に関しては口先だけのヘタレで、コンジョなしのハズのヒース兄さんが、わたしを抱きしめて、キスをして、それから……それから……。  
ソレは普段、本心を見せようとはしないヒース兄さんのポリシーとは、かけはなれた行為。  
戸惑う私に、よくわからない言い訳と、遠回しな言葉の数々を並べたて、  
それでも私の不興を買うまいとし、なるべく痛く、苦しくないようにと精一杯気遣ってくれたヒース兄さん。  
 
「俺サマは…最高だった。いりーなさんは?」   
ふるふると首を横に振る。夢中だったから、良くわからない。  
「イイ声をあげていたようだが、気持ちよくなかったか?ん?」  
「……意地悪」  
最初は擽ったかったし、少し怖かったし、凄く痛かったけれど。  
イリーナは赤い跡の残る胸に手をあて、心の奥、胸のうちに灯った灯火をイリーナは想う。  
繋がったのは身体だけじゃない……。  
 
全てが終わった後で、イリーナは後ろから抱きしめられ「もうユニコーンには乗れなくなったからな…?」と、耳元で囁かれた。  
以前、銀の武具にこだわり続ける理由を尋ねられて答えた  
『乙女の夢』を潰えさせてしまったコトを謝っているつもりのようだった。  
「正直………お前を、あんなスケベ角馬なんぞに、やってたまるかと思ってたんだぞ。俺様」  
 
ちょっぴりスネたように囁いて、優しく髪を梳いてくれた。  
 
ヒースが触れた箇所の肌を確認するように、イリーナは濡れた手をそっと滑らせる。  
ここにも、ここにも。ヒース兄さんの手と指が触れて、キスをされた。  
意外なくらい優しいキスと正反対に意地悪な指先が、イリーナの知らない感覚を掘りおこして、自分の知らないイリーナを呼び覚ましてしまった。  
イリーナは湯船の中で、下腹をそっと押さえた。  
ここに。ヒース兄さんを受け入れた。そして……。  
自分ではけして挿れた事がなかったソコへ、そっと指を入れて潜らせてみる。  
柔かい肉と濡れた粘液の感触が指に絡む。  
 
「んっ……んん…ぁんっ…」  
 
───ヒース…兄さんッ。  
 
はじめてのキス。  
ヒース兄さんの、あの指。ヒース兄さんの舌。  
はじめてで触ってしまったヒース兄さんのモノ。  
はじめて男の人のモノを間近に見て、この手に触れて。  
ヒース兄さんに請われるまま、熱いアレをさすってあげて……そして。  
 
そしてはじめて私のナカに入って、わたしのココでビクビクして震えて。  
ヒース兄さんが私を抱きよせる度に、激しくお腹のナカが突かれた。  
恥ずかしい姿で脚を開いて、ヒース兄さんの身体を受け入れて。  
押し殺した震える吐息。体が震える。  
スゴく痛くて。なのに、切なさと愛しさの他は、ナニもかもどうでも良くなって。  
ナニもわからなくなって。  
痛いくらいの快感に頭のナカが痺れて。いっぱい──いっぱい感じてしまった。  
お腹のナカで、ヒース兄さんの熱いほとばしりを感じたのに、そのまま全部…受け入れてしまった。  
思い出し、キュッと膣が締まり、指先が絞られる。  
そこに注がれたヒースの白い精液がイリーナのフトモモを伝って流れだし、ポタポタと床に液だまりをつくり、それ以外にも靴下に染みを作ってしまう。  
あまりの恥ずかしさに、どうしたら良いのかわからず困惑して、ヒース兄さんを見上げたことを思い出す。  
ヒース兄さんは照れながら清潔な手拭いで「コレ、乾いたらマズイかなー…」などとぼやき、拭ってくれた。  
立ち上がると足が、がくがくとして、ふらふらする私を揶揄いつつ気遣いってくれた。  
そして。  
 
ヒース兄さんの腕の中で、ヒース兄さんの胸に香る汗の匂いを心地好いと思いながら少し、眠った。  
起き出してからも慣れない行為のせいか足が震えていた。  
 
……思いだしただけで、身体がヒクヒクと反応する。  
ヒース…兄さん。  
私は昨日の私より、随分えっちな体になってしまいました…。  
 
記憶の通り指を動かしてみても痛いだけで、あのヒースの指が与えてくれた、意識が遠くなる感覚は呼び起こせない。  
 
(……全然…ダメです。ヒース兄さんじゃないと……)  
 
自分では、あの淫らでドコかへイってしまいそうな感覚は呼び起こせない。  
 
理性も羞恥も越えて、はしたなく自分の身体を晒けだし全てヒース兄さんに預けてしまいたくなる、哀しいくらいの衝動。  
怖くて、切なくて、激しい感情と快感が全てが埋め尽されてた…。  
ふにぁ…。  
切ないため息とともにイリーナの呟きが、湯煙に溶ける。  
「…だめ…」  
少し残念そうに悲しげな表情で、ちゅぷりと音をさせて、指先を抜いた。  
「ヒース兄さん……」  
はじめて思いと身体を交わし恋人になった兄貴分の名を、甘い溜息とともに呼んだ。  
 
慌ただしい家族との食事を、いつもと同じ何気なさを装いイリーナはすませた。  
お風呂から上がって私室に戻り、ベッドに入ってもイリーナの身体の芯に残る熱い疼きが、  
今日、本当にあったこと──ヒースとのセックス──を思い起こさせる。  
 
今日。この部屋の、このベッドで。  
まだ幽かにヒースの残り香が漂っているよう。  
(ううぅ……)  
体の火照りと、興奮で眠れない。  
はじめてばかりだったコトを、思い出してしまう。  
キスを繰り返す、ヒース兄さんの瞳の色が優しかったとか。  
あせた色の長い金髪が、肌を滑る感触が心地良かったとか。  
兄さんの手が意外に大きかったコトとか。  
兄さんの手足が長くて、すっぽりと包まれてしまったコトとか。  
兄さんの汗の匂いに包まれている自分が恥ずかしくて懐かしくて、嬉しかったコトとか。  
本気モードのヒース兄さんが、ちょっとだけ、怖かったコト。  
恥ずかしくてマトモに見るコトができなかったヒース兄さんのモノに触って……口づけて。  
それが、自分のナカに入ってきて…。  
はじめはソレを入れるなんて絶対に無理だと思ったけれども……少しずつ入ってきて……。  
痛くて苦しくて、それでもヒース兄さんが優しく抱えあげ、抱きしめながら動きはじめたこと。  
その間、何度も何度も、キスを繰り返したこと。  
 
憎まれ口を叩く口を封じるために。端正な顔を確かめるために。  
虚勢を張る態度と意地悪な言葉とは裏腹に赤く染まっていた耳に。  
口づけるコトでヒースを怯ませる、その肌に。  
 
いつしか布団の中でイリーナの両手は自らを抱きしめて、記憶をなぞるように動いていた。  
ヒースがしたように、指先だけで肌に触れると、肌があわだつような感覚がする。  
甘い吐息を吐きだし、顔をそらせて天井を仰ぐ。  
無意識のうちに内腿を擦りあわせ、素足の指先がシーツを掻いていた。  
下半身に熱い雫を感じる。  
ギュッと栗色の睫毛を伏せて目を瞑ると、意識しなくてもヒースの姿と声と肌の感触を思い出してしまう。  
絡みあった舌と唾液の音を。  
抱きしめられ、抱きしめた熱い肌を。  
絡みあい、身体の奥に送られる痛みと、恐ろしいまでの快感の荒波に翻弄されていたコト。  
少し怖くて。それでもすごく嬉しくて。  
身体が、熱くて熱くて。  
まるで離れていても、今もヒース兄さんの身体に包まれてるみたい。  
身体がとても熱い───眠れない…。  
 
 
 
確かにそう、その時は思ったのだけれど。  
イリーナは寝床に入ってから1時間程で、睡魔に捕まってしまった。  
 
夢に落ちる前に思い出したのは、寝床の中で囁きあったコト。  
 
『……ねえ、兄さん。』  
「……なんだ?」  
『えっちな兄さんって……素敵ですね……』  
 
 
【終】  
 

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