イリーナの顔を、両手で抱き寄せて、その頬にキスをした。  
まるで、いつもと同じ兄妹分のじゃれあいのようで、ちょっとダケ違う。  
照れ臭さに耐えきれずに、更にその身体を抱きこむとキスはそのまま、首筋へと移った。  
 
「ひゃ!? ぅひゃひゃひゃっ!? 兄さん、くすぐったいですっ」  
イリーナが、くすぐったいと笑う。  
あー。これだ。まったく色気のないオコサマめ。  
俺様が今。  
どんな思いでお前を抱きしめているかなんて、お前にわかるまい…。  
 
 
  ◇   ◇   ◇    
 
オーファン。  
王都ファンのファリス神殿。  
二人は、顔見知りの信者の結婚式が行われていたのを、遠まきに眺めていた。  
純白の花嫁衣裳に身を包んだ女性が、同じく白いタキシードに身を包んだ男性に寄り添い、親類縁者の歓声と投げ掛ける華々に、笑顔で応えている。  
「綺麗です…」  
ふと洩らしたイリーナのため息混じりの言葉に目を細め、ヒースは隣の幼馴染みを意識する。  
「精々、嫁き後れないようにしろよ、筋肉娘」  
自分でも驚くくらいの意地悪気な声の響き。  
居心地の悪さに、つい悪態をついてしまった。  
むう。と、膨れるイリーナに、ヒースはそっぽを向いた。  
 
 
幼馴染みの兄妹分。  
 
彼らは互いに『相手が先に恋人を作る』のを「待って」いた。  
自分が相手にとって「そんな対象ではナイ」ことを「確認」したかったのかも知れない。  
そう思ってしまうコト自体が、相手を「ただの幼馴染みの兄妹分」以上に、思っている証拠だったろう。  
かといって、相手の気持ちも判らないままに距離をつめ「好き」だと伝える気持ちもなかった。  
それは覚悟と度胸がいる。それは今の二人の関係を、変質させる。  
こんな風に自然に笑いあえ、兄と妹の様にじゃれあう関係。  
当たり前のような、この距離。  
それが淋しいと思うのであれば、躊躇わざるをえなかった。  
 
ヒースは、リーシャをアイラをカレンを、ルーシィを求めて、成就しなかった。  
イリーナは傍らで、それを注意深く見守っていた。  
イリーナはフェルツに惹かれ、やはり成就したとはいえなかった。  
ヒースはそれを傍らで見守り、微妙に苛つき、そして安堵した。  
 
そして、はがゆい腐れ縁ばかりが続いてゆく。  
 
───そんな風に、周りの者たちには見えた。  
 
 
『一線を越えてしまえばイイのに、それが恐い。』  
そんな気持ちも分からないではナイ。  
生まれた時からの付き合いだ。  
失ないたくないのも、分かる。  
ならばもっと『信じきればイイ』のだとも思う。  
『たとえ告白して破れても、この兄妹分の関係は変わらない』と。  
周囲はいっこうに明瞭としない二人の関係に、生温い視線を投げかけていた。  
 
 
 
「イリーナはヒースさんのコト、好きなの?」  
と、ある日。場所は同じファリス神殿。  
その長い黒髪を片手でさらりと払ってアネットが、イリーナに尋いた。  
無頓着に返されたイリーナの「好きですよ」の言葉にアネットは額に汗を垂らし、「そうじゃなくて」と、疲れ気味に更に追及する。  
「男性として、どう思ってるってコトよ、イリーナ。ヒースさんに、キスされたいと思う? ベッドの中でヒースさんに、抱かれたいって思う?」  
 
イリーナはポンと真っ赤になった。  
胸の赤いリボンを、くしゃりと握りしめる。  
「そ、そそそんなコト…っ。兄さんは私のことなんか、ぜんぜん相手にしてくれないし、そもそも私は、兄さんの趣味じゃないですし…っ!」  
ぶるぶると、イリーナが顔を振る。  
「声が震えてるわよ、イリーナ」  
アネットは正直なコトだと、笑った。  
「好きなのね…?」  
泣きそうなくらい真っ赤な顔のイリーナを覗きこみ、アネットはしようとしていた意地悪をやめた。  
かわりに。  
「ね、イリーナ。教えてあげる……。あのね……」  
 
  ◇   ◇   ◇    
 
 
「ヒースはイリーナのコト、好きだろ?」  
 
と、ある日。同じ部屋割になったヒースに、決めつけるようにエキューはヒースに言った。  
「そんなワケないだろ」  
間髪入れずに、ヒースが応える。あえて顔色ひとつ変えないで、見事にすっとぼけてみせる。  
ヒースが素直に本心を見せるハズがない。そんなコトは先刻承知の上だ。  
「美人で金持ちのお嬢様をゲッチューする。俺様の野望を、エキューが知らないハズないだろう?」  
ヒースのそんな韜晦を、そのエルフの絡まない冷静な思考は、ハッと嘲笑うことで斬り捨てた。  
「バレバレなんだよね」  
ヒースの視線の先には、イリーナがいる。ほぼ、常に。  
ヒースの視線が、そのイリーナの視線の先を追う。  
過保護でなければ、なんだと云うのか。肩をすくめて、決めつける。  
「イリーナが他の男に抱かれて。セックスして。アンアン言うコトになってもヒースは平気なのかって聞いてるんだけど?」  
 
ヒースの顔が、僅かに紅潮する。さりげなく、その顔をエキューから背けた。  
それがヒワイな話題に対する照れなのか、隠した心境による怒りなのかは判別出来ない。  
「んなコトはあり得ないっ。あの女を踏み超えた、鋼鉄の筋肉重戦車娘に、オトコなんぞできるハズがナイッ!!」  
「そんな現実逃避はいいから」  
エキューがさらに半眼で斬って捨てる。  
「よしんば、アイツにオトコが出来たとしても…。出来たとしても」  
そのままヒースが続ける言葉に、腰に手をあてたポーズのエキューが、その冷たい表情を変えないまま微かに反応する。  
「あいつがイイなら、俺は、何も言うコトはない。そもそもそんな権利はナイ。あいつが幸せなら、それでいいんだし…」  
俺は兄代わりみたいなモンなんだし……。  
僅かに、言い澱む。  
「……あいつが、決めるコトだ」  
最後はまるで自分にいい聞かせるような、断言の調子だった。  
「キミも馬鹿だよねえ、ヒース」  
エキューは再び肩をすくめた。  
「僕なら、誰かにかっさわれる前に気持ちは伝えておくんだケド。僕の気持ちを知ってる。  
それがマウナさんが他の男の誘惑に乗るブレーキになるからね。後はマウナさんが弱っている時にバッチリつけこむ」  
意外に腹黒いコトをエキューは拳をグッと握って言いきった。  
くるりと顔だけをヒースに向けて、冷たい笑みを作ってみせる。  
「かっさらわれても、告白も出来ないヘタレなウジウジ野郎に、恨む筋合いなんかないんだよ?」  
 
「ダレがヘタレなウジウジ野郎だ!? それに、どうみても貴様に分はないぞ、エキュー。お前の目論見は失敗しているとしか思えん!」  
ヒースはすべてを棚にあげて、逆にエキューを斬って捨てた。  
 
 
『あいつが誰と一緒になろうと、あいつの幸せを願い続ける──』  
そんな格好をつけていたのに。  
『努めて兄であろうとした』のに……。  
ずっとイリーナの後ろから、イリーナが見るモノを、見ていた。  
栗色の髪が、目の前で軽やかに揺れて、その明るい茶色の瞳が振り返り笑顔を見せる。  
ヒースを必要としてくれる。  
そう。あいつが必要としてくれる限り……ずっと。  
 
  ◇   ◇   ◇    
 
いつもと同じ道を、いつもと同じように二人で小鳩亭へと連れだって歩いていた。  
いつもと違うのは、ちょっとだけ遠回りして、公園の中へと足を運んだこと。  
 
「……私、ヒース兄さんのこと、好きですよ」  
 
片手で自然に筋トレをしながら歩くイリーナに、いきなり、そう言われた。  
 
「そっか、俺もだ」  
 
兄妹分のそれらしく装い、返事を返した。  
そんな一見、他愛ない会話が交されるまで、いったいどれだけの躊躇をしてきただろう。  
例え口にしても、うっかりすると、すぐに「なんの冗談だ?」と煙に巻いてしまうから。  
だからこっそり、カマをかける。  
「オヤジさん、お袋さん、クリスさん。うちの家族。仲間や友達。みんな、み〜んな、イリーナは大好きだもんナー?」  
それはまるでイヤミの様にも聞こえ、一瞬、イリーナの肩が震えた。  
「ええ、好きです。…でも、ずっと、ずっといっしょに居たいのは…居てほしいのは…」  
一瞬、声を詰まらせイリーナは、晴れわたる青い空を仰いだ。  
それはイリーナの好きな色だ。切ないくらいに、大好きな色だ。  
横顔に、ヒース兄さんの冷静を装った視線を感じる。  
朱に染まる頬。苦しいくらい高鳴る鼓動。  
 
「ヒース兄さんです」  
 
言い切った。  
 
「そっか」  
イリーナが聞いたその声は、ごくごく普通の、いつもと同じ調子の軽い声。  
いつもと同じのようで、ほんの少しダケ違う、雰囲気。  
ヒースが、その手をイリーナへと伸ばす。  
すぐ近くにいて。すぐに触れるコトが出来る、この距離。  
それが、今はありがたい。逃すことなく、イリーナを両手で引き寄せられる。  
イリーナを、抱き寄せて。その髪に触れ。その頬に、軽くキスをした。  
それがヒースの精一杯だったから。  
 
「俺もだ」  
 
大きく見開かれた明るい茶色の瞳が、ヒースを見つめ返した。  
そのきらきらとした強い瞳の光を、照れ臭さから受けとめきれず、その視線から逃れるために更にイリーナの身体を抱き寄せた。  
 
 
1【終】(エロスは次回)  
 

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