石塔の学び舎カイン・ガラで起きた、<守りの剣>盗難事件。
それが解決し、一段落を迎えたその後。
「なあ、ソラ」
名を呼ばれ、振り返る。
そこにはジークが立っていた。
「……なに?」
訊く声には、若干の剣呑さを含んでいたかもしれない。
ジークは言い辛そうに、ためらいがちに口を開いた。
「あー、その。……ごめん」
彼が口にしたのはそれだけだったが、何のことについての謝罪かはすぐに察しがついた。
しかし、ソラはあえて淡々と問い返した。
「何が?」
「ほら、えーと……俺、いろいろ無神経だったなと思って」
「……お兄さん」
ソラはわざとらしく大きなため息をついてみせた。
「メッシュさんかムーテスくんに……もしかしたら二人ともに、そう言ってこいって言われたんでしょ」
「え」
目に見えてジークの顔が引きつる。
「いや、そんなことは。うん。ないない。全然ないって」
「思いっきり棒読みだし」
ずばり指摘すると、ジークは気まずそうに言葉を詰まらせた。
この少年は根が素直すぎるのか、あるいは精神的に不器用なのか、演じるという事柄が致命的なまでに下手くそだ。率直で飾り気がないといえば聞こえはいいが、もう少しどうにかならないものか、とソラは思う。――特に、こんな時には。
「で。それだけ?」
「それだけ、って……」
「誠意がまったく見えないの」
「それじゃまるでチンピラの脅し文句だぞ、ソラ」
「また[異貌]モード発動するところ見たい? お兄さん自身の体でイヤってほど思い知ることになると思うけど」
「心の底から俺が悪かったです。ごめんなさい。それは勘弁して下さいマジで。」
男のプライドもへったくれもあったものではない風情で平謝りに謝り倒すジーク。
その様子を見て、ソラは再びため息をつく。
――誰にも、何にも言われずに、自分の意思で最初からそんなふうに謝ってくれたなら良かったのに。
なぜだか心がモヤモヤとしている。
レイクリスのことは、確かに胸の痛くなる出来事だった。悔恨や後ろ髪をひかれる思いもある。だからこそ、蘇生の儀式には立ち会わず、本人の顔も見ることなく発ったのだ。
でも、今のこのよくわからない苛立ちは何なのだろう。
……あの時。
レイクリスの仇を討ったあの時。
無意識にすがりつこうとしたその手を、何気なく――きっと、本当に、ジークにとっては何の気なしに――拒否されてしまったこと。それも、今の自分の心に影を落としている因子に思えて仕方がない。
思い出すと、何やら余計に苛々がつのってきた。
それが表情にも出ていたのか、ジークは焦った口調で、
「あ、あのな、ソラ。本当に謝るから、許してくれよ。このとおり!」
「…………」
そんな彼を半眼で見つめ……ふと、ソラは思いつきを言葉にした。
「……宝石」
「へっ?」
「あの、ルーにあげた宝石。同じやつちょうだい」
「ルーにあげた……? ああ、アレか?」
ジークがぽんと手を打った。戦士であると同時にフェアリーテイマーでもある彼は、妖精を呼び出すためのゲートである宝石を身につけている。
もっとも、今のところほとんどその技能を役立てたことがないので、興味を示していた少女にあっさり譲渡してしまう程度のものだったが。
「でも、あれって妖精使い用のだぞ。ソラは使えないだろ」
「いいの。ルーだって、ただ持ってただけじゃない」
「……まあ、いいけどさ。ソラがそれでいいって言うんなら」
ジークは頬を掻き、言葉を続けた。
「じゃあ、今度いっしょに買いに行くか? 今は懐に余裕ないから無理だけど」
「うん。約束。もし破ったら、今度こそ[異貌]発動」
「へーい」
降参するように諸手を上げ、ジークは苦笑を浮かべた。
それを見て、少しだけ、ソラの心が晴れる。
レイクリスと過ごした楽しかった日々は、もう戻ってこないけれど。
冒険の仲間であるこの少年と一緒に、埒もないことを言い合いながら、買い物に行く――その約束もまた、間違いなく、楽しみのひとつになる。
そんな不思議な確信を感じて。