夜半過ぎ、人の気配を感じてメシュオーンは目を覚ました。
敵の襲撃か、はたまた単なる物取りか。どちらにせよ油断はしない方がいい。
寝たふりをしたまま相手の出方を窺う――
「……?」
どうにもおかしい。忍び寄る気配はまるで素人同然で、足音を消すことすら出来ていない。
寝台に横たわる自分に人影は無造作に近寄って、飛び乗ってきた。
「わあ!」
「……あ、起きたの」
思わず声を上げたメシュオーンに、馬乗りになった人影はぼそりと呟いた。
「何をしてるんですか、この腐れナイトメア」
腹の上に乗っかっている人影は、よく見知ったものだった。現在殺すランキング1位の
ナイトメアの少女――ソラ。もしや逆にソラの方から「ブチ殺しにきてやんよ」ということか、これは。
「くっ」
思わず緊張して、身構えた。とはいえ体勢はかなり不利だ。
だが、メシュオーンの上に跨った少女は全く思いがけない言葉を口にした。
「何しにって……夜這い」
「……はい?」
普段と変わらぬ口調、眼差し、それが何か?とでも言いたげに小首を傾げるナイトメア。
一瞬、相手の言っている言葉の意味が分からなかった。
理解した時には自分でも御しきれないほど動揺していた。
「よばっ、よばよばばばば」
「夜這い」
リピートアフターミー、とでも言うようにソラが人差し指をぴっと立てて言う。
「大丈夫、心配しないで。……お兄さんの許可は取ったの」
「えぇえええええええっ?!」
主人の許可が出たからと言って、本人の意思を無視できるわけでもない筈だが。
とんでもない主人の裏切りに完全に取り乱したルーンフォークを興味深げに見つめ、
まあそれはそれとしてソラはメッシュの寝間着に手をかけた。
「ぎゃー! 何するんですかー!」
「……どこまで脱げるのか、興味」
もはや身も世もなく叫ぶメッシュの衣類を微妙に喜々とした様子で剥ぎ取るソラ。
「前に半裸は見たけど。全部じゃないから、気になる」
前に――というは酒に飲まれて裸踊り寸前になった時のことらしい。
「これ、とれないの」
首周りの硬質素材をぺたぺたと触りながら問うてくるが、答える余裕がメッシュにはない。
メシュオーン、起動してまだ七年。恋を知る前に貞操の危機を迎える。
「うわぁああん、じーく様ー」
「……つまんない」
むくれたように呟き、ソラはメシュオーンの上から降りた。
衣服を引っぺがすだけ引っぺがして、気が済んだらしい。
「……夜這いは嘘。もっと、面白い反応、すればいいのに」
「……は?」
「お兄さんの許可取ったのはほんと。メッシュさんの服、引っぺがして見ていい?って言ったら、
20ガメルって言ったの。……払ったから、お兄さん認可済」
「にじゅ……安っ!」
そんなことを訊く方も訊く方だが、ジークの返答も大概だ。
もういい加減、何にショックを受けていいのか分からない。
がっくりとしているメッシュを放置して、ソラはさっさと自室へと引き上げる。
「もうやだ……箱に帰る……」
その晩、ルーンフォークは朝まで体育座りで泣いてたとかなんだとか。
「うう……ジーク様のアホー」
寝台の上で膝を抱えて一人泣くルーンフォーク。その後頭部を、ナイトメアの蹴りが見舞った。
「ふぐぁ!」
「……その程度でめそめそするの、格好悪いの」
去ったはずのソラが、いつの間にか戻ってきていた。塞ぎこんでいたせいで全く気付かなかったらしい。
「なんですか、何しに戻ってきたんですか」
先程の展開のせいで、メッシュの警戒はMAXである。
肌蹴た寝間着の前を押さえてずるずると後ろに下がる。これが可憐な少女であるなら萌えるところだが、
あいにく彼の外見は年齢とはかけ離れた成人男性だ。一方、迫るソラの方は外見こそ少女そのものだが
年齢は今年で40になる。もっとも、精神年齢でいえば二人とも大差ないが。
「続き」
「……続き?」
「要望があるみたいだから」
はいお邪魔しますよー、という気軽さで寝台に上がり込み、ソラが言う。
「要望って、誰のですか!」
「住人」
住人ってどこの、とメッシュが言う前にソラは衣服に手をかけた。
今度はメッシュのではなく、自分のものに。簡素な寝間着である。
するりと脱ぎ落とすと、その下は何も纏っていない。
カーテンを閉め切り灯りを落とした室内はかなり暗い。が、ルーンフォークのメッシュにはまるで
問題なく暗闇が見通せる。顔立ちに相応な、少女のように華奢な身体が目の前に晒されている。
控え目な胸の二つの膨らみ、細い腰、なだらかな腹、その下のささやかな茂み。
暗闇に映える白い肌と銀色の長い髪。淡く光すら放っているような錯覚さえ覚える。
「…………」
思わず黙ってしまうメッシュである。知識としてあれこれ知ってはいても、実際に女性の裸体
――異種族の、普段天敵呼ばわりしているナイトメアのであれ――を見るのは、初めてである。
「……どう?」
「どうって、何がデすか。私はルーンフォークですから、ナイトめアの裸なぞ見てもナんとも」
返答の言葉がガチガチに緊張しているのがバレバレな口調の上、ところどころ声が裏返っている。
ソラがにたーりと、悪そうな笑いを浮かべた。
「そのほうが、面白いの」
少女の姿の悪夢が微笑んで囁いた。
すっと近づいてくる顔に、ルーンフォークが硬直する。唇が重なりそうな距離まで近づいて、
そのまま止まる。間近で瞳を覗きこむ、ソラの手がメッシュの膝に置かれる。そこから緩やかに、
時間をかけて身体の中心に近づいてくる。
「なんともないんじゃ、ないの?」
嘲りというよりは、からかい。面白がる声音。
ナイトメアに暗視の能力はない。そのはずなのに、すっかり何もかも見通したようにソラは笑う。
初めてみる異性の裸体に興奮しているのは認めたくないが、残念なことに身体は真っ正直で。
「……ほら」
少女の手が昂りに触れて、優しく撫でる。
起動7年目にして、初めて味わう感覚。それは、どう足掻いても抗しきれない快感。
勃ち上がったそれをソラの手が握り込んで、ゆるやかに上下する。そんな他愛ない愛撫で、
普段は憎まれ口ばかり叩いてくるルーンフォークが黙りこむのが面白い。
(……ちょっと、ほんの少しだけ、可愛い、かも)
うっかりとそんな風に思ったソラは、うつむくメッシュの顔を下から覗きこみ、そっと唇を重ねた。
が、ルーンフォークは唇をきつく結んでいっかなソラの口づけに応えようとはしない。
単純に許容値いっぱいいっぱいでメッシュは気付いていないだけなのだが、ソラにはそれが
拒否のように思えて、少し淋しい。心中で拗ねながら、ソラは口撃の場所を変えることにした。
「……って、えええっ?!」
狼狽なのか驚愕なのか、ルーンフォークの悲鳴が降ってくるが気にしない。
硬くそそりたつ男根を口中に含んで、吸いたてる。メッシュの手がソラの髪を掴んだ。
やめさせたいのか、促しているのか分からない。多分、本人にも。
短い呻き声。
口の中に熱い飛沫。ひくつくように吐き出される欲望を飲み下して、ソラは彼から口を離した。
「…………早」
視線を逸らして、ぽそりと一言。
暗闇の中、見えはしないがメッシュが明らかに拳を固めた気配を察知する。
掴みかかられる直前に、身を翻す。
「こんの、腐れナイトメアー!!!」
叫んで拳を振り上げたメシュオーンは、目標を殴ることも出来ずそのまま寝台に両手をついて
うなだれた。最悪だ。こんな絶望感は、初起動の時以来だ。
「ううう……本当に箱に帰りたい……」
そんなわけで、やっぱり朝まで体育座りで泣いてるルーンフォークがいたとかいないとか。