<封印13日目>
カチリ、という音が聞こえたと思った時には、もう遅かった。
「え!?」
「あ!?」
六百を少し超えた探索を終えた、その帰り道。
拠点の近くにて偶然、今まで発見出来なかった隠し扉から現れたボガードと遭遇。
それを蹴散らし、その横穴を覗くだけ覗こうと足を一歩踏み入れた矢先の出来事だった。
「ぶはっ、冷てぇ!?」
「これ……ガス!?」
床と天井、更に左右の壁から一斉にガスが噴出し、二人の身体を包み込んだ。
それは冷凍ガスの罠。
あらゆるものを凍てつかせる湿ったガスを長時間浴び、二人は全身びしょ濡れの霜だらけになってしまう。
真冬の湖に飛び込むよりも辛い冷たさに、人間のジークは勿論、水の加護を得ているエルフのクロノアさえも寒さに身体を震わせた。
「うぐっ……さ、寒い……」
「は、早く……拠点に戻るわよ……」
二人はかじかみながら、のろのろと拠点へ移動する。
もっと早く歩きたいのに、身体が凍えてしまって言うことを利かない。
時間の経過と共に、生気がどんどんと失われていく。
このままでは、凍死してしまいそうだった。
「じ、冗談じゃない……!」
死にたくない一身で奮起し、歯を食いしばって足を引きずるように歩き続け、ようやく拠点へと辿り着く。
集めていた枯れ木をクロノアがファイアボールを浴びせて強引に燃やし、ようやく暖を取れる状況になった。
しかし、
「……寒い……それに、ね、眠い……」
「寝たら、だ、駄目よ……助からないわ……」
追いつかない。
濡れた衣服が乾くまでしばらく時間がかかり、それまで体力を奪われ続ける結果となる。
枯れ木をどんどん火にくべるが、雀の涙でしかなかった。
何せ、毛布の一枚もないのだ。
既に下がった体温を急激に取り戻す方法などありはしない。
死。
このままでは、冗談ではなく、死んでしまう。
二人の顔に、緊張が走った。
「何とか……何とか、しないと……」
だが、どうすればいい?
こうして悩んでいる間にも、体温は下がっていく一方だ。
少し気を緩めるだけで、眠りの淵――その先にある死の世界へと誘われそうになる。
いっそ、この火の中に飛び込めば助かるのではないか……そんな馬鹿な考えさえ浮かんできたそのとき、
「……し、仕方ないわね……」
「え……ク、クロノアさん!?」
意を決した顔をしたクロノアが呟くと、突如着ていたローブを脱ぎだした。
唖然とした様相のジークに、クロノアは真剣な顔で一喝する。
「ジークくんも脱ぐの! ……濡れた服は悪戯に体力を消耗するだけだわ!」
「あ、ああ……分かった」
何せ命の危機だ。羞恥心がどうのこうの言っている場合ではないし、思考能力も大分鈍っている。
ジークは否応も無く、濡れて肌に張り付いた上着とズボンを苦労して脱ぎ捨てた。
「……下着も全部脱いで」
黒いブラジャーとパンティーだけの姿となったクロノアが言う。
「いや、でも」
「死にたいの!?」
そう言われれば、やるしかない。
ジークは疲労した肉体を渾身の力を振り絞って動かし、パンツ一枚付けない全裸となった。
吸水状態の衣類が無くなったことで身体で軽くなり、体力が少しだけ戻ったような気になる。
「これで、いいか……!?」
「結構よ……」
クロノアも全裸だった。
だが、それを見て興奮するような余裕などありはしない。
目は霞み、息は絶え絶え、歯は先程からカチカチ鳴っており、意識は朦朧としている。
気力だけで保っている状況だ。
「次は、タオルで身体を拭いて」
「タオルじゃなくて、マフラーだろ……」
昨晩、焚き火の傍で乾かしてあったマフラーを手に取り、全身の水滴を拭い取る。
たったそれだけの作業なのに、身体が重くてしょうがなかった。
(やべぇ……これは、マジに……)
頭が揺れている。
体力の限界だった。
「ジーク、くん……こっちに……」
「う、あぁ……」
もはやシルエットのようにしか見えないクロノアの傍に近寄る。
影に手を伸ばすと、腕を掴まれ、抱き寄せられた。
柔らかい感触。
だが、暖かいとも、冷たいとも感じられない。
同じ体温だから。
「何、を」
「寒い、とき、は……人肌で暖めるのが、相場って……」
「へっ……確かに、そりゃ、そ……う、だ……」
二人して、石畳に崩れ落ちる。
タオルを二人が密着したまま離れないよう身体にしっかりと結びつけ、焚き火の傍で重なるように倒れ付した。
「……目が、覚めた……ら、天国かしら、地獄、か……し……ら…………」
「…………どっちでも、ねぇ……よ……」
そして、二人の意識は同時に途切れた。
薪の爆ぜる音がする。
瞼が重かったが、それでもジークはうっすらと目を開いた。
「……!?」
目の前に、クロノアの寝顔があった。
唇が触れそうなほどの距離で。
一瞬、どんな状況なのか思い出せず、ジークは叫び声を上げそうになる。
「……生きてる、のか」
全身疲労したままで億劫だったが、それでも生命力が自分の身体に戻ってきていることがジークには感じられた。
肌を合わせたままのクロノアからも、心臓の鼓動が伝わってくる。
二人とも、生きている。
「う……」
「クロノアさん……あの世に行くのは、まだだった見たいだぜ」
「ジークくん……?」
目を覚ましたクロノアが、惚けた顔でジークの顔を覗き込む。
しばらくそうしていると少しずつ状況を認識したようで、ほっとため息をついた。
「……九死に一生を得た、ってところかしらねえ」
「洒落になりませんよ、それ」
二人して笑いあう。
そして、ふと……ジークは、二人が裸のまま重なっていることを意識した。
(うわっ、やべっ……!?)
「え…………、ちょっ!?」
圧し掛かる柔らかい感触に、ジークの肉棒が徐々にその大きさを変えていく。
ジークとクロノアの、ちょうど真ん中で。
その感触がしっかりと伝わり、クロノアは顔を真っ赤にして怒鳴り上げる。
「な、何してるのよ!?」
「ち、違う! これは生理現象だ!」
言い訳している間にも、ジークのペニスはどんどん巨大化し、規格外の形状へと変貌を遂げていく。
ジークにはもう、止められなかった。
まず感じたのは、恐怖。
クロノアはジークの身体から離れようとするが、二人の身体をがっちりとタオルが結び付けており、離れることが出来ない。
なんとか結び目を解こうとするが、疲労が祟って腕を満足に動かすこともかなわなかった。
(うっ、大きい……!)
自分のヘソを通り越してご立派となったジークの陰茎の感触を肌で直に感じ、クロノアは息が詰まる思いだった。
大きくて、脈打っていて……とても、熱い。
(こ、こんなのが入ったら、壊れちゃうわよ……!?)
ジークのペニスは、クロノアの女性器のすぐ傍にある。
もし、ジークがその気なら……位置をちょっとずらすだけで……挿入出来る距離にあるのだ。
(そ、そんなことになったら……!?)
絶対に許さない。私の膣はカーム専用だ!
と、思う気持ちはあるものの……どうしても、想像してしまう。
夫のものでは空洞が長く続いてしまう子宮に、これが挿入されたとしたら。
埋没したのなら、それはどれほどの快感なのだろうか……?
(だ、駄目よ、想像しては駄目……!)
ペニスの存在を肌で直に感じてしまったせいか、クロノアも妙な気分になってしまった。
途端、ジークが狼狽した声を出す。
「じ、自分だって……!」
「へ……!?」
いつからだろう。
クロノアも興奮を感じて、乳首を勃たせていた。
その微細な変化を、密着状態で感じたのだろう。ジークは茹蛸のように顔全体を真紅に染め上げている。
クロノアも、恥ずかしさで穴があったら入りたい状態だった。
「わ、わた、私だって生理現象よ!」
「そ、そうなのか」
「そうよ!」
叫びはもはや悲鳴に近かった。
「と、とりあえず、なんとかして結び目を解かないと……」
「わ、分かった、やってみる」
ジークがもぞもぞと身体を動かし、どうにかして結び目を解こうとする。
だが、火事場の馬鹿力で硬く縛ってしまったのか、簡単に解ける気配はない。
「ちょっと、あまり揺らさないでよ……」
「そんなこと言っても、これ硬くて力が入るから仕方なく……」
筋肉に力を入れるたびに身体が震え、密着した二人の身体も擦れる。
その度、ペニスと乳首が互いの肌に擦れ合い、意図せずして官能を高める結果となった。
「くっ、んふっ……」
「ばっ……変な声出すなよ!」
「だ、出したくて出したわけじゃないわよ! 生理現象よ!」
しばらくすると、ジークのペニスの先から湿った感触が伝わるのをクロノアは感じた。
いわゆる、カウパー液というやつだった。
「へへへへ、変態! 何出してんのよ!」
「お、俺だって出したくて出してるわけじゃない! 生理現象だ!」
またしばらくして、
「な、なんか股の部分に冷たいものが垂れてるんだけど、これってもしかして愛え」
「言うなー! 生理現象、生理現象ー!!!」
と、果てしない混乱と羞恥と無駄に燃え上がる性欲の果て。
業を煮やしたクロノアがエネルギーボルトで結び目を破壊し、ようやく二人は密着状態から開放された。
「はぁっ、はぁっ……」
「ふぅっ、ふぅっ……」
二人、全裸でその場に転がり、息も絶え絶えといった様子を見せる。
傍から見れば、ねっぷりと愛し合った性交の後にしか見えないであろう。
「……」
「……」
とても気まずい。
いそいそと脱ぎ捨ててあった服を着て、なんとか体裁を取り繕ったが、後の祭りとはこのことだろう。
お互い、ちらちらと相手に視線を送ってはたまに目が合ってしまい、慌てて逸らすということを繰り返す。
(まるで、恋したばかりの若者みたいじゃないの……)
クロノアは内心で嘆息する。
こういうとき、大人の度量を見せるべきなのだろうが……やってしまったことがやってしまったことだ。
あまりにも恥ずかしくて、言葉を発することが出来ない。
(うぅ……せめて、身体の火照りがなんとかしてくれれば……)
身体は離れたとはいえ、一度火の付いた情欲はそう簡単には収まらない。
乳首はつんと勃ったままだし、乾いたはずのパンティーは愛液でまたぐっしょりと湿ってしまっている。
全身の至るところが熱っぽいし、脳も茹ったようにぼんやりしていた。
何より、お腹に感じていたジークの巨大なペニスの感触が、未だに離れていなかった。
(それは浮気よ……駄目よ、クロノア……!)
抑えられない劣情と、理性の狭間でクロノアは揺れる。
たった二人きり。夫は見ていないし、ここに現れることもない。
そんな状況が、クロノアの思慮分別をかき乱す。
ずっと我慢して、心の奥底に封じ込めていた欲求が、ジークのモノに当てられて爆発してしまっていた。
(でも、許されない! 私はカームの妻、夫を愛している気持ちに偽りはないわ……!)
だけど、流されてしまいそうな自分がいる。
約二週間もの間、ずっとジークと二人きりで行動し、生活し、寝食を共にしてきたのだ。
彼への警戒心や遠慮などは大分緩んでおり、心を許してしまっている。
これでジークが誰彼構わず愛を囁くような輩なら、ここまで思い悩むこともなくきっぱりと否定出来たかもしれない。
だが、ジークはこと異性のことに関しては面白いくらい純情な好青年だった。
せめてもう一人、別の誰かがいれば、こんなことにはならなかっただろうに。
(早く、この迷宮から脱出したい……)
だが――無事脱出して、夫に会って……
そして夜の営みで、自分はまた、カームの小さいペニスで我慢を強いられるのだろうか。
もう、何が何だか分からない……
<封印14日目>
結局今のままの状況では探索など出来るはずもなく、また疲労も残っていたこともあり、今日は身体を休めるだけで終わってしまった。
その間、二人は部屋の隅にそれぞれ腰を下ろし、何もしゃべることはなかった。
とても不自然でぎくしゃくした関係。
お互いを意識しすぎてしまい、ちらちらと視線を送るがそれで目が合ってしまうと慌てて逸らしてしまう。
そんな夜のことだった。
「どうしたものかしらねえ……」
風呂場で汗を流しながら、クロノアは静かにため息をつく。
心の中はもやもやしているというのに、肌を流れ落ちる水は冷たくて気持ちがいい。
「まぁ、気にしなければそれで済む話なんだけど……」
いつもなら。
いつもなら多少根には持つだろうが、笑って全てを無かったことに出来たはずなのだ。
あれだけのことがあったとしても。
基本的に細かいことをあまり気にしない、ぞんざいなジークもそうだろう。
ばんばん強く背中を叩き、まぁ終わったことだからしょうがないよね! と事実に蓋を閉じることが出来たはずだったのだ。
それが出来ないと理由は――もはや明白だった。
クロノアは、ジークを男として意識している。
そしてジークも、クロノアを女として意識しているからだ。
「カーム……」
いつも弱々しく微笑んでいる夫の姿を思い浮かべる。
夫のことを思うと、罪悪感で押し潰されそうになる。
クロノアは自由奔放でカームを尻に敷いているように周囲には見えているが、
カームを下にしか見ていないのならば子供が二人も出来るようなことはない。
態度にこそ表さないだけで、深い愛情を持っているのだ。
しかし。
その愛情とは別の部分が揺らいでいる。
夫への愛が90だとしたら、残りの隙間である10の部分が、どんどん15、20と膨らんでいる。
「違う……」
ジークのことを愛しているわけではない。
好きか嫌いかで問われれば好きに属する部類になろうが、クロノアがジークに対して興味を抱いているのはそこではない。
あの巨根だ。
夫への愛の中にある僅かな不満に、強引に進入してきた衝撃的な代物。
クロノアはそれに惹かれているのだ。
だけど、それはジークを種馬のようにしか見ていないということ。
夫へもそうだが、ジークに対しても失礼な思考だった。
「……いつまでもうだうだ悩んでるのは、私らしくないわよね」
忘れてしまおう。
無論、完全に忘却してしまうことは不可能であろうが、このままの状況で良いはずがない。
羞恥心を振り切り、自分から探索の続行をジークに進言しよう。
そうじゃないと。
きっと、後戻り出来ない事態になってしまう気がするから……
「――――!?」
――気付いたのは、本当に偶然だった。
気配がする。
部屋の、入り口に。
(魔物……!?)
いや、そんなはずはない。
入り口は現在、ジークが見張っている。
魔物が入り込む余地など、何処にもありはしないはずだ。
ならば、これは――
(ま、まさか……ジークくんが……)
覗いている?
私の裸を、覗いている?
あの、ちょっと胸を揺らしただけで赤面するようなジークが?
(う、嘘……)
だが、一度気付いてしまった気配は、勘違いなどの類ではなさそうだった。
見られている。
射抜くような瞳が、クロノアの裸体を嘗めるように見つめている。
――普段のクロノアなら。
普段のクロノアなら、きっとこう考えただろう。
(ふ……私の裸を見るとはいい度胸ね。丸焼きにしてくれる!)
そして振り返り、遠慮なくファイアボールを撃ち込んでいたはずだ。
だが、今のクロノアは普通ではなかった。
本来怒るべき状況なのに、怒るどころか慌てることすらしなかった。
それどころか、
(見てる、ってことは……それって性欲の対象にしている、ってことよね……?)
気付かないふりをした。
理性の部分が、何をやっているのだと叫ぶ。
だが、感情の部分が、思考を駄々漏らしている。
(じゃあ……ジークくんは、今、考えてるのね……? 私を……あ、あのペニスで、お、犯す場面を……)
ジークの脳内で、私は今どうなっている?
こうやって水浴びをしている最中に、ただ精液を放っただけ?
それとも……押し倒して、その凶悪なペニスを、強引に捻じ込んだところ?
(くっ、ふっ……)
身体が火照る。
ジークのペニスで突き刺される自分を想像し、クロノアは官能に身をくねらせる。
(わ、私、何を考えて……)
今すぐ、覗きを止めなければならない。
それは分かっている。
分かっているのに……動けない。
むしろ身体を少しずつ動かし、入り口から胸や女性器が見易いような姿勢を取ろうとしている……!
(そ、挿入するの……!? そのぶっといモノで、私の子宮を犯そうというの……!?)
妄想が暴走する。
クロノアはもう、自分が分からない。
狂ってしまったのだろうか。
それとも――これが、自分の本性なのだろうか。
「……ジークくん、交代よ」
「あ……おう」
長い長い葛藤の末。
結局、クロノアは覗いていたことを詰問するようなことはしなかった。
ジークは表面上、何事もないかのように……だが、僅かに頬を上気させて、クロノアと入れ違いに部屋に入る。
今の今まで、ここでクロノアの裸体を盗み見て、その逞しいイチモツをビンビンに勃起させていただろうに。
「……」
クロノアはその場にしゃがみこみ、自分の身体を掻き抱くような姿勢で俯いた。
迷宮からは、まだ出られそうにない。
まだまだ――二人きりが続く。
<封印16日目>
(あ……また覗いてる……)
探索した部屋の数六百六十六になった、その日。
最初から警戒していたからか、クロノアはすぐにジークの気配を感じた。
これでもう、三日目だ。
あの性に関して純情だったジークが、三日も続けて女性の――自分の裸に興味を持ち、覗いて興奮を覚えている。
(……っ)
それに呼応するかのように、秘所などに触れていないにも関わらず、クロノアはぞくぞくと劣情を催す。
見られていることに興奮しているのではない。
見られることでジークの存在を意識し、連想してジークの巨根を思い出し、そしてその巨根に貫かれる己を想像して悶えているのだ。
(もう……限界ね……)
クロノアはごくりと、唾を飲み込んだ。
これから自分は、引き返せない領域へと足を踏み入れようとしている。
夫への許されざる裏切り。
だけど、もうこれ以上はクロノアの心が耐えられなかった。
「……ジークくん」
名を呼ぶ。
己を惑わす存在の名を。
「覗いているのは分かっているわ。来なさい」
現れたジークは、顔面蒼白だった。
(気付かれてた……)
罪悪感に押し潰されそうで、今すぐここから逃げ出してしまいたい。
冒険者としての矜持を忘れ、己の欲望に従った結果がこれだ。
ファイアボールを撃ち込まれるだけならば安い。
もしかしたら、エアやソラなどと引き離されるかもしれない。
それどころか、街の人間に吹聴して周り、信頼が地の底まで暴落するかも……
普段のジークなら。
持ち前のぞんざいさで、「目一杯謝れば許してもらえるだろう」とお気楽に考えていただろう。
だが、今のジークは死刑宣告を下された虜囚のように佇むだけだった。
何故?
ただの覗きなのに、ジークは罪もない人を虐殺するような禁忌を感じていたからだ。
そこまでの禁忌を感じる理由。
それはもう、明白だった。
「自分が何をしていたのか、分かってるわね?」
背を向けたままのクロノアが言う。
透き通るような肌に、肉付きの良い尻が丸見えで、ジークはどきりとした。
……どうして、服を着ようとしないんだろう?
「私に……こ、興奮したということかしら?」
クロノアの声は何故か上擦っていた。
「そ、そうよね。ずっと我慢してたんだもの。しょうがない部分もあるかもしれないわ」
「……え?」
「そ、そうなると、これからもこんな状況が続くと……わ、私の貞操も危ないってことになるわよねえ……」
「あの……クロノアさん?」
話が見えない。
怒られるか叱られるかと考えていたジークは、クロノアの早口気味な言動が分からず訝しげに眉をひそめる。
「ジークくん」
「は、はい」
「ズボンとパンツを脱ぎなさい」
「……え」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「ななな、何でだよ?」
「ひ……人の裸見ておいて、拒否する気!?」
「ぐっ」
拒否出来るはずが無かった。
逃げ場を探すように視線を彷徨わせ、やがてどうしようもないと理解したジークは、ヤケになって叫ぶ。
「……わ……分かったよ! これでいいんだろ!?」
ベルトを外すと、勢いよくズボンとパンツを脱ぎ捨てた。
露になる、ジークの男根。
ただ、先程まで立派に勃起していたが、覗きを見つかったショックで現在は力を失い、萎れてしまっている。
……それでも、成人男性のエルフが勃起したものよりも数段大きいのだが。
「脱いだ?」
「脱いだよっ」
「そ……そう、分かったわ」
クロノアが振り向く。
胸の大きな膨らみと秘所が隠すこともなく晒され、ジークの心臓がどきりと飛び跳ねた。
「あっ……」
「な、何だよ!? 人にやらせておいてその反応は!?」
「ご、ごめん、なんでもないわ」
残念そうな顔をしたクロノアに、勘違いしたジークが顔を真っ赤にして反射的に怒鳴る。
実際は、勃起していない状態なのを残念がっただけなのだが。
「…………」
「あ、あまり顔を近づけないでくれっ」
至近距離でじろじろと己の股間を見つめるクロノアに、ジークは困った声を上げる。
「……おかしいだろ、こんなの……」
「お、おかしいって言うんなら、覗きをすること事態がおかしいでしょ」
「…………」
反論は出来ない。為すがままにされるだけだ。
己の股間の前に、裸の女が座って、じっと見つめているのを。
(おわっ、やべぇ……!)
羞恥でジークの股間が、少しずつ変化していく。
それに気付き、クロノアは目を見開いて……だが表面上は冷静を取り繕い、
「ふ、ふん。見られて興奮するの?」
「ちょっ……これ以上はマズいって!」
「隠そうとしないで!」
「だけど!」
「動いたら、あんたの仲間やうちの娘たちに覗きをしたことバラすわよ!?」
反射的に抵抗しようとしていたジークの動きが止まった。
「そう……そ、それでいいのよ」
「って、おわっ!?」
クロノアがそろそろと怯えるように手を伸ばし、ジークのペニスを指先でちょんと突付く。
それが臨界ポイントだった。
半勃ち状態だったジークのイチモツが剣を振り上げたかのごとく、物凄い勢いで天に向かって大きく突き出される。
先程の萎れた状態と比べて二倍近い差がある、まさに臨戦状態と呼ぶに相応しい雄々しさだった。
「っ」
突然の変化に、クロノアはごくりと唾を飲み込む。
それは驚きからなのか、それとも――期待からなのか。
「〜〜〜〜〜!!!」
一方のジークはもはや半泣き状態だった。
タオルで身体を密着させていたときは肌に触れ合っていたとはいえ、陰茎の変化はまだ目の届かないところで起きた現象だった。
しかし、今回は違う。眼前で勃起する瞬間を見られたのだ。
今すぐ穴を掘って、そこに永久に閉じ篭ってしまいたい。
「も、もういいだろ!」
「待って……」
「え……う、うわぁ!?」
ジークが驚愕の声を上げる。
クロノアが手を伸ばすと――脈打つペニスに指を添えたからだった。
(熱い……!)
以前にお腹で感じたときと同じ、いや更にそれ以上の熱量だとクロノアには感じられた。
カームの……夫のものと比べて、どうだ?
煮え滾るマグマのごとく、火傷してしまいそうなほど熱かっただろうか?
獲物に狙いを定めた猛獣のごとく、荒々しく脈動していただろうか?
片手だけでは――それどころか両手を使っても到底収まらないほどに、凛々しく聳え立っていただろうか?
ない。
精々が常温より少しだけ高い程度。
ハンターに囲まれた草食動物のように弱々しく。
片手で握り潰せてしまえるのではないかと疑えるほどの脆弱さ。
比べようもなく、ジークのイチモツの圧勝だった。
(胸が、ドキドキする……)
心臓の鼓動が早くなる。
頭がぼうっとして、何も考えていられない。
いや――余計な雑念を捨てなければ、こんなことは出来ないからか。
「ク、クロノアさん!?」
「黙って……う、動かすわよ……」
「ちょっ……ヤバいって……!」
ジークは慌てて止めようとするが、クロノアが一度ペニスを摩ると、未知の快感が襲い掛かってきて動きを止めてしまう。
その間に、クロノアは何かに取り憑かれたかのように、一心不乱に両手でペニスを上限に擦り上げる。
「うっ、あっ……な、なんでこんなこと……」
「……しょうがないのよ……」
「し、しょうがない?」
「だって……こ、このままじゃ、性欲が暴走したジークくんに、お、犯されるかもしれないじゃない」
「そ、そんなことはしな……くうっ」
指先で亀頭を刺激され、たまらずジークが悶える。
「だ、だから! こうやって手で……ぬ、ヌいてあげるわ。そうしたら……犯されなくてすむじゃない」
「そ、そんな」
「そうよ、これは……仕方の無いこと。仕方の無いことなんだから……!」
熱に浮かされたかのようにぶつぶつ言い訳の言葉を呟きながら、クロノアの手の動きが早くなる。
先程覗きをして興奮していたジークは、たまらず我慢の限界を迎えた。
「や、やばい、出る、出る!」
「で、出るの!? 精液、だ、出しちゃうの?」
「駄目だ、出る! は、離れて!」
「え……きゃあっ!?」
びゅるるるるるるるるるるるっ!!!
ついに耐えられなくなったジークのペニスから、精液が放出された。
白濁とした液体が猛烈な勢いで宙を舞い、目の前にいたクロノアの顔に勢いよく降り注ぐ。
「ちょっ……なにっ、これ……!?」
想像していたものとまったく違う出来事に、クロノアは混乱して呆然とした顔をする。
今のが……射精!?
(嘘……)
カームの射精は、小川がちろちろ流れるような……そんな緩やかなものだった。
だが、今のはまるで火山の爆発――あるいは大滝から流れ落ちる大瀑布だ。
量だって、すぐに途切れる夫のものとは桁が違う。
まるで顔面を白く染め上げんとばかりに、大量に噴射された精液。
それはクロノアの知っている水っぽいものとは違い、物凄い粘り気があって、恐ろしいまでに濃かった。
これを子宮に流し込まれたら……間違いなく、妊娠してしまうだろう。
(凄い……)
射精を終えて腰砕けになったジークを見つめて、クロノアは胸が更に高鳴るのを感じた。
身体が熱を帯び、乳首がピンと尖り、秘所がじゅんと湿り気を帯びる。
ジークの射精を見て、クロノアも間違いなく昂ぶり始めていた。
と。
「ク、クロノアさん!」
「きゃっ……!?」
突如すっくと立ち上がったジークが、クロノアを押し倒した。
その目は血走っており、尋常ではない。
「ジ、ジークくん!?」
クロノアは恐怖を覚える。
ジークは萎え掛けたペニスを掴み、クロノアの秘所の前に持っていく。
「クロノアさん、俺、挿れたい……!」
「駄目よ、ジークくん!」
必死に抵抗するクロノア。
ジークは切なげな顔で叫ぶ。
「な、なんでだよ! ここまで来たら……!」
「私には、カームが……夫がいるの!」
「!」
カーム。
クロノアは、夫がいる身だった。
だからこそ……この一線だけは、超えることが出来ない。
クロノアとジークが背徳感を覚えたのも、彼の存在あってこそだ。
今は崖と崖とを繋ぐ一本のロープの上に立っている状態。
とても不安定だが、まだ引き返すことは出来る。
だが……これ以上は、奈落だ。
「……」
ジークが、身体をどけた。
クロノアは、小さく嘆息する。
「……じゃあ、なんでこんなことするんだよ……」
「言ったでしょ……こういうことが起きないための、性欲処理よ」
「……」
そんなものは言い訳にすぎない。
それはクロノアにも……そして、ジークにも分かっていることだった。
だけど――まだ一寸残った理性が、引き止める。
これ以上先には、行ってはならないのだと。
「……顔を洗ってくるわ」
「ああ……終わったら、呼んでくれ……」
意気消沈した様子で、ジークはパンツとズボンを掴むととぼとぼと部屋の外に出て行ってしまった。
クロノアは、ぎゅっと唇を噛む。
もう、お互いがお互いの気持ちを理解している。
だけど、それは叶えられない。
最後の一線を越える勇気が、無かった。