<封印28日目>  
 
 ――――そして、二人は呆気無く、迷宮から解放された。  
 
 
 
 それは、探索の途中であった。  
 いつものように僅かな希望に賭けて――それすらも、夜の営みを待つための時間潰しに変化しつつあったが――通路を移動中。  
 突如、二人の身体は光に包まれた。  
 
「う、うわっ!?」  
「何……これ!?」  
 
 驚き戸惑う二人を他所に、光の明度はどんどんと強まっていく。  
 気付けば、周囲の光景も変化していた。  
 ぐにゃりと曲がり、捻れ、崩壊していく迷宮。  
 焦茶色の壁面がどんどん彩度を失い、淡く、零と化していく。  
 眩しくて目が開けられないほどに、視界の中は白一色。  
 意識が、身体が、世界が、全てが、消えていく。  
 
「クロノア……ッ」  
「ジーク!!!」  
 
 互いの名を叫び、手を伸ばそうとして――  
 何も見えなくなった。  
 
 
 
 
 
 どん、という衝撃と共に、床に叩き付けられた。  
 
「痛っ!?」  
「きゃあ!?」  
 
 尾てい骨を強かに打ち、二人は悲鳴を上げる。  
 純度の悪い酒を飲んだ後のような、世界がぐるぐると回る感覚。  
 何が起きたのだろうか。  
 気持ち悪さに口元を押さえながら、混乱しきった頭で考えようとする。  
 
「ジーク、大丈夫!?」  
「……へ?」  
 
 聞こえるはずの無い声が聞こえ、ジークは顔を上げる。  
 そこには心配そうな顔で自分の顔を覗き込む、幼い少女の姿があった。  
 
「……ルー?」  
 
 何故、ルーがここに?  
 脳が冷静な思考を取り戻すより早く、ルーの背後から騒々しい声が響き渡る。  
 
「おお、ジーク様! ご無事で何よりです、いやまぁ心配などしていませんでしたけどね!」  
「あぁ〜勿体無い〜……高価なマジックアイテムが〜……」  
「メッシュ……ムーテス……?」  
 
 従者や仲間の姿まで。  
 まさか……とジークが隣を見れば、  
 
「ああクロノア、怪我はしていないかい?」  
「お母さんもジークも、救出出来て良かったの」  
「ちっ……ジークだけ助かれば良かったのに……」  
 
 クロノアに群がる、カーム、ソラ、エア。  
 まさか、とジークとクロノアの二人は顔を見合わせる。  
 
「だ……脱出、出来たのか……?」  
「いやぁ、お二人が壺の中に閉じ込められたときはどうしようかと思いましたよ」  
 
 メッシュがジークに肩を貸し、立ち上がらせながら言う。  
 
「迂闊に近づいてまた閉じ込められたりでもしたら大変ですし、解除のためのコマンドワードなんかも分かりませんし。  
 色々すったもんだがありましたが、まぁ最後は力技でなんとかなりましたな」  
「……壊したのか」  
「価値のあるもののようでしたが、ジーク様のためならば致し方ありません。  
 そこのトカゲは最後まで抵抗していましたが」  
「いや、僕だってジークやクロノアさんのことを助けたいって思ってたよ!?  
 でもね、ああいうマジックアイテムってのは凄い希少で、値段もそれ相応に……」  
 
 慌てて弁解しようとするムーテスが何だかおかしくて、ジークは破顔した。  
 三週間ぶりに会った姿は全然変わらなくて、懐かしかった。  
 
「いやしかし、ジーク様にも見せたかったですな。ジーク様が閉じ込められてから、三時間の死闘の数々を!」  
「――――え?」  
 
 聞き捨てならない言葉が耳に届き、ジークの身体がぴたりと止まる。  
 
「………………………さん、じかん?」  
「そうですとも。あ、ひょっとして閉じ込められていた間、意識がありませんでしたかな?  
 ジーク様とそこの人妻エルフは、三時間もの間、あの小さな壺の中に虜囚の身となっていたのですぞ」  
「…………」  
 
 ジークとクロノアは、驚き顔で互いの視線を交わらせる。  
 あの一ヶ月の日々が、こちらでは三時間。  
 どうやら迷宮の中と外では、かなり流れる時間に差異があったようだ。  
 
(だけど、まぁ……)  
 
 もしも時間の流れが同じだったならば……一ヶ月の間、二人が何をしていたのか疑われたかもしれない。  
 実際、ナニをしていたわけだし……  
 とはいえ、三時間で救出されたのだったならば、ジークとクロノアの間に間違いも起こっておらず――  
 果たして、どちらのほうが良かったのか。  
 
 
 
 柔和な顔に微笑を浮かべるカームに申し訳なさそうな視線を送りながら、ジークは首を捻るのだった。  
 
 
 
 
<エピローグ>  
 
 
「ん……あっ……」  
 
 梟の声が、遠くから聞こえる。  
 ルーフェリア神殿の裏手にある、人の気配のしない薄暗い林の中。  
 木々の隙間から月光が僅かに降り注ぐ秘密のスポットで、睦む合う二人の男女がいた。  
 
「あんっ……いいのぉ……」  
 
 柔らかな草木をベッドに、二人は共に一糸纏わぬ姿で互いの身体を貪り合う。  
 こんなところで密会しないといけない、禁忌の関係を持つ赤毛の青年と、エルフの熟女――  
 ジークとクロノアだった。  
 
「くっ、イクっ!!!」」  
「ああっ、入ってくる、たくさん膣内に入ってくるぅっ」  
 
 濡れそぼった秘裂へと突き入れられた剛直から、滝のような勢いの精子が子宮へ向かって流れ込む。  
 クロノアは両手両足でジークに抱き着いてそれを受け入れ、だらしなく顔を蕩けさせた。  
 
「んんっ……そう、これよこれ…………ジークの精子が子宮に入ってないと、落ち着かなくなっちゃったわ」  
「おいおい、明日からルーたちとアイヤールに戻るんだろ。大丈夫なのか?」  
「いざとなったら『フライト』で戻ってくるわよ」  
「まだ使えないだろ……」  
「ふふ、冗談よ、冗談」  
 
 果たして、何処までが冗談なのか。  
 ジークはじっとクロノアの瞳を覗き込むが、クロノアは悪戯気な表情を崩すことはしなかった。  
 この辺りは、流石に人生経験の差なのかもしれない。  
 
「それより、また濃いのをたっぷり出してくれちゃって……流石にこれは、妊娠したかしらねえ?」  
「……」  
 
 依然繋がったまま、己の下腹部を撫でるクロノア。  
 ジークは冷や汗を流しながら、ごくりと唾を飲み込む。  
 
「やっぱ……マズイよな。永遠に迷宮に閉じ込められたと思ったあの時ならまだしも、解放された今は……」  
「あら、今更何を言ってるのかしら? 最初に確認したのに、それでも続けてるのはジークじゃない」  
「そ、それは……だって気持ちいいし……」  
 
 迷宮から解放された後も、二人は夜な夜な逢瀬しては、こうして性交を続けている。  
 もはや引き返せない道。  
 関係がバレたら、一体どうなることやら。  
 
「まぁ、二人も産んだのが奇跡なくらい、エルフの着床率は低いし……人間相手だと知らないけど」  
「うむむ……」  
「生まれた子供がエルフかナイトメアなら、カームとの子供だって言い張れるんだけどねえ」  
「じゃあ、もし人間が生まれたら」  
「そりゃあ、修羅場になるでしょうよ」  
 
 何が楽しいのか、クロノアはニヤニヤ顔で言う。  
 
「その時は勿論、『責任』取ってもらうわよ? ……色々、ね」  
「わ、分かってます……とりあえずカームさんやエア、ソラ全員と喧嘩して勝てるくらいには鍛えておきます……」  
「頑張ってね」  
 
 青ざめた顔でうなだれるジークの頭を、クロノアはよしよしと撫でた。  
 歪な環境が育んだ、許されざる関係。  
 しかしジークは、そしてクロノアも、この関係を無かったことには出来なかった。  
 やがて二人はそんな『割とどうでも良くないこと』をとりあえず脇に置いておき、またセックスを再開し始める。  
 それこそが、余計な心労や重圧から解放されたぞんざいなジークとクロノアの、正しい付き合い方なのかもしれない。  
 
「もういいや、俺の子供を孕んで欲しいのは事実だし……きっと、何とかなるだろ!」  
「あんっ、本当にしょうがないわねえ……いいわ、子宮の中いっぱいにしてぇっ!」  
 
 
 
 
 
 この十ヶ月後、クロノアは三人目の子供を生む。  
 その子供の種族がどうで、修羅場になったかどうかは――――各人の想像に任せるとしよう。  
 
 
 
 了  
 
 
 

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