<封印1日目>  
 
 
「……また、同じような部屋ね」  
「そうだな……」  
 
 通路を抜けた先にある石造りの部屋を覗き、ジークとクロノアは同時にため息をついた。  
 これでもう、何部屋目に突入したのだろう。  
 少なくとも、十は容易く超えたはずだ。  
 
「あー、もう! 何でこんなことになっちゃったのかしら」  
「え、それをクロノアさんが言うのか!?」  
「な、何よ、ジークくんだって不注意だったでしょうに!」  
 
 二人してぎゃーぎゃー言い争う。  
 だが、どれだけ騒いでも周囲には誰もおらず、ただ静寂だけが満ちていた。  
 空しさに気付いた二人は、喧嘩を止めて真面目に部屋の捜索に乗り出す。  
 
「こうなったら、なんとしてでも脱出する方法を見つけるのよ」  
「分かってるよ」  
 
 しかし、本当にどうしてこんな事態になってしまったのか。  
 いつも従者に任せていたために慣れない探索作業に苦心しながら、ジークはつい数時間前の出来事を思い返す。  
 
 
 ルーフェリア神殿に届けられた、握り拳大の壺のような形状をしたをした魔法の道具。  
 それにクロノアが興味本位で触れた途端、突然まばゆい光を放った。  
 近くにいたジークはなんとかしようとクロノアから壺を奪い、その際手が滑って床に落としてしまう。  
 途端、壺は煙を噴き出し、ジークとクロノアは巻き込まれ……  
 
 気付いたら、二人はこの剣の迷宮のような場所へと封印されていた。  
 
 
「ま、どの部屋の一角にも食料は無駄に生っているし、飢え死にはしないですみそうだわ」  
「メッシュたちも救出手段を講じてるだろうし、何とかなるだろうな」  
 
 非常事態のはずだが、二人の精神は気楽なものだった。  
 当面の食糧問題は解決済みだし、迷宮がどのくらい続いているのかは分からないが、一生閉じ込められてしまうわけでもないだろう。  
 こちら側から脱出するための手段が無かったとしても、仲間が一部始終を見ていたので、放置されることもあるまい。  
 出てくる魔物もボガードなどの雑魚ばかりなので、生命の危険を考える必要もない。  
 ちょっと面倒な事態になっただけ……すぐに日常に戻ることが出来る。  
 この時は、まだそう考えていた。  
 
 
 この事態が、二人の関係を大きく変えることになるなど、思いもしなかった。  
 
 
<封印2日目>  
 
 
「……あ!」  
「すげぇ、湖だ!」  
 
 五十は超えたであろう部屋をうんざりしながら通り過ぎ、次なる部屋へと足を踏み入れた二人は、歓喜の声を上げた。  
 その部屋は今までの部屋に比べてかなり大きく、その半分(といっても今までの三倍はあるが)が水で覆われている。  
 別の部屋から水が流れ込んでおり、そこから更に別の場所へと循環しているため小さい波が生じているものの、  
 水没と呼んでも差し支えないほど貯水された様子を見れば、川ではなく湖――大きさ的には池という呼称が妥当であろう。  
 
「……飲める! この水、飲めるぞ!」  
「やったわ! これで食料に続いて喉を潤すことも出来る!」  
 
 ハイタッチで喜び合う二人。  
 食料に蓄えられた水分で補っていたとはいえ、今まで給水出来る場所が見つかっていないことは少しだけプレッシャーだったのだ。  
 だが、本格的に喉が渇く前に水源を手に入れることが出来た今、当面の生命に直轄する問題はほぼクリア出来たといっても差し支えはない。  
 
「ここを拠点にしましょう。水源の確保は何より大切だわ」  
「そうだな。ここを中心に、探索の輪を広げることにしよう」  
 
 そう決定すると、ジークたちは出入り口に魔物たちが侵入しないようバリケードを作ることにした。  
 二人にとって更に幸いなことに、部屋の広さと比較して部屋の出入り口は先ほどジークたちが入ってきた一つだけ、  
 しかも大きさも通常のものと何ら変わりが無いということだった。  
 
 別の部屋から瓦礫片や木を切り倒したものなどを持ち寄り、外側からは進入しにくく、逆にこちら側から通行しやすくなるような壁を作る。  
 
「ほらほら、もっと頑張りなさい」  
「クロノアさんも手伝え!」  
「嫌だねえ、男の子のくせに」  
 
 もっとも、作業のほとんどが力仕事なので、もっぱらジークが扱き使われるはめになったのだが。  
 
(こういうとき、ムーテスでもいればなぁ……)  
 
 間柄に慣れた仲間ではなく、顔や身体はそっくりなのにあまり付き合いのない女性相手への対応に追われ、ジークは嘆息する。  
 もっとも、一人きりでないことは、心の支えになっていたのだが。  
 たった一人でずっと閉じ込められていたとしたら……ひょっとして、発狂していたのかもしれない。  
 それを考えれば、仲間の母親という微妙すぎるチョイスだったとしても、会話が出来る存在が傍にいるということはありがたかった。  
 
 兎にも角にも、二人は完全に安心は出来ないものの、とりあえず心休める拠点を手に入れたのだった。  
 
 
<封印5日目>  
 
 
「で。アンタ、エアリサームとソーラリィムと、どっちが好きなのよ」  
「ブーッ!?」  
 
 探索した部屋の数が三百に届くか届かないかとなった、ある夜。  
 いや昼夜の感覚も無いのだが――とにかく探索を終えたその日、焚き火を囲みながら、二人はいつものように談笑していた。  
 特に親しいわけではない二人だったが、共通の話題は持っている。例えば、クロノアの娘二人のことだとか。  
 メッシュたちの救出作業が遅れているのか、二人が迷宮から出られる兆候は無く、また脱出のための手段も見つからない。  
 しかしそこは熟練の冒険者と長寿のエルフ、まだまだ余裕たっぷりな様子で、余った時間で親交を深めている。  
 
「やれやれ……私のことを『お義母さん』と呼んだもんだから、私はてっきりねえ……」  
「ちゃんと否定しただろ、アレは!」  
「ま、ま。若い娘二人と旅をして、何も起こらないわけないでしょう?」  
「自分の娘の話なのに、なんでそんなにノリノリなんだよ!?」  
 
 ずい、と身を乗り出したクロノアに思わずツッコミを入れるジーク。  
 こういうとき、ソラと同じ血を感じてしまうのだった。顔も同じだし。  
 ふと――もう一人の娘であるエアと同じ部分――豊かに実った胸が身を乗り出した影響でぷるんと揺れた。  
 思わず赤面し、視線を逸らす。  
 
「ん、…………ふ」  
「な、なんだよ」  
 
 ジークの視線に気付いたクロノアが、にやりと笑う。  
 その娘で見慣れた嫌な笑顔に、ジークは思わずたじろいでしまう。  
 
「別にー。ちょっと隣に行っていい?」  
「何故!?」  
 
 ジークの真横に腰を下ろし、胸を押し付けるように腕を絡めるクロノア。  
 柔らかい感触が伝わり、ジークは顔面を林檎のように紅潮させ、さりとて乱暴に振り払うことも出来ずに硬直する。  
 
「あ、あうあうあう……」  
 
 だくだくと流れ落ちる冷や汗。  
 あちこちへと忙しなく動き回る瞳。  
 早鐘を打つ心臓の音。  
 
「ぷっ……あっはっはっは!」  
 
 途端、クロノアは腹を抱えて大笑いし、ジークの背中をばんばん叩いた。  
 
「いやー、娘たちから話は聞いてたけど、本当に面白いくらいに純情だねえ!」  
「ぐっ……く、くそっ……」  
「おっ、やるかい? ソラから聞いてるよ、大きい胸が嫌いなんだって?」  
 
 両腕で挟み込み、胸を強調するような姿勢を取る。  
 エアと同じくらい……いや、それよりも大きなふくらみが二つ、存在を誇示するようにまざまざと見せ付けられる。  
 ジークはまたもや顔を真っ赤にして、目を背けた。  
 
「き、嫌いっていうか……苦手っていうか……」  
「ふぅん? 昔、何かあったの?」  
「ちょっと……いや、そうじゃない。からかわないでくれ!」  
 
 いい加減頭にきてジークが叫ぶと、クロノアはおどけた風に肩を竦める。  
 
「やれやれ、冗談が過ぎたかしら」  
「娯楽が少ないのは分かるけど、俺で遊ばないでほしいぞ」  
「分かってるわよ。まだしばらく二人きりかもしれないのに、ギスギスしたくはないからね」  
 
 仲直りの握手とばかりに差し出された手を握り返し、ほっと一息つくジーク。  
 そして、今更ながらはたと気付く。  
 
(そうか、まだ二人きりが続くのか……)  
 
 ということは、これからもあんな風にからかわれることも多々あるわけで……  
 ジークはこれからを憂い、早くこの迷宮を脱出したいと願うのだった。  
 
 
 
<封印8日目>  
 
 
「ふんふんふ〜ん♪」  
 
 鼻歌を歌いながら、硬い皮の果実の中身をくりぬいた即席洗面器で池から水を汲み取り、身体にかける。  
 冷えた水温が、先程まで歩き詰めだったおかげで熱を伴っていた肉体の疲労を吹き飛ばし、心地良い気持ちにさせた。  
 
「この瞬間が、至福のときよねー」  
 
 上機嫌な顔で、クロノアは微笑した。  
 生きている以上当然汗をかく二人はベタベタした身体を何とかしたいと思い――だが当然迷宮に風呂など存在するはずもなく。  
 仕方なく、池の循環的に下流方面を風呂代わりに使うことを決めた。  
 何せ、何の準備のなく迷宮へと閉じ込められたのだ。  
 生活用品は勿論のこと、危険な迷宮内だというのに鎧や武器すら持ち込めていない。  
 宝石もケースごと置いて来たので、おかげでジークは素手で魔物と戦っていた。  
 だから洗面器もこうして手作りだし、身体を拭くタオルも本来装飾品のマフラーを使用している。  
 本当は汗臭い服や下着も洗ってしまいたいたかったのだが、着替えがない以上、こればかりはどうしようもなかった。  
 
「あー、生き返るわ」  
 
 現在、ジークは部屋の外で見張りをしている。  
 クロノアが上がったら、交代でジークが風呂に入るのだ。  
 すぐ傍に若い男がいることに不安を覚えないでも無かったが……  
 ジークの女性関係に対する純情っぷりを見るに、杞憂で終わるだろうとクロノアは踏んでいる。  
 実際、風呂に入ろうと決めた日から現在に至るまで、彼が不埒なことを仕出かそうとする素振りは見せなかった。  
 
 もし覗かれたとしても、ファイアーボールをしこたま撃ち込むだけなのだが。  
 
「……ん?」  
 
 その時、ふと視界の端に動く影があった。  
 鼠か何かだろうか?  
 クロノアは反射的に、そちらへと視線を向け――  
 
 たくさんの足をうぞうぞと動かし、細長い身体をうねうねと揺らす、生理的嫌悪感を催す掌サイズの生物を見つけた。  
 
「―――――」  
 
 さて、言うまでもないことだが、クロノアは女性である。  
 成人した娘二人を持つ妙齢のエルフであり、かなり高位のソーサラーであり、カイン・ガラで遺跡に潜っては強大な魔物を蹴散らし、  
 姉御肌で強気な性格だったとしても、女性なのである。  
 なので一般的な感性に漏れず、こういった虫の類は大の苦手だった。  
 そこに現れたのが、先刻の百足らしき生物だった。  
 しかも身体を洗っている最中という、一番無防備な状況で。  
 
 
 クロノアが反射的に取った行動は、決まっていた。  
 
 
 
 
 調べた部屋の数は五百を突破している。  
 いよいよもって、この迷宮の広大さに呆れ――そしてこれまでに脱出に関する手がかりがまったく掴めないことに一抹の不安を感じながら、  
 ジークは腕組みをして、クロノアが風呂から上がるのを待っていた。  
 
「しかし、女ってのはどうしてこう、風呂が長いんだか……」  
 
 女性の長風呂を待つのは、別にこれが初めての経験というわけではない。  
 旅の途中で同じように汗を嫌がったり、あるいは催したエアやソラが水浴びなどを終える間見張りをするのは、慣れたものだ。  
 
 覗いたことはない。  
 無論、二人の裸にこれっぽっちの興味も無いのかと問われれば、無いと答えるのは嘘になるのだが――  
 それ以上に覗いたことがバレることで関係がギクシャクし、最悪の場合パーティ解散の危機に陥ることを避けるとか。  
 水浴びをしている間は装備を外している状態、つまり無防備なので本当に見張りをしていないと魔物の襲撃時にマズいとか。  
 理由は様々だが、いわば一人前の冒険者としての矜持、最低限のルールだ。  
 こういうところをキッチリ守るからこそ、パーティとしての信頼関係が築かれ、絆が生まれる。  
 だからジークは、すぐ近くに裸の女性がいるということに特に感慨も抱かず、普通に見張りの役目をこなしていた。  
 
 もっとも、それは建前であり、実際はジークが単に「いい人」であるからなのだが……  
 と。  
 
「キャアァァァァァァ―――ッ!!!」  
「!?」  
 
 不意打ちだった。  
 絹を裂くような悲鳴。  
 
「クロノアさん!?」  
 
 地面に座り込んでいたジークは慌てて起き上がり、バリケードを乗り越えて部屋に突入する。  
 まさか魔物が忍び込んでいたのか?  
 クロノアさんは無事だろうか!?  
 
「クロ、ノ……」  
 
 必死の形相でクロノアの名を呼びかけたジークは、ぴたりと動きを止めた。  
 
「……ぇ」  
「……ぁ」  
 
 そこには予想通り、クロノアがいた。  
 ただ、予想外の……いや、予想は出来ていたものの、頭からすっぽり抜け落ちていた姿で、立ち尽くしていた。  
 
 
 クロノアは、全裸だった。  
 二児の母とは思えぬ、美しい裸体を隠すこともなく晒していた。  
 
 エルフ特有の、透き通るような美しい色白の肌。  
 それでいてエルフとは思えぬ肉感的な肢体と豊満な乳房に、アクセントを加えるような桜色の突起。  
 水に塗れた金髪はえもいえぬ艶やかさで、見る者を嫌でも惹きつける色気を醸し出している。  
 そして――胸とは違い、服の上からでは確認することの出来ない禁断の領域。  
 女性器も僅かばかりではあるが顔を覗かせていた。  
 男のものとはまるで違う、爪で裂かれた跡のようにくっきりとした割れ目。  
 髪色と同じ金の陰毛が薄くはあるものの生え茂っており、またそれが現実の存在だとまざまざと感じさせた。  
 
 
「…………」  
 
 ジークは言葉が出ない。  
 クロノアも咄嗟に反応出来ず、身体を隠そうともせず立ち尽くしていた。  
 それが結果として、ジークの網膜に裸身をまざまざと焼き付ける結果となる。  
 
「……なっ、」  
 
 時間が止まってしまったかのように静止した二人。  
 そんな、絵画に描かれた風景のような世界を打ち壊したのは、先に混乱から回復したクロノアだった。  
 
「何をじろじろ見てるのよ!?」  
「え……、あっ!?」  
 
 両腕で慌てて胸と秘所を隠し、百年以上を生きたとも思えぬほど、純真な少女のように顔を真っ赤にしてクロノアが叫ぶ。  
 それでようやくジークも思考を回復させ、同じく火が付いたように赤面すると慌てて後ろを振り返った。  
 
「わ、悪い! 綺麗だったから見惚れてた!」  
「え!?」  
 
 咄嗟に言い放ったジークの言い訳に、エネルギーボルトを喰らわせようと呪文を詠唱しかけていたクロノアはぴたりと動きを止めた。  
 綺麗。見惚れてた。  
 子供を産んでから久しく聞かなくなった言葉だ。  
 しかも、反射的に答えたところを見ると、お世辞などではなく、本心で答えたということだろう。  
 顔だけではなく、クロノアの全身が羞恥で赤く染まる。  
 
「馬鹿っ、な、何を言って」  
「い、いや、そうじゃなくて! だ、だって悲鳴が聞こえたから、俺は」  
「悲鳴……あ」  
 
 ようやくクロノアは、現在がどのような理由で作られた状況なのか理解する。  
 現在は魔物が蔓延る迷宮の中、そこで悲鳴が聞こえたらどういう行動を取る?  
 そう、ジークに裸を見られたのは不可抗力であり、自分の落ち度であった。  
 ジークがエネルギーボルトやファイアーボルトで成敗される謂れは、ない。  
 それどころか、命の危機かもしれない状況に真っ先に駆けつけてくれたジークへ、感謝してもいいくらいだ。  
 
(だからって……)  
 
 理屈では納得出来るが、感情は納得いかない。  
 理不尽だということは分かっていても、クロノアは女なのだ。  
 裸を見られたというのに頭を下げなければいけないなど、プライドが許さなかった。  
 
(何か、解決方法を考えないと……)  
 
 ジークはこちらに背を向けたまま、身を竦ませている。  
 好意でしてくれたこの少年相手に、まさか攻撃魔法で傷を負わせるわけにもいかないだろう。  
 なんとか気を収め、なおかつジークにも禍根を残さないような方法はないだろうか……?  
 
 
 
 
 
(うわー、うわー!!!)  
 
 ジークはクロノアに背を向けながら、一人悶絶していた。  
 
(み、見ちまった……女の裸……)  
 
 春画などでどういった感じなのかは知っている。  
 だが、実物を見たのはこれが初めてだった。  
 しかも、相手は二児の母とはいえ、美しさにかけては他に類を見ないエルフの女性なのである。  
 まるで魔法でもかけられてしまったかのように、ジークの脳に先程の光景が焼きついて離れない。  
 
(う、やべぇ、勃ってきた……)  
 
 忘れようとしても忘れられない艶やかな肢体に反応し、ジークのペニスが荒々しく自己主張し始める。  
 張り詰めた一物を隠すように、ジークは少しだけ前屈みになった。  
 
(お、落ち着けジーク……相手はソラとエアの母ちゃんだぞ……?)  
 
 そう、言うなればおばさん、単語から連想すると天然パーマで太ってて買い物籠片手にがみがみ怒ってるようなアレだ。  
 クロノアはアレと同じだ、おばさんなんだ、だから興奮する必要なんて……  
 必要……  
 ……  
 
(駄目だぁぁぁぁ!!?)  
 
 少しでも気が緩むと、 クロノアの美しい裸体がどうしても浮かび上がってしまう。  
 何せ本物は初めてなのだ。  
 女性経験のない童貞のジークとしては、あまりに衝撃的すぎた。  
 
(メッシュ! 助けてくれ、メッシュ!)  
 
 こんなときにどうでもいい意見を出してくれる従者が、今のジークには必要だった。  
 まぁ、旅先でムラムラして抜いてしまいとき、常に傍らにいるので邪魔に思うこともあるが……  
 
「ジークくん」  
「は、はひっ」  
 
 ついに来た。  
 ガクガク震えながら、ジークはそろそろと後ろを振り向く。  
 そこには、いつものローブを着て仁王立ちするクロノアの姿があった。  
 
(よ、良かった……)  
 
 見慣れた(といっても、これはこれでかなり露出が高いのだが)姿に安心する。  
 これでまた裸だったら、鼻血を出して気絶していた可能性もあっただろう。  
 
「あー……ジークくん?」  
「な、なんでしょうか」  
 
 何故か正座で言葉を待つジーク。  
 勿論そそり立ったままのモノを見られないよう、両手を上に乗せて巧みに隠してはいるが。  
 
「悲鳴は……別に怪我をしたとか、そういうわけじゃないわ。安心しなさい」  
「そ、そうか、なら良かった」  
 
 ほっとした表情をするジーク。  
 それを見て、クロノアは少しだけバツが悪そうに視線を逸らす。  
 
「とはいえ、女性が裸を見られてそれでおしまい、というわけにはいかないのよ」  
「だ、だけど俺は冒険者として妥当な判断を」  
「お黙りなさい」  
「はい」  
 
 こういうとき、女性は強い。  
 
「女性の裸はジークくんが思ってるより価値があるわ。しかもすぐに目を逸らさずにじっと見てたわよね」  
「うぐっ……そこを突かれると痛い」  
「なので、簡単な罰で許そうと思います」  
「ビ、ビンタ一発とか?」  
「大丈夫、痛いようなことはしないわ」  
 
 クロノアはニヤリと笑うと、ジークにいそいそと近づく。  
 
「な、なんだ?」  
「やっぱり、対価は同じような対価で払ってもらわないとねえ」  
「へ!?」  
「……ジークくんのも見せてもらうわ!」  
 
 言うが早いか、クロノアはジークに覆いかぶさると、ベルトを外しにかかった。  
 突然の事態に脳が一瞬凍結したジークは、ようやく我に返る。  
 
「ちょっ……なんでそうなる!?」  
「大丈夫、ジークくんと違って旦那ので見慣れてるし!」  
「そういう問題じゃない!」  
「痛いのよりマシでしょ!」  
「心が痛む!」  
 
 ジークは必死に抵抗するが、クロノアの動きのほうが一瞬早かった。  
 ズボンのフックが外れ、パンツごと強引に下げる。  
 
「ぎゃー、止めろー!」  
「そーれ、ご開ちょ」  
 
 ビィン!  
 
「う、……」  
 
 眼前、息をすればかかるほどの距離で外気へと躍り出たジークのペニスを前にして、クロノアは先程までの表情を失い、絶句した。  
 
 
 
 
 
 
(……何、これ?)  
 
 それは、予想していたものとは遥かに違っていた。  
 いや、形状は似ている。  
 似ているが……その大きさが、段違いであった。  
 
(嘘……)  
 
 エルフの男性器は、小さい。  
 種族の特徴としてかなりの長寿である彼らは急いで子孫を残す必要がなく、交配も年月をかけて行う緩やかなものなのだ。  
 自然、性行為に使われる男性器は退化する。  
 クロノアの夫であるカームも例に漏れず、エルフとして平均的な大きさ――要するに小さかった。  
 もっとも、それで夫への愛情を失うなんてことはないのだが。  
 
 人間の男性器も一度だけ見たことがある。  
 といっても、偶然の産物だった。  
 カイン・ガラでの遺跡探索におけるパーティメンバーの一人が、酔った勢いで裸踊りをしたとき偶然視界に入ったのだ。  
 それは勃起したものではなかったが、夫のものより大きく、「ああ、人間はエルフより大きいんだな」という事実を認識しただけだった。  
 勃起した大きさも、本などで大体想像は付いていた。  
 
 だが……目の前のこれは、何だ?  
 クロノアは眼前に飛び込んだ『それ』を注視する。  
 私は……ただ、笑い話にしようと。  
 ひょっとしたら皮でも被ってて、そうしたら「それで娘を満足させられるの?」とでも言ってやろうとして……  
 そのような目論見は完全に吹き飛んでいた。  
 それほどまでに、目の前のそれは想像を逸脱したものだった。  
 
 巨根、だった。  
 
 ヘソまで届く、規格外の長さ。  
 子供の腕ほどあるのではないかと錯覚してしまうほどの太さ。  
 その存在を示威するかのように、張り巡らされた青筋。  
 何者も恐れないかのように天に向かって堂々と聳え立つ、子種を注いで孕ませんといきり立つ男性器。  
 その雄々しさに、クロノアは吸い寄せられるかのように目を奪われる。  
 
(凄い……)  
 
 ごくりと唾を飲み込む。  
 クロノアはカームを愛していた。  
 愛していたが、一つだけ満足していないことがあった。  
 
 性生活である。  
 
 クロノアは本来華奢なエルフとは思えぬ豊満な肉体を持っている。  
 そして、それに見合うかのように、エルフとしては少し逸脱した――どちらかというと人間寄りの性欲の持ち主だった。  
 だが、カームは普通のエルフである。  
 彼の気弱な性格も合わさり、そのセックスは相手を気遣う、緩やかで優しいものだった。  
 それが、エルフに見合わぬ性欲を持つクロノアにとって不満点だった。  
 とはいえ、それに目を瞑ればカームは夫として最高だ。  
 身体が満足出来ないからと、不貞を働くような真似なんて出来ようはずもない。  
 だから――クロノアは、カームの『エルフとしては普通の』小さいペニスで欲求不満を噛み潰し、満足するしかなかった。  
 
 そんなカームのペニスに慣れたクロノアだからこそ、眼前の肉棒に、心惹かれるものを感じてしまう。  
 酔った仲間のものを見たときにここまで興味が沸かなかったのは、ジークのそれがあまりに異常過ぎて、  
 性欲とは別個の知識欲が混じっているからなのだろう。  
 
(こ、こんなの……入るの……?)  
 
 ジークのペニスは、挿入の瞬間を今か今かと待っているかのようにビクビクと脈動している。  
 その力強さこそ、クロノアが心の奥底で求めていたものだった。  
 
(も、もし……これが私の中に入ったら……?)  
 
 夫のペニスでは満足に埋まらない膣口。  
 それに、このペニスが進入してきたとしたら……?  
 一体、どうなるのだろう。  
 
 手を伸ばせば触れられる距離に、それはある。  
 手を伸ばせば――  
 
「ちょっ……いつまで見てんだよ!?」  
「あ……っ!?」  
 
 混乱から回復したジークがクロノアを押しのけて慌ててズボンにペニスを仕舞う。  
 それでようやく、クロノアもはっと我に帰った。  
 
(わ、私……夫がいるのに何を考えて……)  
 
 夫を裏切った罪悪感で、己を恥じる。  
 だが、ふと油断すれば、ジークの男らしい巨大な肉棒が、脳裏に浮かんできてしまう。  
 
(お、落ち着きなさいクロノア、混乱してるだけよ、冷静に……)  
 
 なんとか平常心を保とうと勤めるクロノア。  
 ふとその巨根の持ち主であるジークを見れば、  
 
「うぅ……屈辱だ……」  
 
 落ち込んだ様子で、体育座りをしながらしくしくと泣いていた。  
 
(……ひょっとして、自分のモノがどれだけ規格外なのか、理解していない……?)  
 
 今までに比べる相手などいなかったのだろう。  
 あるいは、偶然にもそういう機会が無かったのか。  
 
 とにかく、これで目的は達せられた。  
 
「ふ……ふ、なかなかのものじゃないの」  
「うるせー! もうお嫁に行けない!」  
「し、心配しなくても、見たことは忘れてあげるわ。だ……だから、ジークくんも、見たことは忘れなさい」  
「お……おう」  
「そう、不幸な事故だったのよ……不幸な……」  
 
 腕を組み、クロノアはちらりと薄目でジークを覗き見る。  
 だが……どうしても、その視線はジークの股間へと移ってしまう。  
 
(わ、忘れなさい……私が愛しているのはカームよ……)  
 
 己に言い聞かせるよう心に念じる。  
 だが、衝撃的な映像はしばらく忘れられそうもなかった。  
 
 
 
 
 
<封印10日目>  
 
 調べていない部屋がどんどん遠くなったことで、調査は進まなくなっていた。  
 調べた部屋の数は五百五十前後。  
 拠点と同じような水場が発見出来ないため、一日の終わりにはここに戻ってくるしかない。  
 
(うぅ、くそっ……)  
 
 焚き火の傍で寝返りを打ちながら、ジークは一人煩悶していた。  
 あの日以来、どうも目を瞑ると、クロノアの裸体が思い浮かんでしまう。  
 
(溜まってるな……ヌいてしまいたいけど……)  
 
 ここは何が起こるか分からない迷宮だ。  
 一人きりになれるチャンスなど、風呂のときとトイレの時くらいしかない。  
 水場で射精したら水面に精液が浮かんでしまうし、トイレ専用と決めた部屋は臭くてとても自慰の出来る環境ではなくなっている。  
 
(ああ、くそっ……なんでエアやソラの母ちゃん相手にこんな気持ちにならなくちゃならないんだ!)  
 
 ジークも男だ。性欲は普通に持っている。  
 口が裂けても絶対に言えないことだが、仲間であるソラやエアをおかずにヌいたことも幾度となくあった。  
 しかし、その母親を対象にするなど……  
 
(だけど……)  
 
 あの一瞬が忘れられない。  
 初めて見た女性の裸。  
 ジークの想像の中でクロノアは組み伏せられ、膣に挿入され、射精されている。  
 
(……ああもう、もどかしい!)  
 
 ずっと二人きりでいるのが悪い。  
 何か別なことで気を紛らわすことが出来れば、こんなことで悩まずに済んだのに。  
 発散出来ない性欲が、煩わしかった。  
 
 
 
 
 
(ううっ……)  
 
 こちらに背を向けて横になったジークをちらりと横目で眺めて、クロノアは煩悶する。  
 あの日以来、どうも目を瞑ると、ジークの巨根が思い浮かんでしまう。  
 
(まるで浮気みたいじゃない……駄目よ、そんなの……)  
 
 それもこれも、十日間もずっと二人きりで閉じ込められているせいだ。  
 男性と違い、女性のクロノアは風呂場で自慰を行うことも可能ではあったが……  
 気付かないうちに声が漏れて聞かれてしまう可能性を考慮すると、出来るはずもなかった。  
 
(ああ、触りたい……)  
 
 ローブの上から、そっと股間部に手を触れる。  
 静かにやればバレないだろうか……  
 いや……ジークは冒険者だ。通常の人間よりも五感に優れている。  
 
(ええい、どうして娘たちの彼氏候補にこんな思いを抱かなくちゃいけないのよ!)  
 
 だが、あの一瞬が忘れられない。  
 カームに抱かれているときのことを思い出そうとする。  
 だが、いつの間にかそれがジークへと変わり、その巨大な肉棒で膣内に突き入れられる想像に変わってしまう。  
 
(……ああもう、もどかしい!)  
 
 早く夫に会いたい。  
 そうじゃないと、私は……このままだと……  
 発散出来ない性欲が、煩わしかった。  
 
 
 
 

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