「ぜひとも、うちの息子の嫁に……」
「いや!それは、いやーっ!」
「なぜ!それは、残念だからなの!?」
「そ……ニゲラにはちゃんと相手がいるです!」
ニゲラはザックの母の手を振り解き、笑いながら見ていたジークにしがみつく。
「……」
沈黙が降りる。
ニゲラに抱きつかれたままへらへらと笑うジーク。
険しい表情でニゲラを睨むエア。
ザックの母は三人の顔を順に見比べ、肩を落とした。
「まぁ、そういうことなら……でも、うちの息子だって良い男だと思うんだけど?」
「ニゲラはジークさんが良いんです」
エアの表情がさらに険しくなるのを見て、ザックの母はため息をついた。
「うちの息子にその甲斐性をわけて欲しいわ。両手に花は大変だと思う思うけど、仲良くね」
「それは誤解です、私はジーク……この男とはなんでもありません」
エアはそう言い放ったが、ニゲラを睨みながらでは説得力はなかった。
グリンの村に戻るまで、ニゲラはジークの手を掴んで離さなかった。
(もう良いんじゃないの?あのおばさんもニゲラのことは諦めたみたいだし)
(小さい村ですから、お芝居だってばれたらすぐに広まっちゃいます)
道中、エアが囁いたがニゲラは態度を変えなかった。
(俺はこのままでも構わないぞ)
嬉しそうなジークをエアがきつく睨むが、こちらも態度を変えない。
(ねえジーク、ニゲラも貴方の好みからは外れるんじゃないの?)
(別にそんなこと無いぞ)
(……)
エアは自分の胸元とニゲラの胸元を見比べた。
そういえばルー様がマジックアイテムで姿を変えたとき、ジークは大喜びしていた。
ドレイク姉妹に迫られたときの「胸が大きい女は嫌い」と言う叫びはその場しのぎの嘘だったのか?
それともまさか、ニゲラや自分や、変装したルー様は「胸の大きな女」には入らないのか?
さっぱり判らない。
「わかりました、僕たちのレースに協力してもらえた、信頼できる方として、グリンの村長に責任を持って進言します。……そして、ソーラリィム様のところまでご案内します」
「様付け!?」
「ナニやったの、あの子!」
ラシーの言葉に一同はどよめいた。
「まぁそれはあのナイトメア本人に聞くのが一番でしょう。明後日のレース後ということでよろしいのですかな?」
「はい。申し訳ありませんがそれまでは、村長に進言しても通らないでしょう」
「そりゃそうでやす、まだレースを無事に行えると決まったわけじゃありやせん。他の出走者への脅迫だけで済むとは限りやせんからね」
「つまり、我々はそれまでラシーさんを護衛することになるわけです。さらに報酬アップ!……とりあえず宿をお借りできますかな?」
「駄目に決まってるでしょう、明後日にお嫁さんが来る家よ?ラシーさん、軒先……と言うかこの家の近くをお借りして良いでしょうか?」
「構いませんが、追加の報酬となるとどうして良いか……」
「んー、それは良いや。レースが無事に行われるようにって依頼なんだから、それまでの護衛も込みで、ソラに会わせてもらうことが報酬で構わない」
「ありがとうございます」
「じゃ、ニゲラはジークさんと同じテントですね」
いつものように二張りのテントを張り終えて、ニゲラがまたもジークの手を取った。
「そりゃそうだな」
(……ニゲラ、危険よ?)
(どうしてですか?ジークさんとニゲラは恋人同士なんですよ?)
(そこまでお芝居しなくても良いでしょうって言ってるの)
(だって、決まった人って言っちゃいましたから)
「それじゃエアもいっしょで。そっちはメッシュとイスミーな」
「承知いたしました。夜半の見張りはわたくしとウサギが担当いたしますので、どうぞごゆっくり」
「ちょ、ちょっと」
エアは抵抗を試みたが、ジークに手を引かれニゲラに背を押されてはどうにもならなかった。
「……どうすんのよ」
「どうもしない。夕食が済んだら夜中までこの3人で見張りを担当して、その後は一緒に寝るだけだ」
「ジークさんは女の子を食べないですから、安心ですね」
「ニゲラ、それは誤解よ。この男は女の子と見ると片っ端から」
「でもこないだも、寄り添って寝ても何もされませんでしたよ?」
「……それは、そうなんだけど……」
「んじゃイスミー、メッシュ。あとは頼むぞ」
「おやすみなさーい」
「……」
見張り当番を終えた夜半過ぎ。
硬直状態のエアはジークとニゲラによってテントへと運び込まれた。
「エアさん、そんなに期待してるんですか?」
「怖がってるのよ、乙女の危機よ!」
「えーと。俺はパーティーの女の子には手を出さないぞ?実績もあるだろ」
ランタンの淡い灯りの下、ジークは憮然とした表情だった。
「あの、ジークさん。それって……」
「俺なりのルールだよ。同じパーティーの中で色恋沙汰を起こさないって」
「それで、ニゲラが背中に寄り添って寝ても何もしなかったんです?
じゃ、パーティーメンバーの間は大丈夫なんですね」
言うと、ニゲラはスケイルメイルの留め金に手を掛けた。
じゃらじゃらと音を立てながら緩めてゆく。押さえつけられていた大きな胸が揺れる。
「ふーん、ニゲラの胸って半分くらい筋肉なのか?」
「ちゃんと柔らかいですよ?でも見せません」
「うん、見ないから。どうしたエア、体調悪いのか?」
呆然と座り込んでいたエアは顔を赤くして、口を盛んに開閉していた。
「……じゃ、ソラがあんなに一生懸命にジークの気を引こうとしてたのって……全部無駄だったの?」
「あいつ、そんなことしてたのか?」
「……ソラさんとは面識ないですけど、ちょっとそれは可哀想……」
「念のために聞くけど、ジークは私の妹のことをどう思ってるの?」
「パーティーの大事な仲間」
「そうじゃなくて、女性としてよ」
「パーティーの仲間である限りは、そういう見方はしないことにしてるんだ」
ジークは顔をそらしながら答えた。
「ふーん……ジークさん、実は結構我慢してますね?」
ニゲラがジークの腕を取り、シャツに包まれた大きな胸に押し付ける。
「それが判ってるなら苛めないでくれよ。俺、若いんだぜ。今までだって美人姉妹と旅してきて、結構辛かったんだから」
顔を赤らめたジークは腕を引く。
「あの……ジーク。私やソラに、魅力を感じてくれてはいるの?」
「ニゲラはどうですか?」
「そりゃ、3人とも良い女だからな。同じパーティーのメンバーだったことを、残念に思ったことも何度かある。
なあ、ニゲラもエアも勘弁してくれよ」
「何度か?」
エアはジークを見つめ、尋ねた。
「……しょっちゅう……おい、勘弁してくれ。意識しちまうと、寝るのが辛くなるんだ」
エアはしばらく俯き、やがて顔を上げて言った。
「今回の仕事が終わったら、わたしは神殿に戻るわ。このパーティーから抜け、きゃっ……ん」
ジークはエアを抱き寄せ、無言で唇を奪った。
もがくエアの背に片手を滑らせ、豊かなヒップを優しく撫でながら引き寄せる。
「あの、お二人さん。ニゲラも居るんですけど……」
ジークはエアのヒップを撫でていた手でニゲラを招き、抱き寄せた。
エアが抵抗する向きを変え、ジークの胸板を押しのけるのを止めてニゲラをどけようと動いた。
その動きを確認するや、ジークはエアから唇を離す。
「あっ……」
涙を浮かべてエアがジークの唇を追うが、ニゲラの方が素早かった。
「ジークぅ、最初の夜いきなり浮気されるなんて嫌よ。私だけにして、お願」
再びエアと唇を重ねたジークにニゲラがすがりつき、女二人がかりでジークを押し倒す格好になった。
ランタンの灯りの下で金髪と青髪の二人がジークの唇を争う。
「二人とも、大好きだよ。この仕事が片付いて、ニゲラの親父さんを見つけたら二人とも嫁に来てくれ」
「……ソラは?」
「もちろん、ソラも招くさ」
エアもニゲラも不服げな表情を見せる。
「やっぱり、俺を独占したい?」
「当然でしょ」
「もちろんです」
「そりゃ無理だ。エアもニゲラも普通の女性よりは体力あるのは知ってるけど、俺の嫁を一人でなんて無理だぞ。
俺、デーニッツ家の男だからさ」
「……?」
揃って首をかしげたエアとニゲラだったが、翌朝にはジークの言葉の意味を体で学んで、納得していた。