はじめは宮廷家臣の誰かの子供かと思っていた。  
誰にも見咎められず王宮を走り回り、物怖じせずに王子たる彼に話しかけてくるに到り、耳が尖っている彼女が異常だと気づいた。  
幼い姿をしていても彼女は腕利きの冒険者だったのだ。  
 
警護の者を呼んでもすぐに彼女は姿を眩ましてしまう。  
それによりユリウスは切実に「自分の身を守るには自分自身が強くなるしかない」と自覚するに至る。  
その決意が後に、彼を超一流の腕利きに育て上げることになる。  
 
 
「いないいない……ばぁ〜」  
 
人気のない夜半。  
幼い少女の姿のゆんが、魔法の勉強をしていたユリウスの前に姿を現した。  
幼い頃は神出鬼没の彼女に何度怖がらせられたことか。  
 
「――…」  
 
今のところ害はない。蛮族の手先のようでも、彼や彼の家族の命を狙う刺客のようでもない。  
面白半分にユリウスをからかうために王城深く忍び込んでくるゆんに呆れるだけだ。  
一見、同じくらいの年か年下に見える少女。  
月明かりに照らされて微笑む少女の肌は白く、ポニーテールに結われた青みを帯びた銀灰色の長い髪が、神秘的に淡く輝いていた。  
その姿をとらえて、気づいた。  
いつ、魅了されていたのだろう?  
ゆんは、もしかしたら蛮族のリャナンシーで。気づかないうちにユリウスは、誘惑の口づけを受けていたのかも知れない。  
 
そうでなければ。  
そうでなければ、こんなふうにゆんを床に押し倒したりなんかしない。  
その驚いた顔にキスをしたりしない。  
ナイトメアの弟を産んで実母を失って以来、久しぶりの女性の体の柔らかさと匂いに包まれて癒やされたりなんかしない。  
少年は少女の体を抱き、ゆんは少年の体を抱きしめ返した。  
 
――…。  
 
泣き零れるような声を、押し殺していた。  
母のように姉のように、少女はユリウスを包んでくれた。  
少年の未熟な性を導いて、褥での男性としての振る舞いを教えてくれた。  
熱に浮かされたようにぼうっとしながら空に浮かぶ、ゆんと同じ髪の月を見上げていた。  
冴え冴えとした月に、優しく抱かれているようだった。  
 
――…  
 
夜明け前。  
少年は、あやまりながら少女を解放した。  
少女は、またくるよと言って姿を消した。  
 
朝になっても、ユリウスの首筋に疑ったリャナンシーの誘惑の牙の痕はなく、ひととき夜の甘い魔力にかかったのだと知れた。  
 
 
それから、1週間がたっても。1ヶ月がたっても。  
ゆんは姿をみせなかった。  
 
 
表層はいつも通りのとり澄ました子供を演じつつも、女体への  
性行為を覚えたばかりの少年には、焦燥と苦痛の日々が続いた。  
 
もう、来ないかもしれない。  
いやらしい奴だと軽蔑されたのかもしれない。  
 
「――くっ…」  
 
贅を凝らした絹の褥の中で、少年は自分を慰めていた。  
もう、ゆんは来ないかもしれない。  
あの夜のように、もう優しく包んでくれないかもしれない。  
ゆんの指が触れて、握って扱いた自分の男性を、あの夜の記憶を辿りながら慰める。  
 
「――ゆんッ…!」  
「――――呼んだ?」  
 
不意に柔らかい声がして、羞恥も手伝いユリウスは寝台から跳ね起きた。  
 
ユリウスの寝室の窓際、優しい月明かりの中、神出鬼没の不思議な少女が立っていた。  
 
 
結婚? ゆんと?  
政略結婚することになるから妾妃でもいいかって?  
いいよ。もしユリウスが大人になっても、ゆんのことが好きならね。  
 
行為の最中の睦言に。  
そう言って、ゆんは屈託なく笑った。  
けれども。  
人間より長命であり生涯、子供ほどの姿であるグラスランナーである彼女は、  
その誓いが果たされないことを誰よりもよく知っていた。  
 
 
 
それから10数年の時がたち。  
ユリウスは20代後半に差し掛かる。  
第二王子に過ぎなかったユリウスが皇帝の地位についていた。  
冒険者になった弟や妹に付き合って悪い遊びも覚え、多くの女を知った。  
それでも、最初の女がグラスランナーの少女であるというのは我ながら冒険だったのではないかと思う。  
少女?  
いや、当時は少女と思い込んでいたが、ユリウスよりずっと年長だったのかも知れない。  
 
「――では、これで失礼します」  
 
密偵のバルバラが、執務室の机に座るユリウスの前で一礼する。  
豊かな乳房が揺れて、白い胸の深い谷間がユリウスの目に入る。  
女性らしい豊満な肉体を持つ彼女とも、ユリウスは一夜を共にしたことがある。  
だが、彼の美しく優秀な密偵とは、それ以上の関係ではない。  
さりげない誘惑に反応しない皇帝にバルバラは苦笑しながら、彼の執務室から退出した。  
その姿を気配で見送って、ユリウスは深い吐息を一つ吐いた。  
 
 
「――ゆん、もういい」  
 
鉄面皮だったユリウスの声に艶が帯びた。  
 
「――もういいの?」  
 
ユリウスの執務机の下から、声がする。  
一切の音を立てず、少女がその下に身を潜めていた。  
皇帝は軽く首を横に振る。  
 
「――じゃ、続けるね」  
 
執務椅子に座ったままのユリウスの股間に幼く小さな顔を埋めて、  
ゆんはユリウスのモノを両手で支え、しゃぶっていた。  
バルバラが来る前から、報告を受ける間も、ずっと。  
執務室の陽の光の中でも、ゆんの銀灰色の長い髪は煙り、魅力的に輝いていた。  
ユリウスはその小さな頭に手を置いて、ゆんの巧みな指と口に酔いしれようと目を瞑った。  
 
 
 
顔見知りから10数年、ゆんはユリウスの貴重な友人、いや愛人になっていた。  
小さな頃の約束の通りに。  
 
 
終  
 

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