賢者の国オラン。様々な人間が暮らすこの街で、もっとも活気溢れる存在の一つであろう冒険者がたむろする酒場、『栄光の城』亭。成功した冒険者が集うそこは、酒場というよりも、ある種のサロンのような趣を感じさせている。  
 その『栄光の城』亭に一人のエルフの男が現れた。エルフが受付で一言、二言かわすと店の者が深く一礼する。  
 エルフの男が案内するように言った部屋は、冒険者風情が使うことなどありえない高級な部屋だった。なぜなら、そこは主に豪商や貴族達が密談に用いるための部屋だったからだ。他の部屋よりも料金が桁違いに高い。  
 成功した冒険者が主な客層であるこの店においても、その部屋を自分達のために使っている者はまずいない。  
 しかし、店の者はなんら躊躇することなく男を部屋に案内するように、小間使いに言いつける。  
 耳聡くそれを聞きつけた冒険者が不可解なまなざしをエルフに向けた。しかし、それは隣に居た女冒険者の耳打ちによって羨望のまなざしに変わる。普段は自身が他の冒険者から向けられている、羨みと嫉妬の視線に。  
 女はこう囁いたのだ。  
「アレがあの有名なバブリーズの一員、スイフリーよ」  
 自身に向けられる様々な視線などまったく気にしたふうもなく、スイフリーは部屋に向かう。  
 部屋には既にパラサがいた。  
「はとこ、久しぶり。大事な話があるってなんだにゅう」  
 ちょろちょろと部屋の中をうろつきまわって、調度品を値踏みしているグラスランナーにヒトの悪い笑みを返しながら、スイフリーはきらびやかな装飾が施された椅子に腰掛けた。  
「みんなが揃うまで待つのだ、はとこの子よ」  
 
 しばらくして、レジィナ、遅れてグイズノーが現れた。  
 四人がテーブルを囲み、席につくとスイフリーが口を開く。  
「さて。これで全員揃ったな。まあ食べながら話を聞いてくれ」  
 スイフリーが手を叩くと、隣室に控えていたのであろう給仕が現れ、巨大なテーブルを酒と料理でいっぱいにして部屋を出ていった。  
「まだ、ねえちゃんとアーチーが来てないにゅう」  
 早速、酒瓶に口をつけながらパラサが言う。  
「今回はその二人についての話だから、この四人で全員だ」  
「え、久しぶりにみんなでゴハンでも食べながら話をしようって言うのは嘘なの」  
 純朴なレジィナの言葉ををグイズノーがせせら笑う。  
「この小娘はいまさらなにを言っているのやら。スイフリーがそんな人間らしいことで我々を呼び出すわけがないでしょう、相手はダークなのですよ。まったく呆れたものです。  
 しかし、そんなつまらない用事だとわかっていればこんなところに来ないで、花いろいろ亭にでも行けば良かった。あそこは色んな知識を吸収できますからねぇ」  
 レジィナの、生臭坊主。という言葉のナイフと、スイフリーの視線が突き刺さっているのも気にせずに、グイズノーはしまりない口元をさらに緩めた。  
「とにかくだ。今回はあの二人をどうにかしようではないか、ということでみんなに集まってもらった。  
 私達は以前の冒険において、愛について深く学んだ。それを生かそうではないか。いい加減に、あの二人にはけじめをつけて幸せになってもらおうと思うのだが、どうかな?」  
 爽やかそのもの、私心などこれっぽっちもありませんという顔をしてスイフリーが演説をぶった。  
 思わず、レジィナが肉の塊と格闘していた手を止めて、スイフリーを見る。  
「スイフリーの口からそんな言葉が出てくるなんて。……でも、お姉さんは喜ぶだろうし、アーチーだってなんだかんだでまんざらでもなさそうだし……うん、いい考えだと思う」  
 にこやかに返事をしたレジィナを内心で笑いながら、グイズノーは細い目でスイフリーの様子を窺う。すると、レジィナに向けたのとは正反対の邪な表情で、ニヤリとスイフリーが笑いかけてきた。  
 
 おそらく、今言ったことはまったくのでたらめ。退屈を持て余していたところに、暇つぶしの種を見つけた、というのが本当のところだろう。  
 さらにパラサを見ると、心得たもので、スイフリーの意見に同調して名案だにゅうとかなんとか騒いでいる。当然、その目はこれからおこるであろう騒ぎに対する期待でいっぱいだ。  
「仕方ありませんね。私が苦労して得た男女の知識を総動員して協力してあげましょう」  
 めいいっぱい恩着せがましい口調でグイズノーが賛意を表明すると、スイフリーが大まかに計画を説明し始めた。  
「まずレジィナはフィリスに会って、アーチーが会いに行くから、そのときはせいぜい元気な様子を見せてやれと伝えてきてくれ。  
 そして次に、パラサはアーチーの元に言ってフィリスが危険な呪いにかかったと伝えるのだ。そうすれば心配したアーチーはフィリスの元に駆けつけるだろう。  
 パラサはアーチーと同行して途中で引き返したりしないように見張りながら、連れてきてくれ。そうすれば、二人が出会ったときにフィリスは健気にも自分に心配をかけないように、元気な素振りを見せようとしているとアーチーは思いこみ、  
 フィリスに対する想いで胸がいっぱいになることだろう。その結果、我々が仕組んだとばれなければ、アーチーはフィリスを心配したことで自分の気持ちに気付いて、二人はくっつく。  
 もしばれたとしても、心配してやってきたという事実がある以上、二人の間になんらかの進展があることだろう」  
 そうしてスイフリーがぴしりとレジィナを指差した。  
「さあ! 行くのだレジィナ、フィリスの元へ!!」  
「うん! わかった!!」  
 元気良く、傍らにおいてあったグレートソードを引っ掴むと、レジィナはものすごい勢いで部屋を出ていった。  
「それじゃあ俺もアーチーのところへいってくるにゅう」  
 パラサも立ち上がり、部屋を出ていこうとする。  
「待つのだハトコの子よ。二人にはまだ話すことがある」  
「にゅう?」  
 グイズノーがパラサをせせら笑った。  
「これだからアイテムは」  
「どういうことだにゅう」  
 
「今の話ていどで意地っ張りのアーチーがフィリスとくっつくとでも思っているのですか。しょせんアイテムには人間心理の複雑さまではわかりませんか」  
「そういうことだハトコの子の子よ。実はな、一人で旅をしている間に面白いものを手に入れてな。これだ」  
 スイフリーが懐から小さなびんを取り出した。透明なガラスの器の中でキラキラと不思議な光を放つ液体が揺れている。  
「これはなんです?」  
 興味深そうにグイズノーが尋ねる。  
「これはさる高名な王家に関わる人間から手に入れたのだが、惚れ薬らしいのだ」  
「ほほぉ」  
 グイズノーがにやりとだらしなく笑った。自分がそれを使った場面でも想像しているのだろうか。  
「それはおもしろそうだにゅう」  
 グラスランナーらしい好奇心を発揮したパラサも食いついてきた。  
 パーティー唯一の良心であるレジィナが居なくなってしまい、豪華な部屋は悪魔の密談所となってしまった。  
「これを使ってみようというのが、今回みんなを集めた理由だ。私達だけでは疑われることにもなるのでな、レジィナを隠れ蓑として呼んだ。  
 で、ここからが本題だ。グイズノーにはこれを持ってフィリスとアーチーが揃っているところに行ってもらいたい。そうして二人に匂いを嗅がせるのだ。  
 使い方は簡単だ、匂いを嗅いでから、一番最初に見た者を愛するようになる。私はその際にレジィナを上手く部屋から連れ出す。以上が計画の詳細だ」  
「わかりましたが、その惚れ薬はきちんとしたものなんでしょうね。もしそれがゴベゴベクガポキュラーというようなもので私にまで被害が及ぶということはないんですか?」  
「それは大丈夫だ。それを発見した冒険者が使ってしまった話を聞いたのだが、ごく狭い範囲にしか効果はないそうだ。  
 効果のほうはかなりのものらしく、人間の女がドワーフに惚れてしまったと言うぐらいだからかなりのものだろう」  
「上手くいったら私にも少し分けてください。それぐらいの報酬がないとやってられませんからね」  
「だったら俺も欲しいにゅう」  
「わかった。計画が終われば残りはそのまま全部くれてやる。私が使うこともないだろうしな。それでは計画スタートだ」  
 そして、部屋には誰もいなくなった。小悪党のほくそ笑みを最後に。  
 
 
 数日後、レジィナはフィリスの部屋にいた。  
「久しぶりに会ったと思えば、また変なことを言い出したわね。その様子だと、どうせスイフリーあたりの差し金なんでしょ?」  
「そ、そんなことないですよ」  
 鋭いフィリスの指摘をぎこちなくごまかすと、レジィナはフィリスをベッドに押しこんだ。  
「いいから元気にしててくださいよ。もうすぐアーチー達がくると思いますから」  
 言い終わらないうちに、どたばたと外から音が聞こえたと思うと、荒々しくドアが開いた。  
 そこからアーチーとパラサが荒く息を吐きながら飛びこんできた。  
 フィリスとレジィナの視線に気付いたのか、わざとらしく咳払いをひとつすると、アーチーが姿勢を正す。  
「や、やあフィリス。調子が良くないと聞いて、一応お見舞いにきたんだが、調子はどうかね」  
「ええ、元気よ。ほら」  
 立ち上がろうとしたフィリスをレジィナが止めた。  
「だめです、お姉さん。ちゃんと寝ててください」  
 しれっとした顔で、アーチーを騙しにかかるあたり、腐っても元劇団員といったところか。  
「そ、そうだな。寝ていたほうがいいだろう」  
 道中、パラサにいったいなにを吹きこまれたのか、アーチーは立ちあがろうとしたフィリスを真っ青な顔見つめている。  
 そこへなにくわぬ顔をしてスイフリーとグイズノーが現れた。  
「これはみんな揃いも揃って、このようなところに。まったくヒマな人達ですね」  
 グイズノーの言葉ににアーチーが掴みかかる。  
「一番最後にきてその態度はなんだ!」  
 それをスイフリーが冷静に制止する。  
「やめろ、アーチー。我々が遅れたのはフィリスを元気にする方法を探していたのだ」  
「なにッ! と言うことは……」  
 
「これがその方法です」  
 重々しく懐からこびんを取り出すグイズノー。  
「これは私とグイズノーがエルフの知識とラーダの知識を結集してつくったものだ。これを飲めばおそらくは大丈夫だろう。それではグイズノー頼む。さぁ、我々は部屋から出ていこう」  
 部屋から出ていかねばならない理由もわからずにアーチーが、扉をくぐろうとしたとき、グイズノーがそれを止めた。  
「アーチーあなたは部屋に居たほうがいいでしょう。万が一がないとも思えません。そこの椅子にでも腰掛けていてください」  
 ドキリとするようなグイズノーの言葉に、ただでさえ青かったアーチーの顔から、さらに血の気がひいて真っ白になってしまう。そのまま、ふらふらと部屋の隅の椅子に歩いていく。  
 それを見届けてから、スイフリー達がぞろぞろと部屋を出ていった。  
 放心状態のアーチーを横目で確認すると、グイズノーがフィリスに近づいた。  
 すると、フィリスのほうから囁きかけてくる。  
「ちょっと、いったいどういうことなの?」  
「あなたがた二人をくっつけてあげようという、スイフリーのありがたい計画です」  
 グイズノーがにたりと笑った。  
 
 外ではレジィナがスイフリーを問い質していた。  
「あのビンはなんなの? 私は聞いてないけど」  
「アレは惚れ薬だ」  
「え?」  
「惚れ薬を使って姉ちゃんたちをくっつける作戦だにゅう」  
「そんなこと……! 急いで止めなきゃ」  
 レジィナが慌てて部屋に戻ろうと振りかえり、ドアを目指す。  
 が、その善意溢れる行動は突然開いた扉に鼻をぶつけるだけで終わってしまった。  
 涙目になりながら、顔を上げるとグイズノーが立っている。  
 
「おや、どうしましたレジィナ。そんなに急いでどこに行くのです」  
「グ、グイズノー。それじゃあもう……」  
「はい、効果は抜群でしたよ」  
「そんな……お姉さん……」  
「なにを言っているのだ、これは二人にとって喜ばしい結果じゃないか」  
「ダークエルフは黙ってて!! グイズノーがそこまでひどい人間だなんて思ってなかった」  
「もともとグイズノーは場合によってはハトコよりも邪悪な僧侶だにゅう」  
 一行が言い争っていると、部屋から声が洩れ聞こえてきた。  
「ああ! フィリス! 私は今までどうしてきみのような美しい女性をほっておいたのだろう。愛している!」  
「私もよ、アーチー! 世界で一番愛しているわっ!」  
 一行は顔を見合わせた。  
 レジィナが諦めた顔で口を開く。  
「効果はいつ切れるの?」  
「一日程度で切れるとのことだ」  
 スイフリーが答えた。  
「ところで、我々はそろそろこの場から離れたほうがよくありませんか」  
「どうしてだにゅう?」  
「二人とも子供じゃないんですから、我々が中の様子を窺えるような場所に居るのはまずいと言っているんです。部屋にはベットもありましたしね」  
 聖職者とは思えない発言に、レジィナが顔を真っ赤にする。  
「と、とにかくもう二度とこんなことしないでよ!」  
 頬を染めながら怒鳴ると、レジィナは大慌てで走り去っていった。  
「それでは我々も行くとしましょうか」  
 グイズノーもレジィナの後を追うようにして部屋を出ていく。  
「グイズノーがあんなまともなこと言うなんて珍しいにゅう。いつもなら中を覗こうとするはずなのに」  
「さすがに仲間を覗くようなことはできないということだろうな。しかし、惚れ薬はほんものだったか。……そういえば、惚れ薬はグイズノーが持って行ってしまったが欲しいんじゃなかったのか?」  
「そうだにゅう! 急いで追いかけないと」  
 相変わらずの掛け合いをしながら人外コンビも去っていった。  
 
 
 それからしばらくして、スイフリーはアノスにある自分達の城に立ち寄っていた。普段なら、クレアを避けているため近寄ろうともしないのだが、領主に相談したいことがある、そうクレアから連絡をうけてしまっては、領主(六分の一)として拒否することができない。  
 それでも数日の間、城の近くをうろうろしていたのは、諦めが悪いとしか言いようがないが。  
「クレア。話があるそうだが……」  
 ほとんど城にいないバブリーズに変わって名代として、クレアが城を収めている。その際に、クレアが執務室に使っている部屋にスイフリーが顔を出した。  
「……これは。お呼び立てしてすいませんでした」  
 クレアが椅子から立ちあがろうとするのを制して、スイフリーはクレアから一番離れた椅子に腰掛けた。  
 クレアを嫌っているわけではないが、あの杓子定規な考え方がどうにも肌に合わない。だから苦手なんだ。とはスイフリーの弁である。  
「いや、それよりも話があるそうだが」  
「はい」  
 真剣な表情でうなずくと、クレアは腰をあげ、スイフリーの目の前にやってくる。スイフリーのせめてもの抵抗はあっさりと無駄になった。  
「まずはこれを読んでください」  
 そう言ってクレアは封筒を差し出した。その手は震えている。  
 よほどの重大事がこの手紙に書かれているのだろう。スイフリーはそう解釈した。そういえば、手の振えだけでなく、スイフリーがこの部屋に入ってきたときから彼女の態度はどこかおかしかった。  
 それを受け取ると、スイフリーはしげしげと眺めた。ご丁寧に蝋で封までしてある。どこかで見たことがあるような紋章が蝋に押されていた。  
 黙って封を開くと、手紙を読み始める。  
 
 先頃は楽しませてもらいました。まさかあのような薬があったとは驚きです。まだまだ私の知らない知識は山のようにあるようですね。  
 そこでさらに知識を深めようと考え、その対象をハーフエルフにしようと思います。  
 人間とエルフの混血という、二つの種族の特徴をあわせもつ彼等については、数が少ないということもあり、あまり知られていません。  
 そこで私が調べてあげようと思いたったのです。  
 しかし、身近にハーフエルフの知り合いがいない。だったらつくれば良い。ということで、あなたとクレアさんにつくってもらうことにしました。  
 それではがんばってください。  
 あなたのグイズノーより。  
 
 追伸。  
 クレアさんには惚れ薬をあなたの邪悪な性格を更正させる薬と偽っています。  
 
 慌てて手紙から顔を上げると、クレアが切羽詰った顔をしてビンをこちらに向けて大きく振っていた。  
 虹色に輝く液体が空中に舞い散る。すると、甘く蕩けるような香りが薄いピンクの霧とともに部屋中に充満した。  
 強烈な眠気がスイフリーを襲った。どうやらクレアも同様らしい。  
 閉じようとするまぶたに懸命に抵抗して、スイフリーが最後に見た光景は、自分と同じように床に倒れこむクレアの姿だった。  
 そうだ。あの紋章はラーダの紋章だ……。  
 その思考を最後にスイフリーは意識を手放した。  
 
 きっかり一分後、スイフリーは目を覚ました。どこかもやのかかった意識をはっきりさせるために、頭を軽く振る。  
「クレアはどうなった?」  
 スイフリーが自分と同じように、惚れ薬のせいで倒れた女性の姿を探す。と、部屋の様子がなにか違うことに気付いた。  
 調度品、机、椅子、ソファ、すべて自分が倒れる以前と変わらない。しかし、部屋が、世界が輝いて見える。素晴らしい幸福感を感じる。  
「これは……惚れ薬の効果なのか?」  
 だが、これでは惚れ薬ではなくただの興奮剤ではないか。スイフリーがそう考えたとき、ひときわ輝き、馥郁たる香りがする存在を感じとった。床に倒れこんでいるクレアである。  
 ふらふらと、操られるようにクレアに近づくスイフリー。  
 その柔らかそうな頬に手を伸ばしかけた瞬間、スイフリーはその場から飛びのいた。  
「……い、いかん! 私はなにをしようとしていたのだ。だ、だが……」  
 理性では惚れ薬のせいだとわかっていても、耐えがたい誘惑、クレアに触れたい、声を聞きたい、という欲望が溢れ自分の心を制御できそうにない。  
「そ、そうだ。クレアが目覚める前に部屋を出て、なんとか解毒剤を……」  
 うつろな声で呟いてドアノブに手をかける。  
「……ううん」  
 クレアの声がスイフリーの耳を通り抜け、脳髄に突き刺さった。  
 今ならまだ間に合う。振り返らずに、急いで部屋を出るんだ。その意志に反して、スイフリーの体は勝手に室内の方へ振り向いていた。  
 頭を押さえ、へたり込んでいるクレアの姿が目に入った瞬間、理性の人スイフリーの理性が初めて本能に負けた。  
「ク……クレア? 大丈夫か?」  
 はやる気持ちを押さえ、スイフリーがクレアを気遣う。  
「わ、私は……? そ、そうだグイズノーさんに言われたとおりに……」  
 そこでクレアが顔をあげた。  
 スイフリーと目が合う。  
 
「ス……スイフリー……。わ、私は、その、あ、あなたを……あなたが……」  
「落ち着くんだクレア。これは惚れ薬の効果でしかない。一日耐えれば今の感情は消えて無くなるのだ」  
 もっともな言葉だが、震えながらクレアに触れようとしている手のせいで台無しである。  
「いいえ、惚れ薬のせいなんかではありません。私はあなたを……」  
 クレアの発言にスイフリーの幸福感が増した。その隙を突いてクレアがスイフリーの腕に飛び込んできた。  
「い、いかん!」  
 スイフリーの叫びは、そのまま理性の断末魔となった。  
 柔らかいクレアの体をしっかりと抱きとめると、倒れこむようにソファに押し倒す。  
「……いいんだな」  
「スイフリー」  
 どこか熱に浮かされたようなクレアの潤んだ瞳がスイフリーをじっと見つめた。  
 わずかに開き、艶かしく息をする唇をスイフリーは己の唇で塞ぐ。  
 蕩けるように柔らかい感触はスイフリーにかつてない興奮をあたえた。  
 一方クレアも、ようやく望んでいたものを得られた喜びに全身をふるわせる。  
 情熱的なくちづけを交わしているうちに、クレアは体の芯から、熱い波が打ち寄せるのを感じた。それは唇から感じる熱と混ざり合って、しだいにクレアの体を侵していった。  
 舌を絡ませあい、互いの唾液をすするようなキスを重ね、ようやく二人の唇は離れた。  
「っ……はぁ、スイフリー」  
 濡れてパールピンクに輝く唇がスイフリーの名前を再び形作った。  
 我慢できずにスイフリーがクレアの服を脱がせていく。途中、感情が抑えきれずにいくつかボタンを弾き飛ばしてしまったのは、いかにスイフリーが尋常でないかということを現しているだろう。  
 かっちりとした服に覆われていたクレアの白く美しい肌がしだいに露わになっていく。  
 愛撫されるのを待つように、クレアの裸身はわずかに朱に染まっている。  
 それでもクレアは羞恥心からか、胸と股間を手で隠し、固く目を閉じている。  
 
「綺麗だ。クレア」  
「そんなことは言わないでください」  
 思わず顔を覆うクレア。  
 その反射的な動きで隠されていた部分が明かされる。  
 固く尖った薄桃色の乳首が白い肌によく映えている。そして淡く秘部を覆う黒い繁みもまた。  
「しかし上下で色が違うのも妙な感じだな」  
 一瞬なんのことかわからなかったクレアだが、髪の毛を撫でられ、スイフリーの言葉の意味を理解した。  
 手で隠したいのだが、顔を見られることも恥ずかしい。クレアはどうすることもできず、顔を覆いつづけた。  
「い、苛めないでください」  
「そんなつもりはなかったのだが」  
 スイフリーが唐突にクレアの胸に吸いついた。  
「あっ」  
 甘い刺激にクレアが声を漏らす。  
 豊かな双丘を両手でこねまわし、その先端を優しく摘み上げる。  
「ふぁっ、んんっ」  
 声を漏らすまいとクレアは、口を閉じ、スイフリーの頭を押さえるようにして抱きしめた。  
 スイフリーが舌先で乳首を転がし、甘噛みすると、クレアの抵抗はあえなく終わった。  
「くぅぅん。あ……あぁっ! す、すごいぃっ」  
 身をよじり、快感の喜びを全身で表現する。  
「クレアがこんなに乱れるとはな」  
「こ、これはっ、ち、違いま……ぃっ!」  
 スイフリーの指がクレアの体をするすると降りて、柔らかな繁みに侵入した。  
「そこはっ! だ、だめ……」  
 ふとももまで垂れた愛液を隠そうとクレアが脚を閉じる。  
 スイフリーはそれをむりやりこじ開けて、潤みきった秘所に触れた。  
 
 ぴちゃりと音がすると、クレアは首筋まで真っ赤になった。  
「だめではないようだが」  
「んっ、あっ、くぅっ」  
 スイフリーの指が細やかに動いて、クレアのクリトリスを探り出す。  
 つつましく、しかし確かに尖っているそれに指で触れると、今まで以上にクレアの体がひくひく震えた。  
 自分のものとは思えない甘えた悲鳴を聞いて、クレアの秘部からさらに液体があふれ出る。それはクレアのむっちりとしたふとももをつたい、シーツに大きな染みをつくっていく。  
「クレアも私のものに触れてくれないか」  
 クレアはスイフリーに導かれるようにしてペニスに触れた。びくびくと熱く脈打っている。  
「こんなに固くて……熱い」  
「クレアのアソコも暖かいが」  
 こういう不器用なことしか言えないこの人のどこに惹かれたのだろう。クレアは快感に溶けている頭でそんなことを考えた。  
 ぼうっとしていると、いつのまにかスイフリーが体の位置を変えている。  
 スイフリーの髪の毛が揺れているのは私の股間ではないか!  
 意識がはっきりすると、目の前にはスイフリーの固くなったものが揺れている。反射的に目を閉じたクレアは羞恥のあまり、のしかかっているスイフリーを跳ね除けようとした。  
「スイ、スイフリーっ!」  
 しかし、スイフリーの舌がふとももから、脚の付け根へと動いていくと、へなへなと力が抜けてしまう。  
 指とはまた違った刺激に、抵抗を諦めたクレアは唇を噛み締めて耐えた。が、しばらくすると自分だけが快感を楽しんでいるのが申し訳無くなってきた。  
 スイフリーにも私の感じている幸せを与えたい。そんな思いが湧き上がってきたのだ。  
 そう言えば、若い信徒が交合について話していたな。そのときはただ淫らに思えて、たしなめただけだったが……。  
 
 たしか……あれを舐めるのだとか。  
 ちらりと薄く目をあけて、目の前のものを観察してみる。  
 血管が浮いていて凶悪な印象ではあるが、どことなくユーモラスな雰囲気がないでもない。  
 あれを……舐めるのか……。  
 ……栄光あるファリス神よ、御加護をっ!  
 罰当たりな祈りをささげながら、おずおずと舌を伸ばす。  
 胸がどきどきするのを感じていると、舌先に熱いものが触れた。  
 そ、そんなにイヤではないかもしれない。  
 一度吹っ切れてしまうと、それを見ることも、触れることにも抵抗がなくなった。  
 自分の新しい一面を発見したクレアは積極的にペニスを愛撫しだした。  
 くにくにと柔らかい感触を楽しんでいたスイフリーだったが、自分のものになにかが触れたのに気付いた。  
 クレアの様子を窺ってみると、あの堅物のクレアがフェラチオしようとしているではないか。  
 まだつたない舌の動きではあるが、その気持ちが嬉しい。スイフリーのペニスは興奮のあまり、さらに固さを増した。  
 突然、スイフリーのものが大きく震えたせいで、ちろちろと舐めていたものがクレアの口にはまりこんだ。  
 だが、クレアはそれを吐き出そうとはせずに、いとおしそうに口全体で愛撫しはじめた。  
 なにもわからないなりに、舌をペニスに這わせ、唇でしごく。  
 そのぎこちない動きが、スイフリーの快感をいやがおうにも高めていく。  
「クレア出るぞ!」  
 クレアがスイフリーの切羽詰った声の意味を理解する前に、口中のものが一回り膨らんだかと思うと、びゅくびゅくと勢いよく精液を噴き出し始めた。  
「ふむぅ! んんっ……んぅー」  
 スイフリーのものは口を犯すように暴れまわり、大量の粘液でクレアの口腔を満たした。  
 吐きだしたくとも、惚れ薬の効果なのか、いっこうに萎える様子を見せないペニスに唇を塞がれているため、それもできない。  
 
 やむなく、ねばねばと喉にからみつく精液を飲み下していく。  
「んっ、んえっ、はぁん……」  
 己の欲望の証がクレアの唇を、美しい顔を汚していた。そんな姿を見せられてはスイフリーも我慢ができない。  
 とろんとした瞳のクレアを抱きかかえると、充分以上に潤っているクレアの秘所に一息で挿入した。  
「あっ! くぅぅ……」  
 クレアの目が大きく見開かれ、噛み締めるような悲鳴が漏れると、二人が一つになっている部分から赤いものが流れ出した。  
 それと同時に、クレアの瞳から一粒の涙が零れ落ちた。痛みが原因なのか、一つになれた喜びが原因なのか、クレア自身にもわからなかった。  
「大丈夫か、クレア」  
「だ、大丈夫です。思ったより。動いて、ください」  
 クレア本人にはわからないだろうが、惚れ薬の効果であろう。クレアの破瓜の痛みは通常のそれよりもはるかにましなものだった。  
 初めての痛みに耐えながらも、頬を染めて健気に自分を見つめているクレア。  
 クレアの背に回されていたスイフリーの腕にさらに力がこめられた。  
「それでは、動くぞ」  
 スイフリーがゆっくりと己のものを動かし始めた。潤滑油は溢れかえっているのでスムーズに動く。  
「んっ! ……ふぁ」  
「痛むか?」  
「それよりも、ファリス神に抱きかかえられているような、暖かく心地良い感じです」  
「……エルフは宗教を信じない」  
 恍惚としたクレアの様子とは対照的に、スイフリーが仏頂面で返す。  
 数度、往復を繰り返すと、今度はクレアを揺するようにしてスイフリーが腰を使い出した。  
「あ、あっ、スイ、フリィっ! 体が熱く……」  
 最初は痛みを堪えるようなクレアの声だったが、次第に甘いものが混じり出した。それはスイフリーが胸を弄び、耳たぶを優しく噛むたびに大きくなっていく。  
 耐えきれずに、クレアがスイフリーにしがみついた。  
 それによってバランスを崩した二人はソファに倒れこんでしまう。  
 
 しかし、クレアにのしかかったスイフリーはこれ幸いと、腰の動きを素早く、荒々しいものにかえる。  
「はぁ、んぅん、わ、私はどう……なって、しまうのです……かぁ」  
 怒涛のように押し寄せる快感の波にクレアが不安まじりの、しかし艶に満ちた声でスイフリーに問いかける。  
「別にどうにもならんが」  
「でもっ、ん……くぅ。お、おかしく、なりそうで」  
「栄光あるファリスに助けを求めたらどうだ?」  
 スイフリーの口の端が皮肉気につりあがった。  
「そんな、スイフリー。あっ、もう……だめですっ! なにか、なにかが、あっ! くぅっ……!」  
 感極まって悲鳴のようになったクレアの喘ぎ声にスイフリーが反応した。  
 これまで以上に激しく、粘液質な音が部屋中に広がっていく。と、スイフリーのものが一回り大きく膨れあがった。  
「クレア、出すぞっ」  
「え……?」  
 クレアが蕩けきった顔でスイフリーを見つめる。  
 スイフリーの言葉をクレアが理解する前に、クレアの体の一番奥に深くに、熱いものが流れ込んできた。  
 射精しながらも、スイフリーは腰を止めない。最後の一滴まで搾り出そうとしているようだった。  
「あ、熱いっ! あ、あぁぁ……スイフリーっ!」  
 気を失う最後の瞬間、クレアが唱えたのは崇拝する神の名ではなく、一人のエルフの名だった。  
 
 
「クレア……」  
 欲望が満たされたからだろうか、わずかに正気を取り戻したスイフリーが気絶したクレアの金髪を優しく撫でた。  
 普段とは違う、あどけないクレアの寝顔に、無邪気な笑みが浮かんだ。  
 それを見て、自分の胸が締めつけられるのを、スイフリーは確かに感じた。これは薬のせいではないと思いたい。  
 もう一度、スイフリーがクレアの柔らかい髪に触れようとしたところで、ドアの向こうに人の気配を感じた。  
 小さくカチリと音がするとグラスランナーと、小太りの男がこっそりと進入してきた。  
 唖然とするスイフリーと、パラサの目があう。  
「あー! ハトコがー、姉ちゃんとぉー!」  
「だ、黙れパラサ! それよりもグイズノー! なんてことをしてくれたんだ!」  
 穏やかだった室内が一気に騒がしくなる。  
「いや、いや。神に仕える者として人助けをしたまでです。クレアさんがあなたのことでずいぶんと悩んでいたようなので。あ、そうそう、感謝のお布施はそちらのお気持ちでけっこうですよ」  
 ぬけぬけと言い放ったグイズノーに、スイフリーの怒りはすっかりしぼんでしまった。  
「貴様というやつは……」  
 握り締めた拳をどうすることもできずに、スイフリーがうめく。  
 
「ん……」  
 周囲の騒ぎに、クレアが目を覚ました。  
「スイフリー? こ、こっこれは!」  
 自分たち以外の人間がいるのに気づいて、慌てて散らばっていた衣服で身を隠す。  
「グイズノーにしてやられたということだ」  
 スイフリーが渋面で答えた。  
「ちょっとー、おもしろいものってなによー」  
 新しい声がドアの向こうから聞こえてくる。  
 スイフリーが、はっとした様子でグイズノーを睨みつけた。  
「は、離れんか!」  
 ドアを開けて入ってきたのはアーチーの腕にしがみついているフィリスと、なんとかしてそれを引き剥がそうとしているアーチ―だった。  
「あら!」  
 スイフリーとクレアに気付いたフィリスが口元を押さえる。  
「二組で結婚式挙げる?」  
「あげるかっ!」  
 期せずして、アーチーとスイフリーの声が重なった。  
 怒鳴り返したものの、スイフリーにはクレアがまんざらでもなさそうな表情を浮かべたのが見えた。  
 そして、自分の中に理性では押さえきれない感情がわきあがるのを、スイフリーはなかなか悪くないな、と思った。  
 

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