アイシャは静かな足取りで、広い廊下を歩いていた。  
 メイド服に身を包んだその顔は相変わらずの鉄面皮。  
 だが、見る人が見れば、その頬が僅かに紅潮しているのが見て取れるだろう。  
 
(ジーク様……)  
 
 アイシャは屋敷へと帰ってきた、赤毛の青年の姿を思い浮かべる。  
 かつて――従者の身でありながら分不相応な気持ちを抱いてしまい、幾度となく身体を重ねた相手。  
 ジークが旅に出るその夜も激しく求められ、アイヤールで再会した後の行程でも、  
 同時間の深夜の見張り番となった際に、行為に及んでしまった。  
 
 そして今、ジークがまたそこにいる。  
 
 浮ついてふらふらとしそうになりながら、アイシャは歩く。  
 ジークの部屋を目指して。  
 
 
 
「婚約者、かぁ」  
 
 ニゲラは一人、窓辺で呟く。  
 探していた父親との騒動が終わり、結局婚約騒動は解消されたものの。  
 結婚しろと言われた相手のことを意識するなと言われても、それは無理な話なわけで。  
 
「ジークさんと、結婚……」  
 
 健全な若い少女としては、『結婚』という単語から、どんどんと連想される言葉がある。  
 夫婦――男女の営み――性行為。  
 裸の自分が、裸のジークに抱かれるところを想像して、真っ赤になった。  
 
(ジ、ジークさんは、どう思ってるのかなぁ?)  
 
 ジークも、裸の自分と一つになる想像をしているのだろうか。  
 ジークは――自分を抱きたいと、思ってくれているのだろうか?  
 
 ニゲラの足は、自然と部屋の出口へと向いていた。  
 別段、やましいことは考えてない。  
 ただ、婚約者騒動の顛末について、当事者であるジークと語り合いたいだけだった。  
 
 ――その後、何かが起きることを、期待しているわけでは、ない。  
 
 
 
 エアは一人、憤慨する。  
 
「大体、ジークは女性関係に縁がありすぎるのよっ」  
 
 いつもいつもルーを俺の嫁と言ってるくせに、他の女にデレデレして……  
 今回も、ニゲラと婚約者ということを聞かされて、満更ではない顔をしていた。  
 妹が――自分が、どれだけ想っても、取り合おうとしないのに!  
 
 エアの相貌が険しくなっていく。  
 満更でもない顔などしていなかったのに、彼女の想像の中のジークは、ニゲラと微笑み合っていた。  
 更にその周囲に、ホーリィやアイシャ、ジャスティにソラが現れ、ジークへと寄り添う。  
 ギリッ、とエアは奥歯を噛み締める。  
 まるで想像の光景が実際に眼前で行われているかのように、憎々しげに顔を歪める。  
 そしてジークは、少し離れたところに立つルーに手を伸ばそうとして――  
 
「……っ!!!」  
 
 だん、と足を大きく踏み鳴らし、エアは自室を出た。  
 ジークが不埒な行為を働く前に、何とかしないといけない。  
 大きな焦燥感が、自分の周囲を包み込む。  
 急がないと。  
 早くしないと。  
 ジークが他の女に手を出す前に、私がなんとかしなくちゃ……!  
 
 自分の願望を言い訳にすり替えて、エアは急ぐ。  
 押えきれない欲望の塊が、ドロドロと胃の中に溢れているかのようだった。  
 
 
 
「「「あ」」」  
 
 そして三人は、ジークの部屋の前で鉢合わせる。  
 三人が三人、まるで発情期の猫のように吐息を荒くし、男を誘うような淫靡な表情。  
 無論、その目的が、己と同一のものだということにも、気付く。  
 
「「「……」」」  
 
 自分以外の二人を睨み付け、そして  
 
 

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