『女帝を支えるもの』  
 
1.走馬灯  
 先日、ミスティンが助け出された。  
 そして今、この青嵐領の一室で漸くあの日の予知夢が語られようとした矢先、中庭の方から爆発の音が聞こえた。  
 ジークハルトが咄嗟にミスティを庇ったが、次の爆発は起きない。  
 彼とタビットが外を伺うと、中庭の飛空船『純白の風』が煙を上げていた。  
 続いて、こちらに向かってくる包帯を全身に纏った不死者たち、飛空船に向かう魔導機械が目に入る。  
「不味い。今、船にはホーリィを始め、戦えぬ者達ばかりだ」  
 セラフィナは苦虫を潰したように呟いた。  
 かと言って、目の前には兵がいない。  
 ここにはミスティがいるが、彼女の弟達がいる。  
 セラフィナは迷うまでもなく部屋を飛び出し、兵達に不死者討伐の指示を出して回る。  
 
 一通り指示を出した後、もう一度ミスティの部屋に戻ってくる。  
 妹救出の功績を知っていたが、それでも戻ってきた。  
 飛空船まで行ける兵がいなかったのだ。  
 ジークハルト達は窓の外でマミーを相手に、一気に飛空船へ向かうタイミングを見計らっていた。  
「丁度いい。女帝、ここは任せた」  
「ミスティンの元へ行かせるわけにもいかぬ」  
 セラフィナは窓を潜り抜け、魔剣を構えた。  
「アンタとは、肩を並べて戦ってみたかったけどな」  
「あ、護衛は任せて下さい」  
 ジークハルトとリルドラケンがそんな女帝に声をかける。  
「どちらもいらぬ」  
 魔剣の一閃でマミーを一体葬り去る。  
 直後、眩暈がした。  
 …寝不足だった。  
 昨晩、ミスティとジークハルトの行為を部屋の外で盗み聞き、二人が眠った後もずっと悶々としていた。  
 自分から前線に出る女帝として、当然、徹夜明けの戦闘経験くらいはある。  
 しかし。  
 前もって休みも取らず、精神的に疲労を重ねた徹夜明けに駆け回り、その挙句不死者の相手をした経験などあろうはずもない。  
「セラフィナっ!」  
 呼ばれて振り返った時には遅く、目の前には次のマミーが迫っていた。  
(不味い!)  
 衝撃が訪れ、視界が暗転した。  
 
 …死んだな。  
 自分が死んだらどうなるのだろうか?  
 まず、当然の試みとして蘇生は行われるであろう。  
 自分はまだ死ねない。守らねばならない者達がいる。助けねばならない者がいる。  
 だが王族が穢れを持つことは外にも内にも隙を作る。  
 ならば、穢れは取り除かねばならぬ。  
 件の英雄の剣を使っても良いが、あれに込めた穢れをどうすべきかは未だ解決していない。  
 となると神聖魔法か。  
 ライフォスは駄目だ。  
 アイヤールにはそれほどの使い手は無く、本神殿ともそれほどの付き合いは無い。どれほどの借りになるか分からぬ。  
 ならばルーフェリアか。  
 最近、白峰領の神殿にルーフェリア本国の本神殿から二番手の司祭にして王家に連なる者が迎え入れられた。  
 確かジークハルトの知り合いだと聞いている。彼の仲間のエルフも高位の司祭だ、取次ぎも可能だろう。  
 それにしても色々と考える余裕があるものだな、死と言うのも。  
 小船で波間を漂っているような感じさえする。  
 
 
「…ちゃ……ん!」  
 遠くで誰かを呼ぶ声が聞こえる。  
「姉ちゃん、大丈夫か?!」  
 これはジークハルトの声だ。  
 彼が姉ちゃんと呼ぶのなら、それはミスティのことだろう。  
「ミスティっ!!」  
 目を開いた。  
 目の前にはジークハルトの顔があった。  
 どうやら彼に抱き抱えられているようだ。  
「え? ミスティ?」  
「ミスティに何かあったのか!?」  
 ミスティに何かあったら許さんと言う気迫で問い詰めたのだが、  
「いや、姉ちゃんは何とも無いぞ」  
 唖然とした表情が返ってきた。  
「だが今、『大丈夫か』と心配してはいなかったか?」  
 こちらも釈然としない。  
 そんな私達に横から切羽詰った声がかかる。  
「ジーク、陛下は大丈夫? 必要なのは回復? それとも解呪?」  
 エルフが戦線を維持している他の連中を回復しながら苛立たしそうにしている。  
 そんなエルフへの対応もぞんざいに、  
「『大丈夫』か聞いたのは姉ちゃんのことだよ」  
とセラフィナの目を真っ直ぐ見つめ返して応えた。  
「だから、ミスティのことだろう?」  
「いや、だから……ああ!」  
 未だに訳が分からない私に対し、彼は何か合点がいったようだ。  
「セラフィナ陛下はミスティ姉ちゃんの姉ちゃんだよな。だから姉ちゃんの姉ちゃんは俺にとっても姉ちゃんなんだよ」  
 漸く私も納得した。  
 彼も自分を心配して慌てていたのだろう。だから必死に声をかけていたのだ。  
「……それで、ジーク。あんたの傷は治したけど陛下は?」  
 いつまでも見詰め合って動かない二人に、エルフの冷たい声が聞こえてきた。  
 この言葉で、自分がジークハルトに庇われた事に気付いた。  
 紫のリルドラケンと違って庇う技術を持たない彼には剣で受け止めるなどの余裕は無く、身を挺して敵の攻撃を受け止めた。  
 そのはずなのにセラフィナがいきなり倒れたので、心配したのだろう。  
「さんきゅ、エア。姉ちゃ…っと、セラフィナ陛下は大丈夫か?」  
 王族として、守られること自体は珍しくも無いが…  
 抱き抱える彼から身体を起こして答える。  
「いや、大丈夫だ。少し眩暈がしただけだ」  
 言ってから、しまったと思った。  
 彼は自分が眩暈を起こすような原因を知っている。  
 頬がかっと赤くなるのを感じて視線を逸らす。  
「そっか、それなら良かった。そこで休んでいてくれ。後は何とかする。エア、こっちは大丈夫だ!」  
 彼は後ろを振り返らず、マミーを一手に引き受け防戦一方だった鎖帷子の少女の援護に回る。  
 何時の間にかルーンフォークとリルドラケン、それとタビットは飛空船に向かっていたようだ。  
 二人になり反撃に回れるようになったことで、それほど苦もなくマミーを片付けていく。  
 
 それから間もなく、飛空船に向かった者達が敵の主犯を倒した。  
 
 
2.賭け事  
「姉ちゃん、カードでもしようぜ」  
「ええ、良いですわよ、ジークハルト」  
 青嵐領での襲撃を退けた後、彼らは史跡で英雄パジャリガーの遺体から神の分体の穢れを回収した。  
 現在は皇城領を目指している。  
 そこで別の飛空船を用立て、ミスティの予知夢の現場、白峰領へジークハルト達を送り出すことになっている。  
「珍しいデザインだな。それはどこで手に入れたのだ?」  
 ホーリィが言う通り、カードのデザインは王族は元より、最近のアイヤールで見かけるものとは随分違った。  
「パジャリガー本人からもらった」  
「な、それを寄越すのだっ!!」  
 言った途端にホーリィが暴れ出した。  
 彼女は英雄パジャリガーの大ファンなのだ。  
 だからこそ、ライフォス信者のはずの本人がゴーストとして神の分体の穢れを守っていたことや、実は陽気で面白い性格であったことは言葉を濁して伝えていない。  
「そこは『ころしてでもうばいとる』、ですよホーリエル」  
 ルーンフォークが煽る。  
「止めろメッシュ。ホーリィの目が肉食獣のそれになったぞ」  
 ジークハルトは半分本気で怯えながらカードを抱えて身を引いた。  
「僕に良い考えがあるよ。優勝者はビリの人から一つだけ何か貰える事にしよう!」  
「よし、乗ったぞ!」  
 リルドラケンの提案に真っ先にホーリィが元気良く手を上げる。  
 ジークハルトはやれやれといった感じで肩を竦めた。  
「姉さんはどうしますか?」  
 ミスティが窓際で外を見ていたセラフィナに声をかけた。  
「妾はせぬ」  
 白峰領が気になっていたので素っ気無く答えたが、それが仇となった。  
「なんだ? 負けると体裁が悪いからかー?」  
「やってやろうではないか!」  
 ジークハルトの挑発に即座に乗ってしまった。  
 
 セラフィナは決して運が悪いわけではない。ただ、その真っ直ぐな性格とプライド故、後に退けなくなってしまうのだ。  
 実際の軍略などでは一人で決めることは少なく、助言もあるし、他の者の命もかかるので引き際は見極められる。  
 しかしこれは止める者のいない身内だけの遊戯である。  
 つまり結果は…  
「姉さんがビリですね」  
 誰もが言い辛い事をはっきりと言ったのは実の妹のミスティだった。  
 流石、予知夢を見ることで、事実を認める重要性を誰よりも知っているだけはある。  
「くっ…」  
 途中までは勝っていたのに、何時の間にか負けが込んで一気に最下位に転落していた。  
 …戦争だったら怖いところであるが、手の内を知っているミスティとホーリィが二人とも敵に回ったせいだ。そう思うことにした。  
「さて、では優勝したジーク様。ご感想を」  
 ルーンフォークが合いの手を入れる。  
「女帝、弱い」  
 ぐさっ。  
「…で、何貰えるの?」  
 王は勝ち目のある戦いで負けた時の事ばかりは考えない。  
 つまり、何をくれてやるかなど全く考えていなかった。  
「僕、そのインペリアルが欲しいなあ」  
「あんたには聞いてない」  
 リルドラケンが自分の鎧を物欲しそうに見たが、即座にエルフに突っ込まれていた。  
「あ、そうそう言い忘れていました」  
 ルーンフォークは一々芝居がかっている。  
「私事の道楽で、国家予算は使えませんよね?」  
 その視線が私物を寄越せと言っている。  
 ぐぅぅぅ…  
 誰かの腹が鳴った。  
 そう言えば、そろそろ食事ができる頃だ。  
「……ええい、分かった! ジークハルト! 用意をするから食事の後で妾の部屋に来い!! 先に食堂へ行っているぞ!!!」  
 捨て台詞を言って部屋を出て先に食堂へ向かった。  
 
 
3.自分だけのもの  
 黙々と食事を取り、さっさと自室に引き篭もった。  
 ずっと着たままだった鎧を脱ぎ、横のハンガーに掛ける。  
 インペリアル…魔法の鎧である。  
 リルドラケンが欲したように、これは相当な値打ち物だ。  
 だが国家の財産である。  
 否。  
 全ては民からの税が形を変えた物であり、王に私物など無いのだ。  
 私物と言えば、まだ城に戻る前に得た物や弟妹からの個人的なプレゼントくらいであろう。  
 そんな思い出の品くらいしか無い自分が思い出されて、報いれていない自分に心が沈む。  
(私はミスティを守れなかった。まだライティアを救えていない…)  
 それが自分の責では無いと分かっていたが、こうなると有事が起こるまで中々切り替えられなかった。  
 
 こんこんっ。  
「陛下、居るか?」  
 ノックの後、ジークハルトが自分を呼んでいる。  
 もう考えている時間は無い。  
 彼女は女帝である。  
 有事の際は全ての迷いを無視して即断してきた。だからこそ戦の絶えないアイヤールの前線に在り続け、生き残ってこれた。  
 今回もそれに変わりは無かった。  
 
「入れ」  
 入室の許可を受け、ジークハルトが部屋に入ってきた瞬間、目の前の光景に目を瞬かせた。  
 下着姿のセラフィナがベッドの上で片肘を着いて寝そべっていたのだ。  
「……近う、寄れ」  
 眉を顰め、厳しい表情で左手をジークハルトに差し出す。  
 彼は何が起こっているのか分からず、緊張した面持ちで、慎重に近付く。  
 端から見るとその様子は、猛獣のねぐらに近付く子供のように見えるかもしれない。  
 彼は怯えながら、手を取ろうとした。  
 その手をすり抜け、私は両の手を彼の首に掛け、  
「……女に恥をかかせるな」  
唇を重ねた。  
 
 別に気が動転していたわけでも、気が狂ったわけでも、寝ぼけているわけでも無かった。  
 勿論、よくある夢物語のように一回庇われただけで相手を好きになるほど、前線を常とする王族は惚れやすくは無い。  
 彼は姉であるミスティの為とは言え、女帝である自分に対しても一歩も退かない態度を取った。それ以外の時でも彼にブレは無い。  
 彼の中にあるのは何時でも、野心や傲慢さではなく、あまりにも奔放で、あまりにも全てを自分で背負う覚悟。  
 それは自由な生き方の中の、理不尽なまでに不自由な選択。  
 それは女帝と言う不自由な立場を選んで国を…何より弟妹を守ろうとした自分と対になる存在。  
 だから、こうも容易く自分自身を晒して自然に振舞っても抵抗が無かったのだろう。  
 幾ら部下の目が無くとも、弟妹や一部の付き合いの長い者を除くと始めての事だった。  
 
 そして万が一同じ様な者に出会ったとして、この『初めて』は二度と無い。  
 だからもう一つの『初めて』と思い出にする事を選んだ。  
 
 ジークもまた彼女の中に自分と似て非なるものを感じていた。  
 だからこそ、彼女の覚悟が如何様なものか分からずとも、その気持ちを無碍にする選択は無かった。  
 それこそが彼女にこの選択をさせた理由でもあり、もしかしたら二人の出会いさえ、運命と言う名の必然だったのかもしれない……  
 
 
4.欲しかったもの  
 セラフィの唇も、首に掛かる両手も震えていた。  
 妹が薦めた蔵書の中にあった男女の恋物語を思い出し、必死に彼の唇を食む。  
 それは小鳥が親鳥の口元から餌を啄ばむようだった。  
 
 ジークも口付けを返す。  
 普段はきりりと切り結んだ唇は意外なほど柔らかかった。  
 お互いの唇を食み続けていると、やがて偶然、セラフィの舌が彼の歯に当たる。  
 彼女はびくっとなって舌を引っ込めたが、彼の舌がそれを追う様に彼女の口内に侵入した。  
 口の中の追いかけっこで舌を、歯茎を、口内を隅々まで舐め回す。  
 口内に溢れ出る唾液を舐め取られる度に、セラフィは甘い感触に酔い痴れた。  
 
 暫く続けた後、ジークは恍惚としたセラフィを離して鎧を脱ぎ始める。  
 すると、彼女は直ぐに両の手を伸ばし、彼の顔をなぞる。  
 そのまま、彼女の手は身体と服と鎧の輪郭に沿って下に進み、鎧の継ぎ目で止まると止め具を外した。  
 鎧の構造を理解した人間の外し方だった。  
 有能さを求められるアイヤールの王族、特に戦士としての技量を持つ彼女ならではの鮮やかな手並みで、瞬く間に彼の鎧を全て剥ぎ取ってしまった。  
「…手馴れたものだな」  
「妹以外には初めてなのだがな…」  
 セラフィは少し憮然として表情で呟く。  
 その僅かな隙に、ジークも彼女の薄く柔らかな下着を脱がせる。  
 彼女の身体は何の抵抗も無く下着から解放される。  
「…貴様も手馴れたものだな?」  
 セラフィは先ほどの仕返しをするが、ジークの耳には届かなかった。  
 それ程に、彼女の姿は魅力的だったのだ。  
 普段は王族としての威厳を保つ為、室内にあっても豪華な鎧やマントを身に着けていることが多い。  
 それは女である故、余計に隙を見せる訳にはいかない彼女の覚悟。  
 だが、その威厳を脱ぎ捨てた今は違う。  
 ジークは隙だらけに見えるその両肩を抑えて、ベッドに倒れ込んだ。  
「ひゃっ!」  
 突然のことに、あられも無い声を出してしまった。  
 その肩は鎧に比べると思ったより細い。  
 ジークが身体の線に沿って肩から胸に手を這わせると、強い弾力に押し返された。  
 もう一度、今度は少し力を入れて形や弾力を確かめるように揉んだ。  
 柔らかいのにしっかりと形を誇示する様は、話に聞く餅のようなと言う表現そのものだった。  
 大きく、柔らかく、押し潰しても強く元に戻ろうとする感触に、ジークは我知らず夢中になっていた。  
「んっ……ふぅっ………ぁぁ…」  
 喘ぎ続けるセラフィの声に少しだけ我に返り、愛撫を更に下に移す。  
 胸を軽く持ち上げ、その下の普段は空気に触れない部分に顔を近付けると女の匂いがした。  
 そこを舐め取ると僅かに塩っぽいが、自分の汗とは違う甘い香りがした。  
 鎧を着込んでいることで臭いが篭らないように僅かな香水を付けているのだ。  
 その香りを鼻腔に止めながら、手を腰の曲線へと這わせる。  
 鎧を着込んだ女帝と言うイメージとは違い、そこは引き締まってこそいるものの滑らかな、僅かに膨らんだ柔らかく女性らしい造詣をしていた。  
 女帝と言う立場では訓練や実戦にばかり時間を割けるわけも無く、それ故に、彼女を筋肉質の身体にすることを許さなかった。  
 
 ジークの手は滑らかな丘を下がり、深い断層に差し掛かる。  
 セラフィは僅かに顔を顰める。  
 乗馬することが比較的多い彼女にとって、そこが少し擦れるくらいは慣れていた。  
 ジークは固く閉ざされた割れ目を指で擦ったり揉んだりしていたが、やがて口付けた。  
「…っ!」  
 セラフィは声にならない声を上げる。  
 ジークの舌が割れ目をなぞる度に、彼女は全身に振るえが奔って身悶えした。  
 終には柔らかくなってきた割れ目に舌が入り込み、そこから溢れ出る何かを吸い上げる。  
「――っ!!」  
 彼女の身体が一際強く痙攣した。  
 ジークは顔を上げ、彼女の顔を覗き見る。  
 その藍色の瞳からは痛みでも苦しみでも無い涙で溢れていて、その亜麻色の髪は解け、その手は彼の首を抱え、その口は声にならない声でこう言った。  
『早く』  
 ジークは頷くと、彼女の左の太腿を抱え上げて、自分のモノを宛がう。  
 抱えた太腿はもう少し固くても良くないかと思えるほど柔らかく手に吸い付き、宛がった割れ目は最初の印象よりもずっと小さく見えた。  
「…行くぞ」  
 視線をもう一度合わせると、今度は彼女が頷いた。  
 ジークは返事を得て自分自身を入れようとするが、固く閉ざされた隙間は中々広がらなかった。  
 その間も彼女は目を閉じて苦しそうに耐えている。  
 頭では力を抜いた方が良いと分かっていても、強情な性格が邪魔をしているのだろう。  
 だから、彼は自分の首に絡まる手の先へ進んだ。  
「?!」  
 唇が重なる。  
 目を閉じて意識が他所に行っていた彼女は不意に気が緩んだ。  
 その瞬間に、彼は一気に突き入れた。  
「―――っ!」  
 彼女は声にならない悲鳴を上げた。  
 涙がぼろぼろと零れ落ちる。  
『年を取ってからだと、初めての時に痛いそうよ』  
と言っていたミスティンの言葉が思い出される。  
(わ、私はまだそんな年じゃないっ!!)  
 痛みに耐えながら思い出に抗議する。  
 ふわっ。  
 何かが頭に触れる。  
 ジークがただ唇を重ねるだけの優しい口付けを繰り返し、空いていた方の手で彼女の頭を撫でている。  
 不意に胸の内が温かくなる。  
(頭を撫でられるなど、何時以来か?)  
 女帝となってからは冗談でもそんな事は無かった。  
(そう、ミスティが悪夢を見て、一緒に父を止めた時以来だ)  
 何時の間にか痛みの涙が懐かしさの涙に変わっていた。  
 セラフィは落ち着くと、目蓋を瞬かせて彼の目をじっと見詰めた。  
 それを見て彼は僅かに微笑み、腰を動かし始めた。  
 
 強く、優しく。  
「んっ! んっ! ……ぁはっ!」  
 早く、ゆっくりと。  
「はっ、はっ、はっ……………んんー……はぁぁあぁぁ………」  
 ジークは慣れそうになるとリズムを変えるので、セラフィは翻弄され続けた。  
 何時しか彼女の全身からはすっかり力が抜けて痛みも無くなり、頭の中が真っ白になっていった。  
「もうすぐっ、……出るぞ!」  
 彼が限界が近いことを告げる。  
 言われるまでも無く、彼女自身も自分の中を出入りするモノの変化に気付いていた。  
 答えは最初から決まっていた。  
「言っ…ァァ…たであろう? ……女に…ァァ…恥をかかせ……ァァ…ぇるな、とぉっ!」  
 彼は返事の代わりに速度を上げた。  
「はぁはぁはぁ…」  
「はっはっはっ…」  
 二人の呼吸が重なる。  
 そして不意に彼はセラフィの口を自分の口で塞ぎ、彼女の一番奥まで力強く自分のモノを突き入れ、そこに熱く滾るものを注ぎ込んだ。  
「――――――――――――――っ!!!」  
 口を防がれていたセラフィは声を上げる事無く、その突き上げられる感触と熱いものを浴びせられる感触に絶叫した。  
 
 そのまま暫く抱き合っていたが、セラフィの中のジークも、包み込む彼女自身の疼きも収まらなかった。  
 やがて、セラフィはジークの目を見つめて囁いた。  
「……ジーク……」  
 その潤んだ瞳はこう言っていた。  
『もっと』  
 結局、二人の行為はセラフィが気を失うまで続いた。  
 それまでにセラフィは6回、ジークは4回達したが、後日彼女が覚えていたのは半分だったと言う……  
 
 
5.女の意地  
 ♪〜♪〜〜。  
「ご報告します。間もなく〜、皇城領に〜到着しま〜す。間もなく〜、皇城領に〜到着しま〜す」  
「…もう着いたか」  
 ジークは飛空船内に流れた到着のアナウンスで目が覚めた。  
 彼の腕の中ではセラフィが丸くなって眠っている。  
 彼にはこのまま彼女を放り出して先に行くつもりは無かった。  
 
 セラフィは迷っていた。  
 心地良い気だるさが全身を包んでいる。  
 できれば、何時までもこうして眠っている振りをしていたかった。  
「ん、んん……」  
 けれど、口を付いた言葉は違った。  
「もう直ぐ到着のようだな。……先に行ってろ」  
 
 彼女には恋愛経験が無い。  
 幼少の頃は政争が激しく、兄達は城に上がる前も上がってからも次々と不慮の最期を遂げていた。  
 故に、彼女は女であっても跡継ぎとして厳しく躾けられて育つこととなった。  
 その為少女らしいぬいぐるみなどの玩具を手にすることは少なく、育ての親であるタビットのダンフォースが一番子供らしくいられる心の安らぎであった。  
 下心を持つ男は他の者に粛清され近付くことも無く、入城するまでは子供心の初恋くらいしか経験は無かった。  
 その後、若くして入城した彼女は更なる敵に晒されることとなる。  
 王が健在とは言え、王子不在による第一位王位継承権。  
 政権に興味を持たぬ将軍などの極一部を除き、信頼できる者は老若男女を問わずいなかった。  
 父王や将軍などの庇護が無ければ、どんな運命が待っていたかは想像に難くない。  
 だからこそ、彼女は弟妹たちに溢れんばかりの愛情を注ぐ。  
 そしてそんな道を歩んできた彼女は、自分自身、誰かに恋焦がれる日が来るとは夢にも思わなかった。  
 それがミスティンの実の弟にして思い人であるのは果たして偶然だろうか?  
 親子は似ると言う。  
 夫婦も長く暮らして似ると言う。  
 ならば姉妹が同じ相手を好きになったとして何の不思議があろうか。  
 でも、だからこそ今はそっとその気持ちに封をする。  
 
「男の背中を押すのは良い女の甲斐性だ」  
 何か言いたそうなジークに、不敵な笑みで返す。  
「自分で言うかぁ?」  
 彼の言葉は苦笑に変わった。  
「事実だからな」  
 もう一度笑みを返す。  
「さっさと行け、……ジーク」  
 彼は一瞬口を開きかけるが、それ以上は何も言わずに立ち上がり、背を向けて着替え始める。  
 その間も、ずっと彼女は彼の背中を見詰めていた。  
 自分の『初めて』の思い出を。  
 
 着替え終えると、彼は部屋の出口へと歩き出した。  
 扉を開け、  
「白峰領は……アイヤールは俺が守ってやる」  
それだけを言うと部屋を出て行った。  
 頬を熱いものが零れ落ちる。  
「あの馬鹿……最後まで格好を付けさせろ……」  
 
(…私はこんなに涙もろかっただろうか…)  
 気持ちを落ち着け、顔を洗って着替えてから部屋を出る。  
 部屋には情事の後が残っている。  
 他人に見せるわけにはいかないが、直ぐに片付けるのも惜しまれた。  
「この部屋には当分、他人は入れられんな…」  
 呟いたその顔は、悪戯を思いついた少女のような微笑を浮かべていた。  
 
 ジーク達が飛空船を乗り継ぐ前に、白峰領のダンフォースのことを話した。  
 ちょっとした悪戯心から、彼がタビットだと言うことを伝えなかった。  
 含み笑いを抑え切れなかったことで、ジーク達はその事で内心、別の不信感を抱いていた。  
 その内容は……  
 
(今、凄く可愛い笑顔だったわよね)  
(おや、何かありましたかね?)  
(年甲斐も無いです〜)  
(あ、姉上が壊れたーーっ!)  
(営業スマイルなのかな?)  
(あの残虐な笑みはきっと死刑宣告でやすよ、ぶるぶるっ)  
(……)  
(わたくしの姉さんが、こんなに可愛いわけがありませんっ!!)  
 
 ……セラフィナにとって、知らぬが仏であった。  
 
to be continued?  
 
 
 
 

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