オーファンでとある大事件が起こっている頃、同様にファンドリアでも大幅な政変が起  
こっていた。  
 発端はファラリス教団内部で発生した所謂内ゲバだった。教団内部に設立された神官戦  
士の派閥集団、『ファンドリア神聖黒騎士団』は、それまで四分五裂していたファンドリ  
ア・ファラリス教団を力を以って粛清し、その中枢に居座った。  
 それに留まらず、彼らの粛清はファンドリア国内の全ての権力機構に及んだ。  
 暗殺者ギルドを非合法化し壊滅させた。  
 マーファ神殿にはその安全と信仰を保障する代わりに、その下位にあった、非合法組織  
『大地の声聴く者たち』と無関係を宣言させ、それを壊滅させた。  
 飾りに過ぎない王侯貴族には大粛清の嵐が吹き荒れ、国王テイラーII世も追放された。  
 この時点でファンドリア国家の実権はファラリス教団が握ったが、他の神の信仰を禁じ  
はしなかった。  
 また、徴兵制を施行し、それまで私兵組織の寄り合い所帯だった軍事力を強化した。  
 これらの革命行為が割合スムースに行ったのも、『神聖黒騎士団』の高潔さによるもの  
だった。  
 曰く────  
 『暴力で個の自由を奪うはファラリス神の教えに反する行為であり、邪悪である』  
 『法とはその為に存在する。法は自由の番人である』  
 『法が自由を束縛するのではなく、自由が法を使役する』  
 『故に法は遵守されるべきであり、一方で法を絶対視してもならない』  
 これらは一部の支配階級と非合法組織によって虐げられていたファンドリアの民に希望  
を与え、それが騎士団の地位をより高めた。  
 この政変をファンドリアの弱体化と捉えたオーファンは、もう1つの隣国ラムリアース  
と同盟を組み、ファンドリアを挑発した。  
 ファンドリアはその挑発に真正面から乗るように、オーファンへの大規模侵攻を開始し  
た。  
 だが、オーファンの目論見は外れ、むしろ軍事的に強大化したファンドリアの前に、オ  
ーファンは圧倒的不利を強いられた。  
 さらにファンドリアはラムリアースにも揺さぶりをかけた。ラムリアースが兵を退くな  
らばファンドリアはラムリアースに対して不干渉を確約する。対外的にファンドリアの国  
家としての信頼性は相変わらず低かったが、オーファンと心中する気のないラムリアース  
は割合あっさりとこの提案に乗り、オーファンとの同盟を破棄して兵を引き上げた。  
 かくてオーファンは、文字通り剣折れ矢尽きた状態でファンドリアの軍門に下り、ファ  
ンドリアに併合されたのである。  
 
 オーファン併合後のファンドリアは、ファラリスを国教とし、帝政を敷いた。帝政ファ  
ンドリアは従前のファンドリア王国領を直轄領、旧オーファン領をいくつかの自治国家に  
分割して、その版図に組み込んだ。協定通り、ラムリアースとは相互不干渉が貫かれた。  
 
「周りにいる人間は躍起になってるんだけど、本人にやる気がないみたいなんだよね」  
 帝政ファンドリア。“帝都”ファンドリア・シティ。  
 対外的な人間を迎える謁見の間──ではなく、事務系の仕事をこなす皇帝執務室。  
 その場に入り込んできた、白いレザー・アーマーとヘッドガードを装備し、衣装自体も  
それに合わせて白と黒のツートーンにコーディネィトした少年は、相手の身分など気にも  
しないかのように、軽い口調でそう言った。  
「それなら、しばらくは動向を気にかけておく程度で良いかもしれませんね。ノリス、引  
き続きお願いできますか?」  
 皇帝は、少女の声にそれらしい口調でそう言った。  
「……まぁ、報酬が出るんなら良いけど」  
 皇帝直属の諜報員として雇われ中のシャーマン・シーフ、ノリス・ウェストイックはは  
頭の後ろで手を組みながら、軽い口調でそう答える。  
「お願いします」  
「……まぁ、引き受けるよ」  
 ノリスは、態度は軽いが、実際のところ依頼主を裏切った事はない。ましてや相手が旧  
知の仲であれば尚更だ。  
「よろしくお願いします」  
 皇帝は、どちらが上位かわからないような、丁寧な言葉をノリスに返した。  
「さて、今日の執務はこれで終わりですね」  
 少女帝は、傍らにいた専属の侍女に話しかける。  
 小柄な身体つき。梳き上げた金髪のショートカットに、太い眉の少年のような顔つき。  
だが、サーバント服に身を包んだ姿は、紛れもなく女性の姿だ。  
「はい、今日の予定は全て終わりました」  
 侍女はそう答える。堅苦しさは場所柄ゆえだろう。と言うより、ノリスが軽すぎるのだ。  
「先に食事にしましょう。湯浴みはその後で。それから、閨の準備をしておいてください」  
「…………はい」  
 少女帝は自然な口調でそう言ったが、最後の部分を聞いた侍女は複雑な顔になった。  
「ねぇ、アイツとは……」  
 ノリスもまた複雑そうな表情になって、少女帝に声をかける。  
「ノリス、ファラリス様の教えは?」  
「『汝の為したいように為すが良い』…………解かったよ」  
 
 シャーマンのウィッチ・ドクターの家系に生まれたノリスは、神への信仰とは深く関わ  
りを持たなかったが、今やこの国の国教であり、政治と深く結びついたファラリスの教義  
の基本程度はサラリと口に出来る。  
「でも、程ほどにね」  
 頭の後ろで手を組んだまま、複雑な表情で、ノリスは帝政ファンドリア初代皇帝──イ  
リーナ・フォウリーにそう言った。  
 
 ファンドリアの権力者としてオーファンを併呑し、帝位に着いたイリーナが行ったのは、  
ファンドリア神聖黒騎士団の教義に準じた、徹底した法治主義だった。  
 法は自由の番人。法を尊び、なれど法を絶対視することなかれ。  
 法の下の自由を得られた民衆は皇帝と騎士団を熱烈に支持した。  
 旧オーファン王室は、庶子であった王子が、数人の有力者と共にラムリアースに落ち延  
び、彼を擁立してオーファン再建を目論んでいると言う。だが、いかんせんラムリアース  
は、彼らの亡命こそ受け入れたものの、ファンドリアとの不干渉協定を破ってまで彼らに  
協力する意思はなく、現在のファンドリアの安定した体制もあり、それは非現実的だった。  
 法の下の自由──それは信仰も同じだった。流石に、終末の巨人を祖とする破壊神の信  
仰は受け入れられなかったものの、前述の通り、原始の巨人の神々とその従属神の信仰は、  
原則として自由だった。  
 ただ────ファリスだけがその対象外だった。法を絶対化し搾取者を擁護する危険な  
信仰として、イリーナ自ら陣頭に立って黒騎士団を率い、徹底的な弾圧を行った。勿論、  
改宗すればこの限りではない。ただしその改宗先は、他の光の神ではなく、ファラリスに  
限られた。  
 今の帝政ファンドリアでは、暗黒神と呼ばれたファラリスは自由神と呼ばれ、至高神と  
呼ばれたファリスが暗愚神と称されていた。  
 
 ※  
 
 そして、ここにもまた、嘗てファリス信徒だった者が1人。  
 
 複数の行灯が吊られ、昼間のように、とは行かないまでも、明るく照らされた皇帝の寝  
所。  
 調度品は華美ではないが、かといって粗末ともいえないものが取り揃えられている。  
 その、ベッドの上に、1人の男性が転がされていた。  
 両腕はベッドにつながれて、バンザイの格好で拘束されていた。  
 だが、そのような拘束をするまでもなく、男に抵抗しようとする様子はなかった。  
 上半身を裸にされた男は、ただぐったりとベッドに身を任せている。  
 やがて、カチャリ、と、重厚な扉が開かれる。  
「う────」  
 男はその姿を確認するなり、小さく呻き声を上げた。  
 後ろ手に扉を閉め、部屋の中に入ってきたのは、本来のこの部屋の主。  
「良い格好ですね、ヒース兄さん」  
 何処かうっとりとしたような、上気した表情で舌なめずりをしつつ、イリーナはベッド  
に拘束された男──ヒースクリフ・セイバーヘーゲンに向かって、酷薄そうにそう言った。  
「イリーナ……」  
 姿かたちはまさしくそのもの。だが、それでもヒースは、目の前にいる少女帝が、幼馴  
染の妹分の、あのイリーナだと信じられなかった。否、意識が認識することを拒んだ。  
 ヒースの知っているイリーナは、ファリスの教えに忠実で、神官のくせに考えることが  
苦手で、時に過剰なまでに愚直なほどまっすぐだった。そしてそれを表すかのように、常  
に明るい笑顔と、輝いた瞳を持っていた。  
 だが、今目の前にいる彼女は、嘗ての、愚直さ、素直さ、と言ったものはほとんど見ら  
れなかった。その代わりに見せるのは、旧ファンドリアの権謀術数に揉まれた果ての酷薄  
そうな笑み、濁った瞳。  
「どうしたんですか兄さん。そんな哀しそうな顔をして。ヒース兄さんは奴隷身分であり  
ながら、私の後宮の1人に選ばれたんですよ? 光栄に思って欲しいですね」  
 言いながらイリーナは、羽織っていたバスローブをその場に脱ぎ捨てる。  
 その下は、身体が透けるほどに薄い、ピンク色のナイトドレス姿だった。  
「それともやっぱり、兄さんは私のような体形は好みではありませんか? 意外と、好ん  
で抱いてくれる殿方も、少なくなかったんですけれどね」  
 そう言いつつも、イリーナはベッドの上に乗り、両手をヒースの胸元に這わせる。  
「イリーナ、俺は……」  
 
 俺は……────?  
 ヒースの胸中で、奥に何かが支えている。  
 確かに、こんなイリーナを見たくなかった、そう言う感情がヒースの心の中の大部分を  
占めているのは間違いない。  
 だが、それだけではない何かが、ヒースの心の奥深くで蠢いているのを、何度意識で否  
定しようとしても、感じてしまっていた。  
「ふふふ……兄さん」  
 妖しく笑うイリーナは、そのまま、顔までヒースの胸元に近づける。  
 ソーサラーにしてはがっしりとした体つきを持つヒースの、厚い胸板に、イリーナの舌  
が這った。  
「く、っ……イリーナ……」  
 ヒースは呻き声を漏らす。それは拒絶か、それとも……────ヒースにはそれがどち  
らか言い切れなかった。  
「ふふっ、ヒース兄さん」  
 イリーナは妖しく微笑んだ後、ヒースの左の乳首に、ちろり、と舌を這わせた。  
「くっ、くぅっ……」  
「ふふ、兄さん。まるで女の子みたいですよ」  
 敏感な部分であると言う意味では男性も変わりないその突起を刺激され、ヒースは反射  
的に呻き声を出す。  
 イリーナはそれを見て、一度顔を上げると、いとおしげにヒースの顔を見る。  
「イ、リーナ……?」  
 一瞬、瞳の色以外はヒースの良く知るイリーナの表情が戻ってきたように見えた。だが、  
本当に一瞬の事。  
 イリーナは再びヒースの乳首に下を這わせる。ちゅっと吸い付き、乳頭を引っ張り出す  
ように吸い上げる。  
 同時に、イリーナの右手が、いまだズボンも履かされたままのヒースの股間をさすり上  
げる。徐々に自己主張を始めたヒースの逸物を、衣服の上からさする。  
「ああ……ヒース兄さん、今の私でも、その気になってくれるんですね……」  
 イリーナは顔を上げてヒースの顔を見つめると、恍惚とした表情でそう言った。その間  
にも、イリーナの手に摩り上げられたヒースの逸物は、硬さを増し、戦闘準備を整えてい  
く。  
「ああ、もう、我慢できません……」  
 イリーナの左手は、いつしかイリーナ自身の股間に伸びていた。軽く陰唇を開き、粘膜  
をゆっくりとかき混ぜている。  
「ヒース兄さん……」  
 言いつつ、イリーナはおもむろに身体を起こすと、ヒースのズボンに手をかけた。  
 
「イリーナ……っ!」  
 ヒースは声を出す。だが、その先を声に出すことが出来なかった。  
 身体は既に昂ぶらされている。そして、目の前には見た目にそぐわず、妖艶な空気を纏  
う少女。  
 そんなイリーナを拒絶しようとしているのか。それとも、続きを促そうとしているのか。  
ヒースは自分でも判断できなかった。  
「兄さん、いただきますね……」  
 下着ごとズボンを引き摺り下ろされる。イリーナの手で刺激されていたヒースの逸物は、  
下着から開放され、力いっぱい勃立してしまう。  
 イリーナはヒースの逸物の上に跨ると、ゆっくりと腰を下ろしていく。左手で自分のク  
リトリスを刺激しながら、既に濡れそぼったそこに、自らヒースの先端を宛がっていく、  
 ずぷ、じゅぷり……  
 ヒースは声を出すことも出来なかった。  
 イリーナの熱く火照った膣が、ヒースのいきり立った逸物を飲み込み、包み込む。  
「ヒース、兄さん……」  
「イリーナ……」  
 ヒースは、自分でも驚いてしまうほど穏やかな声を出していた。  
 イリーナの腰は沈みきり、ヒースの先端がその膣底を突き上げる。  
「ヒース、兄さん……」  
 深くまで繋がった状態で、イリーナはヒースのわき腹を両手で抱く。  
「私、前々から漠然とは解かってました。でも、あの日、失ってしまってから、確信しま  
した」  
「イリーナ……!」  
 イリーナの言葉に、ヒースははっとする。  
 イリーナの表情は、切なげなものにかわっていた。ヒースのよく知る、愚直で純情だっ  
た頃のイリーナの顔。瞳は濁ったままだが、その眦から、涙が頬へと伝っている。  
「私、ヒース兄さん事が、好きでした。兄妹としてだけじゃなくて……初めても、兄さん  
に捧げたかったんです」  
「イリーナ……」  
 ヒースは困惑した。ヒースもまた、イリーナに思慕の念を抱いてはいた。だが、肝心な  
ところで一歩を踏み出すことが出来ずにいた。マウナやエキュー、ノリスにからかわれる  
度、反射的に誤魔化してきた。  
 そしてそれが、イリーナを傷つけてきたことを、今更になって悟った。  
 捻くれモノだとか、素直じゃないとか、そんな言葉は言われ慣れていた。だが、それで  
取り返しのつかない事もあることを、ようやくに理解した。  
「イリーナ……俺も……お前の事が、好きだった……────」  
 
 ヒースはそこまで言って、軽く首を横に振った。  
「いや、好きだ。今でも、好きだ」  
「ヒース、兄さん……」  
 イリーナは哀しそうな表情で、ヒースの顔を見る。  
「今の私が、なんて呼ばれているか、知っていますか……? 『ファラリスの聖女』。あの  
頃の私じゃない」  
「それでも、だ。それに俺様、頭の良い女は、嫌いじゃない。知ってるだろ?」  
 哀しそうに言うイリーナに、ヒースはそう答えて、口元で笑った。  
 その直後に、ヒースは下から腰を突き上げた。  
「ふぁぁっ、くっ……ヒース、兄さんっ……」  
 イリーナはヒースの突き上げに声を出しつつ、ヒースの上腹部に手を当てて、自分から  
腰を動かしだす。  
「くっ、イリーナ……俺様、すげぇ、気持ち良いぞ」  
 ヒースは表情をゆがめつつ、言葉では何処かおちゃらけるようにそう言った。  
 イリーナの強力無比な膂力を支える腹筋によって、膣内のヒースの逸物を強く締め付け  
る。  
 ずっ、ずっ、ずっ、ずっ……  
 イリーナはそれほど速くはないが、己と、己に組み敷かれたヒースを絶頂に導かんと、  
一心不乱に腰を動かし続ける。  
「くっ……だめだっ、イリーナ、出る、出ちまう!」  
「はいっ、出して、下さいっ!! ヒース、兄さんの、たくさんっ!」  
 ヒースの言葉に答えながら、イリーナはぐい、と腰を下ろし、膣底にまで、めいっぱい  
ヒースのものをくわえ込もうとする。  
 同時に、ヒースもぐん、と、腰を突き出してしまった。  
「ふぁぁぁぁぁぁぁっ、はぁぁぁぁぁぁっ!!」  
「くぅっ、うぁぁっ!!」  
 イリーナは甲高い声を上げながら、絶頂に身体を弓なりにし、びくん、びくん、と、ヒ  
ースの身体の上で跳ねる。  
 きゅう、とイリーナの膣がヒースの逸物を締め上げる。その刺激にたまらず、ヒースも  
また逸物から激しく射精した。  
「あ、ぁぁ……あ……兄さんの、ヒース兄さんのが、いっぱい……」  
 絶頂の余韻に脱力して、ヒースのものを咥え込んだままへたり込んでしまいつつ、イリ  
ーナは胎内に感じる熱に恍惚とした表情を浮かべた。  
「イリーナ」  
 ヒースははっきりとした口調で、イリーナの名を呼ぶ。  
「ヒース……兄さん……」  
 
「どうだ? お前、これで満足したか?」  
「え……?」  
 ニヤニヤと、いつもの意地の悪そうな表情になって言うヒースに、イリーナは一瞬、キ  
ョトンとした。  
 だが、嘗てとは異なり、今のイリーナはすぐにその意味するところに気がついた。  
「駄目に決まってます」  
 口元で笑って、イリーナはそう言った。  
「ヒース兄さんは私の後宮に入るんです。それ以外に生きる道はありません」  
「おう、俺様もツラも知れん奴に売り飛ばされたり、邪教徒扱いされて殺されるのはまだ  
勘弁だからな。皇帝陛下のご命令とあれば、しょうがねぇだろう」  
 
 ほんの、ほんのひと時だけ。  
 イリーナが絶望に陥る前の笑顔が、戻ってきた。  
 
 
 そう、ほんのひと時だけ……────  
 
 

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