「む、この焼鳥はレアだなぁ。よし、ティンダー」
「アンタは、また!」
今日も今日とて、ヒースの脳天にマウナのお盆が直撃する。
青い小鳩亭でよく見られるありふれた光景に、その場にいた冒険者たちは一斉に苦笑するか、生暖かい視線を送った。
この二人が、一ヶ月前にオーファンをバンパイアの魔の手から救った英雄だと、誰が信じようか。
「ちっ、赤貧エルフめ、俺の頭を何だと思ってやがる」
真昼間からエールを煽るヒースの姿は、ここ毎日見られるものだ。
冒険に出ないのだろうか、とたむろする冒険者たちは不審に思うこともあれど、
そこは救国の英雄、しばらくは働かなくても大丈夫なくらいの報酬でも得たのだろう、と納得している。
「アンタも普段の言動を改めなさいよ。毎回衝撃を受けるお盆が可哀想でしょ?」
「お盆の心配かよ!?」
けらけらと笑うマウナに、ヒースは凄んで見せ……窓の外に見える空の色を確認して、席を立った。
「いかん、こんなことをしてる場合じゃない」
「はぁ? 飲んだくれが何を言って」
「何か後片付けが残ってたらしくてな。ギルドに呼ばれてるんだ」
「――――え」
瞬間。
先程まで微笑を浮かべていたマウナの表情が、すとん、と一瞬のうちに抜け落ちた。
まるで生気のない顔色に、感情のない瞳。
ヤバい、と気付いたヒースは慌てて付け足す。
「そんなに時間はかからんらしい。すぐに戻ってくる」
「で、でも」
「大丈夫だ」
ヒースはマウナの肩を掴み、耳元にしっかりとした声で囁く。
「俺はいなくなったりしない」
「あ……」
マウナの瞳が焦点を取り戻す。
それを確認すると、ヒースは悲しげに顔を伏せているマウナの義父母に小さく頭を下げ、早足に店を出た。
背中に、今のは何だろうと興味津々な野次馬の視線が刺さる。
それに心の中で悪態をつきながら、ヒースは出来るだけ話を早く切り上げなければ、と考えていた。
バンパイア・ミシェイルを討ち滅ぼしたへっぽこーず。
だが、犠牲は小さいものではなかった。
突入したのは、九人と一匹。
生還したのは、二人だけ。
イリーナ、エキュー、ノリス、ガルガド、バス、クラウス、ヤムヤル、フレディ。
強力な古代語魔法や暗黒魔法の前に、ずっと苦楽を共にしてきた仲間たちの命が、呆気無く消された。
もっと他に、やりようがあったのではないか。
全員生還出来る道があったのではないか。
今でも、そんな考えに苦しめられる。
戦術が悪かったのか、運が悪かっただけなのか。
いくら悩んでも、答えは一向に出ようとしなかった。
仲間を失うのは、初めての経験ではない。
ノリス、そしてすぐ最近イリーナが死亡し、蘇生を受けたばかりなのだ。
だが――今回、皆は蘇生を受けられなかった。
元々、リザレクションの魔法はそう簡単に受けられるものではない。
いくら救国の英雄とはいえ、これだけの大人数を蘇生させてくれなどと頼めるはずがなかった。
しかも元凶を滅したとはいえ、未だオーファンは混乱が残る状態。
最高司祭のジェニは民の不安を鎮めるために奔走しており、更に彼女と自分たちを繋ぐコネクションを持つガルガドも死亡している。
イリーナを蘇生してもらえたのも、その後の依頼を見越した特例だった。
だから――ボロボロの二人は、諦めざるを得なかった。
かくして。
ヒースとマウナは、大切なものをたくさん失う結果となった。
「ん……ヒース、もっと舐めて」
「こうか?」
「あんっ! ……いいの、そこ……」
エルフの血を継いでいるにしては豊かさを誇る乳房、その乳首をじっくりと舐られ、マウナは熱い吐息を漏らす。
夜の帳は既に落ち、梟の声が聞こえる薄暗い部屋の中。
裸のヒースと裸のマウナが、淫らにまぐわっていた。
「今日はまた、ずいぶんと感じているじゃないか」
「だって……」
「……分かってる。寂しい想いをさせた分、いつもより気持ち良くさせてやるよ」
ぬちゅり、と水音を立てるヴァギナに突き刺さったペニス。
それを揺り動かし、ヒースはベッドに組み付したマウナを攻め立てる。
「あんっ、ヒース、ヒース!」
「くっ……イクぞ!」
やがて耐え切れなくなったヒースは、膣内の最奥で射精した。
ぎゅう、と両手両足でヒースに抱きつき、マウナもまた、絶頂に身を委ねる。
「うっ…………はぁ」
「ね……ヒース、もっと」
「……ふん、この発情エルフめ」
文句を言いつつも、ヒースはまた腰を動かす。
金色に光る髪を振り乱し、マウナはまた、悦楽へと堕ちていく。
――失うものが大きすぎたのだ。
心の壊れてしまったマウナを見て、ヒースは一つの決断を迫られた。
生まれ育ちのせいか、元より仲間意識の強い女だった。
ノリスが死んだときも、イリーナが死んだときも、誰よりも悲しんでいた。
その繋がりが、育んだ絆が、一斉に断ち切られてしまったのだ。
養父母がいなかったら――そして、自分が生き残らなかったら、本当に発狂してしまっていたかもしれない。
マウナは、自分の近しい存在がいなくなることを極端に恐れるようになってしまった。
自分の視界から外れただけで、耐えられないほどの恐怖に襲い掛かられる。
だからマウナは、青い小鳩亭から出られない。
ヒースも、それに付き添う形で、開店から店仕舞いまで入り浸ることになった。
最後に残った繋がり――養父母とヒースが傍にいることで、マウナは何とか表面的に持ち直すことは出来た。
だが、今でも長時間離れることは許されない。
それだけで精神を大きく乱し、幼い子供のように癇癪を起こし、泣きじゃくってしまうのだ。
あまりにも哀れな、戦いの傷跡だった。
それは、ある晩のことだった。
ヒースがバンパイア討伐における様々な事後処理のために王命で城へ赴き、大急ぎで小鳩亭へ戻った日のこと。
無表情なマウナに酒を勧められ、まさか断ることも出来ずに何度も煽り。
ギルドの宿舎に帰れなくなるほどに酔い潰れ、仕方なく空いている部屋を借りて。
そして、マウナに襲われたのだ。
男の心を繋ぎ止めるために、女が自らの身体を使う。
そう珍しい話ではない。
だが、マウナがそこまで追い詰められていた事実が、ヒースはとても悲しかった。
「いいのか。あの色ボケ動物に触れなくなっちまうぞ」
「気なんか使わなくてもいいわよ」
ヒースは、一つの決断を迫られた。
結果として、マウナがずっと大事にしてきた処女を頂いてしまったのは――
――きっとヒースも、ひた隠しにしていただけで、心に決して小さくはない傷を負っていたからなのだろう。
まるで砂上の楼閣。
崩れ落ちるのは時間の問題なのかもしれない。
だがマウナも、そしてヒースも、もう掌に残った僅かな欠片を、失くしなくは無かった。
「ぁん……ぅんっ! あっ、あっ……んんっ!!」
マウナの艶やかな喘ぎ声。
まさか、こんな声を聞くことになろうとは。
ヒースは顔を寄せ、唇を重ね合わせる。
「ん……ちゅっ、んむっ…………」
嬉しそうに、マウナもそれに応じる。
口内で絡みつく舌と舌。
息苦しさが快感を呼び込み、二人を高め合う。
「くっ……」
「あ……イキそう……?」
射精の予兆を股間に感じ、ヒースは挿し込んでいたペニスを引き抜こうとする。
だがマウナはがっちりと両足で蟹挟みをし、ヒースを逃がそうとしなかった。
「……あまり中出しばかりしてると、そのうち妊娠してしまうぞ」
「ヒースとの子供か……それもいいかもね」
邪気の欠片も無い笑みを、マウナは浮かべる。
――子供もまた、絆の一つになるからか。
あの戦いの前だったのなら、冗談じゃないと怒り狂っていただろうに。
「っ……!」
「ぁ、んぁぁっ! …………ヒースの精子、来てる……」
びゅっ、びゅっという脈動と共に、ヒースの剛直が白濁液を吐き出す。
それを胎内で受け止めて、マウナは淫蕩な表情を浮かべた。
「流石に、これ以上は出来ないからな」
ペニスを秘裂から引き抜き、ヒースはベッドに倒れこむ。
ごぼり、と精液を溢れさせながら、マウナはヒースの投げ出された腕を枕に、いそいそと隣に寄り添った。
「暑苦しい、離れろ」
「やだ」
「やれやれ。エキューかクラウスが天国から見てたら、呪い殺されそうだ」
「……」
自然に呟かれた言葉に、マウナが顔を伏せる。
……失言だったか。
ヒースは冷や汗を流すが、顔を上げたマウナは苦笑を浮かべていた。
「そうかもね」
「お……」
普通な反応に、ヒースは内心驚きを隠せない。
今までが今まで、マウナの前で死んだ仲間たちの話をするのは、ある種のタブーとなっていたから。
「……どう思ってたんだ、あの二人のこと」
「クラウスさんはとても優しくて、いい人だったわね。
エキューも……あの耳フェチ具合には辟易としたけど、慕われるのは、存外悪い気分じゃなかったわ」
「そうか」
「妬いてるの?」
「何故俺様が妬かねばならんのだ」
むっつりとした顔でヒースが言う。
それを受け、マウナ寂しげに笑う。
「……ねえ。私とこういう関係になったこと、後悔してる?」
「何を言い出すんだ?」
「まぁまぁ、いいから。答えてよ」
ひょっとして、彼女の精神状態が少しずつ回復しているのかもしれない。
だが、まだ分からない、ちょっとした刺激でどういう風になるのか。
……だとしたら、ここは話の流れに乗るのが上策か。
ヒースは頭の片隅でそう計算しながら、マウナの質問に答える。
「ふん……まぁ、お前はいい身体してたからな。それを自由に出来るというのは、なかなかいいものかもしれん」
「ヒースらしい言い方」
くすりと笑うマウナ。
何だか急に恥ずかしくなって、ヒースは視線をそらす。
「そういうお前は、どうなんだ。クラウスやエキューのこと、どう思っていたんだ?」
「私? そうね……」
尋ねられ、マウナは悩んだ顔をした後、少しずつ語り出す。
「貴方達が色々とお節介を焼いてくれたおかげで……まぁ、クラウスさんとはちょっとしたトキメキを感じたりしたわ。
エキューも……まぁ、これはどっちかっていうと、手のかかる弟って感じだったけど」
「ふん、感謝するんだな。嫁の貰い手も無い30代の女に男を作ってやろうとしてやったのだ。褒め讃えろ」
「馬鹿言ってるんじゃないわよ」
ヒースの胸板をこつんと叩き、マウナは楽しげに笑う。
「ヒースってば、やっぱり分かってなかったんだ」
「あ? 何の話だ」
「私、クラウスさんのこと好きだったけど……それよりもっと、ヒースのこと好きだったのよ?」
「………………は?」
思考が止まる。
「ば、馬鹿も休み休み言え。あれだけ、俺に対して問答無用で暴力を振るっておいて」
「そりゃ、ヒースがいちいち私を怒らせる言動を繰り返すからでしょうが」
「む……それが、どうして俺を好きになるということになるんだ。もしかしてマゾなのか?」
「……だって、ヒースが一番構ってくれたから」
「あん?」
恥ずかしそうに言うマウナに、ヒースは首を傾げる。
「私、ハーフエルフだから、村人たちに嫌われてて……ずっと孤独で」
「……」
「でも、ヒースはそんなこと関係無しに、私に構ってくれて……
そりゃ、初めは私をいじめる奴らと同じ嫌な奴なんじゃないかと思ったりもしたけど……
でも、実は照れ屋なだけで優しい奴なんだって気付いたりして」
「お、おい」
「だから、私、ヒースがずっと好きだったのよ。まぁ、伝える気も無かったし、伝わってないことは分かってたけど」
「お、お、お……」
「あ、やだヒースってば顔真っ赤。もう、本当に照れ屋なんだから」
「う、うるさい!」
ヒースは横で微笑むマウナから、顔を背ける。
その際、腕枕からマウナの頭を落としてしまわないよう気を使うあたりが、ヒースのヒースたる所以か。
「お、お、俺は……はっきり言ってしまうが、お前を好きっていう、わけじゃ……ない」
「うん、知ってる」
「だが……好きだと言われて、何も感じないほど、朴念仁なつもりも……ない」
「あ……」
ヒースの股間のイチモツが復活しているのを見て、マウナは小さく笑った。
「いいわよ、もっかいしましょ」
「くっ……何だか手玉に取られているようで、シャクだ」
「…………ごめんね。色々、迷惑かけて」
「あ、いや」
突然素直に謝られ、ヒースは思わずたじろぐ。
「でもヒース、最初の時に、私のことちゃんと抱いてくれたから……嬉しくて、甘えちゃって」
「……甘えたのは、きっと俺のほうもだ」
「うん。凄く、悲しかったからね……」
大切な仲間を失って、辛くて、何かかもから逃げ出したくなって。
だから、互いに縋り付いたのだ。
「でも、いつまでも悲しんでばかりはいられないからね。それこそ、イリーナたちに怒られそう」
「ふ……確かに、あいつならな」
いつだって元気だった少女を思い浮かべ、二人は苦笑する。
「ね……ヒース。ヒースはこのまま、私とこういう関係で居続けるのは……嫌?」
「……さぁな。ただ……」
「ただ?」
「今、お前とセックスしたいとは、思っている」
腕を伸ばし、クリトリスを弾く。
びくり、とマウナは身体を震えさせる。
「あんっ!」
「先のことは後で考えるさ。今はまだ、この関係のままで……まぁ、勘弁してやらんこともない」
「なんでそこで、偉そうにするのかしら」
全身を愛撫されながら、マウナは笑う。
股を開き、ヒースのモノを自分のクレパスに誘導させる。
「……ずっと、中出しばかりだったな」
「そうね、繋がりがもっと欲しかったから……」
「……子供が出来ていたら、覚悟を決めないこともない」
「え…………あぅん!」
奥深くまで突き上げられ、マウナは嬌声を上げる。
「ふん、淫乱エルフめ。飽きたら捨ててやるからな、覚悟していろ」
「ぁっ、んんっ……じゃあ、一生飽きないように、私の身体で虜にしてあげるわよ……」
そして二人は、また性交に没頭する。
傷の舐め合い、そこからちょっとだけ進んだ関係で。
失ってしまったものは、とても大きい。
だけど、新しく手に入ったものもあった。
二人は、それを、とても大事にしていきたかった。
後日――
妊娠の発覚したハーフエルフの告白に、ついに覚悟を決めた導師の姿があったらしいが――
あくまで、噂話である。