「さすがに……疲れたな」
ぎしりと音を立てて、フードを被った男がランプの灯りの中で上等なベッドに腰掛ける。
下ろしたフードから現れたのは日本の黒くて大きな角――人類の天敵であるドレイクの特徴を示す物だ。
本来ならば人類の街に入り込む事すら叶わない筈の存在であったが男――アンセルムは人類に味方する事を選択し、良き仲間に恵まれ、幸運にもこのリリオの街に居場所を得る事が出来たのだ。
リリオの街の有力者であるウルゲンに用意された個室は、クリフと二人で野宿をしていた頃から考えれば――いや、故郷で落ちこぼれと蔑まれていた頃を含めても上等な部屋で、ベッドは柔らかく疲れた体を優しく包み込む。
などと考えていると、コッ、コッと扉を叩く音がした。
「私なんだが――その、入ってもいいか?」
少し躊躇いがちな声は、ここ数日で大分聞きなれた仲間――エリヤ・キングフィッシャーの声だ。
「ああ、構わないが……どうかしたのか?」
「それはだな……その……は、入ってからでいいか?」
問題ない、と告げると一瞬の間を置いてエリヤが入ってきた。
男と言っても通るほどに短く刈り込んだ金髪と対照的に大胆に切り詰めたミニスカート、大きめに開いた胸元、彼女のトレードマークでもあるエメラルドグリーンのマニキュアといったフェミニンな服装がアンバランスな魅力を発する少女だ。
(まぁ……確かにクリフが夢中になるのもわからなくはないが)
姫騎士フェチ(人類の言葉はアンセルムにとって難しい所もあり、未だにこれが何を意味しているのか正確には理解していなかた)な親友を思い浮かべ、我知らず苦笑する。
「え、あ……その、何か格好とか変、だったか?」
服装を笑われたと思ったのか、エリヤが顔を赤らめて胸元を手で隠す。
「あ、いや、すまない。クリフの事を何となく思い出しただけでな。他意はないんだ」
慌てて言い繕ったところ、エリヤは少しほっとしたようだった。
「ところで、要件は――」
「そ、その事なんだが……遺跡で私はお前を殴ろうとしてしまっただろ?その事について、お前にちゃんと謝ろうと思って……」
「その事なら良いんだ。人類ならむしろそうするのが当然だろう?」
蛮族には余りない類の生真面目さだが――アンセルムにとって悪い気はしない。
「い、いや……それでは私の気がすまないんだ。だ、だから……」
そこまで言って、意を決したようにエリヤが、アンセルムも腰掛けているベッドに手をかけ、ずいっと乗り出してくる。
「?何を……っ!?」
びくり、とアンセルムの体が跳ねる。
エリヤの右手がアンセルムの股間に添えられたのだ。
「お、おい!?」
「その……ウィストに、どうすれば誠意が伝わるか相談したんだが――」
話しながらも、エリヤがおずおずとアンセルムの股間をズボンの上から撫で上げる。
ウィストも仲間の一人で、世間知らずの癖に高級娼婦としての教練を受けている。
その彼女に相談すれば確かにこのような結論になっても不思議ではないのだが――いや、妙なところで納得している場合ではない。
「こ、こういうの初めてだから、至らない所もあるかもしれないが……」
相当恥ずかしいのだろう、耳まで赤くして視線を逸らしながらアンセルムのズボンを下ろす。
弾かれたようにアンセルムの陰茎が跳ね上がり、エリヤの手に当たる。
それに反応して、思わずそれを見てしまったエリヤが目を丸くする。
「……だ、男性のは、みなこれくらい大きい、のか……?」
「い、いや、大きくなったのを比べた事は無いから良くは知らないがっていや、そうじゃな……っ!」
「あ、す、すまない!!痛かったか?」
エリヤが慌てて顔を上げる。
話しながら、エリヤが握り締めたのだ。
恐る恐るといった風情のそれが痛いほどのものであるわけが無かった。
むしろ、男二人でしばらくの間旅していたのだが、その期間中に自分で処理する程の暇も無かったし、余裕も無かった。
それは今の仲間達と合流してからも事情は変わらない。
有体に言えば、溜まっているのだ。
加えて、そもそもアンセルムにこうした経験は無い。
故郷で鍛冶の師匠の孫娘とは確かにほのかな心の交流はあり、お互いに好ましく思い合う仲であったが――結局、一線を越える事は無かった。
そうしたわけで、エリヤのしっとりとした小さい手で柔らかく握られた、ただそれだけでアンセルムは絶頂しかけたのである。
「あ、いや――大丈夫だ」
「そうか……。つ、続けるぞ」
そう言って、エリヤはおずおずとその手を上下させる。
テクニックも何もない、単調極まりない上下運動だ。
だが、それでも今のアンセルムにとっては充分な凶器だ。
理性では、エリヤを止めなくてはならないと感じているのに、頭の芯が痺れてその理性が上手く働かない。
流されるままの自分に苛立ちを感じながら、竿を行き来する指の腹の感覚に身を委ねるしかない。
「あ……これはウィストから聞いている……。き、気持ち良くなってきたという証拠だな――?」
鈴口から透明な粘液が溢れ出し始めるのが感覚でわかる。
すう、とエリヤの人差し指が尿道口に触れ、そのまま亀頭を通過し粘液を竿に塗りたくる。
その動きに反応してまた湧き出てくる我慢汁を、今度は親指が掬い取っていく。
「こ、このくらいで良いのかな……」
僅かな光を映して、てらてらと全体が光る程に塗りたくられたそれを再び握り締め、性処理を再開する。
ぐち、ぐちとほの暗い部屋の中に濡れた音が響き、アンセルムを耳からも責める。
機械的なエリヤの責めだったが、その分途中で止めて焦らすような事も無く、射精に一直線に向かわせる。
「――ッ、限界、だ――ッ」
「……え、あっ、えっ……!?」
アンセルムの声と、手の中で脈打ち、暴れ出した陰茎に思わず驚き、エリヤが手を離してしまう。
次の瞬間、はじけるように白濁液が迸った。
エリヤの手を、あるいはのしかかるようにしていたその腹を、アンセルムのズボンを、ベッドのシーツを、床を、全てを濡らして余りある量のそれが滴り、広がり、独特の臭気が部屋にこもる。
「こ、これが男性の……なのか――ん?」
初めて見る射精に驚いた様子のエリヤが、ふと視線を下げる。
そこには、未だに屹立したまま萎える様子を見えないアンセルムの分身が、物足りなさを主張していた。
「あ……その、なんだ。悪い」
決まり悪そうにアンセルムがぼそりと呟く。
「いや、いいんだ……ふふ」
エリヤが嬉しそうに笑みを浮かべる。
「ど、どうかしたのか?」
「いや……お前に謝られる側になれたか、と思ってな――こう言ってはなんだが、借りを少しは返せた気がして、ちょっとほっとした」
改まって指摘されたのが恥ずかしいのか、照れくさそうに舌を出して言う。
「ま、まあ……その、あれだ。まだ足りないなら遠慮するな。驚いてしまって最後まで出来なかったし、まだ色々と教わっているし――」
そう言いながら、その場にエリヤがひざまずき、左手を陰茎に添える。
何をしようとしているのか察したアンセルムが、慌てて止めようとする。
「お、おいやめろ!汚いぞ!」
「大丈夫だ――私は気にしない」
微笑みを浮かべ、エリヤがゆっくりと亀頭を口に含む。
射精したばかりで敏感なそれが歯に柔らかく擦られ、舌に押し付けられ、熱い吐息を受け止め、アンセルムの性感が再び強く刺激される。
そのままエリヤは頭を上下させ、責めを再開する。
慣れていないせいか、口の端から涎が零れるのを上手く止める事ができず、じゅるじゅると音を立て唇と舌ですくい止めようとするその動きが快感を導く動きとしても作用する。
「――ッ、くっ……」
「はむ、ん……じゅる、ちゅ……ん――」
思い出したかのように頬をすぼめ、ペニス全体を口で包み込む。
「んむ……じゅ、はぁ――ど、どうだ……気持ち良い、か?」
上気した顔で、エリヤが尋ねる。
深緑色の瞳が、短めに刈り込んでいる前髪に遮られることの無い視線が、上目遣いにアンセルムを見つめる。
恐らくは変な味がしたのだろう、少し潤んだ瞳がアンセルムの欲情を募らせる。
「――あ、ああ……」
それを聞いて満足そうにエリヤが奉仕に戻る。
だが、その時アンセルムがその瞳に見た者は、エリヤその者では無く――
びくん。
再び、今度はエリヤの口の中でアンセルムが暴れまわり、アンセルムの理性を白く塗りつぶす。
「ふっ!?ん、んむ、じゅぷ……んっ!」
今度は絶対に離すまいと、必死にエリヤが口をすぼめる。
「す、すまない――ッ、射精る――ッ!!」
頭の中で白い火花を散らせながら、意識の半ば以上を快感に塗りつぶされながらアンセルムが叫ぶ。
僅かにうなずき、エリヤが懸命に舌を尿道に這わせ、唇で雁首を擦り、また深く飲み込む。
次の瞬間、限界が訪れた。
「むぅっ!んっ、んむーーーーーーーーっ!!」
「――ッ!」
アンセルムが吼えた。
無意識に。
誰でもない、この世で最初に愛を教えてくれた人族の少女の名前を。
目の前で必死にアンセルムを悦ばせようと、ありったけの勇気を振り絞って部屋を訪れたはずの少女ではない名前を。
「あ……」
唇から精液の糸を引き、顔を上げたエリヤが呆然と呟く。
「あ、あ……」
たらり、と口の端から白濁液が零れ、次の瞬間、それを洗い流すかのように瞳から大粒の涙が次々と滴り落ちた。
何か言おうとして、精液が喉につまったのかエリヤがむせる。
アンセルムも罪悪感で何も言い出す事はできない。
エリヤがアンセルムのそれを必死で飲み下しきるまでの奇妙な沈黙。
――
「す、すまない……お、お前には思い人が、いたんだ、な……」
やっとの事で、エリヤが言葉を搾り出す。
「そんな事も分からず、勝手に一人で暴走して……最低、だな、私。――これではただの、自己満、足だ……」
袖口で涙を拭いながらうつむいて呟く。
「す、すまない――だが……」
アンセルムも何かを言おうとするが、エリヤが手で制する。
「いや、いいんだ……。今日のことは忘れて、くれ。本当に――すまなかった……」
立ち上がって、踵を返すエリヤ。
「ま、待ってくれ!!」
その腕を、アンセルムが思わず掴み、引き寄せる。
「ひゃ、ひゃあっ!?」
急な事にバランスを崩したエリヤが横向きに倒れこむ――アンセルムの胸の中に。
「な、何を――んむっ!?」
自分でも何でそうしたかのかわからない。
ただ――ただ無性に目の前の少女を離したくなかったのだ。
何とかして自分を喜ばせようと健気な努力をした少女を。
一般的な人間社会で生き続けてきた人族で始めて自分を受け入れてくれた少女を。
多分、ただ愛おしかったのだ。
少なくとも今この瞬間は、誰よりも。
だから――。
ゆっくりと、エリヤの後頭部にかけた手を離し、彼女の唇からは自分の唇を離す。
「オレも……お前の事を考えなかったって事だ、な……」
アンセルムが少し決まり悪そうに呟く。
エリヤが呆気に取られたような表情になり――
「……これもウィストに聞いていた通りだ――バカだな、君は」
花のように微笑み、アンセルムの背中に手を回した――。
――
なお、翌日街の近辺に出没した魔物討伐の依頼の際にアンセルムが背後からクリフに射撃されたが、恐らくは偶然の誤射であろう。
(完)