地下三階。決して陽の差さぬ地下牢にも夜は訪れる。そして――
カツーン カツーン
ゆっくりと密やかな、だが隠し切れない足音が降りてくる。今夜も。
牢にわずかに差していた守衛の灯りが翳り、一瞬だけ訪れる闇。その闇が晴れれば其処には、煌びやかなドレスで着飾った美女。地上では見ることの叶わぬ姿。
「叔父上……」
そっと牢の中へと語りかける。だが、牢の中からの声に温度は無い。冷たささえも。
「最前」見えないであろうことはわかりながらも指を差す。「昨日入れられた輩が脱獄しおった。幾人かの仲間に連れられ守衛の前を通ってな。白昼堂々脱獄とは帝国の威信も墜ちたものよ」
言外に至らなさを責められる。
「背負う荷が重いなら降ろすがよい、セラフィナ」声に悔悟の苦渋が混じった。「余がそうしたようにな」
「叔父上……」
背後の光が増した。看守だ。ランプと内側の鍵を渡すと、牢の錠を外す。それがゆっくり開かれた隙間から、セラフィナが中へと滑り込んだ。看守はまた牢に錠を降ろし、持ち場へ戻る。
セラフィナは渡された鍵を使って内側の錠を外す。重罪人の牢の錠を。
「よせ」力無く言うが、セラフィナはやめない。「もう此処へは参るな。強く在れ、セラフィナ」
だがセラフィナは応えない。黙ったまま鉄格子を開け、入る。
「強く在るのだ、セラフィナ。余の頸を刎ねられる程に」
セラフィナは鉄格子を後ろ手に閉じた。
「妾は既に強く御座居ます、叔父上。叔父上の頸を刎ねぬ程に」
「セラフィナ……」
「脱獄は妾が手引きなれば、帝国の威信に揺らぎは御座居ません」
「………………」
「あれは騙されただけの愚かな異邦人。ミスティン捜索に役立たせる為の茶番劇。妾には」顔を上げて叔父の目をまっすぐに見る。「荷を降ろす意志は御座居ません」
「ならば……」苦味を含んだ声。顔を伏せて。「ならば、もう此処へは参るな」
その頬を両手で挟み、顔を上げさせる。逃れるように逸らされる目。だがセラフィナは構わない。
「いいえ叔父上。妾は何度でも参ります、貴方を此処から出せるその日まで」
衰弱した男に口付ける。十数年を闇の中で過ごした男の舌は弱々しく、だが明らかに応えてくる。闇の中の唯一の現実を求めて。伸ばされる両の腕。弱々しく。
二十年待ったのだ。
五歳の時に養家に出されて以来、再び逢うその為に勉強した。身体も鍛えた。あらゆる苦難に耐えて努力してきた。年に一度のパレードで遠くから垣間見るその姿を心の支えに。再びその胸に飛び込む日を夢見て。
だが十二歳という帝国史上最年少で復家した時には、既に叔父は投獄されていた後だった。皇位継承権第一位という肩書きは、何の役にも立たなかった。逢うことすら、窺い見ることすら許されなかった。
そして二年前に父が、前皇帝が崩御。皇位を継承し皇帝となった。セラフィナが皇帝として最初に行なった仕事は、牢獄の視察。二十年ぶりに見た叔父は変わり果てていた。
看守を替え、改装し、陰影領ゴラから奴隷コボルドを購入して、境遇を大幅に改善した。
だが、出来ることはそこまでだった。皇位を以ってしてもなお、皇帝の権限を使ってもなお、叔父を牢から出すことは出来なかった。セラフィナの養家は完璧な仕事をしたのだ。
「叔父上……」
揺れながら胸に吸い付いている男に声を掛ける。だが返事は無い。聞こえてはいないのだ。
「叔父上……」
もう一度呼びかけ、その腕に包み込む。
セラフィナは知っている。如何なる大罪を犯そうとも赦す法――恩赦があることを。皇帝が結婚すれば、地下三階の罪人でさえ釈放出来る恩赦を出せることを。
「妾は既に強く御座居ます、叔父上」
無我夢中で往復する男根を膣内で感じながら、囁いた。
「貴方の頸を刎ねぬ程に」