「アンセルム。あの軟弱者め……」
額から赤い血を流して、美しい黒衣のドレイクが呟いた。
アンセルムの兄ギュスターヴは、実は女性だったが男装していた。
何人ものバルバロスの英雄を輩出した家系を継ぐものが、彼女と出来損ないの弟しかいなかったからだ。
そのため勉強や剣技も人一倍努力し、優秀な成果を出した。
実力を認めてさせバロネスの地位につこうとしている。
暴力と足の引っ張り合いに終止する、この過酷なバルバロス社会では強くなければ、生きていくことはできない。
出来損ないとして生まれたアンセルムも同様だ。
しかし、あれは逃げる素振りをみせた。バルバロス社会から、家系から。
そのため、たまには“アンセルムお気に入りの肉”で、もてなしつつ
説教のひとつもしようと試みたが、それがどうやら裏目にでたらしい。
ギュスターヴは、食卓に並べられた“肉”を睨みつけた。
出来損ないのドレイク、アンセルムは、己より弱い人間に好意を持った。
弱い人間。食肉として街に放たれ、飼い殺しにされている人間。
あれは、いつも逃げ続けていた。
今日のように――。
密かに手作りした、彼女の心尽くしの食卓を
これを肉ではない、人だと言ってアンセルム激昂し、飛び出していった。
「……愚か者め」
白い額からから血が滴り落ちる。魔法を唱えれば、傷は癒えるだろう。
だが、出来損ないとはいえ、たった一人の弟に斬りつけられ
罵倒された痛みは、なかなか消えようとはしなかった。