『聖なる夜に』
ららら〜、らんら〜らら〜♪
ある日の昼下がり、台所から鼻歌交じりに甘い匂いが漂ってくる。
「お姉ちゃん、凄く嬉しそうにケーキなんて焼いて、何かあったの?」
ナイトメアの少女は、珍しくお菓子を作っている姉を訝しんだ。
昨晩は夜明けまで忙しかった為、匂いに釣られなければ夕方まで寝ていたところだ。
「何かって、ソラ、あなた忘れたって言うの?!」
少女の姉、エルフのエアはさも不満そうに言った。
「今日はルーフェリア様が神になられた記念すべき日じゃない! 毎年祝っているでしょ!?」
ルーフェリアは彼女が信仰する神である。
「そう言えば、毎年今くらいの時期にケーキ作ってたね。この時期って賭場が盛り上がるからあたしの勝ち祝いだと思ってた」
生贄の人柱にされた少女が神になる。
この奇跡は、賭場が盛り上がる程度には賭け事をする人にとってもあやかりたい幸運なのだろう。
「ソラ! あなたはルーフェリア様の日を何だと…」
「あ、ルーちゃん」
エアが妹を注意しようとした矢先、ルーが居間から出てきた。
「わたしのこと…呼んだ?」
小さいけれど、よく通る声が響く。
「ううん。ルーフェリアさまのお話をしてただけだよ。今日が神さまになった日なんだって」
「そうなの?」
少女と呼べるソラよりも幼い少女は小首を傾げている。
「だよね、お姉ちゃん?」
今度はソラが姉に向かって小首を傾げる。
「ええ、そうですよ、ルー様」
エアは二人の仕草が可愛くて抱きつきたくなるのを堪えながら答えた。
「と、言うことはルーの誕生日とも言えるな」
ルーと同じく居間で寛いでいたジークが口を挟む。
「誕生日って言うなら、ルーちゃんが拾われた日が誕生日じゃないの?」
ルーはルーフェリアの化身であり、誕生時、意識の無い状態でライフォス神の信者夫婦に拾われた。
故に、本来ならばその日が誕生日と言えるだろう。
「いえいえ、お祝いできる日が多いのは良いことです。今日を第二の誕生日にしてしまいましょう」
何時の間にか台所にいたルーンフォークのメッシュが、主人であるジークに賛同する。
「いいの?」
「ええ、良いですとも。今日はルー様の日でもあります。さ、遠慮なさらずになんなりと仰って下さい。何でもしてご覧に入れます」
再び可愛く小首を傾げたルーに、エアは妹に突っ込みを入れる時以上の速度で反応する。
ルーフェリア神の高司祭であり狂信者であるエアにとって、その化身であるルーは絶対である。
「じゃあ…」
ルーは唇に人差し指を当てて少し悩んだ後、
「ジークと…」
上目遣いでエアを見ながら言葉を続けた。
「くっ!」
エアが怪物に瀕死の重傷を負わされたような反応をする。
ルーフェリアの化身であるルーがジークと恋仲にあることは、彼女にとって色々な意味で最大の懸念事項であり、ジーク側を邪魔したことは一度や二度ではない。
しかし。
今回はルーから、しかも自分で何でもすると言ってしまった。
これがどれほどのダメージであるか妹であるソラには理解できた。
だから、
「お姉ちゃん、神さまに嘘付くの?」
苛めっ子の牙を剥いた。
「むぐぐ……分かりました。ジーク、今日だけは許します。今日だけはっ!」
エアの苦渋の決断にその場に居合わせた者は皆、苦笑した。
一人を除いて。
「…ッシュと、皆でお祝いして欲しい……駄目?」
丁度お願いを言い終えたルーを除いて。
「「「「へ?」」」」
何が起きたのか分からず、四人は呆然とした。
考えてみれば当然のこと。
ルーにとって誕生日を祝って貰うこと自体が初めてだったのだ。
だから大好きなジークとの事よりも、祝って貰えること自体を求めたのだ。
「駄目なんてことはありません! さあ、皆ぼさっとしない。ほらソラとメッシュは手分けして買い物。ジークはルー様と一緒に出かけてプレゼントでも買ってあげなさい。私はその間に料理とか準備しとく!」
喜び勇んだエアが仕切り、その晩、なし崩し的にパーティが行われた。
エアの作ってくれた料理も、メッシュの微妙に失敗した手品も、ソラのエッチなためになる話も、ジークが選んでくれたプレゼントも、全てが初めての誕生日を美しく彩っていた。
信仰によって生まれた彼女を神の化身としてではなく仲間として、妹として、恋人として愛してくれる彼らこそがルーの一番の宝物。
けれど最高の宝物に囲まれた華やかな宴にも、やがては終わりが来る。
窓から差し込む月明かりのみの部屋で、一組の影が重なり合う。
祭りと言う名の幻想は終わり、残るのは恋人達の現実。
酔い潰れたナイトメアとルーンフォークに紛れ、生命力溢れるエルフが息を殺して呟いた。
「今日だけ…今日だけだからね……」
長い耳をたたんで布団に潜り込んだ。
…甘い声は一晩中、室内を響き渡った。
TheEnd