―――今宵再び歌いますは、へっぽこと呼ばれる英雄の物語。  
    身に人外の力を秘めた神官戦士に、尊大小心天才魔術師。  
    この二人の少しかわった契りの色語り。  
    それを取り巻く仲間たちの歌語り。  
    さて、皆様。  
    今しばらくのご静聴を、  
    そして私が無事に歌い終えることができるよう、  
    芸術神の加護をお祈りくださる事をお願い申し上げまする。―――  
 
 
※        ※        ※        ※        ※  
 
 
ランプの光に照らされた部屋に、5人の男女が思い思いの場所にいる。  
少女は最奥の壁に背をもたれさせ、不機嫌そうな表情で腕を組み、目を閉じていた。  
ハーフエルフの青年は、まめまめしくテーブルにお茶セットを広げ、準備をしている。  
ドワーフの女性は椅子に座ってリュートをかき鳴らしつつ、落ち着いた声で歌を奏で、  
入り口付近では少年が無骨な鎧につけられた、大剣 ――これは人が持てる物なのだろうか―― の  
ベルトをはずしている。鞘にある飾りが、ランプの光を受けてきらりと輝いた。  
その少年の横、入り口のドアの目の前では、女性が視線を動かして全員の位置を確認すると、  
手で複雑な印を結び、呪文を唱えはじめた。  
その動きは熟練したもので、それでも慎重に慎重に、動きと呪を紡いでいるのが古代語魔法に疎い者でも判る。  
やがて、丁寧に織られた呪が終わった。  
最後の、鍵となる言葉が声に乗る。  
 
【ディスペル・マジック】  
 
音が、力が、空気中に、部屋中に広がる。  
個々に働いていた魔力が打ち消されてゆくのを、魔法が使える全員が感じ取った。  
 
 
 
ExCHANGE [LUV]  
 
 
 
「で、なにか弁解することは」  
薄暗い中で少年の声が響く。  
「……」  
落ちる沈黙。  
「い・う・こ・と・は?」  
声が冷たい。  
「えーと、ありませんです。はい」  
低めな女性の声が、その声に押されたように答える。声には若干のあせりの色。  
「まったく。素直に言ってくれればみんなを巻き込むことも無かったんですよ。兄さん」  
少年が、答えを返した女性に、説教口調で語りかける。目の前にいるのは女性なのに、なぜか呼びかけの  
呼称は『兄さん』だ。  
「だから、責任とって俺が【解呪】しただろうが」  
先ほどまでとは一転して開き直った尊大な口調、一人称は『俺』。その台詞を発したのは後ろで淡い金髪  
を結い、グラマラスな体を男物の服で包んだ、皮肉っぽい表情さえ除けば美しい女性だ。その姿に『俺』は、  
あまりにも違和感がある。  
「で、私と、兄さんがまだ戻っていない原因は?」  
「……オレサマの精神力不足と有効範囲の読み間違いであります」  
しかし、言葉にブレは無い。男言葉のせいで、しっくりと一人称がはまっている。  
「まあ、兄さんのことだから、みんなに馬鹿にされるとでも思ったんでしょうね。いつも自分が昔のことで  
 マウナをからかっているから、それは自業自得です」  
大正解。少年があきれたようにため息を付き、ガコン!と鈍い音を部屋内に響かせてから、立ち上がる。  
 
言葉遣いは丁寧だが、そこかしこに女言葉が入っているのが変だ。  
よく見れば、ファリスの神官服の下は、ミニスカート。確かに少年の顔は幼さを残したもので、顔の造作は  
少女といっても信じるものがいるかも知れない。  
しかし、しなやかではあるが、明らかに少女とは描くラインが違う、筋肉質の足と腕には、スカートなんぞ  
似合わない。というより、履くもんじゃない。  
その傍らには、少年の身の丈ほどもある、グレートソードと分厚い鎧の塊がおいてある。それをよく鍛えら  
れた腕で軽々ともち上げ、場所を移した。邪魔だったらしい。  
女の子のようなしぐさでブーツと靴下を脱ぎ、ベッドの上で胡坐をかいて不貞腐れてる女性の隣に腰掛ける。  
「私は女の子なんですよ!何が悲しくて、一晩だけとは言え、男として過ごさなきゃなんないんですか!」  
じと目で言い放つ。口調も冷たいが、目はもっと冷たい。表情は更に冷たい。  
「そんな事言ったら、俺は今日の朝…いや、おそらく昨日の夜からだぞ!俺だって災難だ」  
 
まあ話の内容がわかってしまえば、しぐさや口調のそぐわなさの理由なんて簡単なことで。  
「それは仕方ないですね。自分で持ち帰ったワインに引っかかって――」  
この世界には性別転換を起こさせてしまう魔法薬(この薬は毒薬に分類される)がある。  
それそのものか、その亜種に引っかかったのだろう。  
解除するにはその薬を再び摂取するか、魔法の力が働いているため【解呪】の呪文で無効化するか。  
「その上、解除呪文に失敗して。で、私には風邪といってごまかして、そ知らぬ振りして依頼人として、  
 みんなをこっそり巻き込んで」  
本来、魔術の技術だけなら導師級のヒースならば、よっぽどでない限り解除に失敗するはずが無い。  
しかしなぜかあっさり失敗し、仲間をこっそり巻き込んで薬を手に入れ元の体に戻ったものの、再び引っか  
かって今に至る。  
 
【眠りの雲】といい、【解呪】といい、なんで初歩的な呪文ばかり失敗が多いのだろうか。そのくせ、それ  
より遥かに難解な【電光】やら【麻痺】の呪文に失敗することがほとんど無い上に、威力も効果も高いもん  
だからたちが悪い。  
「最後にワインを飲んだのは自己責任だろうが!」  
「兄さんがあんな依頼しなければ、私も含めてみんな性別転換しなかったでしょうね」  
「うぐ……だからあいつらにちゃんと呪文かけただろう。元にも戻ったし」  
自分にはともかく、さすがに仲間にかけた呪文は気合を入れたらしい。きっちり魔法薬を解除している。  
「それじゃあ今男になってる私は?ついでに、今ここで女性としているヒース兄さんは?」  
「さっきも言った通り、精神力不足と有効範囲の勘違いだ。俺はともかく、イリーナ、お前にかけるんだっ  
 たら責任とって確実に成功させにゃあならん。今でも解除呪文そのものはかけられるが、成功率を上げる  
 には、休まないと無理だからな」  
…気合を入れすぎた上に効果範囲を勘違い。その前にだって【眠りの雲】(ヒース限定遺失呪文)やら  
【電光】やらをただでさえ少ない精神力の中からかけているわけで、肝心要な自分と幼馴染に解除呪文を  
かける余裕が無くなってしまったらしい。…そこまで精神力を削るなんて、どれだけ集中したのだろうか?  
 
『【精神力賦与】の呪文でも使いますかな?』と神官二人から申し出もあったが、仲間内で話し合った結果  
『非常時でも無いんだし別にいいでしょ』という結論に落ち着いた。  
ついでに『イリーナには申し訳ないが、今晩一晩はそのままで反省しておけ。回復しても【解呪】禁止。  
明日みんなの前でもう一度かけろ』とも。  
ちなみにその話し合いでのヒースの発言権は無し。反論はことごとく(主にマウナとエキューに)無視された。  
 
「…情けないことを威張って言わないでくださいよ。こんな体じゃ、家に帰れないです」  
そんな結果を知りつつも、イリーナの口からは愚痴がこぼれてしまう。  
「……マウナが部屋を用意してくれたろ。ついでに神殿と学院寮に連絡も」  
「兄さんと、いっしょの部屋。ですけどね。」  
よ〜く考えてみれば、何らかの作為も感じるが、あえて無視する。  
「別にそれに関してはいいだろうが。どうせ俺とお前の関係なんて、とっくにみんなにばれてるんだし。  
 まだマウナは微妙みたいだが…」  
「いつもなら喜んだかもしれませんけど、今は性別が逆転してますからね」  
「ん、何だ。したかったのか」  
「……いや、まあ…その、ね」  
「そういえば、俺が忙しかったせいでご無沙汰だったからな」  
ヒースがわざとらしく微笑み、イリーナは頬を染める。  
 
ま、そういうことである。イリーナは『兄さん』と呼んでいるが、実際の二人は一つ違いの幼馴染で、  
実の兄は別にいる。少し前にひと悶着あって、今はいわゆる恋人同士状態体の関係もあり。  
ただし、お互いの思いは口に出していない為(本人たちからすれば自覚があるから全然問題ないのだが)  
はたから見ると微妙といえば微妙なバランスだ。  
ふと、ヒースが考え込む。  
「兄さん?」  
不意にイリーナにとっては複雑な、ヒースにとっては簡単な身振り手振りで印を結び、口から呪を紡ぎだす。  
はまっていた腕輪を触媒にして、ぽうっと空間に光が浮かんだ。  
「【光】の魔法ですか。珍しいね、ランタンマニアの兄さんがそれを使うなんて」  
「そんなに珍しいか?」  
「うん。めったに使わないし、いっつも兄さん、ランタン使っては割ってばかりじゃない」  
買っては壊し買っては壊し、予備のためと持っていた分まで壊す。  
いったい何個のランタンを壊したか判らない。  
よりにもよって、まだ冒険者として駆け出しの頃に頻発していた為、もったいないことこの上ない。  
「…【光】か、ちょっといいな。ファリス様ちっく」  
何も無い空間に浮かび、部屋を明るく照らす光を見上げる。  
「確か、【聖光】の神聖魔法使えるだろ。あっちのほうがよっぽどファリス様ちっくだと思うが……。  
 大体【光】のコモンルーンなら比較的出回ってるんだから、買えばいいじゃないか。前はともかく  
 今なら買えるだろ」  
至極当たり前な魔術師の言葉に苦笑する。確かにその通りだ。  
「まあ、買うほど欲しいわけじゃ、無いから……」  
「そうか」  
そんな言葉の端っこに、少しだけ未練がにじんでいるが、あえてそのことについては触れない。  
 
先ほどまで部屋を照らしていた、机の上にあるランプの明かりを消す。  
少しだけ、部屋の光量が落ちるが、気にするほどでもない。  
「で、それはいいとして、何で呪文なんて使ったんですか?言っとくけど【精神力賦与】はしませんよ」  
「するには明るいほうがいいしな。ランプの光だけじゃあよく見えん」  
「確かにあんまり光量がないからね。もったいないし……ん?」  
普通に流そうとしたイリーナの頭に疑問符が浮かんだ。  
「するって、何を?」  
「ご無沙汰なこと」  
あっさりと答えがかえってくる。  
「……え?」  
目前の幼馴染な兄貴分(いまは女性だが)の言っていることが、上手く飲み込めなくて、思考が止まる。  
「――えぇっ〜!!」  
思考に意味が浸透すると同時に叫ぶ。声が大きい。  
「やめい!声を抑えろ!」  
「だって、だって……」  
狼狽でわたわたとしている姿が愛らしい。しかしいかんせん声は大きいまま。  
「ええい、もう」  
業を煮やしたヒースに腕をつかまれ、引っ張られる。予想していなかった為、あっさりとバランスを崩して  
その胸の中に倒れこんだ。受け止める胸は大きく、やわらかい。その感触に違和感と驚きを感じる間もなく、  
唇が重なり、それ以上言葉が押し込められる。呆然と開いた唇の隙間から、ヒースの舌が口腔内に滑り込み、  
あっさりと絡めとられた。  
 
その快感は、慣れてはいてもやっぱりいつも戸惑ってしまう。あっと言う間に呼吸が苦しくなり、興奮で頬  
が上気してくるのを感じる。あがってくる気持ちよさに体をゆだねようとしたところで、不意に唇が離れた。  
「んあ……」  
名残惜しそうな声がイリーナから漏れる。あごに伝った唾液をヒースがなめとると、左手を顔に当て、自分  
のほうに向ける。  
「でも、兄さん。今は、私も、兄さんも、いつもと違うんだよ?」  
荒くなった呼吸と必死で整えつつ、疑問をぶつける。ヒースはその潤んだ瞳をじっと見つめると、口を開いた。  
「何を言っているんだ。女になるなんてそうそうあるもんじゃないし、学術的興味としてぜひとも女としての  
 感じ方というものを体験してみたい。と言うかお前が普段どのように俺を感じているか、俺がお前をどのよ  
 うに感じているかなんて、こんな機会でなければ判らん。これからのお前との関係を考えて見ても、絶対に  
 必要な事だろう。という訳でイリーナ、俺様に協力しろ!」  
一息にいいきる。『協力しろ』との言葉とは裏腹に、『反論は受け付けませんぜHAHAHA〜HA』といった語調。  
その上、またずいぶんと無茶な理屈を捻り出したものだ。  
とは言え8割以上は本音だったりする。残り2割は微妙な所。  
「イヤです!……といいたいところなんですけど」  
そういって視線を落とす。兄貴分は視線をイリーナの顔に向けたままの癖に、右手は神官服を脱がせにかかっ  
ている。いくら何度も体を重ねているとはいえ、ずいぶんと手馴れてきたその動きには苦笑するしかない。  
「もう、遅いですよね」  
「ご名答。それにな、男はここをこうすると……」  
妹分の上半身を肌けさせたヒースの手が、ミニスカートのホックを外しただけの下半身に伸びる。  
「え……ひ、ひゃぁ!」  
先ほどの胸の感触とディープキスで、イリーナの下半身は既に主張を始めている。  
それをヒースの指が、スカートの布地の上からさわりとなで上げた。背筋にざわりと快感が走りぬける。  
「これだけでも結構くるだろ?」  
でもその感じ方はいつもとずいぶん違うものだった。  
 
未知の感覚に戸惑っている幼馴染のスカートと下着をあっさりと取り去り、自分も服を脱いでしまう。  
魔力で燈された光のなか、その裸身がイリーナの目の前にさらされた。元が男のせいなのか、恥ずかしそうな  
そぶりは微塵も無い。  
「うわぁ……」  
「ん、どうした」  
女性としては長身の体は、バランスよく出るところはきっちりと出て、そのくせ締まっている部分はきゅっと  
締まっている。淡くけぶる付け根から伸びる足は長い。体についた美しい筋肉の流れが、その完璧なスタイル  
を更に引き立てていた。  
先ほどのこと快感のことを忘れて、同性(体はともかく精神は)として見ほれてしまう。  
「兄さん、きれい。……私より胸もおっきいし形もきれいだし、凹凸もきっちりあるし……」  
「ま、オレサマが女性になったらこんなもんよ。元がいいからな」  
「まあ、それは横に置いといて。…やっぱり男の人って、スタイルのいい人のほうがいいのかな?」  
自分の出っ張りも引っ込みも少ない…いわゆる一つの幼児体型を思い返すと、モウ嫉妬とかそういう範疇を  
超えた寂しさが心によぎる。これだけ差を見せ付けられてしまうと、はっきり言ってむなしい。  
 
「ばーか」  
そんな思いがヒースの言葉で断ち切られる。いつもの通り、尊大かつ皮肉げな口調と表情だ。  
違うのは互いの性別だけ。  
「え?」  
「そんな事いったら俺はどうなる。確かにお前はぺったんこの幼児体型気味かつ筋肉だるま一歩手前だ。  
 美人でスタイルのよい女性は男としては惹かれるが、それよりも俺としてはお前のほうが……」  
きっちりこき下ろし、そこまで言って口ごもる。  
「お前のほうが…?」  
沈黙が続く。次に続こうとする言葉はなんとなくわかる。とはいえ一度も言われたことはないし、自分もあ  
えて口にしたことは無い。でもこの変なところで強情で、徹底して捻くれ者の幼馴染兼恋人の口から、その  
言葉を先に言わせて見たかった。  
「ヒース兄さん」  
「……ナンデモないぞ、ウン」  
頬を赤く染め、視線をそらして、そううそぶく。  
そんな兄貴分を妙にかわいく感じて、むにりと頬を軽くつまみ、ワザとらしい上目遣いで見上げてみる。  
「男がそんな事してもかわいく無い…でもないか。お前なら」  
「ほめられてるのか、けなされてるのか…どっちなんですか?」  
「お気に召すままに。マア俺にとって、お前はお前ということだ」  
頬をつまんだイリーナの手を解くと、手首を握り、反対の手で抱き寄せた。  
 
「え…?」  
イリーナの肌の上を、ヒースのしなやかな指と唇が這い回る。首筋―胸板―背筋―鳩尾。その動きはいつも  
と一緒のように見えて、それでも少しだけ違う。確かに体には触れる繊細な感覚が途切れることなく伝わっ  
てきて、思考を徐々に麻痺させている。しかしそれ以上に、何かを調べるかのように伝う指の力加減がもど  
かしかった。  
「ああ、悪い悪い。ついつい好奇心のほうが勝っちまった」  
イリーナの表情を見て、それに気がついたヒースが指を止める。  
「男の体なんぞ、そうそうじっくり見ることは無いしな」  
「……そんなもんですか?」  
「そんなもんだ。って言うか、じっくり見てたら…もしくは見られてたらきみが悪い」  
そんな光景を想像し、納得する。確かに少し不気味かもしれない。  
「確かにそうだね。で、何を調べてたの?」  
「…男と女の筋肉のつき方の違い。いやあ、結構違うもんだな。お前の場合比較対象が同一人物なせいも  
 あって、差がわかりやすい。…何なら、お前も調べてみるか?」  
「はい?何をですか」  
「女の体。いくら女同士でも、こんなに近付いてじっくり見れる機会なんて、無いだろ?俺としても触ら  
 れることによって、抱かれる準備が出来るわけで」  
そう言ってイリーナの体をベッドの上に押し倒し、その腕を自分の胸に押し付ける。  
いつも自分がイリーナにする時のように、ゆっくりと円を書くように動かした。手のひらに、豊かな胸の  
感触が伝わってくる。  
 
それは、ふくらみの少ない自分のものとは違って、遥かにやわらかく、指先がどこまでも埋まって行くような  
錯覚に襲われた。思わずため息が漏れる。  
「はぁ……兄さんの胸、やっぱりおっきい」  
「ン……そうか。でも俺はお前の小さい胸もいいと思うぞ」  
ヒースの手が離れるが、イリーナの手は胸に当てられたまま、動き回り始めた。細くなった兄貴分の首筋に  
顔をうめ、キスをする。自分の手の下でつぶれる胸の弾力が心地よい。  
「そうか、な?」  
「…は、ぁ。そうだ。……まあお前だから、だが…」  
下から掬い上げ、その重さを感じる。首筋から徐々に落としてきた唇で、胸に吸い付く。徐々にその存在を  
あらわしてきた乳首の周りを、そっとなでた。  
「!!」  
びくりとヒースの体が反応する。ちらりと表情を見ると、きつく目を閉じ眉根が寄せられて、知らない人から  
見たら苦痛のものととるだろう。  
 
しかし苦しいわけではない。むしろ感じている時の表情だということを、これまでの交わりの中で知っている。  
そして、その表情が、自分が知っているどんな顔よりも魅力的だと思っていた。  
ほんのりと色づいた乳首を舌でいじり、時折歯を立てながら、手を背中や太腿のほうへ移す。  
少しづつ、さわさわと軽いタッチで動かしていくたびに、その体が軽く震える。  
自分だけが知っているヒースの弱点に触れてみると、その反応はすぐに大きくなっていった。  
「く、ぁ…は……」  
それまではかみ殺して、言葉の中に紛れ込ませてごまかしていた吐息が単独で漏れて、イリーナの栗色の髪を  
揺らす。いつもは愛撫を受けている立場の自分が、逆に相手を喜ばせている。そのことが純粋に嬉しかった。  
少しだけ調子に乗って、手を先に進める。  
「んん…はぁ……ふは…」  
手は太腿を通りこして、むっちりと肉が乗っているお尻を、手のひら全体でもみあげる。  
すべすべとした肌触りと、時折震える体から伝わる振動が新鮮だ。  
指をお尻の割れ目から、そっとその間のスリットへと移す。  
「あく!……そこは…」  
そこはしっとりと濡れて、硬く閉じた所がわずかに綻び始めていた。  
 
自分で慰めるときを思い返し、ふわりと軽いタッチでスリットをなでる。  
その度に兄貴分からはかすれた声交じりのため息が漏れ、静かな空気を揺らす。  
「…や…イリー、な、ふぅ、ん…」  
力を少しづつ入れ、綻びを大きくする。  
蜜が絡みつき、手のひらまで粘り落ちるようになる頃には、その体の中に指が入り込んでいた。  
「…兄さん、痛く、ありませんか?」  
自分がはじめてその指を受け入れたときを思い返し、尋ねる。その間も指は中をゆったりと解きほぐす。  
「ひぁ……大、丈夫だ…むしろ…その――」  
「気持ち、いいですか?」  
「…認めるのは、悔しい…が、そうだ…」  
「よかった。なら…」  
臀部に置かれたままだった手で、体の下からスリットを割り広げる。そして指先で探り、その姿をわずかに  
持ち上げていたクリトリスにそっと触れた。  
「え、あ!んふぁ……」  
いきなり送り込まれた刺激に、ヒースの腕から力が抜け、上半身がイリーナの上に崩れ落ちる。自分の真横に  
落ちた顔に唇を落としながら、中に入れる指を増やし、反対の手でクリトリスとその周辺をいじり続けた。  
「…っ!…ァ!…ふ……」  
シーツを硬く握り締め、顔を枕に押し付けて耐える。指に強弱を加えるたびに、かすかな声が漏れ、背筋が  
震える。その震え、重なった胸に振動を伝え、その度に押しつぶされた胸と硬くなった乳首が針のある弾力を  
かえしていた。  
 
はじめはゆっくりだった中でかき回す指の動きが、だんだんと早くなる。ヒースの押し殺した声が少しづつ  
高まり、絡みつく内が震えるのを感じ取った。次の瞬間、それまでは指にあわせて動いていた内部が、ギュッ  
と指を締め付ける。その中で軽く動かしたまま、力が抜けるのを待った。そして指をすっと引き抜く。  
「んん…は、ぁ……」  
引き抜くのにあわせて体が軽く震え、吐息が漏れた。  
ぐったりとしたヒースを抱き上げ、軽く背に触れる。  
目の端に涙を浮かべ、力なくイリーナの首に腕をまわし。  
瞳をきつく閉じ、眉根を寄せたまま、薄く唇をひらいて。  
達したために荒くなった呼吸を、必死で整えている。  
乾いた唇を無意識のうちになめて潤す仕草、唾液で濡れて艶めく唇に、視線を送る。  
じっと自分を見つめる視線に気がついたのか、わずかに目が開く。その瞳は揺れていて、皮肉っぽい光を幾分  
覆い隠していた。呼吸がまだわずかに乱れたままだ。  
「何だよ。……そんなに、俺様の体は、魅力的か?」  
今の自分の感情を、少ない語彙力で表すことが出来ず、言葉に乗せないで、こくりと首を縦に動かす。  
見た目は女性。でも一寸した仕草、動き、表情や台詞はいつもの通り、男のまま。そのギャップに心は高鳴る。  
その高鳴りはあっさり下半身へと周り、ますますその角度と硬度へと直結する。  
「…うわ」  
ふと下に視線をやって、互いの体の間から見える、男のしての自分の性器に目をみひらいた。  
いつもは愛撫を受けているうちに幼馴染のものはこの状態になっていたし、恥ずかしいのも手伝ってまじまじと  
見たことなんてない。  
下をに移動したイリーナの視線を、ヒースが追う。その先にある物に気がついて、にっと笑った。  
それは幼い頃から見ていた、面白そうなもので――いたずらを思いついた時のものと、まったく同じだった。  
口が達者なヒースに言いくるめられ、何かと走り回っていた頃が頭をよぎる。  
あの頃は『仲がよくて、頭のいいお兄さん』な幼馴染とこんな関係になるなんて、思ってもいなかった。  
 
「…じゃあ、攻守逆転、だ」  
頤がヒースの手によって軽く持ち上げられ、キスをされる。すぐに唇は離れるが、相手を求めて伸ばされた  
互いの舌先だけがその間で触れ、絡み合う。薄く目を開け、お互いの陶酔した表情を見詰め合う。イリーナの  
真上に乗っていたヒースの体が脇へとずれた。すっと腕が下半身に伸びる。  
今度は布越しではなく、直に指を絡ませ、一気にこすりおろした。  
「はう!…うぅ…ぁ……」  
「ふふ、お前の弱点は――」  
ふわふわと片手でなで上げ、その間に自分だけが知っているイリーナの弱いところにキスをして、もどかしい  
ぐらい軽い刺激を与え続ける。男としては若干小柄なくせに、男のときの自分より遥かに厚い胸板に、残って  
いる手を這わす。指先の感触は硬く、やわらかくかえってくる弾力になれていた分、少しだけ違和感がある。  
(なんか変な感じだな。男であるはずの俺が、中身はイリーナだといえ、男の体を攻めてるなんて…)  
しかし、じれったそうに体を動かしている姿は、男の体だとしても、いつもとまったく変わらない。  
よく知っている、イリーナの痴態そのものだ。  
(まあ、いいか。好奇心…ってえのもそうだが、別に嫌でもないし)  
ちらりと自分が握りこんでいるイリーナのものに視線を送る。  
 
そこにあったモノに言葉も思考も止まった。ついでに手も止まる。  
まあ、形状は見慣れた自分のものと大差ない。それよりも驚くのは大きさと、その迫力と。  
空気を割って立ち上がっている様子は、まあ無粋な喩えをするとグレートソードといったところか。  
「ん……ひ、ヒース、兄さん?」  
急に止まってしまった手の動きに戸惑い、イリーナからいぶかしげな声が上がる。  
「…正直お前のほうが俺のより…いやなんでもない」  
とは言っても、ヒースは気がついていないが、自分のものと大きさそのものはあまり変わっていない。  
ただ自分のものなぞ、今のような超至近距離で、しかも客観的に見ることなんてほとんど無いから、  
そう見えるだけ。  
「はあ…。私には、さっぱり……」  
しかし、そこまで思い至るはずも無く、心の中にもやもやとした気持ちが広がっていく。  
判っていない幼馴染の、呑気な言葉に少しだけ怒りが湧き起こる。  
「わからんでいい。……ちょっとだけ男として悔しかっただけだ」  
そういって虚しさと腹立たしさを押し隠すために、それまでは優しくなでるだけだった手の動きを変え、  
ギュッと手のひら全体で少し強めに握りあげた。  
「あ、やだ!…苦しい、苦しいよ!!やめて…っふぁ……や、めて、よお…」  
突然の動きの再開と変化についていけず、イリーナが悲鳴を上げる。  
 
それにかまわず、ヒースの手が怒張の上をリズミカルに動きはじめた。  
その動きは心得たもので、触るたびに硬度を増す幹を強く弱くすり上げる。  
時折先端部や袋の部分を掠めるように触れると、それだけでびくびくと反応するのが面白い。  
(こんだけ目前で見ると、やっぱり凶悪なもんだよな…)  
忙しかったとはいえ、抱いていなかった間は、衝動がくるたびに自己処理をすることを繰り返していた。  
そんなせいか、自分にとってどこが快感を得るポイントなのか、ということはいつも以上に鮮明に記憶の中に  
残っている。  
(……しかしよくこんなのが入るよな。女の体って、やっぱりすごいな)  
同時に女の――イリーナの――体、というものを知ってからは、それまでは十分だった、自分の手での刺激が  
物足りなくなっていることに気がついてしまった。こればかりはどうしようも無い。  
無理に押し倒して、規格外の腕力で撃沈されられては元も子もないので、慎重にタイミングを見計らって、  
そんな雰囲気に持っていく必要がある。最近はそれを面白く感じている自分がいた。  
イリーナを幼馴染で妹分としてしか見ていなかったときに比べると大きな変化だ。  
実際は心の奥底に、異性としてみている自分を押し殺していたわけだが…。  
 
そんなことを考えつつも、手は動く。  
「ふふ、どうだ?男としての快感は」  
嗜虐心が満たされる。幸いにも、自分と妹分が感じる場所にさほど違いは無いらしい。  
指で輪を作ってギュッとしごきあげ、先端を指先で爪を立てない程度に強く掻く。  
「あく!――いやあぁ……」  
「男になっても、やっぱりかわいいな。お前さんは」  
ポツリと本音を漏らすが、彼女の耳へは届いていない。  
先端部のふくらみと、幹とつなぎ目部分をくすぐって、裏筋の部分をゆるゆるとなで上げて、攻め立てる。  
気がつくと手のひらから沸いた汗と、先端部から漏れ始めた先走りが混じって、てらてらとぬめっていた。  
 
手を止め、既に十分な状態になっているモノを見つめる。  
「…覚悟、決めるか」  
小さい声でつぶやくと、緊張と興奮のため、口の中にたまっていたつばを飲み下す。ごくりと喉が鳴った。  
「ハァ…ハァ……兄さん?」  
下半身に手を伸ばし、綻んでいるスリットをなで上げる。  
先ほどイリーナの指によってかき回されていたそこは、攻めている間にも蜜を滴らせていた。狙いやすいよう、  
指で割り開き、反対の手で怒張の先端を入り口に誘導する。  
「動くなよ…」  
恐怖心よりも好奇心が勝つそのままじわじわと体を落とすと、思っていたよりはあっけなく、先端部分が  
自分の中へ食い込んでいった。しかし同時に、無理やり押し開かれる痛みが体を走る。  
(……やっぱり、痛いか。まあ、男は度胸だ。…それに、イリーナに比べれば、俺は……)  
痛みを押し殺し、さらに体を落としてゆく。  
 
「あ、ひあ……」  
ゆっくりとヒースの中へ、下半身のモノがもぐりこんでゆく。内は熱く潤み、太腿に伝った蜜と淡い金色の  
けぶりが、妖しい光沢を持って魔法光を反射させていた。  
少しづつ進んで行くたびに、ぬるりとした独特の感触が体を包み、強烈な快感を思考へと伝える。  
ヒースの背中から流れ落ちた髪に隠されて、その刺激に心を乱されて、幼馴染の苦痛と本能的な恐怖と純粋な  
好奇心が入り混じった表情は見えないし、いつしか動きが止まっていることに気がつかなかった。  
「おい。少しだけ、…腰を、あげてみろ」  
「…?」  
抜けそうになる力を何とか振り絞って、腹筋に力を要れ、腰をわずかに持ち上げる。共に持ち上がっていった  
ヒースの腰は、ある一点から急激に下へと落ちていった。  
「ぐ…ん……っつぅ…」  
その速度は先ほどよりも速い。落ちはじめてからすぐに下半身が完全に重なった。  
足の力を抜いたのか、それまでは感じていなかった体重を腰に感じる。  
その衝撃と、背を貫く痛みといっていいほど快感のせいもあって、一気に腰から力が抜けた。  
「あ、…はあ、はあ……」  
「…ふ……ひ、っつ…はあ」  
荒くなった呼吸と、ため息吐息が唱和する。  
 
鍛えられた手足を力なくベッドの上に投げ出して、髪をまとめる紐を積み重なった服の上へと放り投げて、  
ゆっくりと呼吸を整える。  
「く…どうだ、イリーナ?」  
息で途切れる声が聞こえた。  
「あ、すご、い」  
下半身に感じる重みと、複雑に絡みつく感触に、それ以上の言葉が出ない。  
自分の上にまたがるヒースはわずかに瞳を伏せ、唇の端に妖しい笑みを浮かべている。  
しかしその笑みはどこか引きつっていて、少しだけ苦しそうにも見えた。その表情が痛々しく感じて、  
少しだけ身を起こし、覗き込む。  
「兄さん」  
「……っ!なんだ?」  
「むり、しないで…ください」  
一瞬だけよぎった苦痛を示す反応に、自分の破瓜のときを思い返す。あの時は、心の準備が整っていなかった  
せいもあって、かなりの痛みを感じた。今の幼馴染もそうなのだろうか?  
「どうしてかは知らんが、お前のときほど痛くは無い、と思う」  
そう言って、一度は己の埋めたモノを、体を持ち上げることによって、ゆっくりと引き抜いてゆく。  
イリーナの視界の中に、ヒースから抜け出た自分のモノがうつる。愛液と、わずかな破瓜の血が混じりあい、  
まとわりついていた。  
「ひっ……あぁ」  
「く……ん…あ」  
視覚と触覚と、同時に刺激が走って思わず声がこぼれた。体が再び下に落ち、自分の体越しに見えるのは  
下半身に当てられたヒースの手と、やわらかく絡む栗色と金色の陰毛のみ。  
「うん。やはり、それほどでもないな。このくらいなら十分……」  
再びぎりぎりまで引き抜き、埋める。  
「感じることが、出来、そうだ」  
 
動きを繰り返す兄貴分の浮かべる表情は先ほどよりも穏やかで、声と呼吸に艶を帯び、苦痛はどこにも  
混じっていないように聞こえる。  
ほのかに感じる、男のときとは違う――それでもどこかにている――心地よい体臭。  
その体が動くたびに部屋へと小さく響く、ぴちゅり、にゅちゅりと奏でる湿った水音。  
視覚、触覚。それに嗅覚、聴覚まで。五感のうちの四つまでを刺激されて、逃げることが出来ずに感覚の中を  
彷徨う事しか出来ない。  
「……ふ、くっ!やだ、怖い!…兄さん、やめて……やぁ、は、うん…」  
女の体とは違う快感の伝わり方に、未知への恐怖に犯され、助けを求める。  
しかし求めた相手から、今の快感は送り込まれている。  
矛盾した現実。  
心と、もっとほしいという体が乖離している。  
ゆっくりと心が壊れ、体に流されていくのを、ただ感じるしかなかった。  
 
「ふぁ…大分、…違うもんなんだな……ん」  
若干小柄ながらもたくましい少年の上で、完璧なスタイルを誇る女性が動く。  
上下だけではなく、少し持ち上げたまま腰を左右に動かしたり、わざと壁面に強くこすりつけたり。  
イリーナはその度にシーツをギュッと握り締めて、やわらかく、そのくせきつく締め付けるモノに耐える。  
目を閉じてしまいたくても、快感がそれを許してくれない。涙でかすむ視界で、自分の上で踊るヒースの体を、  
ほつれて動きに合わせて空気に舞う髪を、背筋を這う快感に耐える表情を見続けた。  
「どうだ、イリーナ。今の、俺の姿を見て、どう、思う?」  
内部から湧き上がる強烈な快感に、身をゆだねきってしまわないよう慎重に加減しながら、イリーナの耳元に  
ささやく。  
それだけで、なかで律動する妹分のモノが反応し、新たな刺激を送り込んでくる。  
何とか表情を押さえ込み、いつもの、ヒニクゲな笑いを目と唇の端に浮かべようとする。  
しかし、なかなか上手くはいかない。  
「んん……なんだか、とっても色っぽい…て言ったら、いいのか、な。ひあ!…すごく、刺激が、強くて、  
 …くふぅ…」  
「普段は、嫌がって、…絶対して、くれないが、…俺だって、お前のこんな姿、見たいんだぞ」  
「あ、そういえば、そんな、こ…と…いって――ひゃぁ!」  
「乱れる姿を、もっと見てみたい。ぅ…ん…どんな風に、なるのか、どこまで行くのか…ぁあっ!」  
ヒースの痴態が目に映る。映ったそれは、記憶を刺激し、女である自分の姿に置き換わる。  
 
体の上で乱れる自分の姿が視界に入り、今の自分と同じような刺激を感じ、止まらない思いに捕らわれる。  
 
それを想像すると、体がたまらなく熱くなって、体中の血が沸騰して、下半身にすべて集まって行くような  
錯覚に襲われた。  
 
体が心を覆い尽くす。  
心の奥底に眠っていた衝動が引きずりだされた。  
「ヒース兄さん、――ごめん!」  
体を起こし、ヒースの腰に両手を当てる。主導権を握っていたはずのヒースは、自分の予想していなかった  
動きに驚き、反射的に逃げようとする。それを無理やり自分のほうへと引き寄せた。  
「え……イリ――くはぁ!!」  
最奥を強く突かれる。 それまでは意図的に避けていたところを刺激されて、ヒースの背が大きく仰け反った。  
呼びかけの声が、突然に与えられた刺激にさえぎられ、嬌声にむりやり置き換わる。  
イリーナの下腹に当てられた両腕に挟まれ、中央に寄せられていた大きな胸が揺れた。  
「ひぁ、ダメだ!や、やめろ!いりーな!」  
腰とベッドのスプリングを使って、繰り返し突き上げ、その体を揺さぶる。  
その度に、主導権を握られていた時とは違う強い快感が伝わってくる。  
呼吸音と切れ切れの会話しかなかった部屋の中に、ベッドが奏でる金属音と、ヒースの口から漏れる喘ぎ声が  
響きわたった。  
 
 
耐えられない。  
じわじわと上り詰め、いつまでもいつまでも体の芯に残るような女の感じ方とは違い、あまりにも直線的に、  
刺激が思考を直撃する。それを怖いと思うどころか、普通に受け入れ、更にむさぼろうとする自分がいる。  
女としては初めてである幼馴染の状態なぞ、お構いなし。  
そして、いかにいつも優しく抱かれているかを思い知る。  
今の自分と同じような衝動を持ち、それでもそれを押さえ込んで、共にいけるように、体に大きな負担が  
残らないようにしてくれている。  
それが嬉しいと思うと同時に、どこか物足りなく、もっと強く激しく求めてほしいと片隅でいつも思っていた。  
いつも自分が抱かれている時のリズムを思い出す。腰を動かしながら、目の前にある豊満な乳房をくわえ込み、  
舌と歯でその乳首を転がし、もっともっと兄貴分を乱そうとする。そして自分も、男としての快楽を得ようと、  
がむしゃらにその体を犯し続けた。  
「兄さん、兄、さんのな…か。熱い、熱いよ……」  
声が漏れる。自分の声に、ヒースの声におぼれていく。  
やがてヒースの内がきつく締まり、達したことを自分の体に伝える。  
初めての衝動に耐えられず、自分も一気に登り詰めて、その中へと自分の証をはなった。  
締め付ける力が弱くなると、再び腰を動かし始める。かすかに聞こえる懇願の声は意識へと届かない。  
たとえ届いたとしても、止められない。  
初めて体験する射精時の快感と、愛しい人の体に、酔いしれていた。  
 
 
「うあ!? あ、ん…ふぅ…」  
部屋の中に肌がぶつかり合う強い音が響く。いつの間にか体の位置が逆転し、イリーナの強い腕で組み敷かれ、  
絶え間なく衝撃を受けているヒースの体と精神は既にぼろぼろだ。  
はじめのころの余裕はどこにも無いし、抵抗も出来ない。  
整った顔ゆがませ、長く、淡い色の髪をベッドの上に散らしている。  
「―はっ、……くぁ――っふ、い、りー、な……やあ、くぅ……ふぁ!」  
口からは荒い呼吸と、言葉にならない声と、かろうじて聞き取れる幼馴染の名が、絶え間なく漏れている。  
達したかと思うと、すぐに次の波が来て、巻き込まれ、更に高みへと押し上げられる。  
男の体とはあまりにも違う快感の感じ方に、翻弄される。  
自分が初めてイリーナを抱いた時には、これだけ激しくはしていない。  
それ以後だって、心の片隅で常にこの大切な妹分をいたわり(口ではともかく)傷つけないように細心の  
注意をはらって抱いていた。  
それが崩される。しかも逆の立場で。  
しかし「それでいい」と思う自分がここにいる。自分が求められているという満足感が心を満たしている。  
これは自分が抱く立場だったときにはまったく思考に出てこなかったこと。  
もしかしたら抱かれていることによって魔法薬の効果が、肉体面だけでなく精神面にも若干の変化を及ぼして  
いるのかもしれない。そんな事あるはず無いのに、そう思う。  
でも今は流される。ただひたすらに快楽におぼれる。  
イリーナの体にしがみつき、時折キスを求め、激しく体を絡ませて。  
体と精神の両方に響く、歓喜と愛おしさに、自ら侵されていった。  
 
もう何回達したか判らない。朦朧とする意識の中、ぎゅっと抱きしめる幼馴染の腕が熱い。  
キスをする。舌が絡む。  
胸同士が触れる。頂がこすれて、つぶれて、互いの弾力が心地よい。  
繋がっている部分から言葉にしなくても、その思いが痛いほどに伝わってくる。  
抱くもの抱かれるもの。その立場はいつもと逆なのに、いつもと同じようにお互いを感じあう。  
ヒースはイリーナの腰に両足を回して、離れないように、離さないようにギュッと締め付ける。  
イリーナはヒースの肩に手を回して、離れないように、壊れないようにきつく抱きしめる。  
「ヒース、ひーす兄、さん!…ア、は…!」  
「ひァ……あくぁ、イリーナ、だ…め…だ…もう――!」  
体を支配する官能に飲み込まれて、遠くに行ってしまわないように、互いを求める声を上げる。  
高みへ昇り切る同時に、その高みより深い底へと二人で落ちていった。  
 
 
      △ ▼ △ ▼ △ ▼   
 
 
「…馬鹿者。無茶を…しすぎだ」  
力の入らない体を鞭打って、互いの後始末をした後、息も絶え絶えに、ヒースが言う。  
その声には力が無く、いまだ快感のくすぶりが見えている。  
「ごめんなさい…止まらなかった、です」  
それはイリーナも同じで、ベッドの上で、ぐったりと突っ伏している。  
しかし、基礎体力があるぶん、少しはましかもしれない。  
隣にある兄貴分の顔には疲労の色が濃い。  
それでも、かすかではあるが、唇の端ににやりといつもの笑いを浮かべた。  
「でも、これで判ったろ。俺がどれだけ、優しいか」  
「うん。――でもね……」  
その体を抱き寄せて、ささやいた。  
「今度から、もっと…その、激しく、してもいいから」  
「イリーナ?」  
「兄さんが、そうしたいなら、それで、いいから…」  
表情は見えない。ただ切れ切れに聞こえる声が、彼女の感情と心を伝えている。  
「……なら、遠慮はしないぞ」  
「―――う、ん。わたし、ひーすにいさんの――こ、と……」  
声が途切れる。かわりに聞こえてきたのは規則正しい寝息。体力はあれども、早寝早起きな彼女らしい。  
その顔を引き寄せ、軽く唇を落とし、優しく頬をなでる。  
「寝ちまったか…。気になるところで、止めやかって…でも、俺も…ねむ、い……」  
恋人の腕の中、いつもと逆の状態なのに、ただひたすらに心地よく、心も体も満ち足りている。  
互いの暖かさを感じつつ、あっという間に夢も見ない眠りに沈んでいった。  
 
 
 
《青の小鳩亭》の一室の前に、ウェイトレス姿のマウナと、私服のエキューとバスが集まっている。  
3人とも、昨日の夜とは違い、ちゃんと自分達が生まれ持った性別だ。  
「イリーナ、ヒース。起きてる〜?」  
がんがんと扉を叩く。普段なら、もう起きているはずの、むしろそれよりは少し遅い時間である。  
しかし部屋の中から、反応はかえってこない。  
一応宿屋の娘な訳だから、扉のスペアキーのある場所は知ってはいる。  
だから部屋に入って起こすことも可能だ。  
しかし昨夜のこと…を考えると、部屋に押し入るのはさすがに気が引ける。  
「ダメ。二人とも眠り込んじゃってるみたい」  
「まあ、そうだろうね」  
「そうでしょうなあ」  
納得した表情で頷く男二人。  
「……正直私もわかっていたつもりなんだけど、こう、ねえ……」  
顔を赤く染めながら、決まり悪そうに指先をあわせ、もじもじと動かす。身近な人たちの艶話を想像し、  
照れている様子だ。  
「確かに。普段はあの一件の前と、全然変わってないしね」  
傭兵時代に、恋人が出来たとたん態度があっさり変わってしまう仲間を見てきていたのか、珍しそうに  
エキューが応じる。もしかしたらその脳内に浮かんでいるのは、喧嘩と和解を繰り返しては周りを振り回す、  
両親の姿なのかも知れない。  
「よろしいじゃないですか。 関係が変わっても、仲が変わらないのはよいことです」  
穏やかにバスが続ける。わずかに見えるその瞳は子を見守る親のようでもあり、好奇心にきらめく子供の  
ようでもあり、なかなか複雑。どちらの光が強いかは、見たものの判断に任せるしかない。  
「そうかもね。じゃあ【解呪】の件は、二人が自主的に起きてからにしましょ。まだ私も仕事が残ってるし」  
照れをどこかへ飛ばそうと、あわせていた指先で自分の頬を軽く叩き、二人の方へ振り向いた。  
「じゃあ僕とバスはワイン庫に行ってくるね」  
「よろしく。まあさすがにもう失敗はしないと思うけど、念のため、ね」  
「確かにですな。解決手段は多いに越したことはありません。では」  
そう言って、エキューとバスの姿が倉庫のほうに消えてゆく。  
 
その後姿と、いまだ開かない扉を見て、マウナは深くため息をつく。  
それを振り切るように頭を振って、まだまだ朝食でにぎわう食堂へと戻っていった。  
 
ちなみに二人が降りてきたのは、朝食セットの時間が終わり、昼食タイムには若干早い時間のこと。  
【解呪】が成功したかどうかは、また別のお話、かも。  
 
 
※        ※        ※        ※        ※  
 
 
―――相変わらずな二人の関係。  
 
     眺めつつ『まあこの二人だし』と生暖かい目で見守る仲間。  
     ため息をつくハーフエルフに達観している元傭兵とネタが出来たと喜ぶ歌い手。  
     知ったらどうするやら、頭の中身が伴わぬシーフに保護者状態のドワーフ神官。  
   
     全幅の信頼を寄せる妹分にいつまでたっても素直になれない兄貴分。  
     近すぎたがゆえに互いの思いを言葉にしない幼馴染。  
     そんなふたりの体の交わり、更なる思いの交換行為。  
   
     さてさて、この二人はどのような愛を育ててゆくのか。  
     仲間たちはこの二人をどのようにちゃかしてゆくのか。  
     まだまだ語れることは数多くありますが、今宵はこれまで。  
     おなごり惜しいとは思いますが、本日はこれにて、終演とさせていただきます。―――  
 
 
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