『スイートメモリー〜kissとheartのあま〜い関係 ◇H』  
 
ナニガゲンインオオゲンカ、ドッチガワルクテドッチガタダシイ。  
ソレハダレニモワカラヌシラヌ、ホンニンタチスラシラヌシラヌ。  
 
 
 
「……す、…−ス。ヒースってば!」  
 
 みみをきつくつままれ、げきつうがはしる。のうてんにひびくおおごえが、そのいたみ  
をぞうふくさせた。がんがんとあたまのなかではねかえり、いくえにもいくえにもこだま  
する。そのおとが、ふかみにおちていたしこうをひょうめんへとひきあげた。  
 
「? んあ」  
「こら、この大法螺魔術師!起きなさい!」  
「…うーあ、なんだよ、まうなか……」  
 ごしごしと目を擦ると、ぼやけた視界の中に自分を覗き込んでいる金髪のハーフエルフ  
の姿が見える。客もまばらになった食堂を背景に、仁王立ちでいる。そんな姿と、彼女の  
魅力を存分に引き出しているウェイトレス姿は違和感があるような、ないような。  
「『なんだよ』じゃないわよ。そろそろ店閉める時間よ?」  
「ああ、もう、そんなじかんか……」  
「そうよ」  
 一部分だけガラスがはまっている窓から外を見ると、既にそこに広がっているのは闇。  
漠然としかわからないが、ウェイトレスのマウナが『店を閉める』といっている訳だから、  
いつも帰る時間なのだろう。そう認識すると、周りを取り巻く空気が寒い訳でもないのに  
身に沁みて、軽く体に震えが走った。  
「ん、わりい。たすかった。かぜひくところだった」  
「感謝するように。帰るんだったら、イリーナ送って行きなさい」  
「いりーな?」  
「あんたの横。寝てるわよ」  
 そんな言葉にかくんと首を動かすと、真横に年下の幼馴染の寝顔があった。すやすやと  
寝息をたて、時折よくわからないことを口走っている。寝顔の中に潜む切なそうな表情に、  
なぜか申し訳ない気持ちが沸き起こった。  
「……めずらしいな」  
「今日はいつもより飲むペースが速かった」  
「……」  
 
 おもいだせない。なにかあったようなきがする。それがいつあったのか、このきもちは  
なんなのか。……てのひらからすながこぼれていくときとおなじようなかんじで、たぐり  
よせることができない。かさなっているじぶんのてと、いりーなのちいさいて。ゆるくか  
らみあったゆびがすこしいたい。  
 
「えっと――」  
「何があったかは知らないし、聞かないわ。……ほら、さっさと帰りなさい」  
「わーったよ。おい、いりーな。おきろ〜かえるぞ〜」  
 
 せかすまうなにしたがって、このかんかくについてかんがえることをやめてしまう。ど  
うせこのしこうのていたいのしかたなら、いくらあたまのなかみをうごかそうとしたって、  
せいじょうなどうさなんてするはずはない。どっかまちがったけっかをはじきだして、ろ  
くでもないけっかになるのがおちだろう。  
 
「…ん、ふにゃぁ……」  
「いりーな、いりーな〜、いり〜なさ〜ん」  
 間延びしまくった声で、ヒースが繰り返し声をかける。安らかに閉じられていたまぶた  
がゆるゆると持ち上がり、マウナの心配そうな顔と、兄貴分の赤い顔が茶色の瞳に映し出  
された。  
「――にう〜……にぃ、さん?」  
「もうかえるぞ。おくってくから、とりあえずはおきやがれ」  
「………すぅー」  
 酔いが回り、生気のうせた瞳で二人の顔を見上げていたイリーナが、再び突っ伏して穏  
やかな寝息をたてはじめてしまう。このままでは埒が明かない、そう思ったマウナが、そ  
の肩を取って、強くゆすった。  
 
「イリーナ。起きてよ」  
 眠りを邪魔して申し訳なく思いながらも、酔ったままこんな所で眠り込んでしまえば体  
調を崩してしまう。生命の精霊に呼びかければ治癒することは出来るが、風邪を引かない  
ならそれに越したことはない。そんな事を考えているマウナを横目に、ヒースが手の甲で  
真っ赤に熱い妹分の頬をぺちぺちと叩いた。  
「ほ〜れ〜。お〜き〜ろ〜」  
「……ひーす、にいさん」  
 再びイリーナの瞳が開いた。今度はテーブルから上半身を起こし、ヒースに向かって手  
を伸ばす。  
「んー、なんだ?」  
 兄貴分が妹分の顔を覗き込む。細い腕が、がっしりした首に巻きつき、そのままぐっと体  
を引き寄せた。  
「「「「「「「「「「「!!」」」」」」」」」」」  
 唇が、重なる。  
 閉店間近とはいえ、それなりに食堂に残っていた人々の動きが凍った。もちろん、すぐ  
そばにいたマウナも。  
 時が止まる。静寂が、場を支配する。  
 唇が、離れた。  
「これで、ゆるします。――にいさん、も」  
 外で風が鳴る。それを鍵として、空気が動き出そうとした。  
 
 ぼやけたしこうのなかで、かちりとぱずるのぴーすがはまるおとがする。さきほどから  
のむなさわぎのりゆうが、やっとうかびあがってきた。  
 
 店内の人々の視線が集中する中、ヒースがイリーナの顔を取る。  
「――さっきはおれも、わるかった」  
 そう一言囁いて、離れたばかりの唇に軽いキスを落とした。ちゅっとかすかな音が店内  
に響く。言葉と音は、大きくはないのに、その場にいる全員に聞き取れた。  
 再び時と空気が止まった。  
 誰も何も言えないし、雰囲気に呑まれてしまって動くことも出来ない。  
 寝起きのボーっとした目つきのまま、イリーナがぼそりと呟いた。  
「……わたし、かえる。……にいさん、おんぶして」  
「はぁ……わあったよ。」  
 微妙にろれつが回らない口調のまま、ヒースが軽いため息をついて、彼女が座る椅子の  
前に背を向けてかがむ。それを確認したイリーナは、肩に腕を掛けて、大きな背に体重を  
預けた。  
「えっこらせ、っと」  
 足元を若干ふらつかせつつも、その体を持ち上げて立ち上がる。親父くさい掛け声はい  
つもの通りだ。イリーナの瞳は既にとろとろと落ち始め、背に落ちている幼馴染の長い髪  
に顔をうずめている。寝てしまう位に飲んでた割には確実な足取りで、ヒースは店の出口  
へと向かった。  
 
 凍ったままの周りの人々はといえば、先ほどの事がなければ、まったくいつもと代わり  
映えのない二人に、かえって何も言えないし、動くことも出来ない。  
 そんな周りの状況に気がついているのか、いないのか。ヒースは無反応にテーブルを避  
けて歩き、イリーナはその背で安らかな寝息を立てている。彼が妹分を背負ったま器用に  
腕を伸ばし扉に手をかけ、押し開けようとしたところで、不意に振り返った。酔って顔が  
赤い事以外は、特にいつもと代わりのない表情。  
「まうな、…きょうのはつけでよろしく」  
「……ええ、そう、しとく……」  
「いりーなのぶんも、おれにつけといてくれ」  
「……うん。気をつけて」  
「じゃあな」  
 そう最後に言って、ドアを潜り抜ける。夜の空気が静かなままの店内に流れた。カラン、  
シャリンと扉に付けられた鐘が涼やかな音を立てる。それでもマウナを筆頭に、ヒトビト  
は動けないまま呆然とその姿が消えた扉を見つめていた。  
 
 次の日、夕方。  
「こんばんわ〜」  
「うぃーっす……うー、頭痛い……体、だりぃ…」  
 二人セットでいつもの通り、青い小鳩亭へとやってくる。  
「飲みすぎです。同情の余地なし。頑張って耐えてくださいね」  
「ひでぇ……【解毒】してくれよな……」  
 元気いっぱいのイリーナとは裏腹に、ヒースは二日酔いで頭が痛そうだ。うなじに手を  
当て、アイボリーの髪を無造作にかきあげているので、髪の毛はぼさぼさだ。後頭部より  
のうなじに見える、かすかに赤い跡。ついでに後ろで結わえられたリボンも、珍しく縦結  
びになっていた。  
 
「……」  
 空気が三度凍った。昨日の夜に居合わせた客達はもちろん、いなかった者も、今日の朝  
から駆け巡った昨日の出来事を耳に入れている。当然、二人が入ってくる今の今まで、噂  
話として店内に飛び交っていた。  
「どうしました?」  
「? 何だ? この異様な雰囲気は」  
「…昨夜のこと、覚えてる?」  
 さっぱり訳のわかっていない二人を見かねて、マウナが恐る恐る声を掛ける。  
「昨日の夜、ですか?……気がついたら、兄さんに送ってもらってましたからねえ……」  
「ここに来る前に喧嘩して――そういや、イリーナ送ったな。あと……ツケ?」  
「その少し前は!?」  
 よりにもよって、肝心な部分を覚えていないようだ。これならば、今のこの状況を把握  
できなくて当然。三分の二以上睡眠状態だったイリーナはともかく、比較的しっかりして  
いるように見えていたヒースですら記憶に残っていない事が信じられなくて、思わず悲鳴  
のような叫び声を上げてしまった。  
「……さあ?」  
「…………なんか、あったか?」  
 そんなマウナを不思議そうに、今の会話の内容に驚愕している客達を訝しげに見回す。  
その場にいる全員の口から、示し合わせたようにため息が漏れた。やっと店内が音を取り  
戻す。何時もよりは幾分抑え目ながらも、喧騒を取り戻した。どうにか気を取り直して、  
マウナがお盆を器用にまわす。  
「ま、いいわ……。日替わりでいいわよね」  
「うん。いったい……何?」  
「あとで」  
「……今教えてはくれんのか?」  
「そんな気力、今はない」  
 
 ちらちらと送られる視線を気にしながら、幼馴染二人組みは顔を見合わせた。やっぱり  
さっぱり何もわかっていないし、思い出してもいない。状況把握もしていない。ただただ  
不思議そうなだけだ。  
「何じゃそりゃ。あ、レアな焼き鳥もよろしく」  
「……ゴメン。突っ込む気もしないわ……」  
 手にしたトレイを額に当てると、ぺこんと間抜けな音がたつ。その音は今のマウナの心  
境を、的確に表現していた。  
「これに怒らないなんて…、本気でどうしたんですか?」  
「あんた達が原因だから、あんた達が」  
 聞けば聞くほど体から力が抜けていく。  
(あー……知らないって、しあわせね……)  
 そう思いながら、手を二人に向かってひらひらと振り、のろのろと体を動かして仕事に  
戻る。二人の表情は普段通りで、昨日の出来事はユメの中での出来事、のよう。  
「はあ……」  
「俺達が、ねえ……」  
 そんな幼馴染二人組の訝しげな声が、背中にぶつかって、跳ね返って、とがった耳に入  
ってくる。もう何もかもがあほらしくなって、注文を伝えにカウンターへと向かいながら、  
マウナは深いふか〜いため息をついたのだった。  
 
 
オクリオオカミオクラレオオカミ、ソレトモナンニモナカッタカ。  
ソレハダレニモワカラヌシラヌ、ホンニンタチシカシラヌシラヌ。  
 
 
END  
 
 

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