意識が薄らいでいる。  
眠りに落ちる直前のように、水上をたゆたっているような感覚。  
気付いたとき、エアはそんな世界にいた。  
 
「……? あたし、なんで」  
 
疑問の言葉が口をつく。  
視界の中は、べったりとした薄紫色に砕けたガラスが光っているような、言いようもない風景で埋め尽くされていた。  
ここはどこだろう。  
今、何時?  
状況がよく分からない。  
だというのに、エアの脳は寝起きのように上手く働かず、混乱を起こそうとすらしない。  
 
「…………声が、聞こえる」  
 
微かに、後方から人の声が耳に届いた。  
ここで、こうしていても仕方ない。  
エアは寝返りを打つようにくるりと身体を反転させ、視線を後ろへと向けた。  
 
「――――――えっ!?」  
 
瞬間、電流が走ったかのような勢いで意識が覚醒し、思わず声を上げていた。  
そこには、風景が広がっていた。  
何処かの家の、部屋の中。  
そこにいる、見慣れた二つの顔。  
 
「ルー様、それにジーク!?」  
 
自らが崇める神、ルーフェリアの分体の少女と、エアの所属するパーティのリーダーである赤毛の青年。  
その二人が、部屋の中のベッドに腰掛けて、中睦まじそうに話し込んでいる。  
エアは、それを上空から――本来なら天井や屋根などが存在しようはずの障害物を無視して、見下ろしていた。  
 
「まーた、ジークはルー様とあんな親しげに……!」  
 
不思議な状況を分析するより先に、理不尽な怒りが湧く。  
ルーフェリア信徒としての、大いに個人的感情の混じった義憤に駆られ、エアは二人の下へ行こうとした。  
だが、いくら水中を泳ぐように身体を動かしても、近づけない。  
 
「ちょっ、どうなってんのよこれ!?」  
 
泳いでも泳いでも、まるでその分だけ眼前の風景が逃げているかのように、二人と自分の距離が縮まらない。  
手を伸ばしても、届かない。  
そんな様子のエアが上にいると気付いた感もなく、ジークはルーを、優しくベッドに押し倒した。  
 
「ぎゃーっ!!? なっ、なっ、なにしてくれてんのよ、アンターッ!!?」  
 
エアが怒声を上げる。  
二人がこれからするであろう行為を止めようと、必死にもがく。  
 
「ルー様と、そういうことしようなんて、許さないんだからねーっ!!!」  
 
顔を真っ赤にして、エアは叫んだ。  
瞬間――  
世界が、爆発した。  
 
 
 
 
 
「――――へ!?」  
 
再び気付いたとき、エアは草むらに寝そべっていた。  
視界に広がる、色とりどりの星々を並べた夜空。  
黄金に輝く満月。  
しかし、風が木々を揺らす音や梟の囀りは一切聞こえず、代わりに耳に届くのは、  
 
「あんっ、あんっ、ふぁっ」  
 
嬌声。  
すぐ傍から。  
 
「……ソラ!?」  
 
寝そべった状態のまま、エアが隣に視線を向ければ。  
白い裸身を晒した妹が、茂みの影に隠れるように、地面から伸びた木に両手を付いて、顔をだらしなく緩めていた。  
その腰部を掴み、背後からずんずんと彼女の女性器の中に己の分身を打ち込んでいるのは、  
 
「くっ、いいぞ、ソラ……」  
 
先ほど、ルーを押し倒していたはずの、ジークだった。  
ズボンとパンツを下ろし、並みの男性とは比較にならない大きさの剛直を、ソラの内側へ埋没させている。  
 
「ど、ど、どうなってるの、これ……!?」  
 
ようやく、エアの意識が現状を分析し始める。  
自分の置かれている状況が、異常であることを完全に自覚した。  
おかしい。  
おそらく、これは現実に行われているものではない。  
それは分かる。  
分かる、のだが――  
 
「お兄さんの、おっきい、ひぅっ、んぁっ」  
「ソラの中も、気持ちいいぞ」  
「うん、嬉しいの………はふっ、んっ、あっ……くぅんッ!」  
「…………」  
 
――目が離せない。  
気付けば、エアは眼前で行われている光景を凝視していた。  
男女のまぐわい。  
ジークとソラの、セックス。  
 
 
見たことは、あった。  
これじゃなくても、これに似た光景を目撃したことは、幾度かあった。  
冒険は常に命がけだ。  
死と隣り合わせの状況に置かれた際、人は子孫を残そうという本能が生じる。  
ジークに気があることが明白なソラと、性に頓着のないジークがこういう関係になることは、  
当然の帰結であり、エアも薄々予感はしていた。  
 
それでも、冒険の途中で野宿した際、小さな物音で目が覚めて。  
見張りをしているはずのジークとソラの姿が見えず、近くの茂みの奥へ探しに行ったところで見た光景。  
色々な意味で酷い衝撃を、そのときのエアは受けた。  
翌日、しばらく二人の顔をまともに見れなくなったくらい。  
 
「イクぞ、ソラ!」  
「来て、お兄さん、お兄さんっ!」  
 
はっ、とエアが記憶の旅から戻ってきたとき、交じり合う二人はいよいよ大詰めを迎えようとしていた。  
高速でピストン運動を繰り返していたジークの男性器が、力強くソラの最奥に差し込まれる。  
すぐ側で見ているエアに気付いた様子はない。  
もしかしたら、見えていないのかもしれない。  
 
「う、お…………っく!!」  
「ハァァ――ッ………っふ、んんっ、ア、ア…………〜ッ!」  
 
そのまま、二人は同時にびくん、びくんと小さく痙攣した。  
果てたのだ。  
エアの目に、ソラのお腹の中で何度も跳ね上がる肉竿と、それを抑えつけるように細かく収縮を繰り返す膣壁が、映った気がした。  
しばらくその格好のまま動きを止めていたジークが、やがてゆっくりと身体を離す。  
半分萎えかけたイチモツが引き抜かれ、同時に大量に注ぎ込まれていた白濁液が、ごぼりと零れてソラの太股を伝った。  
 
 
常に蛮族の脅威に晒されている現在のラクシアでは、避妊という概念は薄い。  
蛮族を駆逐するための戦士、戦士のための食料や武具を生産する民、そのどちらもが圧倒的に足りていない状況だ。  
穢れを持って生まれるナイトメアを除き、強姦などではない、純粋な愛による交わりによって誕生した子は、祝福される存在となる。  
娼館のようなそれ専門以外の場所で、互いの合意を持って性交するなら、子を産む覚悟も決めろ。  
それが大破局以前の、ただの快楽としてセックスを追求出来た平和な世界とは違う、現在のラクシアの『常識』であった。  
 
 
「お兄さんの、熱い…………それに足がガクガクで、支えてもらわないと立ってられないの」  
 
下腹部を撫でながら、ソラが淫靡に笑う。  
熱い吐息を吐いたその表情は、同性であり、姉であるエアから見ても、ドキッとするものがあった。  
 
 
 
 
――また、景色が唐突に変化した。  
あまりにも突然すぎる視界内容の変化に、目がキンキンと痛む。  
地面に寝転んでいたはずのエアは、再び中空に身体を泳がせていた。  
目に映る色彩は、夜空の黒から木目の茶色に。  
そこは木造の、狭い室内だった。  
 
 
パン、パン、パン、パン  
 
 
下方から音がする。  
拍手をするように、人の表皮と表皮がぶつかり合う乾いた音が。  
だがそれは、拍手のようなかわいいものではなかった。  
 
 
「ふっ、あぅ、ジークさぁん、ひゃっ、ふぁぁっ」  
 
 
それは、人の肉と肉のせめぎ合いだった。  
粗末なベッドに伏せた青髪の少女――ニゲラがその大きな尻を高く持ち上げられ、膝立ちの男に腰を打ち突かれている音だった。  
尻を突いている男の身体がぶつかるたびに、ギシギシとベッドが軋み、甲高い音を立てる。  
じゅぶじゅぶと、男が肉竿を出し入れするごとに溢れ出る卑猥な水音。  
まるでそれらを覆い隠すように、男は一層力強くニゲラの尻に自分の腰をぶつけた。  
 
 
パン、パン、パン、パン  
 
 
エアは目を見開く。  
仲間であるニゲラの痴態に、ではない。  
そのニゲラと性交しているのが、先程まで妹と同時に果てていた青年――ジークだったからだ。  
 
「なん、で、こんな……」  
 
だが、逆にその光景が、エアを少しだけ冷静にさせた。  
先程のソラは、いつか見た実体験だったかもしれない。  
しかし、エアはジークとニゲラが身体を重ねている姿など、見たことがなかった。  
それどころか、思い返せば先刻のルーが押し倒された姿だって、勿論知らない。  
つまり、これが何者かがエアに見せている、幻覚だと確信出来たのだ。  
 
「だからって、こんなものあたしに見せて、どうしろってのよ!?」  
 
エアが虚空に叫ぶ。勿論、返事はない。  
声が二人に届いた様子もなく、赤毛の青年と青髪の少女は、まるでそれが当然の行為であるかのように、淫らに交わっていた。  
 
 
ニゲラも、ジークと既にそういう関係になっているのではないか、と疑ったことはある。  
ソラとしているなら、ソラだけとしろ――などと説教する気は、とっくに失せた。  
事実関係が分からなかったからじゃない。  
ジークがルーへの好意を明確化した辺りと同時に、ソラがパーティから離れていたからでもない。  
ジークにとって、愛するということと、セックスをすることは、まるっきり別物なのだ。  
それは果たして、器が大きいと表現するべきか、自分勝手だと非難するべきなのか――  
兎にも角にも、ジークは不特定多数の女性と交わることに一切の躊躇を感じない男だった。  
 
「出すぞ、ニゲラ。何処に欲しい?」  
「ふぁい……ニゲラのぉ、オマンコの中に、ジークさんのせーえき、たくさん欲しいですぅ……」  
 
普段の甘ったるい声を更に蕩けさせて、ニゲラが卑猥な言葉を口にする。  
男を惑わす天然の色気を持つ女だな、と感じたことはあっても、こうして直接的な淫語を聞いてしまうと、流石のエアもショックを隠せなかった。  
この光景が、現実に行われたものなのかどうか分からなかったとしても。  
 
 
パンッ!!!  
 
 
一際大きな音を立てて、ジークがニゲラの巨大な尻に最後の一突きを入れた。  
奥深くまで自身の分身を埋没させたまま、背中を弓なりに反らし、小刻みにブルブルと震えだす。  
射精。  
 
「ひぁっ!! あっ、あふぅ……いっぱい入ってきてますぅ…………」  
 
口の端から一筋の涎すら垂らし、ニゲラが歓喜の声を上げた。  
悦んでいる。  
この男の精液を子宮で飲み込むという行為を、悦んでいる。  
エアは口元を抑え、ニゲラがジークに注がれている様子をただ呆然と見守るしかなかった。  
 
「すごい…ですぅ……ニゲラのなかぁ、ジークさんで染め上げられてしまいましたぁ……」  
(ニ、ニゲラって、こんな気持ち良さそうな顔するのね……)  
 
かつて、ジークは彼女を「妹が出来たみたいだ」と評した。  
とんでもない。  
エアには、目元を蕩けさせた今のニゲラからは「女」しか感じられなかった。  
 
 
 
 
 
また、唐突に眼前の光景が激変した。  
室内には変わらないが、先程の安い宿屋といった風情のボロ部屋と違い、清潔さが感じられる広い部屋。  
エアは、その室内に見覚えがあった。  
調度品の配置など若干差異こそあるものの、そこはリオスを訪れた際に数日滞在した、ジークの――――  
 
「ああ……やっぱりね」  
 
部屋の隅の白いベッドで睦みあう二人の男女は、エアの予想通り、ジークと、そしてアイシャだった。  
当然、エアはこのような光景など見たこともないので、これも幻ということになる。  
……実際にあったことかどうかまでは、判別不可能だが。  
 
「一体、こんなものを見せて、どうしようっての……?」  
 
インキュバスの淫夢、というのが、一番高い確率の可能性だろう。  
それにしては、自分が誰かに抱かれるのではなく、他人の痴態を見るだけというのが、エアには少々ひっかかりがあった。  
普通、こういう精神攻撃は、夢(幻想)を見せる相手自身に効果がないと意味がないのではなかろうか。  
それに、「自分は幻想を見せられているという自覚がある」というもの、おかしな話だ。  
 
「大体、エッチしてるほうの片方が、どうしていつもジークなのよ!?」  
 
赤毛の青年は、今回も意外と引きしまった肉体を晒し、組み伏せたアイシャを責め立てていた。  
明らかに常人よりも一回りは大きい凶悪なペニスが、出たり入ったりを繰り返している。  
 
「ハッ、アア――ジーク様…ひぅ、ふぅん……やっ、あんっ」  
 
アイシャは眉根を寄せ、襲い来る快楽を我慢しているような表情だった。  
だが、いつもの鉄面皮が嘘のようにその顔は真っ赤で、半開きになった口から、甲高い喘ぎ声が漏れ出している。  
着ているメイド服は脱げて腰元だけに残り、下着がズレて露わになった乳首を勃て股を開いてジークのモノを受け入れている彼女の姿は、  
エアの知っている冷静沈着でやや棘のある言い回しをするあの従者と同一人物だと、受け入れがたいものがあった。  
 
(……ニゲラだったら、『なんで弟のほうじゃないんですか!?』って言ってそうね)  
 
などと、馬鹿なことを考えている場合ではない。  
現実かどうかまでは分からないが、他人のセックスを見続けるなど、居心地の悪さが半端ないのだ。  
それに、自覚がないだけで、既に身体や精神に何らかの悪影響が出ている可能性もある。  
早急に、この世界から逃れる必要があった。  
 
「身体は……動く、けど……」  
 
手を上げたり首を捻ったりなど、簡単な動作は可能。  
だが、プリーストやコンジャラーとしての魔法を、行使出来なくなっていた。  
また、自分の身体に触れることは出来るが、周囲の物体やジークたちに触れようとすると、何故か遠ざかるように触れられない。  
さらに、この部屋から脱出しようとするなど、『移動』関連が何らかの力で封じられているようだ。  
この、ジークと女性たちとの睦み合いを「見ろ」と、そういうことなのだろうか。  
 
「……って、人が真面目に考察してるのに……」  
「はっ、はっ、はっ、ふぅっ――ひゃんっ!」  
「アイシャはたまに、そういうカワイイ声あげるよな」  
「そ、そんな――んんっ、はぁぁ……んくっ、はふぅっ」  
「横でこんなことされてちゃ、集中出来ないわよっ!!!」  
 
大声で叫んでみるが、二人には一切聞こえていないようだった。  
幻覚だと分かっていても、エアの目の前で行われている性行為は、果てしないリアルさがあった。  
視覚から、男と女が重なり合う姿を。  
聴覚から、乱れた息遣いと喘ぎ声、それに性器が繋がった部分からの下品な水音。  
嗅覚から、汗と愛液の入り混じった臭い。  
自分に起こっている不可思議な現象が無ければ、ひょっとしたら現実だと錯覚していたかもしれない。  
 
 
勿論、エアにだって性欲はある。  
さっきから心臓はドキドキしてるし、段々と乳首が勃ってきてるし、パンツだって微妙に湿り気を帯び始めてきた。  
だが、今は異常な状況なのだ。  
ひょっとしたら生命の危機に瀕している可能性だってあるのに、暢気にセックス鑑賞なんて悠長なことをしている暇など無いのである。  
早く現実に戻らないといけない。  
そのためにも、今置かれている状況を打破しなくてはならないのに――  
 
「もうそろそろ、限界だ、アイシャ……ッ」  
「はぁ、はぁ……き、来てください、ジーク様……ルーンフォークの私は妊娠しません、遠慮なく膣内に……ッ!」  
 
ジークの腰の動きが早まる。  
アイシャの喘ぎ声も、断続的になっていく。  
そして、  
 
どぷ。びゅる、びゅくっ。  
 
ジークはアイシャの奥底に、白濁液を叩き込んだ。  
アイシャの身体がびくりと跳ね、声にならない悲鳴を上げる。  
 
「ふぁぁっ……ッ……〜〜〜……ッッ!!!」  
(…………う)  
 
思考が飛んだ。  
その瞬間、エアはジークとアイシャのことしか見えていなかった。  
どうしても、この異常空間からの脱出のことより、セックスに目を惹かれてしまうのだ。  
幻覚を見せている術者の思惑通りになっている感もあるが、これはもう、理性ある人としての本能のようなものだ。  
そう、エアは自分に言い訳をする。  
 
「はっ、ふぅっ、はぁっ…………満足されましたか、ジーク様」  
「いや、まだまだだな」  
「そうですか……では、ジーク様が満足されるまで、存分に私の身体をお使いください」  
(ちょっ、まだやる気なの!?)  
 
二回戦に突入しようとしている様相の二人に、思わずエアは瞠目した。  
これから更に深く、強く交わろうとする男女の様相にごくりと唾を飲み込み――  
 
 
 
 
 
またもや、世界の変化に巻き込まれるのだった。  
 
 
 
 
 

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