「そっかぁ。お前さんもいろいろ大変だったんだなぁ。うんうん」
真っ昼間から仕事をサボって、リュクティと酒を酌み交わしているのは、街の衛視
マスコフ・リンチである。
役人嫌いのリュクティであったが、マスコフだけは例外で、よく気がある。以前は
ちょくちょく飲んだりしていたのだが、最近はお互いいろいろ忙しく、こうして二人で飲むのも
随分と久しぶりだ。
「相変わらずべっぴん四人に囲まれて、しかも三人は独身…正直お前が羨ましいよ。
…サティアさんはともかく、他の三人はフリーで処女なんだろ?なぁ、誰でもいいから紹介してくれよ」
酒好き、バクチ好き、女好き…ここまではリュクティと一緒だが、マスコフは更に処女厨でもあった。
「残念だったな。お前さんの分はもうないぜ」
「な、なんだってー!おい!お前が三人とも喰ったのか!」
リュクティの意外な発言に、マスコフは今にもリュクティに掴みかからんばかりの勢いだ。
「ちくしょう…!お前さん、こないだ飲んだ時は『おあずけ食ってる犬の気分だ』って言ってたじゃねぇか」
「だから何でそうなるんだ!話を最後まで聞け!」
「うぅ…」
「…あのな、あれから一年近く経っただろ。別の意味でもいろいろ大変だったんだよ」
「だからって、三人とも喰っちまうこたぁねぇだろ…」
「…だから俺じゃないって(1/3は嘘だけど)。ボウイにもシャディにも彼氏の一人ぐらいいるのが
普通だろ。いい歳なんだからさ」
「…その幸せ者はどこのどいつだ。勘弁ならねぇ…」
「ボウイには許嫁、ていうか幼なじみがいたんだよ、ユリウスっていう。旅の途中で知ったんだけどな。
…今でもちょくちょく逢ってるみたいだぜ。口ではボロクソ言ってるけど、ありゃまんざらでもないな」
「じゃあ…じゃあシャディはどうなんだ」
「ま、今は一応フリーみたいだけど、故郷のプロミジーではいろいろあったみたいだぜ」
「フリー『みたい』って何なんだ?」
「んー…思い人はいるんだけどね、相手は旅人、っていうか流れの吟遊詩人だからなぁ」
そう言えばあの吟遊詩人…「流れる風」は今どこで何をしてるのだろうか。タラントで別れて以来
行方は杳として知れない。…もっとも、あっちは追っ手から逃げる生活だし、こっちもこっちで
トラブル続きだったのでそれも当然だが。
「…くそっ、まあシャディは仕方ない。諦めるとしよう。…でもあの娘は大丈夫だろう?ほら、ドラムの
背の高い…」
「あー、レイハね…」
頬を掻きながら気まずそうに答えるリュクティ。
「ほら、何だか他人を寄せ付けない威圧感があるし、見るからにストイックな感じじゃないか」
「んー…威圧感…ねぇ」
…確かに傍から見てるだけでは、そう思われても仕方がない部分もあるだろうな…リュクティは
ぼんやりとバンドを結成したばかりのことを思い出していた。確かにリュクティの第一印象も、マスコフの
それと大差はなかった。
「並大抵の男じゃ、ああいうタイプの彼氏は務まらないぜ」
「でも、いるんだよね…彼氏が」
「えっ…!」思わず絶句するマスコフ。「いったいどんな奴なんだ?」
「まあ、並大抵の男ではないな…」
「そりゃそうだろう。あんないい女は滅多にいないぜ。それを落とせる男ってのは…」
「果報者…だよなぁ、やっぱり」
改めて実感する。確かに自分がマスコフみたいな立場なら、同じように羨ましがるに違いない。
「…どうしたんだ。顔がニヤけてるぜ?」
「ん?ああ。…ま、確かにあんな美人は滅多にいないと思ってね」
「当たり前だ!…あんないい女を独り占めだなんて!絶対に許せん!!」
…リュクティ!お前は悔しくないのか!あんないい女の処女が他人にみすみす奪われるなんて!!」
地団駄踏みながら大声でとんでもないことを口走るマスコフ。酔いと不条理とも言える怒りで、もはや
一種の錯乱状態だ。
「マスコフ…非常に言いにくいんだが」
「何だ」
「…俺、なんだよね、彼氏って」
「…へ?」
「いや…どういうわけか、旅の途中でいい仲になっちゃってね…」
「…」
「何か、なし崩し的に付き合うことになった、っていうか…」
先程までの錯乱状態が嘘のように、一気に腑抜け状態になるマスコフ。
「いやー…最初に言おうかとも思ったんだけどさ。何か切り出しにくくって」
「…リュクティ…」
「ん?」
「…処女だったのか…?」
「…まあ、な」
その言葉に、マスコフはテーブルに突っ伏しておいおいと泣き始める。
「ちくしょう…リュクティ…お前だけは仲間だと思っていたのに…!」
「そう言うなって。…お前にもそのうちいい出会いがあるよ」
「そんな通り一遍の慰めなんかいらん!…くそっ!リュクティ!今日は朝まで付き合えよ!」
「…わかったわかった。だからもう泣くなって」
…その後、徐々に立ち直ったマスコフに、私生活というか、夜の生活についていろいろ聞かれた
リュクティであったが、それはまた別のお話…