鏡の中に写る、自分の姿を見て悲しくなる。
密かに自慢だった白くバランスの良い身体を包むのは、膨らみを強調する淫猥な革のビスチェ。
何時か愛しい人と結ばれる事を夢見た膣口を覆うのは、見た目からして頑丈な貞操帯。
想い人から贈られた安物ネックレスの代わりに首にあるのは、優美な金属製の首輪。
両親が褒めてくれた高い鼻は、鉤によって豚の様に歪められ。
あの人と触れ合う程度に口付けした唇は、堅い口枷から涎を溢し続ける。
まるで娼婦、いや奴隷のような。それも最下層の性奴隷そのものの姿。
ダーレスブルクの侯爵令嬢として恥じぬよう、美しさも教養も誇りを持って磨いてきた自分の今の姿。
だけど、そんなものよりも。
傷だらけの身体を私に見せながら、楽しそうに酷薄に笑う彼の姿が私の胸を切り裂く。
こんな風に笑う人ではなかった。
特別整っているわけではない、むしろ平凡な顔だけど。それでも優しく笑う、彼が好きだった。
今は平凡など微塵も感じない、凄みと雄々しさを伝える顔になってしまった。
そして今日も、今の私の役割が始まる。
果たして今日は、何回快楽で意識を失う事になるのだろうか。
それは物語によくある、恋話。
どこにでもある、身分違いの恋。
少しだけ他と違うのは、結末が駆け落ちではなかった事。
二人は熱心に周囲の説得を続け、諦めなかった事。
二人の根気と示した才能に負けて、結婚が許された事。
この人となら、どんな辛い道でも耐えられる。
そう感じたし、実際にそうだった。
辛くても、楽しかったのだ。
そう。
幸せ、だったのだ……。
優しい記憶が唐突に途切れ、思わず身体を動かした。
動かして、シーツの感触が帰ってきた。
そして自分が眠って、いや気絶していた事に気が付く。
豪奢なベットの上で、身を清められて休ませられていたのだろう。
だが淫猥なビスチェは別のものに新調され、首輪と貞操帯はそのままだ。
股座の感触から一度は外されて前も後ろも洗浄し、改めて装着されたのだと理解した。
そう、理解出来てしまう。
もう何度前部網目状金属箇所から、尿を排出しただろうか。
もう何度自分の意思の無いままに、便を排出しただろうか。
最近はもう、それにも慣れてしまって来ている自分がいる。
「人間として……終わってるわ……」
「おはようございます、奥様」
思わず漏らしてしまった自嘲に、言葉が返って来た。
身構えて視線を移せば、そこには一糸纏わぬ姿の美しい同年代の女がいた。
彼の所有する、表向きは臣下と言う名の性奴隷の一人だ。
弱音を聞かれたであろう返答から、苛立ちながら皮肉を返す。
「おはようございます?フン、本当に今は朝なの?穢れも無いのに、こんな部屋に押し込まれたものだからサッパリ分からないわ」
「時間については、もうすぐ太陽が頂点に昇ります。昨日も御勤め、御苦労様でした」
窓一つ無い部屋に監禁されている自分の立場を皮肉りながら時間を訊ねたら、返されたのは正しい時間と労いの言葉である。
自分の今の姿からしてみれば、奥様という言葉と馬鹿丁寧な言葉は嫌がらせ以外に感じられない。
込み上げて来る苛々した感情を、無言で消化する。
「御食事になさいますか?それともトイレ?あるいはもう少しお休みになられますか?」
続けられた言葉がまた、神経を逆撫でする。
「食事、排泄、睡眠。愛玩動物そのもののメニューね。起きたら夫もいないし、奥様というのは大した皮肉ね?」
時間の感覚が無くなった監禁生活で、私の気分は最低だ。
百歩譲って過去に愛を語らった、彼との歪んだ性行為はまだ我慢出来る。
私の知らない顔でも、感情の篭らない冷淡な声でも、私を愛していると囁いてくれるから。
だが、その奴隷にまで奴隷扱いされるのは我慢出来ない。
大体この女の他にいる十数人の奴隷も、皆首輪も貞操帯も服すら着ていない。
全て強要されている自分との違いに、苛立ちが抑えきれなくなってきている。
「もっ!申し訳御座いません!御主人様がいらっしゃらないのは、本日はどうしても外せない用事の為で御座います!」
「どうしても外せない……?」
予想外にも土下座し、慌てた謝罪を受けて困惑する。
思い出してみれば、自分が目を覚ます時まで彼が部屋に残っていない事は無かった。
それもまた、自分が苛立っている原因のひとつだろう。
情報を整理するため、腹立ちを抑えて過去の情報を熟考する。
両親から私達が結婚を認められた後、私達は努力を続けた。
私は教養・経営を熱心に学んだし、美貌に磨きをかけた。彼も誠実に、領地経営の何たるかを学んでいた。
そんな中で、領地の端から蛮族に対する救難要請が来た。
コボルトとゴブリンという下級の蛮族相手だったが、運悪く別の大規模進行に手勢を奪われていた。
このラクシアにおいて、多少でも戦える者がまず戦うのは義務といって良い。
そして彼の両親は冒険者であり、彼には多少なりと戦士として妖精使いとしての能力があった。
多少の指揮経験を持つ彼に少人数の共を付け、その排除を命じた父。
戦力分散が蛮族に悟られないよう、冒険者への依頼と偽っての作戦だった。
その結果は、村一つの全滅だった。
伝えられた情報そのものが罠であり、村そのものが処刑場だったのだ。
そして、彼は死んだと伝えられた。
失意に泣く私だが、今度は蛮族の戦いで受けた毒が元で父が死んだ。
ブラグザバスの神官が作成した呪毒を受けたらしく、呪いが判明した時点で手遅れだったのだ。
私の家を襲った立て続けの不幸の中、更に母が病に倒れた。
気力そのものを失った母は父の後を追うように、神聖魔法も受け付けずにこの世を去った。
引退から復帰した祖父、父の後を継いだ兄を必死で助けている中で私に政略結婚が上がった。
祖父だけは彼の事を忘れるまで考えなくて良いと言ってくれたが、選択肢は無かった。
臣下の絶対数が不足していたし、兄からは当主命令として結婚を命じられた。
正直に言ってしまえば、彼の事は忘れられなかった。嫌だった。
だけど、それを口にするには私は政治を勉強しすぎていた。
そして望まない結婚式を挙げ、相手の寝室でいざ初夜という所で乱入者が来た。
圧倒的な魔力と殺意を持って、彼が服に手を掛けていた私を強奪した。
そして眉一つ動かさず、害虫を潰すように結婚相手を文字通り死体すら残さず消し飛ばした。
しかもその上で、相手の屋敷そのものを破壊して証拠を隠滅してしまった。
完全破壊までの間に誰かが脱出するような事も無かったので、おそらく彼に皆殺しにされてしまったのだろう。
動揺の余り凍り付いていた時間が動き出し、彼を問い詰めようとしたところで何らかの手段で意識を奪われた。
気が付いたときにはもう、この部屋だった。
そこでようやく、彼は自分がどうなったかを話してくれた。
悪名高いミストキャッスルに奴隷として捕われた事。
何度と無く死に掛け、魔法でも癒し切れないほどの傷を負った事。
それでも死ぬ事無く、私を求めて脱出の為に戦い続けた事。
翠将と互角に戦い、辛うじて退けられる程に強くなった事。
生死の狭間で恐怖を忘れる為に女性を抱き、自分から離れられなくなった者だけ共に逃がした事。
私が他の男に見られるのが嫌で、首輪をつけて誰にも見せたくない事。
約半年ぶりに再会した彼はそのまま、私の処女を奪った。
端的に言って、凄かった。
彼は昔と比較にならないほどに鍛え抜かれた上、経験値に差がありすぎた。
元々憎からず想っていた相手にそれほどまでに情熱的に求められ、与えられた徹底的な被虐的快楽に私は貴族の誇りを忘れた。
そして気が付けば、彼の腕の中で性奴隷に収まっている。
自分の意志の弱さに自己嫌悪していると、大きな声に意識を呼び戻された。
「どうかっ!どうか御赦しをっ!奥様への御主人様の愛を、疑わないで下さいませ!」
大きな声は、号泣だった。
馬鹿にされていると感じた相手にそのような態度をとられてしまい、思わず呆然としてしまう。
「どうかっ!どうかお慈悲をっ!」
向こうは此方の都合などお構い無しだ。
「うるさい!……あ」
反射的に文句を返してしまうと、号泣とすすり泣きが止まった。顔は絨毯床に擦り付けられたまま、呼吸音だけになる。
「……ええと、赦すから顔を上げなさい」
上げられた顔は、涙と鼻水と涎で酷い有様だった。涙が無い分、まだ昨夜の私の方がマシだと思う。
「……汚いわね。せっかくの綺麗な顔が、台無しじゃない」
「も、もうじわけ、ございまぜん……」
こうまで下手に出られると、流石に悪い事をした気分になってくる。
「と、とにかくっ!にょ、尿を出しておきたいわ。容器を持ってきなさい」
「や、やはり御赦し頂けないのですね!うえぇ……」
恥ずかしさを誤魔化すためになんて事無いように要求を伝えた心算が、予想外のリアクションが返って来た。
「ま、待ちなさい。何故容器を持ってくるのが、赦さない事に繋がるのです?」
「き、気分が良い時や奴隷を赦した時は、ほ、奉仕をさせて頂けるからです……」
(……はい?)
余りに予想外の返答に、私の思考は停止した。
「では、お、お前は私の尿が飲みたいのですか?同性の?」
「も、勿論で御座います」
「な、なるほど。で、では便はどうです?」
「お、奥様の尿や便は私達の方で、褒美として御主人様から頂いておりますが……」
「ふ、ふーん」
(わ、私の排泄物!?何してるの!?えええええ!?恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしいいいいいいぃぃぃぃぃっ!)
「お、奥様?」
「そ、そうですか。わ、私の家ではそのような習慣は無かったので……」
「ええ!?そ、そうなのですか!?」
(なんで、なんで、なんで!そんな!心から驚いたリアクションをするのおおおおおぉぉぉぉぉっ!)
「で、では今後このような事が無いため、重い罰についても、き、聞いておきましょう」
「重罰ですか?操霊魔法でチンポを生やされたりとか、歩けない巨乳にされたりとか、頭が入るくらいケツ穴広げられたりとか……」
「ほ、ほう」
(ま、まだあるのおおおおおぉぉぉぉぉっ!)
「魔改造で触手を生やされたり、性器を増やされたり、快楽用の発電体質にされたりとかですけど……」
「そ、そうですか……風習の違い、ということですね……。で、では私の股に顔を寄せなさい……………んん……」
「あ、ああ。お、奥様への初奉仕……私が、初めての……光栄です……。……………あ、ゴクゴク……。コクコク……」
「ど、どうです?」
「う、嬉しいです……。綺麗に致しますね、ペロ、チュル、ズズ……」
(ミストキャッスル、半端じゃない……。ハッ!?しまった、驚きの余りに流されてしまった!?)
「良かった……奥様が私達を使われないのは、文化の違いだったのですね……」
(違う!って、怒鳴りたいけど……。なんで、そんなに安心した顔してるのよ……)
「本当に、良かった……御主人様からしてみれば、奥様が本当に望まれたら私達を捨てるでしょうし……」
「そうかしら?」
「はい、御主人様は奥様一筋です。だけど、だれもが御主人様のように強くは無いんです……あんな所で、とても耐えられない……」
ようやく思考が纏まり始めた。要するに彼女達は私が原因で、彼に捨てられる事に怯えていたらしい。
「……辛いかもしれないけど、全部を話せば彼に貴方達を捨てないようにねだって上げるわ」
馬鹿丁寧な態度の理由が分かれば、それを材料に交渉の余地が出てくる。
「ほ、本当で御座いますか!?話せと命令されれば話しますが、わざわざねだって頂けると!?なんて慈悲深い!」
予想外の所で、感謝された。交渉の材料どころか、私の言葉は彼女達にとってジョーカーになるらしい。
「え、ええ」
「ありがとう御座います!そうですね、何処から話せばよろしいでしょうか。………まずはあの街では、力無い人は家畜です」
「話には聞いていましたが……」
だが噂話に比べて、数段過酷な場所であるのは間違いないらしい。
「私達は御主人様と同じく奴隷にされたり、大切な任務で向かったり、あるいは生まれた時から家畜として生きていました」
家畜としての生。自分には、想像も出来ない話だ。まあ愛玩動物なら、多少は理解出来るだろうが。
「そして、諦めたんです。だって、死ぬのが怖いから。隣の子がある日、突然居なくなる。それが毎日」
一体それは、どれほどの恐怖なのだろうか。
「身体を売って、そうすれば多少は安全になりました。それでも、蛮族の機嫌を損なえば殺される。殺されたら、望まず蘇生させられる」
思い返してみれば私の見た性奴隷の中には穢れを持つもの、異形の器官を持つ者は少なからず居た。
だが、それは他者に強制されて改造された結果なのだろう。
「そんな中で、御主人様は違いました。娼婦街で会う度に傷だらけで、それでも決して諦めない。眩しかったです」
「そう……」
「どうして諦めないのかと訊ねたら、奥様に会うまでは諦めない。どんなに辛くても、奥様の為なら幸せだって」
自分の頬は今、きっと紅い。
「毎日が地獄ですから多少独占欲は強くなってますけど、それでもベットの中では私達を見て優しくしてくれるんです」
多少独占欲が強いの部分で反発を覚えたが、それでもきっと彼女達には多少程度のものを見てきたのだろう。黙って、先を促す。
「二番目で良いから、奥様の代用品で構わないから飼って欲しい。自分の足で立てなくなった私達は、皆一度は御主人様に言いました」
最初から自分が一番になる事を諦めたと知り、純粋に彼女達を哀れに思った。
「御主人様は困ったように笑って、この地獄から抜ければ私達は変われるって。そして、本当に地獄から助けてくれました」
だけど、その声で理解出来た。
「でも、変わりたいとも思いません。穢れ持ち、魔改造体、奴隷な私達には御主人様の所しか居場所がありません」
彼女達は今、幸せなのだ。
「御主人様は奥様を繋げていれば幸せ、私達は幸せな御主人様の御傍で奉仕させていただければ幸せ」
そう、幸せならわざわざ変わりたいとも思えないだろう。そして、その彼女達の幸せを破壊しうる最大の存在。それが私なのだ。
「そして今日の外せない用事は、奥様の幸せの為です」
「私の?」
「はい、御主人様は、奥様の家は、そしてこの国は、罠に嵌められたんです」
その一言に、驚きで呼吸が止まった。そして同時に、高速で思考を回転させる。
確かに、作為めいたものは感じていた。
本当に偶然で、私の不幸は連続したのだろうか。余りに都合が悪過ぎる、それは間違いない。
彼を誘導した時は、余りに時期が良過ぎる。
父が死んだ時は、解呪を使えない神官しかいないのは不自然過ぎる。
母が死んだ時は、薬物やマジックアイテムでも全く対処出来ないのは早過ぎる。
では一連の事件で、最も得をしたのは誰か。
一人しか居ない。
きっと自分は、信じたくないからそこから目を逸らしたのだ。
「お、奥様!?どうなさいました!?」
声が、遠くに聞こえる。
自分でも理解出来ない脱力感に身を任せ、私は意識を失った。
「ん……」
まどろみの残滓を振り払おうと頭を振ろうとして優しく、だけど力強く顔を固定されて唇を奪われる。
自分の口の中を熱い舌が這い回るが、嫌悪感は浮かんでこない。
だけど股間に生まれた熱が、蜜を溢したのが分かる。
「目は覚めたかな、お姫様?」
「ええ、悪い魔法使いさん?」
彼が、自分の傍に居る。それだけで、今は優しく笑えた。
「終わったよ、決着は付けて来た。やれやれ、君をこの屋敷に完璧に閉じ込めておけるのは今晩までらしい」
「そう……兄さんも死んだのね……何があっても受け止めるから、全部話して」
「……ハァ、分かったよ」
彼が伝えてきたのは、自分が意識を失う直前の予想通りだった。
全ての原因は兄で、兄こそが邪教の神官だった。
詳細な状況を知っていた兄だからこそ、情報を望み通りに扱えた。
編成に干渉出来る兄だからこそ、父を殺せる状況を作り出せた。
実の息子である兄だからこそ、母は死を選んだ。あるいは、自害だったのかもしれない。
そして私の政略結婚の相手も、兄の仲間だったそうだ。
彼はミストキャッスルで状況の不自然さを感じ、生存競争の傍ら独自調査を行ったらしい。
侯爵家の一員がブラグザバスの高司祭だったと表沙汰になれば、私と祖父も実刑を免れない。
そこで彼は自分の武力を背景に王家と裏取引を行い、自分の方で彼らの断罪を引き受けた。
復讐と証拠隠滅は完璧らしい。
ついでに王家にとって面倒な相手の弱みを握り、あるいは兄達の仕業と偽って抹殺したそうだ。
王家の方もここまで協力的な相手なら、わざわざ敵に回そうとはしないだろう。
表向き兄は付近に潜む邪教の神官に気付き、信頼出来る友人の所に私を避難させる為に婚姻を計画した。
しかしその友人の所にも邪教の神官は潜んでおり、邪教の罠を食い破ったミストキャッスル帰りの彼が私を救出した。
屋敷ごと破壊された為表向き私は死亡した事にして、彼が私を匿っていた。
その一方で彼は兄や王家と連絡を取り、協力してこれを打倒。しかしその際に、兄が毒で倒れてしまった。
兄は瀕死の状態で私と彼に後の事を託し、この世を去ったという筋書きらしい。
「この、大嘘吐き」
「いやいや、君に嘘はついてないよ?嘘は。話してないだけで」
以前は申し訳なさそうに言い訳してくれただろうに、今の彼はふてぶてしいポーカーフェイスだ。
「もうっ!……でも、このペット生活も、終わりなのね……ねえ、御主人様?辛い真実、忘れさせてくれない?」
「ひっじょーに魅力的な提案だけど、駄目。」
恥ずかしいのを我慢して誘惑したら、これである。
「馬鹿!」
「安定期に入るまで、お腹の子が危ないから」
その言葉には驚いたが、同時に納得した。あれだけ毎日、一晩中朝まで交わっていればむしろ孕むのが当然だろう。
「だから、後で尻穴でな。それから、奴隷達から嘆願。どうか自分達をこのまま、置いていて欲しいって。さ、お手をどうぞ?」
「仕方ないわね……それにしても、通りで……急に感情のコントロールが出来なくなったわけね……」
彼の手を取って、寝台から降りる。相変わらずの猥褻姿だが、寧ろこの姿でないと彼女達は不安になるだろう。
そして私は、彼にエスコートされて自分のケージを出たのだった。
部屋を出るとそこは広めの空間になっており、性奴隷全てが裸で土下座していた。
誰一人微動だにせず、声を上げない。
「私は、彼の子を孕みました。それが認められない者は、構わないから顔を上げなさい」
誰一人、全く動かない。
「こうして彼に飼われていて、子を宿して改めて思いました。私は彼を愛している、彼の一番で在り続けたい」
「俺も君を、一番愛しているよ。他に子供も作ってないしね」
何人かが、震える。嫉妬、あるいは恐怖だろうか。
「ですが彼の精力は絶倫であり、私一人では満足させられません。故に身の程を弁えた奴隷は、このまま仕える事を許します」
安堵の吐息が幾つも吐かれ、張り詰めた室内が少し和らぐ。
「そして私が始めての子を出産した後、貴方達にも妊娠を許します。そしてその子はどのような姿だろうと、彼の子として愛します」
一様に驚きの表情を浮かべ、皆が顔を上げた。
「そして、貴方達にも居場所を与えて上げます。変わるのは怖いでしょう、だけど私は貴方達にも幸せをあげたいのです」
「……で、では奥様……」
声を掛けてきたのは、先ほど私に心情を伝えた女だ。
「わ、私は奥様にも御主人様と変わらぬ忠誠を捧げます。で、ですのでその……お、おみ足で踏んでいただけますか?」
「ふ、踏むのですか?」
戸惑って彼を見ると、肯定の意思で何回も頷いている。
「よ、良いでしょう。ど、どうせですから彼の足を舐めさせながら、踏んであげましょう」
「ああっ!奥様っ!」「奥様、次は私めを!」「わ、私は奥様の足を舐めさせて頂いてよろしいでしょうか!」
やけっぱちになって、彼を巻き込もうとしたら想像以上に喰い付きが良かった。性奴隷達の顔は、どれも嬉しそうだ。
「全く、君には敵わないな……」
「あ……」
今の彼の笑顔は、昔と同じ優しい笑顔だった。
「おかえりなさい……」
「え?」
泣きそうになりながら、彼の方に向き直った。
「やっと、前と同じ笑顔で……笑ってくれた。ずっと、不安だったの……別の人みたいな表情になって……」
「……自分では分からなかったけど、そうなのか……。ああ、ただいま……」
「そして、貴方達もお帰りなさい……私と彼の居る場所が、貴方達の居場所よ……」
大丈夫だ。きっと私達は。霧の街の呪いを超えて、皆で幸せになれる。
そして私は彼女達を抱きしめる為に、腕を上げて広げた。