ジークが浴槽の中に身を沈めると、ザブン、と音を立てて湯が浴槽の外へと流れ出た。
『給湯器を使わずとも、水を入れただけで適温になる浴槽』――魔法文明時代の道具の効果には恐れ入る。
例えばこれが魔道機文明アル・メナスの時代のものなら、この効果を発揮するために『発動』というプロセスが必要になるだろう。
こういった魔法の道具が大量に発明されたのは魔道機文明からであるが、魔法が選ばれた者にしか使えない特権であった魔法文明の時代にも、
魔剣や兵器だけでなく、このような――言ってしまえば『俗』なアイテムが開発されていたのか。
何にせよ、簡単に使えて便利なら、それでいい。
「ふぅ」
背中を浴槽にもたれかけ、ジーク短い吐息を漏らす。
こうして一人静かになると、どうしても数刻前の衝撃――クロノアとのファーストキスを思い出してしまう。
「う…………」
途端に気恥ずかしくなり、ジークは湯の中に顔を半分沈め、ブクブクと泡を吐き出し始めた。
ジークとて、若い男性である。
普段は興味の優先度が極端に低いので人並外れて意識しないが、ひとたび意識すれば興奮するし、性欲も湧く。
特に今は、エア・ソラ姉妹の母親とはいえ、美しさでは他種族の追随を許さないエルフの女性と二人きりで、
しかもひとつ屋根の下で寝食を共にしているのだ。
ふと夜半に目覚めてみれば、寝返りを打ったのかこちらに身体を向けたクロノアの、
ソラよりも美しさに磨きのかかった長い睫毛や艶やかな唇が間近で見え、
バスローブが少しはだけてエアよりも更に大きい巨乳の谷間が自己主張するように視界に写り、
ジークを悶々とさせる、というようなこともあった。
ジークは、そんな相手とキスをしたのだ。
あの唇同士が触れ合う圧倒的な柔らかさの感触は、己の思考回路をショートさせるほどに強烈で、
思い返しただけで、股間の男性器がムクムクと鎌首をもたげ、ついには力強く屹立してしまう。
「ああ……ヤバいなぁ。早くこの屋敷から脱出しないと、色々とヤバい気がする」
これから四日以内に脱出出来なければ、ポイントを取り戻すために再びキスをしなければならないわけで……
もしそうなったとき、自分の理性が抑えられるかどうか、不安でしょうがない。
と。
「ちょっといいかしら?」
風呂場のドアの向こうから、クロノアの声。
ジークは意味が無いと分かりつつも、身体を隠すため反射的に身を深く浴槽へと沈めていた。
「わっ! な、なんだ?」
「………………………私も、一緒に入るわね」
「へ?」
一瞬、何を言われたか理解出来なかった。
だが、脳が今の言葉の意味を理解するころには、既にドアは開けられており、
両腕で胸と股間を隠した全裸のクロノアが、浴室へと侵入を果たしていた。
「うわぁっ!? な、なにしてんだバカッ」
慌ててジークは顔を背ける。
「なんで入ってくるんだよ!? ってか、せめてタオルくらい巻けよ!」
「うぅぅ、こ、こっちにだって事情があるのよ」
ちゃぷん、とクロノアの片足が湯に入る感覚。
ジークはクロノアのほうを見ないまま、慌てて膝を抱え込むような姿勢になり、
伸ばしていた足を踏まれないようにしつつ、股間で激しく熱膨張しているイチモツを隠した。
「――ふぅ。二人分入れる、浴槽の広さで良かったわ」
「良くないッ! 事情ってなんだよ、どうして俺たちがこうして一緒の風呂に入らなくちゃならないんだよッ」
「事情があるって言ったでしょ! 真剣な話があるの、こっちを向いて頂戴」
「向けるか!?」
「恥ずかしいのはお互い様よ! 私がいいって言ってるんだから、真面目に取り合って!」
「うぅ……マジで何なんだよ……」
渋々、ジークは顔をクロノアへと戻した。
湯の中に肩まで浸かり、やはり胸と秘所を手で隠したクロノアが、これ以上ないくらい真っ赤な顔で、ジークの瞳を見つめている。
視線を合わせることに耐えられず、ジークは目を逸した。
(デカッ!?)
するとクロノアの細腕では隠し切れない、零れ落ちそうな乳房が視界のど真ん中に映る。
ジークは巨乳が嫌いだ。
それは本当の意味で嫌いというわけではなく、つい目を奪われてしまうのが、恥ずかしかったり情けなかったりする――――
――――要するに、本当は歳相応に大好きだった。
「……言っておくけど、相対する男の視線がどこ向いてるのか、女は分かってるものよ?」
「だから何だよ!? 俺を辱めたいだけか!?」
「い、いえ、ちょっと待って。私もいっぱいいっぱいだから……」
クロノアは小さく深呼吸すると、ようやく本題を切り出した。
「私たちはこの屋敷から脱出しなくてはならない。そのためにポイントを集めてる。そうでしょう?」
「…………!」
今、自分たちを悩ましている状況。
その話になったと認識した途端、ジークの表情から照れが消え、クロノアの顔だけを真っ直ぐ見始めた。
恐らく、もうクロノアの首から下は見えていないだろう。
「でもこの四日間、ポイントを稼げていなかった」
「そうだな。肩車から相方を背中に乗せる腕立て伏せまで色々やったけど、73から変動しなかった」
「でも本日、久方ぶりに上昇したわ」
「あ………ああ。75ポイントになった」
「そこで私は、一つの結論に達したわ」
一旦言葉を切り、思いつめた表情になりながら、クロノアは続けた。
「私たちがポイントを上げるためには、もう………………エッチなことをするしかないわ」
「は?」
目が点になるジーク。
ややあって、絶叫した。
「はぁぁぁぁ!? なんで!?」
「……やっぱり、気付いてなかったのね」
クロノアは、小さいため息を一つ吐く。
既に想定済みだ、ジークの中で『夫婦』と『性行為』が結びついていないことは。
「説明するわね。いい――」
もはや、通常思いつく限りの健全な夫婦共同作業は全て試した。
これ以上は、今まで手を付けていなかった夫婦の作業――
即ち、『子作り』の領域に踏み出さなければいけない。
そのようなことを、クロノアは話した。
「勿論、実際に子供を作るわけにはいかないわ」
「お、おう。そりゃ、そうだ」
「ありがとう。で、代わりと言っては何だけど、実際に子供を作る行為をしなくても、やれることはあるわ」
「えっと……エッチなこと、だよな?」
「そうよ。それで、ここからが一番大事なんだけど」
じっ、とクロノアは意思の篭った強い視線で、ジークの瞳を見据えた。
「具体的にどんなエッチな行為をするのか――――私に決めさせてもらえないかしら」
「…………どういうことだ?」
「その前には、ハッキリさせておくわね。私はジーク君を信用……いえ、信頼しているわ」
だからこそ、と言葉を続ける。
「ちゃんとしておかないといけないのよ。あなたのほうが単純な腕力は強い。あなたが強引な手段に出たら、私はいとも容易く犯されてしまうわ」
「俺はそんなこと――」
「分かってる。でも、性欲は時として、そういう衝動を誘発させるの」
そうなのか? と、普通に尋ねてしまいそうになり、ジークは既で喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「だから約束して。心に刻んで頂戴。私が指示したこと以外はしないって。私が嫌がったら、すぐに動きを止めるって」
「ん、分かった。約束する」
返答は一瞬だった。
ぱちくりと瞬きするクロノアに、ジークは不思議そうに首を傾げる。
「え? 俺、何かおかしいこと言ったか?」
「そ、そうじゃないけど…………いいのかしら?」
「いや、だって俺、エッチなこととかどうすればいいのかよく分からないし」
それに子供を作る気も無ければ、カームにも悪い。
クロノアが嫌がることを、無理やりしようなんて気にもならない。
だから指示に従う。
そう、あっけらかんとした口調でジークは説明した。
「……やっぱり、一緒に閉じ込められたのがジーク君で良かったわ。見知らぬ男だったら、絶対に手を出されてたから」
「見知らぬ男がそんなことしてきたら、遠慮なく魔法をぶち込んでたんじゃないのか?」
「あはは、そうかもしれないわねえ」
クロノアは愉快そうに笑う。
「並の男ならそうでしょう。でも、例えばジーク君みたいな熟練の戦士だったら、魔法に耐えて私の口を塞ぐとか、出来るわよね」
「まあ、一対一だし、やろうと思えば」
「でしょ? そんなことになったら、舌を噛んで死んでやるわ」
ジーク君だから安心してギリギリのところまで身体を許せるのよ、とクロノアは言った。
仮に暴走しかけても、静止の声をかければやめてくれるという信頼がある。
屋敷を脱出しても、このことで脅迫されるという心配もない。
「な……なんか、照れるな」
「いや、本当に感謝してるのよ」
「えっと……じ、じゃあアレだな。クロノアさんのほうが俺に夢中になっちゃったりしたら大変だな!」
「ぷっ」
クロノアは噴き出し、ジークの照れ隠しの軽口に乗る形で、
「そうねー。まぁ、行為を選ぶのは私だし。私が子作りしてもいいって思えば、そういう命令するんじゃない?」
場合によっては子供を作ってもいい、という約定を交わした。
「拒否権は?」
「無し」
「うわー。俺まだ父親になりたくねぇ」
「ふふ、心配しなくても、そういう事態にはならないから安心しなさい」
熟れているとはいえ、ソラに似て――いやソラが似ているのか――目が大きく子供のように幼気な顔をほころばせるクロノア。
すっかり、その場の空気を和やかなものへと変じていた。
「ていうか、そういう話なら風呂に入りながらする必要なかったよな?」
「……まぁ、つまり、これはそのための儀式というか」
今度はクロノアが視線を逸らす。
どことなく、言葉も歯切れが悪い。
「エッチなことするんだから、お互いを曝け出さないと」
「……曝け出してなくないか? 隠してるじゃん」
「分かってるわよ! だから……ほら!」
と、ヤケになったように叫んで。
今まで大事な部分を隠していた両腕にぐっと力を込め、何かを耐えるように奥歯を噛み締めると、
閉じていた膝を開き、バンザイするように勢い良く両腕を上げた。
「っ!?」
ジークを目を見開いた。
視界に飛び込んできたのは、掌で掴み切れないほどの豊かな乳房、その先端のいやらしく突き出た乳首。
そして揺れる水面下にぼんやりと見える、薄い金色の恥毛と、その下で息づく秘裂。
生まれて初めて見た、一糸纏わぬ女性の姿だった。
「な、何をっ」
「うぅ……だ、だって、これからエッチなことするんだから、まずはお互いの裸を見せ合うことから始めようと……」
「え!? 俺も見せるのか!?」
「当たりまえでしょ!」」
顔を真っ赤にしながらも、顔を背けることを忘れて視線を裸体のあちこちに彷徨わせているジークに、クロノアが怒鳴り声を上げた。
「私にだけ、恥ずかしい思いをさせないでちょうだい」
「そっちが勝手に……」
「お黙り! ほら私の指示には従うって約束したでしょ」
「むぐっ」
それを言われると、ジークは押し黙るしかない。
エッチなことをする、と言われて感じている心情の大部分は気恥ずかしさ、それに隠れるように期待感もあるが、
よくよく考えれば自分だって裸、それも隠さずに男根を露出せねばならないということに今更ながら気付く。
とはいえ、本来、自分よりも裸を見せることに抵抗があるだろうクロノアが、ここまでしてくれているのだ。
自分だって羞恥心を我慢しなければ、男が廃るというものである。
「分かったよ、こうなったら一蓮托生だしな…………あ、でも」
「勃起してるんでしょ? ちゃんと分かってるから」
「…………あ、ああ」
それはそれでやはり面映いものがあるのだが、いい加減覚悟を決めなければならない。
一生この屋敷から出られないことと天秤で量れば、このくらいどうということはないはずだ。
それにクロノアの指示には従わないと、約束を破ることになり、彼女の信頼を裏切ってしまう。
「ほらっ、見るんなら見ろよっ」
ついにジークは体育座りを解き、足を開いて己のイチモツを晒した。
どれ、とクロノアは湯の中に現れたジークの分身に目をやり、
「え、なにそれ」
固まった。
あんぐりと口を開き、己の荘重さを知らしめるかのようにいきり立った肉棒を前に、メデューサの魔眼で石化したかのように動きを止める。
「な、なんだよその反応は」
途端に不安の風が胸中を吹き抜け、たまらずジークは恐る恐るといった様子で問いかける。
「ひょっとして、俺のって変……というか、まさか…………小さい、のか……………?」
それは男にとって、重大な関心事だった。
だがクロノアは、ぶんぶんと首を横に降る。
「――――逆よ」
「へ?」
「大きい。凄く――――大きい」
ごくり、とクロノアは唾を飲み込んだ。
「そ、そうなのか?」
「私、カームのしか見たことないけど…………カームより大きくて、太さなんて2倍はあるわ」
「2倍!? そんなにか!?」
「え、ええ。でもカームのが別に貧相ってわけじゃないわよ。エルフの男の平均って、そんなものだし」
無論、地域差や個人差などもあるが、大体においてエルフの男性の陰茎は、人間に比べるとやや長いものの、大分か細い。
同様にエルフの女性の膣も狭く、そのサイズで満足出来るように基本的には作られていた。
エルフは人間よりも遥かに寿命が長いため、急いで子孫を残す必要が薄く、穏やかな気性であるために性欲も薄い。
そのため、人間に比べるとその部分が進化しなかったのではないか……という学説もあった。
ちなみにドワーフの男性の陰茎は人間よりもかなり短くなるが、太く硬くなることが特徴的だ。
ナイトメアの大半は生まれた種族を問わず、男性ならば人間より大きくなり、女性なら名器となりやすいが、
早漏、ED、不感症、その他何かしらの弱点・不全を持つことが多いとされている。
というような知識を持つクロノアであったが、それでも目前にある男性器は異常だ。
(実際に見たことはないが)ナイトメアと同等、いやそれ以上なのではなかろうか。
クロノアの瞳が、新たな研究対象を見つけた学者のように爛々と輝き出す。
「ね、ね、触ってみてもいい?」
「唐突に何言い出してんだっ」
「だって、あまりにもカームと違いすぎて…………色々と調べておかないと」
ずいっ、とクロノアがジークに身を乗り出す。
隠すもののなくなった二つの大きな乳房がぷるんと揺れ、ジークは声にならない呻き声を上げた。
「し、指示を聞くとは言ったけど、横暴な命令にまで従わなくちゃならない義理はないぞ?」
「ここじゃなくても、そのうちやらなくちゃいけないことよ」
「あー……なら、せめてさ」
頬をぽりぽり掻きながら、ジークは聞こえるか聞こえないかの小さな声でぼそりと呟く。
「俺のほうも、後で……その。おっぱい、触らせてくれよ」
「ん……」
僅かに逡巡した顔を見せるクロノア。
だがすぐに、その夫を持つ身としての反射的な嫌悪感を、意志の力で押し留めた。
対価を渡さないのは、卑怯者のやることだ。
「…………そうね、分かったわ」
「お、おう」
緊張した面持ちで頷き、ジークは湯から上がると、浴槽の縁に腰掛けた。
クロノアはジークの股の間に陣取り、しげしげと興味深げに、天に向かって延びたイチモツを注視した。
「うわ、やっぱり凄い。ねえ、実は先祖にトロールがいるとか、そういうことないの?」
「んなわけあるかっ」
「そうよねえ」
青筋を立て、雌を魅了する雄の臭気を出し、固く強く反り返った剛棒。
クロノアは手を伸ばし、その細い指をそっと眼前の竿に絡めた。
「熱い……それにビクビクして、別の生き物みたい」
「ッ!」
ジークが本能的に出しかけた悲鳴を噛み殺す。
クロノアが、絡めた指を上下に動かしたのだ。
「うわっ、ビクンッて跳ねた!」
「ちょ、ちょっと待て、待ってくれ」
ジークはのけぞったクロノアの前に掌をかざし、
「手を離してくれ。ヤバい」
「ヤバいって?」
「なんかこう、他人に握られて擦られただけで……」
「イキそうなの?」
こくん。
と、ジークは素直に頷く。
「…………早漏?」
「断じて違う!」
即答だった。
男としての尊厳を守るために、ジークは不承不承といった様子で説明する。
「……ここ数日、ヌいてないから溜まってるだけだ」
「4日間?」
「いや、冒険してる最中もしてないから……一週間以上だな」
「それなら、仕方ないでしょうねえ」
それに、自慰と違って他人に触れられたことも要因の一つだろう、とクロノアは推察する。
自分で自分の腋や腰に触れてもくすぐったくないのと同様、他者に触れられるという感覚は完全に別物だ。
初めてカームと迎えた初夜のときも、偶然腿が彼の陰茎に擦れただけで、イってしまっている。
流石に何度も身体を重ねた今ではそんなこともなくなったが、今のジークは、あの時の夫と同じ状態なのだろう。
しかも最近自慰すらしていないというのだから、射精のし易さは更に上がっていると言えよう。
「このまま、射精してもいいけど?」
「いや、イった後ってしばらく性のこととかどうでもよくなるんだ。だから……」
「ん……分かったわ。交代しましょう」
クロノアもついに覚悟を決め、努めて深刻な心情にならないよう注意しながら、ジークを伴って湯の中から上がった。
浴槽隣の床の上で、二人は互いに裸体のまま、相対する。
「じゃあ……触るぞ?」
「ええ、どーんと来なさい」
出来るだけ気楽な空気を演じたかったクロノアだが、笑顔が若干強ばってしまっていた。
だが、完全に表情が固まっているジークは緊張でそれに気付いた様子もなく、炎の揺らめきに誘われる羽虫のように、
ふらふらと両腕を伸ばし、その豊満な乳房をぐわしと掴んだ。
「ッ!!」
「あ、わ、悪い。痛かったか!?」
クロノアが顔を顰めたのを見て、ジークは慌てて手を離す。
「い、いえ、驚いただけで別に痛くは無かった………のかしら?」
「いや、俺に聞かれても」
「そ、そうね」
クロノアは自分でもよく分からない、といった風に首を傾げた。
先程ジークに胸を鷲掴みにされたときに胸中に飛来した感覚は、苦痛とは違う、未知の衝撃だったのだ。
(感じた……んじゃないと思うんだけど)
無論、それも少しは混じっていただろうが、カームに触られたときとは違う感触のような気がした。
拒絶や恐怖――とも似ているようで、違う気もする。
否定と肯定、矛盾する両方の感情が同時に襲ってくるような、不思議な心情だった。
「うん……もう一度、どうぞ」
「ああ。ちょっと焦ったかな、今度はゆっくり行くぞ」
宣言通り、もう一度クロノアの胸に触れたジークの手は、壊れ物を扱うかのように優しげだった。
「うわ、柔らけぇ」
「ん……」
ジークがゆっくりと乳房を撫で回す微かな甘い感覚に、クロノアは小さな吐息を漏らす。
今度は、先程のよく分からない衝撃は訪れなかった。
やはり、夫でない男に触られたことで、身体が無意識に拒絶反応を起こしたのだろうか、それにしては――
――と、クロノアは結論づけようとした瞬間、
「っ……っ!?」
突如、またもや未知の感情が流れこむ。
気付けば、子供のようにキラキラと目を輝かせるジークが、愛撫のスピードを早めていたのだ。
より強く、より荒々しく。
「ふッ、ぅン……ッ!?」
痛い。
苦しい。
だが、そんなものは微々たるものだ。
クロノアは、未知の感情の正体に気付き、愕然とする。
それは、今まで感じたことのないほどの、強烈な『快楽』だった。
「っとと……すまん、また乱暴になってた」
「あ……」
ジークの手の動きが再び緩やかさを取り戻し、クロノアは反射的に、残念そうな声を上げてしまう。
それを耳ざとく聞きつけ、ジークは不思議そうな顔でクロノアの目を覗き込んだ。
「うん? ひょっとして、激しいほうが好きなのか?」
「え…………ど、どうなのかしら?」
「いや、だからなんで疑問形?」
「だって、カームは『もっと強くしていい』って言っても、優しいままだったから……私、こんなの初めてで」
何かに怯え、戸惑うように、クロノアの瞳が不安気に揺れる。
「つまり、本当はこういう風に強くされたかったってことか?」
「そ、そうなるのかしらねえ?」
「マゾ?」
「……それは否定させてもらうわ」
カイン・ガラ地下遺跡の探査・発掘作業で、遭遇した魔法生物や妖魔たちとの戦いの最中、
幾度と無くクロノアは怪我を負い、時には死を意識するほどの重症になったことすらある。
しかし、そこに快楽を見出すことは決して無かった。
「うん。やっぱり、痛いのはイヤよ」
「良かった。俺も痛くするのは嫌だからな、鞭で叩けとか言われたらどうしようかと」
「そんなのが、理想的夫婦の行為とは思いたくないわねえ」
「ははっ。でも、こうされるのは気持ちいいんだろ?」
ぐいっ、と力強く胸を掴んだ両手をグラインドさせる。
途端、クロノアは悲鳴と似通う小さな吐息を漏らした。
「くふっ、ん、あッ!…………もう、エッチね。それじゃあ盛りの付いた犬みたいよ」
「旦那以外の男に触られて、気持ちよくなってるクロノアさんに言われてもなぁ」
「生意気……ッ、あンッ、くうっ………生意気だわ………………」
粘土を捏ねて遊ぶ童子のように、ジークはクロノアの大きな乳房を弄ぶ。
緩急付けて撫で回し、突き出た桜色の先端を摘んで、絶妙な力加減で引っ張りまわした。
体中に広がる蕩けるような感覚に、喘ぎ声が自然と出てしまうのを止められないクロノア。
透き通るような白い肌が徐々に赤みを帯びていき、風呂から立ち昇る湯気が姿を疎らに覆い隠して神秘的なコントラストを形作る。
それがまた、たまらなくエロティックで、ジークは腕の動きを緩めることなく、更に加速する。
その動きは女を知らぬ童貞とは思えないほど的確で、まるで触れる前から弱点を網羅していたかのように、彼女をより一層の快感へと導くのだった。
「やっ…あ、はんっ……ふっ、ぅんっ…ふぁぁっ」
「はっ、はっ……」
ジークも、別段疲労したわけではないが、興奮からか息が荒くなっていた。
初めは揉んだ胸の柔らかさが物珍しく、ただ単に楽しんでいただけであったが、
クロノアの喘ぎ声を聞いているうちに、もっと気持良くさせたい、という気分になってくるのだから不思議なものだ。
全裸の男女が二人、ただ互いの息遣いだけが広がる狭い空間で、人前では出来ないエッチなことをしている。
そのシチュエーションが興奮を加速させ、ジークの男性器は、もはやはち切れんばかりに猛々しく天へ向かって一直線に伸びきっていた。
「クロノアさん、ちょっと中断してオナニーしていいか?」
「ふぇ!? ……ど、どうしたのよ、藪から棒に」
「自分で触ってもいないのに、限界が近い」
クロノアはちらりと視線を下げ、先程触れたときよりも更に凶悪に肥大化し、青筋をビクビク震わせる圧倒的な陰茎を見やり、息を呑んだ。
再び己の胸から離れたジークの両手に寂寥感を感じ、その事実に当惑しつつ、ふと頭に浮かんだ言葉をジークに告げる。
「えっと……さっき、擦ったら気持ちよかったのよね?」
「ん? ああ、まぁ、そうだな」
「なら、私が手で射精させてあげるわ」
そう言うと、クロノアはその場にしゃがみ込み、ジークの男根を真正面に据えた。
「嬉しいけど、いいのか?」
「いいわよ。この大きなオチンチンからどのくらい精液が発射されるのか、興味あるし」
「……ああ、なんだ、そういう――――うぉっ!?」
にゅっ、と伸ばされた指が再びペニスに絡まり、ジークはくぐもった声を上げる。
「うわ、ヤバい、気持ちいい」
「ふふ、救国の英雄様が、イク前で凄い情けない顔してるわよ」
サディスティックな笑みを浮かべるクロノア。
Mだと思ったらSなのか、やっぱりソラの母親だな、などと取り留めのないことを考えつつ、股間に与えられる刺激にジークは抗えない。
自分で慰めるよりも、他者に扱いてもらうほうが、こんなにも気持ちいいなんて。
「いや、実際……くっ! ……すぐにでも、っ、射精してしまいそうだ」
「構わないわ。遠慮せずに、射精しなさい」
クロノアは男性器を擦る右手の親指で、ぐりっと亀頭を強く刺激する。
それが、臨界点を突破するスイッチだった。
「おわぁっ、射精るッ!!!」
ビュグッ、ビュルルルルッ!!!
悲鳴のような叫び声と共に、肉竿の先端から白濁とした液体が飛び出す。
「ッ、きゃっ!!?」
それはビクン、ビクンとペニスが痙攣するたび、弩から発射された矢のような速度で、真正面にいたクロノアの顔面と胸とにぶつかり、
飛び散り、跳ね、広がり、その美しい肌をべったりと汚した。
胸元のどろりとした液体を指で掬い、クロノアは呆然とした様子で呟く。
「ちょっ、何よこれぇ!?」
「ふぅ、はぁ………………何って、精液だけど」
「精液って、じゃあ今のが射精!? 嘘でしょ、射精ってのはこう、おしっこの最後のほうみたいな感じにチョロチョロ出るやつのことで……」
「……何だそれ? むしろそっちのほうが知らないぞ、俺」
「エ、エルフと人間の差異なのかしら……?」
と言ったものの、ジークの射精が人間の通常を逸脱していることは、既にクロノアも理解出来ていた。
より強く、より奥深くへと女性の胎内へと侵入させようと、祖先の代より鍛え上げられてきた強力な『武器』にして『射出装置』の男性器。
それに装填された精液もまた、濃さ、粘り、量、匂い、全てがクロノアの知るそれよりも完全に上位互換であり、
クロノアの『女』としての理性を超越した抗い難い本能が、この陰茎と子種、そしてその持ち主を求めて狂おしく疼き出す。
ほとんど無意識のうちに、クロノアは指に付着した精液を口に運び、舐め取り、嚥下していた。
「苦い」
だけど、身体中が熱く、まるで発情したような気分だ。
いくらなんでも精液にそんな効能があるとも思えないので、所謂暗示のようなものだろうが、
それでも彼女に、濡れた瞳でジークを見上げさせるには十分なほどだった。
「う…………」
自分のモノで汚したクロノアにそんな目で見られ、ジークは己の心臓が飛び跳ねたように感じられた。
先程射精したばかりで萎れていた男根が、再度ムクムクと起き上がり、その大きさを取り戻していく。
その様子を間近で目撃し、クロノアはほう、とまたしても無自覚に喜悦の吐息を漏らした。
「――――凄いものね。射精したばかりなのに」
「いや、いつもはここまで速く復活することは」
「色々と初体験で、普段より興奮してるってこと? ふふ、女冥利に尽きるわねえ」
顔や胸元を拭うことなく汚したまま淫靡に笑うクロノアは、ふと立ち上がると、
「ねえ、今度は私をイカせて――」
誘惑するように甘い声で囁きながらジークの右腕を取り、そっと自分の下半身にある、薄い茂みに隠された秘裂へと導いた。
ジークの指がクレパスの入り口に触れた途端、くちゅりと水音が響き渡り、二人の頬を更に紅潮させる。
「濡れてる……」
「ええ、胸を揉まれて、あんな精液を浴びて…………女なら、誰だって情欲が沸くわ」
例え生涯を共に歩むことを誓った夫がいる身で、快楽を与えたのが夫でない男性だったとしても。
ジークの人差し指が蜜壷の内側へ侵入を開始し、クロノアは様々な感情がごちゃ混ぜになった衝動で身体を震わせる。
「これが、マンコか。凄く狭くて、絞めつけてくるな」
「ふ――ふ、フ。大事なところなんだから、ちゃんと大切に扱ってね」
「ここにチンコを突っ込んで射精すれば、子供が出来るんだな?」
「ええ…………んっ!……ハ、ァッ……で、でもジークくんは私に挿れちゃダメ、よ」
「分かってるよ」
『大破局』で人類の総数が激減して以降、性知識から『避妊』という概念が大分薄れた現在のラクシアでは、
挿入を行うことは即ちそのまま膣内で射精することと同義であり、射精の寸前で引き抜く、というようなテクニックは失われて久しい。
無論、挿入が多大な快楽を男女双方に与えることは伝わっているので、まさに子を成し夫婦になることを決意した者たちだけに許される、
覚悟の末の行為として、性経験の無い若者たちに背徳の妄想をさせる代物だった。
既に二人も子供を産んだクロノアは、当然その快楽を知っている。
だが、ハッキリ言って――クロノアは、セックスがあまり気持ちの良いものだとは、思えなかった。
今ならカームの愛撫が優しすぎて自分の意に沿わなかったせいだと分かっているが、
それ以上に、カームが己の男根を突っ込んで腰を振っても、あまり気持ちが昂ぶらなかったのだ。
だからクロノアは今まで「なんだ、言うほどのものじゃないじゃない」と思っていたのだが、
赤毛の青年の異様な肉竿と白濁液を見た瞬間、ようやく全てを理解する。
自分の膣壁は、同じエルフを受け入れるためのモノではなかった、と。
クロノアは今まで無意識に感じていたことを、徐々に自覚しつつあった。
絶対にあってはならない、禁断の感情。
しかし心の奥底にある、今まで目を背けていた欲求不満の部分が、ここに来てクロノアの身体全体に根を張り、支配しようとしている。
認めよ、と。
受け入れよ、と。
激しく侵攻する情念は思考能力を融かし、クロノアから否定の意思を奪い去り、ただジークが与える快楽に没頭させた。
熱に浮かされているかのように、いつもの魔術師や学者としての冷静さを発揮出来ないまま、
クロノアはいつの間にか2本に増えた指で内側をかき混ぜられ、嬌声を上げた。
「クロノアさん、すげぇエロい……」
「ダメ、だめぇ…っ、イクっ、イクっ、あ、ああっ………ッ〜〜〜〜〜〜〜!!!」
そして限界が訪れ、クロノアの背筋に電流が走る。
過去、最大と思える快楽を受けながら、エルフの人妻は身体の筋肉を弛緩させ、ジークの身体に寄りかかり、
罪悪感を封じられた純粋な絶頂を、長い間続けるのだった。
「これで、100ポイント行ったかな」
意識がはっきりしない中で、耳元に声が届く。
激しい疲労と、よく分からない幸福感に包まれながら、クロノアは返答した。
「行かなかったら、嘘でしょ」
「これだけやったしなぁ。じゃあ、ようやく脱出か」
「ええ」
「もうクロノアさんと、こういうこと出来ないのか。ちょっと残念だな」
「馬鹿言わないの。ちゃんと、自分に相応しい人とやりなさい」
ああ、でも――とクロノアは思う。
この喪失感はなんだろう。
私は、この屋敷から出たいがために、こんなことをしたというのに。
今は、この屋敷での生活が続いて欲しいと思っているのだろうか。
疲れた頭はそれ以上の思考を許さず、クロノアもその判断に身を委ねた。
そして。
風呂場から上がった二人が見たのは、『104ポイント』という文字。
愚かにも100ポイントが限界値だと勝手に判断した二人を嘲笑うかのように、
呆然とする二人を前にして、当然のように脱出への何らかの説明を与えることは、一切無かったのだった。