小鳥の囀りは聞こえない、静寂に包まれた朝だった。
カーテンの隙間から漏れる太陽の光量だけが、今の時間を知らせてくれる。
柔らかなダブルベッドから半身を上げると、王族が使うような高級で柔らかい絹のシーツが滑り落ちた。
薄暗い室内。
聞こえる呼吸音は二つ。
一つは無論、自分のものだ。
もう一つは、
「ん…………」
たった今身じろぎした、隣で眠るエルフの女性のものだ。
まだ脳が正常に稼働していないのだろう、最初に目を覚ました『彼』のように半身を起こしたものの、
その寝呆け眼は虚空を見つめたまま、微動だにしない。
やや遅れて、彼女のシーツもはらりと身体から滑り落ちる。
『彼』と比べて少しだけ時間がかかったのは、彼女の並の女性よりも大きな乳房に引っかかっていたからだろう。
彼女は、全裸だった。
服はおろか下着さえも身に付けておらず、きめ細かい白く美しい肌と、豊かな乳房、その中心にある桃色の突起さえも顕にしている。
そして、それは『彼』もそうだった。
更に言えば、先程から鼻腔を微かに擽る、薄くなったとはいえ確かに残る性臭。
昨晩、このベッドで情事が行われたことは明白であった。
「あれ、もう朝……?」
ようやく意識が覚醒したのか、女性は半眼できょろきょろ見渡す。
そして、隣にいる『彼』の存在に気付くと、小さく微笑んだ。
「おはよう、『あなた』」
それに答えて、彼は言った。
「おはよう、クロノア」
若い、男の声。
彼女――クロノアの夫である、カームとは違う、別の声。
『彼』は、人間の青年。
名前を、ジークハルト・デーニッツといった。
冒険に出たい。
フーギの街の復興に従事すること数ヶ月、ジークは己の内側に仕舞い込んでいた冒険者としての魂が再燃するのを感じていた。
元々、一つところに収まることが出来ずに実家と弟を放り出した身だ。
瓦礫の撤去など、土方の仕事はそれなりに楽しかったが、やはり自分の求めているものは強敵や危険などの先に待っている、
誰も見たことのない『未知』を探求することなのだろう。
相談したエアにはこっぴどく叱られたものの、手に入れた報酬の半分を再興資金に回すことを条件に、
ジークたちは再びかつての仲間を集め、あまり遠出をしない程度に冒険者稼業を再開した。
そして、幾度目になる冒険を終え。
魔法文明デュランディル時代の遺跡を探索し、数々の危機を乗り越えて多くの財宝を持ち帰った翌日。
ジークは、クロノアの部屋を訪れていた。
「調子はどうだ?」
「ようやく半分終わったってところよ」
ふぅ、とため息をつくクロノア。
魔法文明時代の財宝は現代に存在しないものばかりで、鑑定が必要になる。
ジークの仲間内でいえばソラの担当であるが、彼女一人だけでは分からないものも多々あった。
魔法の中には、鑑定専門のものもあるが、何分数が多く、こんなことでお金のかかる魔晶石を使ってもいられない。
日にちを使えばいつかは終わるだろうが、生憎とソラにはこの次の日から、「運び屋」としての仕事が入っていた。
そこで、同様に知識があり、鑑定の魔法も使え、ここしばらく暇そうで、何よりもエア・ソラ姉妹の母親であるというコネを持つ――
――要するに、格安で協力してくれそうなクロノアに、白羽の矢が立ったのだった。
「さっきソラの部屋にも寄ったけど、やっぱり大変そうだったな」
「そりゃ、そうよ。流石に数が多すぎるわ」
一体、どれだけ持ち帰ったのかしら? と、クロノアはベッドに腰掛け、机の上に並んだ財宝たちを睨めつけながら尋ねる。
ジークも椅子に座り、覚えてないけどとにかくたくさん、と答えた。
「本当に手付かずって感じであちこちに仕舞ってあった。間取り的にも、魔法文明時代の人間が暮らしていた住居だったんだと思う」
「そうでしょうねえ。魔法に使う触媒もいくつかあったから」
魔法の研究者か何かの屋敷、もしくは実験施設というところが妥当だろう。
ジークが体験した魔法の罠や襲いかかる強力なガーディアンの話を聞きながら、クロノアは鑑定を続け、羊皮紙に道具の説明を書き記していく。
やがて、あるマジックアイテムを前に、クロノアの動きが止まった。
「ごめん、失敗したわ」
「ん?」
ジークはひょい、と首を伸ばして、机の上に置かれたマジックアイテムを見た。
それは、不思議な装飾の施された『箱』だった。
左右に赤と青、それぞれ色違いの『取っ手』が付いているのが特徴的だ。
「分からないのか?」
「手応えが少々弱かったわ。後でソーラリィムに調べ直させて」
「ああ」
立ち上がったジークは、机上の箱を周囲から観察する。
大きさは弁当を入れるバスケット程度。
黒い色に金や銀の飾りが美しく、美術品としても値打ちがありそうだ。
『箱』の形状をしていながら、どうにも開けられそうな場所が見つからないのは、
色違いの『取っ手』と、頂点に埋め込まれている小さな黄色の宝石の謎を解けば、わかるのだろうか。
「中に何が入ってるんだろうな?」
「現代に伝えられていない、遺失魔法の書かれた書類だったら嬉しいんだけどねぇ」
「うーん、流石に神様になれる魔剣なんかは、この箱の大きさじゃ入らないか」
ジークは無造作に箱を持ち上げた。
クロノアはギョッとして身を竦める。
「ちょっと、危ないわよ?」
「別に平気だぞ、袋に詰めるときに既に触ってるから」
確かに、ジークが触れていても、特に秘められた魔力が解放されたりはしないようだ。
魔法の感覚はするのでただの美術品でないのは確かのはずだが、それにしても用途が分からない。
「でも、落としたりしたら大変でしょ。いいから返しなさい」
「分かったよ」
ぽんぽんと無造作に空中に放り投げていた箱をキャッチし、ジークはクロノアに箱を差し出した。
――――青い『取っ手』を握って。
「まったく、もう」
呆れ顔で、クロノアは箱を受け取った。
――――赤い『取っ手』を握って。
条件を満たしたマジックアイテムが、発動した。
『取っ手』と黄色い宝石が、室内を白一色に染め上げるほどの激しい光を放つ。
突然の出来事に、ジークとクロノアは手を離そうとし――――
だが、間に合わず。
「お母さん、そっちはどう……あれ?」
四半刻後、ソラが様子を見に来たが。
そこにクロノアと、様子を見に行ったはずのジークの姿はなく、ただ、黒い箱が地面に転がり落ちていただけだった。
敷き詰められた赤い絨毯。
シミひとつ無い真っ白い壁には高価そうな絵画が掛けられ、大理石の柱はツルツルしていて傷一つ見当たらない。
天井には豪奢なシャンデリア、あちこちにある調度品も全て一級のものと推察出来る。
机と二つの椅子、そしてキッチンらしき物体を見るに、ここは台所兼居間といったところだろうか。
窓から見える光景は、無限に広がる草原と、何処までも続く蒼穹、そして茶会の出来そうな巨大なテラス。
「……どこ、ここ?」
ジークの発した第一声がそれだった。
箱が唐突に光を放ち、その眩しさに瞼を閉じて、何か身体が引っ張られるような感覚がして――――
――――気付いたとき、ジークとクロノアの二人は、この『屋敷』の中にいたのだった。
「二階は、いかにも貴族が使いそうな寝室だったぞ」
「向こうの部屋には遊技場があったわ。半分が、どういう使い方をするのかよく分からないものばかりだけど」
手分けして探索した結果。
ここが人の住まう住居――というよりも、感覚的には別荘のようなものだと判明した。
玄関を抜けて左に行けば遊技場、右に行けば最初に目を覚ました居間、そして階段を登れば寝室。
「どこか、別の場所に転移させられたのか?」
「いえ、あの箱の中にこの空間が凝縮されていて、その中に吸い込まれた……と考えるほうが自然かしら」
ジークが持つ、パジャリガーが遺した魔剣の一つに、地面の中に『避難所』を作るというものがあった。
魔法文明の時代のマジックアイテムだ、恐らくそういうことも可能だろう。
「問題は、どうやってここから出るか、ね」
外には草原が広がっている。
しかし、屋敷から遠ざかろうとし――眼前に同じ屋敷の裏側が見えて、愕然とした。
不思議なことに、どうやらここは球体の上に立っているようなもので、歩いていても元の場所に戻されてしまう構造のようだった。
「まさか、罪人を一生飼い殺しにするための施設だったりして……」
「死体が残ってないのはおかしいだろ。掃除するにしても、誰かが入らなくちゃいけない」
脱出の手段は必ずあるはずなのだ。
草原を歩きまわったり、屋敷に地下室がないか探索してみたりしたものの、
食材を保存しておく冷凍室や風呂場と思わしき場所を発見した程度で、発見は出来なかった。
「怪しいのは、これだけか……」
屋敷に戻り、ジークは腕を組んで眼前のものを注視する。
それは居間の壁に埋め込まれたモニターで、中に魔法文明語で『0ポイント』という文字が浮かび上がっていた。
どういう意味だろう、と二人は首を捻る。
と。
「……!? おい、文字が変わったぞ!?」
突然、『0ポイント』と表記されていた文字がウネウネと動き、別の文字列へと変化する。
ジークは隣に立つクロノアへ首を回した。
「なんて書いてあるんだ!?」
「えっと……『これより、理想的夫婦生活への改善作戦を実行します』……だって」
「………………は?」
訝しむ二人を前に、更に文字列が別の形状へと変化した。
「『5ポイント』……ポイントが増えたみたいよ?」
「う、うぅん?」
さっぱり意味が分からない。
二人はもう一度、先程表示された文字列を思い返す。
「理想的夫婦生活への改善作戦……って言ったか?」
「改善ってことは、理想的夫婦とは程遠い……仲が悪い夫婦を仲良くするための作戦……ってことかしら」
「んー……」
眉間に皺を寄せて唸り声を上げていたジークは、ふとクロノアに向かって呟いた。
「クロノアさん、綺麗だな」
「は?」
何言ってるんだこいつ、というような顔をするクロノアを無視し、ジークはモニターを振り返る。
「5ポイントのまま、か」
「いきなり、どうしたのよ?」
「いや。要するに、理想的な夫婦っぽい行動をすれば、ポイントが上がるんじゃないかって」
「……成程ね」
クロノアは頷いた。
「それなら、こうしてみるとどう? 『なかなか可愛い顔してるわね、ジークくん』」
クロノアが発したのは、魔法文明語だった。
モニターを見ると、『6ポイント』に上昇してる。
「やっぱり! 魔法文明時代の遺産だから、交易共通語が理解できなかったようね」
「げ、マジか。俺は魔法文明語なんて使えないぞ」
「私が使えるから、大丈夫よ」
クロノアがニヤリと笑う。
しかし、どれだけ美辞麗句を並べ立てても、ポイントは上昇しなかった。
「……『相手を褒める』で1ポイント、それ以上は上昇しないようだな」
「そうね。でも魔法文明語の女性の容姿を褒める言葉をジークくんに教えて、私に言わせたら、2ポイント上昇したわ」
「『何かを教える行為』もプラス1ポイントみたいだな。言葉だけじゃなくて、行動でも増えるんなら助かる」
思えば、最初の5ポイントも、『共同でこの場所を探索する』という行為が加算点数となっていたのだろう。
ジークはクロノアに妖精語の単語を教え、お互いに肩を揉みあって、ポイントは11になった。
「これで11ポイント……先は長いわねぇ」
「そもそも、何ポイント必要かも分からないし、ポイントが溜まったら脱出できるのかどうかさえも分からないけどな」
疲れたようにため息を吐き出す。
気付けば、窓の外の景色は徐々にオレンジ色へと染まりだしていた。
昼食を食べていないことを思い出し、腹の虫がキュゥと鳴る。
「……夕食にしましょうか」
「そうだな。二人で一緒に作れば、ポイントも上昇するだろうし」
冷凍室から食材を取り出し、魔力で動く装置に入れて解凍し、料理を作る。
キッチン周りも魔法を使うこと前提なので四苦八苦したものの、ようやく夕食らしい夕食が出来上がった。
思い付きから「はい、あーん」と互いに食べさせあいをしたのが功を奏したのか、
片付けが終わった後、ポイントは17まで上昇していた。
「今頃、みんな心配してるのかなぁ」
「どうだろうねぇ。誰にも見られてないから、箱の中に閉じ込められたとは考え付かないんじゃないかしら」
風呂場で、数多く重ねたタオルで念入りに前と腰から下を隠して、互いに背中を流しあった後(ポイントは19に上昇した)。
コーヒーを持ってテラスに出て、頭上に輝く星々を眺めながら、バスローブを着た二人はそっと嘆息した。
「まったく。理想的かどうかは分からないけど、私はカームと普通に夫婦生活やってるわよ」
「これって、ひょっとして浮気になるのかな?」
「あはは、そうだったら修羅場ね」
笑いあう。
二人は持ち前のぞんざいさで、「そのうち出られるだろう」とお気軽に考えていた。
所詮、遊びのようなものだろうと。
ここが、そんな生易しい場所でないことに知らないまま。
寝室に移動し(ポイントは23になっていた)、ダブルベッドで一緒に寝ることを流石に躊躇いつつも、
ポイントのためだと割りきって、お休みの挨拶をして(25)同じ布団で就寝し(26)。
目覚めて、夢で無かったことを嘆きつつもおはようの挨拶(28)、着替えを軽く手伝って(30)、
朝食を一緒に作り(34)、この時点で既に(恐らく)ノルマの三分の一をクリアしていることに更に調子に乗り。
遊技場で様々なゲームで対戦し合って、昼食も一緒に作り、一緒にお昼寝したり、草原を追いかけっこしたり、
とにかく一緒に楽しめることを楽しんで、ポイントが73になったことで楽勝過ぎて物足りないと思うほどになり――
―――ポイントが73で変動しないまま、四日が経過した。
イライラしていたのだろう。
73を表記されたまま動かない文字列。
それだけでも精神的な負荷が強いというのに、目覚めたその日、ポイントが減少していた。
何故、どうして。
混乱。疑問。悲嘆。激昂。
幸い、『一度ポイントを上げた行為を四日以内に再び行わないと、その分のポイントが失われる』と判明したからいいものの。
ちょっとしたことで、些細な言い合いになった。
「何だよ!」
「何よ!」
元々、知らない仲ではないというだけで、特別親しい間柄というわけでもない。
突如違う環境に放り込まれたストレスが爆発したのだ。
言い合いはやがて険しい顔で行う激しい口論となり、ついに二人は同時に叫んだ。
「勝負だ!」
「勝負よ!」
負けたほうは、勝ったほうの言うことを一つだけ、何でも聞くこと。
遊戯室で、ジークとクロノアは激しい勝負を繰り広げた。
あくまでも健全な勝負の付け方であったが、結局勝利したのは、僅差でジークだった。
「ふんっ……しょうがないわね。それで、私に何をしてほしいのかしら?」
挑戦的な目で尋ねられ、ジークは口を開き――はて、と首を捻る。
何を命令しよう?
既にイライラは、勝負の中で霧散していた。
ジークはいつまでも根に持たない、単純な男だったのである。
「あぁ、ええと……」
困った、とジークは眉根を寄せる。
勝負の前は土下座でもさせようかと思っていたが、既にそんな気分ではない。
そもそも、クロノアを土下座させたところで、ポイントが増加するわけでもないのだ。
何か、他にポイントを増やす行為をさせるのなら別にして――
「…………キス」
「え?」
「キス、しようぜ」
「……………………はぁ?」
クロノアは心底呆れたような顔をした。
「まぁいやらしい。そういうこと、考えてたの?」
「違う! ……でも、夫婦ならするだろ、キス」
「……」
クロノアは押し黙る。
ジークの提案は、一理あったからだ。
いや、言われるその前から、薄々考えていたことでもあった。
クロノアは旦那を持つ、正真正銘の『妻』なのである。
夫婦というのであれば、するであろう行為を――しなければならない可能性を、信じまいとしていたのだ。
言い出せなかったのは勿論、緊急事態とはいえ、夫……カームへの裏切りだからに他ならない。
しかし、もう四日も状況が膠着している。
……確かめる必要が、あるかもしれない。
「………………分かったわよ」
逡巡した末、クロノアは承諾した。
まさかOKするとは思わなかったのか、ジークが唖然とした表情をする。
それが面白かったのか、クロノアはくすりと笑った。
「敗者は勝者に従わないと。そういう約束だったからね」
キスの『先』まで考えて、深刻になるのはひとまず止めた。
すぐに確認出来るようにモニターの前に立ち、自分で言い出しておきながら唇を真一文字に引き結んで、
緊張から目を泳がせているジークを見ていると、母性本能をくすぐられてしまう。
「何よ。キスなんて初めてでもないでしょう?」
「……初めてだ」
「あら」
てっきり、ルーや娘たちのどちらかと深い関係になっていると思っていたクロノアは、少しだけ目を見開いた。
いつも飄々としていて、自信に満ちあふれているジークが、なんだか幼い子供のように見える。
実際、クロノアの年齢からすれば子供以外の何者でもないわけだが。
「そんなに緊張しなくても、そこまで神聖なものと考えるもんでもないわよ?」
冒険者をするなら人工呼吸とかする機会もあるでしょうに、という言葉を投げかけられ、
ジークは顔を赤くしてそっぽを向く。
「う、うっさい、俺に構わずブチューっといっちゃってくれ」
「その言い方は風情がないわよ」
ガチガチに固まってしまったジークに苦笑し、クロノアはそっと赤毛の少年の頬に手を当てた。
――ごめんなさい、カーム。これは非常事態の特別措置だから。
心の中で夫に謝罪しながら、クロノアは意を決すると、ジークの唇に自らの唇を押し当てた。
「んむっ……」
「ん、ぐっ…………!?」
突然の柔らかい感触に、ジークが目を白黒させる。
1秒、2秒。
3秒に届くかどうかといったところで、クロノアは唇を離した。
「ぷはっ…………どう? ファーストキスといっても、大したものじゃないでしょ?」
「………………」
ジークは真っ赤な顔で、クロノアの瞳を見つめたまま固まっている。
その純情な様子に、クロノアもまた照れくさくなり、小さく狼狽えた。
「や、やめなさいって。そういう反応されるほうが困るわよ」
「……あ、ああ…………悪い」
ようやく我に返ったジークが、頬を掻きながら視線を逸らす。
クロノアもまた、自分の体温が上がっているのを感じていた。
沈黙。
気まずい空気が流れる。
「あ、そうだ、ポイント……」
慌てて、モニターを確認する。
ジークは魔法文明語が読めないが、それでも見慣れた『73』という数字から変化していることは、判別出来た。
「どうなったんだ?」
「…………75ポイント」
「そっか。増えたのか、良かった」
「ええ……そう、ね」
まだ少しだけ照れた風ながら、喜びの言葉を口にするジーク。
クロノアも表面上はそれに同調する。
しかし。
(どうしよう……)
本心では、不安と恐慌がぐるぐると渦巻いていた。
(キスで上昇した。それはいい…………けど。他にポイントを上げる方法が見つからないのなら、私達は…………)
――――キスよりも更に深い行為で、ポイントを稼がなくてはいけなくなる。
普通の夫婦ならば、問題ないだろう。
そもそも、この魔法道具は夫婦のために作られたものだろうから。
だが、ジークとクロノアは違うのだ。
夫婦でなければ、愛を誓い合った仲でもない。
それどころか、まったくの赤の他人であったほうが逆に気楽だったかもしれない。
クロノアには、既に愛を誓った相手がいるのだから。
気色を浮かべるジークを尻目に、クロノアは暗い顔で俯くのだった――――