ぞろぞろと城の前にやってきて、巨大な門を仰ぎ見る五人の冒険者たち。
門は大きく開け放たれている。
これが吟遊詩人の語る英雄譚ならば、冒険者たちはこれから勇ましく城の中に突入し、魔王の手からとらわれの姫を奪回するのだろう。
だが残念ながら現実は違った。
魔物のおぞましい叫び声ではなく、物売りの陽気な声が聞こえる。
「えー、おせんにキャラメル、飲み物もありますよー」
「どうだい、旦那。ここまで来た記念に泡饅頭食っていきなよ!」
日に焼けた親父が、屋台の中からあたりをうろつく観光客に威勢よく声をかけている。
「結局ただのお城じゃない」
手にした杖を振り回しながらケッチャが言った。抱えられていた使い魔の猫ザザがぶんぶん振り回される。
少女と呼ぶには少し歳をとりすぎていているが、十分に可愛らしいと思わせる雰囲気を持っている、ロングヘアの女魔法使いだ。
その後ろに控えていた戦士が、城の付近に出ている屋台を示す。
「まあまあ。周りにいろいろお店が出てるからそっちで楽しめばいいよ」
彼はザボ。優秀な戦士なのだが、頭の上にひらひら舞っているリボンのせいでどうにも頼りなげな印象を受ける。
ザボがケッチャをなだめようとしているのを横目に、女の二人組みが城の中を覗き込もうとしている。
一方はユズ、もう一方はアリシアンという。どちらもなかなかに美しい。
ユズは吟遊詩人にして戦士。しかし、パーティの仲間からは、すでにユズが吟遊詩人であることは忘れられつつある。
アリシアンのほうはハーフエルフの盗賊だ。森の賢者エルフの血を引いているとは思えない、水着といっても通用するような服を着ている。
これは出身地がガルガライスということを考えれば仕方ないかもしれない。
他の四人から少し離れたところで、早速名物の泡饅頭を手にしているのが、パーティの頼れる神官戦士ディーボ。彼はその小さくがっしりした体躯を見ればわかるように大地の妖精族ドワーフである。
このまるでまとまりのない集団が城の前で騒いでいると、たくさんの荷物を抱えたエルフがよたよたと歩いてきた。
こんな力仕事をエルフがしているのは珍しい。
「……や、やっとついたぁ」
情けない声をだすと、ドサドサと荷物を放り出し、そのままへたり込んでしまった。
「ちょっとぉ。私の荷物もあるんだから乱暴に扱わないでよねっ」
ケッチャがエルフをしかりつけた。
怒られているエルフの名前はケイン。舌をだしてあえいでいる姿からはとても、森の守護者たるエルフ族の姿を想像することはできない。
「そ、そんなこといったって僕にこんな仕事は向いてないんだよ。うちのパーティの力仕事はユズだって決まってるじゃないか」
ようやく人心地ついたのか、ケッチャに向かってケインが反論する。
と、いきなり後ろから頭を小突かれた。
ケインが振り返るとそこには腕を組んで仁王立ちしているユズがいた。
「力仕事担当は誰だって? だいたい最初にあんたが言い出したんでしょ。じゃんけんで負けたやつがみんなの荷物を持つことにしようって」
「そうだ、そうだ」
アリシアンもやってきてケインいじめに参加する。
「く、くそー。ディーボなんとか言ってやってよ」
ケインが饅頭をもぐもぐやっているドワーフに助けを求めると、ディーボはちらりとケインを見下ろし、なかなかうまい饅頭だな。と唸って、再び屋台に向かって行ってしまった。
最後に残ったザボにすがるような視線を向けるケイン。
「こら、ケッチャの鏡が割れてたら弁償してもらうからな」
彼はいつでもケッチャの味方だ。
そもそも、この六人がアノスにいるのはいつものようにケッチャの我侭だった。
オランでバブリーズという実在の冒険者の活躍をもとにした劇を見た一行は、劇中に登場したバブリーズが冒険の報酬として手に入れたという城を見物したいというケッチャの気まぐれでわざわざアノスまでやってきたのである。
しかし、とうのケッチャが真っ先に城に飽きてしまった。
「お城はつまんないし、街はなんだか堅苦しいし、こんなところもう嫌っ!」
ケッチャが杖を振り回して叫んだ。
一行はアノスの街を一日見物し、宿に泊まってからキャッスルわらしべにやって来たのだが、さすがはファリスを国教とする国だけあって、緩みきったすちゃらか冒険者たちには窮屈だったのである。
「そんなこと言ってもケッチャが来たいって言ったんじゃないか」
疲れているくせにへらず口を叩く元気は残っているらしい。ケインが座り込んだまま言った。
「そんなこと言ってもこんなところだなんて知らなかったんだからしょうがないでしょっ」
「あたしもどっちかって言うと、早くこの街から出て行きたいんだけど」
アリシアンがケッチャの味方についた。
別にケインをいじめたかったわけではない。
彼女は全身で私はガルガライス出身です。とアピールしているような姿だから、風紀に厳しいアノスでは奇異の目で見られることが多かった。それが原因だろう。
「今日はどっちみちここに泊まるしかないだろうけど」
「しかたないわね」
不満顔で不承不承納得するとケッチャは、ザザ行くわよ。と黒猫を抱えたまま屋台のほうへ走り出した。
使い魔と違い、声もかけられなかったが、魔法使いの騎士を辞任するザボが健気に後を追いかけていった。
「とりあえず今日はここで楽しむしかないか」
「そうね」
アリシアンとユズもうなずきあうと城のほうへ向かっていく。
「ちょ、ちょっと荷物はどうすんのさ」
「あんたが番しとくに決まってるでしょ」
「そ、そんなぁ……」
後には情けない声を出したエルフが一人残された。
ぼんやりと荷物の横に座っていたケインだが、ものの十分もしないうちに退屈してしまった。
荷物をほって自分も観光に行きたいが、それをしてしまうと仲間たちに怒られるのは目に見えている。
「どうしていつもいつも僕ばっかりこんな目に。だれのおかげでダークエルフやレッサーデーモンを倒せたと思ってるんだ。リーダーの僕がいないとなにもできないくせに」
ぶつぶつと下を向いて文句を言っていると、すっと影が差した。
顔をあげると目の前には目の細い小太りの男が立っていた。
ローブを纏っているところを見るとどうやら神官らしい。ケインにはどの神のものかわからないが、胸元には紋章が揺れていた。
「勧誘ならいらないよ。エルフは宗教を信じないから」
愛想ないケインの言葉にも神官はまったく応えた様子がない。
「嫌というほどわかってますよ。そうではないのです。今日はあなたにいいお話をお教えしようと思いまして」
ケインが露骨に嫌そうな顔をする。
「なにもそんな顔をしなくても。じつはあなただけに素晴らしい品をお譲りしようという話なんです」
「そんなものいらないよ」
「まぁまぁそう言わずに話ぐらいは最後まで聞いてください。じつはその素晴らしい品というのが……」
ぐっ、と男が間を取った。
ついついケインも引き込まれて、身を乗り出してしまう。
「なんと惚れ薬なんです」
がくりとエルフの力が抜けた。
そんなものたいていは偽物に決まっている。
「信じてないようですね。これが現物です」
神官がもったいぶって懐から取り出したのは小さなガラス瓶。中で不思議な色の液体が揺れている。
ケインの目が釘付けになった。
実はケインはかつて本物の惚れ薬を見たことがある。
それと目の前の品は入れ物こそ違うものの、中身はまったく同じものに見えた。
「これは秘密なんですが、じつはさる国の王家から入手したもので、その効果たるや! 人間の女がドワーフに惚れてしまうというほどという・・・」
まだ話は続いているようだが、途中から神官の声など聞こえなくなってしまった。
間違いないこれはあのときの惚れ薬だ! ケインは確信した。
かつての冒険を思い出す。以前に惚れ薬を手に入れたときは、パーティーの女性陣の厳重な管理のせいでちょろまかすことができなかった。
しかし、どういうわけか知らないが同じものが目の前にある。
これは是非とも手に入れたい。
別に使いたい相手がいるわけじゃないけど。
頭になぜかアリシアンの顔が浮かんだが、すぐに振り払う。
「……聞いてますか?」
「え? ああ、うん。聞いてる聞いてる」
われに返ると、ケインは身を乗り出した。
「いくらするの?」
急に乗り気になったエルフにいぶかしげな顔をしたものの、神官は客が食いついたと思ったのだろう。もったいぶるそぶりを見せた。
「いくらかと言われれば、貴重な品ですから、当然値段のほうも少々張ります」
そこで神官はケインを値踏みするように、上から下まで見回した。ぎりぎりまで絞りとるつもりらしい。
「ですが、今回だけということで……」
たいしたもので、男が口にした値段はケインがぎりぎりだせる金額にぴたりとあっていた。
うーん。と腕組みをしてうなっている客を見て、神官が値段を下げようか迷いだした頃。エルフが叫んだ。
「買った!」
さすがに悪いと思ったのか、ユズとアリシアンが一時間ほどして戻ってきた。
手にした串焼きをケインに差し出す。
「はい、これ」
「ありがとうアリシアン」
どこかうきうきとした様子で串焼きにかじりつくケインを見て、女性二人が顔を見合わせた。
怒って文句を言われるものとばかり思っていたからだ。
「どうしたの、なにかいいことでもあったの?」
怪訝な表情でユズがたずねる。
しかし、ケインはなにもないと言うばかり。
結局、わけのわからないまま、戻ってきたメンバーと宿に帰ることとなった。
その夜、一行はだらだらと食後の会話を楽しんでいるうちに、酒が入り、そのまま酒盛りになだれ込んだ。
しかし、ケインは珍しく今日はやめておくと言い、一人だけ部屋に帰ってしまった。
部屋に戻ると、念のため鍵を閉め、ケインはベッドに腰掛ける。
懐からゆっくりと小瓶を取り出す。もちろん例の惚れ薬である。
それをにやにやとだらしない顔つきで眺める。
エルフが人間に混じって暮らし始めてもうかなりの時が経った。
隣人の影響は免れないものではあるが、ここまで人間らしくなってしまうと、かつて神秘の種族と呼ばれた面影などかけらもない。
今すぐ使いたいというわけではないが、ケインは本物の惚れ薬を持っていると思うと頬が緩むのをとめられない。
アリシアンはへらへらしているケインを見て眉を寄せた。
あまりに普段と態度が違うので、昼間いじめすぎたかと心配になって様子を見に来たのである。
盗賊らしく抜き足差し足で部屋の前までやってきたアリシアンは、鍵穴をのぞいて驚いた。
すねているのかと思えばまるで正反対。上機嫌で笑っているのだ。
なにかを眺めて喜んでいるようだが、小さな鍵穴のせいでよく見えない。
なんとかしてそれをさぐろうと体を動かし、苦心するのだが上手くいかない。
「もうちょっとこっちに来てくれれば……」
そのとき、ふとケインが手にしたものを掲げた。
ガラス瓶に妙な色の液体が入っている。
「なんだろう……どこかで見たような」
記憶をさぐっていくと、一つの結論が出た。
量はぜんぜん違うが、かつて手に入れた惚れ薬にそっくりである。
ユズがディーボに求愛している光景がフラッシュバックする。
「あ……! あれ惚れ薬じゃないの!?」
「誰だっ!?」
驚きのあまり声が出てしまったようだ。
アリシアンは覚悟を決めると、すばやく鍵を開け、勢いよく部屋に飛び込んだ。
ちゃちな宿屋の鍵などものの数ではない。
「アリシアン!?」
うろたえながらも、ケインは手にしていた瓶をすばやく背後に隠した。
「ケイン! いま隠したものをだしなさい」
「な、なんのこと?」
このごに及んでまだしらばくれるつもりらしい。
「その手に持ってるものよっ!」
アリシアンがケインにとびかかった。
素早さに勝るアリシアンを交わすことができず、二人はどたばたともみ合う。
なんとか小瓶を取られまいとケインも必死に抵抗する。
「ちょっ、ちょっとアリシアン落ち着いて、うわっ」
「あんたこそ、その惚れ薬を素直に渡しなさい!」
惚れ薬を取られまいとして、それを掲げたケインの手をアリシアンがはたいた。
「あっ!」
ケインが小さく悲鳴をあげると、アリシアンも動きを止めた。
ぴたりと静止した二人の見つめる中、小瓶は床に落ちていく。
そして、ガラスの砕ける澄んだ音が聞こえ、あたりに中身が飛び散った。
「あぁー」
情けない声をだしてケインがへなへなと床に崩れ落ちた。
哀れな仲間の姿にさすがのアリシアンもばつが悪いのか、すまなそうな顔をしている。
しかし、口から出てくるのは憎まれ口だ。
「あ、あんたが変なもの持ってるから悪いんでしょ」
「高かったのにぃー」
未練がましくケインが割れたガラス片を摘み上げる。
「どのみちこれでつまんないこともできなくなったんだから素直にあきらめなって。……ん?」
慰めようとしたアリシアンは妙な匂いを感じた。
ひくひくと鼻を動かし、部屋の様子を窺うと、やはり甘い匂いを感じる。
「ちょっとケイン? なんだかいい香りがしない?」
「ほんとだ」
ケインが同意した次の瞬間。
アリシアンはとんでもないことに気づいた。
「そういえば!」
叫ぶハーフエルフの声でケインも胡散臭い売人の言葉を思い出す。
「確か惚れ薬って……」
「匂いをかいだ人に効果が……」
「「ある!!」」
ぴったりと息のそろった二人が顔を見合わせる。
「ど、どうしようアリシアン」
「どうするったって」
「な、なんとかしないと」
おろおろと取り乱すケインを見てアリシアンはだんだん腹が立ってきた。
「なに? そんなに慌てて」
いきなり不機嫌になったアリシアンをケインが見上げる。
「アリシアン?」
「そんなにあんたはあたしを好きになりたくないって言うんだ」
「へ、そんなことはないけど……」
「だったら別に慌てなくていいじゃないの」
「だけどアリシアンは」
「あたしは別に嫌じゃないわよ」
「えっと……」
「これ以上言わせる気?」
もう惚れ薬が効いてきたのだろうか。
そんなことが二人の頭をよぎったが、もうどうでも良くなっていた。
「アリシアン……」
ケインがおそるおそるハーフエルフの頬に触れる。
触れたところから広がるように、朱が走った。
ゆっくりと目を閉じ、次の行為を持つアリシアン。
ケインが足を踏み出し、アリシアンを抱きしめた。
互いの体温を感じたまま、しばらくそうしていると、女が男の名を小さく呟いた。
「ケイン」
わずかにあげられた顔と、かすかに開かれた唇がなにかを待っている。
ケインはためらうことなくアリシアンの柔らかい唇をふさいだ。
「ん……んむぅ……」
重なる二人の唇の隙間から甘い声が漏れる。
しかし、なかなか先に進もうとしないケインに焦れたのか、アリシアンのほうから舌を相手の口腔に侵入させた。
突然の行為に驚いたケインは、自分の口を蹂躙する舌に逆らうこともできずに、されるままになっている。
「ん、はぁっ……こういうときは男がリードするもんでしょ」
「ご、ごめん」
ケインは誤ると、今度はついばむだけでない、情熱的なキスをする。
愛しい人に求められる喜びに、アリシアンはふくよかとはいえないものの、十分に柔らかな体を擦り付けて応えた。
やがて、くちづけだけでは満足できなくなったのだろう。ケインがアリシアンの体をまさぐり始めた。
胸のふくらみに指が触れると、アリシアンがびくりと震えた。
「あっ」
「いや……かな」
「この状況でそんな質問しないでよ」
さすがに照れくさそうに、アリシアンが続きを促す。
ケインの手がアリシアンのお尻にまわされる。
そこは普段からほとんど外に丸出しの部分ではあるが、こうやって改めて愛撫の対象となると感じ方も変わってくるのだろう。
むにむにと指が動くたびに甘い吐息が、ケインの耳元で欲望をあおる。
「んっ、もっときつく」
なにかをこらえるようにしているアリシアンの唇から、小さな声が滑り出た。
それに応えるべく、ケインの指に力が加えられる。
アリシアンの口腔を犯していたケインの舌が、名残を惜しむように唇を舐めると、そのまま首筋に魔の手を伸ばし始めた。
ぴくりと体を震わせたものの、アリシアンはそれを止めることなく、あたえられるぬくもりを享受した。
以外にも巧みに動く舌先に驚きながら、アリシアンはこの頼りないエルフがパーティで最年長であることを思いだす。
知り合う前のことにはそれほど興味のなかったアリシアンであるが、女関係だけは聞き出しておくべきかもしれない。
頭の片隅にそうメモしておくと、アリシアンはケインの金髪をくしゃくしゃにするようにしながら、ぴんと尖ったケインの耳に指をからませる。
興奮して暑いぐらいなはずなのに、なぜか一瞬背筋がゾクリとしたのを、緊張からくるものだとして、無視したケインはアリシアンの服を脱がせにかかった。
もともと布地の少ないガルガライス風のものだから、簡単に脱がすことができるのだが、脱がす楽しみってものも味わいたいよな。などと贅沢なことを考えながら、ケインはハーフエルフの上半身のすべてを瞳にうつした。
エルフほど華奢でなければ、人間ほどふくよかなわけでもなかったが、ハーフエルフの肉体はそれでも十分に美しかった。
さすがのアリシアンも遠慮のない視線に体の火照りがさらに強まる。
掌に収まりそうな小ぶりの胸にケインが手を伸ばした。
柔らかく、それでいて張りのあるふくらみの感触に、ケインの息が荒くなる。
最初は感触を楽しむように動いていた指が、しだいに淫らさを増し、胸の頂上にまで届く。
薄く桜色に染まっているそこを、摘み上げるようにして弄ぶ。
「ひぁっ。……くぅ、んっ」
そのたびにアリシアンの口からは押し殺した嬌声が漏れた。
柔らかな二つの丘が、いびつにその稜線を変化させられ続けたおかげで、アリシアンの体はしっとりと汗ばんでいた。
「アリシアン。下も脱がせるよ」
頼りないはずのケインに体重のほとんどを預け、すがりつくようにしていたアリシアンだが、その言葉に、わずかに残った理性を総動員して呟いた。
「……ベッドに……」
「うん」
ケインはアリシアンを半ば押し倒すようにして、ベッドに寝かせると、そのままアリシアンの胸を攻め立てた。
はるか昔の赤ん坊の頃を思い出しているのか、アリシアンの胸をちゅうちゅうと音をたてて吸う。
わざと音をたてているケインを叱りつけようかとも思ったが、舌先で尖りきっている乳首を転がされたせいで、そんな気力は萎えてしまった。
「あっ、そこはっ……。ん、はぁ……っ」
アリシアンの痴態をにんまりとした笑顔で眺めたケインは、胸を揉みしだいていた両手をするするとおろし、アリシアンの体を覆う最後の布地に手をかけた。
「うわぁぁぁぁ!」
突如、室内に二人以外の声が入り込んできた。それも複数。
「おっ、押さないでよっ」
「ディーボがっ」
「うわっ、ユズっ!危ないっ」
「わしじゃない! ザザがっ」
それぞれにわめきながら、部屋の入り口で折り重なるようにして倒れこんでいる。
四人。当然、ケッチャ、ザボ、ユズ、ディーボである。
哀れにもちぎれとんだ蝶番のついた板切れが、彼女たちの下敷きになっていた。
おそらく、中の様子を扉の隙間から窺っていたのだろう。そして、四人の体重に耐え切れなくなった扉はその責務を放棄したのだ。
「にゃあ」
ザザが廊下で一声鳴いた。
それをきっかけにして、呆然とドアのほうを見ていたケインとアリシアンが我に返った。
「わわっ」
「なにしてんのよっ!」
ベッドのシーツで体を隠しながらアリシアンが怒鳴る。
「ち、違うのよ。ねぇザボ」
「そんなきゅうに僕に振られても」
「悪気があったわけじゃないのよアリシアン」
「わしらも親切心からじゃな」
それぞれに責任を押し付けあう四人の言い訳を総合すると以下のようになった。
最初にケインの様子を見に行ったアリシアンの帰りが遅いのを心配してユズが、その帰りが遅いのを心配してディーボが、その帰りが遅いのを心配して……。ということが重なって、四人は部屋の前に鈴なりになったらしい。
言うまでもないが、帰ってこなかった者は部屋を覗いていたのだ。
「だからって覗いていいわけないでしょっ!」
アリシアンの怒号が四人の脳天を貫いた。
その横にいるケインは情けない顔で天を仰ぎ、昼間の神官を呪った。
そうしてから、仲間たちに絶好の暇つぶしの種を与えてしまったことを呪い、それでも後悔どころか、なぜか笑っている自分に気づいて、小さくなっている仲間たちを叱りつけているアリシアンの背中を眺めた。
胸の奥に幸せを感じながら。
ふんふんと部屋に漂う甘ったるい香りに鼻をひくつかせながら少女は尋ねた。
「グイズノーなにやってるの? 香水に色なんかつけて」
小太りの神官はにやりと人の悪い笑みをうかべる。
「これが迷える冒険者を救い、私の懐を潤してくれるありがたいお薬になるのです」
「ただの香水でしょ?」
「グレートソードをぶん回すような少女には男女の機微などはわからないのですよ」
「別にわかりたくないもん」
そう言ったそっぽを向いてしまった少女を小馬鹿にしながら、グイズノーと呼ばれた神官は作業を続けた。
安物の香水に染料を混ぜる作業を。