「エキュー、エキュー」  
 いつも通り、みんなが食堂に集っている時間。エキューはその輪に加わるべく(正確には  
仕事で食堂に詰めているマウナの元へ参上するべく)新規『蒼い小鳩』亭の客室から  
食堂への廊下をてくてく歩いていた。  
 一階の階段まで降りてきたとき、彼は自分を呼ぶ声に気づいた。見ると階段の脇、すぐ  
近くに、隠れるようにしてイリーナがいた。向き直ると、自分から呼んだくせになぜかこちらに  
対してちょっとおびえたような仕草を一瞬だけ見せる。エキューはぶら下げていた槍(刃の  
部分は布で巻いて保護してある)を肩にひっかけて言った。  
「どうしたの。そんなところでこそこそして。イリーナらしくもない」  
「いいから。ちょっと」  
 一生懸命手招きをして、彼女はやっとこちらに聞こえるか聞こえないかくらいの声でささやいた。  
その表情は必死だ。近づいていくと、彼女は細い眉を八の字にしながらもおずおずと口を開いた。  
「あのね、エキューに相談があるの」  
 エキューは、なぜ僕?とは思ったが口には出さないことにした。とりあえず耳を傾ける。  
「その、わたしと……」  
 イリーナはもじもじしながら、一向に話を切り出そうとしない。エキューは痺れを切らせて  
自分から尋ねた。  
「相談って何?」  
「……えーと」  
 イリーナは意を決したように顔を上げて、言った。  
「わたしと、子供つくってくれない?」  
「はあ?」  
 エキューは目を点にした。  
「イリーナ、頭大丈夫?」  
「そ、そういうことを言う!?」  
 耳まで真っ赤になって、イリーナは憤慨した。ああ、子供作ろうなんて台詞を言うのなら、  
その耳がとがってからにして欲しいなあ、と思う。  
「冗談言わないでよ」  
「冗談でこんなこと言えないよう」  
 普段の調子であしらうと、今度は泣きそうになってうめく。やはり、顔は真っ赤だ。  
「……」  
 
 槍を下ろし、両腕を組んで体重を左足から右足に乗せ換えると、エキューは溜息をついた。  
「わかった。じゃあ、話だけでも聞こうか」  
 
 
 
 真昼間なので二回の客室には誰もいなかった。ある部屋(といっても、エキューが覚えている  
限りではそこはただの客室だったが)の前で、彼女は話を切り出した。  
「こないだチビーナを見つけたときに、エキュー、パパだって言って迎えに行ったじゃない」  
「うん。成り行きで」  
 ここで多少の間があいた。イリーナはじっと恨めしげにエキューを見ると、  
「……なんでパパだなんていっちゃったの」  
「……はやく先を話してよ」  
 ただならぬものを感じつつも、とりあえず先を促す。イリーナは黙ってそのドアを開けた。小さな  
影が飛び出してくる。  
「わーい。ままー」  
 チビーナだった。てとてとと母親に歩み寄りぺたりとくっつくと、そのまま離れなくなる。  
エキューに気づくと、ぱあっと彼女の表情に花が咲いた。  
「エキューぱぱ!」  
「ぱ……」  
 爆弾発言に絶句しているほんの少しの間に、彼女はエキューにもぺたっとくっついた。  
「ぱぱ、お願いがあるのでつ」  
「な、なに!?っていうかぱぱって」  
 しどろもどろで聞き返すと、チビーナはぎゅっと両手をこぶしにして言った。  
「ぱぱはぱぱでつ!イリーナままがそう言ったのだから間違いないでつ!エキューぱぱはチビーナの  
ぱぱなのでつ!ホントのぱぱではないかもしれませんがぱぱなのでつ」  
 つまりは、その際の苦し紛れの演技をそのまま事実だと受け取ってしまったらしい。  
「チビーナは兄弟が欲しいのでつ!一応もう姉妹でつが、もっと欲しいのでつ」  
「……」  
「ニンゲンはぱぱとままで子供をつくると聞きまつた!だからぱぱとままに子供をつくって欲しいのでつ」  
 
 真剣な瞳でこちらを見るチビーナに、エキューはしばし沈黙した。イリーナを見やって、  
「……イリーナ、こんなお願いにまともにとりあってたの?」  
「こんなって何ですか!かわいいチビーナのためです、わたしは恥をしのんで」   
「兄弟が増えればいいんでしょ?だったら、もう一度血をあげればいいじゃない」  
「あ」  
 イリーナが声をあげる。  
「そうか……そうですよね」  
 納得すると共に力が抜けたのか、イリーナはその場にへたり込む。がっくりと両手を床につき、  
「自身の知力の低さのせいで危うく純潔を失うところでした。っていうか、ふつーに恥かいた」  
 ほーっと安堵の息をつくと、彼女は意気込んで言った。  
「じゃあもう一度アルラウネの里に行って……」  
「それじゃだめでつ!チビーナはニンゲンの兄弟が欲しいのでつ」  
「えっ」  
 顔を引きつらせる二人を余所に、チビーナは力をこめて断言した。  
「チビーナたちはそれぞれ違う体はあってもまま一人の血から生まれたために全員が同じ力、  
同じ頭脳、同じ思考でつ。個体はあっても個性はないのでつ!それではただのコピーでつ。  
そんなんで兄弟と言えるのでつか?ニンゲンの概念としてはそれは『兄弟』ではない筈でつ」  
「うわ、なんか急に難しいこと言い出すし!?ていうかコレ本当にイリーナの血から生まれた  
アルラウネ!?」  
「時々人間の街に出てたせいか、時々よくわかんないこと言い出すんですよう」  
 エキューが頭を抱えるとイリーナも泣きそうになりながら答える。彼女がチビーナの台詞を  
きちんと理解できているかどうかは非常にあやしいところだ。  
「ほんとーの意味での『兄弟』が欲しいとチビーナは思うのでつ。以上でつ」  
 そう締めくくると、チビーナはぱっちりと目を見開いて2人を見た。その瞳は澄んでいて、  
一点の曇りもない。その瞳がエキューの視線とぶつかった。  
「……」  
 エキューは沈黙した。そして、  
「はっ」  
 冷笑した。  
 断言しよう。イリーナは自分の好みとは正反対だ。なぜなら、エルフは知力が高く、  
非力だからである。  
 
「なんで僕がイリーナと」  
「今の『間』はわたしが筋肉馬鹿で頭悪いって言ってるように根拠はないけど思えました!」  
 イリーナが髪を逆立てる。エキューはこれみよがしに頭を振り、  
「そして耳もとがってない。完璧だね。逆の意味で」  
「何がですか!?」  
 きーっと怒るイリーナに、エキューは人差し指をつきつけた。  
「僕の好み以前に、イリーナの問題。イリーナは相手が僕で本当にいいの?」  
「うっ」  
 思わず口篭もるイリーナ。エキューは畳み掛けた。  
「なあなあでセックスすると後がキツいよ?僕みたいのはともかく、君みたいな子はさ」  
「ちょっと、エキュー!」  
 イリーナがチビーナの肩に手をかけて叫ぶ。小さな子供の前で直接的な表現をした事への  
抗議だろうが、エキューは頓着しなかった。続ける。  
「それも、子供が欲しいんだろ?好きでもない相手の子供なんて、生半可な覚悟じゃ  
痛い目見るだけだよ」  
 自分はいい。傭兵だったから、その手の経験は実を言うとけっこうある。傭兵は常に  
死と隣り合わせの職業だったから、傭兵同士で関係を持つことはままあった。自慢じゃ  
ないが、エキューは自分がまあまあ美少年の範疇に入っていると自負している。事実、  
年下好みのお姉さんたちにはとても受けがよかった。  
 何より、自分は男、イリーナは女なのだ。受けるリスクはどうしたって後者のほうが大きい。  
面倒なことはごめんだというのも本音ではあるが。  
 イリーナは一言も言い返せないのだろう、うつむいてそれきり顔を上げなくなった。が、  
かろうじて、「でも、わたしはチビーナに兄弟を増やしてあげたいんです。できればチビーナが  
喜ぶように」とささやくように言った。チビーナはよくわかっていないのか、「うん?」といった  
表情で母親を見上げている。  
「……」  
 これは筋金入りの頑固者だ。エキューは肩をすくめた。  
「じゃあこうしよう。ホントにその覚悟があるんなら、今晩僕の部屋に来るといい。そこまで  
するなら責任もって相手してあげる。もちろん来る、来ないはイリーナの自由。そんなところでいい?」  
「……わかりました」  
 
 眉根を寄せて複雑な表情を見せるイリーナに、エキューはちょっとだけため息をついて  
「まいったなあ」と口の中だけでつぶやいた。  
 
 
 
 宵から降り始めた雨は夜半を過ぎてますますひどくなり、耳障りな音を立てて屋根を  
たたいていた。頬杖をつき、窓の外を眺める。厚い雨雲が空を覆い隠していて屋外は  
まったくの闇だ。見ていても何の面白みもないが、考え事をしていたのでかまわなかった。  
「ちょっと悪いことしたかな」  
 柄にもなく、エキューはそんなことを思った。悪いことというのは、結果としてイリーナに  
恥をかかせてしまったことだ。自分の基準でものを話しすぎてしまったかもしれない。  
 どうも最近、自分の性格がパーティーの空気にそぐわないような気がする。いや、  
それは最初からわかっていたのだが、これまでは特に気にせずにやってきた。ただ  
最近はそれを実感する機会が多くなっている。  
(馴染んでないんだよねぇ)  
 と、そこまで思ったところで、彼はふと我に返った。  
「……」  
 思わず苦笑する。  
(何考えてんだろ、僕)  
 パーティーに馴染めないところで何の問題も無い。そんなものは戦って生きる上で  
何の問題にもならない。  
 エキューは窓辺で思いきり伸びをした。  
「もう寝よっと」  
 もともと来るとは思っていない。この時間まで起きていたのは、一言で言えば義理だ。  
無茶を言って困らせたのだから、相手が何も知らなくてもせめてこのくらいまでは待っていて  
やらねばならない。でも、もうそろそろいいだろう。窓辺の椅子から腰をあげ、ベッドに向かう。  
 そのとき、ドアをノックする音があった。  
「――」  
 視線がドアへと向かう。予想外のことに一瞬体の動きを止めて、エキューは立ち尽くした。  
こちらの反応がなかったためか、もう一度控えめなノックの音が響く。  
 
「エキュー?」  
 聞こえてきた声は予想通りのものだった。  
「……イリーナ」  
 咄嗟には判断に迷ったものの、エキューはすぐにドアを開けた。  
 そこには廊下の暗がりにひっそりと佇むイリーナがいた。ドアに自分が通れるだけの隙間が  
できたと知るや否やするりと入り込んでくる。ここまで来るのにかなりの神経を使ったのだろう。  
彼女は明らかに肩の荷を下ろしたような表情を見せた。  
 なんとも野暮ったい寝間着姿に、なぜか枕を両手で抱きかかえている。その枕を握り締め、  
イリーナは緊張した笑みを浮かべてこちらを見た。  
「来ちゃい、ました……」  
「……」  
 エキューは呆れた顔を隠せないままイリーナを見返した。  
「……今日、ここに泊まってたっけ?」  
「はい、チビーナだけ家に帰して、わたしはここに」  
 イリーナはそう答えてこちらをじっと見ていたが、しばらくして唐突に頬を膨らませる。  
「あ!その顔は馬鹿にしてますね!?馬鹿にしてますね!?」  
「うん」  
「ああっ、ひどっ!」  
 エキューがうなずくと、イリーナはショックを受けた表情でおおげさによろめいた。  
エキューはかぶりを振ってため息をついた。  
「足」  
「はい?」  
 素直に足元へ視線をやるイリーナ。  
「裸足じゃ寒いでしょ」  
 彼女は廊下を移動する際の足音に気を使ったのか、何も履かずにここまで来たようだった。指先は  
熱を失いかけて発熱し、赤く染まっている。エキューの台詞に彼女はなぜか慌てて言い訳する。  
「ちゃ、ちゃんと湯浴みしてきました。寒くありませんっ」  
 そう言った数瞬後、墓穴を掘るような台詞を口にした事に気づき、イリーナは顔を真っ赤にして  
押し黙った。やがておずおずとこちらの顔を覗き込んでくる。  
 
「……エキュー?」  
「イリーナ」  
 エキューはゆっくりとイリーナに近づき、その目を見つめ返した。確認する。   
「本当にいいの?」   
「うん」  
 意外なことに、彼女はあっさりとうなずいた。相変わらず頬は染めたままだが、開いた  
両手の指先を合わせて口元へ持っていったりなどしてみせる。少し俯き加減に目を伏せると、  
「別に、チビーナのことだけじゃなくて……これでも結構考えたんだから、頭悪いなりに」  
 彼女はそう言って照れるようにえへへ、と笑った。その笑みを間近で見たエキューは  
自分でもわからないうちに彼女へと手を伸ばしていた。  
 右手がイリーナの頬に触れ髪へと滑る。思ったより柔らかい茶色の髪を指で梳いて、  
エキューは目を細めてつぶやいた。  
「ホント、馬鹿だよねぇ」  
 イリーナは何か言い返そうと口を開いたが、声は出なかった。エキューが自分の唇で  
その口を塞いでしまっていたからだ。  
 
 
 
「――」  
 イリーナが目を見開いて驚きを露わにする。反射的にか逃げようとする彼女の頭を、  
エキューは触れていた右手で押さえ込んだ。身を乗り出すようにしてキスを続ける。  
イリーナはどうしようもなくなったといった様子でそれを受けた。  
「……っ、んん」  
 そうしたままの状態が息ができないほど長くなると、どれだけキスの下手な少女でも  
鼻で息をするしかなくなる。自然に開いた唇を割って、歯と歯の間にエキューの舌が入り込んだ。  
逃げるようにして引っ込む舌を絡め取ると彼女の体はびくんと震えた。エキューが満足するまで  
イリーナの口の中を蹂躙した頃には、イリーナは逃げることすらできないほど脱力していた。  
「ん……はあっ」  
 唇をはなすとイリーナがすとんと尻餅をついた。その手から力が抜けて、枕が床に落ちる。  
 
「……いきなりなんて……デリカシーがありませんっ」   
 力のない声でつぶやく。すっかり腰が抜けてしまっている彼女を、エキューは横抱きにして  
ベッドまで運んでいった。普段ならばありえない扱いにイリーナも思わず雑言を黙する。  
「……エキューって」  
「何?」  
「実は経験豊富、だったりします?意外に」  
「女の人の扱い方はまあ、それなりだと思うよ」  
「……うー。なんだかわたしばっかりいい様に扱われてる気がする」  
 不公平だ、とでも言いたげな表情に思わず笑ってしまう。ベッドに腰を下ろさせると、  
エキューはその前に跪いて彼女の足を取った。目を丸くするイリーナに笑いかける。  
「僕の手もそんなに暖かいわけじゃないけど」  
 そう言うと、その足を両手で包み込むようにして暖めてやる。イリーナは丸くした目を  
ぱちぱちと瞬かせ、頬を赤らめながらもおとなしくその行為を受けた。  
 好みじゃないけど、こういう時は結構、かわいいと思う。ちょっとしたいたずら心を起こし、  
エキューは足の甲に手を置いた。触れるか触れないかのところでなでてやると、イリーナの  
唇からわずかに声が漏れた。差し出された足が硬直する。脚の指の間に四本の指を  
一本ずつ滑りこませると、声はすぐに喘ぎに変わった。    
「やっ……そんなに触らないでっ」  
 始めて十秒もしないうちに耐え兼ねたように身じろぎする。エキューは足の裏に手を  
這わせながら尋ねた。  
「感じてるの?」  
「っ、そんなこと……だって、足なんかで」  
 そう言っている間にもイリーナの息は荒くなっていく。唇を近づけ舌を使おうとすると、  
さすがに彼女は拒否権を発動した。  
「ちょっ、だめ、だめっ」  
 手の中から足を引き抜かれ、引っ込められてしまう。ぜーぜーと息をつきながらこちらを睨む  
イリーナに、エキューはひょいと立ち上がると、無造作に覆い被さった。顔の横に手を置いて  
にやりと笑う。  
「いいって言ったの君だよ?」  
 
「……意地悪だよ、エキュー」  
「僕はイリーナと違って、必要なら搦め手も使うからね」  
 首筋に吸い付くと甘い声が上がった。イリーナの左手の指に自分の右手の指を絡めて  
組み合わせ逃げられないようにベッドに磔にすると、エキューはもう片方の手で器用に  
服を脱がせ始めた。襟紐がするりとほどける感触にイリーナが首をすくめる。首にキスを  
続けられなくなって、エキューは戦法を変えた。手のひらが鎖骨を撫で、はだけた襟の下に  
入り込んで胸に至る。羞恥心からか、イリーナの残った手がその手を止めようとするような  
動きを見せたが、彼女の手は結局そうせず、用をなさなくなった襟元をぎゅっと握るだけに  
留まった。服がずれて控えめな乳房が覗く。  
「んん、はあっ……エキュー」  
 イリーナが上下した顔でつぶやく。エキューは「ん?」と首をかしげる。彼女はふと睫をふせた。  
髪と同じ色の瞳にわずかに影が落ちる。  
「わたし、エルフみたいに優雅じゃないし、耳もとがってないんですけど、それでもいいの?」  
「今更。……怖気づいたの?」  
「違うの、純粋に疑問に思っただけなんだけど……んっ」  
「僕のこと、気になる?」  
 エキューは答えずに愛撫を続けながら逆に質問を投げかけた。イリーナは素直な表情で  
こくりとうなずいた。イリーナは皮肉屋の自分から見ても嫌味なく「いい子」だ。  
 少し羨ましいと思う。  
「……何て言うかね。そういうところ見せられると」  
「え?」  
 ぱちりと大きな目を見開いて彼女はその顔に疑問符を浮かべた。  
「意地悪したくなるんだよね」  
「は?……っあ!?」  
 組んでいた手を突然外し、ショーツを割って下半身へ入る。突然もぐり込んで来た手にイリーナは  
大きく反応した。  
「やあ、待ってっ」  
 悲鳴を上げて今度こそ阻止しようとするが間に合わなかった。恥毛を探られる感触にその  
身体が大きく震える。股間を探り、エキューの指先が陰唇に触れると、イリーナは「ひっ」と  
声をあげて硬直した。  
 
 花弁の中心は既にじんわりと湿り、男根を受け入れる準備を始めている。しかしこのくらいでは  
まだまだ足りない。さらに指を進ませようとした時、イリーナが両手でエキューの手を押しとどめた。  
「……エキューっ。お願い、待ってっ……」  
 泣きそうな表情で訴える。どうして、というこちらの表情を読んだのか、彼女は消えそうな声で  
なくように言った。  
「だって、こんなの……恥ずかしいよぉっ……」  
 これまでに無いほど赤面した顔で小さくかぶりを振る。しかしエキューはやめなかった。理由は簡単だ。  
処女の『待った』にいちいちつきあっていたら最後までいく前に夜が明けてしまう。  
「大丈夫。すぐに良くなる」  
 短く答えると再開する。指はすぐに淫靡な花の中心と、その上にある蕾を探り当てた。  
細心の注意を払って摘む。イリーナの身体から目に見えて力が抜けた。  
「っ、ひぃん」  
 恐怖と、それでいて悦ぶような響きも含む声を発する。イリーナの普段は強靭な腕と手のひらは、  
今はエキューの手を押し戻すことはかなわなかった。右手も、一時はあっさり持ち上げられて  
しまうんじゃないかとひやひやしたが、杞憂に終わりそうだった.。  
 その原因はエキューにもわかる。どうしようもなく感じているからなのだろう。彼女はそんな声を  
出したことをひどく恥かしく思ったのか、それ以降は唇を噛みしめて耐え忍んだ。しかし身体に  
あまり力を入れられない仰向けの状態ではその努力はむなしく、余計に感じることになってしまった  
ようだった。クリトリスを弄りながら陰部に指を当てると、そこからはあっという間に愛液が溢れ出す。  
それはイリーナの意思とは逆に割れ目を伝って流れ落ち、見えないが、ショーツに染みを作り始めて  
いるだろう。  
「くっ、ふぅん!はぁ、ひぁ……っ、あぁ」  
 もはやエキューを止めることは諦めたのか、イリーナはエキューの手に添えていた手をシーツに  
移動させ、ひたすら愛撫を受けつづけた。表情は紅潮し弛緩しきって、今では歯を食いしばる事も  
出来ていない。ゆるんだ唇からぽろぽろと声が零れている。  
 充分濡れたのを見計らって、エキューは当てた指をゆっくりと中心へ沈み込ませた。  
イリーナの身体が大きく震えてそれを受け入れる。  
「ん、んっ……」  
 
 明らかに感じている様子で溜息をつくように声を発する。自慰もろくにした事が無い場合  
処女は指を入れただけでも痛みを感じることがあるそうだが、その心配はなさそうだ。指を  
動かし始めると柔らかいくせに狭い洞の中が指に吸い付き、ややもするとすぐにでも自身を  
入れてしまいたい衝動に駆られる。改めて自分のそれを意識してみるとすでに固くそそり  
立っている。目を細めて目の前の獲物を見る。しかしその思いとは別に、エキューは今  
入れている指で彼女の中をかき回すことも忘れていなかった。  
「く、ぅ、ぅうんっ!駄目えぇっ!」  
 二箇所を同時に責められて、イリーナは顔を歪めて大きく身悶えた。絶頂が近いことを  
自分でも察したのか、目をぎゅっとつぶって赤ん坊のように手足を縮める。かと思うと身体を  
緩ませ、鼻にかかった喘ぎを発し始めた。力が入り、また緩む。それを繰り返していくうちに、  
彼女は声と共にその身体もひきつらせていった。  
 大きく背を反らす。びくびくと痙攣しながら、イリーナは声を上げて昇り詰めていった。  
「はぁん、あん、あん、あっ──!」  
 背中が何度も波打ち、彼女が達したことを知らせる。それでもしばらくの間、イリーナは  
我を取り戻せないままひくひくと震えていた。  
 やがて痙攣がおさまると、イリーナは真っ赤になった顔を背けてこちらを見ようとしなくなった。  
「……ひどいよ、エキュー……」  
 目尻に涙をにじませて言う。本気で腹は立てていないが、さりとて気分を害していない  
わけではない。それをわかった上で、エキューは意地悪く笑って見せた。下着から手を引きぬく。  
「まだまだいけるよね?イリーナ、体力あるから」  
「ばかー!」  
「けなされついでにもうひとつ」  
 その頬に手を当て、低く呟く。それから少し離れると、  
「もう、我慢できないんだよね」  
「────」  
 ほんの一瞬、イリーナの動きが止まった。構わずエキューは上着を脱いだ。素肌に簡単な  
作りのシャツ一枚だけだったのですぐに脱ぎ終わる。次いでズボンにも手をかけると一気に  
脚から引きぬいた。  
「女の子が先に脱ぐのは恥かしいでしょ?」  
「……それは、そう、だけど」  
 
 怒張し上を向いているそれを見たイリーナの表情は火を吹きそうなほど赤くなり、目を  
回しそうにも見える。こんなんで最後までいって本当に大丈夫なんだろうかと今さらながらに  
不安になりながら、とりあえず近づいて腰を落とし、視線の高さを合わせてやる。彼女はそこで  
やっと目ぐるぐる状態から抜け出したようで、  
「自分で脱ぐ?それとも、脱がせてあげようか」  
「……うー……脱がせて」  
 何やら唸ると、意を決したように言う。筋肉質の割に細い腕をエキューの首に絡めて抱きついた。  
エキューからは見えないが恐らく目をつぶって、頭の中ではファリス神への祈りでもささげているに  
違いない。イリーナの腰に手をかけ、彼女のズボンもずり下げる。  
 ひんやりとした手で脇に触れられ、彼女の身体はぴくんと震えた。そんな何気ない反応にも、  
エキューは彼女に対して普段は全く感じなかった『女』を感じた。軽く瞑目する。女は化ける。  
「いくよ」   
 答えは無いが、かわりに首に絡められた腕が一段強さを増した。  
 背中に回した手を下にずらし、尻をわずかに持ち上げて場所を定める。淫裂に剣先を当てると  
イリーナの身体が極度に緊張したのが手に取るようにわかった。背中をなでてやりながら徐々に  
挿入していく。  
「……くっ、んっ」  
「あっ……んううっ……!!」  
 思わず口の端から息が漏れる。イリーナの中で容赦無く締めつけられ、エキューは快感と  
その中に潜む寒気の両方を必死に受け入れながらイリーナを誘導しつづけた。  
 中途で、ひときわ強く押し広げる感触がした。その一瞬後それが処女膜だと気付く。  
彼女が処女であることは予想がついていたが、白状するとこれまで処女としたことが  
なかったため、咄嗟にはわからなかったのだ。  
「!」  
 背筋が凍ったように硬直するイリーナの全身。それを何度もなだめながら、ようやく最後まで  
入れ終わった頃には、二人の肌には玉の汗が浮いていた。特にイリーナは痛みも相俟って、  
入れ終わったとたん白い肌にどっと汗を噴き出させる。  
 目尻に涙がにじんでいた。さすがに心配になり顔を寄せる。   
「大丈夫?」  
「この……くらいっ」  
 
 エキューが尋ねると、イリーナは無理に笑顔をつくって見せた。さらさらと茶色の髪がエキューの  
頬にかかった。  
 イリーナの背中にエキューは手を回した。イリーナは思わずといった様子で、両手を胸に  
引き寄せ、されるがままに抱きしめられる。体力はあるはずなのにその身体にはまるで  
力が入っていない。少し嬉しく思いながら、同じ質問を返してみる。  
「イリーナは何で僕でもいいと思ったのさ」  
 彼女は少し口篭もってから、途切れ途切れに答えた。  
「……うまく、言えないん、だけど……エキューって、ホントは、優しいんだな、って」  
「……」  
 エキューは思わず浮かべた苦笑いを隠せず、言った。  
「イリーナって、ちょっと優しくされると好きになっちゃうタイプでしょ?」  
「はあっ……そんなこと……ないよ」  
 痛みに顔を歪めながらもはっきりと彼女は言った。少女らしい、しかし断固とした口調で、  
「そうやって、意地悪で、大人びた口、きいてっ……エキューなんて、わたしより年下のくせにっ」  
 痛みが引いてきたのだろう、先ほどよりも多少饒舌になっている。ぐっとこちらを見返してくる  
イリーナに、エキューは思わず少し身を引いた。イリーナの顔全体が真正面に見えるようになった。  
彼女は今にも泣きそうにも、微笑みそうにも見える表情で、  
「こうやって、待ってくれてるんだもん……わたしが大丈夫になるの、こうやって」  
「……」  
 言われたとき、エキューは初めて、待とうと思わずに意識しないまま、彼女の痛みが引くのを  
待っていたことに気がついた。これまで処女を相手にしたことがなかったせいもあるが、  
今までの経験では無かったことだ。   
「……うーん」  
 思わず唸り、眉を寄せる。イリーナがきょとんとした。  
「どうしたの?」  
 エキューは笑った。  
「やっぱり、染まってきてるかも。でもまだだな」  
 そう言って、ぐっと腰を上げる。  
「あっ!?」  
 
 貫かれたまま身体をすこし持ち上げられる形になり、驚いたイリーナが声を上げる。  
その声には単に驚きや痛みを感じた時のものだけではなく、快楽による響きも含まれていた。  
エキューはそれを聞いた後、言った。  
「ここからは、優しくできないだろうからさ」  
「えっ……んんっ!」  
 その言葉を問いただす間もなく、イリーナは動き始めたそれに大きな反応を示してみせた。  
内壁を這うような動きに目を丸くし、ついで痛みに多少。  
「え、エキューっ、んうっ」  
「子供。欲しいんでしょ?」  
「……あ、あぁっ、はぅ」  
 答えは返ってこなかった。腰を動かされながらでは仕方ないかもしれない。ただ声を上げている  
だけだ。その身体をベッドに押し付け、エキューはゆっくり動き始めた。動くたびに擦れ合う部分から  
ぐちゅ、ぐちゅと音が漏れ聞こえるような気がした。  
 少しは悦くなるかと、乳首を摘んでくりくりと動かす。急な弄びにイリーナは艶声を上げて身を  
よじった。  
「ひゃんっ、ああっ!?何でっ」  
 入れる前より何倍も敏感になった乳首は彼女に痛みを気にする余裕を失わせたようだった。  
耐えがたい快感に自分でもわけが判らないのか、彼女は背を反らしながらもシーツを握り締める。  
それでも声は抑えきれず、悲鳴のような嬌声が零れた。  
「ひあ、あっ、駄目えぇっ」  
 もう羞恥にかまっている余裕はないらしい。腰をくねらせ逃れようとするが、エキューはそれを  
許さなかった。その身体を押さえつけ、何度も擦り合わせてダイレクトに快感を送り込む。嬌声に  
水音が混ざり合い、それにつられる様にイリーナの身体がひときわ大きく波打った。  
「や、あ、んん……っ!」  
 その声と様子にエキューの欲望は加速していった。無意識のうちに細い手首を掴む。  
この女を支配したい。  
(もっと深く――)  
 ぐっと身体を前のめりにする。イリーナの身体がくの字に折れ曲がった。  
「────!?」  
 イリーナは酸欠の金魚のように口をぱくぱくさせながら、自身の秘部に深深と突き立った  
男根を見やった。エキューはそのまま腰を動かす。  
 
「あっ!?あっ、あっ、あっ、あっ、あ」  
 結合した部分から白濁した泡と液体が溢れ出した。突かれるたび、イリーナは動けない身体を  
びくつかせて応えてくる。そのたびに根本まで締めつけられ、エキューの背にも電流が  
流れるような快感が走る。喘ぐように何度も肺をわななかせながら、イリーナは口の端から  
飲み込めない涎を垂らして声をあげていた。  
「も、もう、やめ、やめっ、ぁあああっ────」  
「もう、少しっ……!」  
 その言葉と共に腰を大きく打ちつける。イリーナはびくんと身を震わせて膣を強く収縮させた。  
その助けも借り、エキューは彼女の中に欲望を吐き出す。声にならない悲鳴が響いた。  
「────────!」  
 白い喉をさらけ出して小さな身体が限界までのけぞった。搾り取られるような締めつけが長く続き、  
彼女の身体が弛緩する頃には、エキューはありったけの精を全て彼女の中に注ぎ込んでいた。  
 すっかり柔らかくなったモノを抜くと大量の液が溢れ出してくる。わずかにピンクがかったその液は  
イリーナの脱力した太腿をつたって流れ落ち、シーツに大きなしみを作った。初めての相手だと  
いうのに深く突いてしまったことに今になって後ろめたさを感じる。これまで感じたことのない  
自分への嫌悪感に戸惑いながら、エキューはイリーナの頬をぺちぺちと叩いた。  
「イリーナ、終わったよ」  
「…………っ」  
 薄く目を開いてイリーナがうめく。無事に気がついたことにエキューは内心安堵した。うっすら目を  
開けた彼女に、エキューはわざと、少し嫌な言い方で尋ねた。  
「感想は?」  
「……」  
 随分間を置いて、彼女は蚊の鳴くような声で答えた。  
「痛、かった……」  
 正直な感想だった。予想の範囲だったその言葉に苦笑し、エキューはイリーナの頭に手をやった。  
声を和らげる。  
「もう何もしないから。ゆっくり寝なよ」  
「…………ん」  
 イリーナは呟いて涙目を閉じる。頭に置いた手を引こうとした時、その手がエキューの腕を掴んで  
引っ張った。  
 
「……一緒に寝よ」  
 細い声だったが、エキューにははっきりと聞き取れた。わずかに躊躇してから、エキューは  
質問を投げかけた。  
「嫌じゃない?」  
「どうして……?」  
 呟く。彼女はやはりうっすらと両目を開いただけだったが、その瞳はエキューをはっきりと見ていた。  
その手はエキューを引き寄せて隣に座らせようとしていた。それに従うと彼女は満足したように  
手を離し、目を閉じる。  
 沈黙の中で、エキューはのろのろと上掛けに手を伸ばした。引き寄せる。  
(……イリーナって、ホントに馬鹿だ)  
 イリーナの肩まで上掛けを掛けてやる。自分の膝にも掛けながら、エキューはそう思った。  
そう思って、少し笑った。  
 
 
 
 時刻は昼前、食堂に降りてくるとカウンターで立ち働く美姿に出会った。  
「エキュー、おはよう。今日は遅いのね、珍しい」  
「あっ、マウナさん」  
 瞳を輝かせて麗しのハーフエルフを見る。彼女はいつもどおりの給仕服で、今日は髪を  
ゆるく三つ編みにしている。金色の髪は時折光を受けて煌き、細い手足は華麗に動き、  
そして何よりその美しく尖ってほんの少し上を向いた、そう、耳。その耳は自分を虜にして  
止まない。全世界の財産、生きた宝石。  
「おはようございます、今日もまた一段と──」  
「何にするー?」  
「……Aセットで」  
「はい、Aセットひとつー!」  
 口に出そうとした美辞麗句は注文ごとさらりと流される。いいんだ負けないんだ、くじけないんだ。  
 昼時の客が入り始めるにはまだ早く、店内に人影は殆ど無い。しかしエキューはすでに二つの  
人影がついている席に向かった。一人は怠惰且つ尊大なポーズで真昼からエール、もう一人は  
リュートを爪弾きながら何やら唸っている。  
 
「おはようヒース。学院の授業はサボリ?」  
「はっはっは、これまで幾度となく共に死線を超えてきた仲間に対する朝の一言がそれかエキュー!  
こんな時まで状況を冷静に分析しなくていいんだぞ!ちなみに誤解を解くために言うと今日は休講だ」  
「おはようバス。今日も『ファリスの猛女第2部第3章・グレートソードは我にあり』の作曲?」  
「おはようございます。イリーナが一撃でゴブリンを真っ二つにするくだりのメロディーがなかなか  
うまくいかないのです……おや、起きて来たばかりなのに随分疲れているようですな」  
「そう?じゃ、寝すぎたかな」  
 席につく。普段通りの会話だったが、ふとヒースが思い出したように入り口のドアを見た。  
「そう言えばイリーナはどうした。早寝早起き早朝トレーニングを地でいく石畳デストロイ鋼鉄重歩兵娘は」  
「真面目に神殿でお勤めでもしてるんじゃないの?ヒースと違って」  
 適当に誤魔化すついでに茶々を入れると、案の定、ヒースは大仰な仕草で両手を広げた。  
「何をう?俺様はいつでも真面目だ。今日もうっかりファリス神殿で優雅に朝の礼拝などしてきて  
しまったぞ。いやあイリーナの親父さんの前で祈るといつのどんな行いも全部見通されそうで  
デンジャラス&スリリングだぞー。教義に反するようなことは何もしてないにも関わらず  
俺様いつもガクガクブルブルだ」  
「導師に対するあの口聞きはファリスの教義には反しないのですかな?」  
「何を言う、あれは愛だ。ハーフェンに対するあの態度は俺様なりの愛なんだヨ。俺様が  
罵詈雑言を吐くことでハーフェンのヤツは出世街道まっしぐら、今の2倍も3倍もビッグになるんだ」  
「それはどこの世界の因果関係?」  
 無意味な会話を続けていると唐突に入り口のドアがパタンと開いた。マウナが「いらっしゃいませ」  
と言いかけてやめ、かわりに目を丸くする。  
「あれ?イリーナ、昨日はうちに泊まったんじゃなかったっけ?」  
「ごめんね、ちょっと事情があって、朝早く家に戻ったの」  
 円卓の入り口に近い席に座っているエキューが振り返った時、立っていたイリーナが見えた。  
神官服のみで、普段の服装である彼女的最新オーファンコレクションことフルプレートアーマーを  
付けていない。マウナはイリーナに向き直り、  
 
「今日は鎧つけてないのね。店のためには是非そうして欲しいわ……きゃー!」  
 突然歓声を上げる。  
「チビーナー!いらっしゃーい、どうしたの!これが事情?」  
「うん、今日はチビーナがいたから鎧脱いで来たの。鎧だと抱っこしにくいでしょ?」  
 イリーナが同伴したチビーナはぽてぽてと危なっかしい足取りでマウナに駆け寄る。マウナは  
慌てて盆をカウンターに置き転びそうになるチビーナに駆け寄った。チビーナはぽーんとマウナの  
腕の中に飛び込んだ。  
「こんにちはでつ!ままのところに遊びに来まつた!」  
「そうかー!よしよし、いつでも来ていいのよー」  
 なでなで。怒涛の猫かわいがりを開始する。昨日イリーナがマウナ他の目を盗んでチビーナを  
連れ込んでいたことにはまるで気付いていないらしい。ふと、マウナの腕の間からチビーナが  
エキューを見た。エキューはものすごく嫌な予感がして思わず向き直るが、人間のそんな微妙な  
表情を読み取れるチビーナではない。思いきり声を張り上げ、  
「ぱぱー!」  
「ここでもっ!?」  
 思わず突っ込んだその声と同時に、後ろで飲み物を吹き出す音と、勢いあまって強く弾きすぎた  
のか、リュートの弦の切れる音が揃って聞こえる。次いで、  
「ぶわはははははははは!!『ぱぱ』〜!?」  
 吹き出したエールを拭くことも忘れて爆笑するヒースの笑い声が脳天を直撃した。  
「お前マジでパパ呼ばわりされるようになったのか!わはははは、傑作だ。イリーナのママ騒動より  
笑えるぞ!」  
 事情を知っているくせに(いや、知っているからこそか)ここぞとばかりにネタにする。エキューは  
動揺を押し隠して反撃に転じた。  
「その笑い方やめてよ、うざい!野次馬根性ほどみっともないものはないよ!?」  
「何だとうっ!?でもいつもの毒舌になんとはなしに切れが無いぞエキュー、さては密かに動揺  
しているな?」  
「ヒース、汚いからとっとと拭けっ!!」  
 
 ヒースの顔面に、雷のようなマウナの怒声とともに濡れ布巾が炸裂する。騒動のさなか、  
イリーナもぱたぱたと円卓についた。膝をぽんぽんと叩く。今やそれだけで承知しているのか、  
チビーナはマウナの腕から離れてイリーナの膝に移動して来た。同じ顔が上下に二つ揃う。  
「……トーテムポール」  
「何か言いました?バスさん」  
 丁度イリーナの正面の席になったバスは握り拳を固めてにっこりと尋ねてくるイリーナに  
無言でふるふると首を振った。それきり喧騒を忘れたふりで切れた弦を直し始める。  
 と、イリーナが不意にエキューに瞳を向ける。  
 目が合ってしまった。何気なく目をそらそうとするが、その前にイリーナが再び微笑んだ。  
その薄い唇が開いた。  
「責任、とって下さいね?パパ」  
「──────」  
 がたーんと椅子の倒れる音、エールのジョッキが落ちる音、皿の割れる音、またも弦の切れる音──  
刹那、そんな状況を想像したエキューが顔を上げた時、予想に反してテーブルはしんと  
静まり返っていた。  
 バスは一瞬目を点にしたのち礼儀正しくも「ワタクシは何も聞きませんでした」とばかりに  
明後日の方角を向き、ヒースはひどく意外そうな表情でまんじりとこちらを見返している。  
「…………」  
 さらに真後ろを振り返りマウナを見た時、マウナはまるで長年悩んできた肩凝りか何かが  
一気に解消されたかのような晴れ晴れとした笑顔を浮かべていた。  
「そう!よかったじゃない〜、エキューってばあたしからイリーナに乗り換えたんだ〜?」  
 女神のような表情で述べる。ぺかー。後光が眩しい。  
「ちょっと待ってくださいぃっ!?」  
 エキューは今度こそ狼狽し、立ち上がり唾を飛ばして絶叫した。  
「誤解……」  
 視線を外して間。  
「……です!」  
「何故そこで言いよどむ?」  
 
 ヒースのツッコミはこの際無視する。  
「あ、あれは事態の解決をはかるために仕方なくですねえ!イリーナ、君もそういう冗談は」  
「いいじゃない、照れることなんてないよ?そうかー、エキューとイリーナがねえ」  
 にやにやしながら腰に手をやり悠然と仁王立ちになるマウナ。エキューの台詞を  
歯牙にも掛けない。思わず奥歯をぎりぎりと噛み締めながら唸る。  
「くうっ、今日のマウナさんは手強いっ」  
「ようやっとお前という頭痛の種から開放されたんだ、察してやれエキュー。ぷぷぷ」  
 エキューは振り返りもせず手元に置いていた槍を引っつかむ。力任せに振りぬくと  
げいん!と嫌な音を立てて槍の石突がヒースの顎を直撃した。バスがようやく進み始めた  
作曲の、新しくできた部分を試し試し演奏しながら、あくまで控えめにエキューに告げた。  
「まあ、マウナはイリーナから聞いた限り、ハーフエルフということで何かと辛い半生を送って  
きたようですからな。エルフの特徴であるところの長い耳だけに執着するエキューは正直  
願い下げというところなのでしょう」  
「がーん!今知る衝撃の事実!」  
 よろりと顔を青くしてよろめく。張本人のイリーナはひとり大笑いしていた。笑いすぎて  
涙を流しながら前言を撤回する。  
「ごめんごめん、みんな、冗談だよ、冗談。ぱぱっていうのはチビーナが勘違いして言ってるだけ」  
「何だー、残念」  
「本気で残念そうですね、マウナさん……」  
 冷たいマウナの声色に泣きたくなってすとんと腰を下ろす。恨みがましくイリーナに  
視線を向けると彼女は目尻にたまった涙を拭き拭き、他の誰にも聞かれないように  
エキューに顔を近づけ、  
「いろいろ、意地悪されたお返し」  
 とのたまった。  
「……」  
 エキューはしばし沈黙した。「責任とってくださいね」――その一言が頭の中でぐるぐると  
ワルツを踊り出す。この一言ははたして冗談か本気か。イリーナの顔色からは窺い知れない。  
 
(――ええい)  
 ままよ、とエキューは口の中だけでつぶやいた。自分のやったことの責任とるくらい、  
戦場で命をかけていた時期に較べればどうってこと無い。……のかなあ?  
「おーいいりーなサン、よろしければこの怪我治してくれませんでしょうかー?俺様ちょっとばかし  
出血多量でやばげな感じなんですガー」  
「ヒース兄さん、顎割れてるよ……」  
 膝のチビーナを下ろし椅子を立って『キュア・ウーンズ』を唱えるイリーナを横目で見ながら、  
エキューは人知れずため息をついた。  
(……染まって、きてるのかな。やっぱり)  
 最近は昔の話をすることも少なくなった。冗談を言われただけでムキになって怒り、  
あろうことか、こうして同年代の少女に手玉に取られている。  
「……」  
 それがいいことか悪いことかはまだ自分にもわからない。でも、妙に納得だけはしてしまう自分がいる。  
「……ま、いいか」  
「何が?」  
 こちらを向いたイリーナが不思議そうに首を傾げた。エキューはとりあえず、別に、とだけ答えておいた。   
 
 

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