「それでは、誓いの指輪の交換を」  
(…イリーナ、大丈夫なのか)  
(コルセットが…ゆるめてもらったのに)  
小声で囁きあい、互いの左手薬指へ指輪を滑らせて行く。  
何度も打ち合わせをし、そして同意の上で神に誓う儀式(の真似事)をしている。  
囮作戦の為とは言え、互いの胸中は複雑だ。  
――いつか、私も誰かの花嫁さんになれるのかな? なりたいなぁ…  
――やっぱり真似事としても、緊張するもんだ。ま、予行練習と思えばいいか。  
互いの指にリングが残り、かすかに灯りを反射する。  
「そして、誓いの口付けを―」  
静かな声が小さな空間へと広がる。  
並んでいる数人(その中にまぎれているドワーフ二人)の神官。  
【姿隠し】の呪文で隠れている、精霊の声が聞こえる三人。  
その視線が、祭壇の前で神妙に立つ二人へと集中した。  
(兄さん)  
(わかってる)  
ヒースの手が、イリーナの顔を取り巻くヴェールを捲り上げながら、鋭く無数の印を正確に切る。  
唇を動かさずに呪を紡ぎ、二人の顔が近付いた。  
「――マナよ、偽りの、光を」  
指輪を触媒にし、二人の体を偽りのイメージが包み込む。  
これで傍目には花婿と花嫁の誓いのキスを今まさにするところ、と見えるだろう。  
(良し)  
(ふふ、お疲れ様です)  
わずかな距離で視線を合わせたまま、ヒースが笑う。  
 
イリーナも笑おうとして、ふらりとその視界が泳いだ。  
一気に緩んだ緊張と慣れない高いヒール、そして締め上げられたコルセットのせいなのか、  
ぐらりと体から力が抜ける。  
花嫁衣裳に身を包んだからだがゆれ、ヒースの腕に支えられた。  
(ごめ……!!)  
(!!)  
顔を上げた所で、何か、柔らかくて少し暖かい感触が広がった。  
予想外に近くにあった、ヒースのブルーグレーの瞳。  
それは呆然と見開かれている。  
その中に見える、目をまんまるにした、艶やかな化粧を施された女の顔。  
そこまでを互いに認識して、はじかれたように離れた。  
集中力も同時に切れて、現像も消える。  
二人の頭の中は、一瞬前の出来事に混乱する。  
そしてヒースの額には冷や汗が、イリーナの瞳には涙が浮かび上がってきた。  
ソンナ状況なんてお構い無しに、婚儀をつかさどる司祭が言葉をつなげようとした所で――  
ズムッッッッっという音と共に、堅牢な石造りの建物がわずかゆれた。  
一瞬にして空気が張り詰め、内部にいる殆どの視線がそちらへ集中する。  
もちろん婚礼衣装に身を包んだ二人も同様だ。  
ただし、精霊使いの三人は入り口へ視線を固定したまま。  
「来る!」  
エキューの鋭い声が、戦いの始まりを告げた。  
 
 
まずエキューが槍を構えて走りだす。  
その視線の先――入り口の真横に、何の前触れもなくぽっかりと、穴が開いた。  
石壁に出来た穴をくぐって、黒い影が通りぬける。  
その姿は、まだ誰にも認識できない。  
ヒースの腕が、ウェディングドレスの腰部分につけられたリボンの端をとった。  
一気に引っ張ると、ばさりと彼女の足元に白い布地の海が広がる。  
ロングの巻きスカートの中から現れたのは、膝までの白のスカートとふくらはぎまでを覆うブーツ。  
ヒースはすぐに影へと視線をやり、少しの間黙考する。  
「虎型のアザービースト? 支配しているのは?」  
そう小さくつぶやくと、複雑な印を切り呪を紡ぎはじめる。  
結婚指輪に偽装した発動体が、光を反射してわずかにきらめいた。  
イリーナが、腰に下がっていた小さな袋に純白の手袋に包まれた手を入れる。  
何かを掴んでぐっと引き抜く仕草。  
小さい袋から出てきたのは特大のクラブ――通称『風林火山』。  
それを軽々と肩に抱え上げ、影に向かって走りだした。  
マウナはウィスプを呼び出すとすぐさま影と…もう一つ、穴から入り込む人影へと打ち込む。  
エキューとイリーナに続いて走り出そうとしたノリスが…、ふと足を止めた。  
支配していた風の精霊に呼びかけて、【沈黙】の呪文を紡ぎ始める。  
その後ろでは神官たちが其々呪文や武器を用意する。  
その中にいたバスはリュートを構え、ガルガドも己の役割を果たそうと動き始めた。  
 
槍が、影の体を掠める。  
わずかにその体が揺らめくが、特にダメージを受けた様子はない。  
「ちっ!」  
すっと目を細めて、エキューが舌打ちをする。  
後ろではヒースの呪文が完成し、マナが動いて前衛二人に魔力の壁を作り出した。  
「中央に誘導しろ!」  
そう叫び、次の呪文を唱え始める。その指の動きは、先ほどよりも複雑だ。  
「はぁ!」  
紅いバージンロードの絨毯に跡が残るほど強く踏み込んで、イリーナがクラブをスイングした。  
ドムっと鈍い音がして、体に食い込む。  
しかし、影は何とか踏みとどまって、イリーナに向けて爪や牙での攻撃を繰り出す。  
何時もの癖で反射的に鎧上で滑らせそうになるが、攻撃をクラブで受けて、よけて、さけて。  
今日は何時もの鎧をつけてはいないが、何とか三回も続いた攻撃を捌いた。  
とは言っても最後に伸びた爪が肩近くをかすめ、ドレスの袖がぱっくりと割れる。  
「……乙女の夢なのに〜。でもこの指輪、いいかも」  
やっぱり結婚指輪に偽装した、『パリー・パリー』と呼ばれる魔法具の効果を実感し、  
複雑な表情でつぶやいた。  
 
 
 

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