「あ〜あ、何だか飲み過ぎちゃったみたい……」
くらくらする頭を押さえて、シャイアラは立ち上がった。
「ブック〜。ちょっと、部屋に連れてってよ〜」
目の前がゆらゆらと揺れている。
酒場の中は更に人が増えてきたようで、人の塊のようなものがあっちこっちに動き回っている。
テーブルに手を掛けて、旧知のグラスランナーを探すが、その姿はどこにも見当たらなかった。
「も〜、どこいったのよぅ。そーいえば、みんなは〜?」
きょろきょろと見回した拍子に、男の肩がぶつかって、シャイアラは大きくよろけた。
「きゃ……」
「おっと。大丈夫かい?」
そのまま倒れ込みそうになったところを、横合いから出た腕が、優しく抱きとめた。
「気を付けなくちゃ駄目だよ。ここは荒っぽい人ばかりだからね」
「――マロウ!?」
そこにいたのは、シャイアラの仲間の一人である、木訥なハーフエルフの青年だった。
だが、今の彼のまとう雰囲気は、いつもと大きく異なっていた。
「マロウ、一体どうしたのよ? 変装はもう終わったはずじゃないの?」
とある事件のために、彼等がしばらく姿を変えることになったのは、つい先日のことだ。
皆、思い思いに普段と違う格好で身を固めたのだが、中でもマロウの変装は驚きだった。
いつもの土臭い雰囲気が綺麗さっぱり洗い流され、爽やかな美青年に変身していたのだ。
彼の口調や仕草に、演技とはいえ、ドキリとしてしまった自分が何だか恥ずかしい。
そのことを思い出して、シャイアラは少し赤くなった。
(マロウって……こうやって見ると、本当に格好いいのよね)
しかしファンドリアを後にしてきた今、変装の必要はないはずだが……。
「これは変装じゃないよ」
「え?」
「こういう服の方が、君が喜ぶと思って――駄目だったかな?」
困ったように目を伏せるマロウに、何だか妙にどぎまぎしてしまう。
あのときは面白半分な気持ちがあったが、こうやって間近で接していると、とてもそんな気分にはなれない。
「そ、そんなこと……ないけど」
「よかった」
爽やかな笑顔に、キラキラと白い歯が光った。
「――さん、姐さん」
「ん、んっ…?」
「シャイアラ姐さん、起きて下さいよ」
「ううん、なによぉ……って、ブック?」
「そうですよ。まったくもう、こんなとこで寝ちゃって」
「……どこ、ここ」
「どこって、レムリアの≪新緑の泉≫亭ですよ。行きも泊まったじゃないですか」
「……アタシ、寝てたの?」
「飲んでる途中で、突然寝ちゃったんです。昨日は盛り上がってましたからね」
「…………夢?」
「――あ。シャイアラどん、起きたんだべか?」
「!」
「そろそろ出発の時間だべ。みんな準備してるだよ!」
「…………」
「どうしたんだべ?」
「寝る」
「ええっ!?」
「ちょっと、待って下さいよ姐さん! 姐さん!?」
「寝るっ! もう今日は、ずーっと寝てやるんだからっ!!」
「シャイアラどーん、一体どうしたんだべかー!?」
彼女が機嫌を直すには、およそ3時間ほど掛かったという。