……母親の薬代を稼いでいるという花売りの女の子に、ローンダミスは少し多めの銀貨を渡した。無  
骨な彼の口元に、珍しく屈託のない笑みが浮かんでいる。  
その微笑みがわたしに向けられたものでないことが少し残念だったけれど、希少な場面を目撃できた  
幸運を素直に喜びたい……  
 
……わたしとすれ違おうとした少年の腕を、横から伸びたローンダミスの手がつかんだ。  
腕をねじり上げられた少年――よく見ればグラスランナーだ――の手から、銀貨を詰めた革袋が落ち  
る。それは、紛れもなくわたしの財布だった。  
恥をかかされた(よりによってローンダミスの前で!)わたしは、頭にかっと血が上る。  
それなのにローンダミスは、財布を取り返しただけであっさりとグラスランナーを解放した。官憲に  
突き出すほどのことはない悪戯だと言って……  
 
……そしてローンダミスは……  
 
 
“自動書記のペン”によって綴られた文章に、わたしは目眩を覚えた。  
これではまるで、恋に浮かれる少女が書いた日記ではないか。こんなものをリジャール陛下やカーウ  
ェス師にお見せしたら、なんと思われるだろう?  
オランの大賢者マナ・ライ師から頂いた羽根ペン――セットになった髪留めを着けた者が感じたまま  
を独りでに記録する魔法の道具――を眺めて、わたしは深い溜息をもらす。  
わたしの任務に好都合だと思えたこのアイテムには、思わぬ落とし穴があった。  
古代王国時代の手記には、筆者が怪物に殺される瞬間まで詳述されていることがあるが、その多くは  
こうしたアイテムで書かれたと思われる(余談だが、それでは説明できない事例も稀にある。古代人  
の心理は、我々の想像を絶している)。  
すなわちこのアイテムは、自動なるが故に「何をどう記述するか」を操作できないのだ。  
 
いったい誰が知ろうか? オーファンの“魔女”と呼ばれたわたし――ラヴェルナ・ルーシェンの胸  
の内で、これほど人間らしい情念が炎をあげていようとは。  
「ローンダミス……」  
わたしの偽らざる想いを書き著した羊皮紙の束を抱きしめるようにしながら、その名を呟く。  
我に返って一人赤面したわたしは、誰かに気付かれてはいないかと周囲を見回した。幸いなことに、  
同室者たちの寝息は先ほどまでと変わりないようだった。  
それでも居心地の悪い気分になったわたしは、  
「……夜風に当たって頭を冷やそう」と、誰にともなく言い訳して部屋を出る。  
音を立てないように扉を開けた時、見間違えようのない背中が宿から出かけてゆく光景が、わたしの  
視界をかすめた。彼の行く手にあるのは、夜の街。  
わたしは、衝動的にその背中を追いかけていた。  
 
わたしの予想に反して、いかにもそれ風な店の前を素通りしたローンダミスは、街頭に立つ吟遊詩人  
を見つけては何やら話しかけるばかりだった。  
五人目にして、彼は、望みのレパートリーを持つ詩人と巡り会った。  
夜の街角へと響き出したそのメロディは、ラムリアースの宮廷でわたしが詩を詠唱させられた折、共  
に旅していた吟遊詩人――今は亡きリンドが演奏した曲だった。  
沈痛な面持ちでその曲に耳を傾けるローンダミスに倣って、わたしは「いにしえの滅びの街」で生命  
を落とした友人を悼んだ。  
と、その時。見知らぬ中年男が、わたしの肩を叩いた。  
「どうしたい、お嬢さん? こんな美人さんが、一人で寂しくお散歩かい?」  
酒臭い息をしたその男は、なれなれしく話しかけてくる。  
わたしは無礼者に相応しい報いを与えようと、発動体の指輪に意識を集中させた。だが――  
「なんだ、ラヴェルナ。もう来てたのか?」  
ことさらにのんびりとした声が、呪文を唱えようとするわたしの機先を制した。  
 
ローンダミスは少し慌てた様子で(それが判るのは、わたしだからだ。周囲の者たちには、悠々とし  
た態度としか見えないだろう)歩み寄ると、即興芝居を演じた。  
「すまないな。待ち合わせの時刻には、まだ間があると思っていたんだ」  
彼は、わたしの肩に腕を回し、そっと――と見えて、実は強引に――抱き寄せる。古代語魔法に必要  
な身振りが取れないように。  
「こんな美人をほったらかしなんて、いけねえな、あんちゃん」  
そう言って中年男は、意外に人の良さそうな笑顔を浮かべた。してみるとわたしは、一人歩きしてい  
る若い女を心配してくれた善意の人に、危うく『電撃』を浴びせるところだったらしい。  
「判ってるさ。お詫びの印に、今夜はたっぷり可愛がってやるよ」  
投げやりにお愛想を返すローンダミスに調子を合わせるように、わたしは彼に寄り添って歩き出す。  
「よぉ! 見せつけてくれるねえ!」  
「仲良くしなよ、お二人さん!」  
徐々に足早となってその場を離れるわたしたちを、野次馬たちが囃し立てる。  
渋い顔をして先を急ごうとするローンダミスに、わたしはこっそりと耳打ちした。  
「今夜はわたしを可愛がると、おっしゃいましたね?」  
「いや、それは、あの場を取り繕うためであって……本気じゃないことくらい、判るだろう?」  
しどろもどろになるローンダミスなど、初めて見た。笑みがこぼれだしそうになる口元を必死に引き  
締め、わたしは彼を冷たくなじった。  
「公衆の面前であんなことを言われたのでは、実際に傷物にされたのと同じです」  
そしてわたしは“魔女”という二つ名にふさわしい表情で、言った。  
「責任は、取ってくださいますね?」  
 
部屋に入るなり、わたしは半ば習慣で『光明』の呪文を唱えた。  
こぢんまりとしたその部屋は、質素だけれど掃除が行き届いていた。ろくな調度もない代わりにベッ  
ドだけが妙に大きくて、ここが特定目的のために存在する宿なのだと意識させられた。  
 
「……いいのか?」  
背後に立ってわたしの両肩に手を置いたローンダミスが、少し戸惑った声で尋ねた。わたしは、彼の  
胸に体重を預けながら答える。  
「ここまで来ておいて、お預けを食わせるような真似はしませんよ」  
「いや、そうじゃなくて……」  
口の中でなにやら呟いた彼だったが、どこか悪戯っぽい笑顔を浮かべると、両手でわたしの顔をはさ  
み、引き寄せ、音を立てて唇を吸った。  
彼の「いいのか」という質問の意味をわたしが取り違えていたと気付いたのは、魔術師のローブが床  
に落ちた瞬間だった。  
『光明』の効果はしばらく続く。下着姿でベッドに横たえられたわたしは、しっかりと組み伏せられ  
て、もう『暗黒』も『解呪』も唱えることはできなくなっていた。  
わたし自身が灯した煌々たる光の下、ついに最後の一枚が剥ぎ取られる。わたしは身をよじり、太股  
を閉じ合わせて、懸命にその部分を隠そうとする。  
「男にとって理想の妻とは、昼は貞女の如く、夜には娼婦の如く……か。君とは正反対だな。昼間は  
魔女なのに、ベッドの中じゃウブなおぼこ娘だ」  
ささやく声とともに、わたしの肌を戦士の指先が這う。彼の指は、わたしの敏感な部分を探り当てて  
は撫でさすり、男を知らない肉体を緩ませてゆく。  
やがてその指先は、だんだんとわたしの肌に食い込んで、念入りに揉みしだく動きとなった。  
「そこは……だめ……」  
痺れるような快感に陥落寸前となったわたしは、せめてもの抵抗の意志を示そうとする。  
しかし、ローンダミスはやめない。  
ほどなくして、わたしの両脚は力を失い、あっさりと左右に割り広げられた。秘すべき場所はしっと  
りと蜜を滴らせて、彼の視線を歓迎したのだった。  
「は、恥ずかしい……お願いです、そんなに見ないで……」  
「いいとも。見学はもうお終いだ」  
 
軽い調子の宣言と同時に、猛りきった剛棒がわたしに突きつけられていた。  
覚悟を固める暇さえ与えてはくれず、太い唸り声をあげたローンダミスは強引に腰を突き入れ、躊躇  
なくわたしを貫いた。  
「ひぃ!」  
“女”となった証である痛みが、脳天まで響く。  
わたしの最も深い場所まで一気に埋め尽くしたローンダミスは、捕らえた獲物の反応を楽しむかのよ  
うに、いったん動きを止めた。  
「さすが、初物の中はきついな」  
一言感想を述べると、彼は抽送を開始する。わたしが順応するのを待ってくれているのか、それは、  
ゆっくりゆっくりとした動きだった。  
わたしは太い首にしがみつき、彼の顎やら頬やらに唇をこすりつける。いつしか破瓜の痛みは、甘い  
疼きの中へと呑み込まれていった。  
それを感じ取ってか、ローンダミスの動きが、速く激しくなってゆく。  
未知なる何かが迫ってくることを、わたしは予感した。それは初めて経験する絶頂への期待か、それ  
とも自分が別の存在に――ただの女に――変えられてしまう恐怖だろうか?  
愛する男の腰が激しく打ち付けられるごとに、胎内に満ちる快感はますます大きくなって、わたしは  
よがり泣いた。  
子宮へとえぐりこまれる衝撃が、とうとうわたしを昇り詰めさせる。  
「あ、あ、あああーっっ!」  
腰の奥で炸裂する『火球』のような官能に灼かれて、絶叫がほとばしった。  
全身の肌を疾走する『電撃』のような愉悦に撃たれて、目の前が真っ白く染まった。  
「く、うっ……」  
紫色をした星が飛び交う意識の中で、ローンダミスが苦悶する声が聞こえてくる。  
一つにつながった淫らな肉を通して彼から伝わる脈動が、最後の一撃が放たれつつあることをわたし  
に教えていた。  
 
「ああ……早く! 早く、ください!」  
思わず口をついて出た要求に対して、意外にもローンダミスは首を横に振り、拒絶を示した。  
「なぜです? わたしは、あなたが欲しいのに……」  
恥ずかしさすら忘れて、わたしは哀訴する。まるで砂漠で迷った旅人が水を求めるように、わたしの  
子宮は彼の精を欲していた。  
けれどこの男は、憎らしいほど冷静で頑固だった。  
「旅の途中で子供ができたら困るだろう? だから、今は、まだ、ダメだ!」  
そう言って彼は一気に腰を引き、逃すまいと締め付けるわたしの中から脱け出していった。  
「あぁ……そんな……」  
魂を根こそぎ抜き取られたような喪失感に、わたしは泣き出しそうになる。  
そんなわたしに向かって、ローンダミスの叫び声が飛ぶ。  
「ラヴェルナ……目を、閉じろ!!」  
その命令はわずかに手遅れだった。わたしの眼前でそれは弾け、熱い粘液がわたしの面貌を汚す。彼  
が心配したとおり少しわたしの目にも入ったけれど、不快だとは思わなかった。  
「あぁ……」  
まき散らされた精汁を頬に塗りたくるようにしながら快楽の余韻に浸るわたしに、ローンダミスは幼  
い子供をあやすような声をかけてくれる。  
「オーファンに帰ったら、毎晩たっぷりと注ぎ込んでやるから、今は我慢してくれ」  
それは、彼がわたしと将来を共にしてくれるという約束だった。  
ローンダミスの熱い精で内側から灼かれる瞬間を想像して、わたしはこの旅に出てから初めて故郷を  
恋しく思った。  
 
 
わたしが、魔法のペンと組になった髪留めをずっと着けたままでいたことに気付いたのは、明け方近  
くに帰った部屋で、床に散乱する羊皮紙を目にした時だった……  
 
 
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *  
 
高名なる“魔女”ラヴェルナが著した「アレクラストの博物学」――その原稿の一部は、執筆者の都  
合によって隠匿された。後にその原稿がオーファン魔術師ギルドに所属する俊英の手で発見され、あ  
わや外部に流出しかけることになる。  
宮廷魔術師の秘め事を巡っての騒動は“ギルドの良心”とも評される人物の胃壁に甚大なダメージを  
与えたが、それはまた別の物語である。  
 
          完  
 

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