イリーナが目を覚ますと、裸で毛布の中にいた。毛布とシーツと人肌の暖かさに意識がはっきりする。  
イリーナは裸で、裸のヒースの腕の中に抱きすくめられていた。  
ヒースはイリーナが目を覚ましたことに気づくと、幼い頃に見せたーーここ数年は見る事のできなかったーー優しい表情で、イリーナを抱き寄せた。  
「え? きゃあっ!!どうして!? なぜ私裸で…?! 此所…ええっ!? 何時の間に私っ、ヒース兄さんの部屋に!?」  
パニックになりながらも毛布でミノムシをつくり、ヒースの寝台の片隅に緊急避難する。  
「へ? どうしてって、まあ成り行きってヤツ? お互い人生ナニがあるかわからないもんだな。HAHAHA。ところで、毛布を持っていくな。オレサマ裸で寒いだろーが。」  
 
当然イリーナは、ヒースのすっぽんぽんを目にするわけで…、ヒースは乙女らしからぬイリーナの「ぅぎゃあああああっっ!?」という叫びを耳にすることになった。  
「あ? なんだ? 人のを拝んでおいて悲鳴を上げるとは。失礼なヤツだ。」  
「だって!だって! こんな手順も段階もすっとばして、イキナリなんて、私の意志を無視した行ないも同然です!セクハラです!邪悪ですっ!!」  
「イリーナ?いりーなサーン?? ナニを言ってラッシャルノカ、ワカリマセンガー? オレサマ達ちゃんと昨晩も一昨昨日も、合意の上だったろー? 無理強いなんてしてないし、してたらオレサマ楽勝で死ねるしナー。…大丈夫か、お前?」  
 
「へ?昨晩?一昨昨日? だって昨日は…あれ? おつかいは?冒険は?」  
「は?冒険?4日前のヤツかあ? 本当におかしいぞ、イリーナ。」  
イリーナは困惑した。「とりあえず、この状況を確認させてくださいっっ!!!」  
イリーナは毛布から飛び出し、そのまま椅子に掛けてあった下着や服を身に着け、グレードソードを担ぎ、そのまま部屋を飛び出していった。  
羞恥心の欠片もないコドモのように。  
「…なんか悪いものでもくった…、…か、そういえば…」  
ヒースは象牙色の髪を掻き、こっそりため息をついた。  
「ゆうべは、あんなにしおらしかったってのに、…また逆戻りか…。」  
ひとり倒れ込んだベッドには、まだイリーナの残り香と温もりが残っていた。  
「…ち。」  
手に入れたと思った宝物はどうやら、ぬか喜びの野の彼方に去っていったようである。  
 
 
 
それは、私の記憶の欠如でした。  
 
どうやら、ここしばらくの間に何かがあって、私とヒース兄さんは、つまり、そーゆー関係になったようなのですが……、思い出せないのです。  
ヒース兄さんはあれから、私とやや距離を置き、平静を保ちつつも微妙にヤケ酒気味。  
それは多分、私のせい。マウナや皆にはまだ、私達の間にあったナニかは知られていない模様。  
恥ずかしくて人には言えないので、私は自分で自分の足取りを追うことにしました。  
4日前、私の記憶では昨日。私は神殿でおつかいを頼まれました。  
ファン郊外2時間程の街のファリス司祭様に聖書の写本を届けに行きました。  
私とヒマを持て余したヒース兄さんと、ノリスだけの道中です。  
 
 
ノリスの証言:  
え?忘れちゃったって? 豆腐の角にでも頭ぶつけた?(どげし)はうっっ!!  
あてて、でもなぜ真っ先にヒースに聞かないのさ?ケンカでもした?  
あの日はたしか、司祭様んとこ泊まって、大変だったよね?  
―ノリス。どう大変だったかちゃんと説明して下さい。お願いですから。  
風林火山ふりかぶるのヤメてくんない?イリーナ。(冷汗)  
街の子供が行方不明だってんで一晩皆で捜したんだよ。結局、町外れの穴に落ちてて、ボクらが助けた。  
ボクはロープ使えるし、ヒースは空飛べるし。  
―ふむふむ。そのお子さんが怪我をしていたら私が治せますしね。そういえば、そんなことがありましたね。  
そんで、その穴なんだけど遺跡ぽかったんだ。で潜っていいかって話になって。ハハ、ボクはね一応止めたんだヨ。ホントだヨ?  
―嘘っぽいです。てゆーか、それは嘘です。  
ははっ、それで4人で潜ってみた。ファリスのおっちゃんと一緒に。  
 
そしたら宝物らしいのはヒーリングポーションとか、ビーストメイカーとか  
ヒースクリフ様の神のごとき深遠なる知識じゃわかんなかったのとか。  
その後でヒースとイリーナが罠に掛かったんだ。危うく胸ばかりか全身ペッタン…(ぼかっ)ぐはぁっ!!  
―セクハラは邪悪なりっ!!私の胸は余計ですっ。それに私はペッタンコじゃないですから!  
うう、ヒドぃ。…でさあ、その凶悪なトラップの解除方法がさ、リドルだったんだよ!  
―ええっ?! それでは絶対に助かりませんっっ!! 私とヒース兄さんとノリスじゃ、絶対に無理です!一巻の終わりですっ!  
…イリーナ、ちゃんと足あるだろ?(トホホな表情)  
ボクとおっちゃんで頑張って間一髪救出したよ。  
…まあ、ちょっと、かなり、時間がかかってヤバいかなあ〜とは思ったけどラッキーだったヨ。  
はははは。ボクをアガメタテマッテもバチあたんないよ? イリーナ。  
 
―…くっ、ありがとう、ノリス…。  
なんで屈辱そうなの? まあ、危険だし他にこれといったものもなかとたし切り上げてさ神殿にヒールポーションを寄贈して  
後の訳わかんないのや役たたずのビーストメイカーはヒースが帰ってきてから  
学院に売りつけて、人数割りして、おしまい。それくらいだよ?  
…そういえばイリーナあの後、調子悪そうだったよね? もういいの?  
 
どうやら遺跡の中でわたしは記憶をおっことしてしまったらしいのです。  
遺跡に潜ったのは覚えています。  
でも遺跡からでてきて、ヒース兄さんの部屋で目覚めるまでの記憶はすっぽりとありませんでした。  
そう、人をペッタンコにする邪悪な罠から助かったという記憶が、今のわたしにはないのです。  
…後はヒース兄さんから聞くしかないのでしょうか? ものごっつきまずいです。ファリス様。  
 
 
マウナの証言:  
え? ここしばらくで変わったこと? ん〜。イリーナもヒースもここ暫くはウチでランチとっていってくれないことくらいかな?  
あはは、冗談よ。そんな気分のときもあるって。  
そういえば、こないだへべれけで帰ったでしょ? 大丈夫だった?  
 
 
ヒースの提案:  
んあ? 記憶毒のたぐいは失った記憶を取り戻せないことが多いしな。  
取り戻そうとしても、大概ムダだ。  
それに俺とお前の間にナニがあったか説明してもだ、  
今のお前の感情が、受け入れたり、納得できるとは考えられん。  
知る必要はないと、オレサマは思うが? …あ? 冷たすぎる?  
ドライって、おまえなあ…。  
あー…、んじゃ、ノリスと一緒に例の遺跡に行ってみるか?  
 
 
その遺跡の入り口は一見小さな枯れ井戸のようだった。慎重に地下に4,5m程も降りる。  
イリーナはノリスと別れ、ヒースに促されて例のトラップの作動ポイントに立った。  
わざわざ罠に嵌りにくる冒険者という、冒険者もめずらしい。  
それはすぐさま反応し、ヒースとイリーナをトラップシュートに放り込んだ。  
僅かな時間のあと全面石壁の部屋に落ち、排出口は直ぐに分厚い石壁がスライドし閉ざされてしまう。  
この部屋は天井と石壁の両方が、18ターン毎に1mずつ巨大なサイコロ状の壁が押し出されるようにジリジリと迫ってきて、  
内部にいるものをペシャンコにする陰険なトラップだった。現在5m四方。この罠を解除するには、  
部屋の外にある彫像のリドルに正解するしかない。  
「わかったか? オレサマたちの命運が、あのクソガキに託されてしまったのだ! まあ…普通、死ぬな。」  
「何落ち着いてるんですか!」イリーナは不安そうだ。  
「そうそう、以前もそんな感じで。」「…。」  
「とりあえず、最初の数分はお前さんが、石壁を壊そうとやっきになってて…。」  
「ええ、たぶん、そうします。」「で、無理っぽかった。」「…むう。」  
―――ゴゴゴゴゴ。最初の時間が経過し、天井と壁が一方向に動いて迫ってきた。  
「次に、そん時に手に入れていた魔法薬でどうにかならないかと、必死で確認した。」  
「ふむふむ、どうでした?」「ブロブになれば、もしかしたら助かったかもしれんが、  
 オレもお前も、それはお断りだった。」  
「当然ですっ!」「他のは精神力回復、海豚になるもの、  
 つまり期待できないものばかりだった。……ただひとつ。」「…へ?」  
「オレサマの深遠なる知識をもってしてもわからない効果の瓶を1本持っていてな。  
 もののはずみで、イリーナ。お前が飲んだ。」ヒースの声が苦味をおびた。  
「今思えば、それが記憶を消す毒だったんだろうな。」  
「ブロブにならなかっただけ、マシでしょうね。今は特に責める気はないです。」  
「まったく変化や異常をみせないと、思っていた。その時は。」後の展開から、その後媚薬のたぐいと疑ったことがあるのは、とりあえず口をつぐんでおく。  
 
―――ゴゴゴゴ。一定の時間が過ぎ、壁がせまってきた。部屋はさらに狭くなる。  
「ところでノリスだけにまかせて大丈夫だったんですか?  
 一度解除してるとはいえ…。」「うむ、リドルが別問題にでも変更されていた日には、  
オレとお前は非常にグロい意味で、ひとつになっちまうなあ。」  
「…なにイヤな想像してるんですかぁっっっ!!!」  
「イヤか? で、そろそろ『お前のマイスイート・グレソがヤバくなって』くる。」  
「えぇっ!? ぅうわぁぁぁぁんっ!!」この次に部屋が狭くなると、  
グレソの巨大な大きさが収容しきれない。対角線上に収容できたとしても、  
その分のとばっちりは人間二人にくる。「うわ! ノリスーッ、もういいよーっ!  
 罠止めて!! グレソが折れちゃう!壊れちゃうーッ!!」  
「『グレソより命が大事だろうが! ほれ、ツっかえ棒!』」  
―――ズゴゴゴ…。さらにさらに部屋は小さくなる。最初の半分程もない。  
もはや2m四方の小さな部屋で、ヒースとイリーナは最後に残されるであろう一角に身を寄せた。  
「『うわぁぁぁん!!わたしのグレソー!!』ノーリースーっ!   
ああんっ!折れちゃう、壊れちゃうぅぅ、死んじゃうぅ〜!!」  
そんな様子のイリーナをヒースは横目でとらえて(最後のは寝床で聞きたい台詞だったナー。)  
そんなことを頭の片隅でちらりと考える。  
 
「『まさかとは思うが…。こんなところで筋肉娘と心中かあ? ち、色気のねえ…。』」  
「むか。『色気がなくてすいませんでしたっ!』 もうこんな時にっ…」  
ふとイリーナは互いにヒッシと体を密着させていることに気づいた。  
ヒースの腕がイリーナを守るように、まわされている。ヒースの匂いと、体温が伝わる。  
胸がしくり、と痛んだ。  
「…ヒース兄さん…。」「…んあ?」  
「…キスをしたのは…もしかしたら、私からですか?」  
ヒースは驚いた眼でイリーナを見返した。  
都合よく記憶がもどるような奇跡は信じてはいない。…それでも。  
「あ? なんだ? したくなったのか? んん?」  
意地の悪い表情で、イリーナの顔を覗きこんだ。  
「え? あの、兄さん…?」焦りに冷えていた体温が、一度にあがった。  
「オレサマもささいな未練残してアンデッドには、なりたくないしな。  
マジでクソガキが、失敗しやがった時の冥土の土産だ。  
ありがたく、もらっておくか。」  
顎をとり、くいと上を向かせ、ヒースはイリーナにキスを落とした。  
「『色気がないってのは、撤回だな。』」  
なぜだか、その最後のキスでイリーナの痛みはさらに増した。  
「ヒース兄さ…」  
次の瞬間「イリーナ!ヒース!逃げてっ!!」声が響いたと思うと、  
石壁にぽかぁりぽかぁりと、いびつな穴があいた。  
「ゴメーン!!失敗しちゃった!」ノリスの声がする。  
穴の向こうにマウナとエキューの姿が見える。  
「ナンデストォ――――ッ!!」  
叫んでヒースとイリーナは転がるように、その穴から飛び出した。  
 
「…死にかけました。」  
マイスイート・グレソを抱きしめ、イリーナは虚空を見つめて呟く。  
「年の為、皆をこっそり呼んでおいて正解だった。さすが俺サマ。」ふっ、とカッコを着けて前髪を払うヒース。しかし次の瞬間に肩を落とし、首を傾げる。  
「…マテ。俺サマが皆を呼んでおいたのは、緊急避難用トンネル作成要員ではなく、ノリスだけでは不安だった、リ ド ル補助要員だったはずだガ?」  
 
「「「「…てへっ。」」」」…声がそろった。  
 
「大丈夫?イリーナ。 ヒースもヒースよ! なんであんな危険なことするかな? しかもフォローはこっそりだなんて、一体ナニ企んでたの?!」  
ポンポンと怒るマウナに、ヒースはあさってを見たまま応じる。「イリーナの口から聞け。オレサマはイリーナの希望にそったであろうシチュエーションを再現しただけだ。」  
「ありがとう、マウナ。本当にゴメン。 でも、なんとなく…わかったから。」  
「は? なんとなく?」バスが首をかしげる。  
「うん、…なんとなく。」  
イリーナは胸に手を当てて自分の鼓動を感じていた。痛い。ココロが、イタイ。  
そんなイリーナと視線があい、ヒースは誰にも見られないよう自嘲の笑みを浮かべた。  
 
 
 
「ヤあ、イリーナさん。俺様の部屋に何用ですかナ?」  
「…最初に意味もなくハグしておいて、ワケワカリマセン、ヒース兄さん。」  
そう言いながらも、微妙にイリーナの顔は赤い。  
お昼時のヒースの個室。最近は簡単な授業の手助けもするヒースの自由時間。  
「アー、コレは最近のオレサマなりのフレンドリーさを表現するスキンシップでしテ?  
 今回はタマタマ、妹分だったダケダヨ。」  
「…妹。」「ナニカ?」  
「…そうですね、まずは、ちょっとお話があります。いいですか?」  
ヒースはイリーナを招きいれると、鍵をかけた。  
椅子が一脚しかないので、イリーナはベッドの端に腰かけた。  
飛び出した以前とたいして変らないままの部屋。  
ヒースの匂いに満ちていて、気持ちがもぞもぞする。  
ヒースは椅子を逆向きにベッドの傍に置いてから、レモン果汁を水で割って  
ハーブと砂糖を入れた飲み物をカップに注いで、イリーナに手渡した。  
「ありがとうございます。兄さん。」  
その液体を覗き込んで、思いついたようにイリーナはヒースに問い掛けた。  
「ヒース兄さんは、あの私が飲んだものが何か、もう解っているんですよね?」  
「ん、とりあえずソレらしいのを調べておいた。   
まず、間違いないとは思うが『マインドトラベラー』の類だな。   
飲んでから解毒するまでの間の記憶を消してしまうシロモノだ。  
西部諸国の一部で、秘密の管理用に使用されているという薬だ。  
特徴は毒を服用して解毒される間、舌に星型のアザがでる。  
イリーナは確かあの日、二日酔い気味で、自分にキュアーポイズンをかけた時に、  
その効果を発動してしまったと考えられる。…ま、失った記憶が数日分で、幸いだったな。」  
その割にヒースの表情は、苦虫を噛み潰したようなものになっているわけだが。  
 
「すいません。」  
「…お前だけのせいでもないしな。もっとはやくに気づいておくべきだった。」  
沈黙が降りる。  
「ね、兄さん。」「んあ?」  
「私を、もう一度、ヒース兄さんの彼女に、してもらえませんか…?」  
イリーナは手の中のレモン水に目を落としたまま、小さく尋ねた。  
 
「…アー、…成る程。 既にああいうシチュエーションがあるせいで  
そこまで露骨に、話もシチュも省略されるのか。  
……却下。 色気がない。」   
びし、と指をさし冷たく宣言する。  
「えええええっっ!?」  
「記憶の前提に甘えるな、と言っているのだ。  
今のお前には、俺様とひとつベッドの上で  
いちゃいちゃしただろうという記憶に、甘えてるだろうが。  
…それを、一度忘れろ。」  
「むう…意地悪です。」  
「ふ、オレ様を陥落させようってんだ。これぐらいの難易度は当然だ。  
ちなみに……以前のイリーナは成功している。悔しいが。」  
「はうぅ」  
「ほれ、やりなおし。」  
「くぅ、難しいです。…昔の自分に嫉妬しそう。」  
「「・・・・・・・・・・」」  
きまずい沈黙が続く。イリーナは顔を真っ赤にしながら考えこみ、  
ヒースはどこか冷めた目でその様子を見ていた。  
ふと、目があう。「・・・・・。」怒ったような不機嫌そうなヒースの顔に  
「…あのね、ヒース兄さん。」イリーナがおずおずと話しだす。  
「私は前の、何も知らないイリーナじゃないから、同じコトは言えない…と思う。」  
ヒースは目だけで、続きを促した。  
 
「ただ、あの遺跡で死んじゃいそうだったとき、兄さん心中なんて言ってたけれど、ものすごく。悲しかった。私は死にたくなかったし、兄さんも死なせたくなかった。  
悪態つきながら、どこか諦めたようなコトを言う兄さんが、腹ただしかった  
『もっとたくさん、一緒に生きていきたい』 皆とも家族とも、別れたくない。  
まだ、やりたいこと。したいことがたくさんあって。私は未練だらけ。  
特別な人に『好き』って言っていないし、私のコト好きになってくれる人から『愛してる』って、聞きたい。」  
 
「あの日…ヒース兄さんが、私の『特別な人』…っぽくて、正直、驚いたけど。  
本当に取り戻したいと思ったのは、私の『記憶』じゃなくて、  
私の『気持ち』……なんです。」  
ヒースを見上げる、茶色の瞳。  
「…『ヒース兄さんが特別な人』だと『大好き』だと、思った証しが、欲しかったんです。」  
その茶色の瞳の端に涙の玉が浮かんでいる。  
「…それが、手に入ったか?」 ヒースは内心ギクリとした。  
「あれから、ずっとずっと、ココロが痛いです。ヒース兄さん。  
それに、アネットが去っていった時みたいに、痛くて、怖いです。  
この痛みを、止められるのは、ヒース兄さんしかいない。…そうでしょう?」  
座っていた椅子ごと、イリーナの傍へ移動してきて、ヒースはイリーナの頭をガシガシと乱暴に撫でた。イリーナの泣き顔は苦手だ。  
「…オレ様も、おまえさんの痛みを止めてやることはできん。  
むしろエグることもある。…恋ってのは、そんなもんだ、イリーナ。」  
「…恋。」  
「知らずにスメバ、ココロ穏やかに過ごせる。  
フラレて地の底まで落ち込むこともなければ、血涙ながすこともない。それを恐れる事も。  
昔、どこぞの女ったらしが歌った、へっぽこな歌があったな。  
[知れば迷い 知らねば迷わぬ 恋の道]   
迷い。惑い。恐れ。時に自分自身ですら見失う。  
今までお前は、そんな感情を持ち合わせていなかったんだろう。  
まっすぐな、・・・コドモだったから。」  
瞼の裏に、茶色い小さな子犬のようについて回った年下の幼馴染が映る。その面影が再び遠くなる。  
痛みを覚えさせたのは自分。遺跡での軽率な言動とキス。あれが、きっかけ。  
わかってて、繰り返した。 繰り返させた。  
幼馴染の関係を、最初に壊したのはイリーナの方だったけれど。  
ココロの痛みに負けたのは自分。ヒースクリフ・セイバーヘーゲン。  
消失のイタミに負けたのは、自分の方。  
だから、甘いけれど、もういいだろう。  
「泣くなヨ。 オレサマのココロも痛くなるだろーが。」  
立ち上がりイリーナを抱きしめると、胸の中で妹分は本格的に泣き出した。  
イリーナの髪は、以前と変わらないひなたの匂いがする。  
ヒースは頬に茶色の髪の感触と、胸にココロの痛みを感じながら、  
自ら最後の一歩を踏み出した。  
「その痛みと向きあい、ずっと付きあって行く気があるか? イリーナ。  
その覚悟があるなら、言え。  
いつか特別な誰かに、言いたかった言葉。  
お前の聞きたい言葉を、ちゃんと返してやる。」  
 
 
「そうね。記憶を失うのも、忘れられるのも、きっともの凄く辛いわね。」  
ずっと後に、マウナがそう呟いた。  
 
 
昇ってきたばかりの月の光が窓から差し込む。  
「はじめてなのに、はじめてじゃないんですよね? ヘンな気分です。」  
腕の中のイリーナはくすぐったそうに笑った。  
「同じイリーナ、なのにな。」  
ヒースはイリーナの首筋に顔を埋めた。  
一度は諦めかけた、イリーナの肌の匂いに包まれる。  
「ひゃ?」  
キスを落とし、こっそり赤いしるしを残す。  
オレサマの、もの。と  
「・・・おかえり、イリーナ。」  
 
 

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