深夜、少女の部屋の窓がコンコンと叩かれる。簡易な灯り――灯心と火皿と針金の取っ手――をフッと消して就寝しようとした部屋の主――ようやく十代半ばの少女――は、ハッと窓の方を向く。  
ここは農村。時間の止まったようなのんびりとした田舎。事件らしい事件といえば、昨日村に来た余所者達の一団くらい。  
本来は農村の朝は早く、それに応じて夜も早い。が、今日はその一団と村の人々とのやりとり――珍しい異国の冒険談を肴にしたささやかな宴とか――で、寝るのが遅くなったのだ。  
そんな平和な村だから、深夜とは言え少女はためらいもなく窓――ガラスを使わない木戸のみ――を開ける。  
窓の外に立っているのは、闇の凝縮したような一人の少女。黒い髪、黒い瞳、黒い服。明るく平和な農村の陽の雰囲気を纏う少女とは対照的な、都会の影の妖の雰囲気を纏う少女。余所者の一団の一人、彼女とほぼ同年齢の少女だ。  
「今晩は」  
闇色の少女はニコッと微笑んで挨拶をする。が、足元や後ろに回した手が妙にそわそわとしている。  
昨日、初めて見た時には影の雰囲気に相応しく引っ込み思案だったけれど、それに比べれば大分後打ち解けた笑顔だ。  
「今晩は。どうしたの? こんな夜中に」  
尋ねてくる理由がわからず、陽の少女は怪訝そうな表情をする。そもそも彼女が来るのは予想外なのだ。  
かと言って、この村で夜這いの類はありえない。村の同年代の少年達はまだまだガキで、毎日くだらない事でワイワイと騒ぐ連中だ。一人例外はいるがそれは夜這いとは無関係――理由は目の前の少女だ――だし、そもそも今日は来れそうもないはずだ。  
「あの…、昨夜のお礼を、まだちゃんと言ってなかったから…」  
闇色の少女は、内気そうにそう答えた。  
「なんだ。そんな事。別に今日でなくても良かったのに」  
この少女が人見知りしやすい性質なのは知っているので、殊更ニコッと答える。  
 
昨日、村に始めてきた少女との雑談――主に都会についての根掘り葉掘りの質問――の最中のことだった。  
冒険の途中に来た彼女は、短い髪に野外活動に向いた男性と見まごうばかりの服装なので、村の少女達と一緒に着飾らせてみたのだ。  
村の少女達が思った通り、都会の少女は磨けば光る宝石の原石だった。着飾った少女を前に、少女の彼氏――この村出身で彼女の幼なじみ――がドギマギとしているのを眺めて楽しんだりもした。  
おまけに、その後二人はしばらく森の中で過ごしたりしていた。やっぱり都会の娘はススンでいるんだ。  
「でも…、明日は…、すぐにここを発たなくちゃならないから…」  
少女は闇色の目を、フッと伏せがちにした。昼間、少女達と一緒に来た余所者の一団は一人の仲間を失っている。  
おそらくは、それで何か不都合でも起きたのだろう。折角仲良くなったのに、もう立ち去ってしまうのは寂しい。  
「そっか、残念ね。あ、立ち話もなんだから、中に入って」  
都会の少女は、村の腕白坊主の誰よりも上手に、スルリと窓から入る。さすが、宝探しに来ただけの事はある。  
と、彼女は、少女が手に何かの入った袋を持っているのに気付いた。ポコリとした形から、何か丸いものだとわかる。  
少女は、彼女から目を逸らして、たどたどしく言葉を紡ぐ。  
「あの…、あたし。あっちじゃ同じ年頃の友達とかいなくて…、だから、あんな風に女の子らしい格好とか、したことなくて…、それで昨日、女の子らしい服とか着れて…、本当にうれしかった。ありがとう。あたし、あなたのこと…、とっても大好き」  
少女は、オドオドとした瞳で、心に秘めた思いを一度にドッと全部吐き出した。まるで、これが最後の機会であるかのように。  
「あ、うん。あたしもあなたの事好きよ」  
彼女も、ニコッと微笑んで返す。  
「彼と仲良くね」  
少女のが、ハッと恐怖の表情を浮かべる。その一言が、何か重大な傷にでも触れたかのように。  
「そう…、彼が…、彼が、大変なの」  
見開かれた目から、ツウッと一筋、涙がこぼれる。さながら、溜めていた気持ちがこぼれ出したかのように。  
「え?」  
彼女はきょとんとした聞き返す。彼なら、夕方見た時不安そうな雰囲気をしていたが、確かこの少女が傍で支えていたはずだ。  
「だから…、死んで」  
 
ヒュッと空気が裂けた。左胸がパクッと裂け、血が滴る。  
「ヒッ…」  
恐怖で声が詰まる。今まで後ろ手に隠していた少女の短剣が、彼女の血に濡れていた。  
「彼が、彼が大変なの。生贄が、血が必要なの。でも、でもあたしじゃダメなの。あたしじゃもう、あたしの身体じゃもうダメなの…。だから、お願い。貴方の血を…」  
少女は都会の闇で育ち、幾多の修羅場を潜り抜けた相手だ。農家の娘などにその動きを避けることなど不可能だ。  
少女は、悲鳴を上げぬよう、助けを呼ばぬよう、左手で彼女の口を押さえ、そのまま押し倒して馬乗りになる。  
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい…」  
ひたすら繰り返される謝罪の言葉と共に、少女は動転して身動きの取れない彼女の左胸、命のリズムを刻むその場所にひゅっと短剣を振り下ろした。  
無慈悲な鋼鉄の牙は、ドスッと彼女の命を穿ち、朱に染まる。  
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい…」  
謝罪の言葉だけ、ズブリズブリと白刃は振り下ろされ、その度に部屋は朱に染まる。  
すでに数え切れぬ程刃を振り下ろし、ハァハァと荒い息をしてようやく彼女は動きを止めた。もはやズタズタに切り裂かれた彼女の胸からは、止めど無く紅の流れが溢れ、すでに平和な農村の一室は凄惨な血の海と化していた。  
彼女の胸から流れる血潮に呼応して、少女の闇色の瞳からは彼女に並だがボロボロと流れ落ちた。それは少女の抱く、彼女への想い。ほんの僅かの間だけれど、心を許せる親しい相手への想い。  
そしてそれは、彼女の心の奥底へたった一つ残す、宝石の如く輝く想い以外のすべての想い。これから行なう事の為に、捨て去るあらゆる人の持つ想い。  
総ての想いを流し終わり、少女は血に塗れた手で両眼を拭う。ギンと心の奥を見つめる、揺るがぬ決意を秘めた瞳。それが忌まわしい色彩の隈取に彩られる。  
少女は手にした袋から、部屋と同色の禍禍しい光を微かに放つ黒い宝玉を取り出した。  
「彼を救うためには、この宝玉の力を開放するには、使用者の親しい"乙女”の血潮が必要なの」  
物言わぬ彼女にそう呟き、少女は服を脱ぎ捨てる。  
まだ未成熟な、しかし明らかに将来の成熟を期待される微かに膨らんだ胸。細い腰と形の良い臍。まだ膨らんでいないが貼りのある尻と、ようやく生え始めた正面の淡い翳り。  
かつては親しかったその骸に、少女はその白い裸身を重ね、我が身と宝玉に満遍なく血を塗りたくる。  
次第に冷えゆく血潮が、石の様に冷たい宝玉が、次第にカッと熱を帯び、ドクドクと脈動する。やがて、闇の力が少女の肉体を侵した。  
それは、彼への愛情ゆえの侵食。先程、“危機”故に彼に抱かれ損ねた少女にとって、それはさながら彼との性交とも錯覚する、強烈な感覚。  
少女は、最愛の少年を救うための力を、闇の魔物の力をその身と心に受け入れた。  
 
 
それは一つの強大な魔物と、愛ゆえにそれに立ち向かう一人の勇者の物語の始まりとなる。  
 

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