「うに…?」  
とある冒険からの帰り道。泊まった宿屋で、深夜にマウナの目が覚めた。  
隣の寝台から、イリーナのくぐもった声が響く。  
「…いやっ、やだ…ヒース兄さん…やめて…っ、  
…兄さん…ヒース兄さん…あぅ…、やだぁ…」  
(ヒース?!)  
最近イリーナの寝言に、ヒースの名前があがる頻度が高くなってきていて、不審な思いはしていた。  
だがあえて、イリーナの口から直接事情を聞くまでは…と思い、聞きたい好奇心をこらえていたのだ。…が。  
(…ヒースがこっそり女部屋に偲んできて、寄りにもよって、あたしのいる隣で…!?)  
毛布の中、尖り耳の先まで真っ赤にしながら、そばだてる。  
(ホントは、あんまりしたくないんだけど…。)  
トホホな気持ちで、部屋の中の気配を探ってみる。  
あたし、イリーナ、デボン…。…? あれ?  
予測した3人目の『男』の気配はなかった。  
もぞ、と頭を動かし、イリーナの方に視線を動かす。  
隣の寝台には、イリーナがひとり、うなされていた。  
「…いや…やだっ…兄さん…っ…助けて…にい、さ…」  
(あいつ、イリーナの夢ん中でナニしてるの?!  
…いえ、ちょっとまって。イリーナが怪しすぎる夢を見てるのかしら…?)  
ちょっと虚ろに、うふふ…と笑う。  
あまり立ち入ったことは、聞かされるまで聞かないのが、冒険者仲間のたしなみだが…。  
この状況は、ちょっと異常だ。  
(まるでヒースに酷い暴力を受けているか、レイプでもされてるみたい。)  
怪力娘で勇猛な戦士のイリーナが、現実ではありえるはずもない夢をみている。  
(とりあえず、起したほうがいいわよね。)  
ただの悪い夢なら、とっとと覚めるに限る。  
 
自分のベッドから滑り降りると、ぺちぺち、とイリーナの頬を叩く。  
「イリーナ? イリーナ?!」  
「……あ、マウナ?」  
「うなされていたわよ? 大丈夫?」  
イリーナは涙を目の端に浮かべて、びっくりしたような瞳で、マウナを見上げた。  
「…え? あ、ゴメン、マウナ。わたしが、寝呆けてマウナを起しちゃったんだね。」  
「イリーナ。夢の内容、覚えてる?」  
「え? …ううん、覚えてないや。」  
イリーナが夢の内容を、話すのを憚ったようにも、みえた。  
「ね、イリーナ。 聞いていいかな? ヒースとの事。」  
「えっ…!? あっ…、わたし、寝呆けてなにか、言った?!」  
なにかに思い至ったのか、イリーナは頬に朱色に染めた。  
「…ゴメン、マウナ。…もうちょっとだけ、待ってくれる?  
言えるようになったら、真っ先に言うから…。」  
照れ照れ、としながら、幸福そうにイリーナはぺこりと頭をさげた。  
「ん。わかった。期待して待っててあげるわ。」  
寝なおすわよ。と言って、マウナは自分の寝台に、潜りこんだ。  
(幸せそうだわ。なら、ただの嫌な夢ね。)  
もぞもぞと、毛布の中で寝返りをうち、睡魔が訪れるのを待つ。  
沈黙が降りて、しばらくするとイリーナの寝息が聞こえた。  
ほっとして息を吐いたのも、束の間。  
再びイリーナの息が乱れた。  
くぐもった呻きに、拒絶の声。そして、ヒースに哀願するような内容。  
先程と同じ夢に、イリーナは囚われたようだ。  
マウナは再び起き出して、イリーナの様子を伺った。  
この情況は異常過ぎる。しかも、かなり迷惑だ。  
ひとこと言ってやりたくて、マウナは首を傾げて考え込むと、  
部屋の隅のソファで丸くなっていた白猫・デボンに向けて限界まで、  
魔力を落として手加減した精霊魔法『ウィル・オー・ウィスプ』を飛ばした。  
「…フギャ?!」  
「ゴメンね、デボン。『ヒーリング』。」  
魔術師ヒースクリフの使い魔の白猫を、抱き上げると、その青い瞳を覗きこんだ。  
「…ヒース、聞こえるわよね? 皆には報せずに、すぐこっちにいらっしゃい。  
できれば、こっそりの方が、アンタの身のためよ?」  
ちょっぴりドスの効いた声で、続ける。  
「異常事態よ。 少なくとも安眠妨害だわ。  
…アンタ一体、イリーナにナニしたの?」  
 
静かに足音がして、部屋の前に立ちどまった。マウナは無言で、招き入れる。  
象牙色の髪の、若い長身の男が入ってくる。  
「どう説明してくれるの? レイ君?」  
腕組みをしてマウナは、ヒースが以前幼児化した時に使った、偽名の愛称で呼んだ。  
ヒースをその名前で呼ぶのは、周囲に人がいない時の、マウナだけだ。  
ヒースは直に部屋の、イリーナの様子を知ると、天井を仰いで溜息をひとつ吐いた。  
「すまんが、マウナ。まず弁解させてくれ。」  
「どうぞ?」  
「…イリーナが欲求不満なだけじゃないのか?」  
(どげし)  
マウナの鋭い突っ込みが、ヒースの横っ面にクリーンヒットした。  
「こっちは一度、うなされたイリーナを、起こしているのよ?!  
心当たりは?! ホントに酷いコトしてないでしょうね?!  
してるの?! 他人の趣味や恋愛情事に、クチ出す気はないんだけどっ?!」  
声を落としつつも怒りに震える声音で、ぐりぐりとコブシでヒースを抉る。  
「わかった。わかりましタ、マウナさん。冷静に話し合おうじゃないカ。」  
「最初っから、そうしなさい。」  
「ちなみに、マウナは俺とイリーナのコトは…?」  
「まだちゃんと、イリーナからは聞いてはいないけど、感づいてはいるつもりよ?」  
「…なら弁解させてもらうが、いまだ、ああいったプレイはしたコトがナイ。  
よって、オレサマの責任ではナイと思われるのだが…?」  
ふっと、とぼけた様に肩を竦め、イリーナの枕もとに静かに近づく。  
ヒースが頬に触れると、指にイリーナの涙が伝った。  
イリーナは、ヒースの名を呼び哀願し、嗚咽を堪えながら、眠っている。  
「…夢のなかのコトとはいえ…嫌なもんだな。」  
「ヒース。いま、視てみたんだけど…夢の精霊がね、異常なの…。」  
「なに? …そうか! 『ナイトメア』?!」   
正体が知られなければ、衰弱していずれ、死ぬ。  
夢魔を扱う『ナイトメア』は本来、そういう呪いの精霊魔法だ。  
精霊使いが診なければ、そして知らなければ、ただの過労死や奇病でしかない。  
しかも病気の治療に使われる、神聖魔法『キュアー・ディジーズ』や、  
精霊魔法『レストア・ヘルス』も効かない、不治の病にしか。  
知っていれば、呪いの解呪『リムーブ・カース』で解除することも一応可能ではあるが…。  
「くそっ! 一体、どこのどいつだっ!?」  
「治すには『リムーブ・カース』が必要になるけど…、一時凌ぎにしかならないわ。  
術者を捕まえてやめさせるか、気まぐれで止めてくれないと、何度でも同じ事に…。」  
「…おやっさんに治してもらうのに、一度、イリーナを起こすか…。」  
「ガルガドさんにも、知られたくない?」  
「…まだ、な。」  
 
「呪いの精霊魔法?!」「聞いたことはないが、そんなシロモノがあったのかの?」  
イリーナが声をあげ、ガルガドが唸った。ヒースとマウナが説明する。  
「高レベルの精霊魔法だからな。  
この呪文が使える術者なら、『アイス・コフィン(氷の柩)』や  
『ファイア・ストーム(炎の嵐)』だって使える。ただ、一般にはマイナーってだけだ。」  
「使い勝手は物凄く悪いし、ファリス的にもバリバリに邪悪な呪文よ。  
普通の精霊使いなら、絶対に使わないわ。  
それに『リムーブ・カース』で、解呪したことで、こちらが気づいているって、  
悟って諦めてくれればいいんだけど…。」  
「その時には、8レベル精霊使いの襲撃も考えられるな。」  
「む、それではそうそう、空っ欠に為るわけにもいかんの…。」  
「…出発を遅らせる。おやっさん、全力で『リムーブ・カース』を頼む。  
後でバスに精神力を注入してもらおう。」  
 
解呪は成功したにも関わらず、散会した後、再びイリーナは悪夢に囚われた。  
「これは、持久戦になるな…。」翌朝、ヒースが唸った。  
術者をみつけてボコにし、止めさせるしか、手がない  
「だいたい『ナイトメア』って精霊魔法の中でも、これは使えないでしょっ?!  
ってくらいマイナーな呪文だと思っていたんだけど…。  
掛けられる側になると、物凄ーく、厄介ね。  
術者が外国、ファンドリアにいても、オランにいても、アレクラスト大陸の外にいても  
個人として、イリーナやあたしたちを見知っていれば、かけられるもの。」  
マウナの言葉に、エキューが頷いた。  
「連日毎晩、徹夜するだけの物凄い執念があれば、だね。  
よっぽどの変人か、ヒマ人しかしない。」  
物凄い執念を燃やした、変人の8レベル精霊使い…。  
その襲撃がいつあるかもしれず、一行はピリピリとした空気の中で、ファンへの帰路を急いだ。  
イリーナをはじめ、彼らはオーファンでも名の知れた冒険者だ。  
彼らを目障りと考えそうな勢力に、心当たりがないでもない。  
筆頭は隣国、混沌の国ファンドリア。幾たびか、彼らの謀略と工作員を排除してきた。  
彼らが再び、魔手を伸ばしてきたなら、相当の覚悟がいる。  
ファンまでは、あと2日の道程だったが、次の宿場でもイリーナは変らず悪夢にうなされ続けた。  
以来、イリーナの調子は目に見えて悪くなっていった。  
 
「あんまり、人には言えないんだけど、気になってることがあるの。」  
最後の宿屋で、マウナがヒースを捕まえて小声で言った。  
「『ナイトメア』の悪夢の内容ってね、術者の任意のハズなの。  
でも、あの日以来イリーナの夢は『ヒース』。  
アンタにヒドい事をされる。そのパターンだけ。  
偶然だと思う? 多分、違うわ。  
『ヒース』に、恨みかナニかがあるのよ。 きっと。」  
 
王都ファンに戻れば、ガルガドが万一呪文解除に失敗しても、更に高位の司祭に依頼することもできる。  
しかしイリーナを実家のファリス神殿に帰せば、イリーナの家族にいまだ秘めたヒースとの関係を、甚だしく誤解されたカタチで知られる可能性もある。  
それをヒースが、激しく嫌がった。  
「イリーナに事情を話して貰って、小鳩亭に部屋を用意するわ。  
各個撃破も防げるし、なによりイリーナの命に関わるから。」  
敵の正体如何によっては、標的は一行全員かもしれない。  
 
――――――――――  
王都、ファン。蒼い闇が空を覆い始めていた。  
定宿・新築された青い小鳩亭の2階。  
その角部屋にイリーナは部屋をとった。  
寝台の上で横座りに寝転び、連日の寝不足と精神疲労からウトウトとしていた。  
しかし、眠ればまた悪夢が訪れる。見たくもない、辛い夢ばかりを何度も。  
今、目が覚めているのか、夢の中なのか。…時には、判らなく事もある。  
夢の中にいる間は、イリーナにとっては、真実の苦痛をもたらし、  
目が覚めれば、その心労は、確実に精神を消耗させていく…。  
ある夢の中では、イリーナは、ヒースに怪物をけしかけられていた。  
身体には力がまったく入らず、体を切り裂かれ喰われ、嬲り殺しにされて、目が覚めた。  
目が覚めたと思い、身体を動かそうとすると、今度は身体を鎖で拘束されていて、  
家畜の識別に使う焼印の焼きごてを手に、ヒースが笑いながら近寄ってくる。  
焼きごてが突き出され、額、胸…。自らの肉の焼ける痛みと匂いに、目が覚める…。  
そして目が覚めると、次は…。  
そんな夢を、繰り返し、繰り返し…。  
(とんとん)  
数瞬遅れて、イリーナは、ヒースが部屋に入って来たことに気づいた。  
「大丈夫か?」  
ヒースは気安く声をかけた。  
イリーナの目の下にクマが出来て、やや色気はないものの、久しぶりの二人きり。  
いつものように安心させ、抱きしめようと触れた身体にイリーナの動揺を、  
キスを落とそうとする、その頬に萎縮――まるで傷口に触れられたかのような反応――を、敏感に感じ取った。  
 
「イリーナ?」  
微妙に傷ついた感情を押し隠して、イリーナの顔を覗きこむ。  
「…イヤか?」  
ハッと目が覚めたように、イリーナはヒースを見上げた。  
「…違います。イヤじゃないですっ…。イヤなんかじゃ…ない…ですっ。」  
イリーナは自分に言い聞かせるように叫ぶと、  
身を離そうとしたヒースの腕に縋り、引き止めた。  
「…大丈夫ですよ。ただの…夢ですから…。」  
えへへ、と照れ笑いをして、寝呆けちゃいました、と舌をだす。  
ぽふん、とヒースの胸に額を預けて、安心したように深い息をひとつ吐いた。  
「…二人きりは、久しぶりですよね? 今夜は傍に居て、クダサイ。」  
「イリーナ。」  
「傍にいてください、ヒース兄さん。」  
答えを躊躇ったヒースに、悲しそうな顔で首を傾げる。  
「…ダメ、ですか?」  
「わかった。傍にいてやる。」  
「ありがと、兄さん…。  
 あ、そういえば、兄さんの誕生日が近いですよね?   
 何かプレゼントしたいんですが、なにか、リクエストはあります?」  
努めて明るく振舞う姿は、普段のイリーナらしくはなかった。  
 
―――――――――――――  
 
作戦会議も兼ねた、青い小鳩亭の夕食会。  
バスとノリスら盗賊ギルド、王宮やマイリー、ファリス、ヴェーナー各神殿関係からも、魔術師ギルドからも、ファンドリア工作員関係の、新しい情報はなかった。  
「…打つ手、ナシか…。」  
「どうしたの? ヒース。」  
食器を下げつつ、マウナが声をかける。  
皆がそれぞれに部屋や帰途についても、ヒースはまだテーブルで難しい顔をしていた。  
「…イリーナが、オレと夢の中のオレを錯誤して、怯えやがった。」  
イリーナがヒースを見て怯える。  
…そんなことは彼等の長いつきあいの中でも、なかったことなのだろう。  
「ぶっちゃけ、あまり時間をかけたくない…。  
 さっさと敵の正体を掴んでとっちめんと、この先もずっとあいつは  
 …オレに嬲れられる夢を、見続ける…。」  
「常人なら10日程度で昏睡して、そして死ぬわ。  
イリーナだからリムーブ・カースなしでも、2週間は持つけれど…。  
それでも、心に傷は残る…というわけね。   
あたし達パーティの中心のイリーナとヒースの連携を壊すこともできる。  
2週間毎に高い解呪代金を支払わせて、経済状態を逼迫させることも。」  
それが、狙いなのかしら? とマウナは首を振った。  
「悪いわね、ヒース。 あたし、敵と同じ精霊使いなのに、仕掛けてきているのがわかるのに、なんにもできないなんて…自分が歯痒いわ。」  
「マウナだけじゃない。古代語魔法も、案外万能じゃないもんだ。  
魔法や術者の逆探知でもできれば、手がかりにでもなるが、それもできない。」  
かけられた魔法を解除する、解除し続ける。それが精精だ。と、ヒースは自嘲した。  
世界に隠された遺失呪文にはあるのかもしれないが、今役に立たなければ意味がない。  
「イリーナは大事な友達よ。家族も同然なの。死なせないわ、絶対、死なせるもんですか。」  
「…当然だ。」  
マウナもヒースもそれぞれに、席を立った。  
 
―――――――――――  
 
(…兄さん?)  
イリーナは2階の手すりから、ヒースとマウナが話し込んでいる姿を見下ろしていた。  
最近よく、二人きりで話し込んでいることがある。  
胸が、ちりり、と焼けた。  
(そんなはず…ない。 兄さんもマウナも物凄く、心配してくれているのに…。  
いやだ。こんな感情。 みなければいいのに、あんなユメ…。)  
イリーナは二人から顔を背け、部屋へと戻っていった。  
 
―――――――――――  
 
宿の人々が寝静まる頃合いを見計らって、ヒースがイリーナの部屋を訪れる。  
「ん? なんだ。もう寝てるのか?」  
イリーナはすでに、頭髪だけを覗かせてベッドの中に、潜り込んでいた。  
ベッドの端に腰掛け、ぽんぽんと、子供にするようにイリーナの茶色い頭を叩く。  
「おーい?」  
上着と靴を脱いだだけの格好で、イリーナの隣に潜り込む。  
いつものように、抱き寄せようと、イリーナに触れた手が…止まる。  
毛布の中でヒースが掴んだ腕、触れる背中。…その感触は、素肌のものだ。  
(へ?!)  
思わずヒースは固まった。顔が紅潮し、鼓動が自然と、高くなる。  
まさか、と思い腕に触れた右手を、そろそろと腰へと移動させる。  
イリーナは身に布一枚、身につけていなかった。  
「いりーなサン…? …据え膳?」  
イリーナはそっぽを向いたままだが、見える頬や首筋は、既に真っ赤だ。  
「イタダキマス。」  
「…わたしはお食事じゃないです…。」  
「いや、同じようなもんだ。多分。」  
苦笑いをすると、イリーナの顔をとって、上を向かせる。  
真っ赤になって、薄い茶色の瞳を潤ませているイリーナの顔が、ようやく見れた。  
「今日も、ファリスの恵みに感謝。」  
笑いながら言って、ヒースはイリーナに唇を重ねた。  
 
優しく、ついばむように、ゆっくりと味わい、惜しみながらも唇を離した。  
シャツやズボンを脱いで、床に落とし、全身でイリーナを抱きしめる。  
胸に触れる、滑らかな背。腰に触れる、引き締まった小さな尻。  
互いに絡ませる、健康美そのものの脚。身体に絡ませる腕に触れる、小振りな胸。  
イリーナの身体から香る、優しく甘い女の匂い。  
確かに豊かな胸はオトコのロマンだが、イリーナのような体型もまたイイ。  
保護欲と支配欲を、同時に刺激される背徳感ってのは、幼児体型ならではだろう。  
背徳感というなら、至高神に愛され神聖魔法も身につけた聖女でもあるイリーナを、  
平信者であるヒースが組み敷き、冒している事にも感じる。  
至高神に愛される娘を、愛欲に気持ちを押され、淫らに抱いている。  
行き過ぎた欲望や愛の行為が、イリーナをファリスから遠ざける事があるかもしれないと、その恐さもあって、いまだ本気でイリーナを抱いたことはない。  
飢えた獣のような欲望を抑え、少しずつ手探りで、優しい行為を繰り返していた。  
イリーナの肩に口づけ、手をゆっくりと優しく撫で下ろしてゆく。  
「…んく。」  
背を仰け反らせて、軽くイリーナが喘ぐ。  
「ん?」  
「…ヒース兄さんの手。心地よくて。気持ち良すぎて。いつもわたし、兄さんに泣かされていますから。」  
「ふっふっふ、随分と感度が良くなったもんだな〜、イリーナぁ?」  
「…兄さんのせいですからね? ヒース兄さんだから…」  
大好きな人だから、触られ抱きしめられると、嬉しくて切なくて、ぽやんとした、幸せな気持ちになれる。  
けれど、兄さんは意地悪だ。  
私を焦らして苛めることを、絶対にヒース兄さんは楽しんでる。  
なのに、ダメ。なのに、嫌いになれない。  
ヒース兄さんじゃなきゃ、欲しくない。ヒース兄さんじゃなきゃ、意味がない。  
ホントに、厄介な人。  
もうずっと私は全身で、この震える指先まで、兄さんを求めてるのに。  
兄さんだってわかってるはずなのに、それでも兄さんは優しく、焦らす。  
 
身体の向きを換え、すりすりと甘えてくるイリーナの身体を、抱きしめる。  
「キス、してもいいですか?」「ん。」  
頤に手をそえて軽いキスを落とすと、イリーナは惜しむように再び唇を重ね、舌を唇に這わせてヒースの舌を、深いキスを求めてきた。  
その甘えん坊ぶりに、軽く苦笑しながら、ヒースは舌をイリーナの舌に絡ませた。  
イリーナの腕が、ゆっくりとヒースの首に絡む。  
滑る温かい舌を、幾度も優しく吸い上げ、唾液を交わすと、愛しげに嚥下した。  
「…大好き、です。ヒース兄さん。好き…。」  
唇を離すと、イリーナは切なげに囁いて、きゅっと抱きついてきた。  
「大好き…。」  
ヒースは応えずに、頬にキスをして、優しく髪を梳いた。  
どうしても自分から『好き』だとか『愛』だとか、そういった甘い言葉は口にできない。  
『いとおしい』と想う気持ちは、確かにあるのだが。  
照れ臭いのもある。自分らしくないというのも。だが、今更だとも思うのだ。  
捻くれた遠まわしの言葉と、人に隠れたところで、こっそりと態度で示すのが、精々。  
イリーナも、それを理解してくれている。…それなのに。  
「兄さん、お願いです。…一度だけ、一言だけ…『言葉』を下さい。」  
「イリーナ?」  
「今だけ…そうしたら当分の間、もう欲しがりませんから…。お願いです。」  
いつもなら笑い話にして、軽く避けるところだ。  
けれどもイリーナの声が、甘くも必死なのが聞いてとれた。  
「…どうした? 何がそんなに不安なんだ?」  
イリーナの顔を覗きこんで、額に手を触れた。  
カタチだけの『言葉』に縋りつく程、本来イリーナは弱くない。  
与えない『言葉』の代わり、心を感じ取れるように強く、細やかに付きあってきた筈だ。  
「やっぱり…ダメ?」悲しげに、イリーナが睫毛を伏せる。  
(…『夢』、か?)  
そう思うと、ふいにヒースの心が折れた。  
悪夢に涙を流して眠るイリーナの姿が、まざまざと思い浮かぶ。  
自分ではない自分に、嬲られて泣いているイリーナの姿…。  
 
象牙色の髪をこりこりと、掻いて、観念したように溜息をつく。  
「…アー、畜生。わかった。言ってやる。」  
「兄さん!」  
嬉しげなイリーナの顔に、退路を断たれる。  
「アー、………。」  
パクパクと、幾度か口を動かすが、声は出ていない。  
目はイリーナから反らし、あらぬ方向を向いている。  
「…兄さん?」  
「…(ダメだ。照れ臭くて…マトモに、声がでてこん)…。」  
ヒースは背に、焦りの冷や汗をかいた。  
しかし、既に『言ってやる』と、宣言してしまっている。  
(どうする?)  
イリーナの表情に悲しげな色が浮かびかけるのを見て取って、うろたえ、  
…ヒースはイリーナの耳元で囁いた。  
「『***…*******』。」  
「へ?『***…*******』?? なんです?それ?何語ですか?!」  
「下位古代語ダ。」  
どこまで捻くれモノだ、この男!!  
「…ずるい、です…。」  
じとっとした目で、イリーナはヒースを睨みつける。  
「下位古代語の教本を貸してやる。2、3語くらいならスグに訳せるだろ。勉強だと思って、覚えとけ。」  
微妙に照れながらヒースは、あらぬ方向を向いたまま、しれっと答えた。  
「…むぅ。」不満気にイリーナは唸る。  
(…あれ?)ヒースは内心、首を傾げた。  
いつものイリーナなら、つっこみや鉄拳制裁のひとつやふたつ、既に来ていていいはずだ。  
(…やっぱり、らしくねぇよなぁ。)  
微妙に納得できないまま、再びイリーナの裸身に、腕を絡めた。  
この日のイリーナは、常にないくらい積極的だった。  
いつもはヒースに、ほぼされるがままのイリーナが、ヒースを強く求めた。  
ヒースの上に乗り、彼の首筋や胸を、イリーナは手と唇で愛撫する。  
次第に下半身へと降りて行き、普段は羞恥心から、自分からは手を触れたこともない、  
ヒースのモノに、初めて自分から手を伸ばして刺激を与え、あまつさえ、口に含んだ…。  
 
ヒースの男性器を、ちょっぴり眉を寄せて不器用についばむイリーナ。  
至高神の神の娘が、男の性器に縋りついて、執拗に舐め、責めたてる。  
背徳感が刺激され、そそられる。かなりエロティックな光景だ。  
頂点の敏感な部分が、イリーナの濡れた唇に触れ、ぬるぬると、刺激される。  
猛る肉棒の裏筋が、イリーナの舌で丹念に、舐め上げられる。  
不器用な刺激だが、イリーナの秘所とは違う、熱さと滑り舌使いに意識が高ぶる。  
しかし、普段が普段だけに、イキナリのことで心配になる。  
「おい? どうした、イリーナ? あまり無理はするな。見てられんぞ?」  
「…ン、ちゅ……なんでも、ないです…。」  
「んなわけあるか。」  
「…なんでも、ない、ですっ…」  
首を軽くふり、熱心に舌を這わせ、愛撫を続けようとする。  
しかし、元々嘘を言い慣れていないファリス神官。  
その姿は、意固地になっている様にも見える。  
「…イリーナ。」  
刺激に乱れる息を押し殺しつつ、手で怒張をイリーナの唇から覆い隠し、ヒースは強引に、愛撫を止めさせた。  
「…イリーナ。…俺を見ろ。」  
「兄さん?」  
「俺が好きか? ん?」「…好き、です。」  
今更、ナニをいうんですか? という怪訝な瞳。  
「だったら、あからさまな嘘をつかんでくれ、ファリス神官。見ていられん。  
…なにがあった?」  
「え? わたし、ただ、兄さんを喜ばせたくて…、…勝手にしてるダケですから…。  
 …兄さんが、イヤだっていうなら…その…。」  
指をもじもじと、絡ませながらイリーナは、赤面し段々と俯いていく。  
「イヤじゃない。まったくイヤじゃない。普段なら、大歓迎。  
 が、今はイリーナ、お前の泣き声が聞こえるようで、あちこち痛い。  
 …あんまり、幼馴染をナメんな?」  
かりかりと、頭を掻きながら言い聞かせる。まして、真っ直ぐなイリーナは分かり易い。  
「全部じゃなくていい。イリーナが不安になる夢の内容だけ、言っとけ。」  
「…?!」  
イリーナの顔色が変わった。  
「お見通し。 言ったろ? お前さんの倍は、頭のイイ、幼馴染の兄貴分をナメんな?」  
しばらくは躊躇っていたイリーナだったが、しぶしぶと話し始めた。  
 
『夢』を、思いおこす―――。  
悪夢から…目が覚めると、次はファンの大通りにいた。  
兄さんは照れ屋さんなので、皆に私との事が知れる事も恥ずかしがって、まだ秘密のまま。  
人前で手を繋いだ事も、まだ一度もない。それなのに。  
ヒース兄さんが見知らぬ女の人と、仲良く手を繋いで、楽しそうに歩いていた。  
『お似合いよ。』『式はいつですかな?』  
皆が二人を祝福してる。小鳩亭の皆も、街の人も。そして…私も。  
でも、本当は、嘘の祝福なんてしたくなかった。叫びたかった。  
『いや。いかないで。離れていかないで。ヒース兄さん。』って。  
嫉妬で、胸が張り裂けそうになって、泣きながら夢から目覚めた。―――  
 
「『夢』の最後はいつも…ヒース兄さんが、他の女のヒトと、去って行くんです…。  
わたし、それが夢から醒めても、一番…辛くて…。」  
「…成る程ナ。」  
未来の不確定の不安を、突いて来ている。それは誰も逃れられない。  
ヒースが自分の元から、去るかもしれないという不安から、今まで出来なかった事をしようと、焦ったのだろう。  
それ以上に不審な点が、ヒースの頭の中で引っ掛かった。  
(『ナイトメア』の悪夢の内容ってね、術者の任意のハズなの。)  
マウナは確かに、そう言っていた。  
(仲間内ですらまだ話していない、俺とイリーナの関係を…知っていやがる?)  
イリーナの身体を両手で引き寄せる。  
額がくっつく程、間近に、イリーナの茶色の目を見据えて、言い聞かせた。  
「イリーナ。」「はい?」  
「それは、夢だ。しかも敵がダメージを与える為だけに、イリーナに見せている、  
邪悪な呪いの夢だ。…心を動かされるということは、邪悪な敵の、思うツボだ。   
そうは思わんか?」  
「…そう、ですね…。」  
「そうだとも。気に病むのは、邪悪の思うツボだ。」  
両手をイリーナの頬に触れさせて、むにむに、と捏ねまわしながら続ける。  
「イリーナが俺に、シテくれるのは、嬉しい。マジで嬉しい。  
だが、身体を重ねている以上は、お前も同様に、幸せでいてもらわんと、な。」  
「兄さん…。」  
「ん。説教おわり。」  
ヒースはイリーナの身体を抱きかかえ、自分の膝の上に乗せた。  
 
イリーナの胸に顔を埋め、愛しげに両手の平を背中全体に這わせる。  
初めてのイリーナからの積極的な愛の行為を中断させてしまったのは、正直惜しかったが、そのおかげで気になる情報を得る事ができた。  
「そうですよね…わたし、邪悪の思惑にノセられて…。焦ってて…。  
そうですね。負けていられません。わたしも出来る事をしないと。  
夢と戦うのは勿論だけど、ちゃんと街にでて、囮になってでも、邪悪の封滅を…。」  
イリーナの沈みがちだった瞳に、生気が戻る。  
「…あんまり無理はさせたかないんだがなあ…。」  
「大丈夫です。ちょっぴり寝不足なだけで、わたしもちゃんと行動できるんですから。  
きつくなってきたら、またガルガドさんに『リムーブ・カース』を、お願いしますから。ね?」  
「ま、俺の腕ん中におとなしく収まっているような、イリーナじゃないしな。」  
せめてと、イリーナの胸に所有認代わりの、朱色の花びらを散らす。  
「ふふ。気づいてないんですか、ヒース兄さん?  
兄さんの腕の中は、兄さんが思っている程、狭くないですよ?  
わたしがどんなに飛び跳ねても、平気なくらい。それに、…とっても心地いいです。  
わたしが神殿で、鍛錬しているときも。街でお買い物しているときも。  
街中を巡回しているときも。ふとふりかえると、デボンの姿があって、安心です。  
それにたぶん、わたしは『兄さんのもの』だから、  
きっと、魔法で探し出すことも可能ですよ?  
わたしは、いつも兄さんの腕の中にいるのと、同じですから。」  
「ん、アー…それって、縛られてるようで、イヤじゃないのか?」  
「兄さんの姿が見えない。感じられない事の方が、イヤです。  
それにわたしにとって、兄さんの代わりは、誰もいませんから。」  
小さい頃。イリーナがヒースの後を、ついてまわって遊んだ、昔。  
いきなり姿の見えなくなったヒースに、そんなセリフを言って、泣き出したことがあった。  
「…ガキ。」「…そうかも…?」「バーカ。」  
「…ふふ。成長してないんでしょうか?  
ダメです。いきなり、照れ臭くなってしまいました。」  
「はっ! 聞いてるこっちの方が、照れ臭いわ!」  
くるり、と身体を入れかえ、イリーナを下に組み敷いた。  
「お返し、しなきゃな。」にやり、と意地悪く笑う。  
「え?…兄さん!?」  
ひとつ頬にキスを落とすと、すっ、とイリーナの足元へと身体を移した。  
 
イリーナの脚を掴み、ヒースは片方を自分の肩にひっかける。  
露わになったイリーナの秘所に目を細め、ヒースは舌を軽く湿らせると、顔を埋めた。  
イリーナの内腿に、ヒースの象牙色の髪がさわさわ、と触れる。  
秘所や尿道口、後ろの穴を舐め上げ、刺激を繰り返す。  
「―――っ!―――!! やっ!やぁ―――っ!…にい、さんっ…ダメ、汚いよっ…。」  
「汚くなんかナイ。イリーナが俺にしてくれたコトだゾ?俺にできないハズがないだろ?」  
イリーナがヒースの舌の愛撫から逃れようと、尻とフトモモを震わせる。  
ヒースは脚をがっちりと掴んで離さない。  
肉真珠を舌でぷるぷると刺激し、指で微妙な強弱をつけて、こすり上げる。  
「あ…!あ…!…あん…あっ…あぁんっ…!」  
「気持ちイイか? イリーナ。ん?」  
「うくっ…はあ…あ……イイ…ですっっ…にいさんっ…あぅっ!」  
イリーナの刺激に震える手が、ヒースの髪に触れる。  
ヒースの象牙色の髪が、イリーナに与える刺激によって、くちゃくちゃにされる。  
イリーナの刺激に対する抵抗もむなしく、ほどなくして  
「あぅ、ああっ…あああっっ!! ああぁんっ…っ!…!!」  
ビクビクゥッっとイリーナは、身を捩じらせて脱力した。  
同時に僅かに失禁し、シーツを濡らす。  
「おいおい、イケナイ娘だな。イリーナ。」  
ヒースは笑いながら、こちょこちょと、濡れた尿道口を弄った。  
「おもらしか? マウナが嫌がるゾ?」  
意地悪に言いながらも、濡れた股間に顔を近づけて、ちろちろ、と舐め、丁寧に拭う。  
「やん…くぅ…はあぁ…っんんっ…」  
イリーナの泉からは、甘酸っぱい香りの蜜がしとどに流れでている。  
「…溢れてるゾ? しっかり感じてるじゃないか。んん?」  
二本の指を軽く差し入れ、くちゅくちゅと、捏ねまわす。  
「ほら、な? イリーナ。」  
「…ふあ。…」  
抱え上げられたフトモモ越しに、とろん、とした目でイリーナは、ヒースの行為を追う。  
抜いた指に絡まる蜜を、ヒースはイリーナに見えるように、舐めてみせた。  
「―――っっ!」  
イリーナは恥ずかしさに泣きそうな顔になる。  
「はっはっは。まだまだ、これからだゾ?」  
再び秘所に顔を埋めたヒースに、イリーナは秘所を温かくヌメる舌で舐められ、  
ぬちゅぬちゅ、と幾度も差し入れられ、刺激され、ジュル、ジュルと卑猥な音をたてて、  
愛蜜を吸い上げられた。  
イリーナの小さく可愛い尻が、もどかしげに振られる。  
「あ、あ、あ、ああっ…っ。にい、さん…、ひーす、にいさんっ…!  
 もう…ダメ…ダメ…っ!」  
「…俺が欲しいか? イリーナ?」  
ヒースが、低く囁く。  
「はい…クダサイ。…兄さんが、ヒース兄さんが欲しいです…っ。」  
震える声で、イリーナは答える。  
 
ヒースの支配感が満たされる。イリーナを、捕えておく。  
どこにも行かないように。誰にも奪われないように。  
…俺なしじゃ、いられなくなるように…。  
時折、狂おしい程の愛しさと切なさが、身も心も縛る。…同じだけ、縛りたい。  
「よおし、いいコだ。…くれてやる。」  
言うと同時に、ヒースはイリーナの腰を持ち上げて、既に猛る己のモノをズブリと、イリーナの熱い蜜壷に挿入した。  
ヒースの男性器がイリーナの身体を、深く深く貫いてゆく。  
「! あぁんっっ!!」  
イリーナの喜色の混じった嬌声が響く。  
ヒースは直ぐに腰を動かし始め、淫らな粘着質の水音が響く。  
「はあん、あんっ、あぁん、んくっ、にいさん、ああ、ああっ…っっ!」  
(…ああ、やっぱり。)  
挿入し、身を竦ませ快感に喘ぐイリーナの嬌声が、一番色っぽい。一番イイ声で鳴く。  
いつもは子供子供しているイリーナが、信じられないくらいに色っぽくて、嗜虐心を煽り…猛る。  
理性が、吹き飛びそうになる。  
だがイリーナを、残酷に喰らい尽くそうとする欲望の獣を、解き放つ訳にはいかない。  
「…んく…あんっ、にいさ、ん?!」  
いきなりヒースはイリーナの膣から、男性器を引き抜いた。  
「イリーナ後ろを向け。壁に手つけて。…ん、そうだ。」  
正常位から後背位へと、イリーナの身体を変えさせる。  
自分は溺れきることなく、イリーナだけを溺れさせるために。  
「…続けるぞ。」  
「ふあっ!!…やぁ、ああ、あっ!んんっ、あああっ、にいさ、…んっ、…」  
(…あっ、奥まで、入ってる。…体の深くで、あたってる……お腹まできてる…)  
いつもの淫らな粘着質な水音だけではなく、イリーナの尻にヒースの腰が当たる音が響く。  
高く響く、リズミカルな、初めての、恥ずかしい、淫らな、音。  
ヒースは手を伸ばして、後ろからイリーナの両胸を、楕円を描くように揉みしだく。  
親指と人指し指で、桜色の蕾を挟み、頂きを優しく刺激され、更にゾクゾクとした感覚が加わる。  
(ああ…何も考えられない…キモチいい。切ない…。兄さん…兄さん…兄さ…ん。)  
執拗に責めたてるヒースの腰と指。そして背にかかる、ヒースの吐息の熱さに、徐々に高ぶる。  
イリーナの膝の感覚が痺れ、砕けそうに、がくがくと、した。  
涙を浮かべ、首を激しく振り、喉をのけ反らし、喘ぐ。  
「あぅっ!っは、あんっ!も…っ、ダメっ!こ、こんな…あん、あんっ!」  
「ん、どうした? イきそうか? イってしまえ。 兄さんが、見ていてやる。」  
ヒースはイリーナの耳元で囁き、耳に息を吹きかけ、耳内を舐め上げ、甘く噛んだ。  
 
両胸を刺激していたうち、片方の手をイリーナの前の繁みに潜り込ませ、再び肉真珠を刺激する。それが最後の後押しになったのか、  
「あっっ! やああっ!! あ…!はぁ…っ!」  
イリーナの身体は、弓のように反って再び絶頂を迎えた。  
「…くっっ! きたか…っ」  
イリーナの膣がビクビクッと急激に締め上げ、ヒースのモノを絞り上げる。  
同時にこみ上げる射精感に、ヒースは男性器を引き抜こうとする。  
しかし、双胸と肉芽を弄んでいた両腕が、イリーナに取られた。  
「やっ、だめ、兄さんっ!なかで、出して…っっ!」  
「イリーナっ?!」  
「ホントの兄さんを…感じさせて…!」  
その瞬間にヒースはイリーナの膣内で、欲望を解き放っていた。  
「…く…っ!…このバカが…。」  
イリーナの身体を、両腕で強く抱きしめる。身体が、震える。  
「ぁ…にいさん…にい、さん…。」  
イリーナはヒースに強く抱きしめられ、目を細めて身体の中で熱いモノが迸るのを感じていた。  
ヒースはすべての欲望をイリーナの中で解き放ち、そうして、ようやく深い息を吐いた。  
身体の接合した部分から、愛液と精液の入り混じったものが流れ出て、二人の脚を伝った。  
ヒースはそれを、右手の中指と人指し指で、ついっと、すくった。  
イリーナの口元に、その人指し指を、差し出す。  
イリーナは一瞬だけ躊躇い、おずおず、と舌をヒースの指に絡ませ、綺麗に舐めとった。  
その舌の感触の心地よさと卑猥さに、ヒースは目を細めた。  
中指に付いたぶんは、自分で舐め取り、己のモノの青臭さに僅かに自嘲する。  
今までの欲望と想いの確認の為だけの行為ではなく、それは何かしらの『契り』めいていた。  
身体の痺れと、腰が砕けそうな余韻をやり過ごし、ようやく、ずるり、とイリーナの中から、男性器を引き抜いた。  
そして、ふと思いつき、イリーナの腰に手を置いたまま、少し屈む。  
「ひゃんっ?!」  
後背位に抱いたままの、イリーナの小さな尻を舐め、甘く、噛んだ。  
「…アー、今、バンパイアやオーガーの気持ちが、ちっとはわかった。」  
「へ?」  
「イリーナの身体なら、喰ってもいいかもしれん。美味そうだ。」  
「や、ヤメてください〜っ! 兄さん、邪悪っぽいですっっ!」  
「HAHAHA。冗談だ。」  
ぺちん、とイリーナの尻を軽く叩き、開放する。  
イリーナのすべてを貪りたいくらいに、愛しい。そう思った。  
多分、死んでも、素直に口には出さないだろうけれど。  
「…イリーナ。今度はもちっと、激しくても大丈夫か?」  
イリーナは、恥じらいながらも、微かに頷いた。  
この日初めての体位で、普段使わないような筋肉を、身体の芯が蕩けるようになるまで使わせた。  
反動で明日は、変な風に筋肉痛になるに違いない。まあ、それはヒースも同じなのだが。  
半ば本気のヒースに責めたてられ、失神して寝台に倒れ込んだイリーナの、柔らかな栗色の髪を、ヒースはいとおしげに、優しく梳いた。  
「…悪かったな。」  
結局イリーナの方も、ヒースが手加減し我慢している事を『お見通し』だった訳だ。  
 
――――――――――――――  
 
翌日。ファリス神殿。  
午後の日差しが、優しい木漏れ日となる中庭のベンチ。  
「ん…はぁ…あっ……」  
眠りに落ちる度に、イリーナは悪夢にうなされる。  
午後の稽古が終わった後、程よい疲労と柔らかな日差し。  
それからここ数日の寝不足から、ついウトウトとしてしまった。  
「…ん?…あ、あれ?」  
むず痒い感触に、イリーナは声をあげた。  
「デボン…。」  
頬を白い猫が、ぺろぺろと舐めていた。  
「あ、うっかり居眠りしちゃったんだ…。あ。」  
デボンはイリーナが目覚めたことに気づくと、  
イリーナの唇に、ざらつく舌をぺろ、とはわせた。  
「…にい、さん?」  
デボン・ロンデル。通称デボンは、ヒースの使い魔で、彼がそう望めば、  
使い魔の行動を指示でき、視覚聴覚など、感覚の共有ができる。  
イリーナとヒースは、ほぼ生まれた時からの幼馴染の兄妹分で、  
文字通り生死をものり越えた絆で結ばれた、冒険者仲間でもある。  
そして先頃、男女の一線をも越えた。  
その時に、ヒースは自分の分身である、その猫をイリーナに預けていた。  
本人同士は傍に居なくても、その分身を介して、ある一定距離以内なら  
ヒースはいつでも、イリーナの様子を知ることが出来る。  
ファリス神殿では、ただの飼い猫のフリをしているが、イリーナにとっては時にヒースそのものだ。  
「兄さん…。」  
イリーナはデボンを抱え上げると、ヒースを重ねて、軽く口づけた。  
「ゴメン、心配かけて。大丈夫、わたしは頑丈だから、そう簡単には死なないよ。」  
敵の正体が見えないことには、強くはいえないはずだが、微笑みながらイリーナは気丈に答えた。  
「大丈夫。 イリーナは、決して邪悪には屈しません!」  
 
――――――――――――――  
 
「……?」  
唇に指を当て、ヒースはかすかに眉根を寄せた。  
当然だがヒースは、イリーナの様子を、デボンの視点から見、聞き、感じてもいた。  
夢魔を著した書物をめくる手が止まる。  
昼となく夜となく、夢魔は訪れている。…これは、異常だ。  
術者の精霊使いといえ、一日中を一心不乱に呪い続けることはできない。  
しかも対象が死ぬまで、例え一日でも休めば、その効果は無効化してしまう。  
そんな愚を、おかすだろうか? ヒースは首を捻る。  
(昼も夜も関係なしか? …常動型…? これはマジックアイテムの可能性が高い。)  
すぐ様、仲間達に召集をかけ、ヒースは宣言した。  
「イリーナの『ナイトメア』は、マジックアイテムの効果の可能性が高い。  
おい、セージ技能持ち。魔術師ギルドでそれらしいのを、片っ端からあたるぞ。  
バスとノリスは、そっちのギルドで、そういった呪い殺し系危険アイテムを、  
どこのトンチキが、所持してるか当たってくれ。  
オーファン国内の問題ですめばいい。  
所持者が外国の要人ともなったら、非常に厄介だが…。  
ただ俺様のミラクル・インスピレーションに拠ると、おそらくその線は、ナイ。」  
 
盗賊ギルドからは、―今も引き続き捜索中だが―、情報はあがってこなかった。  
しかし魔術師ギルドからは、長い長い鑑定目録から、『ナイトメア』と同じ効果を持つ  
『常動型』アイテム、『ナイトメア(夢魔)の雫』の存在と、  
その鑑定時20年前時点での所持者が知れた。  
 
『ナイトメアの雫』:黒地に紫紺の流動するマーブル状の模様のある涙滴型オーブで、  
呪う対象の髪やツメなどに触れさせ、下位古代語の発動のキーワードで、  
対象が死ぬまで、自動的に呪い殺してくれる。発見された個体数は少ない。  
発動解除のキーワードも確認できたが、オーブに触れてでないと意味がない。  
 
所持者はマナール湖からの水産物を各地に卸し、扱う小さな商会の主。  
20年前の内乱の時期に、マナール湖の漁師の網に掛かった奇妙な石の鑑定に、魔術師ギルドを訪れていた。  
そのような混乱の時期だった為、ギルドも危険なそれを回収したがったし、所有者も手放そうとはしなかった。  
そして20年。それ以降、そのアイテムが使用されたのかどうかは、不明だ。  
現在も同じ商会が、所持しているのであれば、使用者は商会関係、そしてそれに近い人物。  
そうでなければ、盗賊ギルドでいくらかアシがつくはず。  
そして、現在。使用者として考えられる人物。  
動機があると思われる、とある人物の動向は、魔術師ギルド、ファリス神殿、盗賊ギルドの物乞いルートから知れた。  
 
―――ヒースが、呻いた。  
 
「…なんてこった! やっぱり、俺のせいなのかっ?!」  
 
――――――――――――――――――――  
 
「よ。…ちょっといいか? いや無理にでも付き合って貰うが。」  
「ヒースクリフ先輩。」  
魔術師ギルドの見習い達が、集まる自習室。  
一人の時を狙い、ヒースは見習の少女に声をかけた。  
 
ギルドの個別相談に使う小部屋をひとつ借り切って、ヒースと少女は向かい合って座った。  
「…アー、チミ。最近、誰かにまじないを、かけたかネ?」  
居心地の悪さに、怪しいヒトと化しているヒース。  
「私はまだ、呪文が使えません。」  
少女は、頭を振る。  
それは本当だ。彼女はまだ初歩のライト(光)の呪文も使えない、見習いだった。  
ただ下位古代語の読み書きは習得している。  
ヒースの見たところ、残念ながらソーサラーの素質はない。  
「君のウチに伝わる、マジックアイテム『ナイトメアの雫』では?」  
彼女は20年前に『夢魔の雫』を所有していた商会の、お嬢様だった。  
「…知りません。」  
「最近、ファリス神殿に出かけているようデスナー?   
たまに日曜の礼拝で、会ってるし?」  
「…時折。少し、信仰に興味を持っただけです。」  
蒼白だった顔に赤みが差し、眼鏡を掛けた、緑の瞳が揺れた。  
「こないだの礼拝を抜け出して、イリーナの部屋へ髪を盗みに入ったよな?」  
「…知りません…っ。」  
「嘘つけ。ちゃんと調べた。」  
僅かにホッとする。同時に深く、落胆もした。  
一連の答えで、確信が持てた。  
やはり、『ナイトメア』の呪いを、イリーナに掛けた犯人は、この娘だった。  
 
外国の勢力や敵対勢力が、アイテムを使い仕掛けてしたのであれば、  
長く難しい戦いになる所だった。…それは、避けられた。  
しかし、落胆もした。それは意外に身近な、人間の犯行だったこと。  
そしてそれは、ヒース個人に向けられる、貴重な好意の…裏返しだった。  
 
彼女は2年前に『たしなみ』として、ギルドに勉強に入ってきたギルドの後輩だった。  
ギルド内でも、度を越した内気さで、ひとりぼっちのコトが多かった。  
同じく孤立していたこともあるヒースは、まるきり他人事とも思えず、  
軽い気持ちで親切にし、お嬢様ということで、軽くコナも掛けたこともある。  
3歳年下で茶色い蜂蜜色の髪を後ろでひとつのオサゲにした、大きな緑の瞳。  
一時期ヒースが憧れたアイラを思わせる、眼鏡の少女。  
内気な彼女が、なにくれとなく親切にし、話し掛けてくれるヒースを、密かに慕っていたコトは、ギルド内ではそこそこ有名だった。  
親切な先輩は、わずか一年と少しの間に、18歳にして導師級の力を得て、  
王宮からも信頼される冒険者となり、吸血鬼殺しの名誉を得て、一躍、後輩たち皆の憧れの人となった。  
淡い思いは、憧れへ。ヒースが遠くになるにつれて、憧れは募り。  
ヒースに少しでも近づきたいと願い、訪れたファリス神殿。  
そこにはヒースの幼馴染の、イリーナがいた。  
そしてイリーナがヒースの分身とも云える使い魔の白猫と、寝食を共にしていることを知る。  
普通の人なら、誰も気づかないし、知らないだろう。  
しかし、彼女はヒースの使い魔の白猫を、見知っていた。見間違える訳がなかった。  
白猫を使い魔にする儀式の準備を、手伝ってすらいたのだから。  
ギルド内の噂話で、ヒースとイリーナはただの幼馴染、冒険仲間と聞いて、勝手に安心していた。  
きっかけさえあれば、儚く脆く崩れる、境界の壁だったのに。  
一途な想いは、いつかイリーナへの、暗い嫉妬へと変わっていった。  
『イリーナさんさえ、いなければいいのに』…と。  
そうして出入りし始めていたファリス神殿で、イリーナの部屋の櫛から髪を盗み出し、  
家伝のマジックアイテム『ナイトメアの雫』で、呪いを掛けた。  
後はただ、待つだけのはずだった…。  
 
「どうだ? いろんな奴から得た証言から組み立てた仮説だが、間違いないだろ?」  
少女は狼狽した。  
一番知られたくなかった人に、知られた。  
自棄になり彼女は隠し持っていたナイフで、自分の喉を貫こうとしたが、  
それより速く紡ぎだされた、ヒースの『パラライズ(麻痺)』の呪文に捕われ、  
瞬く間にナイフをもぎ取られた。  
「まったく、無茶をしやがる。俺が査察部や官憲もつれず、  
 一人で来たことの意味、わかってんのか?」  
「私…私、先輩のことが、好きでした。」  
「…ああ。」  
「…一度だけ、一度だけでいいです。 先輩の彼女にして貰えませんか。  
そうしたら、諦めます。一度だけでいい。同情でもいいです…っ。  
抱いて…ください。…そうしたら、そうしてくれたら、私っ…。」  
少女は両手で顔を覆い、激情を吐き出した。  
ヒースはゆっくりと、首を振る。  
「それは…出来ない相談だな。」  
「そんなに、イリーナさんのことが…?」  
「違う…とは、まあ、言い切れないが、そういう意味じゃない。  
俺は今、センス・ライ(虚偽感知)の呪文を掛けている。  
嘘をついてるだろ? お前さん。」  
ヒースは偉そうに椅子にふんぞり返り、半眼で彼女を睨みつけた。  
「一度でも抱いたら、既成事実として訴える。  
そういう手法を使う輩がいる事も知っている。  
お前さんがそうだとは言わないが、その手の誘いには乗らない事にしている。  
有名人になった途端、そういう輩が増えて、俺様、困っちゃうナー。」  
これ見よがしに、人前で鼻をほじるヒース。  
「そんなこと…!」  
さすがにお嬢育ちの少女は、幾分ショックを受けた表情だ。  
ヒースとしては、彼女の自分への憧れを、ズタズタにする為の演出なのだろう。  
…多分、おそらく、きっと。  
実際、魔術師ギルドの未来の導師や、王宮関係者と  
コネと伝手を繋ぎたいだけの、野心的な引き合いや、  
落ちぶれた家系に吸血鬼殺しの名声をもたらしたい輩が、周りに増えた。  
そういった手合いを、特に落胆させる術にかけては、態度LLサイズの魔術師は慣れている。  
 
「ま、悪かったな。考えなしにコナかけて。まるで本気じゃなかったんだが。」  
――― 嘘だった。  
自分の言葉が、耳に痛い。  
ちっとは可愛いナー。と、見ていた時期も、確かにあった。  
自分の言葉すら、センス・ライの効果からは、逃れられない。  
だから、できれば、オオゴトには、したくなかった。  
とっちめる!と息巻いていた仲間を、無理やり抑えて、たった一人で犯人と対峙している。  
(これはイリーナへの裏切りだろうか?)  
そうかもしれない。  
彼女は人を、イリーナを、呪い殺そうとした。  
ファリス的には、罰されて然るべき『悪人』だ。  
これが、単なるファンドリアの工作員が犯人だったというなら、  
(イリーナを殺されかけた個人的な恨みもあって)容赦なく、吊るし上げていただろう。  
ただ、その悪事の原因と動機がともに、自分とイリーナだというだけで  
…手心を加えようとしている。  
甘いのかもしれない。身勝手なのかもしれない。…ただ、愚かなのかもしれない。  
 
「ヒース先輩…、あんなに優しかったのに…」  
「それは、お前さんに都合のいい幻想だな。   
本当のオレサマを知ってるなら、こんな事はしないだろ。」  
フッと、軽くアメリカンに肩を竦める。  
本当のヒースを知っているなら、早々にその捻じれた厄介な性格に、手を焼く。  
またあまり知られていないが、ヒースは熱心なファリス信者だ。  
自らの身勝手や欲望のためだけに、他の誰かを傷つけ殺したいと思うダケならともかく、  
人道を外れて『実行』する人間を、認める事はない。  
 
「私、私…本当に、先輩が好きで…」  
ぼろぼろと涙をこぼす少女は、もう言っていることもすでに、支離滅裂だった。  
僅かにあった望みも、この短時間にズタズタに破れた。  
ただ、残された未練だけに、突き動かされている。  
「残念だが、ちっとばかり遅かったな。ステディが出来ちまった後に、言わんでくれ。」  
やる気なさげに、ぶらぶらと手を振る。  
「人様の命に、我儘や身勝手で、手を出すような輩は、  
オレサマ好きじゃないし、好きになれん。  
まして恋愛対象として見ることなんぞ、  
これまでも、これからも、永遠に…ナイ。」  
ヒースの完全な拒絶の言葉に、少女は言葉を失った。  
「とっとと、『ナイトメアの雫』の使用を止め、  
指定期間内に魔術師ギルドに売却すること。これが条件だ。  
これを飲まなかった場合、この一件を殺人未遂事件として、  
ギルド上層部やファリス神殿、場合によっては王宮や官憲に報告し、…大事にする。」  
手段にもよるが、醜聞ひとつで、小さな商会は傾く。  
大事になれば、少女はギルドか王宮か官憲か、とにかく地下牢行きは確実だ。  
また、ファリス神殿で『邪悪』認定を受けたなら、オーファンの英雄・吸血鬼殺しの  
イリーナを殺害しようとしたと、頭に血の上る聖戦士が出てこないとも限らない。  
少なくともイリーナの父と兄は――行動にでるかどうかはともかく――確実に頭に血が上るだろう。  
風の噂では、ふたりとも物騒な聖戦士と聞いたことがある。  
ファリス神殿に、事件を持ち込むのを怖れたのは、そのせいでもある。  
 
「これでも面倒みてきた後輩に、十分譲歩してるつもりだぞ? オレサマ。  
なるべく大事にせず、手打ちにしてやろうってんだ。  
必要があるなら、と、仲間の司祭にクエスト(使命)や、ギアス(強制)の呪文も  
すでに、依頼してある。  
呪いをかけられた側が、心に受けた痛み、身体で実感してみるか? んん?」  
なかばハッタリの脅迫だったが、彼女の心はそれで折れた。  
 
(…俺も、イリーナも。お前さんを悪党から救うためになら、幾らでも、命や身体張って、  
守っただろうに。そんな、愛し方じゃ、物足りなかったか。)  
 
少女に背を向けて、ヒースは部屋を後にした。  
 
――――――――――――――――――  
 
「イリーナは、よかったの?」  
青い小鳩亭。マウナが遅めの、賄いの昼食をとりながら聞いた。  
その横でイリーナは、なんとなく手持ち無沙汰だ。  
「兄さんの知り合いなんでしょ? 誤解や行き違いが原因で、話せばわかってくれるなら、  
私はそれでいいよ。…兄さんに、まかせます。」  
「ふ―――ん?」  
マウナは釈然としない表情で、食事を続ける。  
「あ。」「え? ナニ?」  
ふと思い出して、イリーナが顔を上げ、マウナがすかさず反応した。  
一連の騒ぎに紛れて下位古代語の教本の、貸し借りの約束を、兄妹分は互いに忘れていた。  
「あの、ね。マウナ。下位古代語だと思うけど…えっと、確か…  
『***…*******』って、どんな意味?」  
途端にマウナの顔がパッと、輝いた。  
「え…それって…もしかして、あいつがソレ言ったの?!」  
「え? ええ?!」  
「へーっ、へーっ、へーっ。く、…あは、あはははははっ!!」  
イリーナはマウナの豹変に、おろおろするばかりだ。  
「え? ね、ね、ど…どんな意味なの? …マウナっ?!」  
マウナは、ぴたっと、笑いを収めると、イリーナにそっと顔を寄せ、声をひそめて囁いた。  
「…『本気で…お前に惚れてる。』…ってさ!」  
途端にイリーナの顔から、火が吹いた。いや、まさしく火が吹いたが如く、超真っ赤。  
ガタンッ!と、けたたましく音を立てて、イリーナが椅子から立ち上がる。  
「ちょ……ちょっと、走り込みしてきますっ!!」  
「いってらっしゃい。うふふ。」  
大通りへ飛び出していくイリーナに、マウナはヒラヒラと手を振る。  
(…ホント、素直じゃないんだから。…ベタ惚れじゃないの。)  
マウナは優しく微笑んで、駆けて行くイリーナの白い背中を見送った。  
 
――――――――――――――――――  
 
魔術師ギルドの漆黒の塔を出ると、日差しの明るさにヒースは、ほっと一息ついた。  
門前にはリュートを担いだ、必要以上に派手で怪しいドワーフの姿が見えた。  
「おう。」「お疲れ様です。」  
互いの片手を打ち鳴らし、成果を伝える。  
「ちょっと、惜しかったなぞ、考えてやしませんか。ヒース?」  
「…は! まったく俺様、モテモテで困っちゃうナー。」  
「まったくですな。今回ばかりは、洒落になりませんでしたぞ?  
これからは是非、自重して頂きたいものですな。」  
「…あー、スマンな。イロイロと手を回してくれているだろ? 今も。」  
バスを見下ろし、苦い口調に改める。  
少女の父親の方にも、『夢魔の雫』を手放すように、工作を仕掛けて貰っている。  
「ワタクシだけでは、ありますまい。  
マウナもエキューも、犯人に無理やりチャーム(魅了)の呪文を掛けてでも、  
イリーナの完全解呪を、望んでおりましたからな。」  
ガルガドもノリスも、クラウスも小鳩亭主人夫妻も、それぞれに心配して、出来るだけのことをしてくれた。  
イリーナ個人の人徳だろう。少なくともヒース自身は、あまり縁のないものだ。  
「それでヒース。アナタはいつまで、イリーナとのことを、隠し通すおつもりですかな?  
そろそろワタクシ達にも、お披露目して頂けることを期待しておりますよ?」  
ホッホッホ。と、好好爺のごとく笑みを浮かべた、怪しいドワーフに、  
ツンデレ属性ホラ吹き魔術師は、顔色を隠すためにそっぽを向き、  
「HAHAHA! 俺様、幼児体型の女は好みじゃないし? なんの事だか、サッパリ!?」  
アメリカンに肩を竦め、いつもより力強く、目一杯の虚勢を張って、否定した。  
 
――― 自分の耳には明快に『嘘』を現す反応が、返ってきた。  
 
約束の期日。新王国暦25X年。初秋。  
ヒースクリフの誕生日。晴天。  
少女の父親が、魔術師ギルドに『夢魔の雫』を売却に現れ、事件は終わった。  
 
 
 

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