私が生死の壁を越えて、今日で八日目。 
一日だけ用心をとった私は、マイリー式説教部屋で時を過ごした兄さんと二人で、 
神殿を出たその足で見知った街の中を歩いていた。 
いつもと違う張り詰める空気。 
非常事態で繁華街の人通りや夜まで灯のともる店は少ないが、無い訳ではない。 
しかし活気は乏しい。 
空が紅くなりはじめると、人は家路を急ぎ、店は鎧戸を下ろす。 
そんな店の一軒に滑り込み、言葉少なく夕食を済ませた。 
久しぶりに飲んだお酒は、私を酔わせる。 
指先がほのかに赤くなっているのが、見て取れる。 
隣のヒース兄さんの手を握ると、ふわりとゆるく、指先が絡む。 
……珍しいこともあるものだ。 
普段なら、皮肉の一つ二つも言って来るというのに。 
ほとんど言葉も交わさぬまま、視線も合わさぬまま。 
ほろ酔いのふわふわとした足取りで、私と兄さんは歩く。 
今は人通りの無い、街路の上。 
ファリス神殿と、賢者の学院の分かれ道。 
「暗いし、送ってく」 
ファリス神殿へつながる道へと体を向けた兄さんが、ぽつりとつぶやいた。 
私は足を止める。 
ヒース兄さんは、急に止まった私に引かれて、つんのめる。 
「おい、危ないじゃ……」 
「お母さんには、昨日のうちに伝えてあります」 
じっと私より高い位置にある顔を見る。 
「何を………」 
「明日まで、泊まるって」 
この人は、頭の回転が速い。 
この一言で、私が何を言いたいかが分かるはず。 
その証拠に、疑問でゆれていた兄さんの表情が、強張った。 
「本気か?」 
「『お父さんにもそう伝えて』とも言っておきました。体が回復した以上、 
マイリー神殿にお世話になる訳にもいきません。私の行く所、他にないです」 
兄さんはすっと目を細め、私は逆にしっかと目を開いて見詰め合う。 
数瞬の沈黙。 
やがて、兄さんは大きくため息をついた。 
開いている手で私に触れたかと思うと…、次の瞬間に脇へ抱えこまれていた。 
髪の毛が、わしゃわしゃとかき混ぜられる。 
「ひゃ!!」 
「この短慮で暴走無鉄砲娘が! 俺が拒否したら、どうするつもりだったんだ?」 
「え、拒否するつもり、なんですか?」 
さらりと聞いた私の疑問に、兄さんは目を白黒させる。 
「……………まあ、多種多様な意味で、するわけはないがな」 
顔色がしだいにお酒以外の原因で紅く染まって、ついにはそっぽを向いてしまった。 
「でしょ? 兄さんの返事なんて、分かりきってます」 
私を抱え込む腕を外し、あらぬほうを向く顔を覗き込むと、とびきりの笑顔で切り返す。 
兄貴分からは、二度目のため息。 
「無理させたくは、といいたい所だが……俺のほうは、ダメカモな」 
「もう、平気、ですから……。一緒に、いてください」 
「……………のーこめんと」 
もう一度兄さんの手をとると、今度は強く握り返してくる。 
私たちの足は、賢者の学院の方へと向かっていった。 
 
 
ヒース兄さんの手に引かれて、あちらこちらが壊れたままの、 
ハーフェン分室に足を踏み入れる。 
仲間と共に、ここでノリス=クランズを迎え撃ったのは、そう前の出来事ではないのに、 
もう何年もたってしまったかのような錯覚。 
変な気分だった。 
壊れたままのこの建物は静かで、人の気配はない。 
兄さん曰く、 
「仮修繕が終わるまで原則立ち入り禁止」 
……勝手に兄さんが言ってるだけな気もしますが、今誰もいないのは事実。 
階段や廊下に残っている焼け焦げや穴を避けながら、兄さんの自習室に足を踏み入れた。 
そこは意外と整理されている。 
修理されたBB一号が、ちょこんと机に乗っているのが愛らしい。  
「ンじゃ、ちょいとハーフェンのトコ顔出してくる。大人しく待ってろよ」 
ぽんと私の背を叩いて奥へと誘導すると、兄さんは開けたばかりの扉に再び手をかける。 
「うん、行ってらっしゃい」 
ヒース兄さんの後ろ姿を見送ると、私は奥へ進んで窓を開ける。 
きぎぎときしむ響きは、思ったより大きかった。 
さぁらり、ふんわりとカーテンがゆれる衣擦れの音。 
次に扉が開いたとき、私たちは……。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『ほとせなる心(まな)ちとせなる音(ひびき)』 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
どのくらい、待っているのだろう。 
するりと、風が栗色の髪を揺らした。 
暗い部屋の中。 
建物の中に人の気配はなくて、一人っきり。 
灯りは、月の光だけ。 
 
――寒い。 
 
春が来たとは言え、素肌に当たる夜風は冷たい。 
開け放っていた窓を閉めて、扉が開くのをひたすらに待つ。 
待つ。 
待つ。 
待つ。 
じりじりと時は過ぎ、粘ついた空気に息が詰まりそう。 
待つ。 
待つ。 
気配を探る。 
誰も、いない。 
音も――、音が、聞こえた。 
蝶番のきしむ音。 
床板を踏みしめる、足音。 
それは近付いて、階段を上って、扉の前で止まる。 
聞こえた瞬間から、私の胸は激しく脈打っている。 
あばれるその音を制御することなんて、出来はしない。 
ついに、扉が開いた。 
徐々に見えてくる、ヒース兄さんの姿。 
視線を下げたまま、すぐに扉を閉める。 
そして、視線が上がる。 
兄さんの視界の中に、私が入り込む。 
 
―――っっっ!! 
 
息を呑む、音。ごくりと兄貴分の喉がなる。 
金縛りにあったかのように、視線は動かない。 
じっと、私の姿を見つめ続ける。 
ああ、それも当然だろう。 
私は、薄い、薄いスリップ一枚で、窓際に立って入るのだから。 
一枚。 
そう、私は他の下着を身に着けていない。 
めくって、肩紐を落としてしまえば、そこに残るのは裸身。 
ただそれだけだ。 
兄さんは、扉付近で固まったまま。 
止まったままの空気がもどかしくて、私は兄さんに向けて、手を伸ばす。 
そして、ゆっくりと歩を進め、ベッドの脇で立ち止まった。 
わずかに唇を湿らせて、無言のまま、仕草で誘う。 
兄さんも、やっと硬直をといて、歩み寄って来た。 
ふらふらと左右に揺れながらの、おぼつかない足取り。 
兄さんは歩きながら、震えている手で、上着を床に脱ぎ捨てる。 
少しだけ視線を落とすと、ズボンの前は既にその存在を示しはじめている。 
恥ずかしくて、普段は見つめたことのないそこが、今は妙に愛しかった。 
 
 
◇◇ 
 
視線が、熱い。 
 
◆◆ 
 
 
扉を閉めると正面にイリーナがいた。窓際に只一人、たたずんでいる。 
その姿を認識したとたん、思考が止まった。知らず知らずの内に、喉が鳴る。 
視線が放せない。俺は呆然と、妹分の姿を見つめ続けた。 
イリーナは、スリップ一枚。 
月明かりが差し込んでいるせいで、薄い布地は淡く透ける。 
その下にあるイリーナの肢体を浮かび上げている。 
うっすらと見えるその体は、裸身のもの。 
布地を押し上げる頂や、足の付け根の淡い茂みが、目を凝らさなくても分かる。 
血が廻る、血が上る。俺の下腹部に熱いものが集まって、膨張する、感覚。 
淡い微笑を浮かべたままのイリーナが、ふるりと手を差し伸べる。 
するりと歩み寄って、ベッドの前で止まる。 
ぬるりと唇を舌で湿らす仕草は、艶めかしい。 
俺を、誘って、いた。 
イリーナが動いたことで空気が流れ、俺はやっと硬直から解放される。 
歩み寄ろうとするが、えもいえぬ雰囲気に呑まれた俺の足取りは、夢遊病者のよう。 
真夜中の灯りにまとわりつく虫達がごとく、俺はふらふらとその体に引き寄せられる。 
抗うことなんて、出来ないししない。 
かたかたと細かく震える手で、上着を滑らしシャツを脱いで。 
ついっとイリーナの目線がわずかに落ちて、俺の下腹部に移っている。 
その視線は強すぎて、デモ愛し過ぎて。 
理性なんてものは、とろとろに溶けてゆく。 
歩きながら不恰好にブーツを投げ捨て、ズボンを落とし、下着も取り去って。 
目の前にある女の体に手をかける。 
細くて頼り無い肩紐を落とし、布地を下に引くと、それはあっけなく床へと横たわる。 
穏やかな凹凸の――デモアマリニ魅力的な――裸身を抱きしめ抱き上げる。 
すっぽりと俺の中に納まった体を、ベッドの上に押し倒す。 
ぎしりと、スプリングに木の足が悲鳴を上げていたが、そんなのはどうでもいい。 
情欲で澱んだ目をしているイリーナの、震える唇に貪りついた。 
 
 
◆◆ 
 
ただ、しずかだ。 
部屋の中にある音は。 
絶え間なく響いているのは。 
互いを誘う甘い吐息。 
興奮を煽る荒い呼吸。 
繋がり絡む鈍い水音。 
泣く寸前の喉の震え。 
雑音全ては意識に届かない。 
無いも同義な音の群。 
ただ、それだけ。 
 
◇◇ 
 
 
力任せに倒された私の体。 
ベッドの上でパフりと弾む、二人の体。 
全身で、抱きしめてくれている。 
何度も何度も唇を交わして舌を絡めて唾液を啜って口腔内を冒し冒されて。 
その度に私はどろどろに溶けてしまう。 
触れられたその瞬間から熱い肌は、どんどん温度を増して、焼け死んでしまいそう。 
名を呼ぶ。 
どうしても、名前だけを声にすることが出来ない。 
恥ずかしさと、照れくささと。 
そしてもどかしいまでの据わりの悪さ。 
それに負けて、ついつい『兄さん』と後に続けてしまう。 
その度に落胆しているのが、表情のわずかな動きで分かるが、どうにも出来ない。 
だから、抱かれる時は、音にせずに心の中で名を繰り返す。 
いつになるかは分からないけれど、彼の望む呼びかけをする為に。 
そんなことを思っている間にも、私の体のところどころに残る痣を、ヒースの舌が這う。 
ゆっくりと、優しく。癒すように。何度も、何度も。 
その度に伝わる湿った感触に、不明瞭な細い声を上げて、その頭を抱え込む。 
体にキスをするたびに頭は動き、無造作に切られた前髪が、私の肌を穏やかにくすぐる。 
それはとても愛しくて、その度に小さなため息が漏れてしまう。 
そして指を、真下に見える象牙色の髪の上へ、滑らせた。 
ゆっくりと、優しく。長い髪を梳る。何回も、何回も。 
指先に残る繊細な感触は意識に伝わり、痺れた私達の思考を更なる深みへと吸い寄せる。 
わき腹に当てられていた手が動く。上へ横へ下へ後ろへ。 
痣をなぞっていた唇も、一度軽く頂を吸い上げる。 
しだいに指も、唇も降りてゆき、指先は茂みをかき分け、舌がお臍の周りをくすぐった。 
押し殺した――否定であって否定でない――言葉がこぼれてしまう。 
しかし指は先に進む。……待ち望んでいるのだから、抵抗は、出来ない。 
閉じたスリットに、ついに指が這った。 
わずかに聞こえる、粘つくミズオト。ぬるりと滑り、無骨な長い指に絡みつく。 
ヒースの呼吸はどんどん速く、浅く、荒くなってくる。 
私は久しぶりの心地よさを受け取るばかりで、何もこの人に返せていないのに。 
私の体と心と、全てを快楽へ突き落とす、その準備をしているだけなのに。 
でもそれでも、この人は、興奮している。 
それがわかって幸せで、意識はどこか別の方向へと消えてゆきそうだ。 
いじられ続けると、しだいに私の内は雫をこぼし、男を甘やかに誘う。 
誘いに私自身の意識はない。ただ、女としての条件反射。愛しい人への淫らな甘え。 
押し広げられる、ぐるぐる、ぐるぐる。 
唐突に、つぷりと指が中へと入り込んだ。 
喉の奥で響いてしまう、小さな悲鳴。 
ナカを擦られる、ぬるぬる、ぬるぬる。 
ゆっくりと奥へと進む、愛しい人の指先。 
視界に漂う、色とりどりに弾ける花びら。 
散ってゆくさまは、私の理性と恥じらいのよう。 
体が震える。両足は開く。動きやすいように動かしやすいように。 
ヒースの体勢が変わり、無言のまま、ほぐすようにかき回される。 
身体から力が抜けて、されるがまま。 
指の動きに合わせて、私は姿を変える。 
子供なイモウトブンから、大人なコイビトへ。 
悲鳴は漏れ続ける。 
孤独な快楽への恐怖のためなのか、それとも激しさへの懇願なのか。 
私自身にもわからない。 
広い肩に、私の剣だこで固くなっている手を乗せた。 
 
 
◇◇ 
 
声が、聞こえる。 
 
◆◆ 
 
 
イリーナが、俺を呼ぶ声。俺の指に翻弄され、か細く鳴く女の声。 
呼びかけは――兄さん、ヒース、兄さん――。 
いつまでたっても、俺を『兄』と呼ぶ。 
確かに物心着く前からの幼馴染みで、兄貴分として今までの時は過ごしてきている。 
でも、それでも。 
もう男と女という関係になってから、それなりの時は過ぎている。 
兄さんと呼ぶなと初めて言ったときから、もう何回つながっているだろう。 
名前で途切れて期待して、でもやっぱりその後には『兄さん』という言葉が続く。 
嫌な訳ではない。 
むしろ、イリーナの幼く見える体とあいまって、ほのかな近親相姦を彷彿とさせる。 
それはとても背徳的でどこか歪んだ興奮に叩き落とされそうになるときがある。 
しかしその度に、このままじゃダメだと、冷静な俺が指摘する。 
体は熱いくせに、やけに冷たいその思考に、時折俺は苦笑する。 
そう、抱き抱かれているときぐらい、同じ視線になりたいと、何度も言ってきた。 
いまだに果たされていないその言葉。 
でも、イリーナは意識し、時折動揺で呼びかけは揺らいでいる。 
必死になって言葉を守ろうとする、そのひたむきさは、愛らしい。 
だから、俺はイリーナを抱く。エゴ丸出しの独占欲に浸される。 
俺の印を刻み込むことで他のどんな男も近付かないように、楔を打ち込む。 
誰にも、誰にも渡しはしない。 
この髪も、瞳も、唇も、声も、体も、心も全て俺だけのものだ。 
その代わり、俺は全力でイリーナを愛する。 
俺の全てが、この瞬間イリーナのものでもある。 
その証拠に今組み敷いている妹分は、愛され愛して、体を震わせ喘いでいる。 
すっと、その瞼が、開いた。 
俺を、見つめてくる。 
俺を、求めている。 
 
 
◆◆ 
 
視線が、絡む。 
 
◇◇ 
 
 
私は愛欲で溶け切った瞳で、ヒースを見る。 
いとしいひとノせいきヲもとめる。 
彼は私の腰を掴み、熱く破裂しそうなモノをあてがって、少しだけ腰を薦める。 
とたん、砕けそうな快感が私を襲う。 
でも、そこで止まる。 
私は更なる刺激を欲して腰を押し付けようとするが、力強い手に止められる。 
物足りない、コレじゃ生き地獄。いやだ、いやだ。 
コイビトの唇が動く。 
声が漏れていたはず。 
なのに、興奮で喘ぐ私の意識には届かない。 
もう一度、おなじ動きで言葉が紡がれる。 
 
―――イクゾ――― 
 
聞こえなくても、勝手に音律を組み上げる私の思考。 
こくりと小さくうなずいた。 
本当にそう言ったのか、それとも違う言葉だったのか。 
それを判別する前に、私の体を彼が貫いた。 
とたんに弾ける、炎に焼かれる痛み。 
あるいは、雷を浴びた時の衝撃。 
ソレが、どこまでも、何時までも続く。 
快感が強すぎて、そうとしか形容できない。 
それでも彼との交わりを繰り返した私の体と心は、熱い楔を喜んで受け入れる。 
そしてその感触を味わおうと、無意識の内にくきゅくきゅ力が入った。 
体は揺さぶられ、自らの体を揺らす。 
動きに合わせて、私も動く。 
互いを互いに気持ちよくさせ、そして自分も気持ちよくなろうとする、共同作業。 
一方的では成り立たない、共生関係。 
それらを二人で作り上げている事に感じる恍惚感。 
全てが、行為全てが恋しくて、愛しくて、とても淫らだ。 
荒い呼吸音。 
それは自分のものなのか、それともヒースのものなのか。 
ふいに細い声が耳に届いた。 
それまでは交わる音しか聞こえていなかったから、その声は意識を夢現から現実へと引き戻す。 
瞳を、開ける。真上に見える兄貴分の顔が視界に入った。 
眉根を苦しげによせ、何かに耐えている。今は、いつもの見慣れた瞳が見えない。 
 
うれしいの? せつないの? それとも、きもちいいの? 
言ってください、教えてくだ……いえ、やっぱり良いです。 
あなたも私とおなじ。私もあなたとおなじ。 
だから疑問に思うひつようはアリマセンでしたね。 
私はあなた無しではいられないけれど、あなただって私無しにはいられない。 
そんな体になってしまったんでしょ? 
いくどもいくども、体をぶつけて、刻み込んで、ふかいところまでもとめて。 
ふたりで、そうなってきたんだもの。そうのぞんだんだもの! 
 
シーツを握り締めていた両手を解き、首筋に巻きつける。 
熱に浮かされ、途切れた自分の声。その響きは甘く、低く、かすれている。 
ヒースの声も熱を帯び、自分の名を呼ばれるだけで、心が高鳴る。低い声は、身体をうずかせる。 
今目の前にいるのは『大人の男』。 
幼馴染みという枠のない、むき出しの感情。 
自分を満たしてあふれかえる愛しさをもたらしているのも。 
身体の奥底に眠る淫乱で背徳的な刺激を引き出しているのも。 
この、男の人。 
視界が滲む。ヒースの顔がぼやけてゆく。頬を涙がいくつもいくつも流れ落ちていく。 
彼が口を開こうとする。それを、唇でふさぐ。 
言葉なんて今はいらない。呼びかけの必要すら無い。 
もっともっと、繋がっていたい。もっともっと、もっともっと。 
混じって混じって、つながって溶け合って。どこまでもどこまでも身体を叩きつけて。 
その行為が言葉になって語りかけてくる。 
 
 
 
◇◇ 
 
ぶつかる、身体。 
 
◆◆ 
 
 
 
俺とイリーナに、言葉は要らない。 
というか、俺が本心を口にすることは、ほぼない。 
恥ずかしくて、照れくさくて、今更『好きだ』なんて、言葉にすることは出来ない。 
言葉の代わりの愛の行為。視線を絡め、互いを求め合う。 
腰を振り、胎内へ俺のものを擦りつけ、突き上げる。 
両手で身体を愛撫し揉みしだき、紅く熟れる頂をつまむ。 
額に頬に耳に瞼に首筋に鎖骨に胸に口付けを落とし、舌を這わせ、紅の印をつける。 
唇を重ね口内を探り舌を絡めて吸い上げて触れ合って、交じり合う唾液は甘い。 
熱い身体は汗まみれで、互いの肌は隙間なく張り付き吸い付く。 
全てが繋がっているつもりでも、俺とイリーナを分けている境界がもどかしい。 
でも分かれていることで、今の快楽が生み出されているわけだから、 
別々の存在でよかったのかも、とも思う。 
俺の動きに合わせて動く彼女の内は、何時までたっても強く優しく締め上げる。 
白く汚すための激情が、少しの油断であふれ出してしまいそう。 
でもソレをぎりぎりまで先延ばしにしようと、必死にこらえる。 
思わず仰け反りわずかな喘ぎが出てしまう喉元に、唇が落ちる。 
弾む感触は優しくて、伝う舌は柔らくぬめって、背筋に熱い震えが走る。 
下半身には、甘い痺れ。 
限界ぎりぎりを漂い、いつ崩れてしまってもおかしくない。 
いつもだったら、いつ、どのタイミングで引き抜こうか考える。 
でも今回は、そんな事は考えない。 
濁る衝動に押されるままに、全身でイリーナを攻めあげる。 
イリーナもそれが分かっているのか。 
両足と両腕は身体にしっかと回され、俺に固く固く抱きついている。 
俺も強く強く、快感で震えて揺れる小さな体を抱きしめた。 
 
 
◆◆ 
 
焼き切れそうな、感覚。 
 
◇◇ 
 
 
身体の深い、深い所に注がれ広がるもの。 
私の身体は歓喜に満ちて、それを胎内の更に奥へと導こうと、絞り上げた。 
真っ白な、思考。真っ黒な、視界。 
瞼の裏で散る、激しい火花。それはくるくるくるくる色を変え、私を翻弄する。 
強烈な快感は、それを快感と認識できず、背を弓なりにして筋肉を引きつらせる。 
声が出ない。息も出来ない。すごく、苦しい。 
空気を確かに吸って吐いているのに、それが全身に回っていかない。 
意識は朦朧とし、手足の感覚はあいまいだ。 
そのくせ、触れている肌や落ちる吐息につながる熱さは鋭敏に拾い上げている。 
荒い呼吸を繰り返し、私の背は力を失い、シーツに落ちる。 
そこでようやく、ぴくぴくと震えていた事に気がついた。 
徐々に戻ってくる指先の感覚。 
彼の背で固く組んでいた手と足を緩めると、まるでそれが合図だったかのように、 
くたりとヒースが私の上に崩れ落ちた。 
何とかそのたくましい腕で身体を支えているが、つながったままの下半身に伝わる重みは愛しい。 
指先を伸ばして、恋人の頬に両手を回す。 
くん、と引き寄せて、唇を重ねて。 
 
―――マダ、モノタリナイ。ナンドデモ、ナンドデモ。 
   ソウネ、チカラツキルマデ。マジワリマショウ? 
 
そんな激しい衝動が私を突き動かす。 
無意識の内に、彼の下で腰をすり動かし、下半身に力を加える。 
濁った液体が立てる音に我に返ったときはモウ遅く、重ねた唇からは、くぐもった声。 
体内で膨張する熱い質量に、私はため息を漏らして二人分の吐息が交りあう。 
膝裏から両脇へ、腕を差し込まれ、持ち上げられて、入れられたまま反転させられて。 
すとんと、私の身体は胡坐をかいた彼の中に、はまり込んだ。 
足先はシーツから程遠く、頼れるものといったら、彼の両腕だけで。 
すがりつくものも何もないまま、激しく揺さ振られる。 
深く深く食い込み、何度も何度も奥へと突き刺さる愛しい人。 
音は響く。 
いやらしく湿る音と、対照的な乾く音。 
絶えず与えられるその刺激に私の意識は連打される。 
壊れて狂ってしまえば、どんなに楽だろう。 
狂ってしまえば、壊れてしまえば。 
壊れたことも狂ったことも認識することはない。 
でも、ダメ。 
狂ってしまったら、壊れてしまったら。 
もう二度とこの快楽も、この熱さも、この愛しさも感じることは出来ない。 
だから、私、は……………狂う直前の歓喜に、身をゆだねきる。 
 
 
 
 
 
 
◇◆◇◆ 
 
 
 
 
 
 
はじめこそ、まだ『ヒト』としての意識を保ったまま。 
私たちは(どんなに荒々しくても!)身体を重ねていたと思う。 
でも、久方ぶりの絶頂を迎えて。 
すぐに行為を再開して。 
繰り返し、繰り返し互いを貪り、互いを喰らいつくすうちに。 
私達は『ヒト』ではなくなっていたような気がする。 
いつも、そう。 
狂喜の深遠の崖に立ち、私達は激しいダンスを踊り続ける。 
時折闇へと崩れ落ちる岩の上にあえて乗り、ぽんと岩から蹴り跳んで。 
二人で再び崖先へと立ち直す。 
そんな、すれすれのゲームが楽しくて、何度も何度も遊び続ける。 
いつかは崖先を踏み外し、深みへと落ちて行くかもしれないのに。 
意識の片隅にこびりついているのは、『ケモノ』のような唸り声。 
あつい、熱い突き動かされる身体の衝動。 
はげしい、吐息。 
その中で危険にきらめく、蒼灰色の瞳のいろ。 
快楽で濁るなかにうつる、私の淫らな姿。 
それは合わせ鏡のようにどこまでもどこまでも続く、ケモノのイメージ。 
かろうじて私が記憶しているのはそこまで。 
後は全てがあいまいだ。 
次に気がついたのは、眠る兄さんの腕の中。 
当たり前のように背後から抱きしめられていた。 
耳元で聞こえる、規則正しい呼吸。 
肌が直接触れていなければ、情事の後とは思えないほど、私も兄さんも、穏やかだった。 
「ゴメンナサイ」 
そう、小声でつぶやいた。 
「本当に、ゴメンナサイ。もう、一人にはしません。置いて行きません。だから―――」 
身体に回るたくましい腕を、ぎゅうっと抱え込む。 
指先が小さい私の胸にふれて、ちりりとした痛みが心を走る。 
「だから、ヒース…も、私を……。私を、置いていかないで、ください」 
瞼を閉じると、収まりきれなかった涙がぼろぼろと落ちて、顔上で流れをつくる。 
暗くなると、ふわり、ふわりと私の思考は安らぎのまどろみの中へ、落ちていく。 
大きな手が伸びて、目元を拭われた、きがした。 
耳元にキスをされて、囁かれた、きがした。 
でも、それを正しくは認識できない。 
意識に染み渡った言葉。 
それは―――――――― 
 
「わかってる」 
 
――――――――ただ、それだけ。 
でも、それだけで、幸せ。 
すごく、心地よく、て。 
 
触れる素肌から伝わる情愛は、 
素直じゃない愛しい恋人の、 
言ってはくれない本当の心。 
共鳴を続ける涼しげな風音と、 
私たちのゆるやかな鼓動は、 
とくりしゅるりと静かに響き、 
ソレらはどこまでも優しくて――――――。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『ほとせなる心 
 ちとせなる音』      〜END〜 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
◇◇ 
 
ふたりで、まどろむ。 
 
◆◆ 
 
 
薄明かりの中で、俺はもそりと身体を起こした。 
毛布の柔らかい感触が、肌の上を滑っていく。 
カーテン越しに窓からさす光は穏やかで、日が昇ってさほど立っていない事がわかった。 
ぼんやりとした瞳のまま周囲を見回す。 
左手を持ち上げようとして、何かがその先にあるのに気がついた。 
視線を送る。 
自分の指に絡みつく、一回り細くて小さい指先がある。 
さらにその先には、むき出しの腕と肩、しなやかな首筋、栗色の髪の毛……と続いている。 
其処までを眺めて、やっと頭が動き始めた。 
毛布の下にかくれている自分と、隣にいるイリーナの身体は裸のままだ。 
昨日の後処理もそこそこに寝入ってしまったらしい。 
さらさらとした髪に手を滑らせて梳ると、むにむにと小さい声がする。 
(これじゃまるでサカリのついた動物だな、俺たち……) 
おぼろげな記憶を思い返すと顔が赤くなり、激しく求めあったことに苦笑する。 
今回は、『あんな事』があったせいで、なおさらだ。 
いつもそう。 
互いに欲情し身体を重ねている時は、何もかもが吹っ飛んでしまう。 
普段は絶対に言えない言葉や行為を繰り返す。 
そのくせ、ふと我に返った時は猛烈に照れくさく、互いの顔を正視出来ない。 
特に睦事の後眠りにつき、目が覚めた時が最高潮だ。 
自分は恥ずかしさで、イリーナを抱きしめて己の真っ赤な顔を見えないようにし、 
イリーナのほうは、胸に顔を押し付けるか、毛布の中にもぐりこんでしまう。 
なので寝起きのその硬直が解けるのは、とても遅い。 
解決方法としては、先に目覚めた方がすぐに服を着て、相手にも着せてしまうこと。 
それが一番早く硬直状態が解除される。 
今も、いつもだったらそうするのだが……。 
今日に限って、そうしてしまうのがとても名残惜しく、動く気がしない。 
起きた後、悶え苦しむのが分かっていても、イリーナが目覚めるまで待ちたいと思った。 
すっとしなやかな背に腕を回し、幼い頃にしたように、軽いリズムで叩く。 
とん、とんっと音が鳴り、自分が出している音ながら、ゆったりしたリズムは眠気を誘う。 
にへら、とイリーナの口が幸せそうに緩むのを確認して、目を閉じる。 
イリーナの身体は陽だまりのように暖かく、俺も幸せな気分で睡魔に落ちていった。 
 
 
せめて今だけは、この穏やかな時を過ごさせて欲しい。 
仲間達が戻る予定の明日明後日頃からは、激しく重い日々になるのが、分かっているのだから。 

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