「イー」「シャ」「さ」「まー」
「「「「お待ちくださーい」」」」
半地下都市ザーンの街頭に、非音楽的男声四部合唱がこだまする。
不協和音が次第に遠ざかっていくことに、舞踏家から借りた服を着た少女が安堵の息をつく。
「……おかげで助かったよ、シャディ」
薄暗い路地裏に身を潜め、だぶついた上着が肩からズリ落ちそうになるのを気にしながら、少女武闘
家イーシャ・レン・ギルガメッシュ──ボウイは仲間の友情に感謝した。
ナイトブレイカーズが「岩の街」ザーンを訪れたのは、この街最大の劇場(ベルダインなら中堅程度
の大きさだが)で演奏会を開くためだった。昔はこの街で冒険者をしていた〈ロッド楽器店〉の店主
夫妻に紹介を頼んでみたら、意外にすんなりと実現したのだ。
舞台を明後日に控え、本日の練習を午前中で切り上げた彼らは、午後は観光を楽しむことにした。
放っておくと借金を増やすリュクティに留守番を任せ、お目付としてレイハが一緒に残り。
恋人へのお土産を探すティリーに、助言者としてサティアが付き添い。
あぶれた女二人──少女武闘家と女舞踏家とが連れだって歩いていたら、遠くオランから家出娘を追
ってきた“イーシャ様連れ戻し隊”と鉢合わせした、という訳だ。
ここで騒動を起こして演奏会に差し支えたら、ロッド夫妻にまで迷惑をかける。一計を案じたシャデ
ィは、ボウイと服を交換することで四人組をペテンにかける役割を買って出たのだった。
「だけど、これってシャディの体型だから着られる服だよねぇ……」
真っ赤なコスチュームを見下ろして、ボウイは嘆息した。
露出度の高さには、それほど抵抗を感じない。親友であるレイハと違って、胸元とか太股くらいだっ
たら人目にさらしたって平気だ。
問題は、彼女とシャディとではプロポーションに差がありすぎることだった。ハーフエルフとしては
恵まれた体格でも、メリハリにおいては勝負にならない。
下着姿よりマシと思って身に着けてみたものの、これで往来を歩くにはかなり度胸が必要だ。
「きっと、ユリウスもこの街に来てるんだろうしなぁ……」
ユリウス──幼い頃からの喧嘩相手にこんなみっともない格好を見られたらと想像するだけで、悔し
くて臓腑が煮えくりかえりそうになる。
「そうだ! アンラッキー!」
その喧嘩友達から譲り受けた使い魔を思い出して、ボウイはパチンと指を鳴らした。
宿に残っているレイハに連絡を取って着替えを持ってきてもらおうと、ひとりで遊ばせておいた黒猫
と感覚をリンクさせた──瞬間。
「ひゃあん!」
いきなり背筋を駈けのぼった感触に、彼女はすっとんきょうな声をあげてしまった。
五感を共有している黒猫が、自分の背中を撫でさする青年の顔に目を向ける。するとボウイの網膜に
も、親が勝手に決めた婚約者の面影が映し出された。
「ちょ、ちょっと……や……やめ、ろ……」
肌が粟立ち、鼓動が早まり、膝からが力が抜け、腰の奥がきゅんと疼いた。未経験な衝撃が全身を不
規則に走り回って、ボウイをその場にうずくまらせてしまう。
主人の変調を感じ取ったアンラッキーに案内されてきた青年に肩を揺さぶられるまで、彼女はへたり
込んだきり動けないままでいた。
「おい、イーシャ? どうしたんだ、その格好は?」
「ぼ、ボク……ボク……」
立ち上がろうとして脚をもつれさせたボウイは、ユリウス・サーバインの腕の中に倒れ込んだ。
──それから数分後。
布が少なめな服を着た少女と、彼女の肩を支えて歩く青年に、通行人たちから冷やかすような視線が
送られた。当人たちの気も知らないで。
「私が悪かった。イーシャがアンラッキーと意識をつなぐなんて、予想できなかったんだ」
「…………」
沈黙したままうつむき歩く少女に、ユリウスは悪口ほどには達者でない言い訳を並べ立てる。
「お詫びはするから、機嫌を直してくれ」
その一言に、ハーフエルフの尖った耳がぴくっと反応した。そして彼女は、自分の足下で心配そうに
している使い魔の方に振り返り、抑揚のない声で命じる。
「アンラッキーは先に宿に帰っていて。ボクは、ユリウスの部屋で休ませてもらうから」
「イーシャ?」
困惑するユリウスを、少女武闘家が睨み上げた。
「お詫び……してもらうからね」
「なんだか、殺風景な部屋だね。遊び人ぶってるクセして」
いかにも『寝に帰るだけの場所』といった風情をかもしだす木賃宿の一室を見るなり、ボウイはどこ
か無感動な様子で呟いた。
そんな彼女に戸惑いながらも、ユリウスは肩をすくめて答える。
「あの四人と同室というのは遠慮したいからね。私一人なら、こんなものさ」
連中には偽情報を流して無駄足を踏ませている(今回は嘘から真が出てしまったけれど)から、一緒
にいたら少しは罪悪感だって覚えるし、と、口にするより早く──
「……ぅぐっ!」
いきなり押し倒されたはずみで後頭部を床にぶつけたユリウスは、呻き声を上げていた。
床に組み敷かれた青年の顔を、熱く揺らめく炎のような視線が見下ろす。
「お前なんか大っ嫌いだ……」
泣き出しそうな声で呟いたボウイは、大嫌いな喧嘩友達に覆い被さった。唇を押し当て、相手の肺の
中身を根こそぎ奪い取ろうかという勢いでむさぼる。
自分の方が窒息しそうになってようやくユリウスを解放したボウイは、ふうっと深呼吸した。いや、
それは溜息だったかもしれない。
「なのに、ボク……初めてはユリウスじゃなきゃ、イヤなんだ……」
「イーシャ……」
ユリウスは、わざと相手を怯えさせるような乱暴さで、幼馴染みの胸をまさぐる。だが、彼の手が脇
腹や腰を撫で回し、尻へ、内股へと伸ばされても、ボウイは逃げようとしなかった。
「本気なんだな?」
覚悟を問われてコクリとうなずいたボウイに、ユリウスは言った。
「その服、借り物だろう? 汚さないうちに脱いだ方がいい」
「あ? だめだよ、そんなトコ……」
自分の一番恥ずかしい場所をなでさする指を、ボウイは弱々しく拒んだ。
けれど、それは言葉だけのこと。彼女の“女”の部分は歓喜の雫をにじませて、ユリウスの愛撫を迎
え入れてしまうのだ。
「ボク……ボクのからだ……おかしく、なっちゃった……」
「おかしくないさ。それが当たり前なんだ」
諭すようにささやいたユリウスは、力なく投げ出された両脚を左右に割る。そして、猛々しい分身を
その部分へとあてがった。
「怖がらなくていい。誰だって、いつかは経験することなんだから」
「あっ! ユリウス……ああっ!」
生まれたての仔馬みたいに震える少女の中に、男性自身が埋め込まれていく。
未踏の花園への侵入は、ユリウスが予想していたほどに強い抵抗を受けなかった。俗に、激しい運動
をしていると処女膜は失われるというけれど……
──これでは少し物足りない気もするな。
サーバイン家の放蕩息子は、胸の奥でこっそりと呟いた。
そうとも知らず、ボウイは彼の背中に腕を回し、ぎゅっとしがみつく。
「あぁっ! 入って、くる! ボクに……ボクの中に!」
むせび泣く許嫁を愛おしむように抱き返しながら、ユリウスはゆっくりと腰を前進させていった。
ボウイを奥底まで征服したユリウスは、そのまま腰をグラインドさせ始めた。
少しずつ動きを早めて、いつしかそれは激しい往復運動となる。
「不思議な、感じ。ボク、どうなってるの? こんなの……こんなの、ボク、わかんない!」
容赦ない揺さぶりにボウイは激しく悶え、両足の指をきゅっと絞り込んだ。
右腕はユリウスの首に、左腕はユリウスの肩に、右脚はユリウスの腰に、左脚はユリウスの股に──
四肢の全部を使って女身を絡みつける。
二人は肌をぴったりと密着させて、お互いの鼓動を感じ合う。
「あっ、うン! あぁっ! へ、変だよ! ボクの前にユリウスがいて! ボクの中にもユリウスが
いて! ああ、ボク……ボクっ!!」
徐々にかすれだした声が、生まれて初めての絶頂が近いことを予告していた。
「イーシャ……いくぞ!」
叫ぶと同時にユリウスが渾身の一突きを送り、ボウイは必死でそれを受け止めた。
「ぅあっっ!」
つながりあった腰が脈打つように打ち震え、胎内で繰り広げられる射精の激しさを物語る。
「熱い! ボクの中で、ユリウスが、弾けて……熱い、よぉっ!」
甲高い悲鳴をあげながら、ボウイ──イーシャ・レン・ギルガメッシュの意識は、どこまでも落ちて
いくような、同時にどこまでも浮き上がっていくような感覚に翻弄された。
二人はお互いの汗にまみれ、まるで一つの生き物のように絡まり合ったまま、しばらくはベッドから
起き上がることさえできなかった。
「や……やい、ユリウス!」
借り物の服をあたふたと身にまといながら、ボウイはことさらに声を荒げる。
「い、一回くらい抱かれたからって、ボクがお前のモノになったなんて思うなよ!」
「なにを有り得ないことを……」
ようやく普段の調子を取り戻した幼馴染みに、ユリウスはどこかほっとした様子で悪態をついた。
「一人前の女みたいな台詞は、その服が似合うようになってからにしろ」
「それが、ボクの処女を奪っておいて言うことか!」
憤然としながら、ボウイはある事実に気付いてヘソの下に手を当てる。
「あ……ああっ? 中に出したな! ひどいや! 赤ちゃんがデキちゃったらどうするのさ?」
「私のせいじゃない! しがみついて離れなかったのは、お前だろう!」
「ボクは初めてだったんだぞ! 遊び人ヅラしてて、それくらいの気遣いもできないの!」
「初めてのクセに、あんなに乱れる方が悪いんだ!」
「なんだとぉ!」
激しい言葉の応酬は、ボウイの強襲──鮮やかな上段後ろ回し蹴りによってピリオドが打たれた。
「ぐ……! お前ってやつは……口で勝てなくなると、そうやって……」
「へん! そっちこそ、口でしかボクに勝てないクセに!」
捨て台詞を残したボウイは、側頭部を押さえてうずくまるユリウスに背を向けた。
「私たちは、まだ喧嘩友達のままみたいだな……」
呻き声に紛れてこっそり呟いた青年に見送られて、ボウイは部屋の扉を押す。
なんという偶然であろうか? 狭い廊下をはさんで向かい合うドアがほとんど同時に開け放たれ、二
枚の扉板が絶妙のタイミングですれ違った。
ばったりと出くわした相手の姿に、彼女は鏡をのぞき込んだような錯覚に陥る。
自分の普段着に身を包んだ若い女をしばし眺めやり、ようやく現実を認識した時、彼女は──彼女た
ちは、いっそう目を丸くした。
「ぼ……ボウイ?」
「しゃ……シャディ?」
舞踏家の格好をした赤毛の女武闘家と、武闘家の格好をした金髪の女舞踏家は、お互いの名前を呼ん
だきり、あとは呆然と立ちつくしていた。
完